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2014年9月の5件の記事

2014年9月16日 (火)

遅ればせながら、マチベンの残暑見舞い

遅ればせながら、先週、ようやく残暑見舞いを出しましたので、ご紹介します。


「残暑見舞い申し上げます」(PDF)
       2014年9月  岩月浩二

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                        街場の弁護士32年の実感

多重債務被害救済の現場

 僕が弁護士になったのは1982年の4月。
 以来32年間、一貫して街場の弁護士である。
 弁護士になった当時は、サラ金被害が、深刻な社会問題になっていた。貸金業法の取立規制もなかった当時のサラ金は半端ではない。連日連夜の厳しい取立に追い込まれ、夜逃げや自殺する人が跡を絶たなかった。
 一刻も早く取立から逃れられるようにするのがサラ金と対峙する弁護士の役割だった。言ってみれば当時の多重債務者被害の救済は体を張る体育会系の仕事であった。
 僕は、弁護士になって3ヶ月目頃には、取り立てが目に余った名古屋で3指に入る悪質な金融業者に対する過払金訴訟を起こして判決を取り、強制執行で業者の事務所の備品を差し押さえた。怒り狂った金融業者は直接、事務所に押しかけて騒ぎになった。大人数の事務所だったので、事務所で対応してくれ、結局、警察を呼んで収めることになった。「岩月を出せ」とわめいていたそうだが、外出していた僕は幸いにも難を逃れた。
 相談を受けるや、早ければ翌日には裁判所に破産申立をする。裁判所の破産手続中にもかかわらず取立を迫るのは、恐喝ではないかということで警察の介入を求める。サラ金被害者救済のため、そんな手法が確立した頃だった。


  破産事件の着手金の支払状況の変化

 新人の僕が入所した事務所は、破産事件では25万円ほどの着手金を一括で受け取っていた。依頼者は、サラ金の借金が返済できなくて駆け込んできているのに、これを一括で払ってくれていた。当然、身内や友人が用立ててくれていただろうが、それにしても破産申立をしなければならない人が一括で少なくない金額を払っていたのだ。
 90年代後半頃から、分割払いでないと着手金が支払えないという依頼があるようになった。大方の弁護士は、分割払いが途中で途絶えるのを危惧して、こうした依頼を避けていたが、僕は自然体で受けていた。弁護士に依頼すれば依頼した時点でサラ金への支払からは逃れられる。その余裕を着手金の支払いに当てるので、分割払いは合理的な払い方だ。現に分割払いが途絶える依頼者はほとんどいなかった。
 やがて分割払いの方が当たり前の時期になったのが、この10年ほどのことではないかと思う。
 今はどうかというと、当初に着手金が支払える例は極めて稀になった。分割払いも困難な場合が激増している。依頼したまま、当面の生活の目処が立たないまま立ち消えになってしまうようなケースも少なくない。
 破産申立は、生活再建の確実な手段とされてきた。一度、多重債務状態に陥っても、破産によって借金の支払いを免除されれば、生活を再建できることは当然の前提であった。しかし、今では多くの場合、多重債務で相談に訪れるときには、すでに生活自体が危うくなっている状況にあることが多い。仮に借金の支払いを止めても、生活に困窮する実態にある。


    悪化する市民生活

 僕が弁護士になった当時は、大半の弁護士が企業顧問で経営を成り立たせていた。法律事務所のコマーシャルが当たり前になった今では考えにくいかもしれないが、弁護士の多くが紹介者なしの依頼は受けなかった。僕が最初に入所した事務所は、企業からの顧問収入に依存せず、紹介者なしでも依頼を受ける事務所で当時は例外的な存在だった。
 したがって、街場の弁護士で30年以上のキャリアを持つ弁護士は全国でも数少ない。500人程度しかいないのではないかと思う。
 そんな街場の弁護士の目から見ると、1990年代以降の市民生活は、一貫して苦しくなってきたとしか思われない。
 もう少し例を上げれば、たとえば離婚だ。不貞行為や暴力などが原因で離婚する場合、慰謝料が発生する。結婚生活が10年程度で子どもがいる夫婦の場合、長らくおおむね300万円が慰謝料の相場とされていた。1990年代までは、相手方から慰謝料が取れないということはほとんどなかった。
 今の相談の大半は、相手方に支払能力があるかを考えなければならない。仮に慰謝料が請求できるとしても、支払が得られる見込が薄いと思わざるを得ないケースが多い。
 一般市民の生活基盤が崩壊しつつあるのだ。


