【拡散希望】TPP/SPSルールの恐怖1から5 まとめ
SPSルールに関する基本的な考え方を示す部分は、比較的まとまった形となったので、ここで、あらためて全体を掲載する。
なお、その際、WTO加盟国数を訂正した他、余計な雑談的部分を少し削除し、表現を変えた部分がある。
結論から言えるのは、週刊新潮が示した懸念は、TPP及び並行日米2国間協議で法的な現実となっているいうことだ。
SPSルールを見れば、国民の健康や環境などの利益との関係で自由貿易をどこまで重要視するのか、その天秤のバランスが、実はWTO時代から狂っているというのが、僕の私見である。
さらにこれを徹底しようとするのがTPPである。
国際経済法の主流は、自由貿易こそが国民に福利をもたらすという前提で考えている。したがって、国民の利益と自由貿易の間に対立関係があること自体を認めないのではないだろうか。
一番わかりやすい例が、健康の問題であるので、とくにSPSルールを問題にしてみたが、これは一例である。
国家は好き嫌いはともかく、国民の保護のための様々な規制を行っている。
この規制を資本の利益を最大化するために、撤廃していこうとするのが、TPPの本質である。
その結果、国家の皮膜は破られ、国家はスケルトン化される。
スケルトン化し、資本が自由に行き来できる世界、これがグローバル資本の目指す世界のイメージだ。
しばしばこうした規制の解体は、「自由貿易」の名目で正当化されるが、ことは実はそれほど簡単に『自由貿易』では割り切れない。
知的財産権の強化はむしろ『自由貿易』阻害要因であるというべきだろう。しかし、先進国が途上国に対して優位に立つためにその強化を求めている。
知財の保護期間の延長などは、過去、先進国の資本が確立した優位を固定化しようとする要求に他ならない。
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【シリーズ】TPP/SPSルールの恐怖
第1回 前置き
週刊新潮5月23日号に「TPP交渉に深刻な懸念 中国産に気を取られるあなたの食卓に米国産『危なすぎる食材』」という特集が掲載された。
記事は、アメリカの肉牛は、狭いスペースに牛を押し込めることで運動を制限して太らせる「フィードロット方式」という方法が採られていることの紹介から始まる。
飼育現場を視察した畜産業者は、「至るところが糞尿まみれになっていた。充満する悪臭で、息もできないほどでした」と語る。
山田正彦元農水相が、大規模食肉処理場を視察した経験を語る。
「異様な臭気が漂っていて、とても清潔とはいえない環境だった。」
日本では、食肉処理の過程で行われる背割りの前に十分に髄液を抜くが「アメリカでは吸引が十分ではないので、背割りの瞬間に髄液が牛の全身に飛び散る」
「殺されてベルトコンベアーに載せられる前のラインに明らかな“へたり牛”が何頭かいたのには驚きました。へたり牛とは自力で歩くのもままならないような弱った牛で、BSEへの感染が疑われます」
アメリカ牛は、ホルモン牛として有名です。
アメリカ牛(カナダ牛も)は成長ホルモンを投与して効率的に育てられます。
成長ホルモンを投与した牛は感染症にかかりやすくなるので、抗生物質も投与してあげます。
こうしておいしくて安いアメリカ牛が効率的に育つ仕組みです。
工業化された畜産です。
成長ホルモンを投与してやれば、人間も労働力になるまでの期間が短縮できるので、子育ての手間も省け効率的かもしれませんね。
さて、記事は、続く。
日本国内ではこうしたホルモン剤の使用は禁止。
が、不思議なことに、ホルモン剤を投与された牛の輸入は認められている。
抽出検査で「米国産牛肉には、国産に比べると赤身で600倍、脂身で140倍のエストロゲン(女性ホルモン)が含まれていた」と北海道対がん協会細胞センター所長藤田博正医師は語る。
エストロゲンは、乳ガンや子宮体ガン、前立腺ガンなどのホルモン依存性ガンの危険因子である。日本におけるホルモン依存性ガンの発生率は1960年代と比べて5倍に増加、それと比例するように牛肉消費量(内25%アメリカ牛)も同じく60年代比で5倍になっている。
他方で、EUは、1989年以降、ホルモン牛の輸入を禁止している。
