TPPは『平成の不平等条約』と呼ばれる日が来るだろう
米国との自由貿易協定は、日本にとっては、必然的に法的不平等条約となる。(ここでは二国間のものに限らず、NAFTAやTPPのような多国間の経済連携協定も含む広い意味で自由貿易協定という用語を使用する)
このことは、国際経済法のテキストに書いてある。
学生でも知っている、いわば常識に属する。
しかし、一般にはほとんど知られていないので、この際だから、敢えて明らかにしておく。
アメリカは、自由貿易協定を締結した後、これを国内法化するプロセスとして、履行法を制定し、その中に以下の事項を必ず盛り込んでいる。
- 連邦法・州法に反する自由貿易協定は無効。
- 自由貿易協定に反する連邦法・州法は有効。
- 何人も(但し合衆国を除く)、自由貿易協定に基づいて攻撃防御方法とすることができない(平たく言うと、自由貿易協定に基づいて権利を主張し、義務を免れることはできない)。
- 何人も、当局のいかなる作為・不作為に対しても、自由貿易協定に基いて、異議を申立てることはできない。
これらの条項は、確認できる限りで、WTO履行法、NAFTA履行法、米韓FTA履行法のいずれにも盛り込まれている。
つまり、たとえTPPを締結しようとも、アメリカは国内の法制度を変える必要は全くないのである。
アメリカを自由貿易の盟主であるかのように見る向きもあるが、アメリカ自身は、徹底した保護主義を採用しており、自由貿易のために国内制度を変えるつもりは微塵もないのである。
日本の自由貿易至上主義のようなイデオロギー的な主張と異なり、アメリカは、国益に合致する現実的な選択として、保護主義を採用しているのである。
アメリカ合衆国憲法では、通商・関税に関する事項は、議会の専権事項に属するから、国内法化するに際して、すでに締結した自由貿易協定をどのように扱うかは、議会の自由ということになる。憲法上、そうしたやり方は正当なのだ。
他方、我が国では、国会は、条約を承認するか否かの二者択一しか選択肢がない。そして、承認された条約は、法律より優越した効力を持つとするのが定説だ。
このため、日本は、国内法的にもTPPという条約に拘束されて、非関税障壁だとされるおそれのある、あらゆる規制の見直しを迫られる。
他方、アメリカの国内規制は全面的に維持される。
つまり、アメリカとの自由貿易協定は、いかなる内容のものを締結しようと、国内法化の過程で、法的に不平等条約になる仕組みになっているのだ。
日本は、外資の利益に反する可能性のある国内規制を次々と変更せざるを得ない一方、相手国であるアメリカは何も国内法に手を付ける必要はない。
関税自主権を奪われた条約をかつて、不平等条約と呼んだ。
国内規制まで多国籍企業に奪われる条約が不平等条約でないはずがないではないか。
確かに、アメリカの、このような国内法化は、国と国の約束を破ったという意味で、国際法上は、違法となり得る。
しかし、アメリカに対して、国際法違反を問うのは現実問題として、無意味だ。
原爆の投下が無差別の空爆を禁止した国際法に違反することは明らかであった。当時の日本政府も国際法違反だと抗議している。
しかし、国際法違反だからと言って、アメリカに対して、何らかの制裁を与えることができるかと言えば、できない。
余りにも卓越した力を有する主体である超大国に対しては、国際法違反の追及は、現実には無意味と言うほかないのである。
だから、自由貿易協定の履行法が国際法違反だからと言って、その国際法違反の責任を追及することは不可能である。
(なお、国際法違反だからと言って、履行法等のアメリカ国内法が無効になるものではないことに注意)
繰り返すが、アメリカは国内法化の過程で徹底した保護主義を採用することにより、国内法には何も手を付ける必要がない。他方で、日本は一方的に次々と規制の撤廃を迫られ続ける。
今は、事実上の圧力によってであるが、今後は、法的義務だとされて、次々と国内規制の撤廃を余儀なくされるのである。
しかも、何が非関税障壁に当たるのかは、第一次的には外資の判断に委ねられるのだ。
実際上、何が非関税障壁とされるのか。訴えられてみないとわからないというのが現実だ。
繰り返すが、これを不平等条約と言わずに何と呼ぶことができるだろうか。
そして、アメリカとの自由貿易協定が必ず構造的不平等をもたらすことは、国際経済法を学ぶ者なら、学生だって知っている。
しかし、国際経済法を学ぶ者の大半は、自由貿易至上主義なので、TPPの議論においても、自由貿易を推進する立場から、沈黙を守っている。
マスコミや日弁連の中にも、知っている者が当然いると考えられるが、この問題が採り上げられたことはない。国会質疑はあったのかもしれないが、マスコミが採り上げていないので、国民は知らない話になる。
だから、カネ勘定の苦手なマチベンが、つい先日、国際経済法の教科書を読んで知った事実をこうして報告する次第である。