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2010年9月23日 (木)

自己破産の現場から見る市民の生活-経済成長しても困窮する一般市民

厚生労働省の6月分の集計で、生活保護受給者が190万人を超えたことが判明したことが報道されている。受給者が190万人を超えるのは1955年(昭和30年)以来という。


受給世帯数は137万7930世帯で08年5月以降、過去最高を更新し続けているという。
(中日新聞9月23日共同通信配信)


1955年といえば、まだ戦争の傷跡が生々しく残っていた時代だ。
日本の実質GDP(国内総生産)は、30兆7000億円に過ぎなかった。

現在(2009年)、日本の実質GDPは、525兆円に達している。

十七倍、日本は「豊か」になった。

しかし、生活に困窮する人たちの数は、1955年にまで遡った。

単純な比較は許されないだろう。

しかし、経済成長がすなわち国民の生活の豊かさと正比例している訳ではないことはこの数字から見て取れる。


僕が、弁護士になったのは1982年(昭和57年)4月である。
当時は、サラ金被害者が厳しい取立のため自殺する例があとを絶たない時代だった。

取立を規制する仕組みもなく、弁護士が介入したからと言って、取立をやめるような生やさしいものではなかった。

必然的に、サラ金やマチ金を相手にする仕事は武闘派の色彩を帯びる、3Kの仕事だった(この場合の3Kは、きつい、怖い、危険)。

当時、サラ金被害から脱出するための唯一の手段が、破産だった。
これを武器に裁判所が支払不能を認定した破産決定後の取立は、犯罪性を帯びることを理由にして警察の介入を求めるなどの手法でサラ金と闘うパターンがようやく定着した頃だったと思う。

 

僕が、最初に所属した事務所は、消費者の破産事件を扱う、当時としては少数派の事務所だった。
僕には、似つかわしくない武闘派の仕事も、そこそここなさざるを得なかった。

だから、僕のサラ金キャリアは、かれこれ30年近くなり、その間の変化にもいろいろ思うところがある。


問題にしたいのは、弁護士費用の支払方法の変化だ。

当時、破産申立をする件数は、今とは比べものにならないほど少なかった。だから自己破産するのは、特別に困窮した人たちだった筈だ。

当時の破産申立の弁護士費用は、多分20万円から30万円程度だったと思う。

今から思えば、不思議だが、当時、この費用は、ほとんどの依頼者が一括で支払ってくれていた。本人には到底余裕がないわけだから、身内や友人に工面してもらって用立ててくれていたのである。


弁護士費用の一括払いが困難になり始めたのは、おそらくバブル末期の頃だったのではないかと思う。

1990年頃には、一括で支払えない人が出始め、僕としても特例として分割払いを受けるようになった。

但し、この頃は、分割払いの例でも、初回の支払はできるだけ10万円は支払ってほしいと要望していた。

昭和58年に貸金業法が施行され取立規制が導入されていたので、この時期には、弁護士に依頼すれば、その段階から、月々の支払は止められるようになっていた。

これまで払っていた月々の返済をやめ、身内に相談すれば、何とか10万円は工面できる金額だった。


酷な話のように聞こえるかも知れないが、大抵の人は、この条件で支払うことができた(むろん、10万円もムリという場合、完全分割払いの事件も受けていた)。


僕がこの方式を採り始めた頃、一部でも分割払いにすると、途中で払ってもらえなくなるのではないかと不安がる弁護士の方が多く、僕は少数派だったと思う。


この初回10万円の分割払い方式でも、支払えないという依頼者が一般化するのは、僕の感覚で言えば、この3、4年のことのように思う(むろん、その以前にも完全分割払いの依頼がなかった訳ではない)。

現在、僕の場合、せめて月々3万円は払ってほしいと要望している。
(管財人選任事案でなければ)実費を含めておおむね35万円で受けているので、約1年の分割払いになる。


僕の依頼者は、一貫して一般市民である。

だから、1982年頃には、周囲に頼めば、無理なく払えた金額が、1990年代には困難になり、現在では、サラ金への支払を中止しても、月3万円の支払がようやくできるという人が増えているということだ。

多重債務に陥る人の周りも、以前のように手を差しのべる余裕がなくなっている。


この間、一般市民は、バブルの一時期を除いて、一貫して貧窮傾向にあるというのが僕の実感である。


僕が弁護士になってからの日本の実質GDPの推移をたどると次のとおりになる。

  • 1982年 331兆円
  • 1990年 461兆円
  • 2000年 503兆円
  • 2009年 525兆円(以上、ウィキペディアから)

実質GDPは、2007年の561兆円をピークに減少に転じているが、大きく見れば、経済成長が続き、国民一人当たりのGDPも上昇してきた。1982年と比べれば、2倍とは言わないにしても1.6倍くらいは、この国は「豊か」になった筈である。


しかし、一般市民が豊かになっていないことは、マチベンの実感として断言できる。

一般市民は、経済が成長しても成長の果実に与れず、経済が減速すれば、一気に困窮化する。


 僕は経済のことに、とことん、疎い。
 疎いが、経済成長=生活の向上でないこと、まして経済成長=国民の幸福でないことは、自分の体験として断言する。


だから、僕は、民主党には成長戦略がないと批判したり、批判された挙げ句、菅政権が「強い経済」を第1に打ち出したりしても、全く同感できない。


仮に経済が成長するようになったとしても、富む者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる仕組みはそのまま維持される(エコカー補助金・減税も常々疑問に思っている。結局、国民1人当たり約5000円を、車の買える500万人弱に分配する制度だったから。しかも、需要の先食い以上の展望は何もない)。


この仕組みが変わらない限り、一般市民が豊かになることはない。経験的に、そのことを痛感しているからだ。


いい加減、ここらで、経済成長しなければならないという強迫観念から自由になれる道を探してほしい。一般市民が豊かになるには、成長神話の呪縛から自由になる道を見つける以外に方法がないと思うからだ。

 僕が、思想的には真反対の佐伯啓思氏の著作をお気に入りに掲げているのは、佐伯氏が、1999年の段階で(巷では金融工学がもてはやされ、岩波書店ですら金融工学に無批判な解説本を出版していた)、アダムスミスやケインズの思想に依拠しながら、市場主義に対して根底的な批判をしていたことを共感をもって尊敬せざるを得ないからである。

 


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