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2011年5月の19件の記事

2011年5月31日 (火)

名古屋市情報公開条例の運用実態  国も国なら名古屋市も


権力を持つと、総理大臣から地方の役所の役人までみんな自分だけの秘密を持ちたくなるものらしい。


        これ、何だと思います?

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マンションの設計図面らしいとおわかりなら、その方面について、ある程度、知識のある方でしょう。

名古屋市には、情報公開条例という有り難い条例がありまして、「知る権利を尊重して」「透明性の高い市政の推進」を図ることになっております。

マンション建設に対して、近隣環境の悪化を憂慮する市民が、名古屋市に対して市の所持する設計図書の公開を求めた結果が上の図面だ。

これは2階の部分だが、10階まで全て黒塗りである。

これでは何もわからん!!

実はこのマンション、法定容積率200%に対して、民間確認機関の建築確認では、使用容積率が199.98%と極めて際どい設計をしている。少しでも計算が狂っていれば、違法建築である。

そのため、平面図を確認しなければ、本当に建築基準法に合致しているのかどうか、全くわからないという代物である。

容積率が適法か否かは、各階の共用廊下だとか、パイプシャフトだとか、細かい部分を検討しないと正解は出せない。

だから、建築審査会に審査請求する準備として、各階平面図の公開を求めたのだが、何とまあ、全て墨塗りという極端な秘密主義である。

これでは名古屋市情報「非」公開条例と名前を変えて欲しいもんだ。

建築確認に対する異議申立(審査請求)の妨害にすらなっている。

あまり知られていないが、建築確認が民間に開放されて以来、建築確認の実務は、どんどんいい加減になっており、子細に検討すると、違法部分が見つかることがしばしばあるのだ。



ちなみに、この非公開決定・墨塗りは河村たかし市長の名前でなされている。

リコール運動だのトリプル選挙だの、権謀術数を練るのもいいけど、お膝元の役人がまじめに仕事をしておるか、ちゃんと市民に向き合って仕事をしておるか、業者に丸め込まれてしまって市民に背を向けていないか、きちんと監督義務を果たして欲しいものである。

そうでなければ、結局、河村さんも役人や建築業者に丸め込まれたとしか思えん。

感覚的言うと、名古屋市の役人の市民対応は、無神経、不親切を絵に描いたような対応がしばしばあると感じている。

ちゃんと監督してくれんと、いかんがや。

文書公開を求めて異議申立をすることになったが、はてさて、どうなることやら。

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2011年5月29日 (日)

流言飛語を垂れ流した政府・マスコミは責任を取れ

今となっては、まるでマンガである。

海外メディアがメルトダウンやレベル7の可能性を報じていたとき、日本人は、自衛隊やハイパーレスキュー隊の決死の活動をかたずを飲んで見守っていた。

燃料棒の過半は水中にあることを信じて疑わなかった。
レベル7なんてとんでもないと思っていた。

何のことはない。
その頃にはすっかり、メルトダウンしてしまっていて、放出された放射能はレベル7に達していたのである。

メルトダウンやレベル7の可能性に触れていた小出裕章氏らは、完全に異端で、まさに流言飛語の権化扱いであった。

見事に、全国民が(ごくごく一部を除き)、完全に東電、政府、マスコミに騙され、決死の活動に酔っていたのである。


IAEAが来る、いよいよ情報隠蔽体質が問題にされるということで、慌てて、とっくにメルトダウンしていましたということをようやく明らかにした。
IAEAの視察で初めて、「メルトダウンしているじゃないか」と言われては、立つ瀬がないものね。


この間、菅政権は、庶民がネットで流す流言飛語には、警察が削除要請できるようにしてしまった。

自ら流言飛語を垂れ流していた政府やマスコミは、この落とし前をどう付けるのか。


これほど大規模な流言飛語を流し続けていたことがはっきりしたのだから、国民は当然、政府自体の削除を要請できるだろう。
国難だから政府を代えるなは理屈にならない。
流言飛語を流し国民を混乱させ続けた大元を絶つのは当然だろう。

折しも小沢一郎氏が、ウォールストリートジャーナル紙の取材を受けている。

海外から見ても、情報を隠蔽して権力にしがみつき続けようとする菅政権はもういい加減にすべきだということだろう。

問題はマスコミだ。
表現の自由と関係するから、削除要請には慎重でなければならない。

まずなすべきは、政府発表に「専門家」のお墨付きを与えてまでなした垂れ流し報道に対する明確な謝罪である。
他の局のコマーシャル枠も使って、欠陥品を販売したメーカーと同様に繰り返し謝罪報道を繰り返し流して欲しい。

次は、検証報道だろうか。
その際、四角四面で見るのも退屈な番組にしてはならない。

判明した事実と比較して、その当時、何を報道し、論じていたかを、自分たちの馬鹿らしさをクローズアップする、できるだけ面白おかしい構成にして欲しい。
馬鹿馬鹿しさを笑える視聴率の取れる番組にしてほしい。
自らの愚かさをしっかりと国民に伝える報道にして欲しいものだ。



さて、それにしても、このところ原発の現状に関する報道は、少ない。
想定外の深刻な事態が進行しているというシグナルである。

この間のマスコミ報道と言えば、僕の気づいた範囲では次の程度である。

アレバ社の汚水処理費用が、40兆円ではなく、数千億円に止まるという事実が公表された。
如何にも金額の確定が遅い。
画期的で処理速度がアレバ社より20倍速い汚染処理技術を僅か1か月で開発した金沢大学は、取引材料にされたのだろう。
なぜ金沢大学の技術を採用しなかったのか、報道では全く理由に触れていない。

後は、汚染水貯蔵施設がまたもや水漏れしていることが報道されたくらいだ。

メルトダウン判明後の対策は新たな冷却水循環方式が一時期、報道されたものの、その後は全く報道されていない。

格納容器の底に原子燃料は溜まっていると国民は信じ込まされている。
水がないのに、格納容器(厚さ3センチ)の底が健全である保障はないと小出裕章氏は洞察している。
溶けたウランは格納容器を突き抜け、今は、おそらくコンクリートの床に到達しているだろうという。
コンクリートの床は、格納容器以上に溶けやすいから、ウランはそのまま地下に染みこんでいくと言う。
これを前提として、地下水の汚染の拡大を防ぐ対策を立てるべきだと小出氏は主張する。

最も心配される水蒸気爆発は起きないだろうと付け加えて安心もさせてくれている。
(以上、「たね蒔きジャーナル」5月25日

さらに、恐ろしいのは、使用済み核燃料プールの破損がひどく水漏れしている4号機をどうするのかだろう。半永久的に注水し続けてアレバ社を儲けさせるしか方法はないのだろうか。

東電がこのところ、対策に口をつぐんでいるのも、いずれについても明確な対策が立てられないからだろう。

この間、小出氏は、メディアで入手できるごく限られた情報だけで、原発の現状に対して、他のメディアとは全く異なる適確な分析をおこなってきた。
東電も、もういい加減に、メンツにこだわらず、小出氏に全てのデータを明らかにして、対策チームに加えるべきだろう。

もう、茶番劇にはうんざりである。

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2011年5月27日 (金)

思い上がるな、しっかりしろよ、テレビ局!(体験的メディア論4)

新聞報道によれば、名張毒ぶどう酒事件の奥西勝死刑囚の再審裁判で、弁護団が、事件当時のテレビニュースの映像を証拠として提出した事に対して、フジテレビが猛烈に抗議し、取り下げるように求めているという(朝日新聞5月25日)。

奥西死刑囚が死刑判決を受けた物証の1つが、葡萄酒の王冠に残った歯形が奥西死刑囚の歯形と一致するとする鑑定にあった。

今では、鑑定は不正確なもので、王冠の歯形と奥西死刑囚との間には結びつきはないとされているが、今回、弁護団がニュース映像を提出したのは、検察側は提出した9個の王冠が全てだと主張しているが、映像によれば、少なくとも18個の王冠が存在したことが明らかであり、検察は、未だに全ての証拠を出そうとしていないことを証明するためであるとのことである。

