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2018年7月26日 (木)

残業代ゼロ法が描く『過労死ゼロ』社会

先の国会で成立した最悪の法律は、カジノ法でも参議院定数増法でもなく、間違いなく働かせ放題一括法である。

今さえ、日本の労働分配率(付加価値に占める人件費の割合。つまり労働者に還元される率)は国際社会で抜きんでて低下しているのに、この法律は、さらにこれを加速するだろう。

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主要国の労働分配率の推移・RIETIより

残業代ゼロ制度(高度プロフェッショナル制度)については、公立学校の教員の時間外勤務問題が参考になると思い、古い思い出話をさせていただく。

 

 

公立学校の教員に対しては、原則として時間外勤務命令は禁止されており、学校行事や非常災害、職員会議、緊急な生徒指導など限定された4項目以外には時間外勤務を命じてはならないことになっており、時間外勤務手当は支給されない。

時間外勤務命令が許される限定4項目を見込んで教職調整給(月給の4%)が加算されて支給される仕組みになっている(以上、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」・略称「給特法」)

 

 

今から30年も前になるが、公立中学校の先生の長時間勤務が、教師の教育活動を阻害し、教育の自由を侵害しているという理由で国家賠償請求(相手方は自治体)訴訟を起こしたことがある。

 

平成元年、愛知県では高校入試の選抜制度が抜本的に変えられ。極めて複雑な入試選抜制度が導入された。このため、これまでの進学指導の実績が全く役に立たなくなり、進学指導の現場は混乱を極めた。中3の学年主任をしていた原告は、生徒に適切な進学指導をするために、新たな選抜制度の下で各高校の難易度がどう変動するかを見極め学年教諭の共通認識とするために同僚とともに膨大で雑多な事務作業に追われることになった。

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30年前でも教員は十分に多忙だった。その上に新たな入試制度に対応するために実に膨大な事務作業が降りかかり、原告の職務は繁忙を極めた。

今で言う過労死基準には満たなかったものの、学内における残業時間は、1月から3月の3ヶ月間で平均70時間に達した(過労死基準残業時間平均80時間が設けられるのはこのずっと後のことである)。これは学内における残業時間であり、当然、授業準備やテスト採点などの持ち帰り残業も存在した。

 

原告は定年に間近い年齢で、長時間の時間外勤務の心身の負担は大きかったに違いない。しかし、提訴したのはそうした理由からではない。教職調整給とおよそ見合わない残業を強いられたからでもない。
原告が提訴に至ったのは、雑務の多さが生徒と向き合う時間を奪い、経験豊富な教員なら見過ごすことのない、重大な非行事件(いじめを超える犯罪)のサインを見過ごしたことの後悔である。雑務による多忙さがなければ、適切な指導ができ、その場から被害者生徒を救うことができたという悔恨である。

 

 

3ヶ月間の毎日の勤務内容を主張し、それが強制されたものであって、校長もこれを認識していたことを証明するのに膨大な作業と立証を要した。はしょって結論を言えば、提訴から10年近くを経て下された判決は、完全敗訴であった。

判決は、原告が強いられた時間外勤務は命令されたものではなく、全て自発的に行ったものだと結論づけたのである。

 

 

法律は時間外勤務命令を禁じているのだから、時間外勤務命令はないはずである、したがって、原告の勤務は自発的なものであるという、倒錯した論理を暗黙の前提としたものであった。

 

 

 

現在では教員の長時間勤務が問題視されるようになったが、当時の社会環境は全く違った。提訴に当たって僕が教員の長時間勤務の問題を持ち込もうとした新聞記者も労働組合も、まさにせせら笑うか、門前払いの対応だった。社会には問題意識を共有する基盤がなかった。有力で誠実な教育法学者の協力はかろうじて得られたが、社会意識の広がりを欠くところでは目的を果たすことはできなかった(たいていの場合、僕の抱く問題意識は10年程度は時代を早まっている)。

 

 

公立学校の教員が多忙化するのは必然だった。いくら膨大な仕事を押しつけても、時間外勤務手当を支払うための予算措置を講じる必要もなければ、時間外勤務を強制されたとして裁判所に訴えても、法律で禁じられている時間外勤務命令は存在しないことになってしまうからだ。

