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2015年1月20日 (火)

再びヘイトスピーチ(人種等差別的表現)規制は問題の解決になるのか?

フランス全土370万人の官製デモ当日の暗鬱な気分は忘れられない。
(マスコミはロシアのデモには『官製』とつけることを忘れないが、フランスのデモには『官製』とつけることを都合良く忘れる)


その日、柄にも無く、さるアイドルグループのナゴヤドームでのコンサートのチケットを手に入れいていた僕は、レーザー光線によって華麗に演出され、ひたすら明るく華やぐ会場を見ながら、近いうちに、こうした光景を見ることができなくなるんだな、と「今」を懐かしむ妙な感情にとらわれていた。
アイドルの一人が、最後の挨拶を「この先どんなことが起こるかわからないけど、つながっていられる間はつながっていてください。」と締めくくったのが、また、妙に印象に残ってしまった。


世界にとってよくないことが起きるのではないかという予感は、その後の進展によって、残念ながら、裏付けられている。


『嫌イスラム本』を700万部出版するなど、世界にテロをばらまく挑発というほかなく、正気の沙汰ではない。
誘発され、あるいはこれを口実にしたテロ・襲撃事件が現実に起きている。
ペンは、人を殺すのだ。
今後、世界や日本が、どこで踏みとどまることができるのか、予断を許さない情勢が続くだろう。


一通り区切りにしたいので、フランスのヘイトスピーチ(人種等差別的表現)の規制について、情報収集した結果を整理しておきたい。
ヘイト規制のあるフランスで、なぜ植民地出身者に対する排外的傾向が極端にまで増幅したのか、本来、もっと掘り下げるべき課題である。
フランスのヘイト規制には宗教は含まれないとか、風刺は許容されているとか、安易な理解ですませてはいけないと思うから、分かった範囲のことを報告する。


フランスは、1972年、人種差別撤廃条約の批准後、表現の自由に関する1881年法を改正し、強力な人種等差別表現規制を設けた。


禁止される行為は「出生または特定の民族、国民、人種もしくは宗教への帰属の有無を理由とする、人又は人の集団」に対する差別表現である(表現の自由法24条、32条、33条)。


表現方法は、「公共の場所または集会において行われた演説,訴えもしくは威嚇」,「公共の場所または集会において販売され,もしくは陳列された販売用または頒布用の著作物,印刷物,図画,版画,絵画,紋章,映像その他,著作,言語あるいは映像の媒体となるあらゆるもの」,「公衆の面前に貼り出された貼り紙またはビラ」,および「公衆に対する電子技術によるあらゆる伝達手段」(法23条)など、全ての表現行為を網羅していると言ってよい。


つまり、「宗教は含まれない」とか「風刺は許される」などという安易な理解を許さないほど、フランスの人種等差別表現規制は徹底している。


人種等差別表現規制違反の罪は、
・人種的扇動罪(法24条8項、9項。1年の拘禁および4万5,000ユーロの罰金あるいはそのいずれか)、
・人種的名誉毀損罪(32条2項3項。同)、
・人種的侮辱罪(33条3項、4項。6ヶ月の拘禁及び2万5000ユーロの罰金あるいはそのいずれか)
である。


シャルリーの風刺漫画が、イスラム教徒に対する「差別扇動」にも、「名誉毀損」にも当たらず、まして「侮辱」にすら該当しないというのは、第三国の人間には、容易に理解できることではない。


しかも、こうした人種等差別表現規制の立法過程においては、次のような議論がなされていることを思えば、シャルリーの風刺画がフランスの表現の自由の根幹をなすごとき議論は、本来、あるはずがないものに思われる。


すなわち、表現の自由法改正の提案者は次のように述べている。

「最も憎むべき強制収容所および絶滅収容所の人種差別は弱まったものの,北アフリカ,ブラック・アフリカ出身の外国人労働者等の増加によって,偽善的で控え目だが日常的な人種差別はかつてないほど勢いを増している」,

専門的知識を持たず,言葉の壁によってほとんど常に孤立しているこれらの人々は,フランス人の嫌がる仕事を引き受けざるを得ない。彼らはしばしば地下室,スラム街,衛生状態の悪い家屋に住み,多くの場合,社会の片隅で孤立した生活を送っている」

反ユダヤ主義だけでなく、外国人労働者(移民)に対する社会的な人種差別とも対峙する必要性があることを指摘しているのだ。


ここで述べられている「北アフリカ出身の外国人労働者」にフランスの旧植民地であるアルジェリア人が含まれることは言を俟たない。
そして、アルジェリア人の99%はイスラム教徒である。


シャルリー社のイスラム風刺は、いくら控えめに見ても、他ならぬ人種等差別表現規制法が禁止しようとした当のアルジェリア移民に対する侮辱表現に当たるだろう。


Charlie_hebdo


「シャルリー社の表現を支持するわけではない。表現の自由を支持する」とする「私はシャルリー」を掲げるデモ参加者の言葉は、人種等差別表現規制法を無視して初めて成り立つ主張だ。
しかし、法が無効化している訳でない。
2007年から2011年の5年で2131件、年間450件の有罪判決が下されている。多いのである。
内訳は、人種的侮辱罪が1936件(全体の84%)、人種的差別・憎悪扇動340件、人種的名誉毀損(1%)。(なおこの件数には無罪、不起訴は含まず)。



