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2012年7月28日 (土)

上高地探索

上高地を訪れた。
泊まりである。
泊まりで遊びに行くのは、8年ぶりである。

Kamikohchi


一人事務所は気楽だが、事務所を留守にしにくいという不便は常につきまとう。
今回はイソ弁君がいる。
一応、バッチを付けている以上、一人前に弁護士でなければならない。
だから、ボス弁は「俺は遊びに行くから、留守はちゃんとやっとけよ」と言っておけばいいのである。
お蔭さまで十分に別世界に浸ることができた。
イソ弁さまさまである。


上高地は若い頃に、何度も訪れている。
ただし、そこに滞在することはない。
ひたすら穂高連峰へ登りたいだけだ。
上高地に入ると、山に来たという実感は湧くが、ただの通過点でしかない。
登りにしろ下りにしろ、とにかく早足で通り過ぎた。
登りは、一刻も早く登山にかかりたい一心で、下りは痛む足を一刻も早く休めたくて、どちらにしろ駆けるような早足である。


今回は、河童橋畔の宿に泊まった。
さしたる目的もない。
大正池から明神池周辺にかけてゆったりと散策した。


ゆっくりだから、初めて知ることも多かった。


ここの野生動物は、驚くほど人間を気にしない。
実は、このことは知らなかった。


間近な木々の間を猿の群れが戯れているのが見える。
極めつきは林間の遊歩道脇の木で、平然と子猿を抱いた母猿である。
木の股がちょうど、座り込んで子猿を抱くのにぴったりでお気に入りなのだろう。
手の届く距離に愛くるしい母子猿を見つけて、喜びざわめく人間が次々とカメラを向けるのに、どこ吹く風で子猿を抱いて休んでいる。

Kamikouchisaru_2



天然のサファリパークという訳である。
僕は、三河湾の猿ヶ島で、人間の持っている食料を狙って次々と猿に襲われて以来、猿が大嫌いになったが、すっかり猿好きになった。


岳沢湿地では、梓川支流の川面で鴨の群れが餌をあさり、繰り返し水面に体ごと没する。
時間はたっぷりあるので、何するでもなく、ただ座って眺めている。
遊歩道を行き来する観光客のグループが立ち寄り、短時間で何回も入れ替わるが、こちらは目的があるわけではない。
ただ、座って眺めている。

Kamikouchikamo


見ている内に、桟橋間近まで餌をあさりにつがいが寄ってくる。

少しずつ移動しながら、下流から上流に向けて、桟橋回りで餌をあさっている。
手の届くような間近にいながら、ざわめく人間を気にする風はない。
鴨の羽色が手に取るように見える。
多彩な羽色がオス、地味な羽色がメスだろう。
一羽が移動するともう一羽も連れだって少しずつ移動しながら、餌をあさっている。
僕は、大方、桟橋周りを一巡するまで、ただ座って眺めていた。


なるほど、これを称して鴨のつがいを仲の良い夫婦に譬えるのね。
別に餌あさりをするのに一緒にいることにメリットはないのに、一緒に移動しているのはどうしてだろうね。


上高地に来ると、人間も動物を変に構ったりしなくなるみたいだ。
だから、野生動物なのに、人間を気にしない。
動物が人間を恐れたり、襲ったりするのは、人間が動物を迫害するから自然にそうならざるを得ないからだろう。
3年前、マチベンは、床下に居着いたアライグマに手を焼いたが、アライグマは凶暴ではないという仮説を立てて同居を選ぼうとした。上高地は、この仮説に根拠を与える。


ハチが人にまとわりつく。
嫌がって、逃げるとなぜか、ついて回る。
その様子がおかしくて、笑った。
その様子を繰り返し見ている内、僕は、ハチは別に人間を襲うつもりはないらしいことに気づいた。
野生動物と同じように人間を恐れていないだけではないのだろうか。
マチベンの立てた仮説は、ハチは凶暴な虫ではないというものだ(但し、アシナガバチは毒性が強いので除く)。


そこで、仮説の検証に取りかかった。
土産店前の、木製テーブルの上を動き回っているハチをしばらくそのまま眺めている。
何か舐めているようだが、よくわからない。
舐めることに専念しているだけで、僕のことを気にしているようには見えない。

それでは、さらに仮説を検証するために実験をしてみることにしよう。
缶コーヒーのキャップを外し、普通にハチにかぶせてみる。
都会のハチは、僕の腕が動くか動かない間に気配を感じて、すぐに逃げるだろう。
上高地のハチは見事にキャップに捕まってくれた。
別に捕まえるのが目的ではない。
すぐにキャップを外す。ハチはいったんテーブル板を離れるが、すぐにまた舐めるために戻ってくる。
複数のハチで試してみた。
結果は同じである。
納得である。


極めつけの結論が出た。
上高地では、ハチすら、人間を恐れもしなければ、人間を攻撃したりもしない。
少なくとも実験を経た一部のハチは凶暴ではないのである。



人間の社会でも無数に見てきた。
対立する当事者グループは似てしまうのだ。
暴力団対応の警察官は、一見、暴力団員と見分けがつかない。
荒っぽい使用者と対立する労組は、やり方が荒くなる。
そのくせ、使用者が時間厳守で規律立っていると、労組も時間厳守できちんとした規律を持ったりする。
暴力的な夫や妻は、しばしば親も暴力的だったりする。

マチベンの場合、好き勝手に生きてきた親に育てられた子どもは、好き勝手に生きていて、正業に就きそうな気配を見せている子は限られている。
困ったことではある。


上高地を初めて訪れたとき、それまで僕が抱いていた山のイメージを覆すような穂高連峰の威容に圧倒された覚えがある。
そう、学生時代だ。別れた妻と一緒だった。
今回の上高地は、またひときわ異なる味わいの二日間だった。



若い頃は、目的にとらわれる。
それなりの歳になった今は、目的もなく流れる時間に浸ることもできる。
流れる時間の豊かさを味わうことができるのは、それなりの歳になった者の特権かも知れない。


エーリッヒ・フロム「生きるということ」の原題は「to have or to be?」である。
資本主義社会の「持つ様式」が極端に支配するとき、人が不幸になることを知った、フロムは、生きることの意味を「持つ様式」にではなく「在る(ある)様式」に求めようとした。
ただ「在る」ことの豊かさを知るには、それなりの試練と修練が必要なのかも知れないと、最後は理屈っぽく締めくくりたくなるのがマチベンの弁護士たる所以である。

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