人一人の命のかかった事件であり、検察の証拠隠匿の可能性があることを示すのは極めて重要な意味を持つ。

にも拘わらず、フジテレビは抗議しただけでなく、取下まで求めた。
単純に人権感覚が疑われる。

新聞で伝えられる理由も薄弱である。

「放送を目的として独自に取材・放送した映像を無断で証拠として提出したことは到底容認できない」

というのである。

著作権法は、著作権者の了解を得ないで、著作物を利用できる例外として裁判における利用を明確に認めている。

(裁判手続等における複製)
第四十二条  著作物は、裁判手続のために必要と認められる場合(略)、その必要と認められる限度に おいて、複製することができる。

複製が認められているのは、裁判所に証拠として提出することは当然のこととして認められているからだ。

フジテレビの抗議、まして取下要求は、著作権法に違反するだけでなく、裁判を受ける権利を保障する憲法の精神に著しく反している。




実は、フジテレビだけが特殊な訳ではない。
現在では、どこのテレビ局も映像を裁判所に出そうとすると必ずクレームを付けてくる。

かつてはテレビ映像の証拠提出はごく普通に行われていた。
クレームなど、聞いたことがなかった。


僕が初めて、テレビ局が文句を言うという話を聞いたのは、10年ほど前になるだろうか。
これも弁護団を組んで組織的に取り組んでいた事件だった。
そのときは、テレビ局は、著作権法も知らないのか、という議論が支配的になって、そのまま提出したような覚えがある。

ところが、その後も、何度も同じようなことが繰り返されてきた。

今では、弁護士にとって、テレビ映像の提出はタブーに近い。
何も疾しいことはないのに、面倒くさいことにならないよう極力知られぬようにこっそり出す。


よもやテレビ局も、著作権法を知らぬ訳でもあるまい。
違法だと考えれば、訴訟で差止なり賠償なりを求めればいい。

どうしようもないことがわかっているから、やたらきつい言葉で抗議し、事実上、証拠提出を断念させようとしているのだろう。

これは、弁護士に対する一種の圧力である。
今後、我が局は、奥西死刑囚の再審事件については、取り上げてやらない、それでもいいのかという暗黙の圧力が見える。

別件のときも、僕は、そんな不利益を忍ばなければならなくなるのかと感じた記憶である。
社会的な問題を扱う事件は、テレビが世論を喚起してくれるかどうかが、極めて重要である。
したがって、テレビが取り上げないかもしれないと思わせるのは、十分な取引材料になるのである。

弁護士が感じるテレビ局の圧力は、そうである。



では、なぜテレビ局は、以前は、自由だった映像を、それほどまでして、裁判では使わせないようにしようとするのか。

やはり圧力の問題に行き着かざるを得ないだろうと僕は考える。

刑事事件であれば、被告人に有利な映像を裁判所へ提出させたテレビ局に対しては、警察や検察は取材上の差別をしようとするのだろう。少なくともテレビ局が、そう受け止める事情があるのだろう。

民事事件であれば、被告企業は、テレビ局の大事なスポンサーなので、原告に有利な映像の提出を阻止しなかったテレビ局は、被告企業からの広告収入を失うという圧力があるのだろう。

正々堂々と著作権違反で争えないし、本音は自らの保身にあるから、理屈にもならないことを居丈高に言い張って、横車を押そうとする。

見苦しい。


東電がまだスポンサーであり続けるかもしれなかった時期のテレビの、あの余りにも卑屈な報道を思えば、テレビ局が弁護士に対して見せるおごりと裏腹にスポンサーと政府まる抱えの、保身と怯えに満ちた姿が透けて見える。

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2011年5月26日 (木)

日照事件について

僕は日照事件に造詣が深い。
というか、日照事件は、ごく限られた類型を除いて、まず絶対に勝てないため、ごくごく少数の弁護士しか手を付けないので、相対的に造詣が深くなるのである。

とにかく裁判所はひどい。
日照事件となると、どこかからコピペしてきたかと思うような類型的な判決や決定で被害者の訴えを退けることが定着している。

日照問題は、実は市民にとって、最も身近な事件のはずである。
しかも紛争当事者となる被害者には責められるべき点などほとんどない。
ある日、目の前に巨大なマンション計画が持ち上がり、なすすべもなく押し切られ生活環境が破壊される場合がほとんどである。
それなのに、決して裁判所は被害者を救済しようとはしない。

裁判所が唯一のよすがとしているのは、実質的には建築基準法だけである。
そして建築基準法は、もっぱら建築業界の意向で作られ、業界に都合のよいように緩和が重ねられている。
被害に合うかもしれない一般市民の意見などどこにも反映されていないのだ。

建築基準法を唯一のよすがとする裁判所は、結果的に業界利益の擁護者と化していると言ってよい。

建築学会にも、そんな現状に疑問を持っている学者がいることを知り、先日、埼玉県まで、相談に行ってきた。

上野から東北本線に乗り、車窓の風景を眺めていると、東京から埼玉に入った途端、景色が一変するのがわかった。

それまで高密で、過密な建物の状態が、東京を出ると一変して開放感のある風景に変わるのである。

いうまでもないが、都心から突然、埼玉に入るわけではない。

東京の赤羽のはずれから、埼玉のどちらかといえば、都市部に入っているのである。

建築基準法の、とにかく高密度の建物が建てられるようにしようとする、あの緩すぎる規制が、東京の都合で決められていることを実感した。

東京の基準で、名古屋を規律されてはたまらない。
なのに、東京基準で、名古屋の日照裁判も判断されている。
しかし、いくら東京基準を押しつけても、名古屋は決して東京のように高密都市にはなりようがない。
そんなポテンシャルはないのである。

裁判所も、きちんと、地方都市の実情、そして被害者の居住地の実情を見極めて判断をするべきだ。

実情を見れば、建築基準法(都市計画法)の用途地域が、絵空事に過ぎないことは、すぐにわかるはずだ。

実情を見極めれば、個別的な被害の実情に沿った適切な個別的な解決ができるにちがいないのだ。

しかし、裁判所は最初から、これを放棄してしまっている。

思考停止である。

民事の裁判官は、刑事の裁判官に比べれば、はるかに評価できることが多くあると僕は思っている。
しかし、日照事件の判で押したような判決だけはいただけない。

思慮の深さや洞察の全く感じられない判決や決定は、裁判官の仕事としては、安易きわまりない。

裁判所が間違っていると思うから、僕は負けても負けても、依頼があり、言い分には理があると考えられる限り、裁判所の門を叩き続けている。

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2011年5月25日 (水)

第1回高橋尚子杯ぎふ清流マラソン 僕の結果

5月15日の清流マラソン大会の結果、1週間ほど前からホームページで確認できるようになっていたようである。

僕の結果は、ハーフマラソン一般男子
完走者5785名中、5573番である。
ほぼブービーといっていい。
実質タイム(ネット)は、2時間44分34秒であるから、ほぼ1キロ8分に近い超ゆっくりペースである。

普通、こんなにゆっくり走ろうとしても、なかなか走れるものではない。

ゴール前では、長年の農作業で腰が曲がったと思われる、明らかに70代の女性ランナーが前を走っていた。
レース(こんなペースはレースと呼ばないと思うが)中に何度か見かけて、先に行ったり行かれたりしていたが、ゴール前では彼女の方が早かった。

