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2010年11月の28件の記事

2010年11月30日 (火)

昔話 きれいなおなご先生の想い出

ブログばかり書いていて仕事をしないボス弁を見ていれば、イソ弁君も心配になるだろうと思う。

よって、ここでは、一昔(といっても、2010年11月30日付とあるから、わずか1年半しか経っていない)の記事を再掲してお茶を濁す。


僕は、これを再読してこんな感想を持った(アホなマチベンはときどき、自分の過去記事を読んで、「おー、誰だか知らんが、いいこと言っとるじゃないか」と感心したりしているのである)


現在では、司法改革(法科大学院制度、弁護士人口激増)が失敗に帰したことは、普通に見れば歴然としたものになった。敢えて、法科大学院の生き残りを主張しているのは、日弁連中枢に巣くう司法改革族だけだということが明らかになった。


ただ、白状するが、これを書いた当時、これほど早く法科大学院制度の失敗が明白になるとは、僕も想像していなかった。だから、昔話というフィクションを装ったのだ。


確か、きれいなおなご先生が、そのご主張を豹変させたのは、93年頃ではなかったかと思う。さる団体の機関誌を過去に遡れば、時期が特定できるのだが、とうの昔に廃棄してしまっている。


------------------
だから、ここでもう一つだけ物語を付け加える。

太郎が、代言人専門学校に通っていた当時、太郎と同じ集落にエスエム君という、洗練されたユーモアにあふれたシティーボーイがいた。エスエム君は何と言っても、誠実な人柄で村人の嫌がる仕事を率先して引き受けて徹夜するほど、献身的だった。


たまさか僕は同じ集落だったために、彼が一人残って仕事をするのに、自分だけ帰る訳にはいかず、徹夜して朝方まで彼の仕事に付き合うことになった。自己チューの僕にはいい迷惑だった。


ときは流れて、お互い10年を超えるキャリアを持って、自分の代言人事務所を構えた。

僕が、noteひとりでいるって素敵なことね~noteとノーテンキに浮かれていた頃、彼は、自分の身を削ってでも、鬼ヶ島に代言人事務所を作り、彼が鬼退治の訓練を施した若い代言人を鬼ヶ島代言人事務所に派遣するという涙が出るほど献身的な活動を続けていた。


あるとき、彼が、『鬼退治のためには代言人をもっと増やさにゃいかん』と言って、代言人組合総会の委任状の勧誘をしていたことがあった。


その頃、僕は、pencil外国軍隊にカネを出すなpencilclipお国の軍隊を外に出すな裁判clipに浸りきっていた(この運動は、後にイラク派兵差止訴訟の青山違憲判決として結実する)。
僕は“thunder代言人を増やすと戦争になるthunderと、僕らのお師匠様であるT代言人が言っとるでにゃぁか”と言って、猛烈に反発した。


議論はかみ合わず、それ以来、彼とは縁がない。


愛知県代言人組合の大御所的な存在であり、常々弱者の立場から顧問先である名だたる大企業に苦言を呈してきたO代言人は、もう10年も前から、日本代言人組合の本部を称して「ベンカン(弁護士官僚)ここだけは、代言人でなくて、弁護士となってしまうのだ」と唾棄してきた。


エスエム君、まだ君が今、本部にいるなら、どうしても、考え直してほしい。
きっと君は善意だったと思う。僕も善意だったように。


でも、今、僕ら日本代言人組合がやっていることは、学生の人生を弄び蹂躙し、崩壊大学院の利権を守るという心底、恥ずべき行為に成り下がっているのではないかsign02

僕は、この20年近くの間、シホー改革反対の立場で、一貫してきた。その立場の中には、マチ代言人としての自分の立場を守ろうという邪心がゼロだったとは言えぬかも知れぬ。
でも、君には、私心などなかったはずだ。


時代を直視して、どこかで生まれてしまったであろう私心を捨てて、考え直してほしい。


今からでも、遅くない。君が、もう一度、冷静に考え直し、若い人たちの未来のために立ち上がるというなら、もう一度、何の利益も求めず、ただ、みなのためになると信じて、朝方まで徹夜で一緒に作業した、君に会いたい。

若かった僕たちは、朝方まで作業した上、M市駅すぐそばにあったゲーセンで遊んだものだった。楽しかった。


君に会いたいんだsign01

----------
総務省が法科大学院制度の見直しを提言して、今、司法改革に反対してきた人たちがものを言いやすい雰囲気が生まれている。


僕は、実は心配している。
司法改革反対派にとっては、今が『プラハの春』になってしまうのではないか、と。
司法改革反対派が、この機会を適確な方針と、政治的配慮をもって、活用し切れなければ、待ち受けているのは、前よりいっそう強権的で苛烈な弾圧ではないか、と。


敵は、もっと巧妙に政治的に権力的に動き回っているのではないか。
目に見えないところに、罠をしかけているのではないか。


申し訳ないけれど、僕には、そんなイヤな予感がしてならないのだ。


ではでは、以下、再掲でお茶を濁すのであります。
仕事をするぞー。


impactimpactimpactimpactimpactimpactimpactimpactimpactimpactimpactimpactimpactimpact

むかし、むかし。
あるところに、どえりゃーきれいで、どえりゃー、えりゃーおなごの先生がおったげな。


巷では代言人が足らん足らんと騒いでおって、代言人になってまもない頃の太郎も、そりゃすくにゃーで、ふやさにゃかんがやと思うておったげな。


そこで太郎は、おなご先生に言ったがね。

leo「代言人がすくにゃーで、村の衆が困っとるでにゃーきゃ。まちょっと増やさんと、不親切な代言人が多いであかんでにゃあか」


おなご先生はきっとして言ったがね。

virgo「代言人増員論の本質を見抜かなければなりませぬ。


代言人が少ないと言っているのは誰か、よくご覧なさい。


全部、こわーい赤鬼やら青鬼やら妖怪どもではないですか。


彼らは、彼らの言いなりになって何でも彼らの欲望を満たしてくれる代言人をほしがっています。


代言人は誇りを持っているので、彼らが弱い者いじめをしていれば、代言人がそろって、反対するでしょう。


彼らが弱い者いじめをしようとしても、鬼どもに雇われている代言人さえ、鬼をいさめているでしょう。


鬼や妖怪どもはこれが我慢ならないのよ。


彼らの言いなりになる代言人を作るには、代言人を大幅に増やして、食べていけない代言人を大量に作らなければならないのです。


そうなればお金に困った代言人は、弱い者いじめでもお金次第で、彼らの言いなりになるでしょう。


こうして代言人は鬼どもの思い通りになるようになります。


だから、彼らは代言人を増やすことを主張しているのですよ。太郎さん」

この頃、代言人組合でも多少の話し合いはあったけんど、たーぎゃーの代言人は、増やしてもろくなことがにゃーがやと言って反対しておった。


代言人組合は平和じゃった。


太郎は、すっかりおなご先生に洗脳されてまって、代言人増員反対の活動をしておったげな。


何よりおなご先生はサヨクだったので、自分もサヨクのつもりだった太郎は、おなご先生の言うことを全面的に信用したんだと。


ある日、きれいなおなご先生に会った、太郎は、おなご先生に張り切って報告したんだと。


leo「おなご先生、僕、鬼をこれ以上のさばらんようにせなかんで、頑張って、代言人を増やさんように活動しております」


おなご先生は、きっとして太郎をたしなめなさったげな。

virgo「何を言っているの。太郎さん。


村の衆は代言人が少ないから、代言人にたどり着くまでに大変な思いをしているでしょう。


高慢な代言人も多いから、結局、高いお代をふっかけられたり、足蹴にされて追い返されて権利を実現できない村の衆がこんなんにいるではありませんか。


何より、代言人を増やして、村の衆の権利を実現できるようにすることが大事です。


代言人を増やして村の衆のための司法を実現することが大事です。


裁判に村の衆も参加できるように裁判員制度も大事です。


何より大事なのは村の衆が直接、裁判権を握ることです。


これこそ、村の衆の、村の衆のための、村の衆による革命ではありませんか。


一郎さん、既得権にこだわるような古い考えは捨てて、大幅に代言人を増員するように代言人組合を説得しなければならないのですよ」


太郎は、きれいなおなご先生の言うことが、急に変わってしまったことに、どえりゃー驚いたげな。


ちょっと前に言っとったことと180度、違うでにゃーか。


そういえば、同じように急に、代言人を増やせと言う代言人が、太郎が仲の良いサヨクの代言人の中から増えてきた。


太郎は、二回も洗脳されるには、柔軟性に欠けておった。


だゃあたゃぁ、政治きゃーきゃくにも行政きゃーきゃくにも反対しておったのに、三権の残りの司法きゃーきゃくだけ賛成というのはおかしきゃにゃあきゃあ?


太郎は、きっと赤鬼どもが、代言人を懐柔して回ったんだと思った


が、鬼は増えていくばかりで、10年以上が経ってまった。


そいでもって、太郎の代言人事務所の預金残高が40万円になってまって、事務所経営が危機的水準に達してまったんだがね。


気がついたら、代言人業界は、うみゃー事件に群がって奪い合う、競争社会になっとったんだわ。


太郎は、困り切ってまった。


悩みに悩んで、やたら強気な村の衆の言いなりになるような仕事もしようとしてみたげな。


だけど、生来わがままな太郎には、こういうやり方は、合わなんだもんで、言いなりになっている内にノイローゼになってまったんだわ。


しょうがないで、太郎は開き直ったげな。


とにかく、後、1年でも2年でも代言人ができる内は、代言人の誇りをもって代言人をやる。


そして、誇りを捨てなければならなくなったら、自分で自分に区切りをつけると腹を固めたげな。


そうして、ようやっと、精神の平衡を取り戻したんだげな。


サヨクの強気の代言人たちは、まっと代言人を増やさんといかんと、まんだ、言うとる。


だけんど、本当の生存をかけた代言人の競争は、「かっぱりゃー金」ちゅう資源が枯渇したときにくるんだげな。


そんときの様子は想像もできんちゅうこった。


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2010年11月29日 (月)

裁判員裁判と遺族感情

裁判員裁判で死刑判決が続いた。

被害者の遺族の感情を重く見る傾向があると言われ、あるいは遺族感情に配慮すべきだとも言われる。

論理的には、遺族のいない被害者は軽く見られることになる。
また、遺族が何らかの信念で、極刑を望まないと言えば、死刑にはならないことになる。

自分自身のこととして、僕は少なくともこれだけは言える。
僕が何かの拍子に犯罪に巻き込まれて殺害されても、子どもたちには、犯人の死刑を望まないでほしい。
それは新たな殺人を望むことに他ならないから。
僕は、たとえ自分が殺されたとしても、犯人を殺したいとは思わないから。
人を殺さないということは、だれに対しても一番大事な徳目だと考えるから。
子どもたちよ、僕は、あなたたちをそう考えるように育ててきたと信じるから。

自分の子どもが殺されたとき、僕は、死刑を望まないか。
想像することもできない。
むつかしい問題だ。

しかし、望まないでいたい。
子どもたちは、きっと犯人を殺すことを望まないであろうから。
僕が、自分を殺した犯人を殺したくないと考えるのと同じように、子どもたちも自分を殺した犯人を殺したいとは思わないだろうから。

 

今でも印象に残っている手記がある。

オウム真理教による坂本弁護士一家殺害事件に関して、坂本弁護士の妻都子さんのお父さん大山友之さんの書いた著書(「都子聞こえますか-オウム坂本一家殺害事件・父親の手記」)の一節だ。坂本弁護士一家殺害事件の犯人たちに死刑判決が出た後の父親の気持ちが、そのまま綴られている。

手元にないので、正確性を欠くが、次のようだった。

法廷に通い詰めた大山さんは、死刑判決が出てほっとした心境とともに、果たして本当に都子さんは死刑判決を望んだろうかと自問自答する。障害児のボランティアに関わり、弱い人を助ける職業へと歩もうとしていた都子さんを思い描く。そして、命を何より慈しんでいた都子さんは、犯人の死刑など望まなかったのではないかと思い当たる。ひたすら犯人の死刑を望んだ自身と、都子さんの優しい人柄の間で割り切れない葛藤を抱いたまま大山さんは裁判所を後にする。

被害者遺族の感情は、それぞれだろう。

そして、死刑判決を望まないとしても、それは決して、家族を愛していなかったからではないこと、愛するが故に、死刑を望まない遺族もいるに違いないことを知っておいてほしい。

仮にそうであるならば、ことさらに遺族の被害感情を重視する量刑のあり方は、公平を欠くことにならないだろうか。裁判員裁判が過度に遺族の被害感情を重視する傾向があるのだとしたら、僕はこの点にも疑問を留保したい。

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2010年11月28日 (日)

裁判員裁判で少年に対する死刑判決

26日、仙台地裁で少年に対する死刑判決が出された。

中日新聞の記事が事件を多角的によく分析していた。
過去20年余りで死刑求刑された少年は7人、そのうち2人殺害で死刑求刑されたのは3人。2人は無期懲役、唯一死刑判決を受けたのが光市母子殺害事件の被告で現在上告中だという。

だから、この事件は、光市母子殺害事件に続く2例目の2人殺害の少年の死刑判決ということになる。死刑に軽重がない以上、光市母子殺害事件と同等に凶悪で更生可能性なしと評価されたのだ。

「更生可否スピード審理」とする見出しは、事案の本質を突いているだろう。
仙台地裁は、「犯罪性行は根深い。他人の痛みや苦しみに対する共感が全く欠けている」とし、「更生可能性は著しく低い」と断定した。
たった5日の審理で、更生の可否について、踏み込んだ審理ができるだろうかと、冒頭の記事は疑問を投げかける。
少年事件では家庭裁判所の調査官を中心として、少年の成育歴について詳細な記録が作られている。

