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2011年8月の5件の記事

2011年8月26日 (金)

とりとめない雑感 民主党党首選と市場原理主義

2005年、ハリケーン・カトリーナがアメリカを襲ったとき、
アメリカという国が国内に第三世界を抱えていることを、そして、
国内の第三世界の犠牲の上に繁栄を築いていることに初めて気づいた。

今ではアメリカの貧困率が極めて高いことは当たり前のことのようでも、
ほんの数年前、洪水に襲われ、逃げまどう人々と、一向に復旧が進まない町の様子を見て、覇権国アメリカのこととは信じられず、衝撃的だった。

同じように、東日本大震災は、日本の地方が、第三世界化していることを感じさせる。
日本も、国内に第三世界化した地域を作りながら、その犠牲の上に繁栄を築いているように見えるというと言い過ぎになるのだろうか。

夏までにがれき処理ができなければ、蠅が蔓延し、病気が流行する心配がありながら、夏が終わろうとする今でも、がれきの処理は半分も進んでいないのではないだろうか。

がれきの未処理に、財政の逼迫は言い訳に過ぎないだろう。

仮に、これが東京であれば、半年にわたってがれきを放置するという事態など絶対にあり得ない。

東北だから、がれきが放置され続けるのだ。

この国も、また地方を犠牲にし、第三世界化しながら、歪んだ繁栄を目指そうとしている。



民主党の党首選が始まる。

2年前、民主党に投票した多くの有権者の願いには市場原理主義からの脱却もあったはずだ。

しかし、最近では格差社会と言う言葉も滅多に聞かれなくなった。

民主党から市場原理主義の克服の声を聞くこともなくなった。
熱意も感じられない。

おそらく、民主党も市場原理主義推進政党になったのだろう。

政策論争がないので、それぞれの候補者がどのような政策を実行しようとしているのか、さっぱりわからない。

しかし、党首選の結果は、結局、市場原理主義をさらに勢いづかせそうな気がする。

そうして、この国の地方は、さらに第三世界に近づいていく。


いやな気分である。

本当にいやな気分である。


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2011年8月13日 (土)

東電OL事件の照らす闇  途上国を見る目

この事件は、刑事裁判としても異例の経過をたどった。

3年の審理の後、東京地裁が無罪判決を下したのが2000年4月14日。
東京高裁が、一審判決を覆して無期懲役を言い渡したのが同じ年の12月22日。

高裁の初公判は8月24日。
高裁は、わずか4か月で、無罪判決を覆して無期懲役判決を下した。


この間に、一種、超法規的ともいえる事態が起きた。

無罪になれば、勾留状は効力を失う。

したがって、被告人は直ちに釈放される。


身体の自由は最も基本的な人権であるから、無罪になれば、速やかに身体の自由が回復されなければならない。

ところが、検察は、執拗に再勾留を地裁に、そして高裁に申し立てた。

無罪判決を受けた被告を、独自の審理もしないまま、高裁が再勾留するのは無罪判決の意義を失わせる。

1審の無罪判決を覆して、有罪判決をするとしても、有罪判決を下す前に高裁が再勾留した事件など、後にも先にもこの事件だけのはずだ。

ゴビンダは不法滞在の状態にあったため、再勾留しないと、強制送還され、場合によっては審理に支障が生じるかもしれないという事情はあった。

しかし、これは刑事訴訟手続と出入国管理法の間に調整規定がないということから当然に想定されることであり、法の整備によって解決されるべき問題である。

地裁の無罪判決は、少なくとも高裁の審理によって、被告の有罪が確実視されるまでは尊重されなければならないだろう。



検察が再勾留を請求すると報道されたとき、
そんなことにはならない、そんなことになっていいはずはないと思っていた。
案の定、再勾留の請求は地裁で却下され、高裁で一度は却下された。

しかし、結局、3回目の再勾留請求を東京高裁第4刑事部は認めた。

再勾留をするということは、無罪判決を受けたゴビンダ被告に審理もしないまま「罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」があると認めたことに他ならない。

再勾留の決定を東京高裁第4刑事部は、地裁から刑事記録が送られたわずか1週間後に下した。

そして、同じ第4刑事部が、わずかな審理で、ゴビンダ被告に逆転有罪判決を下したのだ。


最初から予断をもっって臨んだ裁判所によって、ゴビンダ被告は無期懲役とされたのだ。



ゴビンダが、西洋人であったなら、果たして、無罪判決直後に再勾留とするという決定を裁判所がしたか。

たとえば、アメリカ人だったら、たとえばフランス人だったら、無罪判決を受けた被告を再勾留すれば、当該国政府から抗議を受け、外交問題・国際問題に発展しかねないことを裁判所も想像しただろう。