 

 

先の国会で見送られた裁量労働制についても同じことがいえる。ましてや高度プロフェッショナル制については、いくら膨大な仕事をさせても残業代を払わなくてもよい。企業には全く費用が発生しないのだから、次々と仕事を押しつけることが目に見えている(まさに公立の教員と同じ立場である)。

そして高度プロフェッショナル制度の適用対象は、経団連が求める水準によれば、年収400万円以上にまで拡大されていく。実態としての労働時間単価が最低賃金を割り込んでも、高度プロフェッショナル制度のもとでは、残業代は発生しない。

 

 

そして、たとえ過労死しようが、労働時間を把握することは不可能であり、企業は時間外勤務を命じたわけではない。本人の自己管理が悪かったということにされてしまうようになるだろう。

 

電通の高橋まつりさんのような過労死事件は起きなくなるのだ。

 

 

そう思っていたら、厚労省は労災担当官を大幅に削減するという報道があった。

今後3年で666名削減するという

 

 

働き方改革で労基署の労災担当職員を大幅削減へ

東京新聞2018723

 

 過労死ゼロや長時間労働の削減を目指す政府の看板政策「働き方改革」。全国の企業への監督・指導徹底のため、労働基準監督署の監督官を増やす半面、労災担当者を3年間で666人も削減する計画が明らかになった。企業への監督・指導は重要だが、労働者が負ったけがや病気が仕事によるものかどうか判断する労災認定が滞れば、労働者やその家族に大きな影響が出る。労基署の担当者の中からは「これでは成り立たない」と悲鳴が上がっている。 (片山夏子)

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今回の厚生労働省の計画で、3年間で労災担当官は3分の2の1300人まで減る。しかし、2016年度の労災補償の受給者は、新規だけでも約62万6000人。申請数はさらに多い。

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中堅の労災担当官は「監督官を増やせと号令がかかっていることは知っている。現場の実情を無視した対応を迫られ、みんな不安だ。今でも手一杯なのに労災担当をこれ以上減らされたら成り立たない」

 

 

現実に発生している労災を認定するのに必要な人員をはるかに下回る人員で労災認定に当たれば、必然的に認定される労災は減るだろう。証拠が不十分であれば、それ以上の調査をすることなく不認定にすればよい、あるいは書類に難癖を付けて労災申請を受理しないという水際作戦も行われるだろう。まして複雑な精神疾患が絡む事件になれば、すべて不認定にして裁判所へ丸投げすることになろう。

 

 

過労死ゼロを掲げる「働き方改革」のもとでは、過労死はあってはならないのである。あってはならない以上、認定も厳しくなる。そこへ労災担当職員を削減すれば、過労死認定はどんどん減っていくだろう。かくして政府が掲げる過労死ゼロが達成される仕組みである。

これは時間外勤務命令が禁止されている以上、時間外勤務命令は存在しないという裁判所の論法と同じである。

 

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出典 社会実情データ図録5193a
日本は、公務員の人口比率もGDPに占める公務員給与もOECD最低水準にある

監督官を増やすから、今でも不足している労災担当職員を減らすというのは、全体として公務員削減計画があるためである。

公務員を減らすべきだという大前提がある限り、行政が注力する新たな分野があれば、必要な他の部門が激減させられるということは必ず起こる。

公務員を削減するという方針は、まさに民営化や規制緩和と直結するネオリベラリズムの考え方だ。

参議院定数増をめぐる議論でも、野党(共産党を除く)の反対には定数増自体が悪いことだという暗黙の前提があったように思う。

まさに野党も含めて、小さな政府論に支配された状態であり、グローバルなネオリベラリズムにとって恰好の草刈り場になるだろう。

 

世界一ビジネスのしやすい我が国は、世界一労働者を搾取しやすい国となろう。

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それにしても、労災担当官の削減を取り上げているのが中日(東京)新聞だけで後追いの記事も出ないという事実は、メディアが『過労死認定ゼロ』に加担しているようで、いやなものである。

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