ところが、今回の裁判では、成育歴は証拠請求されず、鑑別結果報告書の一部が朗読されただけという。

家庭裁判所調査官の成育歴は極めて重要な証拠だ。発達心理の専門知識を持つ調査官が丹念に調査した結果の中には、事件を解く鍵が含まれている場合もある。
これが証拠請求されなかったのは、裁判員のために、審理の時間を制約しようとする裁判所のせいだろう。

僕は修習生時代に、刑事裁判修習中に少年の殺人未遂事件に当たったことがある。
後続車両から降りてきて少年の車を叩いた男に対して、少年が、やにわに車内のナイフで、斬りつけたという事件だった。

調査官は、少年が沖縄の離島出身であることに着目していた。少年が、本土に渡った後、沖縄差別を繰り返し体験したこと、その中で、周囲に対して過剰な警戒心と恐怖感を抱きながら生きてきた経過に着目していた。そして可能なら、少年の育った島を訪ねて島独特の風土で育った少年の成育歴をさらに調査したいと記載していた。

凶悪というより、本土における差別の中で植え付けられた恐怖心がナイフを振り回すという突発的な行為として発現したという見方だ。
凶悪・凶暴とは違う恐怖心のなせる発作的な犯行という見方だった。

裁判官から意見を求められた僕は、更生可能性を強く主張して、刑事事件ではなく、家庭裁判所へ送致して、少年事件として扱うべきだと強く主張し続けた。

裁判官は懐が深かったと思う。僕は不満足だったが、刑期を軽くするという形で、僕の意見をくみ入れてくれた(余談ながら、このときの国選弁護人は、殺意を否定する少年に対して、無理矢理殺意を認めさせるという尋問をしており、腹立たしかった。少年の弁護人は、修習生として直接、裁判官に意見を述べる機会があった僕だけだったと言っていい)。

話が横にそれた。
調査官の作る成育歴にはそれほどの重みがあるということだ。
読み込むのは大変だろうが、読み込むことができれば、素人ならではの発見と共感もあったかもしれない。

少年の更生可能性を表面的にしかとらえる時間がなかったのは返す返すも残念というほかない。そして、それが裁判員裁判であるがゆえに避けられないことだとすれば、やはり裁判員制度には根本的欠陥があるというべきだ。

是非、少年には控訴してもらいたい。
控訴審で十分な審理時間を確保してもらいたい。

中日新聞は、検察幹部が「弁護側が控訴したら高裁はどう判断するか。裁判員裁判の結果であっても判決の見直しがあるかもしれない」と語ったと伝えている。
検察から見ても、死刑判決は、重すぎるのではないかということだ。

中日新聞は、さらに少年に対する厳罰化を求める市民感情が背景にあることを指摘する。
厳罰化が不必要なことは、以下のグラフを示すだけで十分だろう。
少年の凶悪事件は、圧倒的に減っているのだ。

Satujin

        出典「少年犯罪データーベース

減っていることを示すだけでは、少年に対する厳罰化を求める世論にはひょっとして不十分なのかもしれない。
激減して極めて異例になっただけに、この異例の者は社会には到底理解できない。

理解できないものを排除し尽くしたいという衝動が社会にはあるのかも知れない。
異端を排除しようとする神経症的な空気が社会に蔓延している。

危ない社会だと思う。

少年が控訴して、減刑されることを切に願う。

 

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2010年11月27日 (土)

再びタバコの話 統計の不思議

肺ガン WIKIPEDIA

欧米では80%の肺癌が喫煙に由来すると見積もられており、紙巻タバコの煙には、ベンゼンなど百以上もの発癌性物質が含まれている。1日の喫煙量が多いほど、また喫煙期間が長いほど肺癌に罹患する可能性は増大する。喫煙を停止すれば、の損傷は修復されて着実に発癌の可能性は減少する。ただし、先進国中男性の、喫煙率がもっとも高い日本においては、喫煙に由来する肺癌は男性で約68%、女性で約18%と推計されている。

「喫煙 害」のホームページから

肺ガンを挙げると、1900年代初頭にはまれな疾患でしたが現在では主に喫煙により、男女ともにガンによる死亡者の上位を占めています。
タバコの煙には放射性粒子など、発ガン性物質が数多く含まれており、これらが肺ガンを生じさせる細胞変化を引き起こし促進させます。

肺ガンは、診断時点でかなり進行していることが多いガンです。

肺ガン患者の大部分は最初の診断から1年以内に死亡し、全体の生存率は10~15%にすぎません。
肺ガン患者の約85%は喫煙が原因であり、非喫煙者に比べると羅患率は10~30倍にもなります。また肺ガンの合併症として、肺炎が一般的です。

Kituenritu

            社会実情データ図録2210

Gansisya

                 社会実情データ図録2158

1980年代以来、喫煙者は激減傾向にあります。

1980年代以来、肺ガンによる死者は激増傾向にあります。

僕は、別に、喫煙が肺ガンを予防するという無理な結論を出すつもりはありません。

ただ、肺ガンの死者の68%あるいは85%が喫煙が原因ならば、喫煙者が猛烈に減っていけば、当然肺ガンの死者が減っていくものと考えていました。

ところが肺ガンは、喫煙者が減るのに反比例して猛烈に増えています。

喫煙以上に重大な要因があるという仮説を提案すべき統計にも見えますが、他要因仮説は、肺ガンによる死者の68%から85%が喫煙が原因とする前提と矛盾してきます。

不思議だなと思うのです。

どうしてなんでしょう。

だれか合理的な説明をお願いしたいところです。

 

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2010年11月26日 (金)

検察審査会に関する文書の作成・取扱・保管に関する通達を最高裁へ照会

日刊ゲンダイからの情報公開請求に対して、東京第5検察審査会がほぼ全てを墨塗りにした文書を開示した(ブログ「一市民が斬る!!」)

しかも、強制起訴議決がされた2回目の検察審査会については、審査会事件票自体が作られておらず、それは最高裁の通達によるという。

「(最高裁の)通達で、2回目の会議については(審査事件票を)作成することになっていません」(検察審事務局)

そこで、早速、最高裁に電話して、そのような通達があるのか聞いてみた。
「文書で公開請求をしてください」とのご親切なお答え。

「そういう通達があるのか、ないのかだけでも電話で教えてもらう訳にはいきませんか」(相手が最高裁様ともなると、当方も自然と職業柄へりくだる)

「不正確になるといけませんので、あるのかないのかも含めて、文書で公開請求をしてください」と懇切丁寧なお答えでありました。

ということで、やむを得ませんので、最高裁へ以下のとおり司法行政文書開示の申立をいたしました。

司法行政文書開示請求書

ついでにご報告ですが、ブログジャーナル様のおじゃまにならないように時期を遅らせて、下記のような東京第5検察審査会宛の文書開示請求も行っております。

要するに問題になっている期間、検察審査会の審査員と審査補助員にいつ、何人分の旅費・日当が払われているのか、確認してみるということです。

東京第5検察審査会の保有する行政文書の開示請求書

これらが、全部墨塗りということになれば、検察審査会とは名ばかりで、審査会事務局と審査補助員による一人芝居(2人芝居)ではないのかという疑いは、益々濃厚になりますね。

密室の究極の起訴機関、適正手続保障の及ばぬ憲法の適用番外地。

なんだか知らないけど、情報が入れば入るほど、そのお粗末ぶりが明らかになるとともに、ミステリーは深まっていきます。

面白くなってきちゃって、つい追及したくなっちゃいますね。

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特別抗告棄却 頭出し

最高裁が小沢一郎氏の特別抗告を棄却。
今回の行政訴訟については、本訴も含めて結論が出たも同然。

中日新聞によれば、小沢一郎氏の弁護団は「裁判を受ける権利と司法の権威からみていかがなものかと誠に遺憾だ」と上から目線の余裕のコメントをかましてる。
相変わらず匿名覆面集団のままだ。

いろいろ言いたいことがあるが、宮崎学氏の子分を気取った親分がお前、最近ろくに仕事しとらんとうるさいので本論はまたにします。
と言っているうちにマチベンの親分に書かれてしまいそうだけど。

 

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2010年11月23日 (火)

いわゆるサヨクの法学者の方々へ

立川テント村のビラ入れ事件の刑事裁判が係属中に、官房長官が、「当然住居侵入に該当する」と発言したら。

国家公務員の休日のビラ撒きが国家公務員法違反や住居侵入に問われた刑事事件が係属中に、官房長官が「国家公務員法に反する」と発言したら。

横浜事件再審裁判が、係属中に、官房長官が「再審にはなじまない」と発言したら。

嘉手納基地や厚木基地の爆音訴訟係属中に、官房長官が「行政訴訟にも民事訴訟にもなじまない」と発言したら。

戦後補償裁判が係属中に、官房長官が「二国間条約で決着済で、裁判にはなじまない」と発言したら。

いわゆるサヨクの法学者の皆さんは、沈黙したりなんかしてなかったよね。

きっと、いっせいに裁判干渉だと糾弾の嵐を浴びせたよね。

 

仙谷官房長官は、強制起訴の効力を争う小沢一郎の行政訴訟で、言ったよね。

「行政訴訟にはなじまない」って言ったよね。

それも官房長官の記者会見の場で堂々と言ったよね。

今回、サヨクの法学者は、沈黙している。

やられているのが、小沢一郎だからだよね、

金まみれ(それ自体が証拠に基づかない臆断にすぎないのにね)の小沢一郎と一緒くたにされてはかなわないから沈黙しているよね。

小沢一郎は憲法の敵だから、小沢一郎なんかには人権はないよね。

だから、沈黙しているんだよね。

虫けらと同じで、人権がないのだから、沈黙してても良心は痛まないよね。

 

内閣の事務を掌理する行政府の最高責任者が個別の裁判について、意見を述べたことが、司法の独立を脅かすものであることくらい、だれだって知ってる。

でも、だれもが、黙ってる。

この国は、とても静かだよ。

所詮、この国の人権派にとって、「人権」や「憲法」なんてものは、党利党略の道具でしかないのよね。

人権などというものは、

そのときどきに都合の良いように使い回しされるものと相場は決まっているものよと、

そんな冷めた諦観に僕がたどり着いてしまわないうちに、

誰か……

声を…聞かせて……

この世 見据えて笑うほど 冷たい悟りもまだ持てず

この世 望んで走るほど 心の荷物は軽くない

救われない魂は 傷ついた自分のことじゃなく

救われない魂は 傷つけ返そうとしている自分だ

           (中島みゆき「友情」)

 


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2010年11月21日 (日)

(再掲)尖閣ビデオを全て公開せよ

柳田法相は辞任を拒否、尖閣問題につき、さらに踏み込んだ答弁をするよう刑事局長に指示したとされる。
もとより柳田法相の軽率発言など仙谷官房長官の裁判干渉・違憲発言に比べれば大した問題ではない。
問題は尖閣事件の真実である。
政府が7分編集ミニビデオの密室上映会の企画を決めた10月31日のブログを再掲する。
―――――――――
慣れない携帯から書いているので、舌足らず、ご容赦。
尖閣7分ビデオ視聴に反対する。
日弁連は被疑者取り調べの全面録画を求めている。
一部録画では検察に都合のよい部分だけを録画して開示するに決まっているからだ。
同じことは尖閣ビデオでも言える。日弁連はなぜ意見を出さない?
尖閣ビデオは全面公開すべきだ。
それでこそ、わが国が、かの国とは違う民主主義の国であることを示す絶好のチャンスだ。
ビデオは血税で撮られた国民共有財産だ。
是非、尖閣ビデオの全面公開を求めよう。
全ては事実から始まる。
国の行く末を左右しかねない問題であれば尚更である。
事実をうやむやにすることは、必ず将来に禍根を残す。
――(引用終わり)――
ネットにビデオを流出させたとする保安官の供述は変遷して一貫せず、物証も出ていない。保安官はヒーロー気取りだが、何らかの身代わりと見るのが相当だろう。
そもそもネットに流されたビデオは海保の研修のため40分に編集されたものだとされる。
それでは意味がない。
ビデオは複数の船舶から撮影され延べ10時間以上に上るという。「流出分」を含めてもほとんどは、いまだに未公開である。いまだに公にされない部分に何が隠されているか、国民の意見は激しく分裂しており、国民的共通認識の形成は不可能である。
領土問題の類はすぐれて近代国民国家的課題であり、基礎事実を秘匿すれば、国民国家に分裂を来しかねない重大問題を引き起こす。
真相の隠蔽が重大な禍根を残したことは洋の東西を問わず数多の歴史が示すところだ。
10時間以上にわたる全ビデオと、GPSによる各船舶の位置情報・通信内容をネットに公開し、国民的な検討に供せよ。
柳田法相が法律に無知でかつ国民軽視の姿勢を反省したというのであれば、仙谷の反対を押し切ってでも『知る権利』という法にのっとった毅然たる対応をせよ!
柳田法相には、その責任がある。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

追伸(22日)

22日朝、柳田法相が辞意を示したと報じられているが、彼の辞任は大した問題ではない。仙谷違憲発言が放置されていることの方が遙かに深刻だ。

問題は近代国民国家の基盤に関わる情報の全面公開であり、柳田は尖閣問題について刑事局長へより踏み込んだ答弁をするように指示したする責任を次期法相を通じて果たさせるように務めよ。それが辞める者の責任である。

併せて、近代国民国家の基盤に関わる事項をこれ以上、機密事項としないことは、民主党のマニフェストによる誓約の範囲に入っていることを改めて仙谷らに知らせるべきである。

検察審査会 応答

11月14日の寝ぼけた記事に、コメントを寄せてくださった町衆さんと検察審査会をめぐってまとまった会話ができました。

応答集みたいで、悪くないなと思いましたので、以下、転載させていただきます。

投稿: 町衆 | 2010年11月16日 (火) 21時27分

少し時間を戻します。中国人の船長を釈放したことを不服として二人の市民が検察審査会に申し立てしていた件は【そもそも不起訴処分が存在しない】という理由から受理されませんでしたよね。当たり前ですね。しかし、小沢一郎氏を強制起訴することになった議決をした【東京第5検察審査会】の二回目の議決は【そもそも検察が不起訴処分にしていない】ことについて【起訴すべし】としてませんかね?同一の案件について複数の審査会が議決をした場合に、異なった解釈や多数決をとる際の人数に違いがあるとしても理解出来るのですが、【そもそも不起訴処分に不服】があると申し立てて、【審査会がそれを審査】するわけですから【そもそも不起訴処分が存在しない】ことについてどうやって起訴すべしと議決をしたのでしょうか?私には議決事態が【幽霊議決】にしか見えないのですが。

