この時代を自由に生きるということ
離婚弁護士の僕には、3人の子がある。
いずれも成人している。
まだ、養育費を支払っているのは一番下の子だけだが、3人が3人そろって、自分のやりたいことに忠実であろうとして、安定した生活に入ろうとしてくれないのが心配の種だ。
ほぼ口を揃えて言われるのは、
「お母さんとお父さんの子だから」とか
「遺伝だから、仕方がないわ」
である。
確かに、母親も父親も好きなことをして生きてきた。
とくに安定ということを求めた覚えもない。
よくぞ言ってくれた、親の姿を見て育ってくれたという嬉しい思いと、
食べていくだけならどうでもなった時代と
リーマンショック後、東日本大震災後の今は違うぞという身勝手な思いが交錯する。
先日、親しい同年配の女性弁護士と裁判所で出会った。すれ違いざまの会話で僕が不満をこぼしたら、彼女の子どもも、自分探しのさすらい状態だそうな。
うん、子どもがそうなることは、母親を見れば、納得できる。
それにしてもと、僕が「食っていくだけならどうにもなった時代とは違うから」とこぼすと、
彼女は「何になれば、安定しているという時代でもないから」と返してきた。
彼女の言い方の方が同じ事を言っていても前向きなのだろうな。
何になっても、安定が約束されない時代だからこそ、自由に自分の信じる道を生きることが大切なんだろう。
親の心配はつきないが、できるだけの応援はするから、せめて健康でたくましくあれ、よ。
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