僕としては、もう一刻も早く走るのをやめたい一心なので、ゴールが見えるとペースが上がる。

彼女はマイペースを変えてくれない。
ゴール前で彼女を抜くのはひんしゅくものなので、ここはじっと我慢。

それにしても、あれほど腰が曲がった状態で、よく21キロも走れるものだとつくづく感心しながら、彼女の後を走る。

コースの中に突然飛び出してきたのが黄色いユニフォームの女性。老婆をねぎらうようにハイタッチしていた。
すぐ遅れて僕もハイタッチしてもらった。

とにかく精魂尽き果てて早く走るのを止めたいばかりだった僕が、「あ、Qちゃんだったんだ」と思ったのは、実は、ゴールしてかなり経ってからのことだった。

残念である。

今度は、自覚してちゃんとハイタッチしたいものである。

ともかく今回は、完走できただけでもよしである。
翌日から普通に仕事ができたこともよしである。

内心期すものはあるが、今後の目標は、ヒミツである。

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それにしても、原発事故のニュースは、このところ、過去のことをいろいろほじくり返すニュースが続いている。

正式な検証機関が立ち上がっている訳でもない。

ここまでメディアが隠蔽の道具であることを思い知らされると、メディアが過去のことをニュースにしているということは、目くらましで、きっと、今、何か重大なことが進行しているに違いないと思うようになってしまった。

1号機と3号機ではないかと思うが、いつも白い煙のようなものが上がっている。

誰も解説してくれないみたいだ。水蒸気だとしても、いったいどこから漏れ出ているのだろう。誰も教えてくれないみたいだ。

追記 5月26日

今になって過去のことを次々暴露しているのは、来日中のIAEAとG8向けに「日本政府や電力会社はこーんなに透明な情報公開に努めております」とする急ごしらえのアピールのためですね。

と言うことは、実質的に原発に関する情報は、ほぼ皆無の状態になっているということで、危険ですね。

ちなみにIAEAは原子力の平和利用を推進する立場ですから、脱原発ではなく、「より安全な原発を」というのが彼らが出す結論であることは見え見え。

2011年5月23日 (月)

国民置き去りの裁判員制度改革議論

裁判員制度施行3年目に入った5月21日、中日新聞は、最高裁が2月に行った裁判員制度に対する国民意識調査結果を「裁判員参加イヤ 増加」との見出しで報じた。

2年間にわたり、裁判員制度に異を唱えるマスメディアは全くない中で、なお、8割を超える国民が裁判員に参加したくないと主張し続けている。

メディアによる世論操作に弱い常の調査と比べると、国民は裁判員制度にはっきりとノーを突きつけ続けている。

今回は、「あまり参加したくない」42.6%に、「義務でも参加したくない」41.4%が肉薄しているのが特徴的だ。

義務の遵守において他国には引けをとらない国民性を持つ日本人が、「義務でも参加したくない」と明確な意思表示をするのは、よくよくのことと考えねばなるまい。

それなのに、なぜ、参加したくないのかという設問を最高裁は設けていないらしい。

また、メディアなどの議論も、圧倒的な国民が、なぜ、それほどまでに参加したくないのか、掘り下げようとはしない。

不思議なことに、民意を反映するのが使命の政党ですら裁判員制度に反対する政党は相変わらず、皆無である。

これほど国民の声が無視されるのも極めて珍しい。

メディアも政党も、論じているのは、廃止ではなく、改善である。
対象から覚せい剤事案や性犯罪を外す、等々である。
日弁連の議論は、多分、

  • 裁判員の仕事から量刑を外し、
  • 有罪・無罪を争う事案であって被告人が望んだ場合に限り、
  • 無罪判決が出た場合は、検察官控訴を認めない

という裁判員を限りなく陪審員制度に近づける案であろうが、これが通る見込があるなら、初めから、現在のような得体の知れない鵺のごとき裁判員制度など最初からあり得なかった。

原発事故に限らず、この国では、官僚、政府、業界、マスコミのコングロマリットができあがっていて(分野によってはアメリカが入る)、都合がわるいことは一切、議論にならないようにできているとしか思えない。

裁判員の場合は、ここに政党まで加わってしまっているのが致命的である。

国民の声を無視する圧倒的な仕組みができあがっているのだ。

せっかく最高裁が比較的公正で客観的な調査結果を発表しているのに、そこに現れた国民の声を適確な見出しで報じているのは、またも中日新聞だけらしい。

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2011年5月20日 (金)

原発は… 原子力政策への失望



原子力発電所は、

バベルの塔に似ている。

バベルの塔は、

人々の欲望を形象する。

人々の欲望は資本主義の心臓だ。

だから資本主義も、

またバベルの塔に似ている。


80年前、ケインズは予言した。

早ければ25年の内に需要は飽和に達し

経済成長が止まり、

資本主義は限界に近づくと。

危機の予言から80年。

資本主義は欲望の空焚きを続けながら

肥大化し、制御不能になった。



欲望の空焚きは

故障した原子力発電所に似ている。

制御不能は

故障した原子力発電所に似ている。

だから故障した原子力発電所は

欲望資本主義に似ている。


原子力発電所は、

ピサの斜塔に似ている。

ピサの斜塔は危ういバランスを形象する。

危ういバランスを形象するピサの斜塔は、

資本主義にも似ている。

危うさが頂点に達しバランスが失われても、

欲望にとりつかれた人々は

ピサの斜塔にしがみつこうとしていている。

ピサの斜塔はバベルの塔になる。

バベルの塔はやがて運命の日を迎える。



欲望資本主義は、泣き叫び、

のたうちまわる人々を残したまま、

運命の日を超えて、

妖怪となって、さまよい続けていくのだろうか。


原発を考えることは、

欲望資本主義を考えることにつながる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
菅総理は、定期点検中の原子力発電所は、従来の方針にしたがって、安全が確認されれば、再稼働を認めるとした(5月18日)。

「白紙から」と力んで見せたエネルギー政策見直しの腰折れは、これで完全に明らかになった。

大震災で当面、延期するかに見えたTPP参加も、もともとの予定通り来月末までに決着するという。議論させずにとおしてしまおうという腹だ。

この人はつくづく阿漕な人だと思う。

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2011年5月19日 (木)

拝啓 ソニー様  TPPと司法

ハッカー(クラッカー)によるネットサーバに対する攻撃によって、7700万件、子会社分併せて約1億件の個人情報が流出したとのこと、心中、いかばかりかとお察し申し上げます。

貴社が個人情報流出を発表したのが4月26日、早くも28日には、米国の弁護士が訴訟の準備をしているとの報道に接しました。

すでに全米で25件の訴訟が係属中とのこと、甚だゆううつな気分ではないかとお察し申し上げます。

なにしろ、かの国は、子どもを連れ去った日本人妻に対して5億円相当の賠償を命じる国であります。

かの国にはクラスアクションという便利な制度があり、一人に対する判決の効力を同様の状態にあるグループに属する者にも及ぼす制度がございます。

仮に顧客1人当たりの賠償額を控えめに見て1000万円相当と考えてみましたが、最近、めっきり計算に弱くなった私には、1億人に対する賠償額が総額でいくらになるか、計算できません。

電卓で計算しようとしましたが、桁数が多すぎて、算定不能になりました。

仕方がありませんので、エクセルで計算させてみたところ、1000兆円になるらしく、どうも、日本の国家予算の10年分を超える金額になるのではないかと危惧している次第であります。

そうなりますと、わが国が世界に誇った創意ある優良企業、私も楽しく遊ばせていただきました数々の名作ソフトを輩出した、あのソニーがまたたくまにこの地球上から消滅してしまいます。

ついでながら、私の大好きだったFFのスクエアまでも個人情報流出による賠償問題に直面しつつあると聞くと、泣けてきます。

仮に極めて控えめに見て…とうてい米国弁護士が納得するとは思えない金額ですが…1人に対する賠償額が100万円としても、1億人に対する賠償額は100兆円になるらしく、日本の国家予算を超えております。

1億人全てに判決の効力が及ぶことはないとして、仮に半数とみても、賠償額は希望的観測で50兆円、可能性の高い金額として500兆円と見積もられます。

貴社はこの負担を持ちこたえることができるのでしょうか。

ネットで適当に調べたところでは、貴社の純資産は3兆円しかないというではありませんか。

何と恐ろしい国でご商売をされているのでしょうか。

何とか、貴社がこの暴力的ともいうべき恐ろしい訴訟を切り抜けられることを祈るばかりです。
トヨタと違って、貴社の過失が明らかなだけに、一日本人として、心配でなりません。

