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2014年1月27日 (月)

マチベンの寒中見舞い

事務所の寒中見舞いの発送がようやく終わった。
依頼者との関係では、迷惑に感じる方もおられるかもしれないと思いながらも、自らの立場を曖昧にしてはすまされない時代になったと思い定め始めている。(PDF

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社会的裁判を通して裁判所を考える
ある超長期事件
 弁護団の結成準備が始まったのが1998年3月だからすでに16年にわたって弁護団事務局長として関わっている事件がある。僕にとっては、最長事件である。しかも、まだ終わりそうにない。
 1999年3月に提訴、2005年2月に地方裁判所で負け、2007年5月には高等裁判所で負け、最高裁によって上告が棄却されたのが2008年11月だ。
 そんな敗訴連続事件に昨年11月、韓国の光州地方裁判所が初めて勝訴判決を出した。
 
裁判所の政治性
 法律的に、あるいは人権的な観点から正当でも、裁判所は、その及ぼす政治的影響から、敢えて正面から判断するのを避けることがある。
 広く報道される訴訟では、投票価値の平等を求める裁判も、極めて例外を除けば、決して選挙の無効にまで踏み込むことはない(僕自身は、今のように地方が見捨てられていこうとしている時代に投票価値の平等を突き詰め、結果として地方の声が国政に反映されにくくすることにはある意図を見ているので、消極的に見ているが、そのことはとりあえず脇に置こう)。
 他にも沖縄の米軍基地用地の強制収用問題や、日本各地の米軍基地の爆音被害についても同様だ。後者では、裁判所は、基本的に賠償請求を認めても、夜間訓練の禁止に踏み込もうとは絶対にしない。賠償を認めるということは、夜間訓練が違法だということを認めているにもかかわらずだ。裁判所が最終的には国家の権力機関である以上、超えることのない一線があるのは、ある意味、醒めた目で見れば、当然のことだろう。
 
原発訴訟と政治
 あまり広く知られていないが、たとえば福島の原子力発電所に関しても、かつて福島第2原子力発電所の差止を求める訴訟が行われた。裁判所は、高度に科学的で専門的な事項については、国の判断が不合理であることが明白でない以上、裁判所は立ち入らないとして、これを斥けている。原告らが提起した問題は、第1原発と第2原発の違いはあれ、その後、まさにそのとおりの現実になった。
 裁判所が国家の権力機関である以上、原発の危険性も国家と一体となって覆い隠してきたのだ。
 しかし、ときどき、そんな裁判所も人間としての裁判官と、権力機関としての裁判所との裂け目を示すことがある。
 
イラク派兵差止訴訟
 僕が立ち上げに深く関わった事件では、たとえば、自衛隊のイラク派遣の違憲性を訴えた5000人規模の市民を原告とする裁判があった。名古屋高等裁判所は2008年4月、原告らの請求を棄却しながらも、航空自衛隊が、バグダッド(まさに戦闘が行われている戦闘地域である)へ武装したアメリカ兵や武器弾薬を輸送した行為は、戦闘行為と一体をなすもので、憲法9条1項が禁じる「武力行使」に該当するとして明確に憲法違反と断罪した。
 現在では、イラク戦争の理由とされた「大量破壊兵器の存在」は事実ではなく、その後の経過からもイラクを混乱に陥れ、イラク国民を苦しめるだけであったことが明白になっている。
 しかし、裁判が起こされた2004年には、そのような認識が定説であったわけではない。イラクへの戦争行為が、多くの子どもたちを含む無辜の市民に取り返しの付かない大きな犠牲を強いるであることに、心を痛めた市民たちがやむにやまれぬ思いから立ち上がったものだった。
 
 
光州市民の信念と覚悟に寄せて
市民運動と裁判
 普通、どんな運動でも裁判まで提起するには、それなりのハードルがある。運動でそれを実現するのには、現実の壁があまりにも高く、厚いから最後の手段として法的解決を求めて、裁判を選択する。裁判所が権力機関であることは十分に承知しながら、なお、人間としての裁判官の良心に問いかける。だから、裁判をすること自体が、相当な覚悟と信念を要する。そして、地裁から最高裁まで3度も負け続ければ、大抵、そこで運動は終息する。
 日本での裁判から5年を経て、海を越えて勝ち取られた今回の光州地方裁判所の判決は、人権の回復を願う、ひたむきな人たちが切り開いた地平である。現実の壁がどれほど高くそびえているように見えても、「諦めないこと」が、どれほど大切かを示す事件でもある。
 
