有害産品輸入促進ルール(SPS) 詳説2 国際経済法の規律原理
第6ルールまで確認したところで、少し、振り返ってみよう。
普通の人なら、多分、最も重要な権利であると考える国民の生命や健康と、自由貿易法はどのようにバランスを取っているか。
天秤の片方に国民や動植物の生命・健康を置き、もう片方に自由貿易を置いて、考えてみる。
自由貿易法の世界では、
①輸入を拒む側が、有害であることを示す十分な科学的証拠を提示しなければ、輸入制限措置を採ることができない。
②有害物、すなわち毒でもあることがわかっても、措置は、人などの健康を守るために必要な限度において、貿易に与える影響を最小限にしなければならない。毒であっても、直接の食品としてではなく、家畜の飼料や加工品としてなら輸入できないか検討しなければならない。
③措置を採る以上、差別的であったり、自国産業保護の効果をもたらすような恣意的なものであってはならない。
④以上の要件を満たしたとしても、本音が特定の国の産品を排除・制限することや国内産業保護にあることが疑われるような態様であれば、許されない。
⑤毒に対する措置を採るときは、輸出する相手方の損害も考慮して、これとバランスするように経済合理性のある措置を採らなければならない。
⑥国際基準等がある場合は、国際基準に一致する措置であれば、一応、許される。
国際基準より高い水準で措置をする場合は、『正当な科学的理由』が必要である。
天秤の支点が大きく貿易の保護に偏っている。
どうして、これほどまでに貿易を保護しなければならないのだろう。
国民は、無意識にも、国家が基本的な生活の安全を保障してくれていると思っているだろう。
そのためにこそ国家に税金も納めている。
しかし、その国家は、自由貿易のために国民の生命・健康を守るのさえ四苦八苦させられている。
大半の国民・市民は、上記のルールを支持しないと私は考える。
どうして貿易の保護なのかという疑問に対する答えは、国際経済法の教科書の中に書いてある。
教科書のほぼ冒頭、「国際経済法の規律原理」の項には、次のような記載がある(中川淳司ほか著「国際経済法(第2版)」有斐閣)。
国際経済法の共通の規律目的は、「国際社会の共通利益の観点から、国家の自己利益の観点から、国家の国際経済活動に対する規律権限を調整し、規制権限に制約を加えることである」
この共通利益に基づく規律原理は、
「第1に、国際経済活動の自由化である。国際経済活動は、国により生産要素の価格が異なることを利用して、グローバルな資源配分の最適化、費用の最小化と利潤の最大化を目的として営まれる。この目的を達成するためには国家による制限や規制を調整し制限して、国際経済活動の自由を最大限に保障することが必要である。このようにしてグローバルな市場が形成されるとき、そこでグローバルな資源配分の最適化が達成され、世界の人々の得る福利の最大化が達成されることが期待される」
ここで、同教科書は、アダム・スミスやリカードの名前を援用し、彼らによって唱えられた考えが、「今日もなお、国際経済活動の自由化を推進する理論的な支柱として支持されている。」
「その意味で、国際経済活動の自由化は国際経済法の最も基本的な規律原理である」
とする。
また、規律原理の
「第2に、公正な競争条件の確保が挙げられる。自由化を推進してグローバルな市場が形成されたとしても、競争の公正さが確保されなければ、市場にゆがみが生じ、資源配分の最適化と福利の最大化は達成されない。」
「国際経済法は、自由化を通じて形成されるグローバルな市場における公正な競争条件の確保をめざす。そして、公正な競争条件の確保をはばむもの(国家による規制や制限、私人・私企業による競争制限的慣行)を規制し、それを取り除こうとする。公正な競争条件の確保は、自由化と必ずしも対立するものではない。それは、経済合理性という観点から、そして究極的には各国の消費者の保護という観点から、自由化の目標(グローバルな資源配分の最適化、費用の最小化と利潤の最大化)が完全に達成されるよう確保することを目指すものである」
この二つが根本原理であり、これに対する修正原理として、南北問題への配慮、環境保護、人権保障、文化的な多様性を挙げている。
ここでようやく何番目かの修正原理として人権保障が挙げられる。