その結果、ヨーロッパ30カ国の乳ガン死亡率が低下した。北アイルランドで29%、オランダで25%、ノルウェーで24%などとなっているとする論文が英国の医学誌『BMJ』に紹介された。
全てを紹介するのも骨が折れるので、食品添加物まで飛ばします。
アメリカを旅行した人から、食事が美味しかったという話を聞くことはあまりないように思います。
毒々しさに辟易したという声も聞きます。
ちなみにマチベンはアメリカ未体験の上、アメリカは広いので、一律にはいかないかもしれません。
食品の風味や外形を整えるために使用されている食品添加物は、日本で約800種類、アメリカでは約3000種類と国ごとに認可されている種類が異なる。
添加物について、食品添加物評論家の安部司氏は
「2007年に英国のサウスサンプトン大学の研究グループが発表したレポートによれば、日本でも認可されている添加物の食用赤色40号などと安息香酸ナトリウムという保存料を同時に摂取した際、子どもたちに多動性障害を引き起こした研究結果が出ました。添加物が恐ろしいのは、複合毒性や相乗効果があることなのです」と語る。
以下、記事は、添加物に関する国際基準について触れているが、力関係で押しつけられる懸念を述べているような印象で、僕が調べた範囲では、TPPの恐ろしさを、やや甘く見てしまっているように思われる。
実態はいっそう、恐ろしいと思われる。
日本では未認可の食品添加物の転化された食品の輸入を拒めるかどうかは、国際法に関わり、TPPに加盟すれば、法的な強制が働くと見た方がよい。
ということで、WTO/SPSルールに触れる前段としたい。
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第2回 TPP/SPSルールの恐怖1 毒だという科学的証拠がないものは食べよ
TPPで協議の対象とされている21分野の1つにSPSと書かれた分野がある。
SPSは一般に「衛生植物検疫措置」と呼ばれている。
正確には「衛生と植物検疫措置」と訳した方が適切かもしれない。
国家は、自国の域内に人や動植物の健康に有害な食品や動植物が侵入することを防ぐ権利を有する。
この権利の行使を国際経済法の言葉では、「衛生植物検疫措置」という。
「植物」とあるが、この場合「動物」や「食品添加物を含む食品」等も含まれている。
この「衛生植物検疫措置」について加盟国の統一基準を定めるのがSPSの分野だ。
SPSルールは、別にTPPで新たに設けられたものではない。
WTO(世界貿易機関)設立条約(1995年)の一部となっている。
したがって、TPPにおいて合意されるSPSの最低限度の内容は、WTOのSPSルールを勉強することでわかる。
さて、食品添加物や残留農薬、ポストハーベスト(採取後に保存・防カビ等のために添加される農薬)、BSE牛、遺伝子組み換え食品等の輸入について、国民にとって望ましいルールはどちらだろう。
A 安全性が証明された食品を輸入する。
B 有害性について科学的証拠がなければ輸入する。
大方の人は、Aが望ましいルールだと考えるのではないだろうか。
ところが、WTOではBが採用された。
WTOのSPSルールは難解な条文だが、ベースとなる原則は紛れもなくBだ。
つまり、現に有害であるとする十分な科学的証拠がない限り、有害な食品であっても、基本的に輸入しなければならないのだ。
たとえば、遺伝子組み換え食品など、進んで食べたいという人はそう多くはいないと思う。
遺伝子組み換えという発想が、トマトに北極ヒラメの遺伝子を注入するとか(凍りにくくするためだそうだ)、成長を早くするために魚にヒトの遺伝子を注入すると言ったグロテスクなものだと知れば、なおさらに嫌気がさすのではないだろうか。遺伝子組み換え作物は日本では試験栽培以外には許されていない。
追記 2013年11月9日
2006年から遺伝子組み換え作物の商業栽培が承認され始め、2013年に入ってからは加速度的に承認作物が増え続けている。
現在では、アメリカで認められていない、とくに危険性が高いと疑われている、遺伝子組み換え作物すら承認されている。
