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2011年12月20日 (火)

金正日氏死亡とメディアなど

金正日氏死去を伝える今朝のNHKニュース。

街の声から
「(金正日は)拉致をした人でしょう。」
などという意見を
そのまま放映していたのは、
NHKの見識を疑う。

ほぼ全ての拉致事件は、
金正日が総書記になる前の事件だろう。

金日成の時代であっても、
金正日が拉致を実行したという
暗黙の前提があるのだろうが、
そんな証拠は、どこにあるのだろうか。

NHKが、
ドキュメントを初めとして
今となっては、
突出した実績のある
放送局であることを認める。
何と言っても、NHKには
予算と優れた人材が圧倒的である。

それだけに天下のNHKが、
根拠のない風説を垂れ流すのはいただけない。

拉致は、金日成総書記の時代に行われた。
当時の韓国は、北朝鮮に劣らず、
軍事独裁の支配する国だった。
朴正煕政権が
金大中を白昼東京から拉致するという
事件が起きるのは1971年。
全斗煥の軍隊が自国民を殺戮するという
悲惨な事件(光州事件)が起きたのは、
1980年だ。
1987年に軍事独裁は打倒されたものの
金大中政権の誕生まで
軍部の影はつきまとっていた。
拉致は、こうした南北緊張下で起きている。


NHKのニュースは次のようなやりとりで終わった。

北朝鮮が不安定化する可能性を受けて
関係諸国の協力した対応が必要とする
解説委員の解説を受けて、

アナウンサーが概要、
「アメリカが真剣に中国に対して、
北朝鮮の安定化に
向けた努力を
促すことが期待されますね」
らしきことを言った。

これに対し、解説委員が、
思わず(と思う)、
「しかし、北朝鮮問題は、
アメリカの政策として、
優先順位が高くありませんから…」
と返した。

僕は、思わず笑ってしまった。

おいおい、北朝鮮の脅威に備えるため
日米同盟が大切だ
日米同盟こそ基軸だと
散々、吹きまくって、
アメリカこそ日本を守ってくれると
国民を信じ込ませたのは、
どこのどいつだ?

そのお陰で
大震災の直後に
減少傾向にあった思いやり予算を
5年間固定化して
合計1兆8000億円の
支出をすることを約束する
法律があっさり国会を通過したのだ。

今になって、アメリカにとって、
北朝鮮問題の優先順位は低いなんて、
あんまりじゃないの?

-----------
金正日の急死を受けて、
北朝鮮が民主化に向かう可能性がある
という専門家もいるようだ。
僕は、素直にそうは思えない。

誰が指導者になっても、
軍という大きな利権団体を
抱えてしまった北朝鮮は
軍の意向を無視できまい。

本当の権力が
どこにあるかという問題では、
民主党政権になっても
結局、官僚支配に戻る日本と
同じだ。
大きくなりすぎた官僚組織は
政権が代わったくらいでは
揺らがなかった。

僕は、軍の暴走を危惧する意見に
どちらかと言えば
リアリティを感じる。


巷に流れてきた金正日観は
改めて、問い直されるべきではないかと思う。

韓国国内には、金正日は
北朝鮮の中では、
穏健だとする見方もあった。

大きな事実を客観的に見る限り、
金正日は、日朝国交正常化に
踏み出すための
最初の譲歩をした
指導者であったことは
間違いない。

2002年9月の日朝平壌宣言に伴い、
北朝鮮は、日本側の要求に対して、
拉致の事実を初めて公に認めた。
その後、
拉致被害者の一時帰国にも応じた。

拉致事実を北朝鮮が認めたとき、
僕は、「8名死亡」という発表に、
当局によって殺害されたという
直感にとらわれ、
暗澹たる思いになった。

洗脳されず、
洗脳された振りもできない
拉致被害者は、北朝鮮にとっては、
お荷物以外の何物でもないのだから、
殺害されたと感じたのだ。

それほど、
このときの発表は
僕には衝撃的だった。

しかし、当時の世論調査は、
日朝平壌宣言を評価するとして
拉致被害を踏まえても、
なお小泉外交の成果として
好意的に受け止めていた。

ねじれが生じるのは、
一時帰国した拉致被害者を
日本政府が北朝鮮に帰さないと
決定する過程からだ。

強硬策に転じた日本政府がもたらしたのは、
被害者家族の帰国を除き、
10年近くにわたる降着状態だ。

さすがに10年間もの空白があれば、
日本外交の失敗との評価を下すのに
十分な時間が経ったというべきだろう。

一時帰国には応じたわ、
一方的に帰さないと言われたわでは、
金正日といえども、
国内の強硬派から弱腰外交との
突き上げをくらうことは
目に見えていたはずだ。

日本政府も、
それくらいのことはわかっていただろう。

しかし、敢えて、拉致被害者を戻さないという
選択を行った。

一時帰国を手がかりにして
一つ一つステップを踏んでいくという
当たり前の経過をたどっていれば、
今頃、どうなっただろうと考えるのは
僕の独りよがりだろうか。

なぜ、日本政府が、
和解の姿勢を覆して、突然、
強硬策に転じたかを考えると、
陰謀論の好きな僕は、
アメリカの影を感じずにはいられない。

アメリカの頭越しに
日朝関係が改善されることを
アメリカが望まなかっただろう。

ブッシュジュニアが
悪の枢軸と名指しした
当の北朝鮮に
日本が独自に接触しようとしたこと自体が
問題だったのだろう。

かくして
その後の、メディアは
虚像実像を織り交ぜて
金正日=悪の支配者のイメージを振りまき、
世論も強硬一辺倒になった。

その末に、メディアは、
「アメリカにとって北朝鮮問題は
優先順位が低い」
というのだ。

そのツケを、
これから支払わされるかもしれない。

もし、そのような事態が生じれば、
2002年は、かえすがえすも
無念の年として
刻まれることになるだろう。

そうならないことを
祈るばかりである。

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