TPPと日弁連
TPPに関する日弁連の公式な意見は、いまだ表明されない。
他方で、企業法務を中心とする弁護士からは、日本の弁護士の海外展開、国際化のチャンスとして推進する論考が相次いで発表されている。
日弁連は全くこの問題に触れないつもりだろうかと思っていたところ、先日、大阪弁護士会の杉島幸生弁護士から、本年2月1日付の「日弁連新聞」で日弁連事務次長が日弁連の立場を説明していることを教えてもらった。
これによれば、「一昨年来、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加問題をめぐり日弁連の立場について問い合わせをいただくことがある」と前置きした上、以下のように述べている。
「しかし、意見形成の前提となる協定案や交渉内容の確認が出来ないため、現段階では意見をとりまとめるに至っていない。外務省の説明によると、交渉参加国と非参加国との間では情報共有や協議が禁止されており、現在協議が行われている21分野の具体的内容や条文案は、日本政府の交渉参加が認められて初めて開示されることになるという。
21分野のうち、弁護士業務に関わるのは「越境サービス」「商用関係者の移動」「紛争解決」であるが、他にも「電子商取引」「投資」「知的財産権」「競争政策」「環境」「労働」等、日弁連が検討すべき分野は多岐にわたると想定される。今春以降、日本が交渉に参加した場合には、これらの各分野について正確な情報を入手した上で、関連の委員会にて調査検討して、テーマ毎に必要に応じ意見を発信していくことになると思われる。」
しかしながら、「わが国のTPP交渉参加後に正確な情報を入手した上、調査検討する」とする立場は、結局のところ、TPPに関しては、日弁連は何も言わないとすることを表明しているに等しい。
TPPについては、シンガポール、チリ、ブルネイ、ニュージーランド4カ国の間ですでに発効している経済連携協定(P4)が前提となっており、多くの分野について、TPPの基本的な内容を予測することは十分に可能であり、現時点において、批判的検討も可能である。
TPP交渉参加を前提とした言明は、結果として、TPP参加を支持するものと取られてもやむを得ない。
在野の団体として、とりわけ権力を監視すべき立場にある日弁連が、外務省や政府の説明を鵜呑みにした立場説明を行うことには、失望せざるを得ない。
交渉に参加すれば、正確な情報が入手できて、調査検討できるという思考も理解に苦しむ。論理を旨とする弁護士のなすべき説明とは思えない。
そもそも、参加国には情報が提供されるが、非参加国には情報がないという事態が何を意味するか、少し考えればわかるはずだ。
参加各国が、参加国に限るものであれ、TPP交渉の内容を民主的な意思決定に基づいて交渉するとすれば、その内容は、逐次、個別具体的に参加国の国民に知らされなければならない。参加国の国民に知らされれば、自ずと非参加国も交渉内容を知ることが可能になる。
参加しないと交渉内容がわからないということ自体が、交渉は秘密裏に進められるということを意味している。参加して情報を得られるのは、政府限りのことであって、国民や国会、まして日弁連のことではないのだ。
したがって、日弁連は、TPPが締結・調印されるまで、蚊帳の外である。その間、公開された「正確な情報」など、入るはずもないのだ。
これを裏付けるニュージーランド政府のマーク・シンクレアTPP首席交渉官の発言もある。
赤旗 2011年12月22日
TPP交渉に「守秘合意」 発効後4年間、内容公開せず
「現在、米国など9カ国が行っている環太平洋連携協定(TPP)交渉で、交渉内容を公表しない合意があり、交渉文書は協定発効後4年間秘匿されることが、ニュージーランドのTPP首席交渉官の発表で分かりました。
ニュージーランド外務貿易省のマーク・シンクレアTPP首席交渉官は11月末、情 報公開を求める労働組合や非政府組織(NGO)の声に押され、同省の公式サイトに情報を公開できない事情を説明する文書を発表しました。同文書は、交渉開 始に当たって各国の提案や交渉文書を極秘扱いとする合意があることを明らかにし、文書の取り扱いを説明した書簡のひな型を添付しました。
それによると、交渉文書や各国の提案、関連資料を入手できるのは、政府当局者のほかは、政府の国内協議に参加する者、文書の情報を検討する必要のある者または情報を知らされる必要のある者に限られます。また、文書を入手しても、許可された者以外に見せることはできません。
さらに、これらの文書は、TPP発効後4年間秘匿されます。TPPが成立しなかった場合は、交渉の最後の会合から4年間秘匿されます。
米国のNGO、「パブリック・シティズン(一般市民)」は、「これまでに公表された唯一の文書は、どんな文書も公表されないという説明の文書だ」と批判しました。
これまでに、米国労働総同盟産別会議(AFL―CIO)、ニュージーランド労働組 合評議会、オーストラリア労働組合評議会などや各国のNGOがTPP交渉の情報を公開するよう求める公開書簡を各国政府に送っています。マレーシアの諸団 体の連名の書簡は、「より透明なTPP交渉の過程が、交渉者や政府には明らかでないかもしれない誤りや、(国の)アイデンティティー(主体性)への危険に 対し、基本的な防御をもたらす」と指摘しました。
日本政府は、交渉に参加しないと交渉内容が分からないとして、参 加を急いでいます。しかし、交渉に参加しても、交渉内容を知ることができるのは、政府内や政府が選んだ業界などに限られます。国民に影響のあることであっ ても、国民が交渉内容を知ったときには、TPPが国会で批准され、発効してしまっている危険があります。」
(太字引用者)
この原典を探したところ、以下のファイルがあることがわかったので貼り付けておく。
「政府当局者のほかは、政府の国内協議に参加する者、文書の情報を検討する必要のある者または情報を知らされる必要のある者に限られます。また、文書を入手しても、許可された者以外に見せることはできません。」
ということを前提にすれば、「交渉参加後正確な情報を入手した上、調査検討し、必要に応じて意見を発信していく」とする日弁連の立場は完全に破綻している。
2012年2月1日という前記の日弁連新聞の日付は、上記報道との関係で、極めて微妙な日ではある。
敢えて、善意に見れば、日弁連新聞の記事が執筆されている時点では、まだ、赤旗報道にあるような事実を日弁連が把握していなかった可能性がある。
しかし、上記報道によって、日弁連が、TPPに関して官僚的答弁で回避する根拠は完全に失われた。
日弁連は、現段階で、TPPに対していかなる立場で臨むのか、決断しなければならないのだ。
TPPは、グローバル金融帝国の法的インフラである。
詳述はしないが、そこには、生存権の根本に関わる問題、労働基本権に関わる問題、表現の自由に関わる問題、日本の弁護士制度のあり方に関する基本的な問題、さらに司法制度自体や国家主権に関わる問題まで、極めて重大な問題が無数に存在する。
日弁連が、今もなお、基本的人権の守り手であるのかどうか、国民が注視して見ていることを日弁連執行部は肝に銘ずべきであろう。
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