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2009年6月の22件の記事

2009年6月30日 (火)

【情報提供】サラ金個人信用情報の開示請求先のお引っ越し

個人信用情報の調べ方について問い合わせの電話があった。

信用情報の本人開示を求める先は、

銀行関係は全国銀行個人信用情報センター

クレジット関係はCIC

である。

で、長い間、サラ金関係は全情連(全国信用情報センター連合会)
と決まっていた。

ところが、これがリンク切れで見あたらない。
URL移転のメッセージもない。
しかし、まさか、サラ金関係の信用情報機関がなくなったなどということはあり得ない。

探し回った末、
いつのまにやら(株)日本信用情報機構(JIC)にお引っ越ししていたことがわかった。

サラ金業界が今、大変なことはわかる。
さまざまに廃業や業界再編などが行われているのだろう。
しかし、信用情報機関が再編移行されたことは
周知を徹底してもらわないと困る。

サラ金信用情報機関が“夜逃げ”では、笑い話にもならない。
(^^)V

この弁護士日記は、気分の赴くまま書いているので、基本的に役に立たないのである。が、たまには役に立つことも書いてみるのである。

2009年6月29日 (月)

弁護士事務所の広告はどうして多重債務者一辺倒なのか

弁護士事務所の広告を見る機会が増えた。
そのほとんどが「債務整理・過払金」など、「多重債務者」向けだ。

世の中、多重債務だけが庶民の悩みではなかろうに。
離婚の悩みも多かろう。
解雇や雇い止めなど、職場での不当な仕打ちも多かろう。
どうして、「多重債務者」向けの広告が集中するのか。

答えは簡単である。
多重債務処理は、完全マニュアル化している。
任意整理にしろ、破産手続にしろ、マニュアル通り進めればすむ。
以前に比べて、裁判所の破産手続で用意すべき書類は、山ほど増えている。
裁判所は、あらゆる事態を想定して、事細かに質問し、証拠資料を指定している。
かつてに比べて格段に面倒になった。
しかし、
逆に言えば、マニュアルに従って、決められた書類さえ出せばよいのである。

これは手間はかかるが、単純作業である。
したがって、弁護士がやる必要はない。
面倒な事務はもっぱら事務員に任せればよい。
弁護士が最低限しなければならないのは裁判所への同行だけだ。

担当弁護士が依頼者とほとんど面談していないので、
裁判所への出頭日には、依頼者が弁護士を間違えないように、
依頼者に弁護士の写真を送付しているという話も聞いたことがある。

こうした合理化を徹底すれば、
事務員を大量に雇って、大量処理し、多額の売上を挙げることができる。

こうした多重債務者の奪い合いが現在の弁護士広告ラッシュの実態である。

多重債務以外の分野では、広告コストに見合った売上が得られる分野が今のところ見あたらない。

このため、弁護士の広告は多重債務に集中している。

裁判所による完全マニュアル化のおかげで、
昔に比べて、事案の「顔」は、却って、わかりにくくなった。
この人はここで行き詰まった。
この人はここで間違った。
等のポイントが雑多な書類に埋もれてしまい、
却ってわかりにくくなったのだ。

世はなべてマニュアル化である。
僕は工夫の余地の広い仕事が好きである。
完全マニュアル化した多重債務でも、
やはりその人の抱える悩みや問題に、
せめて向き合う姿勢は持っていたいと思う。

マニュアル化と大量処理でも、
別に、当事者から苦情が出ている訳ではないから、
よいのだろう。

しかし、僕は何となく釈然としない思いで広告を見ている。

釈然としないものは釈然としないとしか、言いようがない。

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2009年6月28日 (日)

久しぶりに電車に乗ってみて

僕は、裁判所などへの外出は、ほとんど車を使っている。
名古屋の町は、トヨタのお膝元で、車にやさしい町である。
道路は整っている一方、公共交通は必ずしも十分ではない。
とくに守山区は、地下鉄がない。
大抵の所へ行くのに、結局、乗り換えになるし、乗り換えの待ち時間も馬鹿にならない。

その上、弁護士は、大抵の場合、記録を持って歩く。
見た目からして重そうな鞄である。
測ってみたら、僕にとって、いつもの重さと感じる状態で約7~8㎏あった。
重いと感じるときは10㎏はあるだろう。
右手に鞄、左手に風呂敷ということもある。

したがって、ほぼ必然的に車で移動することになる。

昨週とその前の週、二週間にわたって、泊を伴う東京出張が続いた。
その関係で、常は乗らない電車に乗った。

久しぶりに電車に乗って、気づいたことがある。
車内広告が激減している。
中吊り広告の裏が白紙という場所があることに気づき、
改めて見渡すと、車両両脇座席上の広告用スペースが
路線によってはがら空きである。

どこの業界も苦戦しているのだ。

目立つようになったのが、少し前までなかった弁護士事務所・司法書士事務所の広告である。
他業種が広告を出さない中、広告を出すメリットがある。
まだ、わが業界はましなのかもしれぬと思ってみる。

それにしても、弁護士事務所の広告は、全て債務整理・過払金等、多重債務者向けである。
その横に大手サラ金の広告が仲良く並んでいる。
マンガである。
自然と「持ちつ持たれつ」、「共存共栄」の言葉が浮かぶ。


平日の二日を取られた2週間はきつかった。
一週間分の仕事を3日に割り振らなければならなかった。
今日は日曜なのに、今から、明日の大学での講義のため、学生の答案に目を通す。
結局、週末にしわ寄せが来る。

余白が大事と思う。
余白がない日々は、楽しめぬ。
体にも心にもよろしくない。

2009年6月26日 (金)

京品ホテルは今

三菱重工業の株主総会が行われたのは、品川駅高輪口から歩いて5分ほどの所にあるホテルである。

高輪口を降りると目の前に、自主経営闘争で知られることになった、京品ホテルがある。

黒字経営だったのに、バブル期の放漫経営の債務のため従業員全員を解雇、リーマンブラザーズの日本法人関係会社に買収されている。

1月25日、会社側の仮処分の執行により、自主経営を続けていた従業員らは退去、ホテル閉鎖を余儀なくされた。

今は、ホテル入り口にはベニヤが打ち付けられている。

Dsc00486

食堂のガラスにも何枚も警告書が貼られている。

Dsc00489

Dsc00490

裁判所の命令をきちんと守らせるのも弁護士の仕事である。

Dsc00491

現場では、月曜日から金曜日、毎日、解雇された従業員が集まって、抗議宣伝行動を続けている。

お昼時に500円で弁当を売っている。売上のいくばくかが、彼ら彼女らに対するカンパになるという。

事前調査で上京した日に買ってみて、なかなかいける味だったので、株主総会宣伝行動の日には参加者のために30食分、予約しておいた。完売になり、結局、言い出しっぺの僕は、ありつけなかった。

