生命倫理とグローバリズム
このニュースは、おそらくTPPを初めとするグローバリズムの問題の核心に関わっている。
朝日2013年12月30日04時54分
遺伝子異常、卵子で一括診断
【大岩ゆり】受精前の卵子を壊さずに、筋ジストロフィーなど数千種類の病気を起こす染色体や遺伝子の異常を一度に見つける方法を、米ハーバード大と北京大の研究チームが開発した。9割以上の精度で異常を見つけることができた。チームはこの手法で「より健康な卵子」を選んで体外受精で出産する臨床研究を始めるという。専門家は生命の選択につながると懸念している。
新手法は、妊娠後に行う出生前診断と違い、診断結果で中絶せずに済む。受精卵の一部を取り出して調べる着床前診断とも違い、受精卵を傷つけずに済む。しかし、新手法は体外受精が不可欠だ。また、親が好む容姿や才能をもたらしそうな遺伝子の卵子を選んで赤ちゃんを作る「デザイナーベビー」を現実化する技術だとの懸念の声もある。
検査には卵子のもとになる「卵母細胞」を使う。成熟して卵子になる途中で細胞の外に排出される染色体のDNAをすべて分析し、卵子に残る染色体や遺伝子の異常を予測。染色体や遺伝子異常で起きる数千種類の病気を一度に調べる。
青色で記したが、『「より健康な卵子」を選んで体外受精で出産する臨床研究を始める』としており、それが『親が好む容姿や才能をもたらしそうな遺伝子の卵子を選んで赤ちゃんを作る「デザイナーベビー」を現実化する技術』につながっているという点は重要だ。
記事では、日本産婦人科学会の出生前診断検討委員会委員長の久具宏司東邦大学教授の談話も引用されている。
新手法は、軽い病気の有無や身体の特徴も網羅的に予測できる。その情報を基に卵子を選べば、デザイナーベビーに大きく近づき、命の選択につながる。実用化には慎重な検討が必要だ。
久具氏が「実用化には慎重な検討が必要だ」とするとおり、この問題は、生命観や人間観に関わる、すぐれて倫理的な課題だ。
劣等な生命を間引くことができるという差別思想との線引きをどうつけるのか、極めて困難な課題だろう。
現実に、過去には、『命の選択』(優生学)は、欧米各国では、いわれのない民族差別に行き着いた。
その破滅的な例が、ナチスの民族浄化であったし、日本人の隔離・強制収容に至ったアメリカ移民法であった。
公平のために付け加えれば、日本の優生保護法も障害者やハンセン病患者差別の温床となった。
日本では、少なくとも出生前診断ですら、臨床試験の形態で慎重に検討しようとする文化がある。(拙ブログ12月18日付)
さて、この記事を書いた記者自身が、おそらくTPPあるいはグローバリズムとの関係を意識していないと思われるのが、最大の問題だ。
象徴的に、アメリカと中国の代表的な大学の共同研究だという事実を挙げておこう。
この研究は、営利目的の研究だと断定してよい。
この成果は、直ちに特許申請されるだろう。
「より健康な卵子を選んで」体外受精で出産する臨床研究が終われば、巨大な市場利益が約束されている。
将来、Sランクとか、Aランクとか区分けされたサービスが開発されるだろう。
『代金にしたがい、お望みの子どもを授かることができます。』
お金持ちが、それを望むことが、なぜいけないのでしょうか。
そして、企業が、顧客のニーズに基づいて、高度なサービスを提供するのがなぜいけないのでしょうか。
TPP、グローバリズムの論理では、サービス産業に対する規制は、『客観的かつ合理的』なものでなければならないとされる。
ここで『客観的かつ合理的』が何を意味するのか。
グローバリズムの論理は、企業活動に対する制限は、必要かつ最低限のものでなければならないことを基本原則とする。
『客観的かつ合理的』とは、そうした基本原則に立ってもなお容認すべき制限なのかという尺度だ。
したがって、少なくとも、誰かの利益が損なわれるくらいのことがなければ、「客観的」とも「合理的」とも評価されないと考えてよい。
この技術に対する規制を検討してみよう。
親が望む子どもを作ることは、一見して誰の利益も害することではないだろう。
『命の選択』につながるという指摘は、非科学的で情緒的なもので『主観的』(非『客観的』)なものでしかないだろう。
社会が倫理的観点から抑制的に検討するため、技術の導入に猶予を求めようとしても、グローバリズムはそれを許さない。
社会的な議論の末に国家がこれを規制しようとしても、グローバリズムはそれを許さない。
TPPを締結するということ、あるいは日米FTAを締結するということは、進んでそれを選択するということを意味する。
このニュースを伝えたのは、ざっと見た範囲では朝日新聞だけのようだ。せっかく、この微妙な問題を伝えながら、グローバリズムとの関連性の自覚が、残念ながら、メディアのどこにも存在しないことが返す返すも悔しい。
TPPを選ぶということは、一国では、生命倫理の問題にすら、決して結論が出せない国になるということだ。
金儲けのために、子どもの遺伝子を左右することができる社会を、望むということだ。
とうてい、そのレベルの認識に、この国のメディアはどこも達しようとしない。
それにしても、遺伝子組み換え作物といい、卵子による遺伝子一括診断による生命選別といい、この人知に対する万能感と、所有欲には強い違和感を覚える。
遺伝子組み換え作物に関して宣伝されるあれこれが、自然に復讐された幾つもの実例から破綻していることは明らかになりつつある。
おそらく卵子の遺伝子検査によって、子どもを思うように左右できると考えたことは、科学的な誤りであった、という結論がやがては待っているはずだ。
還元主義で理解できるほど、生命は単純ではない。
12月20日には、山中伸弥教授を初めとする京都大学のチームが、iPS細胞作製法に関する最も包括的な特許の取得に成功したことが報じられた。
それは、iPS細胞が、金儲けの道具とされることを防ぐためだ。
山中教授は、極めて早い段階から、特許取得を急いでいた。
山中教授は、グローバリズムに自覚的だった。
分かち合うために特許の取得を急いだのだ。
そうした人こそiPS細胞作製法の発見者にはふさわしい。
強欲競争では、日本はアメリカにも中国にも敗北必至だ。
でも、結構いいんじゃないの、日本は。
分かち合うことを独占することより優先するんだから。
日本文化とはそういうものだと、小さな声で呟いてみる。
付け加えれば、世界大学ランキングなどというものは信用しない方がよい。
企業にとって都合のよい大学が上位にランクされる仕組みになっていると理解するのが真っ当だろう。
したがって、日本の大学が下位に低迷するのは喜ばしいことだ。
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