    経済成長の裏で進行した貧困化

 この間、基本的に経済成長は続いた。日本のGDPは1980年当時の約300兆円から500兆円に増えている。経済成長はしたが、市民の生活基盤は底辺から掘り崩されている。
 少しだけ統計を挙げよう。生活保護受給者数は、1995年の90万人台を最低として、2011年11月には210万人に達した。実に1951年(昭和36年)を上回り、過去最高の水準で推移している。
 貯蓄ゼロの2人以上世帯は1990年代前半まで5%程度だった。実感がない人も多いと思うが、今や貯蓄ゼロの2人以上の世帯は31%に及んでいる(金融広報中央委員会平成25年家計の金融行動に関する世論調査)。ひとり親世帯に至っては半数が手取り収入200万円以下の貧困層である。母子家庭では6割近くが貧困層である。
 日々の生活に追われて貯蓄もない夫婦が離婚すれば、直ちに生活が困窮する。小さな破綻が直ちに生活困窮に結びつく構造になった。
 かつては女性の離婚相談では、僕のスタンスは夫の束縛から逃れるためには離婚をお勧めするスタンスであったが、離婚後の生活を考えると、考え込まざるを得ないケースが増えた。


            TPPによるグローバリゼーションになぜ反対するのか

    貧困社会への道程

 戦後まもなくから長く職業斡旋事業は禁止されていた。労働者の賃金をピンハネする人入れ稼業は絶対的な悪だとされていたからだ。小規模事業者を保護する大規模店舗の出店規制も厳しかった。日本社会では、長く公平の理念が尊重されていた。
 大店法が改正され、出店規制が緩められたのは1990年。その4年前に労働者派遣を認める労働者派遣法が施行されている。
 その後、時代は大きな変わり目を迎える。1991年にソ連が崩壊し、冷戦が終結した。資本主義の暴走を牽制する重しが消えた。
 1995年には、管理職や基幹労働者を除く、一般労働者を流動化することを経済界が提言した。以後、通訳等ごく一部の専門職に限られていた派遣労働が漸次拡大されていった。30年前(1985年)には16%だった非正規労働の割合は今や4割に迫る。
 経済界が労働力の流動化を求めた理由は、グローバル市場での競争力の確保である。つまりグローバル市場での競争力を強調すれば強調するほど、労働力は部品と同じコストとみなされ、労働者は不安定な地位に置かれ、生活は劣化していく。
 かつては家計補助労働の典型だったレジに男性が立つ姿を見るようになったのは、ほんの数年前だ。それが今では当たり前の風景になっている。


    日本は格差社会か

 では日本が格差社会かと言われると、統計ではそうではないというから、また恐ろしい。
 高齢化の影響を除いた統計処理では、社会構造ではまだ日本は先進国の中では相対的に平等だというのだ。
 欧米の失業率は高くなると10%を超える。日本では5%程度の失業が問題になる。日本社会は未だに欧米並みの格差社会ではないというのだ。
 格差社会の米国では上位1米国では1%の富裕層が所得の20%を占め、資産の4割を独占する(中国も同様である)。新自由主義政策を打ち出した英国やカナダも同じ傾向で、上位1%の富裕層が15%の所得を独占している。
 日本の富裕層1%の所得はは2000年以降微増傾向ではあるが、まだ10%に満たないと言われる(2005年現在)。それにしても90年代半ばまでは、大企業の役員の年収は労働者の平均賃金の2.5倍程度の割合を保っていた。この構造が急速に変化していることは周知だろう。
 TPPは、日本の法的・社会的風景を一括して新自由主義の風景に変換する。
 富裕層を急速に富ませ、市民の生活は貧困へと追い込まれていく。