人権と民主主義の聖地光州
 光州と言ってもなじみがないかもしれない。ちょうど、都市の規模で言うと、日本でいえば、東京から数えて名古屋に当たるような、そんな都市だ。
 今では想像しにくいかも知れないが、韓国は戦後も長く、極端な軍事独裁政権が支配する軍事警察国家だった。国民は常に軍によって監視され、ほとんど何の理由もなく、ある日、突然、連行され、裁判とも言えぬ裁判で何年とも知れず、投獄された。戦前の日本がそうであったように、不正義の支配に対して抵抗する信念や心情を持つ人々は息をひそめていなければならない息苦しい軍事独裁が支配した国家だった。そんな韓国で民主化が成し遂げられるのは1990年代も半ば近くになってからだ。
 そうした韓国の民主化の象徴的な地が光州だ。
 1980年、光州では軍事独裁政権による大規模な弾圧が行われた。民主化を求める市民の運動は、韓国軍による無差別な攻撃にさらされ、多数の市民が犠牲となった。光州市を軍が包囲し、外部との通信を遮断して地域を孤立させた上、市街地に戦車が入った。文字通り戦車が民主主義を踏み敷いたのだ。その後10数年もの長い時代を光州の人たちは、屈従に耐えながら、人権と民主種主義に対する信念を「諦めなかった」。
 人権と民主主義にとって、韓国では特別な意味合いを持って語られてきた、そんな地域が光州である。
 
名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟 その被害
 さて、僕が16年にわたって関わった事件は、韓国の少女に対する強制労働事件だ。
 とくに戦争末期、日本は植民地朝鮮から多数の朝鮮人を軍需工場や炭鉱、地下施設建設に動員して強制労働を強いた。
 彼女たちが特殊だったのは、まだ幼いともいえる12歳から14歳の時代に、小学校の担任教師から「日本に行けば女学校に行ける」と騙されて連れて来られたこと、そして成人男性にも厳しかった軍用機生産のラインで働かされたことだ。植民地朝鮮では、小学校を卒業した朝鮮人の少女が進学する途は極めて限られていた。そんな中でも女学校に進みたいと願う、向学心のある少女たちが選ばれた(日本での労働に従事するためには日本語の成績がよいことが必須だったことは容易に理解できるだろう)。信頼する小学校の担任や校長の「女学校に行ける」との言葉を疑うことは少女たちには到底不可能だった。
 もう一つ、この少女たちの被害が特殊だったのは、少女たちが帰国してからの生活にある。彼女たちは、帰国した後、「日本で体を売った汚い女」のレッテルを貼られ、差別に耐え続けなければならなかった。性道徳は戦後の日本でも極めて厳しかった。同性愛者であることを知られた美輪明宏が芸能界を追われた時代だ。まして韓国は日本以上に儒教的な家父長制が支配する社会だった。『良き妻であること』だけが、女性に与えられた人生だった。裁判の原告になった女性は、ほぼ全てが、「体を売った汚れた女」という差別のために家庭崩壊を強いられている。彼女たちが日本に連れて行かれた過去を知った夫は怒り狂い、ある原告は離婚を強いられた。別の原告の夫は外でつくった「汚れていない女性」との間でできた子どもを家に連れてきて、夫の「正式な子ども」として、その育児を彼女たちに押しつけ、別の原告の夫は家を出て何十年も音信不通となった。「汚れた女性」を母親として戸籍に記載することは夫にとって屈辱医的な恥とされたため、実の子であるのに、戸籍の母の欄には違う女性が記載された例もある。
 裁判は、そんな彼女たちが、失われた人生の尊厳を回復するための闘いでもあった。
 
