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2019年2月12日 (火)

「不貞行為の第三者の責任に関する考察 その成否と、慰謝料額の妥当性の検証」

最高裁が、不貞行為の相手方の慰謝料請求事件について、弁論を開いたと聞いた。

不貞行為の相手方の不法行為責任について、新判断がなされる可能性があるという。

不倫相手が賠償、判断 最高裁弁論(毎日新聞)

 

以下は、ある事件の控訴審において、僕が2009年に提出した準備書面の内容である(法律論のみを抜粋したので、個人はむろん、事件も特定されない内容となっている。念のため)。

 

この文章は、かつて無料ホームページに掲載していたが、サービスの終了とともに、ネット上から消えてしまったものである。

 

 

当時は、不貞行為の相手方(第三者)に対する賠償額に、あまりにも大きな開きがあり、しかも当該相手方の有責性との相関もほとんど見られないという状況で、ほとんど裁判官の価値観が賠償額を左右するとしか考えられない状況であった。
しかし、その後、急速に定額化が定着した。

 

 

残された問題は、

 

そもそも純粋な法律論として、配偶者のある者と性交渉を持った第三者が、性交渉の相手方の配偶者に対して不法行為責任を負うのか(学説上では否定説が有力である)、

仮に不法行為が成立するとして、現在の判例のように「故意・過失」のみで不法行為が成立するのか、という点にある。
学説は、単なる「故意」では不法行為は成立せず、性交渉の相手方の配偶者に対する害意(配偶者を傷つける動機といえばよいだろうか)を要する、あるいは加害行為の態様の悪質性を要するとする傾向が強い。

 

 

一審で巨額賠償を命じられたため、必要に迫られて論文のような準備書面を提出するはめになったのだが、準備書面を提出した当時は、不法行為の成立範囲を極めて限定する学説が、裁判例に影響を及ぼすことは、予想していなかった。ただ賠償額だけを批判しても、減額は難しいだろうと考えられるところから、この種の不法行為が法的にはかなり疑問であることを指摘する必要を感じたものである。

同様の志向を持つ弁護士も少なくなく、お声かけをいただいたりもした。

 

 

 

 

今回、最高裁が、慰謝料請求を認めた原審判決について、新たな法的判断を示すと予想されているらしい。

判決期日は、2月19日と伝えられている。

 

市民的関心としては、高い分野になると思う。

 

 

最高裁の判断を理解する上で、基本的な構造を知る助けになるかもしれないので、再掲する次第である。

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第1 学説・判例について

1. はじめに
我々が扱う日常の法律実務では、配偶者の存在を知りながら、肉体関係を持った第三者は、他方の配偶者に対して、不法行為責任を負い、慰謝料支払義務を免れないことが当然の前提とされている。

しかし、基本的に夫婦が他方に対して負担している貞操義務は、本 人の自由意思に依存しているものであり、また、自由意思を拘束するのは、他方配偶者に対する私的な約束である。すなわち、不貞行為による第三者の責任とは そもそも債権侵害による不法行為に他ならず、原則的にいえば、被害者たる他方配偶者を害する意図がない限り、第三者が不法行為に問われるのは奇妙なことで ある。

学説・判例が、不貞行為による第三者の不法行為の被侵害法益(被侵害利益)について、帰一するところがないのは、本来、債権侵害に過ぎない類型に対して広く不法行為の成立を認めるために何らかの根拠付を見いだそうとするところに無理があったことによるものと思われる。

議論の積み重ねの結果、現在、有力な学者のほとんど全てが、不貞行為について第三者の不法行為責任を否定するか、極めて限定的にその成立を認めるに止めるに至っている。
裁判実務は学説とは異なるとはいえ、有力学説が主張するところは、法理論の赴く結果を示すものであり、裁判実務に当たっても、軽視すべきものではない。