  TPPの経済的側面

 TPPは相変わらず、農業問題、関税の問題として伝えられている。
 輸出力を高めるためにTPPは必要だと、輸出産業と農業の対立が煽られる。TPPに反対するのは、少数のために多数に犠牲を強いるという宣伝が定着している。
 輸出力を高めるためにTPPをというなら、コストである人件費を抑制しなければならない。実質賃金は低下し、市民の生活は益々困窮する。
 アベノミクスが、解雇規制の緩和、残業代ゼロ法、生涯派遣を追及するのはグローバル市場で人件費をカットし、競争力を高めるためには必然なのだ。
 かつての小規模店舗に変わったコンビニの「経営者」の収入は、365日24時間の体制を確保するために、時間単価では最低賃金すら下回り、裁量もない。リスクを「経営者」に転嫁する実質無制限労働の労働者である。
 そんな風景を置き去りにして、国際競争力を追及するのが今の経済政策だ。
 世界銀行の統計では、2012年、日本のGDPに占める貿易依存度は調査した206ヶ国中、196位だ。日本の経済規模が大きいから、世界の貿易では目立つ存在かも知れないが、日本の輸出依存度は一貫して15%程度で、85%は内需である。内需を厚くするための所得の再配分が国民にとっての利益であることは明らかだろう。
 アベノミクスは違う。消費税増税と法人税減税を同時に行うという市民から大企業への所得の逆配分だ。ほんの少し前まで考えられなかった施策が経済成長策として堂々と行われる。
 一部のグローバル企業のために大多数の国民に犠牲を求める、総仕上げがTPPに他ならない。


                          対米従属というくびき

 TPPも集団的自衛権行使も米国の要求によるものだ。
 集団的自衛権は日本国憲法の平和主義と相容れないだろう。
 同様に、暮らしの仕組みをグローバル企業本位のものに一括変換するTPPは憲法の国民主権と基本的人権尊重主義を踏みにじる。
 米国の国力の衰退は、否応なく日本に軍事的役割の負担を求める。集団的自衛権行使容認に込められたのは、米軍を肩代わりする自衛隊に他ならない。米国のためいっそうの軍事予算の肩代わりを求められるのも必至だろう。
 軍事のクローズアップも一面では確実に金儲けと結びついている。利にさとい経済人は、武器輸出や軍事ODA、そして民間軍事会社で儲けようとする。いわゆる「死の商人」に踏み出すこともいとわない。
 TPPで日本は、国民の生命や財産を守る多くの法律の改正を余儀なくされる。一方、米国は全く国内法を変えることなくすむ仕組みになっている。自分を安全地帯において一方的に相手国の制度の変更を求めるのが米国の自由貿易協定の歴史だ。一方的に責めるだけで自分は安全圏にある姿は、米軍の空爆に似ている。
 そんな不平等は百もわかっていて、TPPの締結を急ごうとする政府は、結局、国民を食い物にして自らの利益を得ようとする勢力を代表しているとしか言いようがない。
 新自由主義の元祖のように言われるアダムスミスは、労働が価値を生み出すこと、したがって、労働に見合った賃金を保障すべきことを説いた。マルクスはいうまでもなく、ケインズも価値を生み出すのは労働であると考えていた。労働者をモノ扱いしてできるだけ賃金を削り取ろう等という考え方は、歴史に残る偉大な経済学者は考えもしなかったということだ。