彼らは、解決するまで、駅前に立ち続けるという。

僕の関わる事件の支援者たちも、多分、解決するまで、三菱重工業本社前に立ち続けるだろう。

こちらは品川駅反対側の港南口にある。

毎週金曜日支援する会の会員が三菱重工業本社前に横断幕や幟を掲げて、黙々と立ち続けている。

すでに93回に及んでいる。諦めが悪いというか、諦めるわけにはいかないのである。

日本経済の中心地ではいろいろなことが起きている。

「品川駅共闘」
と呼んでみる。

三菱重工業株主総会宣伝行動前日に見上げた空

今は東京で一泊して帰路、新幹線の中。
10年以上にわたって関わっている裁判で、相手方となっている三菱重工業の株主総会が昨25日行われた。
株主にこの問題への理解と解決を訴えるため総勢70名ほどの宣伝行動を企画した。僕は、総責任者という役回りである。
韓国からも連帯する支援者が来日し、名古屋駅前のホテルにに前泊した。
17時頃、そのホテルから、見上げた新幹線ホーム上の空。

株主総会行動前日に見上げた空

ホテルでの打ち合わせを終えた帰路、事務所の最寄り駅である名鉄瀬戸線小幡駅ビルのアクロス小幡のガラスに映った夕焼け。

株主総会行動前日に見上げた空

感動的な話がいっぱいあった。改めて知る出会いもあった。

僕は、その過程だけで豊かになり、満足してしまいそうになる。

しかし、僕がやっているのは責任ある仕事だ。被害者がいる。

かつての少女たちに対する人道的な解決を実現しなければ終わりはない。

私たちと三菱重工業の度量が問われている。

株主総会行動の結果はわからない。

しかし、今、やれるだけのことは、やり切った手応えはある。

2009年6月25日 (木)

自動車を売ったけれど、名義を変えてもらえない 上

自動車を売ったのに(譲ったのに)、名義が残ったままということで相談があった。

事案は次のようなものだ。

相談者名義の中古車を、身内が中古車屋に売った。
(常から身内が相談者名義の車に乗っていたと言うことだったと思う)

ところが、1年近くも経って、自動車重量税の課税通知が相談者のところに来た。

調べたら、中古車屋は倒産している。

同じ場所に中古車屋はあるが、オーナーが代わった。

新しいオーナーは、前のオーナーがやったことで知らないという。

新しいオーナーが店を買ったときには、すでにそんな車はなかったという。

相談者は、県税事務所、陸運事務所、警察から該当の中古車屋の新オーナーや、以前のオーナーの代理人弁護士やら、法テラスやら自治体の無料法律相談やら思いつく限りあらゆる関係者に当たりまくった末、とうとう私のところにたどり着いた。

延々2時間近くにわたって、全ての経過について、話を聞いた。上記の関係先を一巡しただけでなく、2巡近くしているから、話の内容も膨大である。

相談者が聞きたいことの見当は付いている。答えはすぐに出せる。

しかし、こちらは下心がある。ブログの材料に好適だ。

ようやくお話が終わった後、おもむろに参考書をかき集めて、相談者にお答えする。

「直接、運転していなくても人身事故については、自動車損害賠償保障法第3条は、車両保有者に対して、損害賠償責任を認めています。

これを運行供用者責任と言います。

運行供用者に当たるかどうかは、運行利益と運行支配の帰属によって判断されますが、あなたには運行利益も運行支配もありません。

したがって、あなたには運行供用者責任はなく、あなた名義の車両が人身事故を起こしても、あなたには賠償責任はありません。

立証の問題ですが、あなたの一連の行動が、何より、あらゆるところにあなたが運行利益も運行支配もないことの痕跡を残してくれていますから、あなたに運行供用者性がないことの立証も容易です。」

相談者も、こちらが初めから答えを用意していたことは知っていたようだ。しかし、苦労の過程を話しながら、途中で涙ぐんだのを僕は見落とさない。

苦労を人に話すことで、ほぐれていくものが、確実にある。

実際、相談者は、非常に良く努力されていた。

だから、あらゆるところに相談者が車の所有名義だけ残されて困惑していることが記録されている。したがって、運行供用者性がないのである。

天は自ら助くる者を助くである。

いかなる所にいかなる痕跡を残したかは、また、次の機会に。

2009年6月24日 (水)

ドリフターズと河合奈保子、伊達公子のことなど

どの仕事もそうだが、弁護士の仕事も本気になってやると、結構ハードだ。

だから(何が「だから」なのか全く論理的ではないが)、
最近は、寝る前に「8時だよ、全員集合!!」のDVDのコントを一つ見て、笑い転げてからやすむことにしている。

僕の親は上品な物と下品な物の分別が徹底していた。
小学校の頃は、日本文学全集は読めても、マンガは読ませてもらえなかった。
中学以降も同じようなもので、コムとかガロとか、一見、難解そうで高級そうなものはよいが、通俗的なマガジンやチャンピオンは読めなかった。

そのしつけの影響で、下品な物は頭から避けていたので、まじにドリフターズを見るのは、レンタル屋で貸し出されているのを見つけてからが初めてである。
面白い!
傑作選だからなおのことだが、間の取り方、ネタへのあくなき探求心に今さらながら、感心している。
毎週、新たなコントを作り、生の会場で笑いを取ることへのチャレンジ精神の持続にも、つくづく感心する。
ドリフターズは、才能のある者の集団だったと、今さら気づいたりしている。

傑作選の中に、河合奈保子が出演しているコントがある。
10代の河合奈保子が、今見ても、胸ときめいて見える。
何より、笑い転げる姿を含め、その仕草がとても自然に見える。
あれだけの素質を持ちながら、そういえば、その後、全く見かけないなと思う。
河合奈保子はどうしたんだろう、
などと思っていたら、新聞の「フラッシュ」の広告で、その後を知りたい有名人の1位に河合奈保子が選ばれているのを見た。みな思うことは同じなのだ。
見出しを見ただけだが、家族でオーストラリア移住だとか。

一つのことを成し遂げるのも素晴らしい。
しかし、実績とか、周りからの期待とかに関係なしに、ありのままの自分を生きるのも素晴らしい。
河合奈保子の場合、確実に後者だ。

僕はかつて伊達公子の絶頂期の引退とその後の自由な生き様に感心していた。
テニス復帰もまた、彼女にとって自然なありのままの選択であろう。

それと同じように、河合奈保子も生きているように見える。
ファンとしては、本当は、復帰した河合奈保子をテレビで見てみたい。
しかし、彼女がありのままに生きているということを知るだけでも、それも、また楽しい。



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2009年6月23日 (火)