今のところは、日本は、アメリカ及び日本財界に対する政治的配慮という事実関係によって承認が進められているに過ぎない。
しかし、TPPが発効すれば、遺伝子組み換え作物の承認は、条約上の義務となる。
これを拒否するためには、高い代価を払う必要が生まれる。
今なら、政策転換ですむ問題だ。
しかし、TPP後の日本では、法的義務からの離脱が必要となる。
果たして日本にそれが可能なのだろうか。(追記終わり)
ところが、日本では遺伝子組み換え食品が、広く流通している。
こうした遺伝子組み換え食品が、有害であるという十分な科学的証拠がないとされているために、輸入しなければならないためだ。
かろうじて、現状では、豆腐や味噌、納豆といった直接の加工食品だけに表示義務を課して、遺伝子組み換え食品を直接、食べるかどうか消費者の選択に任せるというのが日本の現状だ。
日本の畜産では遺伝子組み換えトウモロコシがエサに使われているし、サラダ油、コーン油などの原料である菜種やトウモロコシも遺伝子組み換え食品が使われている可能性が高い。
知らない間に日本人は、遺伝子組み換え食品を食べさせられている。
日本では禁止されているのに、成長ホルモンを用いたアメリカ牛が広く流通していることは週刊新潮が伝えるとおりだ。
有害であるという十分な科学的証拠がないために、成長ホルモン漬けの牛でも輸入しなければならないからだ。
それもこれもSPSルールがBのルールを原則としているからだ。
有害である科学的証拠がなければ、輸入しなければならない。
これがSPSルールの本質である。
だから、自由貿易のおかげで、私たちは、安全だという証明のない食品を、どんどん食べさせられている。
この、今のところ毒だという科学的な証拠がないから、毒でも食べろという、SPSルールをさらに徹底しようとしているのが、TPPだとみてよい。
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第3回 TPP/SPSルールの恐怖 日米FTAという悪夢
毒だとわかるまでは、食べろという、SPSルールは、ルール自体が悪夢である。
日常生活の感覚では、不自然で異常に思える。
しかし、国際経済法の分野では、今や当然の原則とされている。
なぜなら「安全だという証明がされた食品を輸入する」という考え方では、安全性にかこつけて、輸入を拒むことがあり、「自由貿易」を阻害することになるからだという。
国民の生命や健康、国や地域の環境保護より、「自由貿易」を優先させなければならない、これが、国際経済法のルールだ。
まるで、「自由貿易」至上主義の新興宗教のようだ。
実は、SPSについては、TPPとの関係では、もう一つ、付け加えなければならない悪夢がある。
日本は、多国間協議で決まるTPP以上に、厳しいSPSルールを押しつけられる可能性があるということだ。
日米事前合意を通じて、USTRが「片面的合意」(日本政府がアメリカ政府に表明した意見)の詳細を大統領に報告した文書が作成された。
この本体部分は、山田正彦氏のブログに仮訳が掲載されている。
これをプレスリリースと評価する向きもあるが、むしろ、USTRからオバマ大統領に対する交渉報告文書と評価する方が法的な意味が明確になると思われる。
オバマは、失効している大統領貿易促進権限法に倣って、議会に日本の交渉参加を認めるように通知しなければならない。
そのための基本情報が、USTRの声明であると考えるのが筋だからだ。
この中に次のくだりがある。
非関税障壁(NTM)
アメリカ政府はアメリカ製品の日本への輸出を妨げている広範な産
業分野および産業横断的な非関税障壁に対する懸念を表明してきた 。これらの問題がTPP交渉においてはまだ十分に討議されていな い以上、それらは二国間で、TPP協議と並行して、討議され、T PP交渉終了までに完結させなければならない。(これに関しては 別添fact sheetで問題の実情を含め詳細に説明されてい る)
この別添ファクトシートで、SPSルールについては、次のように記載されている。
WTO/SPS協定に定められた権利・義務にしたがい、食品添加物に関するリスク評価を加速し、簡素化するとともに、防かび剤と人間が消費するゼラチン・コラーゲンに関するその他の課題にも取り組むこと。