          街場の弁護士の矜持

 TPPに反対する主張を繰り返したとき、意外だったのが、「弁護士の中にも、まだ、そういう人がいたのか」という反応だった。
 弁護士の大増員も年次改革要望書に基づく、米国の要求であった。弁護士数はこの10年で倍増し、3万5000人に近づいている。所得100万円を下回る弁護士が3割を超え、法律事務所は経営難が広がり、事務所閉鎖も相次いでいる。先行きのない法律家の志願者は激減し、挙げ句には東大法学部が定員割れを起こす事態にまでなっている。
 一般市民の生活が貧困化へ向かう中で、弁護士だけ激増すれば、弁護士が困窮化するのは明らかだ。
 かつて、弁護士には「在野」という共通の精神があった。官にも企業にもおもねらないことを誇りとしていた。経済基盤を奪われれば、「在野」精神も失われる。官にも大企業にも、文句が言えない刹那主義が弁護士の世界にも広がっていると言うと、言い過ぎだろうか。少なくとも一般にはそうした弁護士像が行き渡っているから「まだ弁護士の中にもそうした人がいるのか」という反応が出るのだろう。
 新自由主義による経済成長が市民の生活を豊かにしないことは街場の弁護士として痛感している。グローバル資本のために経済・社会を作り替えるTPPは、1%を富ませ、99%を犠牲にしていくだろう。
 だからこそ、在野精神に矜持を持つ街場の弁護士として毅然としてTPPによって反対を主張し続けたい。


                              ご相談、ご紹介はお気軽に
  「志、体力、気力のある者」という募集要領に応じて入所した土井洋佑弁護士も3年目に入り、すっかり弁護士らしくなりました。同弁護士は、原発事故の避難者の裁判の弁護団の中心メンバーの一人として活躍し、着実な仕事ぶりは高い評価を受けています。
  今どき珍しい「在野」の志を持つ弁護士です。
  在野の弁護士を支えるのは皆さまのご支持です。
  お気軽にご相談、お知り合いのご紹介をいただきますと幸いです

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2014年9月13日 (土)

朝日新聞「誤報」事件  秘密保護法の生け贄

朝日新聞の「誤報」に対するバッシングは、戦後、言論機関(朝日新聞がそう呼ぶに値するかどうかは別として)に対するものとして、かつて例をみない特異な事件に発展した。


沖縄密約を暴いた西山太吉記者は女性スキャンダルにすり替えられた人格破壊によって記者生命を絶たれた。
戦後初めての本格的な政権交代を成し遂げた小沢一郎は、事実無根の金銭スキャンダルによる人格破壊によって政治生命を絶たれた(ように見える)。
朝日新聞「誤報」事件も、人格破壊の域に達した。
そして、朝日新聞は、西山氏や小沢氏と異なり、人格破壊に屈して、頭を垂れた。



朝日新聞「誤報」事件は、確実に後世の歴史に残る。
「誤報」としてではなく、「暗黒の言論統制」の時代の幕開けとして、だ。


とりあえず何が対象にされたのかを確認しておくことに意味があるだろう。
「慰安婦」の「拉致」に関する吉田清治証言に関する「誤報」は、「軍」に対するものだ。
福島第一原発事故に関する吉田調書の「誤報」は、原発に対するもので「テロ」関連で軍事に通ずる。


吉田調書に関する誤報は、「命令違反」と「撤退」に関係する。
所員が、吉田所長の意図に反して福島第二原発へ移動したことを「命令違反」とするのか否か、それが「撤退」であったのか「待避」であったのか、いずれも表現の問題であり、価値評価に関わる問題だ。
事実関係の詰めに甘さがあったとしても、報道の現場では常に起こりうる問題だろう。


何より、これを問題にするのであれば、小沢一郎の金銭スキャンダルに関する執拗な報道は、「誤報」を超えて「捏造」だったと謝罪しなければならない。
TPPについて未だに農業・畜産業の関税の問題として報道し続けているメディアは全て誤報の山を築いている。
ウクライナ政権を正統政権として報道し続けているのも国民を欺く大誤報だ(革命政権であると主張するのであれば別だが、そのような評価は見たこともない)。


吉田清治証言に関わる「誤報」は30年、短く見ても20年前のものだ。
そうした遙か過去にさかのぼる報道も猛烈な批判の対象になる。
報道回数において朝日新聞が抜きん出ていたとしても、当時の国内メディアは大半が吉田証言を事実として報道していた。