日本では、ソニーを相手取った訴訟の動きはないようです。
これは、日本の弁護士が良識があるからでも、等しくソニーを愛しているからでもありません。
それが証拠に莫大な儲けを挙げていると推察される過払金キャンペーンを展開する弁護士事務所もソニーキャンペーンは展開しておりません。

日本では、無形損害に対する慰謝料が微々たる涙金にしかならないから弁護士にとって、如何にたくさんの被害者を集めようとペイしないからです。
ましてコマーシャル料を払って、被害者を集めれば、完全勝訴でも持ち出しになります。



そこで、TPPの問題です。
TPPでは、当然ながら、法律サービス分野における自由貿易も課題になります。
米国の弁護士が日本で当然に法曹資格を有して、弁護士活動ができるようになります。

彼らの活動の自由を妨げるものは、次々と非関税障壁としてやり玉に挙がること必至です。

米国訴訟に直面している貴社なら、おわかりいただけるかと思いますが、日本の低すぎる損害賠償額は、米国弁護士の活動の自由を妨げるものとして、非関税障壁になります。

強引じゃないか、と思われるかも知れませんが、かの国の要求がいかに強引で非論理的なものであろうと、かの国の日本に対する要求が通らなかった試しがないことは貴社なら十分にご存じのところと思います。

財界は、前のめりでTPPを推進しておりますが、生命身体に関わらない娯楽産業ですら、一瞬のミスで、企業生命を絶たれかねないような法制度を日本に持ち込むことが経済界のためになるのでしょうか。

私は、貴社の命運をかけた今後の闘いを心から支援するものです。

貴社の苦い経験を是非とも、TPP阻止のための教訓としていただき、財界にもTPP加盟は誤りであることをお訴えいただきたく、お便りした次第です。

貴社の益々ご発展をお祈り申し上げます。

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追伸
TPPの相手国は実質的に米国です。
仮に、輸出が目立つ状態になれば、トヨタのように欠陥をでっち上げてでも、攻撃する国が相手です。

証拠はありませんし、全くの邪推かも知れませんが、ソニーも見せしめ的にねらい打たれているのではないかとの疑いを拭えません。

人の弱みにつけ込むハイエナのような不正義との闘いに、全力でご健闘されることをお祈り申し上げます。

2011年5月18日 (水)

事実を伝えるメディアは、どこにあるのか?(体験的マスコミ論3)

清水建設の欠陥土留め工事による隣地の陥没事件の依頼を受けて、僕が図面に首っ引きで四苦八苦しているのと同じ頃、清水建設は、はるかに重大な手抜き工事が発覚して、対応に追われていた。

このことは、テレビはむろん、一般紙も報道しなかったから、一般には全く知られなかったはずだ。

唯一、これを独占スクープしたのは「FLASH(フラッシュ)」である。
常磐新線(つくばエキスプレス)をJVとして受注した清水建設は、信じられないほど杜撰な手抜き工事をしていた。

「フラッシュ」はこれを3回連続で掲載している。
最初は高架橋工事の手抜き工事である。

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高架橋のコンクリートに大小40カ所以上の穴が空いており、フラッシュが建設主体の鉄道・運輸機構に写真を示したところ、急遽、緊急検査をすることになり、補修工事が行われたとされる。

フラッシュは、コンクリート工学の権威である小林一輔東大名誉教授の「あの状態では、震度5くらいの地震で陥没しますよ」との談話をとっている。
また、工事関係者の「これは清水の隠蔽なんですよ。列車の振動が何年も加わればいつか必ず落ちます」との談話も紹介している。

この手抜き工事で清水建設は鉄道・運輸機構から3か月の指名停止処分を受けた。

この緊急検査とその後の補修工事の後、さらに手抜き工事が発覚する。これもフラッシュが取り上げただけだ。
今度は、駅の天井工事に手抜きが見つかった。
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南千住駅の天井裏のコンクリートがぼろぼろで、天井を吊るアンカーもコンクリートにしっかり埋め込まれていないというのだ。
小林名誉教授は「吊っているコンクリートに問題があり、アンカーも危ない。二重にまずいですよ。どうしちゃったんだろうね、清水は」と慨嘆している。

先に述べたように、この件で、清水建設は、鉄道・運輸機構から3か月の指名停止処分という正式の処分を受けている。
にも拘わらず、テレビはむろん、新聞もどこも報道しなかったのだ。

ひとり「フラッシュ」だけが、報道していた。
(以上、「フラッシュ」 2004年9月14日、9月21日、10月5日号より)

フラッシュの後追い報道すらなかったのである。

完全に無視を決め込んだのである(3行記事は見落としているかも知れないが)。

裁判所は好まないだろうなと思いつつも、仕方がないので、清水建設の欠陥工事は、この裁判だけではないことを示す証拠書類としてフラッシュを提出した。(^^ゞ

今でも多くの人は、全国紙やテレビは一流の会社なのだから、一番、適確な報道をすると信じているに違いない。

週刊新潮、週刊文春、週間現代、週間ポストは、2流で、興味本位の垂れ流し記事が多いと思っている人が多いだろう。

フラッシュとかフライデーと言った雑誌は3流雑誌もいいところで、良識のある人は、手にとって開くのもはばかるかもしれない。

しかし、実は、このエロ路線に可能性があるのであって、エロな中身で売れるから、購読料収入で雑誌が成り立ち、天下の清水建設の悪事も暴くことができる。エロの強みである。

であるから、僕は、コンビニのエロ雑誌の前で立ち止まり、何か隠された情報はないかと手にとって開くことをはばからないのである。

決して、エロ写真が見たいからとか、袋とじが見たいからとかいう不純な動機で購入している訳ではないので、誤解なきよう、念のため。

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あくまで貴重な情報収集手段なのであって、いい歳をして、表紙とか、「女子アナ悩殺」とか上に方に踊っている見出しに惹かれて手に取っているわけでは断じてないのである。

写真は、いずれもクリックして拡大して見ることができます。(^^)V

念のため。

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2011年5月17日 (火)

欠陥工事事件の記憶 (体験的マスコミ論2)

平成10年頃、プロミス相手の損害賠償事件の提訴をマスコミが全く取り上げなかったことにショックを受けたことを5月14日のブログで書いた。

平成14年頃、マンションの風害と工事被害に関する事件の手伝いをN弁護士から依頼された。僕は、建築分野に詳しいだろうというか、熱心だろうという勝手な思い込みからである。

僕が分担したのは、マンションの建築工事中に隣地地盤に亀裂が入り、一部が陥没した件に関する損害賠償についてだ。
施工業者は一流中の一流の清水建設。

清水建設側は、亀裂・陥没という結果が生じたことは認めたが(歴然としているので、否定しようがない)、補修は形ばかりで抜本的な対策にはならないような対応策を示していた。

僕の役割は、亀裂・陥没が生じた土の中がどれほど痛んでいるかを明らかにすることと、清水建設の過失によってこの事故が生じたことを示すことだった。

過失による亀裂・陥没であれば、土中の事態が深刻なことを予想でき、もっと抜本的な補修を、要求できてしかるべきだ。

マンションを建築する場合は、マンションの基礎工事をするためにまず、本体周辺プラスアルファの部分の土を掘り下げる根切り工事を行う。
そのままでは、当然、土が崩落するので、山留め(土留め)工事を施工する。

事故はこの根切り工事中に起こっていた。

清水建設が、住民に示した山留め工事の施工図では、構造計算上は、とりあえず土の変形が起きないだけの強度が保たれているということになっていた。
清水建設は過失を認めない。
だから、清水建設の提案する事故への対応も形ばかりのものになる。