天秤の支点が貿易の保護に大きくずれるのも当然である。
しかし、多くの国家の国内法は、基本的人権の保障を第一原理とし、人権に最大の価値を置いている。
この亀裂は深い。
アダム・スミスが、現在のグローバル資本主義を見れば、自らが目指したものと違うと断定してくれることは確実だろう。
佐伯啓思氏の「アダム・スミスの誤算」や「経済学の犯罪」によれば、グローバル化した経済圏において、私益の追求が同時に公共益と一致する等というのは、アダムスミスの曲解も甚だしいということになろう。
また、水田洋氏を初めとする先達によって開かれたスミス理解は、スミスが道徳哲学者であり、「国富論」の前提として「道徳感情論」を何度にもわたって書き直してきた経過を重視する。
スミスが道徳的本質として「同感性」を挙げたことは周知だ。
同感性とは「自分がやられて嫌なことは、相手にもしないでおこう」とする道徳観念だ。
スミスは、市場の基礎に、同感性を置き、これを前提にして、私益の追求が同時に公共的な全体の利益に収斂することを説いた。
これは、今日のアダム・スミスの共通理解ではないだろうか。
少なくとも経済思想史・社会思想史の分野においてはそのはずだ。
スミスは「同感」が働く範囲を限定していた。
自国民の間では、共感が作用することを確信していたスミスは、遠く隔たった異国の国民との関係では同感について悲観的である。
スマトラ沖地震で亡くなった犠牲者を、東日本大震災で亡くなった犠牲者と同じようには悼まなかったのは現代も同じだろう。
グローバル化した世界であっても、国民は、どこかナショナルなものに共鳴している。
距離だけではない、文化的な、制度的な、あるいは国家的な何物かが同じ人間でありながら、同感の届く範疇を決定していることは否定しがたいだろう。
この枠は意外に強固である。
スミスの説いた自由市場の公共性は、あくまでも一国の国内で閉じるものであったことを改めて、確認するべきである。
グローバル企業に、果たして取引相手に対する同感を見いだすことができるだろうか。
特許付の遺伝子組み換え作物の種子を毎年、農民に買わせるモンサントが、モンサントの種子によって困窮し、自殺に追いやられた農民に対して、同感しているであろうか。
モンサントの種子と交配してしまった隣接農家に対して、特許権侵害を理由として、巨額な損害賠償を求めて農家を破綻させていくモンサントは、破綻させた農民に同感しているだろうか。
答えは明らかにノーだ。
私益の追及が見えざる手に導かれて、公共益=諸国民の福利に予定調和するという市場論は、あくまでも同感性を前提にしていた。
同感性を前提としない私益の追及の手放しの称揚は、弱肉強食のジャングルの是認に他ならない。
まさに、現代は、その様相を呈しているではないか。
リカードについては知らない。
中野剛志氏の紹介によれば、リカードの議論にはいくつもの仮定された想像上の前提が存在し、グローバルな自由貿易市場を正当化する前提は全く欠けているとされる(「自由貿易の罠」「反自由貿易論」)。
スミスも支持せず、リカードにも支持されないとすれば、国際経済法の規律原理なるものは、単なるお題目に過ぎない。
労働資源の最適化によって、途上国の賃金と平準化されることが、国民の福利なのか。
途上国の国民にとってすら貧富の格差を拡大させる方向へと働く「国際経済活動」が、福利であるのか。
国民は、何年か前にブータンを幸せの国と讃えた。
国際経済活動はブータンにも及んでいる。
格差の波が押し寄せ、ブータン国民の幸せの総量を奪いつつある。
自由貿易を否定する必要はないのかも知れない。
しかし、度を超した自由貿易は国民を不幸にする。
国民の立場からは、自由貿易を保護するために、国家の制度、何らかの意味で国民を保護する規制や慣行を制限する理由はないと言わざるを得ないだろう。
国際経済法は、全てを通貨単位に換算し、人間をすら通貨に換算する主流派経済学の後ろ盾があるから、自らの前提を顧みる必要がない。
しかし、一般市民、一般国民は、別に主流派経済学のために生きているわけではないのだ。
どこまでも街の弁護士である僕は、国際経済法の規律原理を拒否するところから議論を始めたい。
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