日米FTAの毒薬条項 米国が迫る究極の二者択一
日米FTAには、TPP等のこれまでの貿易協定と質の異なる深刻な問題がある。
経済界から日米FTA反対が叫ばれないのが不思議なほどに、決定的に重大な根本問題である。
(経済界も、それほどに劣化したということなのかもしれない)
分かっているなら、真っ先に取り上げろよといわれても仕方がない問題点であるが、僕の力量では、どう取り上げたらいいのか未だに戸惑うほどの大きな問題だ。
日本との協定に対中貿易けん制の条項、盛り込む可能性=米商務長官
NEWSWEEK 2018年10月6日(土)08時36分
10月5日、ロス米商務長官は、新たな米国・メキシコ・カナダ協定に盛り込まれた中国との貿易協定締結を阻止する毒薬条項について、米国が今後締結を見込む日本や欧州連合などとの貿易協定にも取り入れる可能性があるとの認識を示した(2018年 ロイター/MARY F. CALVERT)
ロス米商務長官は5日、新たな米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に盛り込まれた中国との貿易協定締結を阻止する「毒薬条項(ポイズンピル)」について、米国が今後締結を見込む日本や欧州連合(EU)などとの貿易協定にも取り入れる可能性があるとの認識を示した。
ロス長官はロイターとのインタビューで、毒薬条項は中国の知的財産権侵害や助成金供与などの慣行を「正当化する」貿易協定の「抜け穴をふさぐ」ことが目的と説明した。
同条項が、他国と将来締結する貿易協定にも盛り込まれる可能性はあるかとの質問には「状況を見守ろう」としつつも、USMCAが先例となり、他の貿易協定に盛り込むことは容易になるとし、条項が「貿易協定締結の必須要件になるとの考えが理解されることになるだろう」と語った。
長官はまた、11月6日の米中間選挙まで米中通商協議に大きな展開があることは想定していないと語った。
新NAFTA(USMCA)には中国の通商協定を阻止する毒薬条項が盛り込まれており、日米FTAにもこれを盛り込むという。
協定締結に際して、中国と通商協定を締結しないことを約束させ、通商協定を通じて、中国敵視政策を強制するというのだ。
法的情報の精確さで定評がある「方谷先生に学ぶ」の「USMCA協定及び日米TAG協定、中国との通商交渉制限」(10月3日)を踏まえて、法的に跡づけておく。
新NAFTA(USMCA)協定には、次の規定が盛り込まれた。
第32条 例外と一般規定
第32.10条 非市場国とのFTA
1.USMCA締約国の一ヶ国が非市場国とのFTAを交渉する場合、交渉開始の3ヶ月前に、他の締約国に通知しなければならない。非市場国とは、本協定の署名日前に締約国が決定した国である。
2.非市場国とFTA交渉を行おうとする締約国は、他の締約国から請求があれば、可能な限りの情報を提供すること。
3.締約国は、他の締約国がFTA協定と潜在的な影響を調査するため。署名日の30日前に他の締約国がFTA協定の条文、附属書、サイドレターなど見直す機会を与えること。締約国が機密扱いを要求する場合、他国は機密保持を行うこと。
4.締約国が非市場国とFTAを締結する場合、他国は6ヶ月前の通知により、本協定(USMCA)を終了し、残りの二国間協定とする。
5.二国間協定は、上記締約国との規定を除き、本協定(USMCA)の構成を維持。
6.6ヶ月の通知期間を利用して、二国間協定を見直し、協定の修正が必要か決定する。
7.二国間協定は、それぞれの法的手続を完了したと通知してから60日後に発効する。
ロス商務長官はこの非市場国が中国であることを当然の前提としている。
米中貿易戦争の展開からも、非市場国が中国を指すことは明らかである。
中国と貿易交渉を行う国は、予め他の2カ国に通告し、交渉に関する情報を提供しなければならない(1~3項)。
カナダ、メキシコの一カ国でも中国と貿易協定を結んだ場合、米国はUSMCAから離脱するというのだ(4項)。
これは、中国との貿易協定に対してはUSMCAの特典を剥奪する、つまり経済制裁をかけると脅しているのに等しい。
