フォト

日本ブログ村

ブログランキング

  • マスコミに載らない海外記事
    本ブログとセットで読むと、世界のニュースと法律解説がセットでわかります。(;^_^A アセアセ…

  • * ランキングに参加しています *
    応援クリックしてもらえるととっても励みになります
    人気ブログランキングへ

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月の12件の記事

2013年1月31日 (木)

ISD条項の罠

主権を侵害するTPPのISD条項は、絶対に認めてはならない。
自民党の選挙公約である。
TPPは国内規制を無効化して外資に売り渡す、非関税障壁(国内規制)の撤廃にこそ問題の本質があることを自民党は承知していた。


今、安倍首相は、これを関税の問題にすり替えてこの美しき日本という国を外資の餌食として差しだそうとしている。


ISDS条項に関して、2006年に韓国法務部が検討した資料を入手し、専門翻訳の方に翻訳してもらった。
解説はしている暇がない。


これを見れば、憲法秩序が破壊されることは十分にわかる筈だ。
憲法学者はいい加減に事態を直視すべきだ。
日弁連も、渉外事務所任せにせずに、検討するのが当然ではないか。
日本の法務省は多分、韓国以上に情けない。
情けない法務省の言い分をそのまま垂れ流す日弁連執行部は恥を知れ。


先進国との間で、ISDS条項を認めることは、売国以外の何物でもない。
外資が、あらゆる規制に牙を剥くことは明白だ。
国家をまるごと外資に売り渡す結果を招く。


法務部は、米韓FTA交渉の過程で、すこしでもショックを和らげる方策を検討したようだが、結果として、ほとんど意味のない多少の文章表現の緩和を得たに過ぎなかった。


本日以降、ここで検討されているような前提を踏まえないTPP議論は無効である。
こうなっても、それでも国民の利益になると考える人だけが賛成すべきである。


韓国外交通商委員会パク・チュソン議員の勇気ある出版により、公開された資料の一部である。

なお、活字の大小が、やや不自然になっている。htmlファイルに手を加えているヒマがないので、取り急ぎ、公開する。

 

Word版(「法務部編」2013.2.1校正)はこちら

Word版「全体版(法務部・最高裁・弁協・全米州立法者協議会)」

 

* ランキングに参加しています *

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ

---------------- 以下、翻訳文 ---------------------

国政監査政策報告書 3

 

投資家対国家 紛争解決手続

国内法律機関等の検討

(法務部、大法院、弁協等)

大韓民国国会

外交通商統一委員会

国会議員

朴チュソン

1. [法務部、2006]

国際投資紛争分野対応方案

韓米FTA交渉

国際投資紛争分野 対応方案

 

 

2006.7.

 

 

 

法務部

. 概要

韓米FTA全体交渉構造

○全体協定文は22個のChapterで構成

・商品貿易関連6個、サービス・投資分野6個、その他の分野(競争、政府調達、知財権、労働、環境)5個、一般事項(定義、透明性等)5

○交渉単位は総17個分と2個の作業班に分かれて進行

 ※法務部はサービス(法律市場開放関連)、投資(紛争解決手続関連)、知的財産権(執行分野関連)等、3個の分野が参与中

 ※別添「交渉分科構成現況」参照

○第1次交渉(6.5.9.ワシントン)結果

・総13個分科で両側の統合協定文完成

 ※統合協定文(consolidated text)は両側の文案が類似したり同一な内容は単一条項に整理し、立場の差異がある内容はブレキット([ ])表示をしたり、両側の立場を併記して整理する形である。

□投資分野協定の構造

○投資分野協定は外国投資家保護のための実体的・手続的事項を規定するもので

- 実体的規定としては内国民待遇、最恵国待遇、最少待遇基準(公正・衡平待遇)、収用に対する補償、送金保証、履行義務賦課禁止等、国の義務を規定

- 手続的事項としては国の協定義務違反等による紛争発生時、投資家が受入国政府を相手に国内手続、若しくは国際仲裁を通じた賠償請求権を保証し細部の手続を規定

○投資協定は通常、両者間投資協定(BIT, Bilateral Investment Treaty)形式で締結

されるが、FTA締結時には投資協定を別途Chapterで含ませることが普遍化されて

いる。

 ○投資協定上、紛争解決手続の基本構造

   - 国際仲裁管轄創設のための紛争当事者同意要件を充たすために、国際仲裁管轄権の事前同意規定を置くことで投資家は紛争発生時、国内手続若しくは国際仲裁を任意に選択することが可能

   - 仲裁機関としてはWorld Bank傘下のICSID(国際投資紛争解決センター)若しくはUNCITRAL(国連国際商取引法委員会)仲裁規則に従って設置される臨時仲裁

     判定部等を規定

   韓米FTA交渉関連投資紛争手続に対する評価

 ○外国投資家に国際仲裁提訴権を認める紛争解決手続はわが国の既存FTA及びBITのほとんどが認めており、国際的に普遍化された構造で韓米FTAだけに特有な手続ではない。

   ○ただし、既存の締結した協定の相手国は開発途上国だったり提訴の可能性が低い国だった反面、米国との協定締結時には現実的に訴訟が頻発するものと予想され、投資紛争範囲も広範囲になることによってNAFTA投資紛争事例等に基き、投資紛争構造自体に対する批判と憂慮が高まっている。

 

. 米国既存FTAの投資紛争解決手続内容

間接収用に対する賠償責任認定

○直接的収用・国有化措置のみならず、これに相当する措置(equivalent measure)による損害にも賠償責任認定

○収用(Expropriation)に対する別途のAnnex(付属文書)を置き、間接収用の定義、判断法理、排除事由等を規定

 □紛争解決手続及び投資紛争の範囲

 ○投資受入国政府の協定違反等で外国投資家が損害を被った場合、国内司法手続若しくは国際仲裁手続を通じて、受入国政府を相手に直接損害賠償訴訟の提起が可能

   ○協定違反のみならず投資契約(Investment Agreement)、投資認可(Investment Authorization)に関する紛争も投資紛争の対象と規定

   ※投資契約 : 国が投資家に天然資源やその他資産に対する権利を付与したり、これら投資会社等の設立や獲得と関連し依存する契約

   ※投資認可 : 国の外国人投資管轄当局が外国投資家に付与した認可 

□国際仲裁提起手続

○投資家は自身のために(on its own behalf)若しくは投資家が直間接的に所有または統制する投資受入国法人に代わって(on behalf of an enterprise)仲裁提起可能

 ○仲裁提起90日前まで被申請人に仲裁提起意向書(notice of intent)を送達

 ○紛争発生後6ヵ月経過後、申請人はICSIDUNCITRAL仲裁規則または当事者間で合意した仲裁機関等に仲裁提起

○当事国は国際仲裁管轄に関して協定を通して事前同意

 □国内手続と国際仲裁との関係

 ○仲裁通知書送達時、国内司法手続の開始若しくは中断に関する権利を書面で放棄(waver)しなければならない

   - 国内手続の進行途中でもこれを中断し、国際仲裁に移行可能

   - ただし、賠償金の支給を求めるのではなく暫定的救済措置(Interim injunctive relief)の開始および継続に関しては、国内手続の利用が可能

 □仲裁判定部の構成

 ○紛争当事者が別に合意しない限り、判定部は3人の仲裁人で構成

   - 当事者が各1人を選定、議長仲裁人は当事者間合意によって選定

   - 仲裁提起後75日以内に選定されない仲裁人がいる場合、ICSID事務総長が任命

 □仲裁の進行形式

 ○仲裁地は当事者の合意で決めるが合意できない場合、判定部がニューヨーク協定当事国のうち一つを仲裁地に指定

   ○非紛争当事国(non-disputing Party、投資家の母国)も協約の解釈問題に関して口頭、または書面で意見提出が可能

   ○仲裁判定部は紛争当事者ではない第3(amicus curiae)の意見を受付・考慮する裁量を持つ

   ○本案前抗弁(preliminary objection)関連

 - 本案前抗弁は仲裁判定部構成直後、迅速に提起されなければならずcounter- memorial提出前に決定されなければならない

   - 本案前抗弁受付時、本案に関する手続は中断される

   ○仲裁判定部の仮処分決定権

   - 仲裁判定部は紛争当事者が所持・統制する証拠の保存命令等暫定的保護措置(interim measure of protection)を命じることができる

   - ただし、差押(attachment)または協定・契約違反と主張される措置の施行中断等を命ずることはできない

 □仲裁手続の透明性(Transparency)問題

 ○被申請人は仲裁関連書類を受付けたら即時に、これを非紛争当事国に伝え一般に

公開しなければならない

   - 書類は仲裁意向書、仲裁通知書、当事者および第3者が提出した意見書等(pleadingsmemorialsbriefs)、仲裁判定文等を含む

   ○仲裁審理は一般に公開されなければならないが、審理で「保護情報」(protected information)」が使用される場合、仲裁判定部は情報保護のための適切な措置を取らなければならない