以下では、この問題に関する議論の推移を振り返っておきたい。

2. 初期の学説の状況
昭和40年発行の注釈民法の記載によれば、
「妻が姦通した場合において、その相手が夫に対し不法行為者とされることには異論はない。それが内縁の妻の場合であっても変わることはない。 これに対し、夫と姦通した女が、妻に対して不法行為責任を負うべ きか否かは、廃止前の姦通罪の規定との関連において問題とされていたが、現行家族法の下にあっては、これを肯定すべきことに異論はあるまい。婚姻は夫婦が 同等の権利を有することを基本にしており、配偶者の不貞行為は一様に離婚原因とされているから、不貞行為に加担したものは等しく不法行為の責任ありという べきである」とされており(「注釈民法19巻・債権10」92頁)、通説的な立場として我妻説が引用されている。ここには、この問題が相手方配偶者の自由意思に依存していることの特殊性や、配偶者の人格的な独立に関する問題意識は全く窺われないといってよい。

3. 最高裁昭和54年判決
上告審の判例は、大審院以来、この種の慰謝料請求権を肯定してきた(大判明治36年10月1日刑録9輯1425頁等)。 戦後も大審院判例の立場は踏襲され、最高裁も最判昭和34年11月26日民集13巻12号1562頁、最判昭和41年4月1日裁判集民83号17頁においてこの種事案を「夫権(又は妻権)の侵害」として、第三者の責任 を認めてきた(上記注釈民法の発刊もこの時期に重なる)。

この問題に関する議論が活発になされるようになったのは、最判昭和54年3月30日が次のように述べて、不貞関係が自然の情愛に基づいて生じたものであることを理由に第三者の不法行為責任を否定した原判決(東京高判昭和50年12月22日判例時報810号38頁)を破棄したことをきっかけとしてである(以下、昭和54年判決という)。

「夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持った第三者は、故意又は過失が ある限り、右配偶者を誘惑するなどして肉体関係持つに至らせたかどうか、両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び、右他方の配偶者の被った精神上の苦痛を慰謝すべき義務があるというべきである」 ここでは、被侵害法益を「夫権(妻権)」ととらえ、これに第三者効(対世効)を認めて物権類似に扱い、過失責任をも肯定していることが注目される。

4. 昭和54年判決以後の学説の状況
(1)昭和54年判決は、その時点における社会通念から見れば、相当に守旧的なものであったと考えられる。この判決がきっかけとなって、多数の論説が発表されたが、多くは、昭和54年判決に批判的である。

(2)判例時報1563号(72頁。最判平成8年3月26日に対する解説)にしたがって、主要な考え方を分類する。
① 婚姻関係の破綻の有無、第三者の行為の態様にかかわらず、常に不法行為が成立するとするもの。上記解説は、「現にこの考え方を採る学説はないようである」としている。
② いわゆる事実上の離婚後は夫婦間の貞操義務が消滅するから、その後に夫婦の一方と肉体関係を持った第三者には不法行為責任は生じないとするもの(我妻栄・親族法135頁など)。
③ 離婚の合意をした上で事実上の離婚に至らなくても、婚姻関係の破綻後は夫婦間の貞操義務が消滅するとし、その後に夫婦の一方と肉体関係を持った第三者には不法行為責任は生じないとするもの(中川高男「事実上の離婚」家族法大系Ⅲ106頁)。
④ 第三者が不貞行為を利用して夫婦の一方を害しようとした場合にのみ不法行為責任を負うとするもの=第三者の害意に重点を置くもの(四宮和夫「事務管理・不当利得・不法行為(下)」527頁、前田達明「不貞に基づく損害賠償」判タ397巻4)。
⑤ 暴力や詐欺・脅迫など違法手段によって強制的・半強制的に不貞行為を実行させた第三者に限って不法行為責任を認めるべきであるとするも の=第三者の行為の態様に重点をおくもの(島津一郎「不貞行為と損害賠償-配偶者の場合と子の場合」判タ385号123頁。なお、人見康子「夫の不倫の相 手方に対する妻子の慰謝料請求権」判タ747号76頁も同旨)。
⑥ いかなる場合にも第三者に不法行為責任を認めるべきでないとするもの(水野紀子法協98巻2号306頁。なお角田由紀子「性の法律学」123頁も同旨と考えられる)。