これについて、4月19日付日本農業新聞は、次のように解説している。
一方、米国は今月1日に公表した2013年版のSPS報告書でも、これらを指摘していた。防かび剤については、日本がポストハーベスト(収穫後)に使用 する防かび剤を「食品添加物」と「農薬」の両方でリスク評価をしていることに対し、手間が二重に掛かり、新製品の認可を妨げていると問題視する。
同報告書は、米国での牛海綿状脳症(BSE)発生を受けて日本が続けている、米国産の牛など反すう動物を原料とするゼラチンやコラーゲンの禁輸解除を要求。食品添加物については「米国や世界中で広く使われている添加物が、日本では認められていない」として規制緩和を訴える。
米国からすると、これらはいずれも長年の懸案課題。TPP交渉をきっかけに、日本に要求を飲ませるもくろみがあるとみられる。
この並行二国間協議は、これまで日米で行われたきたような政治的交渉ではなく、法改正や、条約締結といった法的な拘束力を持った成果とすることが予め事前合意されている。
つまり、TPPで認められる以上に高度で、厳格なSPSルールの厳守を法的に約束させられようとしているのだ。
実際に、加盟1597ヶ国に及ぶWTOにおいて、有害であるという十分な科学的証拠がなければ、輸入せよというSPSルールを厳格に順守している国はないと言ってもよいだろう。
多国間になればなるほど、合意は、相当の温度差のある加盟国間の妥協の産物であるだけに、その徹底はむつかしくなる。
食品添加物のような多種類に及ぶ物質について、一つ一つをWTOの紛争処理手続にかけるのは、現実性も実効性もない。
日本が、国益を損じても、ひたすらTPPに参加したいとの弱気の交渉姿勢であるのにつけ込み、どさくさ紛れに、長年の懸案に一気に片を付けるというのが、TPPと並行する二国間並行協議である。
日本は、週刊新潮が報道したような危なすぎる食材の輸入を一気に解禁させられることが避けられない。
かくして、日本は、将来、毒だと判明するかも知れない、アメリカ産の薬漬けの人体実験場となるのだ。
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第4回 TPP/SPSルールの恐怖3 EU-ホルモン牛事件(1/3)
週刊新潮(5月23日号)は、次のように書いている。
「アメリカでは、肉牛を効率良く育てるために…成長ホルモン剤を使うことが許されている。一方、日本国内ではこうしたホルモン剤の使用は禁止。が、不思議なことに、ホルモン剤を投与した牛の輸入は認められているのだ」
国内では成長ホルモンの投与を禁止しているのに、成長ホルモンが投与された牛を輸入しているのは確かに不思議だ。
しかし、WTOのSPSルールが、有害だという十分な科学的証拠がない食品は輸入しなければならないとしているしていることを知れば、法律的に避けられない事態であることがわかる。
日本は自由貿易至上主義の推進道具に変容した国際法(国際経済法)を誠実に守っているから仕方がないのだ。
では、ホルモン牛の輸入を禁止して、現実に乳ガンの発生率が低下したとされるEUは国際経済法に違反しているのだろうか。
結論からいえば、EUは国際法に違反している。
国際法に違反して、EU域内の国民の健康を守るという選択をしているのだ。
国際経済法のケーススタディでは必ず出てくるWTOの係争事例がある。
EU-ホルモン牛事件と呼ばれる。
EUは、消費者保護を理由として、1989年にホルモン牛の輸入禁止措置をとった。
この輸入禁止措置をアメリカとカナダがSPSルールに反するとして、WTOの紛争解決手続に訴えたのがEU-ホルモン牛事件だ。
(ISD
条項と異なり、WTOの紛争解決制度の主体はあくまでも国家であり、提訴も国家が国家(国家連合)を訴える。またISD条項と異なり、直接、賠償等を命じ
ることはせず、WTO憲章のルールに違反するか否かを判定するだけだ。WTOは、紛争解決手続を設けるとともに、貿易紛争を理由とする一方的な経済制裁等
の発動を制限する仕組みを採用した)
この事件は、第1審のパネル(1997年)、最終審の上級委員会(1998年)とも、EUが敗訴している。