○情報保護関連規定

- 意見書等の提出時、一般当事者は特定情報を保護情報と明確に指定しなければならず、判定部や当事者はこの情報を非紛争当事国や一般に公開できない

- 仲裁判定部が紛争当事国、投資家の保護情報指定が適切でないと判断した場合、これを提出した当事者はその情報を含む意見書の全部または一部を撤回したり、仲裁判定部の決定に従って再び提出することができる

 □事件の併合

 ○多数の投資紛争が同一の事件または状況で発生し、法的・事実的争点が同一な場合、当事者の申請によって事件の併合が可能

   ○新しく仲裁判定部を構成して審理

  □仲裁判定

  ○monetary damages(損害賠償)と財産の返還(restitution)を命じられるし、仲裁費用と弁護士費用にたいする判定も可能

   ○判定は当該当事者および当該事件に関してのみ拘束力がある

   ○仲裁判定の執行

   - 最終仲裁判定日から120(ICSID仲裁規則に従った場合)若しくは90

 (ICSID Additional Facility RulesUNCITRA仲裁規則に従った場合)経過後、執行可能

   - 被申請人が仲裁判定執行に応じない場合、非紛争当事国の要請に従って当事国間紛争解決手続によってパネルを構成して決定

 

. 国際投資紛争の現況および一般的憂慮

1. 国際投資紛争の現況

NAFTA紛争の現況

  ○1994年から2006.6.現在まで3つの会員国が総44件被訴(米国16件、メキシコ15件、カナダ13件、現在13件係属中)および総請求額約280億ドル

   - このうち約20件が間接収用関連である

   ○国の敗訴総5件、合計35百万ドル認容

 ※国家敗訴の現況 : カナダ3件、メキシコ2件、米国はなし

□その他投資紛争の現況

  ○2005年まで全世界での投資紛争事例は約219件で、このうち3分の2以上が2002年以後提起される等、最近急増傾向

   ○現在まで約61ヶ国が投資紛争で敗訴した

 ※最多被訴国はアルゼンチン(42件、39件が金融危機以後、緊急措置関連)

 NAFTA紛争の現況

  ○Metalclad事件

   - Metalclad社がメキシコ連邦政府から廃棄物処理施設設置許可を受けて投資したが、有毒物質による近隣の村の飲用水汚染等で癌患者が多数発生する等、危険性が提起され地方自治体が同敷地を生態区域に指定し、施設設立不許可処分をしたところ、これを間接収用等で提訴

   - 仲裁判定部は「間接収用」および「最少待遇(公正・衡平待遇)原則」違反を根拠に約1,700万ドルの賠償を判定

   ○Ethyl事件

   - カナダ政府が人体有害性の指摘があるガソリン添加剤MMTの輸入を禁止すると、同製品生産企業である米Ethyl社は確実な証拠もなくこれを規制しようとしているという主張を、間接収用等と構成して提訴

  ※政府官僚が立法討論会で発言した内容に対しても損害賠償を請求

- 仲裁判定以前にカナダ政府は1,300万ドルを支払い、和解

UPS事件

・国営企業(state enterprise)であるカナダ郵便公社(CPC)が法的委任に従って独占的

に郵便配達サービスをするのに併せて、法的委任がない小包特急配達サービスにおいても特恵を得ていることを理由に、小包配達競争社である米UPS社が内国民待遇違反を理由に提訴(公共サービスを対象にした最初のNAFTA事例)

   ・現在仲裁中であり、カナダ郵便労組は仲裁参与を通じてUPSの勝訴時、政府保証金支給が不可能になり収益性が落ち、僻地に対する郵便サービスを中断しなければならない等の憂慮を提起しており、NAFTAに対する違憲訴訟も起こされる等、社会的影響が大きい

   ○Trammel Crow事件

   - カナダ郵便公社発注の郵便施設管理契約に入札を準備中だったTrammel Crow社は、郵便公社が既存企業との契約を延長し入札計画を取消したことを、協定違反として提訴

   - カナダ政府は合意で終結(合意条件不詳)

   ○Loewen事件

   - ミシシッピー州裁判所がカナダの葬礼企業Loewen社に対して、公正取引違反等で合計5億ドルの損害賠償と懲罰的賠償を判決したのに対して、同判決が「収用」に該当すると提訴

   - 判定部は上の判決が「明らかに不適切で信頼できず、最低(公正・衡平)待遇違反に該当する」として司法部の判決も紛争対象であると判示したが、Loewen社が破産時米国会社に譲渡されたことを理由に管轄なしと決定

  □現在係属中のNAFTA事例で問題になった措置

 ○米国を相手

       - 米国の核廃棄物埋立て政策(他の処理技術保有者が提訴)、カナダ産木材に対する

        反ダンピングおよび補償義務賦課、麻薬庁が大麻飲食物輸入を犯罪化した措置、組織犯罪取締り時のゲーム場および会計帳簿押収措置、原住民地域毀損の可能性がある坑口の埋立て措置、タバコ販売額のうち一定比率を公衆保健のための基金に納付するように強制する規定、狂牛病発見以後米国政府がカナダ牛の輸入を禁止した措置

       カナダを相手

 - 公園建立のための土地収用措置、ゼネリック医薬品の製造を禁止するカナダの特許法規定、カナダ産飲用水輸出免許の延長・新規発給停止措置、特定農薬販売会社と政府機関の間の同農薬販売制限措置と関連した紛争

       ○メキシコを相手

       - スロットマシンと類似した賭博場閉鎖命令、投資家に敷地を売渡した開発業者の所有権を否認して投資家に土地明渡しを命じた裁判所の判決、1997年ペソ貨危機以後当局の不実社債還収措置の差別性、メキシコ業者と法律家・公証人の共謀で投資家に対する詐欺および同事件対処に対する政府の無能と手続的不公正、土地の国有地余否に対する所有権紛争、清涼飲料甘味剤製造企業に対する課税措置、国境所在リオグランデ河に対するメキシコ政府の水路変更によるテキサス住民の用水権被害事例、観光地開発合作契約と関連した民・刑事紛争で敗訴後、メキシコの裁判システムを提訴した事件等

2. 投資紛争構造に対する一般的憂慮

 □政府の規制権確保に障害

   ○投資協定はNTMFN等一般的義務のみならず間接収用、国際法に従った「最低待遇(公正・衡平待遇)基準」等を規定している

   ○特に、「間接収用」の概念は国際的定義が確立してない概念で租税、安保、公共秩序、保険等すべて政府(地方自治体および政府投資機関、司法府等を含む)の措置に対して提訴可能

  ※措置(actionまたはmeasure)は政府の法規定、制度、慣行、不作為、公務員の事実的行為等を含む広範囲な概念である

 ※米国の文案は措置外に「一連の措置(series of actions)」という概念も含んでいるが、これはいわゆる「漸進的収用(creeping expropriations)」を意味するもので個別措置は収用に該当しないが、結果的に収用的効果が発生した場合関連する措置を一括して収用とする概念である

   ○政府被訴時萎縮効果(chilling effect)等により敗訴判定以前にも規制政策推進を萎縮させる効果がある

 巨大資本を保有する多国籍企業の場合、制度的・慣行的障害を除去し特定政府を手なづけるために(taming effect)勝訴の可能性が低い場合にも、仲裁を起こす傾向がある

 □予算の負担問題

○最低補償基準に関して国内より高い基準の適用等、損害賠償算定基準の差異から 高額賠償判定の可能性が常存

 2004年スロバキアに対して82,400万ドル賠償判定等(CSOB case)2001年チェコに対して27千万ドル賠償判定(Lauder case)

  ※現在まで最多請求額はエネルギー会社の株主たちがロシアを相手に起こした約330億ドル(韓国通貨で約33兆ウォン)

○勝訴時にも仲裁手続の長期化、高額の仲裁・法律費用、証人等関連者の出張費用、

 翻訳費用等予算の負担が不可避

- 最近の仲裁事件関連の1件あたり平均法律費用は百万ドルから2百万ドルと推算され、長期間の訴訟で仲裁費用・法律費用加重の危険があり、投資家が一部でも勝訴時仲裁費用の半分、法律費用各自負担の事例が多く、被訴時に手続費用の算定が必要