吉田清治証言を除外しても、韓国の軍「慰安婦」を「強制連行」と呼ぶか、これも価値評価の問題だ。
物理的な強制力を使えば「拉致(略取)」である。
仕事の内容を秘匿し、偽って連れ去れば「誘拐」である。
いずれも立派な刑法犯だ。


自分の娘が、仕事の内容を偽った勧誘によって外国に渡らされ、性的労働に従事させられたことを想像すればわかるだろう。
この「誘拐」を「強制連行」と呼ぶか否か、これもまた価値評価の問題だ。
現に「誘拐」を「強制連行」と評価した裁判例も存在する。


その程度の問題であり、20年以上も過去のことであっても、ある日突然、猛烈なバッシングに晒されることを今回の事件は露わにした。
どこかでGOサインが出されれば、どのメディアが狙い打ちにされるかわからないことを言論に関わる全てのメディアに知らしめた。


なぜそうした「誤報」が起きたのか。
根本的な原因は、情報が「秘密」だからだ。
吉田調書はそれ自体が「秘密」である。
吉田清治証言に関わる「誤報」がまかり通ってしまったのは、戦前の軍部全体が秘密情報の山で、多くの歴史的な証拠資料がすでに廃棄されているからだろう。


とくに吉田調書問題を見ればわかりやすいだろうが、「秘密」とされなければ、「誤報」も起こらなかったのだ。
一連の聴取結果が、国民共有の財産として公開とされ、教訓をくみ取るべく活発な議論がなされれば、このような問題は起きなかったし、議論の対象や内容も自ずから違ったものとなったはずだ。


吉田調書について、朝日新聞自身が裏付け取材が不十分であったとしている。
そもそも「秘密情報」について、裏付け取材を十分に行うなどということが可能なのか。
十分な裏付け資料がなければ報道してはならないとすれば、今後、「秘密情報」に関わる報道はできなくなる。
事実上、「秘密情報」に関わる報道は存在しなくなるだろう。


12月には秘密保護法が施行される。
政府は、取材、報道の自由を侵害しないというが、今回の事件で、報道のハードルは一挙に上がった。
十分な裏付け取材もなく、報道すれば、即、刑事処分が待っている。
誤報の後の対応が重要だ等という話では断じてない。
そして、「秘密」について、十分な裏付け取材を行うのは不可能だ。
朝日新聞は、全言論界に、秘密保護法の威力を見せつけるための、生け贄とされたのだ。


メディアは、益々、政府公認情報しか流さなくなる。
われわれは、そうした時代に入る。
それを覚悟して朝日新聞「誤報」騒動を見る必要がある。


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朝日新聞に対しては、いい気味だという思いもある。
朝日新聞は、執拗に弁護士増員を主張し、これに反対する弁護士・弁護士会に対して、バッシングを行い、今の弁護士窮乏化政策を導いた張本人だ。
経済基盤を失った弁護士は、権力に対する批判勢力とはなり得ない。
弁護士がまともであれば、おそらく、朝日新聞バッシングに対しては、強い異議が出されただろう。
日弁連会長の抗議声明も出たかもしれない。
しかし、世論の勢いに負ける今の日弁連から、そんなものは出ない。
「日弁連は秘密保護法に反対」している、にも拘わらず、だ。


小沢一郎に対する朝日新聞のバッシングも異様であった。
バッシングに積極的に加担した朝日新聞が生け贄にされた。


ナチスの暴圧を対岸の火事と見過ごした、どこかの牧師の述懐が、現実となっている。
「茶色の朝」が訪れようとしている。

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2014年9月 8日 (月)

日本-NATO新連携協定 関連メモ

【NATOのサイト】

新連携協定の署名を報じるページはこちら
NATOと日本、連携強化協定に調印、ウクライナ危機について議論
  Last updated: 06 May. 2014 15:45


日本とNATOの新連携協定本体はこちら
日本NATO国別連携・協力計画(IPCP)