投稿: 管理人 | 2010年11月17日 (水) 11時41分

ご指摘のとおり小沢氏の起訴議決は、幽霊審査委員による幽霊議決、しかも補助員独自判断の可能性が排除されていないと私も思います。

検察審査会の審査は、告発→不起訴処分→告発人による審査申し立てという段取りを踏まなければなりません(検察審査会法2条2項)。告発をした人が不起訴処分に対して審査申し立てをするのが大原則です。だから、小沢氏の件は、告発にかかる被疑事実にも、不起訴処分にされた被疑事実にもない事実を審査会独自で起訴議決することになったことになります。

尖閣については、本来、大前提となるべき告発をしておき、不起訴処分がなされた後に、告発人の資格で審査を申し立てるべきです。2人は初歩的なミスを犯したので、審査申し立てが受理されなかった訳です。ちょっと勉強していれば、すぐにわかることです。したがって、表だって公言しない人がすでにきっと告発状は出していると思います。そして那覇地検はいずれは不起訴処分にせざるを得ませんから、そのタイミングで審査請求するのでしょう。

となると、再び、くじで選ばれた11人の市民が、外交や国行く末に大きな影響を与える議決をするという悪夢が繰り返される可能性が高いです。この辺り、国会議員は無責任というか無神経というか不用心というか、言葉がないです。

そうですね。検察審査会が二度の起訴相当を多分出さないと思いますが(鳩山さんの件が白で小沢さんが黒だった点にも注目しないといけませんよね)、もし起訴議決になったら、中国とは確か犯罪者引き渡し条約ってないですよね?その場合は代理処罰の要請手続きですか。何れもまた日中間の火種になりそうですね。所で最初に検察判断での釈放ではなく、逮捕拘留後に政府(法務大臣になるのでしょうか)判断での釈放だった場合は、法律上は検察審査会法の適用除外になるのでしょうか?どうも改正検察審査会法を法制度かする際に対象者を政治家と外交上の判断が必要な案件について、いちいち法律に明文化する必要があるものなのでしょうか?私達の社会で選挙で政治家を国会に送り内閣を作る意味の中に、既に政治家とは官僚と異なり、時には法律を越える判断をしなければならないこともあるということを内在していると思うのですが、検察審査会法に関しては別途、政治家と外交上の判断での扱いについては法制度を作成すべきなんでしょうか?日本以外の民主主義国でこんなに政治家が逮捕される国ってないですよね?私は鈴木宗男さんや小沢一郎さんや石川議員は政治弾圧されていると思っています。民主主義じゃないな!って思うんですよね。

ロッキード事件のときには拍手喝采した私も、さすがに、肝心なときに、肝心な人が捕まるのはおかしいと、学ぶようになりました。力学は東方から及んでいるような。

中国漁船船長の件は、処分保留釈放ですから、仮にこれが政府判断だったとしても、いまだ不起訴にはなっておらず、いずれ起訴・不起訴の決着をつけなければならなくなります。そのとき、不起訴処分がされれば、告発人は審査請求ができます。不起訴が仮に検事総長に対する法務大臣命令による処分だったとしても、検察審査会に対する審査請求ができないとする規定はないと思います。この場合、法務を司る最高責任者の決定があるのだから、検察審査会の対象とはならないと解釈することは不可能ではないと思います。しかしながら、明文がないので、「民意を反映し」(検察審査会法1条)という目的を重視して「民主主義的」に審査会法を運用すると、法務大臣の指揮権発動は非民主的な命令であるので、「民意」が優越すると考えるのも素直な解釈になります。

もし、後者の解釈で起訴議決までいってしまうと、その起訴の効力は仙谷官房長官の言によれば、刑事訴訟の中で争うべきことで、行政訴訟で起訴議決の効力を争うことはできないということになります。

あまり、精査していないので、間違っている可能性もありますが、ざっとそんな印象で見ております。

国民的不人気を囲っている人物や団体が自分とは何の関係もなくても一応もっともらしい罪で告発すれば、不起訴の結果を争って、国民的な糾弾の雰囲気を煽れば、強制起訴に持ち込めるという内容の法律になっています。少なくとも、強制起訴制度は、被害者の審査請求に限らなければ、これからもいろんな局面で政治的濫用が可能です。

政治家もメディアも、さらに法律家もちっともわかってくれませんが。

投稿: 町衆 | 2010年11月19日 (金) 09時22分

管理人様、ありがとうございます。
検察審査会についてのもう1つの大きな疑問は検察が不起訴処分にした案件に不満を持ち、検察審査会に申し立てをした場合、検察審査会は必ずその申し立てを受理し、審査しなければいけないことになっているのでしょうか?もし、そうでないなら、受理又は不受理の判断は誰がするのでしょうか?更に小沢一郎氏を申し立てた個人又は団体は複数あった筈ですが、、最終的に1つの団体の申し立てを受理した判断はなんなのでしょうか?新聞ではわかりませんでした?そもそも匿名での申し立てを受理したこと事態に私はビックリしています。
最後になりますが、直接被害にあわれた方又は親族の方以外に申し立てを認めると、小沢一郎氏は政治家ですから、有権者・国民が被害を受けたという理屈になるわけです。しかし、それは選挙で解決すべき問題で、民主主義の観点から疑問に思いました。又、それならば、小沢一郎氏を支持又は選挙で小沢一郎氏に投票した人が、申し立て人や東京第5検察審査会を逆に検察に起訴し、最後は検察審査会に申し立てるという所までいかないと、いけなくなるわけですよね(笑)我々は法制度に振り回されやすい国民なんでしょうか(笑)それとも、今回の問題は特段に個別に意図的な背後の強い力が働いたものなのか、謎ですが、そもそも制度の不透明性にねざすものなら、透明性を確保する制度の必要性を感じた次第です。

投稿: 管理人 | 2010年11月19日 (金) 10時55分

今回のご質問に接して、強制起訴の制度がわかりにくく誤解を招きやすいものか、痛感しました。
審査申立人は、①被害者(及び遺族)、②告訴人、③告発人に限られています。
①と2は、被害を受けた者に限られる訳ですが、告発人は、自分と無関係でも、犯罪があることを知った人であれば、だれでもなれます。
だから、たとえば、○教団や○協会、○党が気にいらないということになれば、中心人物の不正を暴いたと称して、自分に被害がなくても告発できます。
ですから、小沢一郎氏の告発も別に有権者や選挙人という利害感関係がなくてもできます(外国に住んでいる外国人でもできるかもしれませんが、未調査です)。
告発は、犯罪→被害という関係が要らない制度です。
犯罪があると思料すれば、だれでもできるのです。
中国船の公務執行妨害も全国民(場合によっては外国に住む外国人も)が告発できます。
不起訴処分後は、①、②、③のいずれかに該当する人であれば、審査申し立てができ、要件を満たしている限り、審査会は審査会会議を開催して、不起訴処分の相当性を審査しなければなりません。起訴相当が二度続けば、強制起訴となります。
僕が、強制起訴の制度からはずすべきだと主張しているのは、利害関係なしに審査申立人になることができる③告発人です。
お答えになったでしょうかしら。

投稿: 管理人 | 2010年11月19日 (金) 10時59分

追補
匿名の申立とあるのは、公表していないというだけで、告発状や審査申立書には実名が記載されていると思います。複数あるかのように思われているのは、自称申立人と称している人物がいるからではないかと思います。また、真実を知る会(でしたっけ)も代表者が一人だけ申立をしたのだと思います。ですから、複数の中から一人に絞られたという訳ではないと思われる次第です。
僕は非常に不本意ですが、小沢一郎の弁護団が匿名であるのと同じ意味です。

投稿: 町衆 | 2010年11月19日 (金) 14時17分

度々、ありがとうございます。今回の小沢一郎氏に対する告発人はそもそも犯罪事実について、何か証拠でも持っていたのでしょうか?今の制度ですと、何だって、誰だって【おかしい】とか【怪しい】とか【いかがわしい】(笑)とか【顔が悪人面】だとかの内的な理由からジャンジャン告発・申し立てされたら、破綻しちゃいますよね。他の民主主義国家で、こんな風に政治家をターゲットにされた場合に、それに対する人々の眼差し・防ぐ制度・大局的なコントロール・対抗措置のとれるきちっとした制度はどんなっているのか、調べて来ます。日本は特捜検察がバンバン政治家を撃ち落とし、メディアが追随し、人々が拍手喝采するおかしな国ですが、更に改正検察審査会法により、まるで第2特捜なのかと、驚いている次第です。人々の眼差しの問題なのか、特捜の問題なのか、検察審査会の問題なのか、全ての問題なのか、自分の中で考えてから又、カキコします。私は政治家は民主主義社会の代表者だから、特別な存在であるべきという立場・価値観から法制度を見直すべきと考えます。政治家の自由な活動を阻害しない、政治家を守ることを一番上位に考えた法制度です。政治家は選挙で国民の洗礼を受けるでしょ。検察も検察審もマスコミも選挙の洗礼なんて受けませんからね。他国では政治資金規正法は文字通り政治に関わるお金の透明化をはかる目的として存在するものであり、会計責任者処か政治家まで狙い撃ちにすることを目的とした運用は立法の主旨に著しく逆らうものですよ。我々、国民は資金活動を報告書でチェックして選挙で政治家を選ぶ判断基準にすれば良いだけです。政治資金チェックは第三者団体に委託し、著しく問題があれば、検察官に起訴してもらうか判断を仰ぎ、検察官も特別な検察官選任制度のようなものを作り、特別な検察官も選挙で選んでも良いのではないでしょうか?特捜を廃止すると、特務の思想が警察に乗り移る危険性を考えるなら、霞ヶ関オンブズマンのような準公務員的な制度を作り、発展的に現代の特務機関を解消する方向で考えてみたらどうでしょうか。

虚偽告訴にならなければ告発は可能です。虚偽告訴は、事実ではないことを知りながら、処罰を受けさせる目的で告発をするケースで、これは告発した方が処罰の対象になります。
週刊誌ネタでも、真実だと思い込み、それが犯罪に当たると考えれば、虚偽告訴罪を犯さずに告発することが可能です。不起訴になれば、検察審査会に持ち込めます。対象が不人気な相手なら、現在の審査会制度では、「国民が白黒つけることを裁判所に求める権利がある」等と解釈する弁護士がいるくらいですから「裁判所に判断してもらおう」という人が8人いれば強制起訴になる訳です。○沢○郎は他人事、○○教団代表も他人事、○○協会代表も他人事と言っている内に○ 党代表も強制起訴できるようになるかもしれません。描かれる構図は、まさに第2特捜による魔女狩りですよね。
そうならないうちに、検察審査会法を改正を提起する見識と勇気をどの国会議員が持っておられるのか、注目したいです。

2010年11月20日 (土)

パワハラ・セクハラ(性暴力)隠蔽自衛隊事件 続報

自衛隊パワハラ・セクハラ(性暴力)隠蔽裁判の続報である。

上記事件は、女性が空自基地で、意に反して上官からわいせつ行為を強要された上、相談した上官から退職を強要されたとして自衛隊を提訴し、今年7月札幌地裁が性暴力と退職強要を認め、女性に対して580万円を支払うことを命じ、確定した事件である。

田母神氏は、自らの著書で、この事件に触れ、自衛隊法の定める守秘義務に違反した上、真実と信じるに相当な理由もないまま女性自衛官のプライバシーを侵害し、「男女間のいざこざのたぐい」「女性はやや精神的に不安定で2回ほど入院した経歴がある」などと、女性自衛官個人を特定できる情報を明記しながら、一方的で虚偽の事実を記載した。

今回、女性元自衛官は、田母神氏に対して、①プライバシー侵害・名誉毀損を認めて文書による謝罪をなし、これを公にすること、及び②自衛隊法上の守秘義務違反に当たることを認めて謝罪するとともにこれを社会に公表するように求めた。

僕は、先の訴訟の勝訴後のコメントで、女性が、勝訴判決がセクハラで苦しんでいる多くの女性の励ましになればと語っていたのが印象に残っている。そこに自らを捨ててでも正義をつらぬこととした固い意志を見たからだ。
あの裁判が、彼女にとって、言語を絶する極めて厳しい道のりであったことは想像に難くない。

今回の謝罪要求の相手方は、元航空幕僚長=空自のトップにあった田母神氏である。

田母神氏は、今も自衛隊員に絶大な影響力を持ち、社会的にも頻繁にメディアに出演するなど保守派を中心として大きな影響力を有している。自衛隊のトップとして、あってはならない誤った歴史認識を問われて幕僚長の職を解かれて以来、却って社会的ステータスを上げたかのような観すらある。
こうした人物が、性に対する誤解を振りまき続ける以上、セクハラを容認する社会が改まる筈もないだろう。

こうした人物に彼女は再び挑もうとしている。

本当に頭が下がる思いである。

若干24歳の彼女の勇気ある闘いに連帯し、心からのエールを送りたい。

以下、この事件を最初に報じた東京新聞の記事と、田母神氏に宛てた通告書全文を掲示する。

Toukyosinbun101118

「東京新聞11月18日」をダウンロード

【通告文】

田母神 俊雄 殿
 
通 告 書
 

前略
当職は、今年7月29日に札幌地方裁判所で勝訴判決が下された航空自衛隊北部航空警戒管制団第〇〇警戒群□□分屯基地の元隊員である原告の代理人です。同裁判は、自衛隊が、事実を争ったにもかかわらず、原告主張がほぼ全面的に認められ、それに対して自衛隊は控訴せず確定しました。
ところで、貴殿は、昨年5月に『自衛隊風雲録』(飛鳥新社)を出版されましたが、その222頁で、「こうした事案が起きますと自衛隊では、警務隊(この場合は空自警務隊)というのを派遣して、事案を細かに調査」するとして、その調査結果に拠るものであるかのように、以下の記述をしています。