したがって、EUのホルモン牛輸入禁止措置は、WTOのSPSルールに違反しており、国際法違反が確定しているのだ。
EUホルモン牛事件では、EUは、成長ホルモンを投与した牛には発ガンのリスクがある、消費者の生命健康を守るために、「一応のリスクがあれば輸入を制限する」ことは国民を守るべき国家(国家連合)の権利だとして徹底して争った。国際法の言葉ではEUの主張は「予防原則」という。
しかし、WTOは、パネル(小委員会)も上級委員会も「予防原則」は、WTOのSPSの基本ルールではないとして、有害であることの十分な科学的証拠がないのに、発ガンリスクを主張して輸入を禁止したEUの措置は違法だとしたのだ。
EU域内の乳ガンの発生率の低下が、ホルモン牛の輸入禁止措置と相関関係があるとすれば、EUは国際法に違反してでも、国民の健康を守ったことになる。
国際法を遵守する一方で、乳ガンの発生率が高まっている日本と、国際法に違反して健康が改善されたEU。
国民の立場では、自由貿易を犠牲にしても健康を守ってほしいと思うのが、普通ではないだろうか。
しかし、日本は、国際社会(日本では国際社会が許さないというときの国際社会は必ずといっていいほどにアメリカを意味する。中国や韓国、東南アジア、中東諸国やアフリカ諸国を国際社会と呼ぶのは聞いたことがない)に従順な優等生国家だから、EUのような気骨のあることはできなかったという訳だ。
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第5回 WTO/SPSルールの恐怖2 EU-ホルモン牛事件(2/3)
ここまで、SPSルールは、有害であるという十分な科学的証拠がない限り、輸入しなければならないというルールだと述べてきた。
あまり、市民にわかりやすい言い方を繰りかえしていると、国際経済法の「専門家」(学生さんを含む)からお怒りが出そうなので、EUホルモン牛事件を例にもう少し、SPSルールについて、述べておこう。
SPSルールでは、食品の安全性に関する国際基準がある場合には、この基準に従った措置は適法な「衛生植物検疫措置」として、輸入を制限することも許される。
但し、「衛生植物検疫措置」は貿易に与える悪影響を最小限にしなければならないとか、「偽装された障壁」であってはならないとか、とにかく自由貿易に手厚い保護を与えていることには要注意だ。
さて、この国際基準の代表的なものに、FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)の共同委員会が決めるコーデックス規格がある。
ホルモン牛についても、このコーデックス委員会の定める、残留ホルモンに関する国際基準が存在した。
EUはこのコーデックス規格に適合するホルモン牛も含めて、輸入禁止措置(「衛生植物検疫措置」)を執り、アメリカとカナダからWTOの紛争解決手続に訴えられ敗訴したのだ。
SPSルールに従えば、国際基準を超える輸入制限措置を執る場合には、その措置を正当とするに十分な科学的証拠を示さなければならない。
しかし、成長ホルモンを投与された牛を有害だとする科学的証拠はなかった。
EUは、この事件において、あくまでも発ガンリスク(の可能性)があれば輸入を制限できるとする「予防原則」を「自由貿易」をより優先する原則だと主張し、堂々と敗れた。
EUの措置が、国際法上、違法だと確定したにも拘わらず、EUは輸入禁止措置を撤回しなかったため、アメリカは、EUに対して報復関税を発動して、EUに圧力をかけたが、EUは信念を枉げなかった。
そして、WTO発足前である1989年から継続した輸入禁止措置を貫き、20年余を経過して、乳ガンの発生率が顕著に低下した。他方、この間、ホルモン牛を輸入し続けた日本の乳ガン発生率が増加したと週刊新潮が伝えている。
さて、国際経済法分野の専門家の中には、EUには、もう少しましな争い方があったと指摘する向きもあるかもしれない。
WTO/SPSルールにも例外規定がある。
有害だとする十分な科学的証拠がなくても、輸入禁止措置を採ることができる場合があるとする指摘だ。
だから、予防原則を正面から主張して玉砕するより、例外規定に基づく現実的な争い方をするべきだったという言い方が一応成り立つ。