生き方上手

F氏の結婚を「祝う会」の司会を押しつけられた独りしゃべりさん(以下、N氏という)は、名うてのウルトラランナーであった。
ウルトラというのは、フルマラソンを超える距離を走るということを意味する。
で、大抵はフルマラソンの2回分以上を1回の大会で走る。

真夏に標高差1000mのコースを走る130キロ大会だったり、田子の浦から富士山頂まで往復したり、名古屋城から兼六園まで250キロを走ったりすることを「楽しむ」のがウルトラランナーの世界だ。
常人には到底、思いもよらぬ世界だ。

そんなN氏が、60代半ばに、ついに故障して走れなくなった。
頸椎ヘルニアと、脊柱管狭窄症になった。腰痛に苦しんで、走るどころではなくなった。

N氏のブログのプロフィールには以下のとおり紹介している。

平成19年5月に頚椎ヘルニアの手術をして、8月に脊柱管狭窄症の手術を連続でいたしました。長年苦しんだ腰痛とこれでオサラバである。

今はリハビリ中で、散歩程度の自転車時々歩き時々小走りを繰り返せるようにまで回復した。でも足の筋肉が相当に落ちてしまったのは事実である。

折り畳み自転車やノルデックポールやマウンテンバイク(キャノンデール)、ランニングシューズがご主人の登場を今か今かと待っている。

待ってろよ~っ!今走ってやるからな~っ。
でも無理はしないつもり。

先日、ランニング仲間、数名で会う機会があった。
最大の道楽を取り上げられながら、相変わらず元気で意気軒昂であった。

「こんなに動き回る患者は珍しい」と医者から言われ、手術でこんなに快復することを宣伝する、動く広告塔にされているという。
「走る」人間から「走る」ことを取り上げるのは、客観的には、相当に悲惨である。
彼のようなランニング中毒ではない僕でさえ、「走る」ことを取り上げられたらと思うとぞっとする。
神様もひどいことをなさると、つくづく思う。
しかし、N氏を見ていると、その状況を受け容れながら、その状況を新たに楽しんでいるように見える。
N氏は本当に生き方上手である。

未来を思い悩んでも、過去を後悔しても、実際は未来もなく、過去もない。

あるのは「今」だけだ。

ならば、「今」を、どう楽しむのか、あるいは「今」を、どう味わい尽くすか。

死ぬまで「今」が続くことを自覚すれば、人生はすべからく過程である。

そのことをN氏は、よく知っている。だから、過去は走れて、今は走れないことを後悔することはしない。

娘より年下の彼女と結婚したF氏は、入籍後、半年経つが、N氏によれば、しょっちゅういちゃついて歩いているのが目に触ると言う。

F氏もありのままを受け容れ、今を生きている。

だから、二人とも生き方上手である。

僕のランニング仲間は、みんな、そういう意味で生き方上手である。

2009年6月21日 (日)

おめでたい話

ランニング仲間の独りしゃべりさんから、彼の参加する同人誌「小さな足跡」第25号が届いた。

彼の廻りでは何が起きるかわからない。

彼の親友のF氏は、名古屋の郷土史家としてその分野では知られた存在だ。
郷土史では飯は食べていけない。したがって、家族を養うことなどできない。
F氏は、30歳の頃に郷土史と結婚することにし、生涯、妻をめとらぬ決意をした、はずだった。

そのF氏が、65歳にして、何と33歳の花嫁を迎えたという。
昨年夏に、この婚約の話を打ち明けられ、箝口令を敷かれた独りしゃべりさんは、しゃべりたいのをきつく我慢し、悶絶の日々を送る。

ところが、彼に箝口令をしいたF氏は、彼に無断で11月に入籍、ご近所に紅白まんじゅうを配った。

当然、噂が立つ。
「F氏が結婚したのは本当か」と、周囲から聞かれる。

それでも知らぬ顔をする口の堅さは、彼が信頼に足りる人物であることを示している。

結局、入籍から4ヶ月後、型破りな結婚には、型破りな「祝う会」をということで、彼が司会を押しつけられる。
その顛末を面白おかしく綴っている。

郷土史と結婚したはずのF氏は、普通なら娘より年下の女性と結婚した。

実際、花嫁の父親はF氏より年下だという。

F氏の名誉のために言っておくが、押しかけ女房である。
F氏は責任感が強く、優しい。
これからの人生の再スタートを頑張らなければならないと感じているという。

花嫁の名誉のために言っておくが、
F氏は、「借金も身のうち」などと訳のわからぬことを公言する御仁である。
したがって、財産目当てなど毛頭あり得ない。

二人は、愛し合って結ばれたのである。

F氏と知り合った頃、F氏は50歳近くで独身、僕はまだ30代で妻と3人の子どもと暮らしていた。
今は、私がチョンガー生活を満喫し、彼が、かぐわしい生活とともに、ずっしり責任を背負うことになった。
思いもかけぬ展開である。
神様のなさることは本当に面白い。

2009年6月19日 (金)

桜桃忌 太宰治と中島みゆき

今日は、桜桃忌である。
1948年に入水自殺を遂げた太宰の遺体が発見されたのは、太宰の誕生日に当たる6月19日であった。

今年の桜桃忌は生誕100年の記念日に当たることになる。

太宰は少年時代の僕にとって、特別の存在だった。
小学校のとき「人間失格」を読んで、その優しさに泣いた。、
中学生時代だったかと思うが、無理を言って、筑摩書房の全集を買ってもらった。
実家に置いたままになっているので、今は手元にない。

何年か前に、「人間失格」を読み返したことがあった。
「恥の多い生涯を送ってきました」との
有名な書き出しから、子どものときの自分と同じように
引き込まれるように一気に読み切った。
受ける感動も同じものがあった。
人の感性は、変わらないものである。

僕は、宗教を聞かれると、
ときと場合によってではあるが、
「中島みゆき」と答えることにしている。

僕にとっては、太宰と中島みゆきはつながっている(必ずしも一般的な傾向ではないので、両方のファンでない方は誤解されませんように)。

中島みゆきは、オリジナルアルバムの4枚目から強烈なファンになった。

当時の中島みゆきは、とにかく暗かった。
暗い闇の中で、もがきにもがいていた。
もがきにもがいていることを隠しもなく、自己開示していた。

たとえば、アルバムのタイトルからして
「生きていてもいいですか」
だ。
そしてレコードに針を落とすと、
アカペラで、いきなり
「うらみま~す」と始まり、
♪「あんたのことを死ぬまで」
と絶叫して終わるのである。

中島みゆきファンは
敢えて、「このLPは凄いよ」と言って、
下宿に呼んだ友人にこの「うらみ・ます」を聞かせて、
友人を引かせて面白がるか、
密教のように中島みゆきを信仰して、
ひっそりと隠れて棲息していた。

