自由な経済活動によって国が富み、国民は恩恵を受けるはずだった。しかし、実は疎外された人たちが多かったのだ。富裕層や権力者らばかりが利益を享受することに労働者、中間層の不満は募った。それが「予想外の結果」を生んだのは米大統領選と類似する。
自由貿易は「善」、保護主義は「悪」とする新自由主義経済を謳歌(おうか)してきたのが米英両国だ。そこでいち早く揺り戻しが起こった意味を考えるべきだろう。
本来、自由貿易は経済成長を促し、その果実で痛みを受けた人を支援するのが理想だが、そうはならなかった。行き過ぎたグローバル化は格差を生み、先進国の賃金を下げ、雇用を奪った。
日本では、ほとんど聞くべき知見が見当たらない中、やはり聞きたくなるのはエマニュエル・トッドだ。
2009年12月1日のインタビュー記事が東洋経済オンラインのサイトに掲載されている(『もし自由貿易が続くなら民主主義は消えるだろう』)。
何しろ、70年代にソ連崩壊を予言し、911事件直後の2002年に『帝国以後』でアメリカの凋落と帝国としてのアメリカの崩壊を予言したエマニュエル・トッド先生であるから、トランプ大統領後に読んでも全く古びていない。
このインタビューでは、リーマンショック後の世界について、二つの可能性について言及している。
欧州にとって、技術的に保護主義の処方箋を受け入れるのは極めて容易です。中国など給与の低い国からの製品輸入を関税などで制限すれば、欧州における労働者の給与は再び上昇し、結果的にそれが世界的な需要の喚起にもつながるのです。
…………
協調的な保護主義は話し合いです。協調的な保護主義の下では、政府がいかに需要を浮揚させるかが優先課題。保護主義の目的は内需の再拡大にあり、各国の利害が内需の刺激策に結び付いています。保護主義経済圏を形成することが(安い生産コストの商品輸入を抑制させ)給与水準の上昇につながる。
保護主義の目指すところは経済活動を再浮揚させることです。保護貿易主義化が進めば輸入を再び拡大させることができる、それが保護主義のパラドックスです。過度の自由貿易は貿易を崩壊させてしまう。
トッド先生はすでに1998年に自由貿易が格差の拡大だけではなく、世界経済を縮小させることを指摘しており、プラグマティックな保護主義の導入を主張している。
自由貿易の絶対視は一つのイデオロギー。それは、「何もしなければすべてうまくいく、規制の存在しない市場がすばらしい」という考え方です。ただ、すべての国が保護主義的な政策を採用すべきだと主張しているわけではありません。欧州の解決策にはプラグマティックなアプローチとして、保護主義が必要。それには世界各国間での協調体制が前提です。
現在の自由貿易とは何かという点から話しましょう。自由貿易という言葉はとても美しいが、今の自由貿易の真実は経済戦争です。あらゆる経済領域での衝突です。安い商品を作り、給与を押し下げ、国家間での絶え間ない競争をもたらします。
一方、協調的な保護主義は話し合いです。協調的な保護主義の下では、政府がいかに需要を浮揚させるかが優先課題。保護主義の目的は内需の再拡大にあり、各国の利害が内需の刺激策に結び付いています。保護主義経済圏を形成することが(安い生産コストの商品輸入を抑制させ)給与水準の上昇につながる。
一方、トッドはこのインタビューで、エリートを手厳しく批判し、独裁国家の不可避性にも言及している。
保護主義の世界では、民主主義システムの政権担当者は、生活水準と中産階級が大変重要だと考えます。一方、現在の民主主義の危機は自由貿易の危機です。エリートは人々の生活水準に関心を持とうとしません。現在の民主主義は、ウルトラ・リベラルな民主主義であり、エリートが人々の生活水準の低下をもたらしているように見えます。
フランスは英米と並び、民主主義発祥の国です。しかし今や、支配者階級は自由貿易以外の体制を検討することを拒んでいます。不平等が広がるにつれて、多くの人々の生活水準は下がり始めています。もし、支配者階級が生活水準の低下を促し続けるなら、民主主義は政治的にも経済的にも生き残れない。独裁国家になるのは避けられないでしょう。
エマニュエル・トッドが