この例外は、科学的証拠が十分ではない場合に、暫定的な輸入制限を認めるルールだ。
SPSルール違反するとして、訴えられた国は、輸入制限措置の科学的証拠が十分ではない場合は、危険性評価のために追加の客観的な情報を集めるために、暫定的に輸入制限を継続することが認められる。
「ちょっと待って権」と言うような権利である。
こうした規定があるのだから、EUもこの規定に基づく権利を主張すべきだったとするのが国際経済法の通常の考え方としてあり得る。
しかし、この規定はあくまで暫定的な措置であるから、適切な期間内に輸入制限措置を再検討する(見直す)ことが義務付けられている。
国際経済法を遵守しようとすれば、絶えざる圧力をかけられながら、「ちょっと待って」と言い続けることになる。
国際経済法の文脈に入り込んでしまうと、結局、EUも、中途半端なところで、輸入禁止措置を撤回せざるを得なかったろう。
週刊新潮の記事によれば、輸入禁止措置以降、EU各国の乳ガンの発生率が有意に減少しているというデータが発表されたのは、ようやく2010年に なってからなのだから、「ちょっと待って」権による争い方では、国民の健康を守るという国家の基本的責務を果たすことはできなかったに違いない。
福島第一原発事故による放射能による被害を想定すれば容易に理解できるだろう。
放射能の被害の全容を把握するには、今後、長期間にわたる継続的で的確な追跡調査が必要である。
放射能被害の広がりがどこまで及んでいるかについて、統計的に有意性のある十分な科学的証拠によって裏付けられるまでには、十年単位の期間が必要なことは明らかだろう。
発ガンリスクなどは、適切な期間内に措置の見直しを義務付けられる「ちょっと待って」権などでは、防ぎようがないのだ。
今でこそ、農薬DDTは禁止することが国際的にも常識となっているが、DDTの有害性が判明するまでにやはり何十年という年月と大量の被害の発生が必要だったのだ。
そして、未だに多国籍業は、途上国へのDDTの輸出を続けているという。
SPSルールは、例外規定を踏まえても、やはり「毒だという科学的証拠がなければ毒でも食べろ」というルールだという他ない。
ことほど、さように国際経済法分野でのものの考え方は、国民の健康を犠牲にしてでも、自由貿易を推進しようという凶暴さを秘めているのである。
ゆめゆめ1597カ国も加盟しているWTOのルールだから、常識的なものなんじゃないかなどと油断してはならないのだ。
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第6回 WTO/SPSルールの恐怖2 EU-ホルモン牛事件(3/3 完)
SPSルールに基づく輸入制限措置の国際基準とされる代表的なルールはコーデックス規格である。
先に述べたようにコーデックス規格は、FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)の合同委員会で策定される。
いずれもれっきとした国連の機関である。
国連の中でも、食糧、健康を担当する機関が共同して決める規格であるから信頼性はいかにも高そうだ。
しかし、この国際基準は、EU-ホルモン牛事件の例に見る限り、健康リスクから世界の国民を守るためには不十分なものであったように見受けられる。
国連機関というなんだかありがたそうだが、泥沼のアフガン戦争を正当化したのは、国連安保理決議であった。
イラク戦争も、当初は安保理決議がなかったものの、開戦まもなく米国が勝利宣言した後は、多国籍軍の派遣を認める安保理決議をなして、その後、5年以上にわたる泥沼のイラク戦争に世界を巻き込んだ。
国連は重要である。
とくに国連憲章の精神を守り続けることは重要だが、国連が国際社会の力関係を反映する外交と政治の場であることも明らかである。
冷戦崩壊後、ソ連・東欧という重しが取れた資本主義はグローバルな新自由主義として暴走する。
軍事を除く場面においては、今や国際政治の権力は国連から世界銀行・国際通貨基金に移行しているように見える。
国連も否応なく、新自由主義に巻き込まれている。