なお、今回の連携協力計画は、2013年4月15日に東京で行われた共同政治宣言を実現するためとある。
ようやくここで日本語仮訳が外務省のサイトにある。
日本NATO共同政治宣言 (2013年4月15日)

 

上記のような連携協定をNATOはIPCPと略称しているが、そもそも『IPCP』とは何かについてはこちら
Partnership tools Last updated: 13 May. 2014 16:57


今回の日本・NATO共同政治宣言(2014年版)を報じる部分はこちら
NATO cooperation with Japan
Last updated: 08 May. 2014 11:37


今回の日本・NATO共同政治宣言(2014年版)本体はこちら
Joint Political Declaration between Japan and the North Atlantic Treaty Organisation


日本のメディアは、安倍総理の演説内容については報じたかもしれないが、より重要度が高いと思われる連携協定(ありがたい安倍ちゃん直筆サイン付)については報じなかった。共同政治宣言も報じていない模様だ。
そして政治宣言についても、新連携協定についてもNATOは英語・フランス語の他、ご丁寧にロシア語訳、ウクライナ語訳を伝えている(当然ながら、日本語訳はない)。
記事の見出しもそうであるが、NATO自体が日本との新連携協定をウクライナと絡めている。
日本の集団的自衛権行使容認は、NATOの『抑止力』を高める効果があるだろう。


【日本のNATO加盟??】
日本のNATO加盟は、あまりに荒唐無稽にみえるが、そういう筋書きはあり得ることは、マスコミに載らない海外の記事さんの2009年2月15日の『北大西洋共同体(NATO)に日本を組み込む ブレジンスキー』にブレジンスキーの戦略が引用紹介されている。

最優先の課題は、米欧間の主要な協議に日本を(できれば韓国もいっしょに)参加させること。NATOの安全保障政策を拡大し、計画立案のプロセスに 日本を巻き込むだけでなく、NATOの任務に日本の自主的参加を取り付ける必要がある。つまり、非ヨーロッパの先進民主国を引き抜いて、世界政策にかんす る緊密な提携係を結ぶことで、大西洋共同体は繁栄と穏健主義と民主主義の中核として、前向きな影響力を世界にあたえつづけられるわけだ。

近い将来、日本は平和主義の立場――広島と長崎の恐怖を経験したあと、アメリカの起草した憲法を授けられた日本が、このような反応をとったことは理 解できる――を捨て去り、より自発的な安全保障上の役割を担う可能性が高い。当然ながら、この過程で日本は軍事大国への道を歩む。


【ウクライナ情勢】
水も漏らさぬNATOプロパガンダ機関である日本のメディアとウクライナ情勢が遠く隔たったものであることは、ネットでは周知であろうが、“田中宇の国際情勢”で、最近の情勢がまとめられている。


ウクライナ軍の敗北 (9月5日)


ウクライナでいずれ崩壊する米欧の正義 (8月24日)


あんなに騒いでいたマレーシア機の撃墜について、このところさっぱり何も言わなくなったのが、弾痕からウクライナ空軍機により撃墜されたとの見方が米英でも強まっているためだと後の記事は教えてくれる。


櫻井ジャーナルでも継続的にわかりやすい情報が提供されている。
ウクライナで停戦が実現したが、米国やその傀儡は否定的な意思を表明、NATOは軍事演習で挑発 (9月6日)

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2014年9月 7日 (日)

日本NATO新連携協定と軍事演習  集団的自衛権の本丸はNATO

日本のNATO加盟(9月5日付拙ブログ)などは、さすがに、荒唐無稽の戯れ言と思っていた。


翌9月6日の中日新聞朝刊に次の記事が出た。


自衛隊 NATOと実働訓練へ
軍事連携拡大 懸念も

自衛隊と北大西洋条約機構(NATO)軍による初の実働訓練が実施の方向で調整されていることが明らかになった。日本政府が4日、英ウェールズのニューポートで開かれているNATO首脳会議の分科会で表明した。安倍晋三首相が主張する「積極的平和主義」の一環だが同盟関係にある米国以外とも軍事連携の強化が進めば、自衛隊の海外活動が際限なく広がる懸念がさらに強くなる。