以来、僕は中島みゆきとともに人生を歩んできた実感を持っている。

桜桃忌の話であった。
みゆきと太宰が僕にとって連続的なのは、
暗さの中でもがき苦しんでいることを隠しもしないこと、
そして、その一方で、他人に対する限りない思いやりを示す道化(ユーモア)が同時に両立しているからなのだと思う。
太宰については、いうまでもない。
中島みゆきについても、「生きていてもいいですか」と問いかけながら、
深夜のDJで、けたけたと、くっちゃべっている様は、
太宰の「道化」のようにファンを引きつけてやまないものがあった。

ますます欺瞞の支配が強まり、
絶望の度合いを深めていくこの時代の中で、
太宰なら、何を書いただろう。

どんな道化で、楽しませてくれただろう。

尽きることのない優しさでどんな風にして泣かせてくれただろう。

2009年6月16日 (火)

地元再発見 竜泉寺の湯

アライグマに屋外給湯器の配線を断線されたことは6月14日に書いた。
と言うことは、風呂に入れなくなったということである。

実は地元に名古屋最大級の温泉「竜泉寺の湯」がある。車なら10分もかからない、お近くである。

10年以上前に弁護士会のランニング仲間と行ったきり、生来、出不精の僕は行ったことがなかった。当時は、風呂があるだけで、緑地を走った後の食事もできず、イマイチだった。

アライグマに風呂を奪われた今回はやむなく訪問した。

いやぁ、駐車場はすごい混みようである。施設は一新されていた。
結論はよかったぁ~である。
料金500円で実に贅沢な時間を過ごすことができた。
混んでいるのも頷ける。

これからは週末のジョギング後の一風呂がやみつきになりそうである。

アライグマのおかげで、地元名所を再発見できた。
アライグマさまさまである。
人生、何が幸いするかわからないものである。

追伸
断線は14日にメーカー関連会社が直してくれた。したがって、今のところは、風呂に入ることはできる。しかし、出張費、作業代で、7700円、かかった。直してもらったときは有り難かったが、考えてみれば、ひょっとしたら弁護士の相談料より高いのではないか?アライグマには賠償を請求できない。やっぱり、僕は被害者でにゃあか。
このブログは携帯からの書き込み初体験である。結構大変であった。(-.-;)

イラクにおける航空自衛隊の活動の開示文書

僕はイラク派兵差止訴訟の弁護団の末席にいた。
いろいろ事情があって、提訴時こそ熱心だったが、足が遠のいた。

しかし、法廷だけは必ず出廷した。
だから、抽選券が必要な法廷をいつも代理人席という特等席で傍聴していたことになる。
これは代理人弁護士に許された特権である。
名ばかり弁護団が、特権だけは行使させてもらった。

さて、昨年4月17日に名古屋高等裁判所が憲法9条1項に違反するとしたのは、航空自衛隊のイラクでの活動である。

原告は防衛庁に対して、航空自衛隊のイラクにおける活動を明らかにするために行政文書開示請求を行った。

これに対して防衛庁が開示した文書をここに明らかにする。

おそらく本邦初公開である!!! 

とくと、ご覧じろ。

(容量が大きいので6分割しました。6回もクリックするのは面倒な方は、全文書を一番下にリンクしました。

開示文書1/6

開示文書2/6

開示文書3/6

開示文書4/6

開示文書5/6

開示文書6/6

全開示文書一括ダウンロード

満足いただけたであろうか。

納得いただけたであろうか。

まぁ、何とあからさまな。

これが政府の姿勢なのである。

いつか、どこかで聞いたことはなかったろうか。

あの全土が焦土と化した焼け跡の中からの声。

「国民は何も知らされなかった」と。

その教訓を知っている筈の国民が、また知らぬまま許していいのだろうか?

しかし、現に今、許そうとしているのではないだろうか?

こんなことを考えると、マチベンは柄にもなく、果てしなく憂鬱になるのである。

2009年6月14日 (日)

アライグマと消防車

アライグマの件、未だに未解決である。

一昨日は、消防車が出動する事態になった。w(゚o゚)w

アライグマが、(結果として判明したことだが)
湯沸かし器の屋外配線を断線させてしまい、
「パチパチと漏電のような音がする」とお隣の奥さんから事務所に電話があった。

締め切りすぎて四苦八苦していた
裁判書面作成を大急ぎで切り上げて、
急遽帰宅した。

特に異常はないが、やはり専門家に見てもらわないと不安である。

夜間、時間外に電話がつながるところを思いつかない。

仕方がないので、119番に電話をして、電力会社の緊急時の電話番号を聞こうと思った。

ところが、話のなりゆきで「一応、見に行きます」と言われ、
地獄に仏の心境で、「お願いします」と答えてしまった。

「そっと来てくださいね」と言うのを忘れたことに気づいたが、後の祭りである。

サイレンを鳴らしてホース車が駆けつけ、
パトカーまで来た。
消防署からの連絡で、電力会社も来た。

総勢10名を超える大部隊である。

ホース車は駆けつけるや直ちに放水用意!!である。

周辺は騒然として、大騒ぎである。

結果、屋外給湯器のコードがアライグマに切られている事態が判明した。
これがショートして音がしたのである。

ガス検知、漏電検知、事情聴取、消防署や警察の機敏な活動に敬服した。

ボロ家の中も検査して行かれた。

男やもめにウジがわくような敷ききり布団のゴミ箱部屋である。

恐縮した。

警察官曰く。

「この断線は、ついさっきのとは違う。何日か経っている」

恐れ入りました。

そう、この2日ほど、屋外給湯器の室内パネルの電源が入らなくなっていた。警察はすご~い!!\(^o^)/

仕事柄、警察とは対決することが多いが、
消防にしろ、警察にしろ、
不安なときに、すぐに駆けつけてくれるのはやっぱり頼もしい。

正直、24時間、危険な場所に駆けつけることを覚悟している彼らの姿は、格好いいなとも思う。

先週の土曜日にアライグマが我が家に住み着いていることに気づいて、途方に暮れて、電話したとき、
一番、不親切な対応をしたのが保健所で、
一番、同情的で親切だったのが、警察だった。

それにしても、何事も専門家はありがたい。
専門家に見てもらって異常なしと確認され、
心底、ホッとした。

それにしても、大騒動になった。
ご近所にはご迷惑をおかけした。

別に、僕がアライグマを飼っている訳ではない。
アライグマが僕のボロ家を執拗に気に入ってしまったので、
僕は甚だ困惑しているのである。


追伸
サイレンを鳴らして消防車が来れば、
何事かと思って、ご近所さんは出てござる。

ところが、出てござるのは、みんな女性である。
男は一人もいなかった。

仕事があるのかもしれぬ。
しかし、何事も面白おかしく、好奇心を持って過ごすのは
女性なのだというのが僕の感想である。

男に比べ、女は生き方上手である。

居並ぶ奥様方を前に、僕が平身低頭したことはいうまでもない。

2009年6月11日 (木)