そして、「日米共同声明」を読み解けば、この条項が、日米FTA協定にも盛り込まれることは容易に理解できる。
「日米共同声明」9月26日日米首脳会談
1.2018年9月26日のニューヨークにおける日米首脳会談の機会に、我々、安倍晋三内閣総理大臣とドナルド・J・トランプ大統領は、両国経済が合わせて世界のGDPの約3割を占めることを認識しつつ、日米間の強力かつ安定的で互恵的な貿易・経済関係の重要性を確認した。大統領は、相互的な貿易の重要性、また、日本や他の国々との貿易赤字を削減することの重要性を強調した。総理大臣は、自由で公正なルールに基づく貿易の重要性を強調した。
2.この背景のもと、我々は、更なる具体的手段をとることも含め、日米間の貿易・投資を更に拡大すること、また、世界経済の自由で公正かつ開かれた発展を実現することへの決意を再確認した。
3.日米両国は、所要の国内調整を経た後に、日米物品貿易協定(TAG)について、また、他の重要な分野(サービスを含む)で早期に結果を生じ得るものについても、交渉を開始する。
4.日米両国はまた、上記の協定の議論の完了の後に、他の貿易・投資の事項についても交渉を行うこととする。
5.上記協定は、双方の利益となることを目指すものであり、交渉を行うに当たっては、日米両国は以下の他方の政府の立場を尊重する。
-日本としては農林水産品について、過去の経済連携協定で約束した市場アクセスの譲許内容が最大限であること。
-米国としては自動車について、市場アクセスの交渉結果が米国の自動車産業の製造及び雇用の増加を目指すものであること。
6.日米両国は、第三国の非市場志向型の政策や慣行から日米両国の企業と労働者をより良く守るための協力を強化する。したがって我々は、WTO改革、電子商取引の議論を促進するとともに、知的財産の収奪、強制的技術移転、貿易歪曲的な産業補助金、国有企業によって創り出される歪曲化及び過剰生産を含む不公正な貿易慣行に対処するため、日米、また日米欧三極の協力を通じて、緊密に作業していく。
7.日米両国は上記について信頼関係に基づき議論を行うこととし、その協議が行われている間、本共同声明の精神に反する行動を取らない。また、他の関税関連問題の早期解決に努める。
「知的財産の収奪、強制的技術移転、貿易歪曲的な産業補助金、国有企業によって創り出される歪曲化及び過剰生産を含む不公正な貿易慣行」を有する「非市場志向型」の「第三国」が中国を指すことは明らかである。
そして、中国対策について緊密に作業していかなければならないことが合意されている。
日米FTAに中国との通商協定を禁止する条項が入ることは不可避である。
むしろ、ロス商務長官の発言から示唆されるように、これが現在及び将来の米国の通商政策の肝となるのである。
日米FTAは、日本に対して、お前は敵なのか、味方なのかという、単純で、かつてなく重大な二者択一を突きつける。
中国と貿易戦争を続ける米国は、単純な敵味方論を日米FTAを通して突きつけるのだ。
これが1970年代であれば、この選択は、これほどの重大さは持たなかっただろう。
しかし、現在の世界経済の中で、巨大な経済力を有する隣国であり、さらに巨大なポテンシャルを持つ中国を経済的に敵とみなせというのは、あまりにも影響が甚大で、日本が深刻な凋落をたどることは目に見えている。
いや、即刻、没落するかもしれない。
この問題を、「田中宇の国際ニュース解説」の「中国でなく同盟諸国を痛める米中新冷戦」(2018年10月16日)は総合的に分析している。
トランプは、このような同盟諸国のお得な状況を破壊している。トランプは、自由貿易体制が米国に不利益を招いていると言って、同盟諸国が無関税で米国に輸出したり、同盟諸国が中国と自由貿易協定を結ぶことに反対している。先日、米カナダメキシコの自由貿易協定であるNAFTAが改定されてUSMCAになったが、今回の重要な改定点は、カナダやメキシコが中国と自由貿易協定を結ぶことに、米国が拒否権を発動できる新体制を作ったことだ。この新体制は、今後もし日本が米国と2国間貿易協定を結ぶと、そこにも盛り込まれる。USMCAは、今後米国が世界各国と結ぶ貿易協定のモデルとなる。米国と貿易協定を結ぶ国は、米国が敵視する国との自由貿易ができなくなる。 (The balance of China, Japan, and Trump’s America Joseph S Nye)