「その調査によれば、男性三曹が夜中に女性空士長を呼び出し、一緒に酒を飲んで胸を触ったとか、飲んだ場所で一緒に寝てしまった、ということで、いわばよくある男女間の“いざこざ”の類であった。
また、この女性空士長はやや精神的に不安定で、病院に2回ほど入院した経歴もあり、部隊では腫物に触るように扱ってきたという報告も受けた。」

貴殿の上記記述は、当時裁判で争っていた、原告のプライバシ-に関わる事実です。これを公刊物にすることは、原告のプライバシ-を侵害し、名誉を著しく傷つけるものです。しかも、自衛隊法59条「隊員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を離れた後も、同様とする」とする秘密保持義務に反する行為です(同法118条1項1号に罰則規定)。
 さらには、内容が事実に反しています。
 貴殿によれば、性暴力事件発生直後に、自衛隊が警務隊を派遣して積極的に調査したと言いますが、このような事実はありません。実際に警務隊の取り調べを受けたのは約6カ月後です。その警務隊の取り調べは、男性警務隊員が原告本人に対して被害状況の再現をやらせようとするなど(原告はこれを拒絶)、それ自体がセクハラ(二次被害)となるものでした。
 また、判決は、加害者が原告の意思に反する性的行為を行なったことを明確に認定しており、「一緒に酒を飲んだ」「よくある男女間の“いざこざ”の類」などでなかったことも明らかになっています。
さらに、貴殿は、本件事件以前に、原告が精神科系の病院に2回ほど入院したかのように述べていますが、これも事実に反しています。
結局、貴殿にこのように書かれることは、セクハラ被害者である原告に対する二次被害というべきものです。判決は自衛隊による二次被害を認め慰謝料の支払いを命じましたが、貴殿の記述も同根・同罪であると言わざるを得ません。
以上により、原告は貴殿に対して、下記のとおり請求し、本書到達から10日以内に書面で回答することを求めます。もし誠意ある回答をいただけない場合には、法的手続きを取ることも考えておりますことを申し添えます。
            記
1.貴殿の記述がプライバシ-を侵害し、名誉を毀損するものであることを認め、原告に対し書面で謝罪するとともに、その事実と謝罪の意思を社会に公表すること。
2.貴殿の記述内容が自衛隊法59条1項に反するものであることを認め、その事実と謝罪の意思を社会に公表すること。

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借地権と抵当権の対抗問題

マチベンの仕事の大半は、普通の日常のトラブルである。
政治や、ご奉仕仕事である国選弁護だけをしているように思われても困る。
ときには、普通の仕事のことも書いておこう。
ただし、大抵の人にとっては、普通の仕事の話は面白くもないし、わかりにくい話になる。

借地の上に自宅を所有する一郎さんから相談。
借地には地主が銀行借入をするために根抵当権が設定されている。
地主の会社の経営が苦しくなり、銀行借入の返済が滞っている。

地主から、競売にかけられないようにするため、別の金融業者から2000万円を長期分割で借りて、銀行の借金を返済したいので、協力してほしいと求められた。

さて、前提問題は、地主が返済不能になり、銀行が担保権に基づく競売をかけた場合に、一郎さんは土地を明け渡さなければならないか、である。

銀行が土地を競売にかけても明け渡す必要がないのであれば、一郎さんは協力する必要はない。逆に銀行が土地を競売にかけたら、明け渡さなければならないようであれば、新規借入で地主が急場をしのげるのであれば、地主に協力するメリットがないわけではない。

そこで、一郎さんの借地と、銀行の担保の前後関係が問題になる。

一郎さんが土地を賃借して自宅を建てたのは、地主が土地に根抵
当権を設定して、銀行借入をする前。

本来、この順番どおりに考えれば、銀行が地主の土地を担保に取ったときには、すでに一郎さんが土地を賃借していたのだから、銀行は、建物所有目的の借地権が設定された土地を担保に取ったことになる。地主が返済に行き詰まって、銀行が根抵当権を実行して土地を競売にかけて土地が人手にわたっても落札した人は借地権が付いた土地を手に入れたに過ぎないから、一郎さんは立ち退く必要はない。
銀行が土地を担保に取った後に借地した場合は、銀行が土地の担保権を実行すれば、借地人は立ち退かなければならない。銀行は借地権のついていないまっさらな土地に担保を設定したからである。

担保設定が先か、借地が先かの順番で、同じ担保権に基づく競売でも、借地人の立場は、全く違うことになる。

特定の土地をめぐる銀行と借地人の関係は「対抗問題」と呼ばれる権利関係の一種だ。前者の場合は、借地人は銀行に対して借地権を対抗することができると言い、後者の場合は、借地人は銀行に対して借地権を対応することができないという言い方をする。

この「対抗問題」を決する「順番」は、事実経過にそのまましたがう訳ではない。
「対抗要件」を備えた順で決まる。

不動産をめぐる「対抗問題」は、登記の順序で決めることになっている。
一郎さんの場合、銀行の根抵当権の登記と一郎さんの建物の保存登記の先後で一郎さんが立ち退かなければならないかどうかが決まる。

一郎さん(正確には一郎さんの先代に当たる一郎さんの父親)は、建物は建てたけれども、建物の登記はなぜかしないままだった。一郎さんがそのことに気がついて、建物の保存登記をしたのは、地主が銀行から借入をして土地に根抵当権設定登記をした後だった。
したがって、一郎さんは、銀行に対して、借地権を「対抗」できない。

一郎さんは、協力しようがしまいが、地主が銀行からの借金を返済できなくなれば、競売により立ち退かざるを得ない立場にある。

一方で、地主が新たな借入先から借入をして返済をしようとする場合、新たな借入先は当然、土地に担保を設定することになる。
ところが、新しい貸主は、すでに一郎さんの建物の保存登記がなされた後に担保を設定することになるので、そのままでは、借地権の制限の付いた土地を担保に取ったことにしかならない。地主の支払が滞って、競売にかけても、一郎さんの建物の賃借権が存続したままの競売しかできない。
こうなると、担保価値が半減するので、地主は新しい融資を得ることができない。
結局、新しい貸主から借入をして返済が滞った銀行借入を清算する地主の計画は挫折する。

だから、この場合は、新たな貸主は、借地人の所有建物も担保に入れることを地主に要求することになる。これによって、借地権制限付きの土地という制約を回避することができるからだ。
そうすれば、貸主は、返済が滞れば、土地建物を一体で競売にかけて、売却金額から貸付金を回収することができる。
したがって、借地人が借地上の建物に担保権を設定すれば、これが実行されたとき、借地人は土地を明け渡さなければならない。

(あ~、ようやく前提問題の説明が終わった。書いていても、面倒だ。しかし、こういうことをお答えするのが僕らの本来の仕事だ)

一郎さんは、地主とは旧知で地主もいい人なので、協力してあげたいという。
今のままでも、地主の銀行借入の返済が止まれば、一郎さんは明渡を迫られる立場である。
新たな貸主から長期分割の借入をして、返済が滞っている銀行借入を返済してもらえば、毎月の返済額が減るので、場合によっては競売を回避できて一郎さんも明渡を回避できるかもしれない。

世の中には義理も人情もある。人助けである。

僕の回答は、一郎さんが協力してあげたければ、協力してあげればいいと思う、である。

そのことで、一郎さんが今以上に損な立場になることはないし、義理も人情も立つのだから言い解決だと思うよ。

という訳で、この相談は一件落着した筈だった。(続く

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2010年11月19日 (金)

被疑者国選9 番外編

被疑者国選弁護報酬の件、案の定、不服申立に対する却下決定が12日に届いた。

「国選弁護報酬再査定結果のご通知」(以下、ご通知という)

12日は一日不在であったので、FAXとともに、法テラス愛知支部から「今後ともよろしくお願いします」との電話があった旨の伝言メモあり。察するに、(これに懲りずに)の言葉が入るのであろう。

要するに、接見回数に、弁護活動の充実度が反映されていると考えられる上、接見回数という外形的指標を用いる定型的判断によって恣意的判断を排除するということのようである。

また、被疑者国選弁護人は、被疑者の勾留中のみの制度であって、釈放により当然に任を解かれる仕組みになっているからということである。

どっちもわかっていたといえば、わかっていた内容である。

それにしても、このように木で鼻を括ったような決定ではなく、もっと迷いのある血の通った文章がどうして書けないものかと、情けなく思う。

これでは、何の慰めにもなりはしない。

本件のような全く身に覚えのないケースは、当事者と接見を重ねても、事件の情報が得られるわけではないので、基本的に接見は無駄である。接見を重ねるのは虚偽自白を強要されないように被疑者を励まし支える意味があるが、本件の被疑者のように屈強な精神の持ち主で腹が据わっている場合は、接見は必要最小限でよい。

被疑者は自衛隊を一兵卒として定年まで勤め上げた強者である。ジャングルの行軍訓練では、蛇やカエルを食べて飢えを凌いだという。警察のレンジャーなんて子供だましと嗤う所以である。そんな被疑者だから、ちょっとやそっとで虚偽自白をするような心配はない。

その分、現場での情報収集の重要性の比率が増す。僕の活動が現場での活動に偏ったのはそのためである。

法テラスからの通知は、こうした弁護活動を適正に評価しようとしても、主観的にならざるを得ないとする。

なぜ主観的にならざるを得ず、恣意的になるとするのか。

問題は、法テラスの構造にある。法テラスは法務省が所管し、これに最高裁、日弁連、日本司法書士会などが関与して運営する法人である。

弁護士が主体となって弁護士が独自の立場から評価する仕組みになっていない。弁護活動は被疑者や被告人に偏ることが求められている。したがって、法務省(検察庁を所管する)から見れば、好ましくない活動ほど有益である。法務省や法曹三者による評価は、通常の民事事件ならそれでもよいだろうが、刑事弁護という一方に偏ることが求められる活動には不適である。

そもそも、検察官の所属監督官庁でもある法務省が弁護士の活動を評価するという仕組みが間違っているのである。

実をいえば、僕の不服などは極めて些細なことである。

むしろ、弁護上、必要な第三者に対する鑑定費用等が法テラスから支出されず、弁護人が個人で負担するなどという不合理な例は、いとまがない。

国選弁護の評価は、本来、検察を管轄する法務省ではなく、弁護士会にゆだねられるべきである。仮に法テラス制度下にあったとしても、少なくとも、弁護士会が独自に裁量的評価ができる仕組みを作るべきである。

ご通知は、被疑者が釈放された後は、国選弁護人は解職されるとする刑事訴訟法を引用して、処分保留釈放後の弁護の必要性には、全く理解を示そうとしない。

確かに被疑者国選が勾留に付随した制度として認められている以上、法律上、そうなっていることは認める。しかし、そこに矛盾があることくらい、指摘しておいてほしい。

矛盾があるのであるから、弁護報酬算定の運用として処分保留後、嫌疑なしとして不起訴になるまでの活動に報いる方法くらい考えたらどうだ。

今の運用は、処分保留釈放後は、被疑者に無権利状態になる。処分保留釈放という被疑者は、決して刑事罰の危険が去っているわけではない。

無権利状態を防ごうとすれば、弁護人の倫理的責任感による無償の活動に期待するということになる。

どうにも腹立たしいのは、最高裁は、弁護士は、基本的に民間業者で金儲けに走るのであるから、司法研修における給与制は廃止すると言いながら、他方で、このような不合理かつ不十分な国選には弁護士が当然、その倫理的責任感から犠牲を払って当然だと考えている節があることである。

よほど、異議申立ないし報酬決定取消訴訟でもしてやろうかと思った。

が、よく考えたら、これは行政処分ではない。

僕は好んで法テラスとの契約によって国選弁護をしているという契約者の立場なのだ。国選弁護人に登録するときに、読みもしないで判を押した「国選弁護人の事務に関する契約約款」に書いてある契約内容通りに報酬が決められたに過ぎない。

細かい保険約款や、フランチャイズ契約に目を通さずに、契約して、後で、そんな筈ではなかったと嘆く相談者と同じことを僕もぼやいている。

裁判員制度導入に伴って、後方の人手不足を補うために、弁護士会の理事者から半ば泣き落としにあって、弁護士の責務の問題なのだからと考えて、しぶしぶ登録した。
それが、結ぶも自由、結ばぬも自由な契約でしかないと言われると、何やらむかっ腹が立つ。

どうもこの文章は収まりがつきそうもない。よって、ここで終わる。

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2010年11月18日 (木)

柳田法相軽率発言は、仙谷長官の司法介入より罪が重いのか

柳田稔法相が、自身の支援会にて、答弁には「個別の事案については答えを差し控える」「法と証拠に基づいて適切にやっている」の2つを覚えておけば十分だと発言したことで、政局に一気に火がついた。

国会軽視だと批判されて、辞任必至、場合によってはあれやこれや含めて内閣総辞職に至り兼ねない形勢のようである。

いくら穴埋め人事だと言っても、起訴便宜主義の意味も答えられないような素人に法相を任せたのは法律家としては、これでいいんですかねぇという声が仕切りだった。

何も知らないので、「答えを差し控える」という逃げ文句を覚えて、法相って楽ちんねと思っていた本音が出て、足をすくわれたというべきだろう。

国会軽視であることは確実なので、野党が追及するのは結構なことだ。

しかし、僕は、国会の追及振りのアンバランスさに目がくらむ思いだ。

私的な場での軽率な発言よりもっと重大なルール違反がなぜ追及されていないのか。

内閣の事務を掌理する最高権力者が公の場で、未決着の個別の行政訴訟について、「行政訴訟になじまない」として行政訴訟で扱うべきではないとする見解を示した。

小沢一郎氏の行政訴訟に対して、仙石官房長官が記者会見で述べた見解だ。

行政の最高権力者の一人が、公の場で、個別の裁判の内容に踏み込んで意見を言う。これが裁判干渉でなくて何なのか。

個別事件については、裁判所・司法権が判断をする。何人からの干渉も受けない(憲法76条)。

仙石官房長官の発言が、憲法76条に定める司法権の独立を蹂躙するものであったことは明らかだ。

この発言に比べれば、柳田稔法相の発言などは、はるかに小さい問題だ。
司法がすべき判断に踏み込んで発言をするくらいなら、「個別の案件についてはお答えを差し控えさせていただきます」の方がよほど正当である。