不都合な真実

まだ、締め切りを過ぎた裁判書面に追われている。
よって、本日も短文。

年々増え続ける弁護士数は、弁護士の経営を脅かしている。

新人弁護士の就職難だとかと言っているが、経験のある弁護士層も経営難に直面している。

弁護士は気位が高いから、自分の弱みを言わず、新人弁護士に託して問題を語っているだけだ。

僕は率直に言う。
弁護士経験27年に及ぶが、金銭に無頓着な僕が、金勘定をするようになったのは、初めての経験だ、と。

で、問題は弁護士増員だけではない。

さらに不都合なデータがここにある。

裁判所の事件数の推移である。

最高裁のホームページに平成15年度から平成19年度までの推移が掲載されている(数字の内訳を知りたい方はこちら)。

見事な右肩下がりである(なお、平成20年の年報は本記事現在、未発表である)。

平成15年から19年までの間に、刑事事件を除けば、ほぼ全ての分野で裁判所事件数はおおむね25%減少している。

この間は、一応、世の中は好景気だとされていた。

しかし、右肩下がりで減少していた。

平成20年は、底を打ったのかどうか、いまだ最高裁データが未整理なようなので、わからない。

平成20年9月リーマンショック以来、庶民のお財布のひもが確実に固くなったのを、「街の弁護士」は身に沁みて感じている。

弁護士増員が、新人弁護士の就職難の問題だというのは、気位の高い弁護士たちの嘘(言い過ぎなら、虚勢)である。

2009年6月 9日 (火)

アライグマをなめたらあかん!

締め切りを過ぎた書面について、裁判所から、矢のような催促があった。
のんきにブログを書いている状況ではないらしい。

で、とりあえずアライグマの件、「いまだ解決せず」とだけご報告しておきます。

一昨日のブログで

アライグマは通気口をふさぐ重いブロックを力づくで通気口の中に押し込んで入り込んだ

と書いたのが間違いだった。

ブロック片でふさいだときには、中にいたのである。

器用に両手を使い、ブロックを引き込んで、通気口を開放して、中から外へ出たのであった。

で、その後の対応は、アライグマが出たのを目撃した上、厚さ15㎝の重いコンクリートブロックを買ってきて、ふさいだ。

にもかかわらず!!

いまだ未解決なのである。

さすが、外来種、たくましいのだ。

ブロックの重量は実感でも極めて重い。
ネットで調べたところ、7キロ程度ありそうだ。

アライグマをなめたらあかんのであった。

2009年6月 7日 (日)

敵は手強い

昨日、通気口にふさぐために置いた石はそれなりの大きさのコンクリートの破片であった。

昨夜10時頃、僕が風呂に入っていると、家の外か内か、判然としないが、しきりにジュージューという感じの鳴き声がする。
かなり苛立っているご様子。

やがて、鳴き声が止んだ。
あきらめてお帰りになったのね。

念のため懐中電灯を持って、通気口を確認。
やられた!!

重い石を力づくで通気口の中へ押し込んで、ご帰館されたのである。

熟考を重ねた末、通気口の前にブロックを買ってきて置くことにした。

昼間はどこかにお出かけであることがこれで実証できた。

だから、通気口の前に今度こそあんたの力では絶対に動かせない重~いブロックを置いて、ご帰館断固阻止である。

今夜は、どんな騒ぎになるやら・・・coldsweats01

追伸
熟考を重ねた内容は以下の通り。

捕獲も考えた。
新型インフルエンザ騒動のおかげで土曜日も通じた保健所の電話を最大限に活用して、捕獲の具体的イメージもできていた。

ご近所の迷惑を考えると、我が家をすみかにしている状態で確実に捕獲した方がよい。

しかし、辞書を見ると、アライグマはタヌキに似ているという。
僕はタヌキが好きである。

しかも、もともと人間の都合で輸入されたのに、人間の身勝手で捨てられたのである。
捕獲して殺処分にするのは、いかにも忍びない。

と言って、我が家の床下を無償でお貸しするほど、僕は寛容でもない。
繁殖されたりすると、これはこれで、また困る。

という訳で、とにかく我が家からは退去いただくことにした。
法的手続もないので、実力で退去断行である。

現状で、アライグマによる致命的な被害は報告されていないようだ。

地域で目にあまる被害が生じるようになれば、嫌がる行政を動かして対処することになるだろう。

こんなとき、河村市長の考案による地域議会が結構、現実味あるかもしれない。

昨日、確認した範囲では、市の対応は、大変に消極的な印象だったからだ。

2009年6月 6日 (土)

アライグマ出没

僕の事務所がある守山区は名古屋市の北東のはずれの緑多き地域である。
16ある名古屋市の区の中で、唯一、地下鉄の計画もない地域である。

僕は、事務所だけでなく、自宅も守山区にある。
ほどよい距離の職住接近である。

さて、守山区は田舎であるので、
実は我が自宅の床下にアライグマが住み着いていることを今日、親切なお隣さんから知らされた。

通風口からアライグマが入り込むのを目撃したと、わざわざ手紙を郵便受けに入れで知らせてくれた。

昨日は仕事で、深夜3時のご帰館だった。
一昨日は、飲み騒いで、深夜11時のご帰館だった。
僕がつかまらないのを見かねて、お隣さんは、一昨日の出来事を、わざわざ手紙で僕に知らせてくれたのである。

僕は、自分の家にこんな大きな通風口があるなんてことは知らなかった。
自宅は、築45年近いボロ家である。
6年くらい前に離婚して、行き場を失い、ワンルームマンションに転がり込んだが、5万円以上の家賃がかかる。
それなら、いっそ家賃と同じ安いローンで買える住宅を買ってしまえと買い込んだ自宅である。

お隣さんの話では、アライグマは昼間は他に居場所があるらしく、夜になると、僕の家の床下に入り込むようだという。

おとなりさんは、通風口をふさぐための適当な大きさの石まで用意してくれていた。
石で穴をふさぎ、その前に大きい脚立を横に立てかけてバリケードを築き、アライグマの侵入を防ぐことにした。

実は、3日ほど前、床下で大捕物があった。

床下で激しくどたどたと動く音がした。ジュージューという感じの鳴き声と、重低音で迫力のあるグーグーといった感じの鳴き声が混じる。
以前からネズミが床下にいることは知っていたから、猫まで入って格闘になったかかと、正直、困惑していたところである。
まさかアライグマとは思いも寄らなかった。

お隣さんのおかげで、真相を知ることができ、適切な対策まで採ることができた。

名古屋市はそれなりに都会である。

だが、守山は適度に田舎である。

自由さと親切さや人情味がほどよく調和している。

僕はこの街が好きだ。

2009年6月 5日 (金)

