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2013年7月 1日 (月)

ISD条項の罠16 究極の武器『公正・衡平待遇義務』

一般的に、投資協定には、投資受入国政府が外国投資家に対して、『公正で衡平』な「最低限の待遇を与える」義務(以下、『公正・衡平待遇義務』という)が明記されている。


これは、間接収用以上に極めて曖昧な規定である。
普通、このような曖昧な規定は、法的な意味を持たないと解されることが多い。
たとえば、民法には「信義にしたがい誠実に行わなければならない」という信義誠実の原則や「権利の濫用はしてはならない」という権利濫用の禁止が謳われているが、この内容はあまりに広汎で明確性がない。
そうした原則的な規定の内容は、基本的には、民法の各規定が具体化していると考えてもよいから、信義誠実の原則だけで、訴えを起こすということはまず考えられていない。


これほど曖昧なルールだから、少なくとも日本の法学者は21世紀に入った段階でも、公正・衡平待遇義務は、心構えを説いたくらいの抽象的な精神規定で、国際投資家法廷で具体的に使うことができるルールだとは考えていなかった節がある。


ところが、投資家法廷では、このルールがしばしば持ち出されるし、このルールで投資家を勝訴させる例も少なくない。


ここらへんが、アメリカ法と日本法(大陸法系といわれる)の違いである。
日本では、制定法でルールが決められる。
アメリカは一般的に不文法の国と言われる。
紛争を裁く制定法がなく、個別ケースごとに裁判所が結論を導くルールを見いだして行く。
判例の積み重ねが判例法として形成されていく。
いわば裁判所が見いだしたものが法だという世界だ。


だから、日本の法律家からは、公正・衡平待遇義務も見当も付かない使われ方をしている。


代表的なテキストや文献によれば、『公正・衡平待遇義務』の内容は次のとおりであるとされている。


  • 外国投資家の投資財産保護に関する慎重な注意(due dilligence)
  • 適正手続(due process)、
  • 裁判拒否の禁止(denial of jusitice)
  • 恣意的な(arbitary)措置の禁止、
  • 投資家の正当な期待(legitimate expectation)の保護
  • 法令の周知義務(透明性の確保、予測可能性の確保)

よくこれほどの内容を読み込めるものだと思うが、曖昧な条文に意味を組み込もうとすれば、投資家にとって都合のよいことを全部、この条項に含めることが可能なのだ。
この中には、日本の法律家でも理解できるものもあるが、「外国投資家の投資財産保護に関する慎重な注意」とか「投資家の正当な期待の保護」などとなると、全く新しい観念である。
とにかく、どんなクレームでも、含み込んでしまうほど「公正・衡平待遇義務」違反は広い概念である。


提訴のリスクを考えれば、政府は、政策決定に当たり、必ず、外国投資家に「慎重な注意」を払わなければならない。
政府は、まず、外国投資家に及ぼす影響を最重要に判断して政策を決定することを強いられる。


テキストを見ても、この公正・衡平待遇義務に関する論点には、詳しい説明はない。
この「公正・公平な最低限の待遇義務」の最低限の基準は国際慣習法によるものなのか、国際慣習法以上の待遇をする義務なのかという論点が触れられている程度だ。
NAFTAでは、公正・衡平待遇義務は、国際慣習法上の最低限の待遇を意味するということで、決着が付けられたが、EUでは、国際慣習法を超える待遇をする義務を意味するとか言われているなどと説明されている。


そもそも投資に関して、国際慣習法などがあるのか。
投資仲裁が急増したのは、1990年代後半であり、それまで投資仲裁の先例自体が極めて乏しいのに、どうして国際慣習法の存在を想定した議論ができるのか。


しかも、2002年大統領貿易促進権限法では、米国が結ぶ投資協定にあっては、「米国の法律が一般に国際法が要求する以上の保護を投資に与えている」ことを前提として、「米国の法理及び慣行に一致する公正かつ公平な待遇をする基準の設定を求める」とされている。


NAFTAの定める「公正・衡平待遇義務」は、国際慣習法を上回る待遇を与えることを意味するのかが論争になり、NAFTA加盟国は、国際慣習法を上回る待遇を求めるものではないということで合意を得たとされているので、なおさら意味がわからなくなる。


これらの疑問は、次の通り解するのが正解のようである。


1 そもそも歴史の浅い投資紛争に国際慣習法を想定できるか。
国際慣習法を想定できる。
アメリカ合衆国の判例法が、国際慣習法である。
アメリカ合衆国は連邦政府であるので、州の間の貿易という概念がある(州際通商という)。したがって、州の間で非関税障壁が常に問題になり、連邦裁判所で争われてきた。公正で公平な最低限の待遇義務という概念もアメリカ合衆国の州間の貿易で争われてきており、連邦裁判所の判例が蓄積している。アメリカが「国際慣習法」という場合、これを国際慣習法と呼ぶのである。
カナダも、メキシコも同様に合衆国体制を採るので、通商に関する国際慣習法を想定することができる。


2 一方でNAFTAが国際慣習法のレベルを超える待遇を求めるものではないとしながら、貿易権限促進法が、国際法が要求する以上の待遇を投資に与えていることを前提にして、米国法及び慣行に一致する公正・衡平待遇義務の水準を求めていることとの関係は、NAFTAでは、米国並みの投資家の待遇が国際慣習法となっていると理解すればよい。


要するにアメリカ法と慣行は、普遍的なものであって、どの投資紛争についても通用しなければならないとアメリカは考えているのである。
ブッシュ政権が「自由と民主主義」を錦の御旗にして、アフガンやイラクに侵攻したように、アメリカはアメリカ法が世界共通になるのが当然のことだと考えているのだ。
TPP加盟国が、アメリカ法の支配下に入り、米国の州並みの主権しか持たなくなることはアメリカにとっては当たり前のことに過ぎないのだ。


TPPないし日米FTAでは、日本国の投資規制は、これから全てアメリカ判例にしたがうことになる。


日本人には到底理解できない不文法であるアメリカ法が、日本の外国投資家に適用されるのである。
日本独自の規制はおろか、アメリカ法並の保護が与えられなければ、公正・衡平待遇義務違反に該当するとして軒並み提訴されることを覚悟しなければならない。


TPPの主要参加国は、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドであり、全てアメリカ法(不文法)の国である。その他の途上国も多くは英米法圏である。


TPP後の日本は、慣れ親しんだ日本法の考え方は葬り去られ、否応なくアメリカ法化を迫られることになるだろう。


法も文化の一部である。
まして、明治憲法以来、運用されてきた法は、ヨーロッパ大陸から導入されながら、日本の文化に定着して、土着化している。
これがアメリカ法化すれば、日本文化も日本人の振る舞いもまた変化してしまうであろう。


公正・衡平待遇義務は、政府を屈服させる最後のオールマイティであるとともに、日本法侵略の最強の武器である。

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