本間龍・南部義典『広告が憲法を殺す日』(集英社新書) 国民投票法は欠陥法 重大なCM問題
総統はさぞお腹立ちのことだろう。
宿願の憲法改正を掲げて圧勝で党総裁3選を制した直後、早々つまずいた。
自公が総力を挙げた沖縄県知事選挙に、相手候補に沖縄県知事選史上最多票を献上して敗北した。
幸いにもテレビは、台風や(NHKの朝7時のニュースでは冒頭22分にわたって台風報道をしていた)、捕まってしまえばとりあえず急ぎの用はない脱走犯や相撲スキャンダルのニュースを垂れ流し、沖縄県知事選ごときは一地方選挙の扱いであるが、政権にとって大きな痛手で、憲法改正のスケジュールにも大きな影響を及ぼすことは疑いない。
何より、固い組織票であるはずの公明党票からも出口調査で25%が玉城デニー候補に投票したと答えたのは(調査によっては27%)、自民党だけでなく、公明党にとってもショックだろう。
結束の固い公明党支持者にすれば出口調査で玉城候補に投票したとは言いにくいだろうし、投票先を答えない人もいることを踏まえれば、多分、30%以上が、玉城候補に投票したと推測される。
玉城デニー氏当選直後の玉城事務所に創価学会の三色旗が翻っていたのが今回の選挙を象徴している。義を貫いた信者が開いた地平だ。勇気に頭が下がる。
もともと公明党は総理の憲法改正には及び腰であったが、支持母体である創価学会からこれだけの造反票が出る事態となれば、締め付けを図るにしても、ますます憲法改正には消極的にならざるを得ない。
といって、維新が関西以外では全く無力であることは今回の結果が証明したし、希望に至っては逆効果ですらあったかもしれない。
改憲発議のパートナーとして公明党は切っても切れない。
と言う次第で、とりあえず沖縄県知事選挙は、改憲を目論む総理にとって、躓きの石になった。
僅かだが、改憲国民投票に向けて時間が与えられたことを踏まえて、憲法改正国民投票法のあり方について、考える必要がある。
憲法改正に関しては国民の表現の自由を最大限に尊重するとい建前論があったために現在の国民投票法はメディアとくにテレビを使った有償広告が野放し状態である。
テレビCMに、莫大な金がかかることは自明で、資金力のある改憲派に有利だということはかねてから指摘されてきた。
しかし、長く博報堂に在籍し、広告業界をよく知る本間龍氏によれば、このCMの自由は、資金力の格差に止まらない問題があるという。
実務的に見ても、改憲派に決定的に有利に作用するという。
本間氏は
- 改憲派は国会発議のスケジュールをコントロールできるので、CM枠をあらかじめ押さえておくことが可能になる。
- スケジュールが読めるので改憲派は、CMコンテンツ制作が戦略的にできる。
- 改憲派は、電通とタッグを組む。
- 与党は圧倒的に金集めがしやすい立場であり、賛成派は広告に多額の資金を投入できる。
4がかねて指摘のある資金力のある者が広告を支配するという問題である。
国民投票制度を導入している各国は、この一点だけでも、基本的に有償CMを禁止している。
さらに、我が国特有の広告業界の事情が、1ないし3から圧倒的な優位を改憲賛成派にもたらすという。
このまま改憲が発議されては、どう考えても改憲反対派には勝ち目が乏しいのだ。
改憲を発議するスケジュールをコントロールできるということは、発議されたときには、すでにCM枠を押さえているということだ。
CMコンテンツもできあがっていて、改憲の発議の翌日から、どんどん改憲派のCMが流れることになる。
また、発議から60日以上180日以下とされる国民投票までの期間も改憲派が決めるわけだから、これに応じたCM戦略を予め立てて臨むことができる。
一方、改憲反対派は、そもそも与党がどのような改憲発議で落ち着かせるつもりか分からない上、発議阻止に全力を挙げ、発議されてからCMコンテンツを作成し、CM枠を押さえることとなりかねない。まさに『泥棒を見て縄をなう』、だ。