 Pope & Talbot v. Canada事件の場合、原告が59百万ドルを請求し4年間進行した結果、結果46万ドルの認容に過ぎなかったが、総費用約760万ドルに関して仲裁費用の半分、法律費用619万ドルを各自負担との判定

 (5千万ドル賠償を主張し150万ドルが認容されたKarpa事件でも同じ原則が適用)

- チェコは最近、ヨーロッパ系放送会社が起こした2つの訴訟の防御費用だけで約1千万ドルを所要(2003)

  ※チェコ政府は訴訟に備えた予想費用とて2004年に330万ドルが、2005年に1,380万ドルが必要となるとの予算の推計を発表

□国内外投資家間の賠償要件・賠償額等等差の危険

○外国の投資家だけに政府を相手とした国際仲裁提起権が保証され、国内投資家と 

 異なる収用基準、補償基準等が適用されることがあり、実質的に賠償の不平等が招来される危険

□法的安定性問題

○仲裁判定の先例不拘束原則、上訴手続の不備、間接収用の法的基準の不明確性等により政策基準の混乱した状況が発生する可能性

- 被害企業に投資した外国投資家が多数で、各自が別途に仲裁提訴した場合、各判定部で相異した結論の判定が可能

  (チェコのLauder事件等の実例)

□超憲法的措置の強制問題

○韓国の憲法上収用の法理に適合し、法律に違反しない措置が仲裁判定部によって収用と判断される場合にも、韓国政府が賠償判定を執行しなければならないのみならず、関連措置を是正しなければならない負担を負う矛盾が発生する可能性

- 例えば、整理解雇制限の法理を根拠に賠償請求し認容された場合、韓国では大法院判決と背馳する仲裁判定なのにこれを執行しなければならないのみならず、同種の提訴を防ぐために整理解雇要件緩和立法が不可避

 

.交渉の主要な争点および対応現況

 □主要争点及び対応現況

  ○投資紛争対象範囲の拡大

 - 米国側は当事国の協定義務違反のみならず、政府の投資契約、投資因果関連の紛争も国際仲裁管轄事件と規定

 ※投資契約(investment agreement)とは「一方の締約国の国家当局と他方の締約国の投資家若しくは国民や会社間で結ばれた書面協定として、国家当局により統制されている天然資源やその他資産に対する権利を彼らに付与したり、若しくは彼らが投資の設立および獲得に関連して依拠する契約」である

 ※「投資認可(investment authorization)」とは「一方の締約国の外国人投資権限当局が他方の締約国の投資若しくは国民や会社に付与した認可」である

 - 投資契約・認可が投資紛争対象に包摂されると、個別投資契約等で「管轄合意条項」を置いて関連紛争を国内の裁判所でだけ解決することで約定した場合にも、これに関わらず国際仲裁を起こすことができる

  - 韓国側は紛争対象の行き過ぎた拡大、契約上「当事者自治」原則の違背、管轄合意条項関連の複雑な問題点等を根拠に反対

 ※投資契約の主体である「national authority」に関して米国側は連邦政府機関を意味するものと制限しており、韓国側の案は未定の状態である

 -仮に韓国側案が投資契約を中央政府の契約に限定して地方自治体、公的企業等の投資契約を適用範囲から排除しても、これらの機関は協定義務の主体になれるので、契約不履行等契約的紛争(contractual claim)を協定義務違反(treaty claim)に構成して提訴することは可能(最近Bayindir v.Pakistan事件等多数) 

 ※投資紛争対象の公企業への拡大問題

米国案によれば公企業(state enterprise)とは「締約国によって所有され、又は所有持分(ownership interests)によって統制される企業」と定義(間接的持分所有を通した統制も含むものと解釈される)され

  ・公企業が政府の委任に従って規制的、行政的、政府的権限を行使する場合には行政義務の主体となることを明示しているので、公企業等の各種措置もNT、間接収用等協定義務違反と構成して提訴可能(NAFTAUPS case)

   ・公企業政府投資機関が専ら商業的主体として行動する場合の他には、協定が適用される可能性が高い(高速鉄道契約等、各種政府投資機関の契約)

○米国判例法に基づいた間接収用判断法理の導入

 - 韓国が既に締結したFTA等には間接収用に対する賠償の根拠条項のみを置いただけで、判断法理規定を置いていないが、

 - 米国側案は最近締結したFTABITで米国修正憲法第5条収用(taking)に関する自国判例法法理を規定

 ・1)政府措置の経済的衝撃の程度、2)政府措置が明白で合理的な投資期待利益を侵害した程度、3) 政府措置の性格等3つの要素明示

※同法理規定は収用に関する投資家保護において「米国法制下で補償する保護に相当する保護を補償せよ」(“secure protections against expropriation for investors comparable to those that would be available under U.S. legal principles and practice”)2002TPAの明示的委任事項を反映し、Lucas判決とPenn Central判決を混合して構成したものと判断される

- 韓国側は、自国判例法の一方的導入に反対する一方、間接収用範囲を制限し 両国間間接収用法理の調和、規範的明確性を期待できる文案の必要性を提起中である。

○仲裁手続の透明性強化

・米国側案は、仲裁法廷に提出された申請書、意見書、判定文等、すべての仲裁関連資料を一般に公開(インターネットによる公開を意味)し、審理手続も公開

・紛争当事者外の第3(amicus curiae)の意見提出権を保証し、これを審理に当たって考慮するように義務化

 ※透明性関連規定も米国議会の委任事項として、すべての情報と審理公開を通じて第3者の参与を容易にし、投資家に有利な手続的環境を醸成し、国際仲裁利用率を高める効果がある

・韓国側案は第3者介入の副作用、政府の秘密情報保護の必要性等を根拠に反対

 □その他の論議 : 紛争解決手続全般についての削除問題

  ○法務部(法務省)は第1次交渉で国際投資紛争についての各種の憂慮等を勘案して、米国-豪州間FTAの例のように投資分野で内国民待遇、最恵国待遇、送金保証、     収用に対する補償等、各種協定上の義務を規定しても、関連紛争発生時仲裁判定部ではない各国の国内手続を通して解決する方案を積極検討してくれることを米国側に要請

○しかし米国側は米国-豪州間文案は両国がすべての法理が類似した英米法圏国家である点等を勘案した例外的な文案であり、韓国には適用できないと説明

 

.今後の対応方案

1. 概要

○投資紛争の危険性および米国企業の提訴可能性が高い点等を勘案して、紛争範囲を最大限縮小し、政府規制権確保のための方案の貫徹が必要

○米国側を相手に紛争解決手続自体の削除を主張することは、高級幹部次元の交渉が必要な事案で法務部はこのための積極的対応を外交部(外務省)等関係部処に要請したことがあるが、交渉推進状況に照らしてこれを期待するのが難しいので、法務部は文案交渉で韓国側案貫徹のため積極的に努力

○対米交渉と併せて米国側と交渉発効時、投資紛争急増が予想されるので、長期的に国内的対応態勢構築のための方案を講ずる予定

2.文案交渉方案

  ○間接収用関連問題

  - 間接収用法理は明確な成文法的規範なく各国の判例と仲裁判定例の蓄積を通じて形成中の概念なので、明確な法理確定が難しいだけでなく仲裁判定の動向等に照らして韓国の憲法原則と背馳する仲裁判定の可能性を排除できない

  - このような危険性を遮断するために間接収用を根拠とした提訴は国内手続でだけによるようにする方案、若しくは既存のわが国の判例原理を協定文に反映する方案等を推進

  ○投資紛争範囲制限

  - 米国側案のように投資契約、投資認可等を紛争対象に含ませる場合、政府が主体になった契約紛争等が排他的国内管轄合意条項にもかかわらず国際仲裁に回付される危険性等があるので、これを除外する韓国側案を積極貫徹

  ○仲裁手続関連

  - 韓国側が被訴された場合、対応の便宜性、国内仲裁力量の引き上げ等のために当事者間合意のない場合、仲裁地を被訴国とする法案を積極推進

  - 議長仲裁人を第3国人とする方案等、仲裁判定部の中立性確保のための方案の貫徹

  ○仲裁の透明性関連

  - 米国側は仲裁判定部に提出されたすべての資料のインターネット公開、紛争当事者外第3(amicus curiae)の手続参与保証等を要求しているが、

  - 保護が必要な秘密情報の保護方案、第3者の参与を無差別に許容した時、多国籍企業に友好的な国際団体の無分別な仲裁介入の危険性等を勘案して慎重な対応

  ○国内手続と国際仲裁の関係

   - 国内手続進行中にもこれを中断し国際仲裁に移行できる米国側案はForum Shoppingを許容する副作用がある反面、国内手続選択以後は仲裁への移行を禁止する場合、初期に仲裁手続を選択する可能性が高まる憂慮があるので、国内手続への誘因方案および国内外手続間の整合性等を達成できる方案を模索