 
マスコミ(新聞)の取材能力の劣化と『誤報』そして刷り込み
韓国の強制労働事件をめぐる
マスコミの論調について
 先に述べたように、彼女たちは日本の裁判所で三度にわたって敗訴する。支援してきた日本の市民も自分のことのように胸を痛めた。そして、彼らは「諦めなかった」。経過は省くが、同じように彼女らに心を寄せる、光州の市民との連帯が、昨年11月の光州地裁の勝訴判決をもたらした。そこにあるのは、決して民族主義ではない。人権と平和に対する日韓の自覚的な市民の深い響き合いだ。
 歴史は皮肉なものだ。光州の市民が彼女たちの支援に立ち上がるのは、日本の最高裁の判決の後だ。そして、今、東アジアで孤立を深める日本の姿が露骨になる、その時期に韓国での勝訴判決がもたらされた。
 このために、韓国における強制労働裁判は、日韓の溝を深めると批判や非難にさらされている。仮に日本で裁判が行われる早い段階で、光州の市民との結びつきを深めることができたならば、事態は全く違ったものになっただろうと思う。日本で裁判が行われていた当時、大方の予想通り敗訴であるにも拘わらず、全ての全国紙が、大きく報道した。そこには原告らに寄せる共感があった。
 したがって、一貫してこの事件に関わっている僕には、韓国の判決が、日韓の民族問題の脈絡の中で語られることは極めて心外である。
 大方のマスコミを見る限り、当事者から見れば、敢えて『物語を作っている』と思わざるを得ない明らかな間違いがある。どんなに善意に理解しようとしても、渦中の者からは初歩的な誤解、あるいは刷り込みがあると言わざるを得ない。3つほど指摘しておきたい。
 
日韓請求権協定の5億ドルは
「韓国政府が流用した」の間違い
 一つ目は、1965年の日韓国交回復に当たり、日本は当時の金額で5億ドル(当時の1ドルは360円)もの資金を提供したが、韓国政府は、これを被害者のために使わず、インフラ整備など経済成長に流用してしまったとするものだ。
 これは明らかに、ためにする言い方だ(と、渦中の者は言いたくなる)。日韓の国交正常化に当たって締結された日韓請求権協定の条文を読めば、「韓国政府が流用した」のではなく、日韓双方の政府が『被害者を口実にして、これを経済協力にすり替えた』ことが明記されているからだ。そこでは、5億ドルは「日本の生産物及び日本人の役務」によって提供されることが書かれ、「韓国の経済成長に役立つものでなければならない」ことが義務付けられている。具体的な事業については日韓政府で共同して行うとまで明記されている。密約でも何でもない。インターネットで「日韓請求権協定」を検索して、条文を読めば、普通の法律よりもわかりやすい言葉で誰にでもわかるように明白に書かれている。あたかも5億ドルの現金が供与されたのに、韓国政府が勝手に流用したかのようなマスコミの伝え方は、初歩的な間違いを犯している。日本政府と韓国政府は自分たちの政治的意図によって、被害賠償を経済協力にすり替えるという『談合』を行ったのだ。
 そうして、たとえば、韓国の経済成長を象徴する韓国最大の製鉄所は、日本政府が費用を負担し、戦時中は強制労働加害企業であった現在の新日鐵が受注して、巨額の利益を挙げた。日本政府、韓国政府、日本の加害企業、そして経済協力資金で潤う韓国財界はその利益のために、両国の合意の上で、被害者を置き去りにしたのだ。
 
