日米二国間協議で「非関税障壁」として蚕食される「食の安全」
日米並行二国間協議の内容はほとんど報道されないが、ごくまれに、具体的に見える情報が提供される。
本来、国民の圧倒的な関心事であるはずの食の安全については、たとえば、2013年11月23日、朝日新聞は次の記事を掲載した。
食の安全基準変えず TPP並行協議で日米合意
朝日新聞2013年11月23日09時05分
【藤田知也】環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉と並行して進めている日米二国間協議の第4回会合が22日、3日間の日程を終えた。日本は遺伝子組み換え食物の表示や食品の安全基準を変えなくていいことを確認した。
日米協議では、米国の食品会社などが輸出しやすいように食品の安全に関する基準が緩められるのではないかという懸念があった。だが、今回の会合で、日本の基準は今のままでいいということで一致した。
TPP交渉でも、食品基準は世界貿易機関(WTO)のルールを踏襲することで合意している。すでにWTOのルールに沿っている日本の基準は影響を受けない見通しだ。
ここには、いくつかのカラクリがある。
確実に二国間並行協議の影響下にあると思われる点は3点。
まず、米国産牛肉輸入制限の緩和。
米国とのTPP交渉参加をめぐる事前協議の開始に当たり、厚労省は2013年2月1日から米国から輸入できる牛肉の月齢を20ヶ月以下から30ヶ月以下に引き上げた。かれこれほぼ10年以上にわたって日米間での懸案となっていたBSE牛肉は、米国の要求を呑む形で決着している。※1
これに伴い、国内自治体が自主的に取っていた全頭検査も2013年7月1日から廃止された。
自治体が自主的にとっていた措置を廃止させたというのは、この検査ゆえに国内産牛肉が優位になるのは国内産業保護となり、海外産牛肉に対する内国民待遇義務の違反となるとの流れであろう。※2
2つめは、日米オーガニック食品の相互認証である。
共同通信 2013年9月26日 09時26分 ;(2013年9月26日 09時27分 更新)
【ワシントン共同】日米両政府が有機農産品の相互認証で合意したことが25日明らかに なった。どちらかの国で認証を得た農産物や加工食品は、新たな審査を経なくても有機食品として互いに輸出できるようになり、販売拡大が期待される。26日 に両政府が発表する。有機農産品は、農薬や化学肥料を原則として用いないため高い価格で販売ができる。
米国でオーガニックと承認された食品は、日本でもオーガニック(JAS)食品として認められるということだ。(NY Green Fassionサイト 2013年10月2日)
JASの有機食品認証制度と同等の水準にある海外制度について、JASでも有機食品として認める運用が2013年4月1日から始められ、これを今年1月1日から米国のオーガニック食品にも拡大するということである。
日本のオーガニックの水準がいかほどのものかはともかくとして、米国のオーガニックの水準がどの程度のものかは、昨年10月2日付ブログで紹介したとおりである。
自国で管理できない食品に対して、不安を持つのはごく普通の心情だろう。
3つ目は、安全性が承認された遺伝子組み換え作物・添加物数の激増である。
これも昨年11月10日付のブログで触れた。
印鑰智哉氏のフェイスブックから引用したグラフを再掲しておく。
日米並行二国間協議では、WTO/SPSルールも対象にされていた。
SPS(衛生及び植物検疫措置)では、食の安全基準自体が貿易障壁とならないことはむろん、その運用も貿易障壁とならないことが求められる。SPS協定付属書Cでは、「手続の不当な遅延」も貿易障壁として許されないことになっている。
したがって、遺伝子組み換え食品及び添加物数の激増は、手続を「適正化」(迅速化)した結果ということになるだろう。
ポイントは、これらの措置が必ずしもTPPや日米二国間協議と結び付けて報道されないということである。
行政限りで行えるものは、日米二国間協議を受けて、どんどん前倒しで実施されるということだ。
さらにこの1年、気づいた範囲だけでも次のような措置が採られている。
- 枯れ葉剤を撒いても枯れない作物の非隔離栽培を承認(印鑰智哉氏がブログで再三にわたって警鐘を鳴らしていることでかろうじて知ることができる)