3.内部的対応体制樹立が必要

  ○各部署別現行規制措置の再検討

   - 投資紛争問題は全ての政府の部署、司法部、地方自治体、政府投資機関等に関連した事案なので汎政府的な対処が必要

  - 主要分野の規制権確保方案および被訴の可能性が高い措置の事前方案を講ずる必要

    ※濫訴に対する実効的防止装置が未整備で投資家のすべての被害状況を「間接収用」若しくは「最低待遇(公正・衡平待遇)基準」違反等で提訴可能(政府の措置がない場合にも、投資家保護のための制度不備を事由に提訴可能)

 - 主要検討対象

  ・各種の租税措置、建築、不動産規制、保健・環境規制、外国企業に対する捜査および税務調査、中小企業支援制度 

  ・政府、政府投資機関、地方自治体等の投資契約等関連実態および投資誘致関連各種の措置の現況等

 ※政府投資機関・公企業等state enterpriseの業務性格、法的根拠、契約実態、差別的措置等、各種実態を集中検討する必要がある

○投資紛争発生に備えた体制の樹立

 - 法令の制・改定および各種の政策樹立・施行時投資紛争発生を事前に予防できる点検体系の樹立

  - 紛争発生時、所管の機関、個別手続対応方案、政府の秘密情報保護方案等論議

  - 外国の対応実態把握および対備計画の樹立

 ○投資紛争に備えるための専門組織運営の必要性検討

  - 高度の知識が求められる国際投資紛争関連業務を効率的に遂行し続けられる専門組織構成方案を論議

 

 

 

別添      【交渉分科構成現況 : 17個の分科および2個の作業班】



2013年1月30日 (水)

今様今昔物語メモ 繰り返す資本主義

【昔・20世紀】
  中国大陸
  欧米諸国(含む日本) VS 匪賊・共匪


 

【今・21世紀】
  アフリカ大陸(含むソマリア沖)
  欧米諸国(含む日・中・韓) VS テロリスト・海賊


 

人のやることは進歩しない。
介入して混乱させて、蚕食し、
抵抗者にレッテルを貼って、排除する。


 

80年も経てば、全て忘れる。


 

昔と今の違いは何か。


 

絶望的なことに(あるいは幸いなことに、というべきか)、市場原理主義に対抗できる力(20世紀初頭には現実的に展望されていたマルクス主義のような力)を見いだせないことだ。

 
* ランキングに参加しています *

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ

2013年1月28日 (月)

橋下劇場 体罰自殺激怒編 マチベンの補論

体罰に関係するかどうか、よくわからないけれど、うつらうつら考えていたら、マチベンの事務所の2007年の残暑見舞いに書いた文章を思い出したので、最後に貼り付けておく。


この文章にある「根性」と「体罰」が何か関連性があるように思えるからだ。


橋下市長が教育に求めているのは、効率を上げるための成果主義・競争主義とと見受けられる。
成果と競争に有益である限り、橋下市長は体罰は必要だと考え、体罰を一律禁止している法規あるいは、解釈は改めるべきだとするのが彼の持論だ。
今回の騒動でも、この点について、彼自身にはぶれはない。
彼は、スポーツにおいては体罰は非効率で、非合理だとする限度で、部活の体罰禁止を主張している。


僕が思うに、教育は、過程であって結果ではない。
教育を受ける側にとっては、教育によって、人生をよりよく豊かに生きるための資源を得ることができるかどうかが決定的に重要だろう。
子どもの発達をスケールで測ることはできない。
発達の一つ一つの過程に喜びを感じることができることが、教育としての成功ではないかと僕は思う。


ところが、成果主義や競争主義は、単一の(少なくとも、少数の)スケールで、競うことを求める。
僕にとっては、それは教育の対極にあるものとしか思えない。
数字に表すことのできる、効率と称するものほど教育の本質と相反するものはないと僕は思う。


成果主義と競争主義が、体罰容認に代表される復古主義的な主張と相まって、この国を、いっそうおかしな方向に向けてしまわないか、憂う。


-----------------------------------------------------
「伊達公子」賛歌
「伊達公子」から見る戦後日本人の戦争精神
              2007年8月記 守山法律事務所 岩月浩二

 イチローや、浅田真央、高橋尚子や野口みずき、今でこそ、メジャーなスポーツで、日本人選手が世界の舞台で楽しげに活躍するのが当たり前になっている。
 大雑把な言い方を許してもらえれば、その先駆者は「伊達公子」だったと、僕は思う。
 現役時代の伊達は、やたらと周囲と摩擦を起こした。記者会見の中止でメディアから「何様だと思っているんだ」とばかりに一斉にバッシングを受け、メディアに追いかけ回されるのに辟易とし、嫌々開かされた記者会見では、「私が勝とうが、負けようがあなたたちの知ったことじゃない」とばかりの物言いをした り、不合理を強いる日本テニス協会に昂然と反旗を翻したり、何かと角の立つ選手だった。僕は、そんな伊達が痛快だった。
 そんな伊達は選手としての頂点の1996年(この年、伊達は世界ランク4位入りを果たしていた)、26歳で引退する。伊達らしい潔さだった。


 

根性、忍耐、管理、強制
 その頃、僕は、テレビのスポーツニュースで伊達の嫌いな言葉は「根性、忍耐、管理、強制」だと聞いた。僕が無性に言いたくても、言葉にできなかったこと を、言葉にしてもらった気がして、僕は本当に伊達が好きになった(ちなみに「生涯マチベン」の僕が新車で買った唯一の車は伊達公子がCMをしたプリウス、 インターネットが普及し始めた頃の僕のパソコンの壁紙は伊達公子の写真と決まっていた)。
 それから11年、今時、偉業を達成した選手が「大事なのは『根性』です」などとのたまう姿は、想像もできない。マラソンの高橋尚子が象徴的だが、嬉しさを素直に表現し、「支えてくださった皆さんのおかげです」と周囲やファンに感謝するのが当たり前の姿になった。
 ナチュラルである。自分の楽しさを追求して競技をし、そのためには努力を惜しまず、目標を達成したときは、それが自分一人の努力でなされたものではない ことに自覚的で、感謝を忘れない。僕は、そんなスポーツの才能たちの姿を見るのが、とても楽しい。そんな姿の原型が伊達にある。


 佐藤次郎と伊達公

 テニスというメジャーなスポーツで、世界レベルで名を知られた選手が、他にもいたことを、僕は伊達引退の年である96年に知る。朝日新聞の「天声人語」 子が、戦前、ウィンブルドン大会でベスト4に進出した佐藤次郎選手に触れていた。「天声人語」子は、佐藤が、1934年、ヨーロッパ遠征の帰途、マラッカ 海峡で投身自殺したこと、彼が「テニスは忍耐、服従、犠牲だ」と語っていたことを紹介していた。
 60年の時を経て、伊達の嫌いな言葉と、佐藤選手のテニス観が、見事なほどに響き合い、対照をなしている。伊達の嫌いな「忍耐」は佐藤選手のテニスの精 神であり、伊達の嫌いな「管理、強制」を受け入れることが「服従」に他ならない。「犠牲」などという言葉が伊達の念頭にあったとはとても思われない。彼女 にとっては、テニスは自分の人生の一部に過ぎず、自己実現の場の一部であった。彼女はプロデビューまもない10代から「25歳で結婚して引退」との人生設 計を描き、自らの才能や周囲の期待の「犠牲」になることもなく、傍から見れば易々と引退し、あらかじめ描いた人生設計に近い人生を楽しんでいるように見え る。

 96年の夏、僕は、伊達公子と佐藤次郎という二人の偉大な才能の間に横たわった60年という時の隔たりの深さをまざまざと感じた。
 なぜ、伊達にとっては、自己実現と楽しさでしかなかったテニスが、佐藤選手にとっては、「忍耐、服従、犠牲」であったのか。答えは明らかだろう。佐藤選 手が活躍した1930年代、スポーツは国威発揚と国民意識高揚の道具であった。日清・日露の戦争に勝利し、台湾や朝鮮の植民地化に成功した日本は1931 年、満州事変により、傀儡国家を満州に樹立し、アジアに君臨する帝国になろうとしていた。日中全面戦争の勃発は佐藤選手が自殺した3年後である。
 国民は等しく万世一系の天皇の赤子とされ、天皇陛下に忠誠を尽くし、自らを犠牲にすることこそが、国民の最大の道徳であった。国家は一人一人の国民の幸 福のためにあるのではなく、国家のために個人が存在した時代である。個人が重要なのではなく、個人を束ねる全体にこそ価値があった。だからこそ、頂点を極 めるかに見えた1934年に、健康に異変を生じ、自らの選手生命の限界を悟った佐藤選手は、個人を束ねる全体である国家の期待に応え、奉仕することのでき ない自らの26歳の命をマラッカ海峡に投げ捨てたのだ。