このUSMCAの新体制と、今回のトランプ政権の米中新冷戦の体制とをつなげると、同盟諸国を困窮させる未来像が見えてくる。米国との同盟関係を維持したければ、中国との貿易をあきらめろ、という二者択一の未来像だ。同盟諸国は、中国との貿易をあきらめても、米国に自由に輸出できるわけでない。対米輸出には、すでに懲罰的な関税がかけられている。メキシコとカナダは、米国とUSMCAを結ぶ際、メキシコの最低賃金上昇、カナダの乳製品輸入など、新たな対米譲歩を強いられた。 (Japan's Abe pursues China thaw as U.S-Beijing ties in deep freeze)
改定後のUSMCAは、改定前のNAFTAに比べて「米国主導」の色彩が強い。米国が北米の地域覇権国であり、中国が東アジアの地域覇権国であるという、きたるべき多極型の世界体制を先取りしているのがUSMCAだ。USMCAの東アジア版が、中国主導の貿易協定であるRCEPだ。カナダやメキシコに対する米国の支配強化が許されるのなら、東南アジアや朝鮮半島に対する中国の支配強化も許される。それがきたるべき多極型世界のおきてだ。 (China Has Already Lost This War...)
加えて今後、米国から同盟諸国への安全保障の「値上がり」も続く。日本は米国から「在日米軍に駐留し続けてほしければ、貿易で譲歩しろ」と言われ続ける。日本の官僚独裁機構(とくに外務省など)は、対米従属(「お上」との関係を担当する権限)を使って国内権力を維持し続けているので、米国からの安保値上げ要求を無限に飲んでいきそうだ。
日本では以前、対米従属と経済発展が一致していた。米国は世界最大の市場で、日本製品を自由に輸出できたし、日米安保は安上がりな軍事策だった。日本において、財界と官僚機構の利益が一致していた。だが今は、もはやそうでない。日本企業にとって最大の取引相手は中国になっている。財界は、中国と仲良くしたい。だが、官僚機構は対米従属を維持しないと権力を維持できない。米国がトランプになって、覇権放棄や日米安保の「値上げ」を言ってくるようになると、財界は安倍政権を動かして中国に擦り寄らせた。 (トランプに売られた喧嘩を受け流す日本)
安倍政権の日本は、対米従属と中国擦り寄りの間で何とかバランスをとってきたが、今後は、このバランス取りがさらに難しくなる。対米従属を維持するため、米国との2国間貿易協定を結び、トランプの新冷戦につき合って中国との関係を断ち切るのか、それとも米国との貿易協定の交渉が決裂していくのを容認し、在日米軍の撤退を看過しつつ、中国との関係を親密化していくのか、という2者択一だ。トランプは安倍に2者択一を迫る。玉虫色の曖昧な「両方取り」は許されなくなる。 (America's Iran Policy is Helping China Advance Its Vision of a Multipolar World)
10月18日のIWJの孫崎享さんのインタビューでは、岩上安身さんと孫崎さんが、中国経済がこの数年で一変する勢いであることを語っていた。
- 購買力平価に換算したGDPでは、中国はすでに米国を抜いた
- 米国が20世紀の100年で使ったコンクリートを中国は僅か20年で消費した
- 中国の時速300キロの高速鉄道の総延長は世界の高速鉄道の総延長に匹敵する
- 米国が?年かけて作る大橋を中国は43日(?)で完成してしまう
- 特許の取得件数(だったかなあ)も米国を凌駕している
等々、僕の要約は正確さを欠くので、是非視聴して頂きたいが、日本で知らされている中国の姿とは大幅に異なる内容だった。
一方で、ウラジオストックを中心としてアジアを志向するロシアの構想もすでに動き始めている。
中ロは連携しているので、中国主導の一帯一路構想と、ロシア主導のユーラシア経済連合が融合していく可能性が大きい。
