「生物と無生物のあいだ」のもたらす生命観
エントロピー増大法則は、あくまで物理学上の話であって、日常生活に混同して使ってはいけないんだそうだ。
だけど、僕の身の回りはエントロピーそのものなのが実感だ。
ついこの間あったはずの生命保険証券が、大事なところにしまったとたん、どこかに消えてしまって困っている。
エントロピーとか言っていたら、ずっと前に読んだ「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一・講談社現代新書)を思い出した。
この本は、発売後3年以上経っても、まだ平積みにされているのを見かける。
それだけのことはあるよい本だと思う。
曖昧な記憶しかないので、不正確かも知れないけれど、印象に残った部分に触れてみる。
生命体は常にエントロピーの増大により生体秩序攪乱の危険にさらされている。
そのため生命体はエントロピーが増大する以前に、まだ健全なタンパク質を破壊して捨て去り、新たにタンパク質を合成するという代謝を繰り返しているという。
エントロピーされ放題の僕とは大違いである。
エネルギーの流れの中の周到で絶え間ない代謝が生命秩序を維持し、生命を生命たらしめているのだという。
著者が動的平衡と名付ける生命活動の特徴の一つである。
著者は、生命とは、絶え間ないエネルギーの流れに浮かぶ淀みのようなものだと比喩する。
川の水はどんどん流れて、水分子をとれば全く違うものなのに、よどみは同じ形を保ち続けている。
ヒトも数ヶ月で全ての細胞が入れ替わり、細胞単位では別のものになりながら、ヒトとして同一性を保ち続けている。
この本は僕に、生命観に関わる静かな感銘と確信を与えてくれた。
今こうして生きていることということと、広大な宇宙のエネルギーとはつながっているということ。
意識を有した個体としての僕が、実は宇宙の中のエネルギーの代謝現象に過ぎないということ。
孤立から救われる世界との一体感の意識とともに一種のはかなさを伴う諦観。
宮沢賢治の詩をどこか思わせる。
理系の立場からは、賛否両論あるようだが、少なくとも文科系の僕にはとても哲学的に示唆されるところがあった。
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