 それから60年後、同じ26歳の伊達は、周囲の未練がましい期待にお構いなしに、自分のための人生を、周囲の期待のために犠牲にすることを拒み、あまりに潔く引退を表明する。
「自分勝手なわたしを、いつまでも応援してくださった皆さん、ほんとうにありがとうございました。せっかく応援してくださったのに、はやばやと(わたしに とってはちっとも早くないのだけれど……)引退するわがままを許してください。ごめんなさい、これがわたしの生き方なのです。」(伊達公子「ラストゲー ム」1996年213p日本文化出版)
 やっぱり私は伊達公子が好きである。


  

円谷幸吉の自殺
 伊達と佐藤の隔たりは、日本人の戦争が、本当は、いつ終わったのかという疑問へと僕を導く。トップ選手の自殺では、円谷幸吉選手があまりにも有名であ る。東京オリンピック(1964年)で銅メダルを獲得した円谷は、メキシコオリンピック(1968年)の金メダルを期待され、所属する自衛隊体育学校か ら、競技に専心することを求められ、婚約も許可されず、破談に追い込まれる。オーバートレーニングのため、もともと抱えていた腰痛の悪化から椎間板ヘルニ アを発症して走ることができなくなった円谷は68年1月8日、「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました」で始まる有名な遺書を残して27歳で 命を絶つ。円谷の根性のなさを批判する声が高い中、三島由紀夫は円谷の自殺を「崇高な死」と称えた(周知のとおり三島由紀夫は、円谷自殺の2年後の 1970年、自衛隊市ヶ谷駐屯地に乱入して割腹自殺を遂げる)。
 日本人の戦争精神は、確実に70年代まで続いていたのだ。


  

伊達と「根性」
 「伊達公子は『根性』が嫌いなんだよ」と、就職氷河期に大学を卒業した私の事務所の若い事務員たちに話してみる。彼女たちは一様に伊達に「根性」がなかった筈がないと主張する。
 22歳の誕生日の前後、世界ランク15位の壁にぶち当たった伊達は、こんなことを言っている。
 体格で劣る自分は、体格のいい外国人選手が8分の力で打ち下ろすサーブを返すのにもフルスイングで返さなければならない。フルセットの戦いを終えたと き、日本人の自分はへとへとになっている。トーナメントを勝ち抜いてもけろっとしている外国人選手とは体力が決定的に違う。しかも、外国人選手は、「あき らめるという精神構造がないのではないか」と思うほど精神力が強い。1回戦、2回戦のうちはまだいい、でも、3回戦、4回戦と体力や精神力を維持するのは 自分にはとても大変だ。転戦を重ねながら、それが3週間も、4週間も続く。自分のベストのテニスをすることで、ここまでは来られた。だけど、この上を目指 すには、さらに技術を向上させ、テニスを研究しなければならない。「今の自分の持っている技術や体力を維持することも、けっこうたいへんなのですが、それ 以上のことをやっていかないと、もっと上にはいけないのです」。そして伊達は、トレーニングで身長を伸ばすことはできない以上、「何かほかの武器を見つけ て勝負しなければなりません」と言い、それとともに集中力を維持することの重要さを強調する(「晴れのちテニス」1993年182p、190p日本文化出 版)。
 96年のフェドカップ、有明コロシアムで世界ランク1位のグラフを破ったとき、伊達は歩くだけで激痛が走る左膝の故障に耐えていた。
 こういう精神を普通は「根性」と呼ぶ。
 そうだよね、伊達は「根性」あるよね。しかも、ハンパじゃぁない。


 

「根性」と自己犠牲
   大松博文監督

 しかし、そんな伊達の本には確かに「根性」という言葉は、驚くほど出てこない(伊達の本は、ゴーストライターによるものではない。担当の編集者は、伊達 はほとんど締め切りに間に合ったことがない、テニスに集中する伊達には締め切りが頭の中にないのではないかと嘆いている。「ラストゲーム」156p)。
 伊達が嫌った「根性」は、戦前、佐藤が「テニスは犠牲だ」と呼んだ「犠牲」に似ている。
 僕(52歳)の記憶の中でも長く社会を支配していたのは自己犠牲を伴う「根性」だった。
 「巨人の星」や「あしたのジョー」など、最後は死んでしまうか、廃人になるまで打ち込む「スポ根物」が一世を風靡した。
 運動中に水を飲むのは、バテる原因だからとタブーにされていたし、足腰を鍛えるためにと、きついウサギ跳びが奨励された。
 そう、「根性」は戦後長らく非合理な自己犠牲の精神と不可分に結びついていた。


 実は、戦前、「根性」という言葉には、何事にもくじけない精神力といったニュアンスは含まれていなかった。
 この言葉を「精神力」と言った意味で広めたのは「東洋の魔女」を東京オリンピックで優勝させた大松博文監督だ。
 体格で決定的に劣る日本人が優勝するのは並大抵ではなかった。深夜・明け方に及び、骨折程度では休むことを許さぬ過酷な練習、選手の大半が脚気等の病気 にかかる中でつかみ取る優勝…。大松は自覚的に自分に犠牲と禁欲を強いるとともに、選手にも犠牲を強いて、「東洋の魔女」を育てた。彼は自分の「根性」 が、南方戦線の悲惨な戦場、その中での飢餓等の絶望的で極限的な体験によって鍛えられたことを繰り返し話して、選手たちを育てた。資質に劣る日本人は、青 春や家庭や健康を犠牲にしてでも「根性」で頑張るしかない、そして「勝つこと」によって全ての犠牲は報われる。それが大松の人生観だった(大松博文・講談 社「おれについてこい!」昭和36年)。
 ここに伊達が嫌った「根性」の原型がある(面白いことに、22歳の伊達は、負けることはつらいが、勝ち続けることはもっとつらいに違いないとも言っている「晴れのちテニス」210p)。
 そして、それは、敗戦によって世界の最貧国に突き落とされた日本を、経済大国となるまでに押し上げた戦後日本人の精神構造の中に、無意識に続いていた戦争精神だったのだ。

 

脱自己犠牲の「根性
 おおかたの歴史家や経済史家は、戦後日本の国作りの完成を1980年代半ばに見いだしている。
 ちょうどその頃、「根性」を極端には打ち出さず、青春の一幕として描くスポーツ漫画が主流を占めるようになり、スポーツ中の水分摂取の重要性が説かれるようになってスポーツ飲料が普及し、ウサギ跳びは膝を痛めるとして廃れていく。
 そして、伊達は93年に自己犠牲を強いる「『根性』が嫌いだ」と言い放つ。


 伊達より、さらに若い世代、就職氷河期を味わったロストジェネレーションと呼ばれる世代は、一流選手に「根性」があるのは当たり前だと思っている。そこには、「根性」の持っていた否定的な「自己犠牲」のニュアンスは、消えている。
 だから、僕は思う。日本人が精神的な意味で戦争から抜け出したのは、きっと80年代だ。そして豊かで平和な日本に育った次の新しい時代の精神が明確な形 をとって現れたのは伊達が天才プレーヤーとして活躍を始めた90年代初頭だ。その後、痛々しさを感じさせない自然な姿で、日本人がマラソンやフィギュアス ケート、大リーグといったメジャーなスポーツで次々と才能を開花させていく。
 才能を開花させている彼らは、ロストジェネレーションか、さらに下の世代だ。きっとそんな若い日本人たちがスポーツの世界だけでなく、学問や芸術、文化や経済といった分野にも一杯いるに違いない。
 そして僕は思う。彼らの中にこそ、日本国憲法が基本的人権の基礎に置いた、一人一人の人生や幸福を何よりも大切にし、一人一人の個性を尊重する個人主義が開花しているのだと。


 

伊達公子のひとりごと
 「晴れのちテニス」の冒頭に掲げられている「伊達公子のひとりごと」を最後に引用しよう。彼女の22歳のときの文章だ。
 彼女のごく自然な感性が表れていて、僕のとても好きな一文だ(一流選手だけあって、自己認識は弱冠22歳とは思えないほど正確だ)。こんな風に生きられるようになった日本を僕は大切に思っている。
 そして伊達たちの世代が、日本の指導的な立場に立つ15年後を楽しみにしている。私たちが、この日本の良さを壊すようなことさえしなければ、きっと、そのときの日本は、今より、よほど生きやすい世の中になっているに違いない。
      =========================
わたしが好きなのは、
お寿司!梅干し、ケーキ、和菓子。
寝ること、部屋でぼーっとしてること。
買い物、旅行、子どもと遊ぶこと、テニス。
でもね、テニスで好きなのは、試合だけ。


わたしの大切なものは、
自動車!腕時計、ジュエリー。
お気に入りの靴、洋服、かばん。
思い出、友達、自分の体。


わたしが嫌いなのは、
牛乳!レバー。
記者会見で意地悪な質問をする、記者。
根性、忍耐、管理、強制。
それから、練習とランニング!!


