弁護士が足りない! 司法改革の成功
僕が弁護士になったばかりの、今から30年前、中川民商弾圧事件という事件があった。
「民商」という組織があるということは、憲法判例がいくつも残っているから、司法試験受験生なら、必ず知っている。
憲法判例になったのは、各地で何度も弾圧され、ぎりぎりの憲法論・法律論を闘わせた歴史があるからだ。
民商に対する弾圧の手口は、いつも同じで、納税者(自営業者)に対して、挑発的で高圧的な税務調査を実施する。
納税者が、挑発に乗ってしまって感情的になったときに、些細な行動を「公務執行妨害、傷害」にでっち上げて、突然、二十名規模で自宅へ押しかけて、逮捕・捜索する。
事件とは何の関係もない民商の名簿やビラを押収していく。
この手口の事件が、名古屋でも30年前(82年)のちょうど今頃、初めて起きた。
新人だった僕が10名ほどの弁護団の事務局長にされた。
僕が入った事務所は弁護士10人くらいの規模の名古屋ではそこそこ大きな事務所だった。
逮捕当日午前10時頃、民商の事務局や家族が相談に訪れた。
たまたま事務所に残っていた、当時経験5年目のM2弁護士と、弁護士経験半年ほどの僕が、相談を受けていた。
そこへ、事務所創設者・所長格で、現在は過労死弁護団で全国的に知られているM1弁護士が事務所に戻った。
相談室に入るや、突然、彼は怒鳴った。
「何をやってるんだ、すぐ接見に行かんか!」
M1弁護士はスーパーマンと呼ばれ、恐れられていた。
彼に怒鳴られると、ああもこうもない事務所だった。
その日の昼頃には、Aさんが逮捕された警察署へ事務所の弁護士数名が集まっていた。
接見をさせろ、させないの押し問答が延々と続く。
弁護団は、取調室のあるとおぼしき刑事部屋まで入って、「すぐAさんと会わせろ」と要求する。それでも警察は、絶対に会わせようとはしない。
執拗な接見拒否は、調書を作るための時間稼ぎだと気づいた弁護団は、Aさんの捜索に入った。
今は有名な再審事件の弁護団長になっているS弁護士らが、刑事部屋や廊下を動き回って「Aさん、どこにいる!」と大声を張り上げる。
警察は苦り切っている。
そこへ「ここです」とAさんの声。
間をおかず、動物的な勘に秀でたM2弁護士は「Aさん、署名するな!」と声を張り上げる。「はい!」とAさんの返事が聞こえる。
この騒動の後、ようやく接見できた。Aさんは、調書はすでに作成され、署名寸前だったと語った。
すんでのところで、調書の作成を止めることができたのだ。
この手の事件は、警察側には、真相究明の意思はなく、ただ被疑者を巧みに陥れるという悪意・害意があるだけなので、説得しても無駄である。
素直に聴取に応じれば、筋書きにしたがった調書を巧みに作って、署名させられるのが落ちである。
調書のねつ造や、証拠の作為は、特捜に限ったことではない。
公安関係の警察のやることは、昔も今もねつ造、こじつけ、誇張、歪曲に満ちている。
弁護団は、警察は税務署の味方であって、Aさんが分かってもらおうと思って話しても絶対に受け付けないことを説明して、Aさんに黙秘するように勧めた。
Aさんは、起訴されるまで20日間の勾留期間、黙秘を貫いた。
連日、手練手管を尽くした取り調べが続くことを考えれば、黙秘を続けることは実際は、容易なことではない。
よほど強い覚悟が必要である。
弁護団は、勾留中、検察や警察の取り調べが開始される前の時間である午前8時30分と午後に分担して連日、接見し続けた。
夕方には、警察署や拘置所の前で、民商の人たちが集まってAさんに声が届くように「Aさん、頑張れ」とシュプレヒコールを挙げて、Aさんを励ました。
検察や警察の取り調べは巧みだ。
黙秘を貫くには、弁護士や運動団体が、Aさんを励まし続けることが必要なのだ。
黙秘をしたAさんは、起訴後も釈放されることなく、保釈まで、33日間、勾留された。
自白しなければ、裁判所は第1回期日前に保釈を認めることはまずない。
人質司法と言われる所以である。
Aさんが勾留されていた33日間、毎日の接見は続いた。
事務所一丸となって闘った事件だった。
そして、事務所一丸となって闘ったといえる最後の事件だった。
弁護団は、Aさんが、釈放されるまで、土日もなく、連日、事件のために動き回り、日常の事件もこなしていたので、弁護団会議は、いつも深夜10時や12時に始まるのが常だった。
そんな時代だった。
確かにこの頃、基本的人権と社会正義の実現が弁護士の共通目標だった。
少なくとも建前としては、それが最も重要なことを誰も否定しなかった。
時代の流れもあるだろう。
大飯原発再稼働反対関西電力名古屋支店弾圧事件では、中心になっているのは、ほぼ30年以上のキャリア組が実働部隊の大半を占める。
おじさんおばさん弁護団である。
名古屋の弁護士の数は、30年前のほぼ3倍になった。
10年未満の経験の若手弁護士がほぼ半数を占める。
しかし、不正義に対して、声を上げた市民を守るために、立ち上がる若手弁護士は足りない。
弁護士は数だけ増やせばいいのか、もっと増やせば、どんどん若手が手弁当の弁護団に加わるのか。
そんな訳はないだろう。
脱原発に立ち上がる市民の少なくない部分が若い人なのだから、時代のためだけでは説明できない。
司法改革は、営利追求に走らざるを得ないように弁護士を変質させた。
生存をかけた利益追求に晒されるとき、そうした経験のなかった者にかかるストレスはすさまじい。強い者に縋り、寄りかかりたくなる。
実際、僕は、リーマンショックに端を発する経営難に直面して鬱になったとき、何物にも逆らうことなく、大樹に寄ることを本気で考えたし、強い者に反発する生き方をしてきたことを心底、後悔した。
僕がかろうじて自分を保ったのは、そうでない生き方が僕にはできないということを確認せざるを得なかったからに過ぎない。
原子力ムラに代表されるような利権集団にとって、司法改革は、狙い通りに成功したのだ。
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