構造計算が専門分野の強い味方G建築士の意見に基づく反論書を出す。
自分なりに土の工学に関する入門本(但し、入門本でも計算式が出てくると、途端に頭痛がして理解できなくなる)を読み込んで、土の回り込みだとか、孕み出しだとか様々な反論を試みる。

相手方から、改めて山留め施工図を添付した再反論が出された。

これまで2年近く経ち、もはや意地になっているので、相手方資料をためすつがめつ眺め、他の資料と比較対照する。

そのうち、当初、清水建設が提出していた山留め工事の施工予定図と現場で現実に行われた山留め工事の施工図が違っていることを発見した。

山留めの角部分を突っ張る支保工(火打ち梁)の長さが、本来の5m(だったと思う)から2m程度(だったと思う)に短くされているのだ。

早速G建築士に相談し、角部分を支える支保工が短くては、山留めの辺に当たる部分の強度が不足し、壁がたわむのは当然だという結論を得る。

要するに、設計図どおりに工事が行われず、現場で、一種の手抜きが行われた結果、山留め壁の土圧に対する強度が不足して、隣地地盤の亀裂と陥没が生じたことがはっきりしたのである。

おそらく5mもある支保工は、施工の邪魔になるということで、現場の勝手な判断で2mの支保工に変えてしまったのである。

問題は、ここから先だ。

相手は、2流、3流の土木屋ではない。
日本のゼネコンを代表する天下の清水建設である。

このような手抜き工事が発覚すれば、企業イメージに対するダメージは計り知れない。と、僕は勝手に思った。
判決で、手抜き工事が指摘されることは極力、避けたい筈だ。

そこで、このタイミングで、何とか有利な和解に持ち込めないか裁判官に申し入れた。平成16年の頃だ。
裁判官は、「以前だったら、ここで和解勧告すれば、企業側も企業イメージを重視して検討したと思いますよ。しかし、最近は、全くダメなんですよ」と寂しそうに諭した。

と言うわけで、この事件は、手抜き工事発見から、最終解決まで、さらに1年近くを要することになってしまった。

何が、企業の態度を変えたか、明らかだろう。
平成10年には、すでに、サラ金相手の裁判ですら、スポンサーに配慮して、全くマスコミが取り上げなくなっていた。

平成16年には、何が起ころうが、スポンサーである大企業に不利なことをマスコミが書くはずがないという体制が完成していたのである。

だから、手抜き工事という不都合なことが裁判の経過で出ようと、マスコミのスポンサーである大企業は、高をくくって平然としていられたのである。

僕が弁護士になった頃、少なくとも大企業にはそれなりの倫理観があると(誤解にしろ)、信じることができた。
(隠蔽していたにしろ)ミスが暴露されれば、それなりに信用を重んじた適切な対応をとるのが常だった。

平成16年には、これがすでに遠い過去であることを思い知らされた。

手抜き工事をした清水建設の現場責任者が社内で責任を問われたという話は聞かなかった。
マスコミによる監視を恐れる必要がなくなった企業の技術や倫理は当然、劣化していっただろう。

ことは、多分、清水建設に限る話ではない。
規模は、ずっと大きいが、東電の劣化もマスコミや政府による何重もの防護の中で進行していったに違いないのである。

統計によれば、バブル時代に、新聞社の収入は広告料収入が購読料収入を上回ったと言われる。

広告料収入に惑わされたマスコミが企業のミス・事故隠蔽に加担したことによって、失われた日本の国力は、決して小さくはないに違いない。マスコミの罪は重い。

実は、この頃、別件でも清水建設は、はるかに大きな手抜き工事をしていた。
そのことを報じたメディアは存在した。
赤旗でないとすると、どこだかおわかりだろうか。

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2011年5月16日 (月)

一票価値の単純平等が民主主義なのか?

島根原発から17kmの距離にある鳥取県知事が、SPEEDIの鳥取県県への配備を求めた。

福島で明らかになったような広域に拡散する放射能汚染の実態を踏まれば当然の要求である。

ここで気になるのが、投票価値の平等に関する最高裁判決である。

最高裁判決は1県1議席の仕組みも含む抜本的な見直しをして投票価値の差をできる限り縮小することを求めた。

真っ先にやり玉にあがるのが、鳥取県、ついで島根県である。

この両県には、人口に比べて極めて過大な議席(一人当たり5票分)が割り当てられており、これを是正するには、県単位の選挙区割りを考え直す必要があるというのである。

選挙区割りの変更を行えば、この両県からは一人の議員も選出されない可能性がある。

冒頭に述べたような鳥取県知事の声は国政には届かない仕組みになる可能性は否定できないのである。

僕は「ガリレオ裁判は正しかった?(10年12月6日)」以来、財界が主導している徹底した一人一票運動に疑問を感じるようになった。

こうした事態を想定すると、彼らが考えている民主主義とは、多数者に都合の良い少数者に対する支配を押し通すための手段なのではないか。

福島原発にしろ、普天間基地にしろ、多数者の快適さと安全のために、地方に犠牲を押しつける構造となっている。

そして、それが民主主義の名において正当化されている。

たかだか1%あまりのために90%が犠牲にされていると声高に叫ぶTPP参加も同様である。

一人一票を徹底すれば、こうした極端な多数者支配の構造はますます強化される。

民主主義は、単に多数者が少数者を支配するための手段なのか、民主主義原理の中に少数者の尊重を制度的に組み込んでいかなければ、民主主義は単に多数者の横暴を認める制度に成り果てるしかないのではないか。

それほど一票の価値が大切だというのならば、多数票を握る東京がまず、率先模範を示して、原発と基地を誘致してもらいたい。
多数者にそうした想像力があって、初めて民主主義が統治形態としての優越性を主張できるのではないのか。

嫌なこと、苦しみ、犠牲の全てを、遠い地方に押しつけて、自らの快適さを追及する民主主義は、市場原理主義と化した資本主義と同様に醜悪である。

そこには人の絆も、共助も共感すらも存在しない。

財界と最高裁が一体となった、一票の価値偏重のキャンペーンを見ると、彼らの一票格差の是正は、市場原理主義と重なって見えて仕方がないのである。

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2011年5月15日 (日)

第1回高橋尚子杯ぎふ清流マラソン

新年の抱負に従い、ひとまずハーフマラソンに挑戦。

高橋尚子の名を冠したこの大会は、第1回にも拘わらす、運営面でのそつのなさが印象的だった。
というより運営ボランティアがみな熱心で心がこもっているところがいい。
沿道には応援が切れることなく続き、ランナーを励ましてくれる。市を挙げてのおもてなしとも言うべき歓迎は、都会の大会では足下にも及ばない中都市の大会ならではの良さである。

圧巻は高橋尚子である。彼女が一緒に走ったのはもちろんだが、ゴール後は後からゴールするランナー全員とハイタッチの大サービスである。彼女は大会前日のサブイベントから出ずっぱりだったが(また、みんなを盛り上げるのがうまいんだな、彼女は)、一人一人の市民ランナーに対するこの気遣いには正直参った。

Qちゃんと言えば、市民ランナーにとっては雲の上の人。一般市民ランナーを対等に遇するその謙虚さと親身さに頭が下がる思いである。
人柄の良さが光った選手だとは思っていたが、また見直した。

この2週間、体調は低下気味で、先週末も10キロを走るのがやっとだった。

10年ぶりの記録はかつての記録より何と1時間以上も遅かった。
最後の5キロは実にキロ9分近くもかかる体たらくは、暑さのせいだけにはできぬ。

これでは制限時間2時間30分の揖斐川にも、犬山にも出られない。

しかし、今回は、まずは10年ぶりにハーフを完走できたこと、Qちゃんとハイタッチできたことで良しとしよう。

そうしなければ罰が当たるほど市民ランナーにとっては有り難いことなのである。

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2011年5月14日 (土)

ほんに腹の立つマスコミ

拙ブログをお読みいただいていれば、おわかりかと思いますが、このブログの半分は、つたないメディア批判です。

今の新聞の体たらくが、広告料に依存する経営によることは容易に理解できる。
と思って、社会実情データ図録を見たら、意外にも購読料が65%、広告収入が35%となっていた。

