国際法の溶解 人道的介入?? シリア情勢
これまで袖にされ続けてきたオバマにようやく安倍首相が会談した。
記憶する限り、公式な日米首脳会談は安倍政権になって初のものであろう。
イギリスさえ、支持しないオバマ政権のシリアへの軍事介入を支持することを安倍首相に表明させるためだ。
日本の経済的影響力を使って、関係国の支持を取り付けるための手段なのだろう。
とんだ場面で、忠犬ポチの顔を立ててくれたものだ。
これで平和国家日本のブランドは地に落ちたと言っていいだろう。
安倍政権が壊してきた日本の世界的評価は絶大なものがある、と褒めてあげたいくらいだ。
さて、安倍首相は、「非人道的行為を食い止めるという米国の責任感に心から敬意を表する」と述べたという。
化学兵器の使用が非人道的行為であることは当然としよう。
そして、とりあえずそれを用いたのがアサド政権であったとしよう。
この場合に、国際法上、安全保障理事会の決議のない、軍事介入を正当化できるのか。
国際法上、武力行使を正当化する概念として、人道的介入という概念がある。
天木直人氏はシリアに対する武力行使をこの見地から、擁護しているように見える。
北沢洋子氏の昨年後半期のシリア情勢報告を見ても、アサド政権下の人道的危機は深刻である。
化学兵器の使用を留保したとしても国際的努力が必要な事態が、シリアで「も」生じていることは確実だ。
人道的介入は、国連憲章上に根拠がなく、これを正当化するためユーゴ空爆当時に正面化した試行的な概念であったと記憶している。
少なくとも確立された概念ではない。
欧米の左派知識人がこれを支持したことから、日本の平和主義を擁護する人の中でも、当時は、見解が分かれた。
人道的介入は、
①重大な人道的危機が存在し、
②これを排除することをのみを目的とし、
③武力行使以外他に方法がなく、
④武力行使が目的の範囲内に止まる最小限のものであること、
⑤武力行使に相応の効果(人道的危機の除去)が期待できること、
などを要件として例外的に武力行使を合法とする概念である。
国連憲章の武力不行使原則の例外を認めるものであるから、要件は厳格に考えられなければならない。
シリアの場合、
①は是としても
②については、オバマはアメリカの国益の擁護に言及している。
③については、平和的な解決の努力が尽くされたことが必要であるところ、国際社会の合意のない、いきなりの武力行使である。国連がまず平和的解決の努力をするべきであり、一国が単独で武力行使を決断するのは、大幅な逸脱である。
④については、民間人の犠牲を最小限にする(それでも必ず民間人の犠牲が出る)ことが求められるが、多くの軍事目標、たとえば道路や橋は、民間人も使用することから、④の要件を満たすような精密な攻撃は事実上、不可能であろう。
⑤については、全く効果は期待できない。期待できるのは、反政府勢力の巻き返しの効果だろう。化学兵器が仮に政府軍の手中にあるとすれば、政府軍の弱体化は、化学兵器拡散の危険をもたらす。
改めて、知恵蔵の記載を見れば、ユーゴ空爆が人道的危機を救ったとは到底いえないことがわかる。
ユーゴ空爆は、国連安保理議を経ていないだけでなく、NATO域外 の国家に対する攻撃 であったため、論議 を呼んだ。米国側は空爆の論拠を合法性ではなく、正当 性に求めた。空爆はアルバニア人の人権擁護 という人道 上の理由によっており、人道的介入は国家主権に優先する正当な行為 との考え である。
しかし、空爆の目的は果たせないどころか、セルビア民兵 やユーゴ軍のコソボ制圧 が激しさを増した。85万の難民 が近隣諸国 に流入 する事態 が生じ、紛争はいっそう悪化 した。
…
78日間の空爆は、ユーゴ側発表 によると民間人死者 1200人、NATO側発表によると兵士 死者5000人を出した。1万回を超えるNATOの爆撃 によるユーゴの被害総額 は1450億円に達し、バルカンの近隣諸国にも経済的な打撃 を与えた。この空爆は、軍事力により民族紛争を解決することの困難 さを示した。
( 柴宜弘 東京大学教授 )
武力行使によって、確実に一般市民が犠牲になる。
他方で、人道的危機に対する武力行使の有効性は検証されていない。
人道的介入と言っても、人道目的だけで自国の兵士を危険にさらす国は存在しない。
最終的に国益目的(軍産複合体の場合もある。イスラエル・ロビーである場合もある)で武力行使が決断される。
すでに、シリアからは一般市民が流出している。
国境難民はいっそう増加している。
ユーゴ空爆は、軍事目標を正確に攻撃した例だそうだが、それでも1200人の民間人が命を落としている。
化学兵器の使用に対して、何もしないという選択肢はありえない、あるいは、不作為は、化学兵器使用を認めるという誤ったメッセージを与えることになるとの由である。
国際刑事裁判所規程は、「毒物又は毒を施した兵器を使用すること。」「窒息性ガス、毒性ガス又はこれらに類するガス及びこれらと類似のすべての液体、物質又は考案物を使用すること。」を戦争犯罪に挙げ、最高刑として終身刑を科すことができるとしている。
東京裁判で行われたような遡及処罰は禁止されているし、裁判官の選任にも加盟国の3分の2の多数を必要とし、世界の主要な法体系の代表によって構成されるなど、国際民主主義に対する配慮は、国際司法裁判所以上になされている。
一方的に化学兵器の使用者を断定して、武力攻撃し、殺したり、消息不明にしたりするより正当な手続によって罰する方が適切に思う。
国際裁判は好きではないが、少なくとも、武力攻撃よりは、ましである。
法律実務家としては、やはり、シリア攻撃が国連憲章上、容認されない武力行使である以上、これに同意できない。
すでにアサド大統領は、大量虐殺、戦争犯罪の罪によって、英・仏を初めとする50ヶ国から告発された状態にある。
国際刑事裁判所による実践例にすることができれば、よりましな世界秩序へ向けての一歩となる。
シリアの化学兵器使用については、検察官がまず捜査に着手することになろう。
アメリカは、政府軍が化学兵器を使用したとする証拠を開示すればよい。
アサド政権側は、安全保障理事会に、反政府勢力が化学兵器を使用した証拠ないし政権は無関係である証拠を提示すればよい。
その間に平和的解決に向けた努力を尽くすことも可能になる。
少なくとも一国の独断で、どちらが化学兵器を使用したかを決定するよりはましであろう。
武力行使は、混迷を深め、人々を苦しめる。
人道的介入と称したところで、同じである。
武力不行使原則の例外を認め始めれば、濫用を招き、戦後の国際法秩序は溶解しかねない。
武力不行使原則こそ、戦後国際社会の原点であり、原点とし続けなければならない。
付記 (9/6 10:20)被告不出頭でも国際刑事裁判は可能と書いたのは初歩的なミスでした。在廷が必要とのことです。
結局は、国際刑事裁判所規程も勝者の裁判であることを前提にした制度だということですね。
しかし、今回のような単独の軍事制裁を止めるためには、却って弁護人の出頭があれば、開廷できるようにした方が、より有効な手だてになると思われてならないです。
ご参考 自由法曹団9月2日付声明
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