河村市長への手紙(大森保育園のおひさまを守る会)

名古屋市立大森保育園の日照問題が起きたのは、平成18年10月のことだった。

名古屋市北東のはずれの守山区には珍しい14階建てマンションの計画が持ち上がった。

マンションのために保育園は、午後の日照が大幅に奪われる。

子どもの成長にとって、園庭や園舎の日照は、何物にも代えがたいものだ。

親たちは、マンション建設反対の運動を始めた。

地域の協力も得て、町中にマンション反対の幟が林立した。

僕はひたむきに頑張る親たちの姿が好きだ。

だから、名古屋の保育園の日照運動の多くに付き添ってきた。

付き添うことで、計画自体が撤回された例も経験している。

しかし、このケースの事業主は強硬だった。
結局、平成20年末頃、計画通り14階建てマンションが完成の運びになってしまった。

それでも親たちは諦めなかった。

マンションのために日影になる部分に代えて、屋上園庭の実現を求めて運動を続けた。

平成20年12月、名古屋市の仲介で、屋上園庭(合意書の文言では「屋上広場」)を設けるための費用を事業主が名古屋市に寄付することで合意が成立した。

親たちは喜んだ。大森保育園おひさまを守る会のHPには感謝の言葉がつづられている。

名古屋市は、予算の関係で平成21年度に入らないと寄付は受けられないとしていた。

このため親たちは年度が明けて4月になり、寄付がなされ、屋上園庭ができるのを心待ちにしていた。

この間、親たちが「屋上広場」の内容を見せてほしい、
親や職員の意見も取り入れてよりよいものにしてほしいと言っても、名古屋市は
「入札の秘密」
などを理由にして決して内容を見せようとしなかった。

5月、いよいよ落札業者も決まった。

ようやく、見せてもらった図面は、屋上園庭、「屋上広場」はおろか、わずか25㎡程度(LDKの1部屋並)のオリだった。

名古屋市は、昨年12月には、この程度のものなのに「屋上広場」ができると親たちを喜ばせ、納得させた。
親たちがその内容を知ると、とうてい同意しないだろうから、「屋上広場」の具体的な内容を親たちには決して知らせようとしなかった。

名古屋市は、落札業者も決まって、既成事実になってから初めて「屋上広場」は「広場」と呼ぶのもおこがましい「オリ」程度のものだという中身を明らかにした。

老練な市の官僚にかかれば、善良で疑うことを知らない親たちをごまかすことくらい赤子の手をひねるようなものだった。

既成事実になってしまえば、親たちも、あきらめるだろうという読みだったに違いない。

ところがどっこい、5月、庶民の味方、河村たかし新市長の誕生である。

親たちは、あきらめない。

河村市長に直訴した。

以下は、親たち(足かけ4年にわたる運動で卒園児の親になってしまった)が昨日(6月4日)河村市長に宛てて提出した直訴状である。

この運動に付き添い、親たちのひたむきな姿に接してきた僕としては、河村市長に、是が非でも親たちの願いを叶えてあげてほしいと、心から切に切に願うばかりである。

河村市長ならできるsign01sign01sunsun


河村市長様

突然のお手紙の失礼をお許しください。

私は大森保育園のおひさまを守る会、会長の武藤と申します。

大森保育園には、平成14年から6年間、子どもがお世話になりました。

大森保育園の屋上園庭計画について、園庭設置に向けて運動を担ってきた私たち保護者の声を聞かずに、名古屋市が計画を進めようとしています。

7月には着工予定という喫緊の事態は一刻を争う迅速な対応が必要です。

今、それができるのは市長だけです。

ぜひ面会し私たちの声を直接聞いていただきたく、ペンを取りました。

大森保育園は守山区内にある名古屋市立の保育園であり、長きにわたり地域の皆様に見守られながら、多くの子どもたちが健やかに成長してきた保育園です。

ところが、今から2年半前、保育園が冬の午後に日影になってしまうマンション建設計画がわかりました。

私たちは、保育運営課はじめ、建築指導課など行政機関に対しても、名古屋市条例に基づく配慮、改善要請の協力を求めましたが、「中立性」を唱えられ、有効な手立てとっていただけませんでした。

また業者に対しても話し合いを求め、計画の変更、見直しをお願いしましたが、日影に対しては全く聞き入れてもらえませんでした。

私たちは保育園の保護者をはじめ、OB、地域の方々などとともに、大森保育園のおひさまを守る会を結成し、子どもたちの日照を守るため、ビラ配り等さまざまな運動をしました。

幸い地域の方々も、子どもたちが被害を受けることを一緒に心配してくださり、快くのぼりの設置等に協力していただきました。

残念ながらマンションは昨年末に完成し、保育園は日影になってしまいましたが、保護者やOBの粘り強い運動の成果として、冬場に時間的に最後まで長く陽のあたる部分に、0歳から2歳の子どもたちが遊べるようなスペース=屋上園庭を建設するための費用を、業者から名古屋市に寄付するという約束を取り付けました。

名古屋市も構造上問題はないとし、昨年の秋に見積もりを出し、その費用として、606万9000円の寄付を受け取りました。

しかし今、新たな問題に直面しています。

私たちの再三の要求にもかかわらず、名古屋市は屋上園庭の計画を明らかにしてくれず、保護者は不安を抱えていました。

今年の5月になり、屋上園庭の建設業者が決まってから、やっと知ることができ、その狭さにとても驚きました。

その園庭の大きさは5m×5mです。今まで使っていた乳児用園庭が最も日影の被害を受けるところであり、10m×8mあります。

その代替えとして要求し、また十分な空きスペースがあるにもかかわらずです。

保育士さんたちも、これでは子どもたちを遊ばせるのに狭すぎるとがっかりしています。

保育運営課はこの狭さを「金額の問題」と言っています。

しかし、保育機能の保障を最優先とすべきであるのに、なぜ屋上園庭をつくるのに十分な額をマンション業者に求めなかったのでしょうか。

さらに、今回の費用には屋上防水や外階段の設置なども含まれていると聞いています。

屋上の漏水については、以前から問題になっていたことでもあり、名古屋市の責任区分の案件を、なぜ屋上園庭の寄付金から捻出するのか疑問の声も上がっています。

また、昨今の経済推移に伴った建設資材の価格下落が進んでおり、昨年秋に立てた見積もりは更に下げることができるのでは、といった声も上がっています。

したがって、名古屋市が自らの責任を果たし、現在の物価変動を考慮すれば、計画されている屋上園庭よりも大きくて有意義な園庭になる可能性が充分に考えられます。

私たちは、子どもたちがのびのびと過ごせる広い屋上園庭が実現するものと信じてきました。

このままでは606万9000円も使って、十分に子どもたちが遊ぶことのできないようなものが出来上がってしまいます。

マンション業者からの寄付を約束させた合意書は、大森保育園(園長)、大森保育園父母の会(会長)および施工主(㈱中央コーポレーション、のちに丸美産業㈱に地位継承)の3者によって結ばれています。