が、全国紙はもっと広告料収入の比率が高い可能性があるし、35%でも経営に苦しむ新聞各社には、死活問題であるという前提で言えば、スポンサーの悪口は絶対に書けない。

僕の30年の弁護士歴で言えば、最初の10年くらいは、たとえば消費者問題で、A社を訴えれば、A社は実名で報道されていた。

ところが、その後、提訴報道では、被告会社名が出されないようになった。

平成10年頃だと思うが、プロミスが、信用情報を悪用して、僕の依頼者Aさんの破産免責に異議を申し立ててきたことがあった。

消費者の個人破産は、最終的には、裁判所によって、支払義務を免除してもらうことを目的としている。

これにプロミスが異議を申し立てたのである。

同じ頃だと思うが、当時、プロミス名古屋支店にはFという、法律事務所の事務員がみな嫌っていた粘着質な社員がいた。

とにかく電話が長い、忙しい事務員が切ろうとしても、切らせない、電話を切ってもすぐにかけてくる。
こんな頃には、サラ金も法律事務所に対しては、相当、おとなしくなっていたのだが、プロミスのFは別格に煩わしい相手として有名だった。
と言って、とくにそれでプロミスに利益があったとも思われないのだから、Fが、どうして、そこまで粘ったのかよくわからないのではあるが。

で、そのプロミスが、Aさんの免責の段階に至って、異議を申し立てた。
「破産後に他の債権者に完済している。
不公平な弁済(偏頗弁済)は、免責不許可事由に該当する」

というのが理由だ。

これは、Aさんの債権者の1つであったB社が、「破産申立」と信用情報機関に届けるべきところを、間違って完済と届けてしまったミスだった。
これをプロミスは、偏頗弁済=免責不許可として持ち出したのだ。

B社は素直に非を認めて、信用情報期間への届を改めた。

ミスは誰にもあること、そのことで、僕は怒ったりはしない。

僕が、腹を立てたのは、貸金業法によって信用情報は、貸付に当たって返済能力を審査するという目的のためにのみ利用できるとされているのに、プロミスが、免責異議申立のために信用情報を調べて、免責異議を申し立てたことだ。
信用情報の目的外使用である。

素直に非を認めて謝れば、それですむ話だったが、担当がFだったかどうか、忘れたが、プロミスは開き直った対応をした。

納まらない僕は、信用情報の目的外使用は不法行為に当たるとして、プロミスに損害賠償金100万円の支払を求める裁判を提訴した。
(100万円にしたのは、90万円以下だと簡易裁判所の管轄になるので、地方裁判所に提訴したかったからだ)

個人情報の管理にやたらうるさくなった今だったら、違った展開になったと思うが、裁判は負けた。
プロミスの異議申立により特別に免責決定が遅れた訳ではないので、実害がなく、信用情報の利用に多少逸脱があったとしても、いまだ違法とまでは言えないというような変てこな理由だったと思う。

話がまた、長くなった。

問題は、裁判の結果より、裁判を提訴するに当たって、司法記者クラブで、説明会を行ったのに、これが、全く記事にならなかったことだ。
僕は、このテーマは、サラ金による信用情報の目的外使用という悪質なケースで、十分、ニュースバリューがあると思っていた。
説明での記者の反応も、上々で、手応えがあった。

何回か記者説明会をしていると、記者の反応で記事になるか、ならないか大体、雰囲気でわかる。
記事になるという手応えだったのだ。

ところが、記事にならなかった。
僕はそのことにショックを受けた。

サラ金は、新聞社にとって、大事なスポンサーだった。
だから、現場の記者がいくら熱心に記事を書いても、デスクで没にされたに違いない。

だから、僕の体験で言うと、平成10年頃には、新聞はスポンサーに完全に取り込まれていたという印象である。

おそらく平成の初め頃から、徐々に新聞の変質は始まり、変質しながら、完全に政府・財界の公報に成り下がったというのだろう。

こんなこともあった。
共産党が、政府の政策に反対して、5万人の集会を開いても、新聞には載らない。
一方、新左翼と呼ばれる人たちの少人数の抗議集会は記事になる。
という時期があったと思ったら、結局、誰が主宰しようと、集会もデモも記事にならなくなった。

どうしたって、腹が立つのは、現在の朝日新聞を初めとする新聞各社の中枢にいるのが、学生時代、散々、学生運動で体制批判をして暴れまくった連中の筈だということだ。

彼らの人生に一貫性はないのか。
政府・財界の公報に成り下がった新聞に、忸怩たる思いはないのか。

彼らにとって学生運動なんてのは、一時の気の迷い、せいぜいが暇つぶしの遊びだったということなのか。

思えば思うほど、腹の立つ話である。

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2011年5月13日 (金)

原発に発するぼんやりとした思い

言葉にならない思いの一部は、こんなことだ。

今回の震災で、自然の前に人間は無力だということをつくづく知らされた。

現代日本にあって、よもや死者・不明者を確定できないような災害が起きるとは想像もしていなかった。

地震や津波による犠牲は可能な限り、少なくするように努力するべきだ。そのことはその通りだ。

しかし、自然の猛威の前に、決して犠牲者はゼロにはなり得ない。

自然を支配して、犠牲を皆無にすることができると考えるならば、それは人間の思い上がりだろう。

基本的に人間は自然の前に無力だ。

近代以前、災害列島に住んできた人々は、そうした思いを連綿と受け継いできたはずだ。

自然に対するそうした謙虚さを踏まえれば、地震国日本にはおよそ原発は不向きなエネルギーであることは自明であろう。

このことは「エネルギー不足」という風評や流言飛語に惑わされなければ誰しも認めるところだろう。

日本では、どのように原子力発電の技術が進歩しようが、常に「想定外」の災害が起こり得る。原発の危険性は除去できない。

地震国だけの問題ではない。
原発の燃えかすである放射性廃棄物は、10万年の単位で管理されなければならない。
現にフィンランドが、10万年の間、放射性廃棄物を保管するために、海底に深さ500mの坑道を掘削して保管場所を作ろうとしている。完成は、2100年だという。

そして、10万年の間、密閉して保管するという。

何万年などという単位は、人知の及ぶ時間ではあり得ない。

人類最初の文明の発祥が紀元前4000年頃とされている。
たかだか人類が文明と呼ぶものを有するようになってから、6000年しか経過していないのだ。

原発の燃えかすは、人類が文明を有するようになってから現在までの時間の十数倍の時間、厳重に保管しなければならない。

そのようなことは、人知を超えている。

原子力発電の技術が容易に原子爆弾に転用可能なことを措いても、このような人知を超えるものに人間は手を出すべきではない。

自然に対して、謙虚でなければならないのと同様に、人知を超える時間を持った原子力に、人は謙虚であるべきだと思う。

僕は、十分な代替エネルギーが開発できるかどうかは、政策次第で容易なことだと考えている。

しかし、もしも、代替エネルギーでは、現在の生活水準を維持する電力が確保できないというのであれば、進んで過剰な部分をそぎ落とすべきである。

無駄と思われる部分はいくらも見つかる筈だ。なぜ便座は便座カバーではなく暖められていなければならいなのか、なぜウォシュレットでなければならないのか、なぜ24時間ずっとテレビが放送されていなければならないのか、なぜ至る所に自動販売機が置かれていなければならないのか、なぜくそ暑い夏も仕事から解放されてはいけないのか…

原子力に手を出さなければ、維持できない生活を確保しようとすることは、人間が身の丈に合わない欲望にとらわれていることを示すのに他ならない。

経済の最低限の目標は、人の衣食住を満たすことだ。
原発がなくとも、すでに経済は、十二分に人の衣食住を満たすレベルに達している。

必要なのは、経済の仕組みを人間の身の丈にあったものに変えていくことなのだろう。

我々は、自然や原子力ではなく、いったい何を恐れる必要があるというのだろうか。

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2011年5月12日 (木)

