この時代を自由に生きるということ2
6月17日の拙ブログで、3人の子どもの生活がいまだに安定しない一件に触れた。
なんだかんだ言って、結局、
「何になっても、安定が約束されない時代だからこそ、自由に自分の信じる道を生きることが大切なんだろう。」
と結論した。
自分のことになると客観的に見えないが、実は、この時代の閉塞感に多少なりともひびを入れるとしたら、安定を志向しないこうした層が一定程度出てくる必要があるのではないかと思うようになった。
僕がしばしばコングロマリットと呼んでいるのは、経済的な意味の企業結合ではなく、政府・官僚・財界・マスコミ・アメリカ、そしてときに学会が固く結束して一定の方向を志向し、問題を歪ませてしまうがゆえの閉塞感を指している。
脱原発の問題を考えればわかるように、あらゆる問題の解決が、このコングロマリットのために阻まれてしまうのだ。
裁判員裁判を含む司法改革に一貫して反対してきた僕に言わせれば、司法改革と称する弁護士ばらまき増員政策もそうだ。
有能で心ある若者が、仮に官僚や大企業やマスコミを志向するとすれば、結果として、このコングロマリットを強化し、延命に力を貸すことになるだろう。
うちの子どもたちを有能とは言わないが、そこそこの能力を持って志ある生き方を目指した方が、社会全体としては、コングロマリットから離脱した生き方の選択肢が増えていくだろう。
正面からコングロマリットに挑まないにしても、コングロマリットの弱体化の一助には確実になる。
あえて「不安定志向」と呼ぶならば、この「不安定志向」な若者の一群は、時代の必然が生んだグループなのかもしれない。
10年先になるか、20年先になるか、その頃、彼らの苦闘が何かしらの意味をもたらす時代がくるのかもしれない。
親としての心配には目をつむり、子どもらの選択を、見守り、応援していきたい気分になった。
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