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2009年6月19日 (金)

桜桃忌 太宰治と中島みゆき

今日は、桜桃忌である。
1948年に入水自殺を遂げた太宰の遺体が発見されたのは、太宰の誕生日に当たる6月19日であった。

今年の桜桃忌は生誕100年の記念日に当たることになる。

太宰は少年時代の僕にとって、特別の存在だった。
小学校のとき「人間失格」を読んで、その優しさに泣いた。、
中学生時代だったかと思うが、無理を言って、筑摩書房の全集を買ってもらった。
実家に置いたままになっているので、今は手元にない。

何年か前に、「人間失格」を読み返したことがあった。
「恥の多い生涯を送ってきました」との
有名な書き出しから、子どものときの自分と同じように
引き込まれるように一気に読み切った。
受ける感動も同じものがあった。
人の感性は、変わらないものである。

僕は、宗教を聞かれると、
ときと場合によってではあるが、
「中島みゆき」と答えることにしている。

僕にとっては、太宰と中島みゆきはつながっている(必ずしも一般的な傾向ではないので、両方のファンでない方は誤解されませんように)。

中島みゆきは、オリジナルアルバムの4枚目から強烈なファンになった。

当時の中島みゆきは、とにかく暗かった。
暗い闇の中で、もがきにもがいていた。
もがきにもがいていることを隠しもなく、自己開示していた。

たとえば、アルバムのタイトルからして
「生きていてもいいですか」
だ。
そしてレコードに針を落とすと、
アカペラで、いきなり
「うらみま~す」と始まり、
♪「あんたのことを死ぬまで」
と絶叫して終わるのである。

中島みゆきファンは
敢えて、「このLPは凄いよ」と言って、
下宿に呼んだ友人にこの「うらみ・ます」を聞かせて、
友人を引かせて面白がるか、
密教のように中島みゆきを信仰して、
ひっそりと隠れて棲息していた。

以来、僕は中島みゆきとともに人生を歩んできた実感を持っている。

桜桃忌の話であった。
みゆきと太宰が僕にとって連続的なのは、
暗さの中でもがき苦しんでいることを隠しもしないこと、
そして、その一方で、他人に対する限りない思いやりを示す道化(ユーモア)が同時に両立しているからなのだと思う。
太宰については、いうまでもない。
中島みゆきについても、「生きていてもいいですか」と問いかけながら、
深夜のDJで、けたけたと、くっちゃべっている様は、
太宰の「道化」のようにファンを引きつけてやまないものがあった。

ますます欺瞞の支配が強まり、
絶望の度合いを深めていくこの時代の中で、
太宰なら、何を書いただろう。

どんな道化で、楽しませてくれただろう。

尽きることのない優しさでどんな風にして泣かせてくれただろう。

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