しかし、ネパール人であるゴビンダには易々と再勾留の決定を下した。

この点を佐野真一氏は「東電OL症候群」において鋭く突いている。

無罪判決直後の再勾留にも、ネパール政府は、最後まで沈黙を守った。

日本のODAに頼っているネパール政府は、決して抗議できる立場になかった、と。


日本人が外国で無罪判決を受けたとする。

にも拘わらず釈放されず、勾留されたとする。

当然、国民世論がわき上がり、政府も、抗議せざるを得ない事態に追い込まれるだろう。


ネパール人だからこそ、敢えて再勾留をすることができたのだ。

この事件は、日本人の途上国に対する根深い差別意識も浮き彫りにしている。

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2011年8月12日 (金)

東電OL事件が照らす闇  誘導された?虚偽供述

体内精液の扱いは、考え出すと奇妙というより、奇怪で、理由がつかない感じだ。

ゴビンダ受刑囚を有罪とした有力な物証は、現場の部屋の便器に捨てられたコンドームの中の精液だ。

体内精液よりかなり間接的な物証だ。

しかも、この精液が、犯行日のものであると断定するのに判決は、かなり無理をしている。
精液の劣化の程度から犯行日より10日以上以前のものだとする弁護側の主張は、説得力がある。


より直接に犯人に結びつきそうな体内精液を捨てて便器に捨てられたコンドームの中の精液をなぜ重要視したのか。


検察は、敢えて、体内精液は、アリバイの明確ななじみ客のものだと断定して、体内精液から目をそらさせ、証明力の微弱な便器のコンドーム内にある古びた精液に目を向けさせた。

部外者にはわからない部分に入ってしまうが、なじみ客が被害者の体内に射精したと供述していたと仮定しない限り、体内精液を物証から捨てる決めつけは成り立たなかったはずだ。

きっと、なじみ客の虚偽供述がある。



それを窺わせる記述が、わずかに1審判決に残されていた。

「まず、本件死体の膣内から、精子とO型の血液型物質が検出されており、精子の残留は微量であったと認められるところ(甲五・一八二の鑑定書)、右微量の残留精子については、前記Aは被害者とコンドームを使用せずに性交しており、Aの血液型がO型であることからして(甲九の鑑定書)、膣内に残留した精子はAに由来するものと考えられる。」


このAが、犯行時刻の約2時間前に被害者と別れたなじみ客である。




それにしても、なじみ客が自ら進んで被害者体内に直接射精したとの虚偽供述をする動機は考えにくい。


警察・検察が虚偽供述を誘導した?

意図的に最有力の証拠である体内精液の主をねじ曲げた。

なぜ、何のために?


考え出せば、闇は広がるばかりだ。

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2011年8月10日 (水)

東電OL事件の照らす闇 捜査の奇妙

今回の再審関連報道は、被害者の体内の精液のDNAがゴビンダ受刑囚と一致しないことを発端とするものだった。

ところが、被害者の体内に残された精液がゴビンダ受刑囚のものではないことは、裁判では当然の前提とされていた。

この精液は、犯行推定時刻の2時間前に別れたなじみ客の精液とみなされて、審理が進められていたからだ。

だから、このなじみ客のDNAと一致しないとなって初めて問題が発生する構造だった。

マスコミがこの構造を理解していたかわからない。

かなり経ってから、このなじみ客のDNAとも異なる精液であることを伝える報道があった。

こうなれば、はっきりと、未知の第三者の精液が被害者の体内から出、これと同じDNAの体毛が現場に落ちていたということである。

検察が有罪の構図は揺らがないといくら力説しても、説得力を持たない。


本来ゴビンダ受刑囚の無罪を窺わせる数々の証拠がある。

しかしこれらを無視したとしても、現場で、東電OLと性交に及んだのはゴビンダ受刑囚か、第三者か五分五分にしかならないというのが理屈だ。

そして、5分5分は、それだけで無罪である。

これでなぜ有罪の構図が崩れないのか。

東京高裁の有罪判決は、現場にゴビンダ以外の第三者が介在する余地はないとまで断言したのだ。
だからこそ有罪判決なのだ。

それにしても、便器に捨てられていたコンドームの中の精液についてはDNA鑑定を実施し、ゴビンダ被告のものであることが特定されていた。

なぜ、検察は、被害者体内の精液のDNAを鑑定せずに、殺害の2時間ほど前に別れたなじみ客のものと断定したのか。

なじみ客がコンドームを使用しなかったと供述した場合以外に、体内の精液をなじみ客のものと安易に断定する根拠は考えられない。
しかし、果たしてそのような供述が存在したのか。