(「晴れのちテニス」日本文化出版1p)

* ランキングに参加しています *

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ

2013年1月22日 (火)

マチベンの寒中見舞い その5

【発行予定の書籍から】
ビル風害事件を問題にした裁判をテーマにした出版予定の本から、僕の目指す弁護士像を描いた部分を抜粋して紹介しよう。


N弁護士について


N弁護士とは、湾岸戦争(1991年~)の時に行われた市民平和訴訟の弁護団以来の付き合いだ。この訴訟は、イラクを攻撃する多国籍軍に対して日本政府が130億ドルに及ぶ戦費を支出をすることが、日本国憲法の平和主義及び憲法9条に反するとして、差止を求めた訴訟だ。


日本は戦費支出をしただけではなく、戦争終結後には、ペルシャ湾沿岸へ海上自衛隊の掃海艇を派遣した。このまま座視すれば、やがて自衛隊が戦争に駆り出されることになり、憲法の平和主義が蹂躙される時代が来る。この流れに歯止めをかけたい、非力でも何かしなければと声を上げた市民が集まった訴訟だった。訴訟が困難なことは最初からわかった話だった。


しかし、やむにやまれれず立ち上がった市民を見捨てることはできない。その後、N弁護士とは、PKO派兵差止訴訟、イラク派兵差止訴訟等の市民平和訴訟や日韓の戦後補償裁判である勤労挺身隊訴訟の弁護団をともにした。


N弁護士はこれらの訴訟の中心メンバーだった。N弁護士は、そこに不正義があると考えれば、どんなに困難な裁判でも立ち向かうことを信条にしている。風害という極めつけの困難な問題に立ち向かうこの事件で、そういうN弁護士から白羽の矢がたったのは、僕には光栄なことだった。


N弁護士は、不正義を見ると、断ることを知らない。不正義に立ち向かう事件のほとんどは、とても採算性が悪い。先に述べた一連の戦争と平和に関わる訴訟は、全部、持ち出しである。彼を一流の弁護士に育てたのはこうした事件の蓄積であるが、あまりに不正義が世の中に満ちると、彼が忙しくなり過ぎないか心配の種である。


事件が弁護士を育てる


僕に声がかかったのは、僕がマンション建設に反対する住民運動に数多く携わった実績が買われてのことと思う。とくに保育園の園庭が日影になり、子どもたちのお日様が奪われる事案での運動は、名古屋の弁護士では僕の独壇場だった。


子どもたちが育つ環境が奪われることを知った保護者の運動は、私心のないひたむきなものだった。園児の環境が奪われることに胸を痛める保母さん(現在の保育士)とも団結して、マンション建設反対のために、考えられる限りの知恵を絞った。裁判所は極端に過酷な日影被害しか被害者の訴えを認めてくれない。裁判に出しても敗けることがわかっていたので、どうしたら運動でマンション建築計画の変更を勝ち取ることができるか、そこに精力を集中した。


今では、考えにくいことだが、保護者は、深夜まで遊技室で保母さんと一緒に対策会議を繰り返した。保育園も保護者の熱意に押され、深夜までの園舎の使用を拒まなかった。部外者(僕やG建築士のことだ)の立入を禁止するなどという野暮なことは言わなかった、そういう時代だった。


僕は、運動に取り組む人たちのひたむきさに心を打たれた。弁護士という資格は、そうしたひたむきな人たちが集まる現場に飛び込むには格好の肩書きだった。法律家としてのアドバイスだけでなく、運動面でも一緒に知恵を絞って業者に対抗した。かれこれ10か園を超える保育園の日照運動に関わった。僕が、そこで学んだことは多い。


裁判所で争えば、敗訴することが明らかな例でも、運動は次々と成果を勝ち取った。多くの運動は建築計画が大幅に変更されるまで頑張った。計画の白紙撤回に至った例もあった、名古屋市が老人施設の用地として買収することで業者の損失も最低限に抑えられた例もあった。保護者の子どもを思う熱い気持ちは名古屋市も動かしたのだ。


僕が得た教訓は、単純な事実だった。正当な要求の下に、結束した、私心のないひたむきな運動は、必ず何らかの成果を挙げる。


諦めなければ、どんなときでも希望はある。

* ランキングに参加しています *

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ

マチベンの寒中見舞い その4

【『弁護士』へのレクイエム】

弁護士大増員
 弁護士経験30年を超えた。今だに自転車操業で走り続けている。
 とくに昨今の弁護士大増員で、弁護士業界はすっかり様変わりしてしまった。利に走る弁護士が増えた。その結果、効率よく多額を稼ぐことができる事件に弁護士が蝟集するようになった。


 

『ブラック士業』
 新卒の若者を使い捨てにする企業をブラック企業という。
 新卒者を大量に採用して、低賃金で最低限の睡眠時間も取れないほど酷使する。パワーハラスメントも当たり前の世界だ。耐えられない者が辞めていくのを待っている。
 この就職難の時代だ。大量に退職してくれれば、いくらでも低賃金の新卒者を採用し続けることができる。若者の代えは幾らでも利く。
 名前を知られたところでは、ユニクロや和民、ウェザーニュースなど、その典型である(文春新書「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」)。

  若者に働き先のないような世の中は、絶対的に歪んでいく。
 弁護士の業界も新人は最悪の就職難だ。
 ロースクール詐欺などという言葉も生まれている。
 弁護士業界も生き馬の目を抜く生存競争の時代に入った。昔だったら、問題にならなかったことが問題にされて、恥ずかしげもなく堂々と裁判にされる。ブラック企業の手先になって、効果的かつ安全に新卒者を使い捨てるための、違法すれすれの技能を売り物にする弁護士も現れている。「ブラック士業」と呼ばれる(上記「ブラック企業」)。

マチベンの覚悟
 一方で、人権や社会正義を守るという立場を貫いて生きようとする弁護士は、すっかり不足気味だ。とくに若手弁護士は、日々の銭に追われて、身動きがつかない。
 公安警察が足下を見て、市民運動や労働運動を弾圧しても、弁護士の集まりは甚だよろしくない。
 全てが、弁護士大増員の結果だ。もともと大増員は、労働者を使い捨てにするような財界が言い出し、日弁連の執行部が、多数の弁護士の反対を押し切って推進に転じて、その提灯持ちをした。
 推進した人たちが、ツケを持つなら筋が通るが、最初から反対していた僕のような稼ぎの下手なマチベンのところにツケがくる。そのため、僕は、弁護士31年目にして初めて借入をおこすことになった。
 自分だけは売れないのだ。売らないまま、やれるところまで、やる覚悟である。

* ランキングに参加しています *

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ

2013年1月19日 (土)

マチベンの寒中見舞い その3

【とある労働事件の和解】

書記官室にて

ある労働事件の和解調書を取りに書記官室を訪れたときのこと。いつものことだが、裁判所からはへき地で事務所を営む僕が裁判書類を取りに行くのは遅れがちになる。すぐには書記官も思い出せない、そして、「あー、あの事件ですね」と、ほほ笑む。なんか曰くありげだ。「そんな特殊でしたか」と尋ねると、「労働事件で、ああいう解決はありませんよ。」と書記官。「お世辞じゃないの」と聞いても「そんあことありませんよ」と他の書記官もほほえましそう。そうか。そんな珍しい解決だったんだと、今さら思う。


使用者側を担当して

労働事件なら、僕が代理したのは、当然、労働者側と思うだろうけど、はずれ。労働者に訴えられた使用者を初めて代理した。介護福祉施設で働く労働者から、懲戒処分が不当だと訴えられたものだ。強力な労働組合がバックにいて、毎回、傍聴に来ていた。僕も、いつもの事件は、支援の傍聴者に来てもらう口である。しかし、相手方の傍聴者が多いということがこれほど、イヤなものだとは、初めて知った。何か、悪くもないのに、非難されているような気がする。


