ISD条項の罠9 根拠なき楽観論を垂れ流す朝日・メディア
3月1日付ブログで述べたとおり、投資家対国家訴訟の私設裁判所の仕組みは、あまりにも不備である。
非公開秘密裁判では、投資家利益を優先する国家が、外国投資家となれ合い裁判するのを防ぐ仕組みもないだろう。
にも拘わらず、私設裁判所の裁定には強制執行ができるという国内法的効力がストレートに認められており、国家の抵抗を許さない極めて強力な法的効果が付与されている。
朝日は、これまで日本は13の自由貿易協定を結びフィリピンを除く自由貿易協定にはISD条項が入っているが、日本は訴えられたことはない、また仮に訴えられたとしても投資家が勝訴するためには高いハードルがあるとし、恰もISD条項は恐れる必要がないかのように解説している。
ISD条項は投資協定にも含まれるから、我が国は合計約30件のISD条項を締結している。訴えられたことがないのも事実だ。
しかし、過去の実績が参考にならないのは米韓FTAの締結交渉に際して、日本よりはるかに多くの自由貿易協定・投資協定を締結してきた韓国法務部(以下、「法務省」という)が米韓FTAに限っては、ISD条項の弊害について真剣に検討した形跡を見ても明らかだろう。
投資家の勝訴率が必ずしも高くないというのもその通りだが、だからと言って、ISD条項が無害であるかのように解説するのは、報道機関としての良心が問われる。
韓国法務省が米韓FTAの交渉過程において、ISD条項の危険性について、極めて詳細で真剣な検討を行い、ISD条項が立法、行政、司法にかかるあらゆる政府の作為・不作為を提訴の対象とするものであり、超憲法的な事態を引き起こす極めて危険なものであると結論したことはこれまで何度も紹介してきたとおりだ。
韓国政府が、ISD条項の適用を回避するために必死の努力を傾け、にも拘わらず、敗北的な結果に終わったことはすでに何度も紹介したとおりだ。
韓国政府は、米韓FTAの交渉過程において、米豪FTAにはISD条項が含まれていないことを理由に先進国間の米韓FTAには、ISD条項を採用しないことを求めた。しかし、アメリカから、韓国は英米法圏の国ではないとして一蹴された経過も明らかになっている(韓国は日本と同じく大陸法圏の国である)。
TPPを推進する立場であると思われる小寺彰東京大学大学院教授も、先進国間のISD条項については否定的であり、先進国との間でISD条項を締結することについて強い警鐘を発している(「投資協定仲裁の新たな展開とその意義」22頁)。
長く投資協定のほとんどが先進国・途上国間で結ばれた。投資はおもに先進国から途上国に流れるために、先進国がこの手続で訴えられることはなく、本稿のような問題はあまり意識されなかった。しかし、米国・カナダという先進国関係にも適用されるNAFTAや、日韓投資協定のような先進国間の投資協定が生まれ、また途上国から先進国への投資も行われるようになると- Mazzini 事件ではチリの投資家のスペインへの投資が問題化した-、先進国に対して投資協定仲裁が発動され、投資協定仲裁の隠れた問題が浮かび上がってきたのである。
投資協定中に投資協定仲裁を置くか否かは、上記の諸要因や自国投資家の態度(正式の紛争処理を好むか否か等)や自国の事情(投資協定仲裁への対応可能性等)を総合的に考慮して決定するほかないと言えよう。投資協定である以上、投資協定仲裁は置かなければならないと考えるような、教条的かつ短絡的な態度だけは取るべきではない。
韓国法務省は、朝日新聞に勝るとも劣らぬエリート集団である。その集団が組織を上げて検討した結果が、ISD条項は国家のあり方に重大な影響を及ぼすと結論した。
現実にも韓国版エコカー支援制度が、米韓FTAによる訴訟を懸念した結果、先送りされた。アメリカ車は概して排ガスが多いので、エコカー支援制度は、アメリカ車を不利に扱うものだとの訴訟を念頭に置いて、延期を決めたのだ。
すでに明らかになっていることを朝日は、なぜ無視して、根拠なき楽観をばらまくのか。
マチベンの言うことが信じられなければ、韓国政府に取材すればいいではないか。
小寺氏も指摘するとおり、NAFTAで先進国間で初めてISD条項が結ばれた結果、ISD訴訟は激増の一途をたどった。
アメリカとのISD条項が、濫訴を招くことは必至だ。
訴訟を起こされて気持ちがいいものでないのは、国家も同じだろう。
被告にされるということ自体が屈辱的な思いを抱かせることもある。まして、億ドル単位の巨額訴訟が相次いで起こされている。
勢い、国家は、訴訟リスクをできるだけ軽減しようと努力することになる。
韓国法務省が萎縮効果と呼ぶ事態は避けることができない。
韓国版エコカー支援制度も、裁判になっても勝訴するかもしれない。
しかし、提訴されること自体で、莫大な費用と労力を強いられる。
国家にしてみれば、訴訟リスクを回避するのが賢明な選択である。
しかも、投資家対国家紛争を裁く私設裁判所制度は、極めて不備である。途上国の司法制度が「不備」であるという以上に「不備」であると言ってよいだろう。一国の法制度のあり方に致命的な影響を及ぼすにも拘わらず、制度設計は驚くほど杜撰だ。
なぜ、投資家対国家紛争の私設裁判所はこれほどに不備なのか。
最も大きな理由は、投資家対国家紛争解決手続が、もともと先進国と途上国の間の協定を前提として、作られたという由来にあると思われる。
韓国法務部の検討結果が示す通り、実際上、途上国が先進国に投資し、投資が害されたことを理由に先進国を理由に賠償を求めることはまず考えられなかった。
先進国と途上国との間のISD条項は、形式上、両者に相互的に適用される形式ではあるが、実際上、途上国政府に対してのみに適用される制度として設計されてきた。
NAFTAでも45件の訴訟中、メキシコ企業が提訴したのは1件にとどまり、その他の提訴はすべてアメリカとカナダの企業によって提訴されている。
90件に及ぶ投資協定を有する韓国も、米韓FTAを締結するまで提訴されたことはなかった(但し、韓国政府が提訴された最初の例である2012年ローンスター事件は、韓-ベルギー投資協定に基づくものであることに注意が必要だ)。
要するに、これまでISD条項は、もっぱら先進国企業が途上国政府を訴えるための道具だったということだ。訴えられる側の立場でものを考えるということがなかったから、訴える側の便宜性や機動性のみを考慮した杜撰な制度になっているのだ。
その他にも理由はあるが、これが最も大きな理由だと考えられる。
もっぱら足を踏む側に立って考えていたから、足を踏まれる側の痛みを考慮しなかった、これが、私設裁判所制度の不備が長く問題にされなかった理由だ。
践まれる立場に立てば、たまらないのが、杜撰な投資家対国家紛争の私設裁判所制度(ISD条項)なのである。
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