『デモクラシー以後』を著して、協調的保護主義を提唱したのが2008年、日本でのこのインタビューを受けてからでも、すでに7年が経過している。
果たして、トランプは世界に有害な独裁者なのか。
すでに独裁者の可能性しか残されてはいないのか。
トランプの就任演説では、保護主義と呼ばれる部分は次の通りである(NHKの訳を分かち書きにした)。
この瞬間から、アメリカ第一となります。
貿易、税、移民、外交問題に関するすべての決断は、アメリカの労働者とアメリカの家族を利するために下されます。
ほかの国々が、われわれの製品を作り、われわれの企業を奪い取り、われわれの雇用を破壊するという略奪から、われわれの国境を守らなければなりません。
保護主義こそが偉大な繁栄と強さにつながるのです。
わたしは全力で皆さんのために戦います。何があっても皆さんを失望させません。アメリカは再び勝ち始めるでしょう、かつて無いほど勝つでしょう。
私たちは雇用を取り戻します。私たちは国境を取り戻します。私たちは富を取り戻します。そして、私たちの夢を取り戻します。
私たちは、新しい道、高速道路、橋、空港、トンネル、そして鉄道を、このすばらしい国の至る所につくるでしょう。
私たちは、人々を生活保護から切り離し、再び仕事につかせるでしょう。
アメリカ人の手によって、アメリカの労働者によって、われわれの国を再建します。
私たちは2つの簡単なルールを守ります。
アメリカのものを買い、アメリカ人を雇用します。
私たちは、世界の国々に、友情と親善を求めるでしょう。
しかし、そうしながらも、すべての国々に、自分たちの利益を最優先にする権利があることを理解しています。
私たちは、自分の生き方を他の人たちに押しつけるのではなく、自分たちの生き方が輝くことによって、他の人たちの手本となるようにします。
保護主義に関する「
すべての国々に、自分たちの利益を最優先にする権利があることを理解しています」とする部分は、マスコミではほとんど触れられていない。
少なくとも表向き大統領としての建前は、自国の産業の保護のために他国の利益を蹂躙するつもりはないとも読める。
「
自分の生き方を他の人たちに押しつけるのではなく」などは、これまでの米国にはない謙虚な物言いですらある。
この建前を生かすも殺すも相手国次第である。
独裁国家が支配する世界ではなく、「協調的保護主義」の世界の可能性は未だ残されていると見ておきたい。
保護主義を主唱するトッドの主張は、おそらく世界でも孤立したものだろう。
だからトッドは、このインタビューでこうも述べている。
かつて、旧ソ連の崩壊を予言したところ、実際に崩壊しました。アメリカ帝国主義も予言どおり崩壊するでしょう。今回は条件付きですが、最新著作の中では「もし自由貿易が続くなら、民主主義がなくなるでしょう」と指摘しています。
自由貿易イデオロギーに席巻された世界で、課題は切迫しているのだ。
つまり、民主主義を残したいなら、自由貿易を片付けなければならない、という選択が必要なのです。デモクラシー以後に自由貿易体制の流動化が起きれば、民主主義が残るのです。逆に、自由貿易体制が不平等の度合いを強めたとしたら、民主主義は安定を失います。
欧州にはもはや、「左寄り」政党がありません。フランスの社会党には統治する気がうせてしまいました。右寄りの政党は社会主義者をリクルートしています。ドイツではSPDとCDU、つまり右翼政党と左翼政党が連立政権を樹立しました。仏独ではもう、政権交代の可能性はなくなったのです。政治的・経済的に変化をもたらさない社会が、民主主義といえるのでしょうか。
欧州の民主主義は選択可能性を奪っているとするトッドにとって、他ならぬ米国で帝国主義をやめたと言い、保護主義を主張するトランプ大統領の出現は、意味のないことではないだろう(トランプが結局、ウルトラリベラルかどうかの問題は重ねて留保する)。
自国の利益を最優先することを理解しているとするトランプに対して、どこかの総理のように、慌てて御用聞きに駆けつけるなど、愚の骨頂だし、まして自由貿易を説得するなど、後世の歴史から見れば、犯罪的な行いというしかないだろう。