和解の理由

この事件では、福祉施設も、労働者や労働組合も介護労働では、介護施設の利用者の人権の尊重が最も重要だという価値観に一致があった。そのことを察知した裁判官は、2回ほど準備書面(当事者の主張を書いた書面)を交換したら、さっそく和解期日を指定して、和解による解決に乗り出した。裁判官の熱意は、半端じゃなかった。隔たっていた双方の主張を何回かの和解期日で詰めていくと、最後は、2時間ぶっとおしで、双方を説得に当たるという熱心さだ。そうして和解は成立した。この和解には、前文がある。内容は次の通り。

「原告と被告は、被告の運営する介護施設の運営及び業務について、施設利用者の個性を理解し、その尊厳を尊重する介護が求められるとの認識において一致し、施設利用者の人権に、十分配慮した施設の運営・業務の重要性並びに職場環境を改善し、労働者を処分するに当たっては、関係者及び処分対象者の意見を聴取することなどの重要性を確認し、以下のとおり合意する」


通常の事件もそうだが、労働事件は、いっそう根本的に利害が対立していることが多い。いったん、裁判になると、泥沼の争いになるのが普通だ。ところが、この件は、入り口で、双方の価値観を一致させ、円満に和解した。職場環境を考えても、労働組合と使用者が厳しい裁判を抱えている状態と比べれば、和解によって解決した方がよいに決まっている。価値観の一致に気づいた裁判官が熱心に説得したのも、そのためだ。途中、双方の提案の隔たりが縮まらないときは、裁判官は「こんな事件はないのだから、この事件で和解できないのはもったいない」とまで言って、双方に柔軟な対応を求めた。裁判官と双方当事者・弁護士が揃うと、一番重要なことは何かを軸にして、調整ができるわけ。


マチベンがお得

そんな経過だったから、裁判官の感慨は深いだろうなと思っていたが、まさか、書記官室でまで話題になるとはね。この福祉施設は、経費に占める人件費の割合が他の施設よりも高い。乏しい福祉予算の中でのやりくりなので、限界はあるが、それだけ、施設で働く職員を尊重している。職場が円滑に回ることは、施設利用者にとっても、施設にとっても、利益なのだ。


良識的な使用者は、労働事件でも、ビジネスロイヤーではなくて、僕のようなマチベンに任せた方がお得なのである。

* ランキングに参加しています *

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ

2013年1月18日 (金)

マチベンの寒中見舞い その2

【マチベンの足跡】

既済事件記録保管庫から

昨年、新人のD弁護士(28歳、若~い!)を迎えるに当たり、スペース確保のため、倉庫を整理しました。と言っても、ほんの少しですけど。昔の記録が保管してあるロッカーを片付けていると、いろいろ思い出しました。一番意外だったのは、僕の勝率は案外と高いということでした。勝訴判決の方が、敗訴事案よりずっと多いことに気づきました。僕の中では、いつも負けた事件のことが頭を占めています。負けてはならないと取り組んだ末、負けた事件ほど、絶対に忘れられないのです。


ところが、振り返れば、勝った事件方がずっと多いんです。「なんで、これ勝ったのかなあ」なんて思ったりするわけで。


和解で解決した事件でも、そのときは当事者に申し訳ないなあなんて思いながら、和解したのに、改めて振り返ると、6000万円請求された被告事件で、150万円で和解してるのは、勝ったのも同然ですよね。法律論では、まず勝つのは無理に見えるんで、「なかなかやるじゃん、僕も」なんて思ったりするわけで。やってるときは、「相手はひどい」、「腐ってる」、「許せん」なんて攻め続けてるから、いざ、和解となると当事者に申し訳なくなる訳ですけど。


初心を思う


で、改めて、31年前、新人で入った事務所のことを思い出します。ここでは、「不正義だと思ったら、まず闘え」と教えられました。そんなこと言ったって法律的に無理じゃん、などと泣き言を言うと、ボス頭の弁護士から、よく怒鳴られました。thunderthunder


「不正義だと思うなら、まず行動しろ、理屈なんか後でついてくる」と。完全に体育会系ですよね。およそ僕の柄ではありませんでしたが、やっぱり最初が肝心ですね。僕は、今でも、利よりも、義、情優先で、理は何とか後でこしらえるけどけど、利が伴わないために、事務所は恒常的に経営危機です。


ま、こんなんで、一生行くんでしょうけど。

* ランキングに参加しています *

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ

2013年1月17日 (木)

マチベンの寒中見舞い その1

昨年の仕事納めの日の終業間際、二人の若者が事務所を訪れた。
人の顔を覚えるのが超苦手な僕は、すぐには誰かわからなかった。
一年近く前に、離婚事件が終結した男性だった。
分割で受け取っていた報酬の残金を一括で支払に来てくれたのだった。


彼は、「ありがとうございました」と、明るい声で頭を下げる。
一緒に来たのは、むろん、新しい彼女。二人は仲良く、とても幸せそうで微笑ましい。


人生、なにごとも失敗はある。そして、なにごともやり直しはある (^^)V
そう、やり直す気さえあれば、幾つになろうと…。
本年もよろしくお願い申し上げます。

* ランキングに参加しています *

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ

2013年1月15日 (火)

橋下劇場 体罰自殺激怒編 その2

あたし、今、夕食準備中で時間がないの。
だから、簡単に言うね。


橋下さんって、ホントに食えない男よね。
自殺した男子児童の親に会って、「あの年代で人生を終わりにする、最後の言葉をつづる姿を想像するだけで耐えられませんよ」、「認識が甘かった」、「前近代的だった」、「猛反省している」なんて繰り返した(12日)と思ったら成人式の挨拶では、大半を体罰はいけない、体罰容認の風潮は改めてもらいたいみたいなお話をして(14日)、体罰をホントに反省しているように見えちゃったじゃない。


でも、違うのよね、橋下さんが言ってるのは、クラブ活動で、強くなるために体罰を使うのは、非効率的だってことだけ。


毎日新聞 2013年01月15日

ただ、「学校現場で他人に迷惑をかけるとかの時には、手を上げることも認めないといけないかもしれない」とも話している。

適切な見出しが付いてるから気づくけど、見落としちゃうわよね。風向きが悪いから、変節したように装ってるけど、体罰容認を追及する姿勢には、何も変わっていないんだ。


橋下さんは、体罰禁止に転じたように見せて、実際は体罰容認を崩してなんかいないの。


一体、この人の舌は、何枚あるのかしらん。


呆れるわ、ホントに。

* ランキングに参加しています *

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ

2013年1月11日 (金)

橋下劇場 体罰自殺激怒編

ねえねえ、橋下さんって、桜宮高校の体罰自殺事件は、教育現場の最悪の失態だって、騒いでるんだって。
自分が陣頭指揮するなんて、頑張ってるんだってね。


どういう立場で、陣頭指揮するんでしょうね。


あたし、知ってるの。
橋下さんって、体罰禁止はおかしいって、言ってるもんね。
親切な『堺からのアピール』さんが、橋下さんの発言をメディアから拾ってくれてる。
橋下知事「手を出さないとしょうがない」 体罰容認発言

抜粋させてもらうわ。

twitter2011年10月12日

体罰の基準、モンスターペアレンツへの対応策等、学校現場と世間の感覚の乖離はどんどん大きくなってきている。いざというときには子どもに手を出すときはある。

体罰問題も、モンスターペアレンツ問題も、学校現場に任せよ。学校が困った時だけ教委は出動すべき。これが本条例の一番のテーマ。

子どもに手を出すことは認めているのよね。
体罰の問題は学校現場に任せよって、持論なのよね。

どの程度の体罰ならよろしいかって言うと、

Jcastニュース 12年10月4日

「僕は、もみあげをつまんで引き上げるくらいまではいいと思うんですけどね、そんなのしょっちゅうありましたし、それぐらいなかったらねー、ダメです。大阪市でそれを体罰とか何とか言われたら、政治で僕が引き受けますから」

って言ったかと思えば、

「腹をどつかれた時の痛さ、そういうものが分かれば、相手側の方に対しても歯止めになると思う」

なんてエスカレートしちゃった。


だから、基本的に橋下さんは、体罰容認なのよね。
テレビなんかは、「教育現場の最悪の大失態だ」、「教育委員会に任せておけない。僕が責任をもって引っ張っていく」って大見得切ったところだけ放送するから、橋下さんは、体罰を怒っているみたく誤解されるじゃない。橋下さんは体罰はいけないなんて一言もいってないわ。


だから、加害者にされちゃってる先生も、橋下さんの言葉を、先生、頑張って体罰に励んでくださいって言われてると思ったかもしれないし。
隠蔽したと言われている学校も、「学校現場に任せよ。学校が困った時だけ教委は出動すべき」っていう橋下さんの言葉にしたがっただけかもしれないじゃない。だとしたら、今さら隠蔽なんて言われると心外よね。