安倍政権は、これまでNATO側と次々に軍事連携を強めてきた。首相が5月にベルギーを訪問した際、ラスムセンNATO事務総長との間で、海賊対処を含む海上安全保障やサイバー防衛などの連携を確認。NATOの加盟国の英国やフランスとは、政権として禁輸政策の武器輸出三原則を撤廃したことを踏まえ、防衛装備品の共同開発などの協力を前進させている。

初の実働訓練では、ソマリア沖で海賊対処活動を実施している海上自衛隊と、NATO軍の共同訓練を想定。懸念されるのは、政府が7月に行使容認を閣議決定した集団的自衛権との関係だ。閣議決定では、集団的自衛権を行使できる3要件の中で「密接な関係にある他国」が武力攻撃された時と定め、政府は米国を例示しているが、対象になる国を限定していない。首相は米国以外の国に関し「状況に即して判断される」と国会答弁しており、NATO加盟国が「密接な関係にある」と判断される余地は十分にある。上智大の田島康彦教授(憲法)は「欧州諸国との軍事協力強化は、憲法9条の枠を大幅に超えた取り組みだ。集団的自衛権の行使が現実問題になった時に『密接な国』の定義が歯止めなく拡大解釈される恐れがある」と指摘した。(中根政人)


全国紙では報じられていないように見える。通信社の配信はあるようだが、扱いは小さい。


ネット検索すると、次の記事が出てきた。
今年5月の記事である。


安倍首相、NATOとの新連携協定に調印
2014年 05月 7日 06:16 JST

[ブリュッセル 6日 ロイター] - 欧州歴訪中の安倍晋三首相は6日、北大西洋条約機構(NATO)本部を訪れ、海賊掃討作戦、災害対策、人道支援などの分野でNATOとの連携を強化する新たなパートナーシップ協定に調印した。

安倍首相はNATO加盟28カ国の大使を前に講演。講演後のNATOのラスムセン事務総長との共同記者会見で、ウクライナ情勢を引き合いに出し、脅しや強要による現状の変更は容認しないと述べ、こうした姿勢は欧州とウクライナだけでなく、東アジアを含めた世界全体に適用できるとの考えを示した。

ウクライナ問題については、ロシア、およびウクライナの政党が今月25日に予定されるウクライナ大統領選挙の正統性を認めるよう要請。同時に、危機の解決に向け、ロシアとの対話を行うことも重要との立場を示した。


NATOは非加盟国であるウクライナに対する軍事介入は行わないとしているが、NATOに加盟する東欧諸国への配備は強化するなどの対策はとっている。ラスムセン事務総長は、同盟国の防衛と保護に向け、NATOは必要に応じて追加措置をとると述べた。

安倍首相は集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈の変更を目指しているが、ラスムセン事務総長は、日本が平和維持に向け積極的な役割を果たすことを可能にするこうした動きを歓迎するとの立場を示した。


この新連携協定を報じているのは、ロイターとジャパンタイムズ、ロイターの記事を援用するハフィントンポストだ。
日本メディアは、調べた限りでは出てこない。


今年5月といえば、政府が解釈改憲の閣議決定を急ぎだした時期に重なる。砂川判決を持ち出して叩かれたかと思えば、15事例とか言い出し、くるくる説明を変えていた時期だ。


同時期に、NATO軍との関係を緊密化する新連携協定が結ばれていた。
今回の軍事演習は、この連携協定に基づくものだと見て良いだろう(中日新聞すら協定自体には触れていない)。
NATOのホームページ(英文)には、関連するページが幾つもあるので、日本メディアの沈黙は、特定秘密保護法(施行前)による威嚇効果(ないし萎縮効果)によって国民の目をふさぐためのものだろう。


ロシアによるクリミア併合は3月18日。
5月6日のNATOとの新連携協定はその直後ともいえるタイミングである。


一方、ソマリア沖に自衛隊が派遣されたのは2009年の3月である。
5年も経過して、海賊対処を名目にしたNATOとの連携を強化する協定を結び、NATO軍と軍事演習を行うというのはいかにも唐突である。