これは、除草剤として枯れ葉剤を撒く前提で、それでも枯れない作物の商業栽培(非隔離栽培)ができることを意味しよう。
枯れ葉剤で除草する栽培という事態が、一体、どういう事態を想定しているのか、およそ想像できない。 - ミツバチ大量死の原因と疑われるネオニコチノイド系農薬の残留基準の大幅緩和
EUでは昨年12月から、2年間の暫定期限付ながら、使用制限をなした上、科学的検証に入っている。
日本では残留基準を大幅に緩和しようとし、安全審査が完了したが、最近の報道(朝日2014年7月23日付)では、さすがに再度、食品安全委員会に差戻されたようである。
最新のところでは、健康食品の機能性表示の解禁がある。
規制改革会議の2013年6月5日付答申を受けたものであり、今年中の制度見直しが決定している。
③一般健康食品の機能性表示を可能とする仕組みの整備
国民の健康に長生きしたいとの意識の高まりから、健康食品の市場規模は約1兆8千億円にも達すると言われている。しかしながら、我が国においては、いわゆる健康食品を始め、保健機能食品(特定保健用食品、栄養機能食品)以外の食品は、一定以上の機能性成分を含むことが科学的に確認された農林水産物も含め、その容器包装に健康の保持増進の効果等を表示することは認められていない。このため、国民が自ら選択してそうした機能のある食品を購入しようとしても、自分に合った製品を選ぶための情報を得られないのが現状である。
また、特定保健用食品は、許可を受けるための手続の負担(費用、期間等)が大きく中小企業には活用しにくいことなど、課題が多く、栄養機能食品は対象成分が限られていることから、現行制度の改善だけで消費者のニーズに十分対応することは難しい。このような観点から、国民のセルフメディケーションに資する食品の表示制度が必要である。
要は、消費者の選択肢を増やし、経済成長に役立てようということで、健康食品としての有効性や安全性の判断は、限りなく消費者の自己責任に近づくだろう。
これについては、NHKの以下のサイトが詳細に紹介している。
クローズアップ現代(2014年5月13日)
時事公論(2013年7月18日)
米国で、少なくとも国民の健康に悪影響を与えたという意味で、失敗だったとの評価が高まっている機能性表示の解禁を後追いしようという訳だ。
かくして、冒頭の報道のとおり「食の安全基準は変えず」という報道になる。
食の安全は守るとした自民党の選挙公約は守られる。
なお、同記事で「遺伝子組み換えの表示義務」は認めるとされている点について、少しだけ触れれば、もともと日本の遺伝子組み換え食品に対する表示義務は、抜け穴だらけのザルである。
①遺伝子組み換え作物由来のタンパク質が検出されない場合には、表示義務がない。このためサラダオイル、コーンオイル、醤油等多くの食品には遺伝子組み換え食品の表示義務はない。
②表示義務があるのは上位3品目に限られる。
③重量で5パーセントを超えなければ、上位3品目であっても表示義務はない。
むろん家畜の飼料とするものには表示義務はない。
大豆の自給率は数パーセント、トウモロコシについては統計の取り方が難しいが、自給率1%と言われ、大半の大豆やトウモロコシが米国からの輸入であり、そのほとんどが遺伝子組み換えだというわけだから、日本には大量の遺伝子組み換え食品が流通している。
日本の表示義務はとても緩いので貿易障壁にはならないというお墨付きが米国から出されたということなのである。
こうして、日米二国間並行協議は、法律改正が不要な「非関税障壁」をどんどん取っ払っていくのである。
で、むつかしいのは、どこまでが米国の要求で、どこからが日本企業の要求なのかが、判然としないことだ。
ネオニコチノイド系農薬の残留基準の大幅緩和は、むしろ住友化学の要求を反映したと言われており、渾然一体となって、日本市場の「自由化」が進行して食の安全を蚕食しているのが、日米二国間協議に象徴される光景である。
花粉症に有効な遺伝子組み換えイネ(農業生物資源研究所は「スギ花粉症の原因物質の一部をコメに導入。→数週間食べ続けると、スギ花粉を食物と認識。→アレルギー反応を抑えることが期待。」と紹介している)が肯定的に報道されたり、遺伝子組み換えイチゴに由来するイヌの歯肉炎薬品が承認されたり、いろいろ遺伝子組み換えに対する抵抗感を取り除き、これを商品化しようとする動きも活発化している。