部外者からは、全くわからない。
しかし、もし万一そうならば、被害者の体内の精液は混合されていなければ理屈が合わなくなる。

しかし、体内の精液は混合などされていない。
なじみ客はコンドームを使用し、未知の第三者がコンドームを使用しなかったとしか考えられない。

なじみ客を聴取すれば、コンドームを使用したと答えたはずだ。

ただそれだけの労をとることを捜査官は怠った。


これほどに基礎的な供述をなぜ固めていなかったのか、捜査の杜撰と言ってすませるだけでよいのか。

あらかじめ界隈のネパール人が犯人だと決めつけて、捜査を進めたのではないか。


あるいは、なじみ客には、コンドームを使わなかったと敢えて虚偽の供述をさせたのか。

そうして、なじみ客の精液と決めつけることで、体内精液から目をそらさせ、DNAを調べず、全く別人の精液が出ることを隠蔽したのか。

そうでなければ、今頃になって、体内精液のDNAを鑑定した結果、なじみ客のものとは別だったなどという間抜けた結論になる理由がわかならい。


見込捜査、もっと言えば、ねらい打ち捜査の恐ろしさである。


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2011年8月 9日 (火)

東電OL事件が照らす闇

原発事故で、政・官・財・学そしてマスコミの癒着の構造があらわにされた今、東電OL殺人事件のゴビンダ受刑囚の再審申立に前進があったことが報じられている。

東電OL事件は、実に奇妙な事件だった。
東電に勤務するエリートOLが、勤務後、夜ごと、渋谷の街角に立って、4人の客を取ることをノルマとして売春を繰り返していた。

風俗関係としても最底ランクの街娼を、彼女は敢えてやっていた。

殺人事件当時、トップになり得ないエリートの屈折が、彼女を、この奇妙な行為に走らせたという見方もあったと思う。

フクシマ後から振り返る、僕の夢想は勝手にふくらむ。
彼女の行為は、東電を取り巻く歪んだ癒着の構造に対する復讐だったのではないか。

彼女の目には、東電の中から、官僚や政治家、学者、そしてマスコミとの癒着の醜悪さが、見えていたかもしれない。

それは、彼女が繰り返した街角に立つ売春の腐臭以上の腐臭を漂わせていたに違いないのだ。

彼女は自ら東電OLである身分をさらして売春をしていた。
東電を名乗って街娼をすることが、東電の腐食と、東電のエリートである自分に対する復讐だったのではないか。


何をありもしないことを…

しかし、企業の腐臭を感じる繊細が彼女になかったと、誰が断言できるだろう。

現に東電は、当時から完全に腐食していたのだから。

彼女の体内に残された精液がゴビンダのDNAと一致しないという報道に接し、その意味するところを確認するために改めて佐野真一氏の著作を読み返した。

癒着の腐臭は当時から、マスコミにも漂っていたことを、知った。

東京地裁の無罪判決のときも、これを覆し無期懲役を宣告した東京高裁判決のときも、朝日新聞には『東電』の文字はどこにもなかった。
1審無罪判決のときは、「渋谷・OL殺害」、
高裁判決のときは「女性会社員殺害事件」との見出しで、
本文には、「電力会社の女性社員」とあるだけだ。

他紙がこぞって、「東電OL]、「東電女性社員」と報じる中、朝日新聞だけが決して「東電」とは書かなかった。
その姿勢は、際だっていた。

他紙が、ニュース記事だけでなく2000字クラスの解説記事を載せる中、朝日新聞は、わずか946字(東京地裁)、655字(東京高裁)の記事を一本載せただけだった。

できるだけ目を引かぬよう、そして、東電の社員が街娼をしていたなどという恥ずべきことは絶対に知られぬようにとの気の遣いようなのだ。

2000年にすでに、「『東電』OL」と報じることができなかった朝日新聞は東電に絡め取られて深い闇の中で腐臭を放っていたのだ。

この腐食は、彼女の比ではない。

この事件は、実は司法の腐臭を見せつけた事件でもあった。

彼女の街娼行為は、さまざまな社会の腐臭をあぶり出して見せたのだ。




どの事件でも、再審が光りを浴びるまでには、弁護団の誰も知らない気の遠くなるような地道な努力の積み重ねがある。
弁護団の努力に心から敬意を表する。
そして、一刻も早く再審開始決定が、出されることを心から願う。

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以下、新聞横断検索で拾った各紙の文字・記事数

朝日 1審 946字
    2審 655字

読売 1審 603字
      2828字
    2審1294字
      2107字

毎日 1審 900字
      1245字
      1317字
   2審1025字
      2233字
      1957字

ほぼ全紙が東電OL殺人(殺害)事件と呼称している。

朝日も今回の再審の動きを報じるときは東電OLの文字を使った。
なぜ、何が変わったから「電力会社の女性社員」でなくなったのか、何の説明もされない。


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