だから私は嫌われる 韓国判決に関する日本世論に敢えて異論を立てる
戦時中、三菱重工業や新日鐵の旧会社に徴用されて、働かされた労働者に対する損害賠償を認める判決がソウル高裁、釜山高裁と相次いで出されたことが物議を醸している。
メディア報道を見ると、日韓請求権協定(1965年)で解決済みとされている、同一の事件は、日本で最高裁まで争われ敗訴が確定している、したがって、韓国の裁判所の判断は不当で、いたずらに外交関係を緊張させ不当だという論調だ。
不当判決とする論調一色だ。
へそ曲がりが性根に染みついているマチベンは、メディアの論調が一色になること自体が気に入らない。
敢えて異論を立ててみたくなる。
しょうがない性分である。
損な性分でもある。
領土問題でも、日韓併合無効論でも、メディアの主張が一色になり、異論を許さない雰囲気になるのは気に入らない。
双方国民とも相手の言い分には耳を貸さず、相手の主張に理解を示したりすると、売国奴呼ばわりされる。
こういう雰囲気がマチベンは嫌いなのである。
今回の韓国高裁判決に関わる問題は、人権に関わる。
そこで、少しこの問題を論じてみる。
日韓請求権協定で、両国及び両国民の間の権利や請求権の問題が全て完全かつ最終的に解決済みであることが確認されたのはその通りである。
これは国際法上、解決したということを意味する。
国際法上の解決とは、国家と国家の間では解決したことを意味する。
国家は、相手国に対して、国民個人の請求権問題も含めて、外交問題として蒸し返さないという約束をしたということである。
これは国家と国家の約束事である。
さて、当然のことながら、国家と国民個人は別の主体である。
だから、国民個人の持っていた請求権は国家間の合意で、どういう影響を受けるのかという問題が出てくる。
一つの考え方は、①国家は国民の有している請求権も実体法的に処分できるので、個人の請求権も消滅すると考える。
もう一つの考え方は、②国家には国民個人の請求権まで、消滅させる権限まではないという考え方がある。
実は日本政府や日本の最高裁の考え方は後者②である。
つまり国家間の合意でできるのは、外交問題として蒸し返すことはできないというに止まり、個人の請求権は処分できないという考え方である。
この考え方は、サンフランシスコ講和条約後まもなくから一貫している。
だから、注意深く見れば、外務省も最高裁も、日韓請求権協定で、国民個人の請求権が消滅したと言ったことは一度もないのだ。
マスコミでは往々にして、個人の請求権は消滅したというフレーズを見かけるが、これは例によって、国民をごまかす誤報である。
このことは韓国人であろうが、日本人であろうが同じである。
国家間の合意で、個人の請求権を直接消滅させることはできないというのが、外務省、最高裁の一貫した考え方なのだ。
この考え方によれば、国家間の外交問題としては解決済みだが、個人の請求権は残り、未解決だということになる。
次に問題になるのが、この個人の請求権を行使する方法には、どのような方法があるのかである。
強制労働の被害者は、国際法上の主体として認められていないから、国際裁判所へ提訴するという手段はない。
ISD条項が特殊なのは、外国投資家に限って、国内の裁判所ではなく、国家と同様、ないしそれ以上の超越的な国際法上の主体として認めて国際裁判ができるということを認めている点にある。
しかも、国内ルールではなく、投資家有利に作られた国際ルールに基づく国際裁判を認め、特別に外国投資家を保護しようとする点が特殊なのだ。
人権侵害では、国際裁判は認められない。
しかし、外国投資家の期待利益が侵害された場合は国際裁判を認めるのがISD条項だ。
これは日本国憲法の基本的人権尊重主義を大きく歪め、毀損するものである。
話が脱線した。
次の論点に移ると、日韓どちらの裁判所に管轄があるかという問題である。
この点の説明はややこしいから、省くが、結論的に言えば、今回のケースは、トモダチ作戦に動員された米兵がカルフォルニアの連邦地裁に一人当たり最低1000万ドル(10億円!)の賠償裁判を起こす管轄が認められたのと同様、日本だけでなく、韓国にも裁判管轄がある。
したがって、韓国人被害者が韓国の裁判所に提訴することは可能である。
今回は、日韓両裁判所の判断が食い違ったことが問題にされている。
