ISD条項の罠10 滅ぼされる日本法
このテーマはもう少し勉強してからと思っていたが、情勢が緊迫しているので、思い切って、書くことにした。多少の不正確は、後に訂正するので、容赦願いたい。
3月1日、3日のブログで指摘したとおり、ISD条項に関する朝日新聞の理解度は極めて浅薄なものである。
そんな記事でも、重要な手がかりはある。
自由貿易協定の件数に触れた部分だ。
日本は、これまで13件の自由貿易協定を締結してきたが、「フィリピンを除く」協定には、ISD条項があるとする件である。
投資協定や自由貿易協定には、ISD条項は付きものだと考えるから、朝日は、TPPにISD条項が含まれることに問題はないと主張するのであろう。
ならば、なぜ、フィリピンとの自由貿易協定からは、投資協定の標準約款ともいうべきISD条項が除かれたのか、疑問を持つのが当然である。
この点に、朝日新聞は全く触れない。
実は、フィリピンとの自由貿易協定において、ISDS条項が除かれたことには、明確な理由がある。
それは、フィリピンが英米法圏と呼ばれる法体系に属する国であるということである。
対して、日本や韓国は(ヨーロッパ)大陸法圏と呼ばれる法体系に属している。
後者は実定法(国会で制定された法)が基本になるのに対して、前者は不文法(慣習法)や判例法が基本になる等、法に対する考え方が全く違う。
フィリピンは、「米国法がそのまま取り入れられ、組み込まれていて、法律論争で引用する判例も米国での係争から引かれてくる。したがって、弁護士の資格をとるにも米国法で勉強する」(石川隆「プラント輸出ロマン街道を行く」67p)。れっきとした英米法圏、もっと端的に言えばアメリカ法の国である。
このような法体系が異なる国の間で、ISD条項が機能するような統一ルールを形成するのは極めて困難である。
統一ルールを導こうとすれば、どちらかの国の法体系が破綻する可能性がある。
だから、日本は、英米法なかんずくアメリカ判例がストレートに通用しているフィリピンとの間での自由貿易協定には、ISDS条項を導入するのは適切ではないと判断して、ISD条項を設けなかったのである。
さて、TPPの交渉参加11カ国を見ると、日本は、7カ国との間で、すでにISD条項を含む投資協定あるいは自由貿易協定を締結している。
ISD条項を含む協定を締結済なのは、シンガポール、チリ、ブルネイ、マレーシア、ヴェトナム、ペルー、メキシコの7カ国であり、いずれも「活力ある」途上国である。
TPPで新たに協定の相手国になるのは、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの4カ国である。
これらは、いずれも成熟した先進国である。
つまり日本は、「活力ある」途上国との間では、ISD条項を含む2国間協定を有しており、これがないのは、先進国との間だけだという訳である。
新たに相手国になるのが、いずれも成熟した先進国だというのだから、TPP推進派が口にする「アジアの活力を取り込む」などというのは客観的に見てウソである。
いわゆる取り込むべき活力のある途上国との間では、二国間の交渉によって、すでに自由貿易の門戸は開かれており、より開く意図があるのであれば、二国間の交渉を活用すればよいのである。
また、途上国に対する投資を保護するためにISDが必要だというなら、すでに整備されているのだから、これを活用することを考えればよいのである(マチベンはストレートには同意しないが、機能的に見れば、十分に国際私設裁判制度を活用できることは事実である)。
残る4カ国との間には、確かに投資保護協定はないし、ISD条項もない。
しかし、もともとISD条項は、途上国の司法制度の不備を理由に自国の投資を保護しようとしたものであるから、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド等の先進国には不必要であるはずである。これらの国では国内司法制度が整備されているのだから、少なくとも理屈の上では、ISDを結ぶ実益がないということになるはずである。
アメリカを含む自由貿易協定にISD条項を導入することが、極めて危険であることは、韓国法務省が、これまで90に近いISD条項付の協定を締結しながら、米韓FTAにこれを盛り込むことに必死で抵抗したことからも明らかである。
単純にいって、ISD条項を前提とするTPPへの参加交渉を進めるのは、百害あって一利なしだ。
しかし、問題は、さらに深刻である。
TPP加盟国中、先進国であるこれら4カ国は全て、英米法系の国家だということだ。
GDPベースの経済力からすれば、日本の相手国としては4カ国の占める割合は9割を大きく超えるであろう。TPPは、加盟国の圧倒的多数が、英米法的思考を基軸に考える経済連携協定なのである。
英米法系国家を主軸とするTPPに加盟し、ISD条項を締結すれば、日本の法体系が脅かされることは必至である。
英米法系国家(近時は、ストレートにアメリカ法とも呼ばれるようになった)が圧倒的な力を有する経済連携協定に先進国としては唯一、大陸法系の国である日本が加盟した状況を思い描いてみるがいい。経済連携共同体の一員であるためには、日本もアメリカ法を導入せざるを得ない。すなわち、アメリカ法による日本法の侵略は不可避だ。
極端な話、日本の法律は全てアメリカ法と取り替えられる危険は決して杞憂ではない。
フィリピンでは、アメリカは、ラウレル・ラングレー協定で、取引に関する法は全てアメリカ法を用いるという乱暴なことを行った。ISD提訴によるルールの均一化の圧力の下、日本民法をまるごとアメリカ法に取り替えられることがないと誰が断言できるだろう。
米韓FTAの交渉過程で、アメリカとのISDを恐れた韓国政府は、アメリカに対して、米豪FTAには、ISD条項がないのだから、先進国同士のFTAである米韓FTAにもISDは不要ではないかと主張した。しかし、アメリカは、オーストラリアは英米法圏の国家だが、韓国は大陸法圏だとして、ISD条項を設けることを譲らなかった。
法体系の異なる国家に対して、法体系が異なるがゆえにISD条項が必要だとするアメリカ政府の考え方は、相手国の法体系は是認できないと主張するものだ。司法制度の不備な途上国と同様、韓国に対しても、ISD条項を梃子として、自国の法体系を押しつけようとするものに他ならない。
仮にTPPを締結して、国際投資裁判を駆使されれば、いずれ日本法は、滅びる運命にあるだろう。
延長線上には、裁判所における言語を日本語とする裁判所法すら、改正される可能性がある。
すでに日本の国内法である仲裁法は、仲裁において使用する言語は当事者の合意によって定めるとある。そして、そのことをほとんどの弁護士は知らない。
TPP加盟国の主軸国は英語圏である。
裁判所法が改正され、裁判所における言語は「英語による」とされるSF的な事態も決して杞憂ではないのだ。
米国法による日本法の侵略には、一マチベンとして、絶対に反対し、抵抗する覚悟である。
なお、法は文化や風土を反映し、また文化や風土は法に影響される。
法が人々の行動を変化させることは、個人情報保護法の制定がいかに人々の行動を一変させてしまったかを思い起こせば、容易に理解してもらえると思う。
日本法の滅亡、そしてアメリカ法の導入は、日本人の行動原理や慣習を変え、日本人の作風、日本の文化ひいては風土を変えてしまう。
平和的で穏やかな日本人と「美しい国」日本を愛する者として、そうなってはならないと切に思う。
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