その当事者である保護者を無視して進める名古屋市のやり方に私たちは怒りを感じています。

名古屋市は保護者に対しきちんとした説明をした上で、納得を得てから工事に着手する必要があると思います。

子どもたちが安全で快適に遊ぶことのできるように、十分な広さに増やし、また保育士さんにとっても使いやすく、衛生管理しやすいものになるよう、屋上園庭をつくるための寄付金を十分生かすための対応を望んでいます。

大変な努力をして約束を取り付けた屋上園庭を無駄にしたくはありません。

保護者の声を無視した計画を止められるのは市長だけです。

ぜひ私たちの声を直接聞いてください。

2009年6月 4日 (木)

良心的裁判員拒否 続々 各党は裁判員制度廃止を公約せよ! その8

「絶対に参加したくない」候補者(16%)が、
「不公平な裁判をするおそれがある」として除かれた後、

残るのは、
「是非参加したい」17%
「どちらかといえば参加したい」24%
「どちらかといえば参加したくない」42%

の人たちである。

     以上、NHK裁判員候補者アンケート調査による。

この人たちだけで百分比を取り直すと裁判員の構成は次のようになる。
「是非参加したい」20%
「どちらかといえば参加したい」29%
「どちらかといえば参加したくない」51%

6人の裁判員の半分は、渋々参加しているグループになる。

そして、確率的に言えば、残りの3人の内1人は「是非参加したい」という強い意欲のある裁判員になる。

当然、「是非参加したい」という裁判員は積極的に意見を述べるだろう。

渋々参加しているグループは、普通に考えると、あまり積極的には意見を述べないように思う。

ひょっとしたら、義務なのだから、仕方がないと思って裁判員になる人たちだとすれば、協調性の高い人である可能性が高い。

裁判官の意見を伺ってから考えたいという謙虚で、至極、良識的な人である可能性がある。
あくまでも、言い張るということはおそらくあまり起きないに違いない。

ここで、本当は必要なのが、候補者に選ばれ、法に反してまで「絶対に参加したくない」と考えていた裁判員候補だと僕は、思う。
彼らは、自分の意見を持ち、そう簡単には曲げないに違いない。

彼らを除いてしまった裁判員制度は、結局、裁判官が裁判員を上手に制御して、裁判所が穏当と思うところに落ち着かせる制度になってしまうのではないか。

裁判員制度については、結局、裁判官の判断にお墨付きを与えるだけのことになるとの批判がある。データからもそれは裏付けられるだろう。

結局、裁判員制度は

2009年6月 3日 (水)

良心的裁判員拒否 続 各党は裁判員制度廃止を公約せよ! その7

5月25日付で良心的裁判員拒否者について述べた。

「絶対に参加したくない」として裁判員への参加を拒否する人の権利を擁護するのか、あるいは蹂躙してしまうのか。

自らの思想・良心の証として裁判員への参加を拒む人を前に、その人の思想・良心の自由を保障すれば、自らその人を過料の制裁付で引っ張ってきた自分の立場が崩れる。

逆に無理強いすれば、人権擁護の最後の守り手としての自らの立場を放棄することになる。

自縄自縛とはこうしたことを言う。

と述べた。

しかし、この問題は、多分、表面化しないだろう。

裁判所は、露骨に思想良心の自由を蹂躙するほど非良心的でも非人道的でもない。

裁判所は、また、この問題が極めて深刻な問題であることをあからさまにしないようにする程度には賢明に違いない。

裁判所は、「不公平な裁判をするおそれがある」と認めた候補者を裁判員から除外することができる(裁判員法34条4項)。

また、裁判の途中でも、「不公平な裁判をするおそれがある」と認めれば、裁判員を解任することもできる(裁判員法43条1項、42条1項7号)。

具体的な候補者を不選任とするのも、解任するのも「不公平な裁判をするおそれがある」と言うだけで、具体的な理由を明示する必要もない。

そもそも、もともと馬を水辺まで連れてくることはできても、馬に無理矢理水を飲ませることはできない。

裁判所としては裁判員選任という入り口段階でいたずらにトラブルを抱えるのも嫌に違いない。

しかも、実際の運用では、一つの事件について50人から100人前後の裁判員候補者を呼び出すかのように伝えられている。その中から裁判員になるのはたった6人(プラス補充裁判員)であるから、選任作業は不適格者を排除するというより、いわば好みの裁判員を選び出すというに等しそうである(一応、くじ等、作為の加わらない方法によるとされているが。裁判員法37条1項)。

裁判所は、自分にとって扱いやすい裁判員を選びたいに違いない。だから、「絶対に参加したくない」などという厄介で頑固な候補者には、早々にお帰りいただきたいに違いないのである。

かくして、「良心的裁判員拒否」という格好良い問題は表面化しない。

(表面化させたい人は、方法を考えればよい。考えれば、何事でも、何か方法は見つかるはずである)

人を裁くことには「絶対に参加したくない」という信念を持っている人は、ただ「絶対に参加したくない」と言い続ければ、参加しなくてもすむようになっているのである。

一見、これは、思想良心の自由を尊重しているかのようで好ましく見えるかもしれない。

しかし、表面化しないだけで、この葛藤は、制度の本質的な問題だ。

裁判員になることを「国民の義務」だと言いながら、「絶対に参加したくない」と言えば、免れることができるというのでは、やはり二律背反から逃れられない。

矛盾が、表面化しないだけのことで、この制度にはやはり本質的な問題がある。

「絶対に参加したくない」候補者を裁判員から除外することによる弊害は他にもある。

コネタマ参加中: 裁判員、やりたい?やりたくない?

