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2014年2月17日 (月)

ソチ五輪

女子フィギュアが近づき、ますます日韓対決感情を煽るような雰囲気が出てきそうな中、韓国ハンギョレ新聞が葛西紀明選手のメダルを讃える記事を提供しているので、紹介しておこう。
なお見出しにある「老」将というのは、儒教色の濃い韓国社会では、尊敬の念を込めた語であるので、念のため。


7回連続出場の末に、ついに個人銀メダル
42歳の老将の闘魂“次のオリンピックにも出場”

"まだ金メダルを取れていない。あきらめることなく努力して金メダルを取る。"


 

 42才でオリンピック個人戦の初メダルを取った老将の意志は、依然として燃え上がっていた。 日本の日刊新聞<読売>インターネット版は16日(韓国時刻)、冬季オリンピック歴代最多出場記録を立て、銀メダルを首にかけた日本の葛西紀 明(42)が今後もオリンピックに出場する意向を明らかにしたと報道した。 今回のソチ オリンピックまで何と7回連続の出場記録を打ち立てた葛西は「私と同じ年齢の他の選手たちは引退を考えるだろうが、次のオリンピックとその次のオリンピッ ク(50才)まで続けて出たい」として強いオリンピック出場の意志を表わした。


 

 この日未明に開かれた2014ソチ冬季オリンピック スキージャンプ男子個人ラージヒルで銀メダル(277.4点)に輝いた葛西は、オリンピック7回出場の末に日本冬季オリンピック出場史上最高年齢(41才 254日)の記録も立てた。 1948年、サンモリッツ大会スキージャンプで銀メダルを取ったルード ロジャー(ノルウェー)が立てた36才168日を軽く跳び越えた。 葛西は「どうして長く選手生活をしてこれたか私も不思議だ。負けたくないという勝負欲が強かった」と話した。


 

 葛西は1994年リレハンメル大会でこの部門の団体戦で銀メダルを取った後、何と20年ぶりに再びメダルを首にかけ、1992年フランス アルベールヒル大会出場以後、初めて個人戦でメダルを獲得した。 カサイは 「授賞台に一人で立つのは初めて」と言いながら喜びを隠すことができなかった。 オリンピックでこれまでに金2個、銀1個、銅1個を獲得した日本のスキージャンプは、葛西の闘魂で1998年長野大会以来4大会ぶりに再びメダルを得た。


 

 ノーマルヒルで金メダルを取ったポーランドのカミル ストフ(27)は、ラージヒレでも15才も年齢が高い葛西を抜いて金メダル(278.7点)を取り2冠王に上がった。 カミルは 「私としては15年後には浜辺に横になって引退生活を楽しみたいが、葛西が夢をかなえるためにまだ競技すると言っているのは本当にすごい。 彼と一緒に競技をし、メダリストとして同じ授賞台に立てるということが光栄」と話した。


 

イ・チュンシン記者 cslee@hani.co.kr

 

韓国語原文入力:2014/02/16 16:43


ついでに、ロシアに帰化して、ショートトラック男子1000mで金メダルを獲得したヴィクトル・アン(アン・ヒョンス)についての記事は、韓国スケート界にはびこる派閥争いの恥部を批判したものだ。
よく似た確執は、日本スピードスケート界にもあるという、清水宏保氏の朝日新聞への寄稿が印象的だった。しかし、日本のメディアでは、記事で、そのことを、ましてオリンピックの最中に指摘するのは想像できないように思う。


‘ヴィクトル・アン’は犠牲の羊か、冒険家か’
ロシア帰化の背景には氷上指導者の‘専横’
運動に対する渇望が‘背信者’という非難を甘受する勇気に
派閥争いの犠牲の羊か?夢を求めて旅立つ遊牧民か

韓国‘ショートトラックの皇帝’アン・ヒョンス(29)が、ロシアの‘英雄’ヴィクトル・アンになった現実には、 韓国氷上スポーツ界の徒党文化と成績至上主義など、不条理な側面が支配的な原因だ。 薄汚れた派閥争いは2006年トリノ冬季オリンピック3冠王を安住させなかった。

 