仙石官房長官も、いやしくも弁護士であるなら、小沢一郎氏の行政訴訟について問われたときには「個別の案件についてはお答えを差し控えさせていただきます」と答えるべきだった。

仙谷官房長官の発言は、憲政史に残る司法干渉発言である。
かたや、支援団体での軽率な失言である。

国会の追及の仕方、メディアの追及の仕方の落差の大きさに、僕は立ちすくむ。

多分、仙石官房長官の発言を批判することは、小沢一郎の肩を持つことにつながるとの打算から皆、口をつぐんだのだろう。
国会やメディアだけではない。
憲法学者すら、だれ一人としてこの問題を司法の独立を蹂躙する問題として取り上げない。

つい、僕が間違っているのかとすら思ってしまう。

いや、やはり間違っているのは世間の方だ。

この国の憲法のあり方は、一気に崩壊してしまうのだろうか。

先行きが不安である。

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2010年11月17日 (水)

司法修習の給費制廃止に反対する

千葉日報は、11月15日付で
 法律家の卵に「借金の足かせ」   司法修習の給費制廃止
との記事を掲載している。

 今月から司法修習が始まる柏市の黒沢有紀子さん(26)は「法曹になった時点で約600万円の借金は大きな足かせ」と不安を口にする。法科大学院時代に借りた奨学金が、既に300万円ある。学費は高額で、仲間の間ではごく一般的な額。1千万円近い借金を抱える人もいる。大学1年から奨学金をもらっていた友人男性は司法試験に受かったが、借金増額を避けるため修習には申し込まなかった。期間中の生活費をアルバイトで稼いでから修習を受けるという。千葉大法科大学院出身の赤崎愛香さん(28)は公務員の内定もあり、修習に進んで借金を背負うことにためらいを感じた。「中学生のころからなりたかった弁護士でも生活を考えると迷いが出た。経済的に『うちは無理』と夢をあきらめる子供が多くなるのではないか」と訴える。「企業の試用期間のような研修なのにどうして…」「修習義務が不可欠な以上、給与を出すべき」と、修習生の困惑は大きい。

司法修習生の給与制を維持するのに必要な予算は約100億円である。最高裁は司法予算が3200億円程度しかないために100億円をけちろうとして、給費制を廃止、今年から貸与制に切り替えた。

弁護士と並び称される研修医には給与が出ている。(研修に専念させる必要から2004年から完全給与制に移行した)極めて雑ぱくに予算を推計すると1250億円程度が給与として支給されているものと推測される。

方や法律家の研修に必要とされる予算は100億円程度に過ぎない。

弁護士はもうけ主義だから国費で給与まで保障する必要はないと批判されるが、医師ももうけ主義の人も少なくあるまい。その上、医師の方が圧倒的に豊かな家庭の子弟が多い。

研修医には給与、法律家には貸与、この図式は単純に不公平である。

医師と弁護士の違いは、医師は国家試験に合格すれば、医師の資格があるので、給与制になじみ、弁護士は国家試験に合格しただけでは何の資格もない素人なので、給与になじまないということによるもののようだ。

なぜ、同じように国家試験に合格しても一方は資格があり、他方は資格がないのか。必ずしも合理的な根拠があるわけではない。

国家試験に合格した段階で、弁護士の資格を与えれば医師と同じなのである。国家試験に合格した弁護士を「研修弁護士」と呼べばいいだけである。

確かに、「研修弁護士」にそのまま何の監督もなく一人だけで実務をやらせれば、ミスもするだろう(最も、新人弁護士でも事情は同じだが)。飛び抜けて優秀な一握りを除けば、法律家として一人前にやれるだけの技量がないのもそのとおりであろう。「研修弁護士」なのだから当たり前だ。


 ただ、国選弁護などは、「研修弁護士」にやらせれば、お義理でいやいや国選をやっている僕のような弁護士よりよほど熱心に取り組むに違いない。現に僕も、研修中熱心だったのは、刑事弁護と刑事裁判だった。刑事弁護では、僕の起案した極めて悪筆で読みにくい最終弁論をそのまま指導弁護士が法廷で読み上げてくれたし、刑事弁護の講義では、教官も気づいていない被害者証言の矛盾をついて褒められたりした。刑事裁判では、沖縄差別絡みの少年事件で、家裁への逆送を主張して職業裁判官による意見と正面から対立し、僕の意を少し汲んでもらったこともあった。

「研修医」も、だれの監督もなく、一人で診察・治療を行う訳ではあるまい。まさか「医師」の資格があるからといって、研修初日にメスを握らせて手術させる訳でもあるまい。

だから、困難な国家試験に合格したという段階で、研修医と同じく、法律家も十分に「研修弁護士」の資格に値する能力があり、研修期間中の給与を保障すべきことは医師の場合と何らの違いもないのである。

僕が何より心配するのは、金持ちでなければ法律家になれないということより、弁護士になった後に、返済のことをまず第一義において、仕事をしなければならないということである。

弁護士事務所の経営は楽ではない、というか、極めて厳しい、今後業界全体が未曾有の惨状を迎えることが目に見えている。以前にも書いたとおり(「弁護士事務所の台所事情」)、他の弁護士に負けないような武器を備え、宣伝をしようとすれば、法律事務所を構えて独立するには、月間100万円の経費がかかる。これに加えて、ロースクールから司法研修所にかけての借金の返済もしなければならない。

金儲けに走るな、と如何に訓辞を垂れようが、金儲けに走らざるを得ない。

社会正義の実現と基本的人権の擁護はとりあえずは、神棚の奥にしまい込んでおくしかないのである。せめて、ゴミ箱には捨てないでほしいと願うほかない。

一方、最高裁は無駄遣いをしている。裁判員裁判に必要な予算は表に出ている直接予算だけで55億円である。これに裁判員裁判の導入に伴って必要となった職員の超過勤務手当や、無形の裁判官の負担増を合算すれば優に100億円のオーダーになるだろう。さらに、裁判員の精神的なケアだとか、裁判員裁判であるが故に必要となる部分の外国人被告のための同時通訳設備の充実などを考えれば、まだまだ裁判員制度に必要な予算はふくれあがるだろう。他方、検察予算もこれまで全く必要なかったプレゼンテーションの作成費用やそのための時間外勤務手当、裁判員裁判に有能な検察官を割り当てる結果、生じる捜査検事の不足など、犠牲は少なくない。僕のような刑事弁護の不慣れな弁護士がいやいや国選弁護をしなければならないという弁護士会の負担もある。事業仕分けをするなら、真っ先に裁判員裁判を仕分けたらどうか。国民の圧倒的多数が支持することは間違いない。

ついでに全国検察審査協会連合会という趣旨不明の団体も事業仕分けの対象とすべきである。

話が横道にそれた。元に戻す。

最後に、これだけは言っておく。

司法改革路線をつっ走ったのは日弁連執行部である。多くの弁護士の反対を強引に押し切って今の惨状を招いたの責任は日弁連執行部にある。

給費制廃止反対の運動もいかにも遅かったし、そもそも法律家志望者に過大な負担をかけるロースクール制度を熱心に推進する立場を維持しながら、研修所の給費制廃止のみに反対するというのでは、立場として極めて不十分である。

台所事情を気にしながら、仕事をせざるを得ない状態に追い込まれた中堅弁護士としてはまともな給与で新人弁護士を採用するなど、、夢のまた夢である。ボス弁が支給を受けている15万円の手取り給与より高い給与で新人を遇する理由がない。

弁護士増員とロースクール制度を熱心に推進した弁護士に告ぐ。

責任をとって、すべての就職難にある新人弁護士を自らの責任において全て採用せよ。

僕は、怒り、心頭である。

 

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2010年11月16日 (火)

リストラ・悪徳商法と闘う  その場で決断を迫られている人へのアドバイス

リストラや悪徳商法に直面している前線兵士諸君へ。


なかんずく、その場で決断を迫られようとしている前線兵員へ告ぐ。

                       第1司令本部より

  • Ⅰ その場で結論を出すように迫るほど、相手には弱みと思惑があることを知るべし。
  • Ⅱ 絶対にその場では結論を出さないこと。
  • Ⅲ 必ず、○(家族、友人、(当てがなくても)弁護士など、だれでもよい)と相談してからでなければ返事はできないと突っぱねること。
  • Ⅳ 場合によっては、その場から○に電話する。必要ならば、○が直接、相手と話す。
  • Ⅴ 相手との面談は、確実に録音すること。隠し録音でも証拠として有効である。録音は失敗することが多いので、練習を重ねて、失敗しないように熟練しておくこと。
  • Ⅵ この場でないと、もう有利な条件は撤回すると言われるが、そう言われて撤回された試しはない。その場で結論を出さないという方針を揺るがしてはならない。動揺を見せるな。毅然と対処すれば、相手も諦める。

リストラなどの局面ではあなた自身が、すでに精神的に落ち込んで、自信をなくしているかもしれません。
相手はあなたの弱みを突いてくるかも知れません。
あなたは、自分のことも状況も客観的に見ることができなくなっています。
だからこそ、その場で結論を出してはいけません。
不当なのは、相手であって、あなたではありません。
もし相手が正当ならば、決して、その場で決断を迫ったりしません。
その場で決断を迫るのは、相手の弱みが大きいからです。
確信をもって闘いなさい。

とりあえず、思いついた範囲で指令した。
また気がついたら書く。
前線の諸君、健闘を祈る。

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2010年11月15日 (月)

公安出没・横浜から遠く離れた田舎からの通信

神奈川に住む友人から便りが届いた。
筆者は、愛想の良い70代のご婦人である。

ーーーーーーー【以下引用】ーーーーーーーーーーー
今日と明日(13日、14日)、横浜で(アジア太平洋経済協力会議)が開かれている。

一昨日(11月11日)の正午過ぎ、買い物帰りの私が坂道を下りてくると、警察官が向こうからやってくる。

神奈川県伊勢原市は丹沢山系の中腹にあり、5年前に転居してきた頃は緑豊かな山あいの町で、路ですれ違えば、知らない人同士でも笑顔で挨拶を交わす習慣が根付いていた。だが、1年ぐらい前から、高齢者がひったくりに遭ったり、つい最近では民家近くに熊が出るなどのニュースが頻繁に流れるようになった。

ひったくりや熊から高齢者を護りため巡回中の警察官だと思い込んだ私は、すれ違いざまに思わず「ご苦労様です」と声をかけた。
ところがである。警察官はするどい視線を私に投げかけ、両手にぶら下げた食料品の袋を凝視すると、そのまま黙って坂道を登って行った。

APECだ! その時、私は警察官から「不審な物を持った者」として扱われたのだと、やっと気が付いた。
横浜でAPECが開催されるとのニュースが流れ始めた頃から、小田急線では「不審な物を見つけたら、車掌にお知らせください」の車内放送が流され始め、開催日が近づくにつれて、警護のための警察官が全国から400人?集められたとか、主要幹線道路を走る車はすべて検問されているとか、観光客が激減したと嘆くタクシーの運転手の映像が流れるなど、国際観光都市横浜は、テロからの防衛一色になっていた。

熊は山里に食べ物を求め、そして、そんな山里の伊勢原にまで、テロ警戒のために警察官が出てきたのである。

ーーーーーーーーーー【引用終わり】ーーーーーーーーーー

伊勢原はAPECの開かれている横浜から電車で約50分かかる人口約10万人の静かな山沿いの町である。そんなところまで公安が出没している。

尖閣ビデオ流出もうさんくさくなってきたが、警視庁のテロ捜査関係資料の流出もうさんくさくなってきた。警備強化の口実にされている感がある。

毎日新聞11月1日は、警備強化との関係に触れている。

こうしたデータは、今月13~14日に横浜市で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議の警備にも影響を与える可能性がある。

 警察当局はオバマ米大統領など21の国と地域の首脳へのテロ攻撃を防ぐために事前準備を続けてきた。警視庁外事3課などは、国内のイスラム教徒の動向把握を継続したり、海外情報機関から渡航情報などの提供を受け、テロ組織と関係が疑われる人物を監視している。

 警察関係者は、仮にこうした情報が流出したとすれば、「協力者」の生命に危険が及んだり、国際的な治安機関同士の信頼関係を失うことにつながりかねないと指摘する。国際テロに詳しい警察OBは、「警視庁外事3課の扱う情報は秘匿が前提。海外の治安機関も情報提供に慎重にならざるを得なくなり、 APEC対策への影響も否定はできない」と指摘する。別の警察幹部も「情報の内容が一担当者の範囲にとどまらない印象」と危機感を募らせている。

この国ではオウム真理教事件以来、思想的背景のあるテロは起きていない。
公安のすることはもとより何やらうさんくさかったが、存在意義を問われかねない中、マッチポンプのようなことを絶対にしていないと断言することもできないだろう。もとより謀略も公安の一つの手法なのだから。

2010年11月14日 (日)

隠れた有望戦略産業 代々木忠・飯島愛が開いた地平

週刊現代の宣伝広告に『なぜ日本の女子は次々に見せちゃうのか AV出演者なんと10万人超え』とある。

以下、述べるのは日本のAVは世界一である、であるから、成長戦略産業としてAVの育成を図るべきであるという主張である。

回り道をして最近、成長著しい韓国事情から述べる。

僕は仕事で何かと韓国へ行く機会が多い。初めて韓国に行った10年あまり前は20年前の高度成長期の日本の風景を見るかのような気がしたというのが正直な印象だった。

が、今は全く違う。ソウル市内を走る車は実用トラックを除けば黒塗りセダンを中心に高級車が圧倒的である。めっきり軽自動車が増えた名古屋の風景とは大違いである。テレビアニメを見れば、日本製か韓国製か見分けるのに苦労する。