「夏の電力不足」は流言飛語 今日の中日新聞『特報』から

小さなデマには神経をとがらせて言論弾圧を目論む政府は、大きなデマは積極的に後押ししている。

今日も中日新聞が、すっぱ抜いた。
会員対象有料サイトになる「特報」欄なので、コピー掲載は遠慮して、まずはリードだけ。

中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の停止決定を機に、またぞろ東京電力の「電力不足キャンペーン」が始まった。中電による電力融通の打ち切りが理由のようだが、本紙の調べでは、被災した東電広野火力発電所(福島県広野町)が7月中旬にも全面復旧する見通しだ。そうなれば真夏のピーク時も電力は不足しない。国民を欺くような“情報操作”の裏には、なおも原発に固執する政府や電力会社の姿勢がかいま見える(佐藤圭)

東電によれば、今夏の需要電力はピーク時で5500万キロワット
同じく東電が4月15日に発表した電力供給力見通しは5200万キロワット(西日本の電力各社からの供給分100キロワットを含む)。
300万キロワット、不足する
これが「電量不足」「節電要請」の根拠となっている。

しかし、同紙の調べでは、7月中旬にも全面復旧する広野火力発電所の発電能力は、380万キロワット
これだけで、東電の電力供給能力はピーク予想の5500万キロワットをクリアしている

しかも、東電の電力供給見通しの計算では、揚水発電は400万キロワットしか計上していないが、東電管内の揚水発電能力は1050万キロワット。

浜岡原発の停止により、西日本から融通される100万キロワットが全くなくなると仮定したとしても、単純計算すれば、

5100万*1+380万*2+(1050万-400万)*3=6130万キロワット

  • *1 東電発表の供給能力から西日本からの供給100万キロワットを差し引いた。
  • *2 広野火力発電所の発電能力
  • *3 揚水発電能力(東電算入済の400万キロワットを控除)

6130万キロワット(発電能力)>5500万キロワット(ピーク需要)


となり、大幅に電力があまる計算になる。
中日新聞は、余剰電力は、東北電力に融通する余力さえあると指摘している。

広野火力発電や揚水発電の現状を東電は、意図的に隠蔽。
広野火力発電所は稼働できない状況だ。具体的な作業内容や復旧に関する今後の見通しについてはコメントできない」とするのが東電の立場だ。

西日本電力各社も足並みを揃えて、西日本から融通電力100万キロワットの内、中部電力の負担割合を明らかにすることを拒み、恰も100キロワット全て供給できなくなる印象を与えようとしている。

電力業界挙げて、電力供給の不安と危機を煽り、多くのメディアも歩調を合わせ、浜岡停止後は「東電再び電力不足も」「夏の電力全国で切迫」などと不安を煽っている。

政府も足並みを揃えて、節電キャンペーンに励み、「大規模停電」の危険に言及する。

こんなんでは、いくらエネルギー政策を「白紙に戻して」と言われても、原発推進を擁護しようとする姿勢が見え見えだ。

庶民の些細なネット上の流言飛語にはやたら、神経質な癖に、政財官挙げての流言飛語には、菅総理も積極的に加担するというわけだ。

こら、菅!、秘密を独り占めにして、庶民の流言飛語を取りしまることばかり楽しんでいないで、政財官の大規模な流言飛語を取り締まれ。

真に恐れるべき流言飛語は、常に官から流される。

関東大震災の際に起きた朝鮮人大量虐殺は、官が流した流言飛語が原因だったことを忘れてはいけない。

追伸 それにしても全国紙は情けない。中日新聞(東京新聞を含めて)は一地方紙に過ぎない。記者の給料にも歴然とした較差があるはずだ。有能なはずの記者を揃えていて、地方紙に分析力で負けていてどうするのか。政府・財界広報紙に成り下がって、未来があると思っているのか。    

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2011年5月11日 (水)

陰に隠れて何をこそこそしてる「サイバー犯罪法案」国会上程

秘密が好きなことは知っとったが、
ストーカー趣味もあるんかいな。
たーぎゃーに、しとかんとかんわ。

東日本大震災の対処に全力を挙げんならんときに、こっそりと何をやっとるかと思ったら、こんな、こわゃ~法律をひっそり国会上程しとった。

捜査当局が令状なしに、ちゅうことは何の容疑がなくとも、この人の動向を抑えたいと思えば、通信事業者やプロバイダーに60日間の通信履歴の保全を求めることができるようにするっつうではないか。

通信の内容は通信の秘密に関わる憲法問題になるが、誰が誰に通信したかというのは通信の秘密に入らんちゅう見解だそうだ。

そんな理屈があるかいな。
誰に連絡したかっちゅうことも、関係ない警察なんかには知られたくないわ。
あんたら、やたら隠し事が大好きなことはわかっとった。
今度は赤の他人の秘密もしっかり握っときたゃーちゅー訳だ。

原案になった法案は、世論の反対によって廃案になった共謀罪法案だげな。

東京新聞「特報」がすっぱ抜いた。

有料会員サービス配信になっているので、
残念ながらコピーを貼り付けることができません。

震災で弾みつけるサイバー犯罪法案 通信の秘密危機

2011年4月21日

 先月十一日。東日本大震災が発生する直前に「サイバー犯罪法案」(別称・コンピューター監視法案)と総称される刑法などの改正法案が閣議決定され た。法案には、憲法が守る「通信の秘密」を侵しかねない内容が含まれている。十分な論議が必要なはずだが、今月一日には原発事故に世間が騒然とする中、国 会に上程されてしまった。震災がらみのネット上でのデマ騒動も、法案を後押ししているように映る。 (中山洋子)

ちなみに中日新聞の方の大見出しは
「大震災の陰で…ネット規制 ひっそり進行」
東日本大震災で、国民的議論ができない間隙を突いて、共謀罪法案の骨子を、まずは小さく産もうという算段だそうだ。

戦前の治安維持法も小さく産まれて、大きく育ったげな。

法務省サイト

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2011年5月10日 (火)

浜岡原発停止はパフォーマンスに過ぎない

6日に菅総理が、浜岡原発の停止を要請してからの推移を、言葉にならないぼんやりした思いを抱えながら、じっと見ている。

防潮堤が完成するまでの休止であるということに、まずひっかかりを覚えた。
津波対策をすれば、再開してよいというのである。
津波対策として現在予定されている防潮堤が十分なのかという問題はむろんある。

しかし、それ以上にひっかかりを覚えたのは、福島第一原発の事故がもっぱら津波によって引き起こされたという前提で話が進んでいる点である。

福島第一原発の1号機から3号機の圧力容器が損傷していることは東電も認めている。
このため、冷却水を注入するはたから漏水を繰り返している。
現在の困難な事態の最も重要な要因が圧力容器の損傷に発していると言ってもよいだろう。

そして、どうも損傷した圧力容器を修復する方法はないようである。

この圧力容器の損傷が、津波ではなく、地震で起きた可能性は否定できまい。

津波にばかり目がいき、地震による被害が意識されにくいのが今回の震災の特徴でもあるが、外部電源喪失は、津波ではなく、地震によって引き起こされたことはすでに国会において明らかにされている(赤旗4月30日)。

いずれにしろ事故原因の究明を待たずに、浜岡原発の停止をもっぱら津波対策に求めた判断には合理性がない。

浜岡原発の最大の特徴は、想定される東海地震の震源域の真上にあること、そして、地盤がもろく、敷地内にも建屋を横断する断層も含め、いくつもの断層が見つかっていることである。
東海地震では敷地の隆起もあり得ることが指摘されている。
原子炉建屋とタービン建屋との間で、あるいはそれぞれの建屋内で、段差が生じる可能性も否定できない。
原発は配管の巣のような構造物である。
構造物の間に段差ができれば、配管の断裂は避けられないだろう。
損傷によって、いったん漏れだした放射線を閉じこめることが如何に困難かは、今回の福島の事故で十分すぎるほど知らされた。