極東地域の経済的ポテンシャルは歴史上かつてなく高まっている。
経済の極は欧米からアジアへと完全に移行しつつあるのである。
絶好の好立地にある極東の島国として、米国が迫る二者択一に対する回答は、『中国を選ぶ』と答えるほかあり得ない。
よって、日米FTAの締結など、断じてあってはらない。
今のところ、米国がちらつかせているのは、自動車関税だけである。
しかし、仮に日米FTAが締結されれば、米国の要求を際限なく呑み続けるほかなくなる。
米国は、日本に対して、米国に倣って中国を制裁するよう次々と求めてくるだろう。
日本は、中国制裁(対中貿易の削減・停止)のために凋落しきるまで余力を使い果たすだろう。
恐ろしい未来図である。
今なら、自動車関税ごときは、どうにでもなる。
トヨタを初め日本の自動車産業は、ほぼ同時期に相次いだ、東日本大震災による供給工場の停止、タイの洪水によるタイ工場の操業停止でも余裕でこれを乗り切ったように見える。
トヨタに至っては、真偽不明なリコール騒動により、同時期に米国で、裁判所、州政府、連邦政府から合計一兆円近い賠償や制裁を科されても、びくともしなかったように見える。
自動車関税に対しては、自動車産業は、巨額な内部留保を取り崩せばいいだけのことだ。
在日米軍には、さっさとお引き取りいただこう。
というか、半占領状態から逃れ、独立を勝ち取る絶好の機会である。
経済界こそ、真っ先に日米FTAに対する反対を叫ばなければならない。
米国に隷従することに存在意義を見いだす、ごく一部を除いて、誰が見ても、日米FTAを結ばないという選択以外に正解はあり得ない。
この問題については、さすがのNHKも無視できない。
10月18日(木)の朝6時台のニュース解説で取り上げていた。
文字通り「毒薬条項」と呼んでいたのには驚いた。
現に進行中の日中韓FTAやRCEP交渉にも直接の影響が出ると憂慮する内容だった。
RCEPは東南アジア諸国連合10カ国に、中国、インド、韓国、日本、オーストラリア、ニュージーランドの6カ国が加わった経済連携交渉である。ジェネリック医薬品等内容上の問題があるが、これに参加しないという選択もまた、アジアの国としてはあり得ない。
中国と貿易交渉をするなということは、日本に対して、アジアの国であることをやめて、遠く太平洋を隔てた米国の、アジアの最前線の捨て石になれということである。
恰も、本土が沖縄を捨て石とし続けるように、日本を捨て石としようということである。
トランプの米ロ中距離核戦力全廃条約(INF)破棄の表明によって、一気にきな臭くなっている。
米中貿易戦争に加えてロシアとの核戦力拡大競争へと転換しようというのだ。
ロシアをますます中国との連携へとおしやるように見える。
米国主導でWTO改革をすると言っている。
大泥棒(理由はこちら)が改革するなど、盗っ人猛々しいというほかない。
WTO協定の改定は、当然、全参加国の一致が必要である。
中ロが飲むはずのない条件を突きつけるトランプのいうWTO改革は、多分WTOの分割である。
いや、それはそれで、教条的なグローバリストどもが慌てふためく様子が見えて面白いのではあるが、日米FTAに至っては、他人事ではいられないのである。
米国が、世界の警察官であることができないことを熟知しているトランプは、世界の市場が二分されていた冷戦時代に世界を巻き戻そうとしているように見える。
付記 10月30日
春名幹男氏の文春WEB掲載記事を踏まえ、USMCAの32・10条4項の読み方が誤っていたことがわかり、訂正しました。
誤
中国と貿易協定を結んだ国は、他の加盟国からの通知によりUSMCAから離脱させられる。
いわば、米国によるUSMCA協定からの除名処分である(4項)。
正
カナダ、メキシコの一カ国でも中国と貿易協定を結んだ場合、米国はUSMCAから離脱するというのだ(4項)。
これは、中国との貿易協定に対してはUSMCAの特典を剥奪する、つまり経済制裁をかけると脅しているのに等しい。
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