工業もアニメ文化も急速に接近されている。日本が負けないと思っているアニメも、すでに同水準に近づかれていると言ってよい。

最初に断ってから本題に入るが、僕はアジアの国に出かけたときに女性による接待を勧められても絶対に受けない。これは僕の信念に関わることなので一分の嘘もない。

しかし、宿のテレビのポルノチャンネルは必ずチェックする。

で、断言するが、韓国のポルノは日本より30年は遅れている。なんとなく後ろめたかった日活ロマンポルノの雰囲気をそのまま引きずっている。韓国は町中を歩いていても美人が少なくないが、ことポルノに限っては美人は登場しないし、ストーリーも単調である。

僕が知る限り日本のAVは世界一である。

なぜ、そんなことを知っているかなどという野暮なことは詮索しないように。ともかくも代々木忠、飯島愛といった類い希な豊かな才能が、日本のAVを革命的に進化させ開花させたことは歴史的事実だろう。

韓国には今も強固な貞操観念が健在である。

韓国の貞操観念は中世にさかのぼる伝統に根ざす強固なものなので、今日、明日に変わるものではない(日本は近世以前から夜這いの根強い伝統があった。日本の貞操観念は近代日本確立に伴ってお上から庶民に押し付けられたものに過ぎない)。

だから当分は、日本のAVの優位は揺らがない。

勘の良い人はお気づきだろう。この分野は、韓国との比較だけではない。宗教的背景のある国では、どこも日本のように普通のきれいな素人女性がAVに出演する等ということは考えられない事態である。だから、世界的に見ても日本の優位は揺るぐことはないのである。

そこで、今日のくだらない結論。

AVこそは日本が世界に誇る貴重な文化産業だ。戦略的に位置付けて育成しよう。これは、この先長く日本の優位が揺るがない極めて有望な産業である。

まだまだあるぞ、日本が誇る日本人の底力。頑張れニッポン!

代々木忠インタビュー

代々木監督ご自身は日本のAVの現状に辛口だけど、日本のAVは、現状でもなかなかのものだと思う。意識して育成すれば、必ず世界で勝負できる産業になると僕は思う。

飯島愛ブログはまだ開かれています。

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寝起きの妄想 保安官身代わり説から田中眞紀子総理まで

寝起きで、携帯電話からおはようございます。
昨日まで、結構きつかった。今は布団の中でぐずぐずしている。で、当たっているか甚だ怪しい妄想を膨らませている。
尖閣ビデオ流出を自首した保安官は身代わりなんじゃないじゃろか?
今のところ証拠は供述だけ。それも二転三転してる。USBは捨てたと言ってるし、自宅のパソコンから痕跡が見つかるかはなはだ怪しく思える。

警察が珍しく慎重なのはガセネタ、身代わりを疑っているからのようにもみえる。
結局、嫌疑不十分で決着が付かずに曖昧に終わるような気がする。早くから言われていたように、ビデオ流出は政争絡みのような気がしてきた。

マスコミの筋書きは、小沢問題と尖閣問題で菅・仙谷内閣に退陣していただく。その後は前原安定政権という構図のように見える。これは最悪。
前原は対米隷属、軽はずみに勇ましいところを制御すれば、アメリカにとって最も、組みしやすい相手。経済政策は小泉竹中構造改革の市場原理主義の最も積極的な推進者。マスコミ好みで、国民にとっては最悪の選択だ。

もうこの際だから、早期に総選挙をしてもらって、民主党には下野してもらった方が、国会に批判勢力が復活して緊張関係が戻ってよくはないだろうかなぁ。
おそらくそんな先行き不安が熱烈な小沢支持派にはあるようだが、小沢は国連の名による憲法9条解体論者で、憲法にすがるべき立場になっても反省の弁はないので積極的な海外派兵は彼にとっては譲ることのできない本質的な主張なのだろう。支持者も、これを期待しているようだ。憲法原理主義者の僕には選択肢がなくなる。

まだ使われていないコマを敢えて探せば田中眞紀子か?親の代からアメリカ隷属ではないし、市場原理主義者とも思えない。自衛隊の海外派兵に積極的とも見えないし、親の血を引いて地方の痛みにも敏感だろう。賞味期限切れとも言われるが、国民の気持ちなど一夜にして変わる。 一度は田中眞紀子にやらせてみたい気がしてきた。超男社会の国会でどれほどもつか気がかりではあるが、前原安定政権はなんとしても避けたい。そうなったら、10年は失われるに違いない。誰か田中眞紀子を総理にする会でも始めてくれないかなぁ~

以上、妄想編、おわり。

2010年11月13日 (土)

小沢一郎さん裁判書面公開して

マチベンである。宮崎学氏の子分を僭称する親分は不在だ。
昨日の朝日新聞が小沢氏の第1回口頭弁論の期日指定がされたと報じている。

朝日の記事は行政法的に間違いだらけである。ロースクール生がこんな答案を書いたら、一発再試である。
朝日は

・起訴議決は無効だとして、議決の取り消しを求めた行政訴訟…

と書いているが、起訴議決の無効を主張するなら、取り消しではなく、無効確認を求める行政訴訟となるし、取り消しを求めるなら、理由は起訴議決の無効ではなく起訴議決の違法になる。
同じく朝日は

・起訴議決の効力を停止するよう求める仮処分も申し立てたが…

と報じているが、仮処分は民事上の概念なので誤り。正しくは、執行停止、せいぜい効力停止と書くのが正しい。

朝日は裁判所への取材で期日指定がされたことを知り、民事法的な感覚で記事を書いたのだろう。

小沢氏の弁護団に取材したかどうかは不明だが、少なくとも弁護団から積極的にレクチャーしたりしていないことは確実である。弁護団がレクチャーしていればいくらなんでも、このような初歩的な誤りは起きるはずかない。

弁護団は相変わらず覆面集団で、積極的にこの裁判の重要さを訴えていこうとする姿勢は見えない。
裁判所はこの裁判が真剣に争っている事件なのか疑問を持つだろう。
裁判所はそういうところには敏感だ。
お義理の訴訟には、おざなりな判決しか書かない。当事者に熱意が感じられない事件に裁判所が熱を入れる理由はない。

僕は親分ほど小沢氏に肩入れする気はないが、せっかく世紀の裁判が見られる筈が、これでは台無しである。裁判の結論は今後の先例として一人歩きするから、一般国民はいい迷惑である。

それにしても記事を見て、ますます裁判の内容がわからなくなった。
記事だと起訴議決の効力の停止も求めているとのことだが、提訴時の記事にはそのような記載は見つからなかった。だから僕の親分もそのことを気にかけていた。訳が分からない。

もっと庶民的で負け筋の事件でも熱心に取り組む弁護団に早急に入れ替えて、裁判の全書面をネットで明らかにしてもらいたいものだ。
そうでもしないと、行政訴訟は下手をすると1回結審という悲惨な結果も招きかねない。
他人事ながら気にかかる。

追伸 たかが平凡なマチベンが扱う事件でも、これは大事な事件だと思ったら、積極的に司法記者クラブに出かけてレクチャーする。

小沢氏の事件は、最初は冷たくあしらわれるかもしれないけれど、粘り強く親切にレクを続ければ、必ず信頼関係のできる記者ができるようになる。

そんな当たり前の努力をするには、きっと、小沢弁護団は大御所すぎるのだろうな、残念だ。

アライグマ出没 その後2

今年はクマが出没して、各地で、深刻な被害が生じた。

クマはクマでもアライグマは凶暴な訳ではない。

出没しても、タヌキ以上に悪さをするわけではない。

頭が良くて力持ちで器用なだけで基本的に平和な動物である。

今回は、アライグマ続編である。

「そこで、床下通気口を譲り渡して開放し、
こちらを出入りしてもらうことにして、
トタンの方は張り替えることにした。

業者に依頼して、トタンを張り替えたのである。」

と書いて終わったのは昨年7月11日

これを書いたとき、僕は床下をアライグマに貸すことして明け渡し、床上と棲み分けることを考えていたのである。

なぜ、追い出すことにしなかったのだろう?

独り身の寂しさから手のかからないペットだと思った?

半分当たり、半分外れである。

追い出せないのっぴきならない事情があったのである。

むろん最初は、破られたトタンを張り替え、床下換気口にはネットを張る予定で、アライグマは追い出す予定だった。

方針が変わったのである。

こまめに手の回る家の補修業者を破産管財事件等でお世話になっている不動産業者から紹介してもらった。

補修業者と不動産業者が、家の状態の点検に来た。

補修業者は仕事上の関心から、不動産業者は半ば親切心、半ば面白半分である(あろう)。

そういえば、このボロ屋は、この不動産業者に仲介してもらったものだった。

ゴミ屋敷の中にも立ち入り、床下の様子が見たいという床下収納庫があるので、これを外せば、床下が見える。

懐中電灯で照らしながら、床下に首を突っ込んだ2人がそろって、声を上げる。

『かっわい~!!』

床下には、3匹の子ダヌキならぬ子アライグマがいたのである。

子アライグマは、むちゃくちゃ可愛いので、僕にも見るように仕切りに勧めてくるが、僕は断固断る。

僕はアライグマ一匹を追い出すのすら、躊躇する優しい大家である。

これが、たとえ正当な所有権の行使とはいえ、家賃も払わぬ居候を追い出すに過ぎぬとはいえ、まだ生後2か月も経たない幼い子アライグマを抱えた母子家庭を追い出すというのは、いかにも偲びがたい。

いかに子アライグマが『かっわい~!!』とはいえ、可愛いからこそ、見てはならぬ。情が移る、

厳格な大家に徹さなければならぬ。

ただ、ここで大家は弱気になった。

せめて子アライグマが生後半年くらいになって、一人前になってから、出て行ってもらえばよい。

それまで明渡を猶予してやろう。

と言うわけで、とにかく風呂場北側の物置の破れたトタンを張り替え、床上への通路を塞いでもらい、床下でアライグマ4人家族、床上に人間が住むことで当面の工事をその範囲に限定して、トタンの張り替え、床上の通路を塞ぐ工事の日程だけを先に決めた。

そうして、僕は、当分の間、床下をアライグマ母子に貸すことにしたのである。

大捕物があったと思ったのは、どうも母親が子どもを叱っていたときの音らしい。じゃーじゃーは子アライグマの声のようで、うーと低い声は、母親が子どもを威嚇していた声のようである。

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2010年11月12日 (金)

河合奈保子とフラッシュで検索されておられる方へ

未だに「ドリフターズと河合奈保子、伊達公子のことなど」(09年6月24日付)に来てくださる方がいらっしゃいます。

誠に、ありがたいことです。

思うに、この方たちは、きっと河合奈保子さんのその後を報じたフラッシュの記事が見たいのではないかと想像します。

ごく最近10月27日号のフラッシュが河合奈保子さんの近況を取り上げたようです。残念ながら、買い損ねましたが、相変わらず自然体で過ごしているようですね。(^_^)v

大したサービスもできませんが、せっかく来ていただきましたので、昨年7月14日号のフラッシュの記事を貼り付けておきます。

Flash090714s_2

内容はあまりないけど、ファンにとっては貴重なものかも、と思う次第です。

光文社さん、差し支えがありましたら、ご一報をください。

いつでも削除いたしますので。

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2010年11月11日 (木)

尖閣ビデオ流出と民主党マニフェスト

マスコミは、相変わらず、犯人探しに忙しい。
どこも尖閣列島海域であの日、あのとき、何が起きたのか真相に迫ろうとしない(ようだ。ようだというのは、産経新聞は違うという意見がありそうだからだ、僕は朝日と中日しか見ていないので、わからない)。

別にビデオを流出させた人を英雄扱いしたいとは思わない。
しかし、真相の一端にしろ、国民がそれを知ることができたのは、彼のビデオ流出行為によることは厳然たる事実である。
そして、彼がビデオを流出させるに至ったのは、間違いなく、密室の超限定ミニ上映会でお茶を濁そうとした政府の姿勢であり、これに無批判なマスコミのためだ(産経新聞を除く)。

民主的な議論は、正確な事実の共有の上にしか成り立たない。都合のよい一部映像をごく限られたメンバーだけに見せる等というやり方は、民主国家と到底相容れない。

マスコミが、そのことに敏感であり、事実の追及という本来の精神を発揮しておれば、だれが好きこのんで、身の危険を冒して、ビデオを流出させようか。

今回の件の最大の犯人は、無批判・垂れ流し機関と化したマスコミにあることは間違いない。

そして、そうしたマスコミを体よく利用したのは、民主党政権である。
とくに仙谷官房長官の横暴はひどすぎる。
今回の事件を契機に批判精神を忘れたマスコミに乗じて秘密保全法制の強化を検討すると言い出している。

仙谷由人官房長官は8日の衆院予算委員会で、中国漁船衝突事件の映像流出問題に関連し「国家公務員法の守秘義務違反の罰則は軽く、抑止力が十分ではない。 秘密保全に関する法制の在り方について早急に検討したい」と強調、検討委員会を早急に立ち上げる考えを示した。(共同通信・11月8日配信)

ビデオ流出によって、いかなる実害があったのか。
ビデオによって国民が事実の一端を知ることに、いかなる弊害があったのか。

いや、ビデオの中身こそ、国民の知る権利(憲法21条)の対象たる事実だったのではないのか。

僕には、情報統制下において、自分の都合のよいように世論を誘導しようとする権力者の意図が損なわれることくらいしか、仙石官房長官がこれほどの不快感を示す理由が理解できない。