「(被害者の)請求権は消滅した」?
 2つ目は、日韓請求権協定によって「完全かつ最終的に解決済みとされた」との新聞記事の後に必ず付けられる、この協定によって「請求権は消滅した」という決まり文句だ。
 国家が国家間の合意で、個人の他国や他国企業に対する人道的な被害に対する賠償請求権まで消滅させることができるのかを敢えて問わない。日本の裁判所が「請求権は消滅した」としているのか、あるいは日本政府が「請求権は消滅した」と言っているのかという問題に絞ろう。実は、日本政府が公式見解で「請求権は消滅した」と主張したことは過去、一度もない。ただ「完全かつ最終的に解決済み」だとするだけだ。わかりにくい理屈を言っているというかもしれないが、わかりにくくしているのは、日本政府と日本の裁判所である。
 裁判提訴から2年も経った頃、被告である日本政府(担当したのは、外務省だろう)は「仮に請求権があったとしても、日本政府には『応じる法的義務はない』」などという意味不明の主張を始めた。弁護団は、逐一、これに反論し尽くしたが、裁判所は、この意味不明の主張に法的装いを与えた。
 被告国や被告企業は、中国人強制労働事件でも『権利はあっても、応じる義務はない』と主張し続けた。そうした中国人強制労働事件に関して、2007年4月に最高裁が「日中共同声明によっても個人請求権は消滅しないが、裁判所に訴える権利を失った」とする判決を出した。これに続き、同年5月に出された名古屋高裁の判決もこの論理を採用したのだ。
 これは、法律家にとってすら理解に苦しむ法律的装いで、詭弁である。
 名古屋高裁は、一方では、明確に国や被告企業に不法行為責任があることを認めている。ところが、「被告が日韓請求権協定によって解決済みと主張する以上、裁判所が賠償を命じることはできない」と述べる。
 被告に不法行為責任が認められ、請求権が消滅していないとすれば、賠償が命じられる。あまりにも当然のことだ。日韓の裁判所の判断の違いがもたらされた根本的な理由は、「法律的な理解」の違いではない。
 日本の裁判所が、法律的には原告らの請求の正当性を認めながら、『政治的な配慮』から、裁判所が明確な断を下すことを避けたのだ。中国人強制労働に関する最高裁の判決は、「裁判所に訴える権利を失った」とする判断に加えて、「被告企業と関係者(注:日本政府以外には考えられない)が解決に向けて努力することが期待される」とまで、付言しているのだ。
 同じく名古屋高裁も、原告らの被害には深く心を寄せている。
「被告の行為は、正義と公平の観念に著しく反し、人道に悖る行為と言わざるを得ない」とまで断罪しているのだ。
 ここにも、人間としての裁判官と国家の権力機関としての裁判所の裂け目を見ることができるだろう。
 「請求権が消滅していない以上、賠償義務がある」。光州地方裁判所が賠償を命じた理由は、しごく当然のことなのだ。むしろ日本の裁判所が、政府や加害企業に対する政治的配慮から事態をわかりにくくさせた。
 国民個人の被害を経済協力にすり替える。そのことに、当時の世界情勢の中で、国家としての判断に一定の合理性はあったとしよう。しかし、そうした談合によって、被害者の権利は二重に蹂躙されたのも事実だ。
 だから、僕は断言しよう。ここにあるのは、民族や国家の対立ではなく、国家に犠牲にされた個人と国家の問題であり、問われるべきは、二重に蹂躙された被害者の尊厳の回復なのだと。
 
捏造される「韓国当事者の反発」
 3つ目の問題は、強制労働問題をめぐって、日韓の当事者の間に反発や対立があるかのような記事の取扱いだ。
 たとえば、昨年、光州地方裁判所の判決が出された直後に日本の経済3団体が、日韓両国政府と韓国の財界に対して、問題の解決に努力することを求める声明が出された。この声明が求めているのは、日韓両国政府と両国の財界が協力して問題の解決に当たることだ。
 実は、このことは、日韓の弁護団や当事者が一貫して求めてきたこととほとんど同じだといってもよい。ところが、これを採り上げる記事は、必ず「韓国側は反発している」、「原告(実名を出している。僕が直接に関わっている原告だ)は怒りをぶちまけた」と書くことに決めているらしい。僕は、原告とはごく近しい関係にあるし、韓国の弁護団や支援者とは、人権あるいは生命と平和という根源的な価値観を共有している。だから、韓国側(原告、弁護団、支援する市民の会)に、反発など存在しないことは、直接に知っている。日韓両国政府と日韓財界が、協力して基金などの方策によって問題を解決すべきことは、強制労働問題について言えば、むしろ韓国側から提起された解決の枠組みである。
(韓国政府がそうかは必ずしも明確ではない。政府と国民は分けて考える必要がある。TPPなどをめぐっても同じである。アメリカ政府とアメリカ議会、アメリカのグローバル企業、そしてアメリカ国民は分けて考えるべきだろう)
 
平和と人権や生命を「諦めない」
 マスコミの取材力の劣化が言われて久しい。日韓請求権協定にしろ「請求権は消滅した」かについてにしろ、条文や判決に当たるという、ほんの少しの努力すれば、間違いにはすぐ気づくはずだ。まして、「韓国側の反発」などという決まり文句を付けるのは、僕から見れば、捏造以外の何ものでもない。
 マスコミは日韓の反発を煽っているのだ。
 原発事故は、この国の、大企業や政府、これと癒着した大多数の学者やマスコミの、国民を愚民扱いして侮辱した腐りきった姿を白日の下に晒した。まだ、あれから3年も経っていない。今、この歪んだ共同体の腐敗は、いっそう深刻化している。
 原発事故で目の当たりにさせられた、この国の構造的な腐敗のありよう、その教訓を生かさなければ、私たちは、またぞろ同じ悲劇を繰り返すだろう。
 光州事件と呼ばれる軍事弾圧事件の惨禍を経験した、光州の市民がそうであったように、私たちは平和を、そして人権や生命への信念を「諦める」ことがあってはならない。

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