発議されてからアピール性の高い広告コンテンツを作るのにも時間がかかるし、CM枠を確保するのも容易ではない。
改憲反対派は全て後手後手に回る。
短期決戦の場合には、改憲派のCMだけが流れる中で国民投票の日を迎えることになりかねない。
民放各社は個別にCM枠のスポンサーを募るのではなく、広告代理店に一括してCM枠を売り渡すことで、安定的な広告収入を得られる仕組みとなっている。
そして、視聴率の高い時間帯になればなるほど、このCM枠に占める電通が押さえている割合が高くなる。プライムタイム(19時~23時)のシェアは電通が49%、博報堂が26%になる(2009年)。
そして、電通と自民党は結党以来のパートナーであり、政権党とともにあり続けた結果、電通は今日の寡占状態を築くことができた。巨大な東京オリンピック利権を電通が独占しているのも自民党との深い関係がもたらしたのである。
では、業界2位の博報堂が改憲反対派と組むかというと、博報堂としては、資金力にも不安があり、しかも、いつ消えてなくなるかわからないような弱小転変政党と組むよりは、やはり改憲派と組んだ方が、圧倒的に有利である。自民党から公然と受注してもよいし、大企業から受注しても良いだろう。
かくして、憲法改正が発議された段階で、少なくともテレビ・ラジオCMの決着は(地方放送も含め)ついてしまっているのである。
下手をすれば、改憲反対派は、CM枠を取ることさえできずに敗北することになる。
かくして「広告が憲法を殺す」のだ。
本間氏は護憲派の一部に根強い「いざとなったら吉永小百合」頼みの愚かさも実務的に指摘しておられる。
本間氏の目からは、これほど脳天気なルールが国民投票法として成立したことが、にわかには信じられないほどだという。
改憲議論の前提の問題として、このCM問題は、是非とも議論されなければならない。
改憲反対派の方々は、是非、本書をお読みになって、現実的な戦略を検討されることを願う次第である。
PS
石破茂が、9月27日に初めて沖縄県知事選の応援に入り、石垣島で佐喜真候補の応援演説をしたという。
なにやら総裁選の意趣返しに見えなくもない。
その石破茂氏、総裁選が終わった後の9月23日早朝のTBSの『時事放談』に出演していた。
米朝をめぐる非核化の問題について、「米国は北朝鮮の非核化を求めているのに対して、北朝鮮はあくまで朝鮮半島の非核化を言っているだけだ。噛み合っていないことを、きちんと押さえなければいけない」とドヤ顔で自説を述べていた。
自民党総裁選後の録画だから、収録は9月20日以降である。3回目の南北会談が行われて南北平壌宣言が発表されたのが9月19日だ。
そこには、
9月南北平壌共同宣言(2018年9月19日)
5、南北は朝鮮半島を核兵器と核脅威がない平和の地にしなければならず、このために必要な実質的な進展を速やかに実現しなければならないということで認識を共にした。
(1)北朝鮮はまず、東倉里のエンジン試験場とミサイル発射台を関係国専門家の立ち会いの下に永久に廃棄することにした。
(2)北朝鮮は米国が6・12朝米共同声明の精神に沿い、相応の措置を取れば、寧辺の核施設の永久的廃棄などの追加措置を引き続き講じる用意があると表明した。
とある訳だから、北朝鮮は、「朝鮮半島の非核化」だけでなく、自国の非核化について、そのタイムテーブルを示している。
北朝鮮が「朝鮮半島の非核化」しか主張していないとする、石破氏のご託宣は明らかに間違いだ。
現下の我が国に関わる最大の安全保障問題についても、重要な会談の結果を調べもせずに、ドヤ顔で間違った自説を垂れ流す程度の人物が、総裁選の対抗馬としてもてはやされるくらいだから、我が国の政治の劣化も極まっている。
こんな人達が競って自分こそ総理にふさわしい、緊急事態条項を持ちたいと言っているのだから、憲法改正は、ほんに恐ろしきことである。
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