 韓国体育大と非韓国体育大の派閥争いは、2006トリノ オリンピック当時に極に達していた。 コーチがどの大学の出身かによって選手たちが訓練を別に行ったほどだ。 アン・ヒョンスの父、アン・キウォン氏は<ハンギョレ>との通話で「ヒョンスは非韓国体育大選手たちに除け者にされ激しい牽制を受けてきた。 非韓国体育大出身コーチは‘外国選手たちには負けてもかまわない。アン・ヒョンスだけは食い止めろ’で指示した」と当時の無念な心境を吐露した。‘国家代 表はすなわちオリンピック金メダル’という等式が生まれながら、狭い関門を通過するための選手どうしの‘八百長’が指導者を通じて露骨に伝えられた。 オリンピック前の2005年、オーストリア インスブルック冬季ユニバーシアード大会。 アン・ヒョンスは金メダルを譲歩しろとの代表チーム先輩の要求に応じなくて殴打されもした。

 

 指導者の一言で選手の運命が決定される現実も、アン・ヒョンスには大きな傷となった。 アン・キウォン氏は「ヒョンスが指導者出身の大韓氷上競技連盟高位関係者の反対にも関わらず、実業団チーム城南(ソンナム)市庁に行くと、その時から彼を 困らせ始めた」と主張した。 2008年1月、城南市庁行き以後、代表選抜戦の日程を調整したり、方式を変更しながら負傷から回復できないアン・ヒョンスを意図的に脱落させたというの がアン氏の主張だ。

 

 ‘成績至上主義’もアン・ヒョンスの心を変えさせた。 アン・ヒョンスは2008年1月の世界大会を控えて、泰陵(テルン)で訓練中に滑りながらフェンスに左膝を打ち付け膝蓋骨を骨折した。 衝撃吸収をしなければならないフェンスは、水気を含んで石のように固く凍り衝撃を緩和するどころか深刻な負傷を負わせた。 1年間、三度も手術台に上がる厳しいリハビリをしたが、翌年4月の代表選抜戦では選ばれることができなかった。 アン・キウォン氏は「負傷するや連盟では‘捨てたカード’扱いをした。 代表チーム訓練中に負傷に遭ったにもかかわらず、再起して選手生活ができるよう関心を持つどころか‘アン・ヒョンスがいなくとも金メダルを取ることはでき る’という態度で一貫した」として虚しさを吐露した。 選手層が厚い韓国としては、アン・ヒョンスの負傷はたいしたことではなかったのだ。 結局、アン・ヒョンスは2010年の選抜戦からも脱落するや2011年にロシア帰化の道を選んだ。

 

 体育界の暗い側面よりはアン・ヒョンス個人の選択に重きを置かなければならないという見解もある。 ある選手出身の氷上スポーツ関係者は「韓国体育大-非韓国体育大 派閥争いは誇張されて伝えられている。 アン・ヒョンスが負傷した後、再起のためにロシアを選択したようだ」と話した。 アン・ヒョンスの懇意な後輩であった元ショートトラック選手は「ロシアに行く過程で外圧があったかどうかは正確に知らないが、そばで見た時はオリンピック に出場したいという欲のためであるように思った」と話した。

 

 アン・ヒョンスは15日、ショートトラック1000mでの優勝後 「自分のための選択だった。 運動をとにかくしたかったし、負傷のために止めたくなかった。 私が最大限運動できる良い環境を探して、ロシアに来ることになった」と説明した。 アン・ヒョンスは 「負傷した後、まだ膝に痛みがあるが、ロシアでは私ができる運動の中で最も効果的な運動をした。 私に合わせて訓練できるという点が韓国とは大いに違う」と変化した環境を説明した。

 

 個人よりは集団の目標を重視する過去の体育界文化とは違い、個人の成就に傍点を置く新しいモデルを作るという意志が強かったものと見える。 自身が好む運動のために最善の環境を探したアン・ヒョンスは‘背信者’という非難を甘受してまでも、自身の夢のために勇敢な選択をした。 そして実力と結果で‘人間の勝利’を見せてくれた。

 

ソチ/ホ・スン記者 raison@hani.co.kr

 

韓国語原文入力:2014/02/16 17:59

五輪ばかりのテレビにはうんざりだ、とくに東京オリンピックという売国バーゲンセールが決まった後のオリンピック放送はまっぴらだと言いながら、なんだかんだと見ていたりする(汗)。


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