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2012年6月 6日 (水)

再掲 きれいなおなご先生の想い出(『日便連執行部』の誕生)

ブログばかり書いていて仕事をしないボス弁を見ていれば、イソ弁君も心配になるだろうと思う。

よって、ここでは、一昔(といっても、2010年11月30日付とあるから、わずか1年半しか経っていない)の記事を再掲してお茶を濁す。


現在では、司法改革(法科大学院制度、弁護士人口激増)が失敗に帰したことは、普通に見れば歴然としたものになった。敢えて、法科大学院の生き残りを主張しているのは、日弁連中枢に巣くう司法改革族だけだということが明らかになった。


白状するが、これを書いた当時、これほど早く法科大学院制度の失敗が明白になるとは、僕も想像していなかった。だから、昔話というフィクションを装ったのだ。


確か、きれいなおなご先生が、そのご主張を豹変させたのは、93年頃ではなかったかと思う。さる団体の機関誌を過去に遡れば、時期が特定できるのだが、とうの昔に廃棄してしまっている。


------------------
だから、ここでもう一つだけ物語を付け加える。

太郎が、代言人専門学校に通っていた当時、太郎と同じ集落に花井君という、洗練されたユーモアにあふれたシティーボーイがいた。花井君は何と言っても、誠実な人柄で村人の嫌がる仕事を率先して引き受けて徹夜するほど、献身的だった。


たまさか僕は同じ集落だったために、彼が一人残って仕事をするのに、自分だけ帰る訳にはいかず、徹夜して朝方まで彼の仕事に付き合うことになった。自己チューの僕にはいい迷惑だった。


ときは流れて、お互い10年を超えるキャリアを持って、自分の代言人事務所を構えた。


僕が、noteひとりでいるって素敵なことね~noteとノーテンキに浮かれていた頃、彼は、自分の身を削ってでも、鬼ヶ島に代言人事務所を作り、彼が鬼退治の訓練を施した若い代言人を鬼ヶ島代言人事務所に派遣するという涙が出るほど献身的な活動を続けていた。


あるとき、彼が、『鬼退治のためには代言人をもっと増やさにゃいかん』と言って、代言人組合総会の委任状の勧誘をしていたことがあった。


その頃、僕は、外国軍隊にカネを出すな裁判や、お国の軍隊を外に出すな裁判に浸りきっていた(この運動は、後にイラク派兵差止訴訟の青山違憲判決として結実する)。
僕はthunder代言人を増やすと戦争になるthunderと、僕らのお師匠様であるT代言人が言っとるでにゃぁか」と言って、猛烈に反発した。


議論はかみ合わず、それ以来、彼とは縁がない。


愛知県代言人組合の大御所的な存在であり、常々弱者の立場から顧問先である名だたる大企業に苦言を呈してきたO代言人は、もう10年も前から、日本代言人組合の本部を称して「ベンカン(弁護士官僚)」ここだけは、代言人でなくて、弁護士となってしまうのだと唾棄してきた。


花井君、まだ君が今、本部にいるなら、どうしても、考え直してほしい。
きっと君は善意だったと思う。僕も善意だったように。


でも、今、僕ら日本代言人組合がやっていることは、学生の人生を弄び蹂躙し、崩壊大学院の利権を守るという心底、恥ずべき行為に成り下がっているのではないかsign02

僕は、この20年近くの間、シホー改革反対の立場で、一貫してきた。その立場の中には、マチ代言人としての自分の立場を守ろうという邪心がゼロだったとは言えぬかも知れぬ。
でも、君には、私心などなかったはずだ。


時代を直視して、どこかで生まれてしまったであろう私心を捨てて、考え直してほしい。


今からでも、遅くない。君が、もう一度、冷静に考え直し、若い人たちの未来のために立ち上がるというなら、もう一度、何の利益も求めず、ただ、みなのためになると信じて、朝方まで徹夜で一緒に作業した、君に会いたい。

若かった僕たちは、朝方まで作業した上、M市駅すぐそばにあったゲーセンで遊んだものだった。楽しかった。


君に会いたいんだsign01

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総務省が法科大学院制度の見直しを提言して、今、司法改革に反対してきた人たちがものを言いやすい雰囲気が生まれている。


僕は、実は心配している。
司法改革反対派にとっては、今が『プラハの春』になってしまうのではないか、と。
司法改革反対派が、この機会を適確な方針と、政治的配慮をもって、活用し切れなければ、待ち受けているのは、前よりいっそう強権的で苛烈な弾圧ではないか、と。


敵は、もっと巧妙に政治的に権力的に動き回っているのではないか。
目に見えないところに、罠をしかけているのではないか。


申し訳ないけれど、僕には、そんなイヤな予感がしてならないのだ。


ではでは、以下、再掲でお茶を濁すのであります。
仕事をするぞー。


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むかし、むかし。
あるところに、どえりゃーきれいで、どえりゃー、えりゃーおなごの先生がおったげな。