日本の最高裁で敗訴した被害者が、韓国では賠償が認められたことから、韓国の裁判所は日韓請求権協定を守らないのかという論調が一般的だ。
しかし、この点も、注意深く見ておく必要がある。
こうした植民地支配や侵略に関する被害について、日本の裁判所が、最終的に被害者の請求を排斥する理由としたのは、『被告側が日韓請求権協定によって解決済みだと抗弁する以上、裁判所としては、賠償を命じることはできない』とするものだ。
強制労働が争われた中には、当事者と関係者(日本政府)が任意で解決するのが望ましいと付言した最高裁判決も存在する(2007年4月27日最高裁西松建設事件)。
つまり、被害者に実体的な請求権はあるが、裁判に訴えて解決を図るという手続的な権利が日韓請求権協定によって失われたとするのが日本の裁判所の判断の趨勢なのだ。
極めて微妙な判断で、権利はあるが裁判所では勝訴できないという特殊な請求権が残っているというのが日本の裁判所の判断の趨勢である。
極めてわかりにくい。
が、裁判所もわかりにくいことを承知で、こうした判断をしたのだ。
今回の韓国の裁判所の判断は、日韓請求権協定では、国民個人の請求権は消滅しないとする点で、日本の外務省や最高裁の考え方と同一である。
日本の裁判所は、その上で、裁判手続によって請求権を実現する手続的権利を否定するという極めて例外的な判断を下した。
これに対して、国家間の合意では国民個人の請求権まで失わせることはできないとするに止まっているのが今回の韓国の判決なのだ。
請求権は失われていないという前提に立つ限り、どちらかと言えば、韓国の裁判所の判断の方が、シンプルでわかりやすいのだ。
日本は、5億ドルも費やしたではないかという指摘は当然である。
ここにアメリカが介在している。
アメリカは、サンフランシスコ講和条約で、日本が国家間の交渉で戦争賠償を負担する場合でも、日本人の役務によって行われなければならないという枠組みを作っていた。
冷戦下で、日本経済を損なわずに、米軍の兵站基地として日本を利用しようとする目論見である。
日韓請求権協定も結局、現金ではなく、日本の物品あるいは日本人の役務で提供する約束になった。
5億ドル(最も2億ドルは貸金で、後に返済される)相当の物品・役務を受け取りながら、被害者にろくに賠償しなかった韓国政府に責任があるという指摘は当然である。
他方で、日本政府も、物品・役務で提供する、しかも日本政府がその使途や計画に関与するという訳だから、5億ドルが直接、被害者に渡るはずがないことは十二分に承知していた。
5億ドルは、被害者を置き去りにして、「経済協力資金」として、支払われた訳だ。
5億ドルは、韓国のダムや高速道路、製鉄所を作るのに使われた。
そして、例えば、製鉄所を建造する工事を受注していたのが、新日鐵(旧会社?)だったというのだから、新日鐵にしてみれば、戦争中は、強制労働と政府の補助金で潤い、戦後は、韓国での公共工事を受注してさらに潤うという関係にあったわけだ。
韓国の軍事独裁政権は、5億ドルの供与で政治基盤を固めることができたし、独占企業の海外進出を進めたい日本政府としても、海外での公共工事を展開させることができたのだから、多少、無理をする甲斐がある。
アメリカは、当時、韓国軍をヴェトナム戦争に動員するために、日本の韓国政府に対する経済協力を望んでいたから、アメリカにとっても満足のいく結果になった。
要するに、加害企業も、日本政府も、韓国政府もみんな納得できる解決だったが、被害者は置き去りにされた。
この結果を正当だとするのが日韓請求権協定による解決済み論だ。
市井の事件を扱うマチベンは、変だと思う。
これでは、被害者は立つ瀬がないではないかと。
国が栄えたのだから満足せよと言われても、被害者が納得できるわけもなかろう。
マチベンから見ると、韓国の裁判所が出した結論は、決して突飛なものではない。
真っ当に被害者を救済しようとすると、自然な結論だということだ。
確かに、全面解決までには難しい問題が残されている。
しかし、知恵と工夫があれば、乗り越えられない問題ではないだろう。
この問題の解決は、韓国政府と、経済協力資金で潤った韓国の企業、日本の該当企業、そして日本政府が協力して解決に当たるべき性格の問題なのだ。
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