その法律的な象徴が実は、WTOであったし、生命・健康の安全より自由貿易を優先するSPSルールである。
さて、ホルモン牛に関する国際基準は、国連を代表する二つの機関の合同委員会によって採用された安全規格だった。
コーデックス委員会自体は、1960年代から活動しているが、WTO憲章/SPS協定によって、法律的な意義付けを与えられ、コーデックス規格の重要性は一気に増した。
ホルモン牛に関するコーデックス規格は、WTO発足直後に採用されている。
コーデックス規格の採用は、それまで委員会全体によるコンセンサ
ス方式によるのが通常であったとされるが、WTOの発足により、コーデックス規格に法的な意義付が与えられることに着目した米国やカナダは、1995年7
月に異例の多数決方式によって、コーデックス規格の採択を推し進めた。
ホルモン牛に関するコーデックス規格は、賛成33、反対29、棄権7という僅差でかろうじて採択されたものだ。
国連の権威ある機関だからと言って、国際基準を鵜呑みにする訳にはいかない。
コーデックス委員会のように中立的に見える機関でも、国際政治の場に他ならないのだ。
しかもコーデックス委員会には、規格が消費者の生命・健康を守るのに十分なのかを疑わせる、その他の事情も指摘されている。
コーデックス委員会では、加盟国の代表だけではなく、その随行員にもオブザーバーとして発言権が与えられている。
そのため、米国などは、多数の多国籍企業の代理人を随行員として委員会に参加させている。
当然、モンサントなどの代理人も随行員に参加しているだろう。
また、NGOにもオブザーバーとして発言権が与えられているが、これも業界団体が大半を占めることが指摘されている。
たとえば国際農薬製造業者協会連合会等が、多国籍企業からオブザーバーとして派遣され、専門知識を活かした発言をして、多国籍企業に有利な規格が採用されるように、活動している。
2005年頃で、コーデックス委員会のオブザーバー資格を有するNGOは約160、明らかに企業の利益代表と認められる団体が100、消費者・健康・環境の利益を代表する団体は10に過ぎないと言われている。
国際基準に日本の食品の安全を任せていいのか。
問われる事態と言わざるを得ない。
以上、週刊新潮の記事を手がかりとして、EU-ホルモン牛事件を振り返った。
実際上、コーデックス規格を初めとする国際基準が、WTOの全加盟国において用いられているわけではないこと、むしろあまりにも多数に及ぶコーデックス規格の受容については、国によって不統一な印象もあることは先に述べたとおりである。
しかし、TPP、まして二国間交渉である日米FTAでは、それは許されない。
うさんくさい国際基準に基づく、食品の安全規格を、日本が全面的に飲まされる危険性は著しく高い。
日本が、怪しげな食品の薬漬けの人体実験場になると、繰り返さざるを得ない所以である。
なお、EU-ホルモン牛事件は、どの国際経済法の教科書にも載っているSPSの代表的なケースだ。
ここで述べたのは、国際経済法を学んだ者であれば、少し突っ込んで勉強すれば、学部生でも知っているはずの初歩的な知識に属する。
国際経済法学者は、ISDについても、SPSについても国民に正確な知識を与えるべき立場にあり、責任を有している。
しかし、TPPを巡って、国際経済法学者が、国民的な議論に参加した例を知らない。
僕の知る限り、国民的な議論の場では、国際経済法学者は、沈黙を保ち、口をつぐんでいる。
国際経済法の専門家には、国際仲裁の裁判官とか、国際会議の国家代表だとか、それなりの見返りがあるのだろうか。
財閥や巨大企業の顧問であるビジネスロイヤーのグループは、国際経済法に詳しいはずだが、彼らにも同じようなステータスが保障され、ビジネスパートナーとなるアメリカのローファーム等からおいしいビジネスチャンスも約束されているのだろうか。
国際経済法ムラと呼ぶべき状態がないのか。
原子力ムラが国民の力によって、その姿を露わにしたように、国民は無力ではない。
私たちの努力は無駄ではないと信じる、ことに決めた。
(EU-ホルモン牛事件 完)
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