ビデオ流出後も、ビデオの公開を拒み、国家秘密保全法制に言及する姿勢には、全ての情報を自らの統制下に置き、国民には知らせまいとする強い意志を感じる。

この夏の参院選の民主党のマニフェストには、

  • 外交文書を含めて行政情報の公開に積極的に取り組みます。
  • 情報公開法を改正し、国民の「知る権利」を明記します。

とあった。

仙石官房長官の見解は、明らかにマニフェストに反する。

繰り返すが、本件の事実こそ、まさに国民の知る権利の対象ではないのか。

そして知る権利こそ、民主主義の根幹を支える重要な基本的人権ではないのか。

小沢一郎氏の排除に成功し、権力を握った今では、マニフェストなどは一時の気の迷いに過ぎぬというか。

仙石官房長官は、先月14日にも、公式の記者会見で、起訴議決の有効性を争う小沢一郎氏の行政訴訟について、行政裁判にはなじまないと、具体的な裁 判について、公式の見解を述べて、憲法の無知をさらした。

内閣の事務を掌理する最高責任者が具体的な裁判について見解を述べるのは、裁判所に圧力をかける ものであり、司法の独立を蹂躙し、憲法76条に違反することは明らかである。

未解決な具体的な事件について、内閣が意見を述べるなどということは、自民党すらしなかった筈だ。それが、司法と憲法に対する権力者の最低限のたしなみだ。

恐ろしいのは、不思議なほど、どのメディアもこの違憲行為も指弾しないことだ。

僕は、小沢一郎の独裁的手法が嫌いだ。
しかし、最高権力者となった仙石官房長官の独善的な手法には、それ以上の恐怖を感じる。

権力を批判すべきマスコミは権力の犬となって久しく、情報統制に唯々諾々として従い続けている。

嗚呼、この国が、独裁国家と呼ぶあの国やかの国と、この国の間に果たして、幾ばくの懸隔ありや。

この国の行く末に対する懸念は深まるばかりである。

2010年11月 9日 (火)

タバコのみの話

10月1日にタバコが値上がりした。

僕の吸っているタバコは1箱300円から410円に値上がりした。
買いだめすることなく、淡々と吸っている。
これほど迫害されても吸い続けていると、自分でも自分が意思が弱いのか、意思が強いのかわからなくなる。

タバコを吸うことでガンの発生率が高まり、治療費が余分にかかるという。
だから、タバコは、健康保険悪化の元凶だと言われる。
ちょっと待て。タバコを吸わずに長生きして、亡くなる人は、治療費を使わずに死ぬのか?
まさか死ぬまで治療費を一切使わぬという訳ではあるまい。
こういう子供だましの話はやめてもらいたい。

タバコのみは相対的にガンになる確率が高く、相対的に寿命が短い。
したがって、年金受給期間も短くなるし、病院にかかる期間も短くなる。
国家財政にとって、これほどありがたい国民はいない筈だ。
禁煙外来などは、むしろ医療費を無駄に増大させて健康保険財政を悪化させる。即刻、やめにするのがよろしい。

タバコのみほど、高い税金を従順に支払ってくれる国民も少ない。
国家は、感謝すべきだ。
にも関わらず、国家も国民も上げてタバコのみを迫害する。
理屈があるならともかく理屈などないのである。

得てして、真の愛国者は国民から迫害された。
タバコのみもそうである。
高い税金を払いながら、命を国に捧げることを覚悟した愛国者なのである。
私は、これからも愛国のためにタバコを吸い続けよう。

実は、異物を排除しようとする不寛容な社会の象徴としてタバコを取り上げようとしたのだが、タバコが切れてしまった。タバコが切れるとともに、何を書こうとしていたか、忘れた。
また、思い出したら、書く。

2010年11月 8日 (月)

小沢一郎へのアドバイス 子分編3

宮崎学の子分である。
今さら言うまでもないが、自称であるから、誤解せぬよう。

さて、特別抗告されてから裁判所の動きがさっぱり止まってしまった。
最高裁は忙しいからな。
なかなか小沢一郎までは手が回らないのであろう。

暇だから、思いついたことを書く。

まず、注文がある。
裁判書面は、全てネットで公開しろ。
行政法は極めて特殊だ。
常識では理解できない法律である。
そもそも弁護団がどれほど行政法に通じているかも不明だ。

その上、行政法は極めて特殊な法分野だという認識のない記者が記事を書いているのである。

TBSが「裁判所が破産と言うと借金が棒引きになります」と報じたことがあるそうだ
まぁ、おおざっぱに言えば、そうだが、そんなことを裁判所で言おうものなら、大目玉を食うぞ。

破産決定だけではことは済まず、免責決定が必要なことくらい、今どき一般の相談者でもよく知っておる。

行政法はさらに難しい。

破産法の比ではない。

弁護団が行政法の難しさを理解していたとしても、それを伝える記者は、TBSと同じほど知らないかもしれぬ。

生半可な話を、生半可に理解して書く。

一体、どのような裁判が行われているのか、傍から見てもさっぱりわからぬ。

記者を責めてるのではないぞ。
弁護士だって、行政法は100人に1人も理解しておらんのだから、記者が困惑するのも当然だ。

だから、
裁判書面をネットで公開しろ。

訴状、執行停止申立書、執行停止申立理由補充書、意見書、執行停止に対する国側の答弁書・反論書、地方裁判所の却下決定書、即時抗告状、即時抗告理由補充書、即時抗告に対する国側の答弁書・反論書、高等裁判所の棄却決定書、特別抗告状、特別抗告理由補充書、その他、証拠書類諸々。

今では、少し気の利いた裁判は、みんな書類をネットにアップして、世論の支持を求めておるぞ。

正確なソースがないから、ネットの読者も、アドバイスのしようがなくて困っておるではないかな。
俺もどこまで俺の指摘が当たっておるか、確かめようもないので困惑しておる。
書面を公開してネット市民の力を借りろ。

強者ならば、書類の公開なぞ必要がない。
強者の闘いは、初めから分がよい。検察なんぞは、どんなミスをしても裁判所に守ってもらえるからな。

小沢よ、まだ、強者のつもりでおるのか。
今回ばかりは、分の悪い出入りだぞ。
なりふり構っている場合か。

暇なので、最高裁はどう決定するか想像してみる。
主に3つのケースが考えられる。

第1は、完全門前払いのケースだ。

最高裁で審理すべき案件ではないという判断だ。
実務ではこれが、圧倒的に多い。
最高裁にはくずのような事件がごまんと持ち込まれる。
マチベンもよくくずを持ち込んでおる。
いちいち審理しておっては、大事な事件を審理するのに100年かかってしまう。

そこで、門前払いで最高裁の入り口にも入れてあげないというのがこのパターンの決定だ。
最高裁まで行った例の圧倒的多数を占める。

この場合、最高裁はこういう。
小沢側弁護団の主張は、憲法違反を云々するがとってつけた話であり、相手にしてやらない。
また、重要な法律的論点があるなぞとも主張しているが、そんなものは見当たらないから、受理してやらない。

マチベンがもらう最高裁決定は、ほとんど全てといっていいくらい、これだ。
それでも、マチベンは、懲りずに闘っておるがな。

次の場合は、もう少しましかもしれない。
小沢は、指定弁護士選任の仮の差止及びこれに伴う執行停止を求めていたところ、指定弁護士の選任はすでになされたので、訴えの利益は失われており、起訴議決が行政処分に当たるか否かは判断する必要がない。とするものだ。

ま、これなど、なんだかわからないにしても、一応理由を示してくれるので、ありがたいと思わなければならんぞ。

しかし、これでは、何のために超スピード審理を求めて、地裁や高裁の裁判官に迷惑をかけたのか、全く意味がないことになるがな。

詳しくは、「小沢一郎へのアドバイス 幻となった子分編」参照

要するに、刑事事件で起訴議決の違法を争おうとしたら、刑事の裁判所では、起訴議決は行政処分に当たるので、行政事件で争うべきだとされて、起訴議決の違法性を争う途が閉ざされる危険が残るのだ。

手間隙かけて争った甲斐はまったくない。

弁護団は、指定弁護士選任の効力停止を新たに申立ているので、訴えの利益は失われないとするかのようであるが、甘いな。

最高裁まで至って、突然、新たな申立を許すような構造になっているとは到底、思えんが俺が間違っているか。

弁護団が指定弁護士選任の効力停止を求めたいのであれば、理屈上、指定弁護士選任取消請求を地裁に提訴し、それとともに、選任の効力の停止を求めるのが筋だ。
これが普通の考え方だ。
小沢弁護団は、何かウルトラな手段でも持っているのか。
疑問だな。

さらに可能性は低くなるが、起訴議決が行政訴訟の対象となる行政処分に当たるか否かを最高裁が実質的に判断する可能性があるだろうか。

小沢にとっては、残念だが、その可能性はほとんどない。

可能性はないながらも、そうした例がなくはない。

本来、他の形式的な理由で決着が付けられたにも拘わらず、敢えて最高裁が実質に踏み込んで判断することが極めて希にある。
そして、大抵の場合、それは国民にとって不利益な結果をもたらす。

だから俺は、内実にわたる判断は、国民のためにしてほしくないと思う。
判断するとすれば、この世論の状況では、行政訴訟の対象に当たらないとする可能性がはるかに高い。
敢えて、最高裁が小沢持ちになる理由が思い当たらぬ。

これは、小沢にとっては難論点の早期決着という次善の意味でよいとは言えても、国民にとっては、大変な迷惑だ。

今後、検察審査会の起訴議決を行政訴訟で争うという途が閉ざされてしまうからだ。

どう見ても、弁護団の争い方は、検察審査会による強制起訴そのものが憲法違反であることを主張しているようには、見えない。

強制起訴の手続が、検察審査員が実はユーレイであっても、成り立ってしまう杜撰な手続であることを主張立証しているようには、到底みえない。

こんな拙劣な訴訟で、国民が権利救済を受ける手段を奪われてはたまらん。

しかし、小沢にとっては、行政事件では起訴議決の効力を争うことができないとの判断が得られれば、刑事訴訟で起訴議決の効力を争うことができることが確定するのであるから、弁護団としては、早期決着が可能になり、次善とはいえ作戦成功ということになるのだろうな。

それでも、俺は、民衆から迫害されておるが故に、小沢を見捨てるのが忍びない。

小沢よ、覆面弁護団は辞めさせろ、堂々と記者会見をして、訴えの正当性を力強く、説得的に語る弁護団に変えろ。

マチベンの周りの連中は、どんな勝ち目のない出入りでも義のある出入りのときは、まずは、記者会見を開いて、堂々と主張を展開しておるぞ。

もとより、小沢の裁判も、弱者の裁判だ。

司法界は、顔が利くという世界ではない。
ヤメ検もヤメ判も無効だ。
田中角栄の裁判のとき、思い知ったろうが。

行政訴訟はまだ第1回は開かれていないようだな。

まだ、出直しは利くはずだ。

環境派、情報公開派の出入りの好きな奴に弁護団を代えろ。
憲法訴訟を得意とする奴もいいぞ。
みんな負けなれておるから、途中で折れることはない。

今の訴えは取り下げて、新しい弁護団で、審査会が認定した犯罪事実が被疑事実を超えている等というちゃっちい理屈ではなく、検察審査会違憲論を中心にした、新たな訴訟を起こせ。

そこで、記者会見をして、これまでに判明している、審査会のいかがわしさ、そうしたいかがわしさを防ぐ手だてのない法律が憲法31条に違反することを堂々と主張するがいい。

それでこそ、いったん貴様から離れた民心も返ってくるかもしれん。

但し、何度もいうが、自衛隊を政治家のおもちゃにするな。
自衛隊の恒常的海外展開などという馬鹿な夢想はやめろ。
貴様を民衆の迫害から救ってくれる可能性があるのは唯一憲法なのだ。
だから、憲法の遵守を心から誓え。
心を入れ替えて臨め。
今、この時代に苦しんでいる者とともに受難し、苦悩しろ。
そして憲法を光と心得よ。
さすれば途は自ずから開かれよう。

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2010年11月 6日 (土)

マスコミの敗北

尖閣ビデオの流出事件はメディアの主役がマスコミからネットへと変わった転換点として歴史に残るだろう。

マスコミがネットに敗北した。

記者クラブで発表される内容をひたすら垂れ流し、親米派や市場原理主義者の顔色をうかがい、「言いなり発表メディア」に成り下がった報いだ。

今この時点でもそうだ。

メディアにとって大事なのは、尖閣であの日あの時、何が起きたのか、真実を追求することだ。

流出元探しなど政府や一部の御用週刊誌にに任せておけばいい。

ネットは感情的だとか、日中関係に悪影響が及ぶなどという官僚的意見の垂れ流しに終始しているようでは、マスコミの明日はない。

改ざん編集された7分のビデオを、特別に許された議員だけが試聴できるなどという民主主義国家とも思えぬ密室の特権を認めるというやり口がそそもそも問題だった。

そのことを批判したマスコミがあったか。

独裁国家でもあるまい。

その非民主制がしっかり批判され、あるべき議論がなされておれば、今回の流出もなかったろう。

すべてはマスコミが権力の犬に成り下がった結果だ。

これだけ見てもマスコミがどちらを向いているか明らかだ。

小沢一郎の検察審査会問題もそうだ。

大事なことが何かさっぱりわかっていないか、わかっているから敢えて見ないようにしている。

司法の歴史の中でもあれほど策略的でいかがわしい事件は三鷹事件や松川事件までさかのぼるだろう。

どこの社が、この問題に正面から取り組んでいるか。

審査会事務局に取材をしたか、議事録の開示は求めたか。

補助員を務めた吉田弁護士に何日に何時から何時まで会議をしたか、補助員にいつ選任され、議決までに何時間費やしたか、取材をしたか。

日弁連の補助員向けのアンケートにある事項だ。

評議の秘密などでは断じてない。

そんなことすら取材していないに違いない。

事務局が回答を渋るようなら間違いなく裏がある。そう疑うのが健全なジャーナリズムだろう。

くらいつけ。検察審査会の審査員や補助員には旅費・日当が払われている。

本件でいついくら支払われているのか支払調書の提示を求めろ。ことは税金の使い道に関わるのだから、強気で攻めればいい。

今回のビデオ流出事件を受けて取材力と総合的な分析力でネットに対抗するなどと主張しているが、ちゃんちゃらおかしい。

残念ながら取材力も分析力もとっくにネットの方が上回っている。

マスコミは恥を知れ。

批判精神の原点に返るという当たり前の言葉がマスコミからは全く出てこない。

うっかりキャスターが口を滑らせると、遮る。

それ以上、言うと、もう出演の機会はありませんよ、という訳だ。

批判精神こそ再生の鍵だという至極当たり前の主張が見当たらないのはなぜだ。

批判精神を忘れたところにニュースメディアとしてのマスコミの絶望的状況を見る。

総合的批判分析精神という点では、ニュースを除いたNHKだけは賞賛に値する。一番わかりやすい例を言えば、ニートと呼ばれ、蔑まれ自己責任言説に苦しめられていた若年不安定雇用層を、その実態を突き詰めることで、彼らを救い出したのはNHKだ。

「ネット難民」という造語とともに若年雇用の問題を一気に社会問題化した貢献は大きい。ニュース部門も頑張れ。

2010年11月 5日 (金)

自由で民主的な日本に住む同胞へ 民主主義万歳!!