モンサント社のラウンドアップのテレビコマーシャルが名古屋地域で目に付くようになったのは、この3月頃からだった。農村部では昨年からコマーシャルが流れていたようであるが、名古屋では家庭菜園向けにという触れ込みでコマーシャルされている。
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※1
米国産牛肉の輸入規制、2月から緩和 厚労省が決定
BSE(牛海綿状脳症)対策の見直しで、厚生労働省は28日、牛肉の輸入規制を2月1日から緩和することを決めた。米国などから輸入を認める牛の月齢を現 行の「20カ月以下」から「30カ月以下」に拡大する。新たに輸入が認められた牛肉が日本に本格的に入ってくるのは2月中旬以降になる見通しだ。
※2厚労省の審議会が28日了承した。輸入規制緩和に加え、4月から国内の食肉検査を免除する牛の月齢も現行の「20カ月以下」から「30カ月以下」に緩和することも正式決定。同省は関係する省令や通知を改正する。
今回の輸入規制緩和の対象は4カ国。月齢が「20カ月以下」に制限されている米国とカナダは「30カ月以下」に、全面禁止のフランスとオランダは「30カ月以下」と「12カ月以下」に緩和する。オランダは商業的理由で輸出を12カ月以下の子牛に限定する。
米国ではBSEの発生で2003年12月に牛肉の輸入が禁止され、05年12月に月齢20カ月以下を対象に一部再開された後も輸入量は大幅に減少していた。11年の米国産牛肉の輸入量は約12万トンで03年の26万7千トンの半分以下だ。
今回の規制緩和で牛丼用のバラ肉や、焼き肉に使う牛タンや内臓肉で米国産の輸入が増えるとみられており、市場では「13年の輸入量は昨年比5~7割増の18万~20万トン程度」(食肉業者)と予想する向きが多い。
牛丼用の米国産バラ肉は日本が世界最大の消費国。日本が輸入する米国産牛肉の3~4割を占める。「バラ肉は昨年の2倍近くに輸入が増える可能性がある」(大手商社)という。
ただ、予想以上に価格は下がらないとの見方が多い。米国では干ばつの影響で飼料価格が高騰。牛1頭の取引価格は 米市場で1ポンドあたり約130セントと過去最高値圏に達しており、03年に比べ2倍近く高い。米国産バラ肉の日本向け輸出価格もBSE発生前の約3倍高 い。円安傾向もあって「卸価格の下げ幅は10~15%程度にとどまる」(食肉業者)との指摘がある。
吉野家ホールディングスの安部修仁会長は「大きな一歩だが、非常に長い時間を費やした。規制緩和は遅きに失した感がある」と話す。同社は牛肉の年間使用量2万5千トンのほぼ全量が米国産だ。
BSE全頭検査、7月から一斉廃止へ
日本経済新聞2013/6/28 12:34
BSE(牛 海綿状脳症)対策として全国の75自治体が自主的に実施している全頭検査が今月末をもって一斉に廃止されることが28日、厚生労働省への取材で分かった。 同省は7月1日から牛の食肉検査の対象月齢を現在の「30カ月超」から「48カ月超」に引き上げるのに合わせ、関係自治体に全頭検査を見直すよう要請して いた。
厚労省によると、全頭検査をしているのは食肉処理場を持つ44都道府県と政令市など31市。最後まで対応を検討していた千葉県が28日、全頭検査の廃止を決めた。食肉検査の対象月齢が「48カ月超」になれば、国内で食肉処理される肉用牛のほとんどが検査の対象外となる。
厚労省は食肉検査を実施する自治体に補助金を交付している。対象となる牛の月齢は7月から検査の義務対象に合わせて「48カ月超」に引き上げられるため、補助金は大幅に削減される。
全頭検査は日本でBSE感染牛が初めて確認された2001年に開始。国は牛の食肉検査を義務付ける月齢を段階的に緩和してきたが、自治体は消費者の不安を解消するためなどとして自主的に全頭検査を続けてきた。
全頭検査について、田村憲久厚労相は28日の閣議後の記者会見で「導入当初は牛肉に対する不安を払拭するために意義があった」と述べた。
内閣府の食品安全委員会は5月、食肉検査の対象月齢を「48カ月超」に引き上げても問題はないとするリスク評価を厚労省に答申していた。
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