2009年6月 2日 (火)

朝日新聞の矛盾

朝日新聞が5月31日付で「宗教の昭和史」と題する全面特集記事を掲載した(中部地方)。

新聞の戦争責任を検証する好特集である。

1935年大本教団弾圧に対して、朝日新聞を含む各紙が当局の意のままに洪水のような報道を繰り返し、大本教に「邪教」「怪教」のレッテルを貼り、同教団に壊滅的な打撃を与えたこと。

治安維持法違反を含む重罪で訴追された教祖は控訴院で逆転無罪となるが、そのことについては、ほとんど触れなかったこと。

軍部からの情報が取れなくなるため、軍部の言いなりになって報道を繰り返したこと。

等、率直に自らの戦争責任を検証し、二度と過ちを繰り返さないようにとの自戒を込めた良い特集に見える。

しかし、だが、どうしてか、
名古屋地方では、その裏面(31面)の地方欄で自衛隊の広報を行っている。
問題は、
「この人に聞きたい」というシリーズの「空自小牧基地50周年」と題する記事だ。

航空自衛隊小牧基地司令の谷井修平氏のインタビュー記事。

航空自衛隊は「イラクの子供たちが安心して遊べる環境を作るのが国連や日本の役割だ」との奥克彦さんの思いを引き継いで5年間活動してきた。

名古屋高裁の昨年4月27日の違憲判決は、当時、訴訟対応の空幕首席法務官にあり、業務であり、全て読んだ。しかし、傍論であり、最高裁判決でもないので、「コメントしようがない」というのが当時の印象であった。

判決は、航空自衛隊が06年7月頃から開始したバグダッドへの空輸は、武装した米兵等の多国籍軍兵士を、まさに戦闘行為が行われている戦闘地域へ輸送している実態を詳細に認定した。その上で、政府見解によっても、航空自衛隊の活動には米軍等の行っている戦闘行為と一体をなす活動であり、武力の行使に当たると認めたものだ。

訴訟対応であれば、米軍の戦闘行為で死亡し、傷つき、苦しみ続けている多くのイラクの子供たちの実態が毎回の法廷に原告側から示され続けていたことを知っていた筈だ。

全ての法廷に出席していなかったとしても、判決全文を読んだのであれば、そういうことは全部知っているはずだ。

航空自衛隊は、少なくとも陸自が撤退した後は、米軍がイラクの人々を、子供たちを含めて殺戮する戦闘行為を一体となって担っていたのだ。

そのことを知っている訴訟担当者に対するインタビュー記事だ。

記者は、なぜ改めて問わないのか。

「仮に『傍論』だとして、判決に認定されていた中に、事実と異なることはあったのか。」

あるいは、なぜ問わないのか。

「判決は、イラク戦争で多くの子供が犠牲になったことを認め、米軍の武力行使がその大きな原因となっていることを認めている。裁判の期日で反論する機会は十分にあったと思うが、訴訟担当して反論したのか」

(国側からはイラクにおける自衛隊の活動内容について、いっさいの主張はなかった。控訴審に至っては、法的主張すらなかった。ただ、早く審理を終えろという意見書の提出を繰り返すだけだった。反論は、全くなかった。できなかったのだ)

あるいは、どうして問わないのか。

「判決が認定しているのは、結果的に航空自衛隊はイラクの子供を殺す側に立ったという事実だが、イラクの子供たちのためにという思いと間で矛盾や葛藤はないのか」

朝日新聞は、ただ、小牧基地司令(イラク訴訟の訴訟担当)の言い分をそのまま垂れ流すだけだ。

名古屋高裁の違憲判決の影響を限定しようとする小牧基地司令の言葉だけ掲載して、当然起きてくる疑問をなぜぶつけないのか。

それとも名古屋高裁の判決文すら読まず、インタビューをしているのか。

記事は、小牧基地におけるブルーインパルスの展示飛行の再開に向けた谷井氏の考えを聞き、地元と共存共栄をしていきたいとする同司令のお説をそのまま掲載している。

しかし、小牧基地は激甚な騒音被害、そして墜落事故で犠牲者が出るという痛ましい事態を受けて、1978年3月、戦闘機部隊が撤退した基地だ。

ブルーインパルス展示飛行の再開は、戦闘機部隊の再配置への布石として受け止めらてもやむを得ない。

同じ日の中日新聞は

ブルーインパルスの展示飛行の再開を「宣戦布告」と受け止める住民も少なくないとした上で、

「基地にはじっとしていてほしい」というのが地元自治体の本音だ

と伝えている。

朝日新聞よ。

「宗教の昭和史」で展開した新聞の軍部への荷担の検証は、

「これからも同じことをします。繰り返します。勝つまでは」

という宣言だったのですか。

そういえば、

「過ちを繰り返しません」というお決まりのフレーズは「宗教の昭和史」には見られなかったように思う。

絶望するばかりだ。

僕は5月いっぱいで、物心ついて以来、読み続けてきた朝日新聞の購読をやめた。

2009年6月 1日 (月)

新型インフルエンザ?の抗弁(言い訳)

準備書面を出す約束がしてあった裁判期日に、書面ができていないときは、どう言い訳しようかと気が重いし、肩身が狭い。

裁判所に格好悪いし、相手方に対しても偉そうにできなくなる。

そこで、思いついたのが、「新型インフルエンザ?の抗弁(言い訳)」である。

約束の書面ができなかった裁判期日の直前に裁判所へ電話をかける。

裁判所への電話は、まず担当書記官に取り次がれる。
直接に裁判官へ取り次がれることはまずない。

「新型インフルエンザ?の抗弁」が出される場合は、
書記官を間に介して、裁判官と次のようなやりとりがなされることになる。

弁護士「(ゴホッ)朝から変な(ゴホッ)咳が止まらな(ゴホッ)くて、熱は37度5分くらいで大した(ゴホッ)ことはないのですが、期日に出頭して(ゴホッ)もいいですか(ゴホッゴホッ)」

書記官「少々お待ち下さい」

(書記官、裁判官と相談する)

書記官「お待たせしました。インフルエンザということですか」

弁護士「いえ(ゴホッ)、まだ病院には(ゴホッ)行っていないのですが、とにかくこれまで経験したことがない変(ゴホッ)な咳が出るのですが(ゴホッゴホッゴホッ)」

書記官「少々お待ち下さい」

(書記官、裁判官と相談する
裁判所で新型インフルエンザを、ばらまかれてはたまらないということになる)

書記官「お待たせしました。今日は延期ということで、裁判官の了解が出ましたので、来ていただかなくても結構です」

このパターンのいいところは、後で、「結局、ただの風邪でした。ご心配をおかけしてすみませんでした」と謝れば、診断書も必要がないところである。

我々の業界に限らず、納期のある仕事には、結構、応用が利くのではないだろうかと思った。

その他、突然、現れた税務調査員や、突然来て、任意同行を求める警察官に対しても、使ってみる価値があるかも知れない。
きっと、担当者は役所に問い合わせて、どう対応するか、協議を始めるのではないだろうか。

新型インフルエンザ春の部は、とりあえず、「ミサイル」『騒動』誤報騒ぎと同じような空騒ぎに終わったようだ。

致死率が60%に及ぶという学者もいる猛毒性の鳥インフルエンザを想定したマニュアルが適用されたが、幸運にも空振りに終わった。

秋以降、本格的なインフルエンザシーズンを迎える。今回の経験を生かして、迅速で必要な、かつ過剰ではない対策がなされることを、望む。

新型インフルエンザ対策の責任主体は、情報も知見も集約される厚労省であろう。自治体任せにするような課題ではない。

なお、僕は、演技が下手なので、「インフルエンザ?」の抗弁(言い訳)は、秋以降も使えそうもないことをお断りしておく。



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