最大の問題は、損傷箇所に近づくことができないことにある。

防潮堤の建設のみを条件として停止を求めた菅総理の要請は、合理性がなく、あくまでも「安心らしさ」を演出するためのパフォーマンスでしかない。

それでも1歩ではある。
今後の方向性として、どちらを向くのかを見ていたが、日が経つほど、総理を含む政府の姿勢は、従来のエネルギー政策=原発推進政策を前提にしていることが明瞭になってきた。
テレビメディアは、大半がこれに追随。過度に電力不足の不安を煽る報道が目につく。流言飛語である。
新聞論調はやや割れているといったところだろうか。

中部電力には、企業として期待をしたい。
中部電力は、原発依存度が最も低く、原子力政策では最も遅れを取った恰好になっている。
早い段階で、浜岡原発による発電に着手しながら、相対的に原子力発電に頼らないできたのが、なぜかはわからない。
しかし、もしエネルギー政策転換という方針を出すのなら、一気にトップランナーになりうる立場にあることも事実だからだ。

支援策を求めるなら、国に対して、大胆なエネルギー政策の転換を求めるくらいの度量を持って欲しい。

いつでも環境を守るために求められる技術には、難癖が付けられてきた。
自動車の排ガス規制には自動車業界が挙げて抵抗した。
しかし、政策がきまれば、見事にクリアする技術ができた。

硫黄酸化物が大気汚染の公害の原因とされたときには、工場は燃焼温度を上げることによって、その減少を図ったが、他方で、高温燃焼には窒素酸化物という別の有害物質を排出することになるという背理が生じたが、脱硝装置の開発で見事にクリアした。

太陽光、風力、地熱、いずれもケチを付けられている。
しかし、必要があり、開発に必要な投資がなされるならば、適切な対処は可能であると思われる。
地熱については、富士電機や三菱重工がすでに技術を確立している。

他の発電手段に、さまざまに難癖がつけられているが、原発こそ、事故の影響が極めて広範囲に及び、暴走すると制御することが容易ではなく、使用済み核燃料が何万年の単位で人類や他の生物を脅かすという問題に回答が出ていない技術である。
出口のない技術というほかない。

官僚の天下り団体である原子力環境整備促進・資金管理センターには、3兆円のプールがある。
この資金が、新技術開発に向けられるなら、原発より、はるかに生産的な技術がもたらされるに違いないのだ。

政府は、一時の思いつきによる中途半端な停止ではなく、毅然として、脱原発の新エネルギー政策を打ち出すべきである。

実は、浜岡原発の停止や脱原発については、もう少しぼんやりしたことに思いはあった。
しかし、今は、まだ文章にならないようである。

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2011年5月 3日 (火)

小佐古参与会見中止 政府圧力で

資料を揃えて改めて詳しい会見をするとしていた小佐古氏が官邸の圧力で、急遽2日の会見をキャンセルした。

中日新聞の会見中止の記事を見て、一遍に目が覚めた。
正直者の僕は、政府がそこまでやるかと、不覚にも驚いた。
全国紙では、少なくとも目立つスペースには取り上げる可能性は低いと思うので、以下に記事を張り付けておく。

 *クリックした上、拡大してお読みください。

Photo_2


 

空本議員によれば、官邸事務方から「『老婆心ながら、守秘義務がありますから』と言われ、来られなくなった」とのこと。
一方、こだまになぞらえられた枝野官房長官は、このときとばかりこだまをやめて「(政府の対応は)正義に反していることはないと確信している。何か誤解があるのではないか。」とし、小佐古氏は必ずしも被曝線量の厳格化論者ではないとも強調した。
他方、細野首相補佐官は、「一定の守秘義務はあるが、学問的見地からお考えになることは自由が認められている」として、圧力を否定。

産経新聞によれば、斑目原子力安全委員会委員長は「正直に言って小佐古氏が何に憤慨しているのかわからない」

小佐古氏の口を封じた上、言いたい放題である。
卑怯というほかない。

小佐古氏は、もともと原発訴訟では、国側の証人に立ち、原告らの症状は被曝によるものではないとの趣旨の証言を繰り返し、政府の原爆症認定基準の正当性を主張してきた。

そして、国は、悉く敗訴してきた。

小佐古氏は、もとより被曝線量厳格化論者ではない。
だからこそ、その小佐古氏までが抗議の辞任に及ぶ政府の被曝管理は極めて危うい。

小佐古氏にも求めたい。
あの涙と、「自分の子どもだったら」という言葉が真実ならば、資料を揃えた会見をなすべきである。
それを小佐古氏の責任であると主張したテレビメディアもあった(どちらかという小佐古氏に対する批判的スタンスからだったが)。
被曝線量のデータそのものに「秘密」などあり得ない。

国民の健康と生命に直結するデータについて、何よりも強く知る権利が保障されなければならない。政府が秘匿することは断じて許されることではない。

堂々と、会見すべきである。
政治から独立した学問の自由を守るのかどうか国民の知る権利に答えるかどうかが、今や自身の選択にかかっている重大事であることを自覚してもらいたい。

菅政権は、その出自から秘密によって成り立ってきた。
小沢一郎氏の強制起訴を決定した東京第5検察審査会の審査経過は、審査員の人選・審査の経過に対する疑問が数多く指摘されながら、未だに全てが謎のままである。
こうした疑問は、菅政権の正統性そのものに対する疑惑にまで行き着く。

尖閣諸島沖中国漁船衝突事件のときは、ごく限られた議員に、ほんの数分のビデオを上映することで、幕引きを図ろうとした。
ビデオが流出するや、仙谷官房長官は、秘密保全法の必要性に言及した。

原発事故については、民間も含めて広く叡智を集めるべきところ、大半のデータを秘匿したままである。

学会に対しては、独自の予測シミュレーションの発表すら自粛するように求めている節がある。学問の自由の侵害である。

データを秘匿したまま、唐突に警戒区域発動などの強権だけを発動して、移転・居住の自由、住民の財産権を侵害した。

流言飛語の削除要請は、ネット上の言論に警察が介入する絶好の口実を与えている。

そして、今、政権の下で、秘密保全法の検討が開始されている。

今回の小佐古氏に対する口封じは、菅政権の隠蔽体質が国民の生命に関わる場面においてすら変わらないことを示してあまりある。

知る権利や学問の自由、表現の自由は、戦後最大の危機に立たされていると言ってもよいだろう。

秘密を弄び、強権の発動に熱心な権力は、通常、独裁政権と呼ばれる。

このような政権が国難の時期を弄ぶことは一国の不幸であり、今後に大きな禍根を残す。

菅政権の即時退陣を求める。

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2011年5月 2日 (月)

トモダチ作戦の実相 今日の中日新聞社説から

『トモダチ作戦』には、名前からして違和感があった。

アメリカで浦沢直樹の『20世紀少年』が読まれていたら、きっとこんなネーミングはしなかったろう。
マンガの中での「ともだち」は世界征服・世界滅亡を目指す巨大で不気味な悪の新興宗教集団。
「トモダチ」となれば、ひらがなより距離感が強調されるだけに受けるイメージは、いっそう、薄気味悪い。

そんな「トモダチ」の真意を今日の中日新聞の社説が、鋭く突いている。

「トモダチ作戦」に込められた徹底したアメリカの国益追求の姿勢と、日本にとって、あまりにも合わない帳尻勘定。

全国紙ではおそらくこんな社説は書けないに違いない。
標題は柔らかいが、中身は辛辣である。

日米を真のトモダチに 大震災と米軍支援」(5月2日)

毎年決定されていた思いやり予算を5年分一括して決定することになった背景には、漸減傾向にあった思いやり予算を2010年実績の1881億円で固定化する狙いがあった。

菅政権はこれを丸呑みした。

大震災、津波、原発事故の未曾有の国難も「トモダチ」には通じなかったということだ。


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