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2011年5月26日 (木)

日照事件について

僕は日照事件に造詣が深い。
というか、日照事件は、ごく限られた類型を除いて、まず絶対に勝てないため、ごくごく少数の弁護士しか手を付けないので、相対的に造詣が深くなるのである。

とにかく裁判所はひどい。
日照事件となると、どこかからコピペしてきたかと思うような類型的な判決や決定で被害者の訴えを退けることが定着している。

日照問題は、実は市民にとって、最も身近な事件のはずである。
しかも紛争当事者となる被害者には責められるべき点などほとんどない。
ある日、目の前に巨大なマンション計画が持ち上がり、なすすべもなく押し切られ生活環境が破壊される場合がほとんどである。
それなのに、決して裁判所は被害者を救済しようとはしない。

裁判所が唯一のよすがとしているのは、実質的には建築基準法だけである。
そして建築基準法は、もっぱら建築業界の意向で作られ、業界に都合のよいように緩和が重ねられている。
被害に合うかもしれない一般市民の意見などどこにも反映されていないのだ。

建築基準法を唯一のよすがとする裁判所は、結果的に業界利益の擁護者と化していると言ってよい。

建築学会にも、そんな現状に疑問を持っている学者がいることを知り、先日、埼玉県まで、相談に行ってきた。

上野から東北本線に乗り、車窓の風景を眺めていると、東京から埼玉に入った途端、景色が一変するのがわかった。

それまで高密で、過密な建物の状態が、東京を出ると一変して開放感のある風景に変わるのである。

いうまでもないが、都心から突然、埼玉に入るわけではない。

東京の赤羽のはずれから、埼玉のどちらかといえば、都市部に入っているのである。

建築基準法の、とにかく高密度の建物が建てられるようにしようとする、あの緩すぎる規制が、東京の都合で決められていることを実感した。

東京の基準で、名古屋を規律されてはたまらない。
なのに、東京基準で、名古屋の日照裁判も判断されている。
しかし、いくら東京基準を押しつけても、名古屋は決して東京のように高密都市にはなりようがない。
そんなポテンシャルはないのである。

裁判所も、きちんと、地方都市の実情、そして被害者の居住地の実情を見極めて判断をするべきだ。

実情を見れば、建築基準法(都市計画法)の用途地域が、絵空事に過ぎないことは、すぐにわかるはずだ。

実情を見極めれば、個別的な被害の実情に沿った適切な個別的な解決ができるにちがいないのだ。

しかし、裁判所は最初から、これを放棄してしまっている。

思考停止である。

民事の裁判官は、刑事の裁判官に比べれば、はるかに評価できることが多くあると僕は思っている。
しかし、日照事件の判で押したような判決だけはいただけない。

思慮の深さや洞察の全く感じられない判決や決定は、裁判官の仕事としては、安易きわまりない。

裁判所が間違っていると思うから、僕は負けても負けても、依頼があり、言い分には理があると考えられる限り、裁判所の門を叩き続けている。

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