決意をもって書かれた作品 太田愛著 『天上の葦』(KADOKAWA) ネタバレ注意
えん罪を扱ったミステリーということで興味を持った「幻夏」(KADOKAWA)を読むまで著者の名前も著書も知らなかった。
著者太田愛は、もともとはテレビ番組の脚本家で、テレビドラマ「相棒」の脚本家の一人である。「相棒Season8」から参加し、「相棒 劇場版Ⅳ」を担当、正月スペシャル版も4年手がけている「相棒」シリーズの中でも、実力派人気作家の一人である。
いうまでもないが、「相棒」は、平日昼間の再放送がドラマ部門の週間視聴率ベスト10に入るようなお化け番組である。
「天上の葦」が扱うのは、マスコミと権力の関係である。
出版社によるタイトルの紹介の範囲で言うと、もう、ここですでに、ネタバレになってしまう。
「天上の葦(上)」
生放送に映った不審死と公安警察官失踪の真相とは?感動のサスペンス巨編!
白昼、老人が渋谷のスクランブル交差点で何もない空を指さして絶命した。正光秀雄96歳。死の間際、正光はあの空に何を見ていたのか。それを突き止めれば一千万円の報酬を支払う。興信所を営む鑓水と修司のもとに不可解な依頼が舞い込む。そして老人が死んだ同じ日、ひとりの公安警察官が忽然と姿を消した。その捜索を極秘裏に命じられる停職中の刑事・相馬。廃屋に残された夥しい血痕、老人のポケットから見つかった大手テレビ局社長の名刺、遠い過去から届いた一枚の葉書、そして闇の中の孔雀……。二つの事件がひとつに結ばれた先には、社会を一変させる犯罪が仕組まれていた!? 鑓水、修司、相馬の三人が最大の謎に挑む。感動のクライムサスペンス巨編!
「天上の葦(下)」
日常を静かに破壊する犯罪。 気づいたのは たった二人だけだった。
失踪した公安警察官を追って、鑓水、修司、相馬の三人が辿り着いたのは瀬戸内海の離島だった。山頂に高射砲台跡の残る因習の島。そこでは、渋谷で老人が絶命した瞬間から、誰もが思いもよらないかたちで大きな歯車が回り始めていた。誰が敵で誰が味方なのか。あの日、この島で何が起こったのか。穏やかな島の営みの裏に隠された巧妙なトリックを暴いた時、あまりに痛ましい真実の扉が開かれる。
―君は君で、僕は僕で、最善を尽くさなければならない。
すべての思いを引き受け、鑓水たちは力を尽くして巨大な敵に立ち向かう。「犯罪者」「幻夏」(日本推理作家協会賞候補作)に続く待望の1800枚巨編!
登場人物は、いずれも組織から外れるような、一癖ある人物で、テーマの深刻性や、スリリングな展開とは別に、ユーモアもふんだんに盛り込まれている。
「相棒」好きであれば、多分、面白く読める極上エンターテイメントになっている。
ブックレビューの満足度も高い。
さて、本題である。
「相棒」の脚本がメインの仕事であったように、著者は、マスコミ業界に極めて近い人である。
その著者が、権力とマスコミの関係を真っ向から問題にするのは、著者にとって、損はあっても得なことは何もない。
当然、著者の頭にも、ドラマの脚本を「干される」可能性があったと思う。
現に作中で示されるマスコミに対する著者の認識は、極めてリアルで、マスコミの計算高さも冷たさも十分に知り尽くしている。
そう、この作品は、勇気を持って、書かれたものなのだ。
本作執筆の動機を著者は次のように述べている(ダビンチニュース2017年2月23日)
実社会で起きている異変。今書かないと手遅れになる
構想の発端について太田さんはこう語る。
「このところ急に世の中の空気が変わってきましたよね。特にメディアの世界では、政権政党から公平中立報道の要望書が出されたり、選挙前の政党に関する街頭インタビューがなくなったり。総務大臣がテレビ局に対して、電波停止を命じる可能性があると言及したこともありました。こういう状況は戦後ずっとなかったことで、確実に何か異変が起きている。これは今書かないと手遅れになるかもしれないと思いました」
この作品は、今、世に出さなければならないという、駆り立てられる思いから、生まれた作品なのだ。著者自身が「干される」ことも覚悟してもなお「書かなければならない」との思いから世に問われたのである。
著者は、今の状況を1930年代と重ね合わせている。
作中には瀬戸内の島の老人から聞いた話を伝える次のような部分がある。
「曳舟島の老人たちから聞きました。まるで空気が薄くなるように自由がなくなっていったあの時代のことを。着たいものを着る自由、食べたいものを食べる自由、読みたいものを読む自由。気づいた時には誰も何も言えなくなっていた。思ったことを口にしただけで犯罪者とみなされる時代が来るとは、誰も思っていなかった。」
世の中の空気が変わり始める異変が起きてから、破局に至るまでこれを止めることができる時間は、さほど長くない。
言論の統制が極限化した当時を、マスコミの記者として生きた老人はこう語る。
「しかし、いいですか、常に小さな火から始まるのです。そして闘えるのは、火が小さなうちだけなのです。やがて点として置かれた火が繫がり、風が起こり、風がさらに火を煽り、大火となればもはやなす術はない。もう誰にも、どうすることもできないのです」
今は、まだ火は小さい、しかし、一刻の猶予もならないという切迫した思いが著者を本作に向かわさせたのだ。
マスコミの直近で仕事をしているだけに、権力がマスコミに対して持つ強大な力に対する認識も冷静だ。
この作品は、公安(背後の政治家)と、民放テレビ局が立ち上げを予定している、看板報道番組との確執を物語の軸に据えているが(完全にネタバレしている)、番組一つをつぶすくらい権力にとって造作もないことが前提とされている。
番組をつぶすのではなく、今後、そのような番組が出てこないようにするために画策する公安と、これと対決する主人公たちの姿を活写したものだ。
(構造としては、、前川喜平に関係した者をつぶすのではなく、今後2度と前川喜平のような官僚を出さないことを目的とする今回の粛清事件と極めて類似している)
マスコミに対する冷めた目と同時に、作品には、マスコミの人々に対する尊敬も示されている。
「日本にも良心的なプロデューサーやディレクター、ジャーナリストは大勢いるんだけどね」
そう、マスコミで仕事をしておられる方々、あなた方に向けて、この愛に満ちた物語は紡がれたのである。
マスコミで仕事をされている方々、是非、手にとってくださいな。
そして、著者の勇気を受け取って、今、あなたにできることを是非、実行してくださいな。
火が小さな内に、大火となって、もうどうしようもなくなってしまう、その前に。
なお著者のこの作品に込めた思いは、「太田愛 公式サイト」にリンクが貼られている、「久米宏 ラジオなんですけど」(2018年4月21日)でも聞ける。
『国が危ない方向に舵を切る兆しは「報道」と「教育」に顕れる / 脚本家・太田愛さん』
「天上の葦」が大ベストセラーに化けてくれますように!!
産経WEBには高く評価する、書評があるが、紙媒体ではなく、WEB媒体のみの書評のようである。
それどころか『太田愛』についても書評が皆無なのだ。
太田愛さんの作品は、話題になりにくいような構造ができているのだ。
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