巷では代言人が足らん足らんと騒いでおって、代言人になってまもない頃の太郎も、そりゃすくにゃーで、ふやさにゃかんがやと思うておったげな。


そこで太郎は、おなご先生に言ったがね。

leo「代言人がすくにゃーで、村の衆が困っとるでにゃーきゃ。まちょっと増やさんと、不親切な代言人が多いであかんでにゃあか」


おなご先生はきっとして言ったがね。

virgo「代言人増員論の本質を見抜かなければなりませぬ。


代言人が少ないと言っているのは誰か、よくご覧なさい。


全部、こわーい赤鬼やら青鬼やら妖怪どもではないですか。


彼らは、彼らの言いなりになって何でも彼らの欲望を満たしてくれる代言人をほしがっています。


代言人は誇りを持っているので、彼らが弱い者いじめをしていれば、代言人がそろって、反対するでしょう。


彼らが弱い者いじめをしようとしても、鬼どもに雇われている代言人さえ、鬼をいさめているでしょう。


鬼や妖怪どもはこれが我慢ならないのよ。


彼らの言いなりになる代言人を作るには、代言人を大幅に増やして、食べていけない代言人を大量に作らなければならないのです。


そうなればお金に困った代言人は、弱い者いじめでもお金次第で、彼らの言いなりになるでしょう。


こうして代言人は鬼どもの思い通りになるようになります。


だから、彼らは代言人を増やすことを主張しているのですよ。太郎さん」

この頃、代言人組合でも多少の話し合いはあったけんど、たーぎゃーの代言人は、増やしてもろくなことがにゃーがやと言って反対しておった。


代言人組合は平和じゃった。


太郎は、すっかりおなご先生に洗脳されてまって、代言人増員反対の活動をしておったげな。


何よりおなご先生はサヨクだったので、自分もサヨクのつもりだった太郎は、おなご先生の言うことを全面的に信用したんだと。


ある日、きれいなおなご先生に会った、太郎は、おなご先生に張り切って報告したんだと。


leo「おなご先生、僕、鬼をこれ以上のさばらんようにせなかんで、頑張って、代言人を増やさんように活動しております」


おなご先生は、きっとして太郎をたしなめなさったげな。

virgo「何を言っているの。太郎さん。


村の衆は代言人が少ないから、代言人にたどり着くまでに大変な思いをしているでしょう。


高慢な代言人も多いから、結局、高いお代をふっかけられたり、足蹴にされて追い返されて権利を実現できない村の衆がこんなんにいるではありませんか。


何より、代言人を増やして、村の衆の権利を実現できるようにすることが大事です。


代言人を増やして村の衆のための司法を実現することが大事です。


裁判に村の衆も参加できるように裁判員制度も大事です。


何より大事なのは村の衆が直接、裁判権を握ることです。


これこそ、村の衆の、村の衆のための、村の衆による革命ではありませんか。


一郎さん、既得権にこだわるような古い考えは捨てて、大幅に代言人を増員するように代言人組合を説得しなければならないのですよ」


太郎は、きれいなおなご先生の言うことが、急に変わってしまったことに、どえりゃー驚いたげな。


ちょっと前に言っとったことと180度、違うでにゃーか。


そういえば、同じように急に、代言人を増やせと言う代言人が、太郎が仲の良いサヨクの代言人の中から増えてきた。


太郎は、二回も洗脳されるには、柔軟性に欠けておった。


だゃあたゃぁ、政治きゃーきゃくにも行政きゃーきゃくにも反対しておったのに、三権の残りの司法きゃーきゃくだけ賛成というのはおかしきゃにゃあきゃあ?


太郎は、きっと赤鬼どもが、代言人を懐柔して回ったんだと思った


が、鬼は増えていくばかりで、10年以上が経ってまった。


そいでもって、太郎の代言人事務所の預金残高が40万円になってまって、事務所経営が危機的水準に達してまったんだがね。


気がついたら、代言人業界は、うみゃー事件に群がって奪い合う、競争社会になっとったんだわ。


太郎は、困り切ってまった。


悩みに悩んで、やたら強気な村の衆の言いなりになるような仕事もしようとしてみたげな。


だけど、生来わがままな太郎には、こういうやり方は、合わなんだもんで、言いなりになっている内にノイローゼになってまったんだわ。


しょうがないで、太郎は開き直ったげな。


とにかく、後、1年でも2年でも代言人ができる内は、代言人の誇りをもって代言人をやる。


そして、誇りを捨てなければならなくなったら、自分で自分に区切りをつけると腹を固めたげな。


そうして、ようやっと、精神の平衡を取り戻したんだげな。


サヨクの強気の代言人たちは、まっと代言人を増やさんといかんと、まんだ、言うとる。


だけんど、本当の生存をかけた代言人の競争は、「かっぱりゃー金」ちゅう資源が枯渇したときにくるんだげな。


そんときの様子は想像もできんちゅうこった。


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