毎日新聞2013年1月8日

僕が(子どもに)手を上げることもある。親がそうだから学校現場でも(体罰は)ある。そうなったときに事後フォローをどうしないといけないのかだ」と話し、体罰が存在するとの前提をもとに、体罰が起きた後の生徒への対処方法が重要との認識を示した。

腹をどつかれる程度の体罰があることを前提にして、その後の生徒への対処方法が重要だということだもんね。


コメンテーターは異口同音に体罰はいけないって言っているのに、橋下さんが体罰推進派だってことは、放送しないの。


あたし、テレビ報道は橋下さんも、不本意だと思うの。


橋下さんは、教育現場の大失態とは言ってるけど、体罰がいけないとは言ってない。
体罰禁止が学校現場を萎縮させるという持論は変わっていないの。
体罰自殺事件の後も、ちゃんと持論を展開してるわ。


赤旗1月10日

「正直僕は、クラブ活動の中でビンタをすることは、ありうると思っている」と体罰を容認し、「きちっとルール化できていなかったのが問題だ」
「全国大会を目指す桜宮高校の体育科では、保護者も含め、ある程度のところは教育的な指導だという暗黙の共通認識があったのではないか」と発言。「にもか かわらず教育委員会が体罰禁止とか、手を上げることは絶対にありえないという、うわべっ面のスローガンだけで事にあたっていたことが(事件の)最大の原因」と強弁しました。

体罰いけないキャンペーンに使われちゃ橋下さんも迷惑よね。
適当な体罰を追及したい、体罰にはアフターフォローが大事、が橋下さんの信念なのよね。
今回ばかりは、橋下さんも、“真実の報道”赤旗さんに感謝しなくちゃね。
テレビでは、信念のないその場限り男に見えちゃうじゃない。


でもって、コメンテーターは、とにかく体罰を隠蔽したことが許せないと糾弾すんのよね。


どうかしてるわよ。
隠蔽してんのは、あんたたちでしょ。
橋下さんが体罰推進派だってことをどうして隠蔽するかなあ。
これじゃ、橋下さんの立つ瀬がないじゃない。


コメンテーターさんは、隠蔽はいけないといいながら、橋下さんの主張を隠蔽することに加担してるのよね。
知っててやったら、あんたらも隠蔽組の組員だわね。

で、あたしは、自分は、相当お馬鹿さんだと知ってるけど、もしも、もしもよ、コメンテーターさんが、橋下さんは体罰はいけないと考えていると思ってたとすればよ、あたしより、もっとオタンチンってことになるの。

相当、珍しいわよ。
あたしよりオタンチンなんて。


いじめ問題でも、テレビは、大人社会で横行しているイジメは絶対に認めないよね。
子どもは大人の鏡、だったかしら、だから、大人社会で横行しているイジメに触れずに、子どものイジメを語ってる人、おかしいと思うのよね。
でも、コメンテーターさんが、大人のイジメ社会のことを話すの聞いたことないの。


大人社会にイジメが蔓延してるのに、子どもだけイジメはダメです、なんて、あたしは言えないな。
大人社会のイジメを座視しているコメンテーターさんも、毎日自殺しているブラック企業の労働者の何人かに対する加害者だわよね。

だから、テレビのコメンテーターさんって、バカばっかり。

だから、関西市民も、次の参院選で維新を勝たせたりしたら、隠蔽組か、よほどの珍獣おバカさんかどっちかよ。心してね。

* ランキングに参加しています *

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ

2013年1月 8日 (火)

宮崎学の子分から新年の挨拶である。

宮崎学の子分である。無沙汰しておる。


今年は、年末からばたばたがあった上、現在、締め切り遅延の執筆活動sign01に追われておる。このため、新年の挨拶をしておらんことに今、気づいた。


ここで新年の挨拶をしておく。


ここ守山は、抵抗の言論人、桐生悠々が晩年を過ごした地である。


『関東防空大演習を嗤う』との論陣を張って信濃毎日を追われた桐生悠々は、北朝鮮ミサイルのカケラ騒動で、沖縄の子どもたちが屋内避難を強いられている様を、どう思って見ておるであろうな。
日本人が戦前以上に幼稚化したと嘆いておろうか、呆れておろうか。


歴史は繰り返す、1度目は悲劇として、2度目は喜劇として。


末尾に桐生悠々の個人誌『他山の石』の廃刊の辞を引用しておく。
飛ばし読みしかできん奴のために、下線を引いておいたので、心して読まれよ。
言っておくが、『戦後の一大軍粛』を桐生が予言したのは、日米開戦前の1941年8月だ。
並の人間に吐ける言葉ではないぞ。
そういう大人が、この田舎におったのだ。


ワシは、これから親分にあやかって文筆家としてデビューしようとするくらいであるから、まだ辞世を述べるわけにはいかぬが、新年に当たり、桐生悠々が廃刊の辞に込めた烈々たる怒りと信念の爪の垢くらいにはあやかりたいと心を新たにしておるぞ。


 桐生悠々は「大阪毎日」「大阪朝日」「信濃毎日」「新愛知」等を歴任したジャーナリストである。昭和8年(1933)8月11日「防空演習を嗤う」論説 が『信毎』に載ってから、軍部はあらゆる手段を講じて「信毎」に圧力を加え、その結果悠々は「信毎」を退社、12月に長野を去り、「新愛知」時代に住んで いた守山町廿軒家の地に居を構えることになった。
 名古屋には、ジャーナリストとしての彼が活動できる場はもはやなく、個人雑誌『他山の石』を月2回発行、300~400名の購読者の会費収入によって生計の道を立てることにした。
 このささやかな個人雑誌に対しても治安当局の目はきびしく、記事の削除、発禁は終刊にいたるまで27回におよび、悠々の行動は絶えず勝川警察署の公安の監視の下におかれていた。
 昭和16年8月5日号の『他山の石』を差押さえた県特高課は、悠々に『他山の石』廃刊の勧告をつきつけ、それに抗して発行された8月20日号(第8年第16号)が最終号となった。
 その最終号に載った「廃刊の辞」の一節である。


 「さて小生『他山の石』を発行して以来ここに八個年超民族的超国家的に全人類の康福を祈願して孤軍奮闘又悪戦苦闘を重ねつゝ今日に到候が(中略)時たまたま小生痼疾咽喉カタル非常に悪化し流動物すら嚥下能はざるやうに相成りやがてこの世を去らねばならぬ危機に到達致し居り候う故小生は寧ろ喜ん でこの超畜生道に堕落しつつある地球の表面より消え失せることを歓迎致し居り候うも唯小生が理想したる戦後の一大軍粛を見ることなくして早くもこの世を去 ることは如何にも残念至極に御座候う」(原文に送り仮名などを挿入した)
 太平洋戦争の始まる3か月前、昭和16年(1941)9月10日、悠々は68歳の生涯をとじた。

         愛知県郷土資料刊行会 「守山区の歴史」より

* ランキングに参加しています *

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ

2013年1月 5日 (土)

朝ドラ『純と愛』 後半期待したい

NHKの朝ドラ『純と愛』、違和感を半分持ちながら、ときどき筋を追っていた。


採り上げたテーマは鋭く本質的だ。
利益至上・効率優先の現代型資本主義は、人間存在の本質を押し流してしまう。問題意識は十分に伝わってくる。
ただ、買収されたホテルのスタッフが、団結してホテルの再建に立ち向かう等、現実には、そんなことは起きないようなことが描かれたり、現実離れした主人公のキャラに違和感を持ったりしながら、だらだら見てきた。


ただ、主人公の夢が、手に届きそうなものも含めて次々とつぶされ、完全に挫折した後の展開には期待が持てるかもしれない。
昨年暮れから1月4日の放送再開の回までの展開には、現実感があった。

1月5日の回では今の私たちを取り巻くすさまじく荒廃した社会が浮き彫りにされた。
このドラマは、どっかで、すっ飛ぶ可能性があるにしても、生の現実に等身大で向き合う純と愛には、ハッピーでもバッドでもない、エンドが用意されているかも知れない。


拝金主義に洗脳された現代資本主義に、人間性を求めるのはあまりに愚かだ。
しかし、作者は現代資本主義の本質はとらえている。
今後の展開と、エンドに注目したい。


なお、主人公二人の家庭は、どちらも暴君が君臨して、完全に破綻している。
弁護士としては、どうして離婚しないのかと異議も唱えたくなるが、現代家庭の多くは、ホームドラマのように甘くない。
暴君に支配される破綻家庭の様子も含めて、このドラマ、面白い。



* ランキングに参加しています *

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

無料ブログはココログ
2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30