ウクライナとの関係を疑わない方がおかしい。


もっぱら中国に向けられた国内の自閉的な議論とは裏腹に、集団的自衛権行使容認は、すでに世界規模に拡大している。


解釈改憲の焦点は、今やNATO、そしてロシアに向けられていると言って過言ではない。

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2014年9月 5日 (金)

日本、NATO加盟へ

日本がNATO加盟に向けて動き出したというニュースが流れる。


断続的に続いたウクライナ非合法政権と親ロシア勢力の調整が決裂し、NATOの軍事介入が避けられなくなったことを受けての動きだ。


集団的自衛権の行使を容認した以上、想定されていたこととはいえ、事態の進展のあまりの速さに愕然とする。
気分が悪い。


夢はそこで覚めた。
テレビニュースをつけたまま、うたた寝したのがまずかったようだ。


個別的自衛権に毛が生えた程度の「集団的自衛権」など、国際社会で通用するはずもない。
集団的自衛権行使容認は、国際社会ではたとえばNATOに参加できるということだ。
ベトナム政府の要請で中国とも戦火を交えることができるということを意味する。
対米隷属が極まった中での集団的自衛権行使容認は、米国と対立するイスラム世界と敵対する国というメッセージを鮮明にすることでもある。


 

集団的自衛権行使容認が抑止力の強化につながるという。
抑止力という考え方の是非はともかく、強化につながるという理屈自体がよくわからない。
政府が説明するような、米艦防護やアメリカへ向かうミサイルを迎撃することが、なぜ抑止力の強化につながるのか。


アメリカが他国への攻撃に対して、武力行使をするというなら、抑止力の強化につながるということはわからないではない。
しかし、たとえば、台湾が、アメリカに対する攻撃に対して、反撃することを明言すると、台湾の抑止力を強化したことになるのか。
小国の攻撃に対して、大国が武力行使するから、小国に対する抑止力になるというのが集団的自衛権による抑止力の本来の筋だろう。
何だかよくわからない議論だ。


 

先日、そうしたことに詳しいメンバーの会議で聞いてみた。
どうも政府は、なぜ抑止力強化につながるのか、はっきりした理由の説明をしている訳ではないらしい。
予想通り、日本が血を流す覚悟をすれば、アメリカも尖閣諸島を本気で守ってくれるだろう、あるいは血を流す覚悟を示さなければ、アメリカに尖閣諸島を守ってもらえないだろうということになっているようだ。


近所づきあいの「お互い様」の延長で考えるのはお目出度いこと甚だしいが、どうもそんな俗論しかないようだ。


日本が助ければ、アメリカが助けてくれるみたいな擬人化したお人好しの発想が、通じる筈もない。
「同盟国」の態度に応じて、自国の姿勢を好意的に変えるということなど土台期待できないことは、アメリカ流の「自由貿易」の内実を見れば明らかだろう。
自国の制度は一切変えることなく、相手国の制度や慣行を一方的に変えるよう攻め立てるのが「自由貿易」をめぐるアメリカの歴史だ。
譲歩すれば、さらなる譲歩を求めるだけだ。


経済交渉ですらこうなのだから、こと軍事になれば、『お互い様』などという甘ったるい発想が通じる筈もない。
アメリカのために「血を流す」と宣言すれば、もっともっと血を流すことを求めてくるだけだ。


かくして、アメリカの要求は際限がなくなる。
首相が日本に任せろと表明した以上、南シナ海の先兵は日本になるのは、自明に見える。
NATOに加盟して、イスラム国や親ロシア勢力と交戦しなくてはならなくなるという悪夢は、なまじ見当はずれでないかもしれない。


かつての大戦には負けていないと信じている日本の支配勢力が、最終的にどちらへ向かうのか明らかではないこともまた不気味だが、敗戦状態=対米隷属を選ぶならば、行く先は見えている。

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