フランスのヘイトスピーチ規制には、宗教は含まないとか、風刺は許容されるとか、言いたい放題の理由がマスコミでまかり通っているので、僕が、仮説を述べることくらいは許されるだろう。


ヘイトスピーチ規制法は、人種差別的に、ダブルスタンダードで運用されている。
その結果、当初の立法が克服しようとした当の人種等差別を助長しているとするのが僕の仮説である。

イスラエルがジェニンに侵攻した際、イスラエルを非難した「ル・モンド」の論文が、問題にされ、第2審が違法と判断した記述は次のとおりだ(ただし、破棄院・最高裁が破棄差戻)。

「ほとんど想像し難いのは、人類史上もっとも長期にわたって 迫害され、最大の屈辱や侮辱を受けてきた民を祖先に持つ逃亡者の国が、2世代の間に,『威圧的で自惚れに満ちた民』に変貌できるだけでなく、称賛に値する少数の人間を除き、侮辱することに満足を覚える傲慢な民に変貌できるということである。」


「ゲットーと呼ばれる隔離政策の犠牲者の子孫であるイスラエルのユダ ヤ人がパレスチナ人を孤立状態へと強いている。
屈辱や侮辱を受け迫害されてきたユダヤ人が、パレスチナ人に屈辱や侮辱を与え迫害を行っている。
非道な命令 の被害者であったユダヤ人がパレスチナ人に非道な命令を強制している。残忍性の犠牲者であったユダヤ人が恐るべき残忍性を示している。
あらゆる悪のスケー プゴートとなったユダヤ人が、アラファトとパレスチナ自治政府とをスケープゴートに仕立て、テロを防止しなかったとして彼らをテロの責任者にしている。」

なぜシャルリーの風刺画は表現の自由によって守られ、パレスチナ問題を論じる真摯な論述が違法とされるのか、とうてい、理解できない。

このような法規制は、結局、社会通念を反映せざるをえない。
「私はシャルリー」と掲げることが、イスラム差別でないと思わせるほどに無神経になってしまった社会では、法規制だけを突出させて、取り締まることなどできないのだ。


社会意識がなぜこれほどに変貌したのか、


正気を失ったフランス社会で「ひとりぼっちの気分だ」と嘆いたフランスを代表する知性であるエマニュエル・トッド氏の意見(読売新聞1月12日付)が正鵠を射ているのだと思う。


かつてなくグローバル化したヨーロッパで、安価な労働力として大量の移民を受け入れてモノ扱いし使い捨てにする、傲慢な資本の論理が、フランスを公正な社会から遠ざけてしまったのだ。


そして、そうしたイスラム嫌悪感情をあおることによって、軍産複合体は生き残りを図り、なお肥え太ろうとしている。
軍産複合体とアルカイダはタッグチームである。
至極控えめに言っても、相互依存関係にある。


なお、この項は、光信一宏氏の「フランスにおける人種差別的表現の法規制(1)、(2)」(愛媛法学会雑誌第40巻)に依拠した。
フランスの人種差別的表現規制に関する数少ない専門研究であり、かつ2014年発表の最新研究である。

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追記
今後の日本の進路を誤らぬためにも、是非集英社新書最新刊である内藤正典氏の「イスラム戦争」をお勧めしたい。


イスラム教に対する初歩的な理解を提示してイスラム教に対する誤解と偏見を解くとともに、イスラム国に対する軍事的対立は、必然的にテロの拡散をもたらすだけで、解決にはならないことを示している。
イスラム国の邪悪性をいたずらに強調して対立することは、まさにアルカイダや軍産複合体の思惑通りの無秩序と混乱の21世紀をもたらすだけなのだ。


著者は、テロは断じて許されないとの立場を前提としつつ、イスラムに関する豊富な学識と経験に基づき、テロを防ぐ唯一の道は、対話でしかないと主張する。
『テロとの戦争』という地獄へ引きずり込もうとしている勢力に対抗し、問題を解決する道筋は、確かに著者が解く、対話による方法しか有効な方法は無いだろう。


平和憲法を貫くには強靱な精神が必要なのである。


=====以下、アマゾンサイトから引用=====

混迷の中東に突如現れたイスラム国。
捕虜の殺害や少数民族への迫害が欧米経由で
厳しい批判と共に報じられているが、その過激な行動の裏にある歴史と論理は何か?

本書はイスラムそのものに対するメディアの偏見と、
第一次世界大戦時に確立された欧米による中東秩序の限界を指摘。
そして、集団的自衛権容認で中東に自衛隊が派遣される可能性が高まる中、
日本が今後イスラム世界と衝突せず、共存するために何が必要なのかを示す。


「日本にとっても、イスラム戦争は他人事でも、遠くの出来事でもありません。
国内では安倍政権は集団的自衛権を容認し、その行使を主張しています。
中東・イスラム世界で想定されるのは、アメリカが自国に対するテロの脅威があるという理由で集団的自衛権の行使を同盟国に呼びかけ、
日本もそれに呼応して派兵するケースでしょう。東アジアでアメリカに守ってもらうのだから、中東で恩返しをしなくては――
もしそのような発想があるならば、日本にとってだけでなく世界にとって途方もない危険をもたらすことになるのです。
本書は中東の状況とイスラムをめぐる偏見の実態を概観、分析し、日本がテロや戦争に巻き込まれることのない第三の道を探るものです」(「はじめに」より)


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