マチベンの寒中見舞い その3
【とある労働事件の和解】
書記官室にて
ある労働事件の和解調書を取りに書記官室を訪れたときのこと。いつものことだが、裁判所からはへき地で事務所を営む僕が裁判書類を取りに行くのは遅れがちになる。すぐには書記官も思い出せない、そして、「あー、あの事件ですね」と、ほほ笑む。なんか曰くありげだ。「そんな特殊でしたか」と尋ねると、「労働事件で、ああいう解決はありませんよ。」と書記官。「お世辞じゃないの」と聞いても「そんあことありませんよ」と他の書記官もほほえましそう。そうか。そんな珍しい解決だったんだと、今さら思う。
使用者側を担当して
労働事件なら、僕が代理したのは、当然、労働者側と思うだろうけど、はずれ。労働者に訴えられた使用者を初めて代理した。介護福祉施設で働く労働者から、懲戒処分が不当だと訴えられたものだ。強力な労働組合がバックにいて、毎回、傍聴に来ていた。僕も、いつもの事件は、支援の傍聴者に来てもらう口である。しかし、相手方の傍聴者が多いということがこれほど、イヤなものだとは、初めて知った。何か、悪くもないのに、非難されているような気がする。
和解の理由
この事件では、福祉施設も、労働者や労働組合も介護労働では、介護施設の利用者の人権の尊重が最も重要だという価値観に一致があった。そのことを察知した裁判官は、2回ほど準備書面(当事者の主張を書いた書面)を交換したら、さっそく和解期日を指定して、和解による解決に乗り出した。裁判官の熱意は、半端じゃなかった。隔たっていた双方の主張を何回かの和解期日で詰めていくと、最後は、2時間ぶっとおしで、双方を説得に当たるという熱心さだ。そうして和解は成立した。この和解には、前文がある。内容は次の通り。
「原告と被告は、被告の運営する介護施設の運営及び業務について、施設利用者の個性を理解し、その尊厳を尊重する介護が求められるとの認識において一致し、施設利用者の人権に、十分配慮した施設の運営・業務の重要性並びに職場環境を改善し、労働者を処分するに当たっては、関係者及び処分対象者の意見を聴取することなどの重要性を確認し、以下のとおり合意する」
通常の事件もそうだが、労働事件は、いっそう根本的に利害が対立していることが多い。いったん、裁判になると、泥沼の争いになるのが普通だ。ところが、この件は、入り口で、双方の価値観を一致させ、円満に和解した。職場環境を考えても、労働組合と使用者が厳しい裁判を抱えている状態と比べれば、和解によって解決した方がよいに決まっている。価値観の一致に気づいた裁判官が熱心に説得したのも、そのためだ。途中、双方の提案の隔たりが縮まらないときは、裁判官は「こんな事件はないのだから、この事件で和解できないのはもったいない」とまで言って、双方に柔軟な対応を求めた。裁判官と双方当事者・弁護士が揃うと、一番重要なことは何かを軸にして、調整ができるわけ。
マチベンがお得
そんな経過だったから、裁判官の感慨は深いだろうなと思っていたが、まさか、書記官室でまで話題になるとはね。この福祉施設は、経費に占める人件費の割合が他の施設よりも高い。乏しい福祉予算の中でのやりくりなので、限界はあるが、それだけ、施設で働く職員を尊重している。職場が円滑に回ることは、施設利用者にとっても、施設にとっても、利益なのだ。
良識的な使用者は、労働事件でも、ビジネスロイヤーではなくて、僕のようなマチベンに任せた方がお得なのである。
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