自由で民主主義の国、日本に住む同胞へ。

せっかく流出した尖閣ビデオは、またたくまにユーチューブから消されてしまった。

しかし人民は、闘う。

果敢にこれをコピーし、広く世に知らしめておるぞ。

しかるに検索サイト「yahoo」は、この人民の抵抗を消し去ろうと弾圧にかかっている!

以下を見てもらいたい。
yahooで「尖閣ビデオ見られるサイト」をブログ範疇検索した結果である。

Senkakumirarrusaitoyahoo

中国では天安門事件はブロックされるという、わが国では尖閣ビデオの視聴はブロックされるのである。

日本も中国も、お互い、いい勝負である。

それとも、わが国は、早くも中国の内政干渉に屈する国になり下がったのか。

         ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

民主主義に関わる別件である。小沢一郎に対する起訴議決が公表された10月4日から1か月が経つ。

それなのに、いまだに、いつ、検察審査会議が開かれたか不明である。
いつ、何回、何時から何時まで開かれたかは日弁連が審査補助員に対するアンケートをしているのであるから、評議の秘密ではあり得ない。
議事録も作られていないという説もある。
平均年齢の怪も合理的な解決をみておらず、そもそも審査員なるものが存在したかすら疑問視されるに至っている。

11名もいれば、一人くらい、公益通報を覚悟する正義の者がいてもいいはずだ。なのに何もない。

正体不明の11名の審査員。
対する小沢弁護団は、黒装束、覆面集団で及び腰であるため、肝心な追及に迫力を欠く。

弁護団は、せめて公文書公開請求くらいは、しているだろうな、

まもなく結果が出るはずだな。

公開請求すらしていないようなら、素人の烏合の衆だ。

いつまでも覆面集団を使い続ける小沢も小沢だ。

目を覚ませ。

マスコミが、この不透明を追及することなんて、とうてい望べくもない。

正体不明・存否不明の11名の議決を、民の声として持ち上げるのにこの国のマスコミは忙しい。

平和で自由な民主主義国家日本、万歳!!

尖閣流出ビデオが見られるサイト 尖閣ビデオの全面公開を2

尖閣ビデオは全面公開すべきである。

こうやすやすとユーチューブに流れるとは、思わなかったが、どこから流されたか詮索することよりも、公の場で事実を確認すること、まず、国民の共有認識を形成することが優先されるべきだ。

延べ10時間(複数の船から撮影している)に及ぶビデオから見いだせる事実は一つであろう。

むろん、ビデオの改竄が行われていないことが前提だ。

何事も事実から出発すべきだ。
まず、事実を直視すべきだ。
今の状態では、自分に都合のよい事実だけを見ることを許してしまう。

日本国内で事実の共有ができたならば、
その事実を中国にも確認する。
密談ではなく、公の場で事実に対する認識を一致させるべきだ。

立場は、さまざまにあろう。
議論をすればよい。
議論の前提として共通の事実認識は不可欠だ。

だから、早々とユーチューブから「流出」ビデオが消されたのは、遺憾である。

今、ネットで確認できた動く絵は、
ニコニコ動画原宿 さん
http://www.nicovideo.jp/watch/sm12648568

らばQ さん
http://www.nicovideo.jp/watch/sm12648568

ニュース2ちゃんねる さん
http://news020.blog13.fc2.com/blog-entry-1024.html
ここは6本とも動くようです。立派。

http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20101105_senkaku_movie_youtube/

ここも6本とも動くようです。ご立派。しかも午前0時37分にキャプチャしてます。

Cutplaza daiary さん

http://cutplaza.from.tv/movie/displog/660.html
も6本アップです。

池田香代子ブログ さん
http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51496015.html
池田香代子さんは、午前6時に視聴したそうですから、消される寸前ですね。録画できたのは1本だけかしらん?

おまとめ役は、ここでしょうか。

情強速報さん

http://jyousoku.blog118.fc2.com/blog-entry-179.html

6本見ることができる上に、経過説明もしてあります。

しかし、政府は、こんな醜態を繰り返していてはいけませんね。

流出したのを消してしまったので、拡散して、どれがオリジナルの流出ビデオか、わからなくなるかもしれませんね。

検察官が、「パソコンで遊んでいる内に間違って、全部消してしまった」、なんてことを言い出す前に、
政府は責任をもって、全ビデオを全面公開すべきでしょう。

2010年11月 3日 (水)

被疑者国選8 まだまだ続くか

11月1日に不起訴処分の通知を受けて、被疑者国選の報告書を法テラスに出したら、翌日、法テラスから「国選弁護報酬・費用について」と題する書面が1枚届いた。
6万6400円だそうだ。

別に金額に不満はない。
真っ白な事件など滅多に当たる物でもない。
個性的なお父さんと気丈な娘さんと知り合えただけでも、面白かったから、満足している。

が、最近、法テラスに関心を持ち始めたので、どのような基準でこれが算定されたのか、調べたくなった。
算定基準自体がどこにあるのかが、わからない。調べていくと、「国選弁護人の事務に関する契約約款」なるものがあり、その別紙として「報酬及び費用の算定基準」があることがわかった。
全部で70枚に及ぶ書面なので、コピーするだけでも、費用がかかる。それに、どこを調べればよいのか、要領を得ない。多分、僕が無能だからだろう。

法テラス経由の国選弁護をする弁護士は、みなこの約款を踏まえた契約を結んでいる筈だが、契約を結ぶに当たって、約款を読んだ弁護士なぞ、きっといないと思う。
弁護士は、人には、判を押すときは気をつけろというが、弁護士自身は、ほとんど言いなりで判を押しているのである。

閑話休題。散々さがしてようやくみつけた「国選弁護報酬・費用について」の第12条2項を適用して、単純に基礎額6400円に接見回数3回に単価2万円を掛けた数字である。

金額が不満な訳ではなく、弁護活動を接見回数でしか評価しないのかと思った。
不服申立は1週間以内ということだったので、昨日、さっそく不服申立をした。
しかし、法テラスの書面には、常は、電話やFAXの番号が書いてあるのに、この通知に限って、連絡先の記載はまったくないのはどうしてだろう。
少しでも不服申立をへらしたいんだろうかしら。

金額を見て、反射的にクレームを付けてくるモンスター・ロイヤーがいたのかもしれない。

昨日は不服申立だけして、理由はおって述べるとした。
今日、理由作成して出した。

多分、増額はされないだろうな。
増額条項がどこにあるのか、僕には探す方が手間だったし、
多分、接見回数以外の評価要素は基準にはないように見えた。
やるだけ無駄。
無駄でも、異議申立だけはしてみる。

……………………………………………………………………
平成22年第○号
被疑者 P
事件名 おどろおどろ
                  異議申立理由書

          2010年11月03日
法テラス愛知 御中
                                 岩月浩二
                (TEL 052-792-8133

        FAX 052-792-8233)

             申立の趣旨
 貴庁が、平成22年11月2日付で当職に対してなした国選弁護報酬・費用についてと題する通知に対して不服を申し立てる。

             申立の理由
1 貴庁の本件弁護報酬の算定方法
      貴庁は、本件の国選弁護報酬(以下、本件報酬という)を警察署における接見3回分の活動のみを評価して、国選弁護人の事務に関する契約約款別紙「報酬及び費用の算定基準」12条を機械的に適用して6万6400円と算定している。

  2 弁護報酬算定の不当性
     しかし、接見は本件弁護活動のごく限られた一部であるに過ぎず、貴庁の評価は本件弁護活動を正当に評価したものとはえいない。
     また、貴庁の評価は、被疑者が釈放された10月15日以降の弁護活動(10月29日不起訴処分。11月1日不起訴処分通知受領)を全く考慮していない。
     以上により、貴庁の本件弁護活動に対する評価ひいては弁護報酬の算定は不適切であるから、不服を申し立てる。

  3 弁護活動の経緯 被疑者釈放まで
     本件は、×したという特殊で悪質な事案であり、被疑者は否認している。
     このような事件の場合、被疑者弁護では、起訴されることを想定して、できる限り、事件の時点に接近した時点で、被疑者に有利な証拠を収集する必要性は極めて高い。当職は、かかる観点から、本件弁護に従事した。以下、接見を除く、釈放に至るまでの被疑者弁護の概略を述べる。
     10月9日(土)事案の性格上、被害者供述に頼る危うい構造の事件に見えたので、被疑者に対する取り調べの全面録画・録音を求めるため、担当刑事に面談を求めて警察署に電話するが、担当刑事不在。
     10月11日(月)祝日 担当刑事に面談し、取り調べの全面録画・録音を求める意見書を提出。供述を強要することのないように申し入れ。若干の捜査情報の入手。(被害者からは以前から×の届が出ていた。被疑者は否認というより黙秘に近いという認識である)
     10月12日(火) 犯行時間帯に、犯行場所周辺を調査。犯行時間は○であるので、○が多いこと、被疑者宅前では、○の歩行者も多いことを確認。目撃されることなく、×できるか。被害者は×なかったのか。
     10月13日(水) 犯行時間に再び現場周辺を調査。犯行日は水曜日であるので、同じ曜日の同じ時間帯である。このときは、現場周辺に7,8名の警察官が配置されていた。刑事に確認して、2つの場合の内、1つに特定。むしろ×していることを確認。また、水曜日は○に当たり、有力な目撃可能者がいること、同人から目撃していないことを小1時間にわたり確認。
     夕方、検事から電話あり。○から×しないでほしいとの申し入れが検察庁にあった由、弁護人もそうしてほしいとのことで、了解する。供述に頼ることの危うさ、目撃者もなく、×の不自然さを伝える。検事も同様に疑問を持っているとのこと。

     10月15日(金) 犯行時間に三度、現場周辺を調査。○が減っている。○側が対策をとった模様。目撃者の自宅前を訪ね、再度、目撃していないことの確認。警察が聴取していないということから、同人の電話番号を警察へ伝えることの了解を得る。
    10月15日(金) 被疑者からの接見希望があり、接見に行こうとしたところ、貴庁から被疑者釈放とのFAXが入る。
     留置所へ電話したところ、釈放寸前ということであったので、夜間、被疑者方を尋ねることにする。警察へ電話。刑事課長「今は何も言えない。おって正式に説明する。」検事から電話「今は何も言えないが、おって正式に説明する」「被疑者に×しないよう、また、×したりしないように被疑者に注意してほしい」
     夜8時頃、被疑者方へ行き、被疑者の帰宅と行き会う。
     被疑者宅前で打ち合わせをする。
     検事からの伝言を伝える。警察は、○にだまされていたと誤りを認めたとのこと。今日の夕方になって、○が検事に対して嘘をいっていたことを認めたために、急に釈放することになった。
     被疑者方は異臭(ネコの糞尿がまき散らされている)が甚だしくて入ることもできないので、路上での話に限られるため、月曜日に、事務所で打ち合わせをして今後の進行について話すこととする。

  4 弁護活動の概要  釈放後不起訴処分まで
    10月18日(月)事務所で被疑者と打ち合わせ。主に今回の事態に関する、「被害者」、検察、警察、裁判所のそれぞれの責任問題について。
    10月21日(木)被疑者から電話。たまたま行き会った刑事から、話したいことがあるので、明日警察に来てほしいとのこと。行ってよいかと尋ねられ、内々に警察が謝るものと考え、被疑者の娘と2人で行くように答える。
    10月22日(金)被疑者の娘から電話。同人を排除して、警察が被疑者の取り調べを始めたとのこと。出席予定の委員会を欠席し、警察へ赴き、警察に対して強く抗議。
    10月23日(土)週末になり、当職と連絡が取れないので、被疑者に電話し、警察から接触があっても、弁護士と相談してからでないと対処できないと答えるように指示。
    10月29日(金)検事から電話。不起訴処分にする。誘導によって嫌疑なしであることを確認。午後3時から被疑者と被疑者の娘が警察から事情を聞く。
    11月1日(月) 不起訴処分通知着。全体像について、被疑者と打ち合わせ。

  5 まとめ
    (1)否認事件に伴う弁護活動
       本件は否認事件であることから、起訴後の弁護活動に備えて、調査情報収集活動を重ねる必要があり、単に接見回数のみをもって、弁護活動を評価することが不当であることは明らかである。
    (2)釈放後の弁護活動の必要性
       また、釈放後も、起訴される可能性がある以上、不起訴通知があるまで弁護に当たるのは、いったん弁護人に選任された者の当然の職務上の倫理的責務に属するものである。現実に、警察は、被疑者を呼び出して、供述調書を作成しようとしており、弁護人がいなければ、容易にゆがめられた調書が作成された可能性もあった。
     したがって、以上、2点において、貴庁の弁護報酬の算定は、本件弁護活動の評価を誤ったものであるので、不服の申立をなした次第である。

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