(3) 辻朗「不貞慰謝料請求事件をめぐる裁判例の軌跡」(乙2・判タ1041号29頁・平成12年)では、さらにその後の論考も含めて、
A:肯定説(破綻後の不貞関係についても第三者の不法行為責任を認めるか乃至はその点について言及をしていない)
B:限定的肯定説(破綻後の不貞行為については、第三者の不法行為責任を認めない)
C:限定的否定説(不法な手段、又は不貞相手の配偶者に対する害意をもって、不貞行為に至った場合に限り不法行為責任を負う)
D:否定説(不法な手段による場合や害意がある場合でも、不貞行為に関係した第三者の不法行為責任は成立しない)
に分類されている。

同論文末尾の注釈と対応させて、昭和54年判決以降に発表された 論考に基づいて、論者の数を数えると、肯定説に分類される論者が6名、限定的肯定説に分類される論者が5名、限定的否定説に分類される論者が8名、否定説に分類される論者が5名となっている(同書35ないし36頁の注12ないし19)。総じて肯定説が11、否定説が13であるが、新しい論考ほど否定説が多 いこと、また、有力な学者ほど否定説ないし限定否定説が多く、かつ性差別に敏感な論者ほど完全否定説が多いことも特徴的である。

5. 通説の歴史的限界
(1)通説の所以
このような学説状況にありながら、不貞行為に関して第三者の不法 行為責任を認める学説が通説として紹介されることが多いのは、我妻説、中川善之助説が、これを肯定していることが大きいものと思われる。両博士とも戦前に すでに研究者としての実績を挙げている偉大な先達である。ここでは、明治民法から新民法への転換にあたって、両博士がどのような議論を展開していたかにつ いて、簡単に指摘しておきたい。

(2)明治民法の家族法 家制度
明治民法の基本理念は、家父長制的な家制度にあった。そこでは、 妻は準禁治産者に準じた無能力者とされ(14条~18条)、妻の財産は夫が管理するものとされた(801条1項)。また、同一戸籍に属する観念上の集団である「家」(746条)の構成員たる「家族」は、婚姻するためには、戸主の同意を必要とし(750条1項)、戸主の居所指定に従わなければならなかった(749条)。
家制度は直系の血縁を中核として保持されるため、子の父親が誰であるかは、決定的に重要であり、このため妻の不貞行為は、姦通罪として2年以下の懲役に問われ(刑法183条=昭和22年削除)、離婚原因においても、妻の不貞は直ちに離婚原因となる一方、夫の不貞は夫が姦通罪によって処罰されたときに離婚原因とされるに過ぎなかった(すなわち、夫の不貞行為の相手方が独身であれば、夫の不貞行為は離婚原因とはなり得ない。男系による家制度を侵害する犯罪者は家父長としてふさわしくないことから、離婚原因とされたのである。明治民法813条2号、3号)。家存続のため離婚の際の子の監護権は原則として父に属するものとされた(812条、819条)。また、妻に子どもができなければ、夫は妾を作ることが許され、その場合には妾にも貞操義務が課されたとされる(水野紀子法協98巻2号153頁。若尾典子「女性の身体と人権」51頁。なお天皇家の「万世一系」を可能ならしめたのは、妻妾制であったことにつき、若尾同書45頁以下)。 こうした家制度は、万世一系の天皇を頂点として日本を近代国家として確立して統治するための基礎であった。忠孝一本の道徳は、君主に忠誠を尽くすことが親に対する孝行でもあるとして、天皇制国家主義の重要な精神的基盤となった(君主に対する忠と、親に対する孝は対立し得る観念であり、儒教は、孝を忠より重視するものであったが、明治国家建設のイデオローグは、これを一本とした上、君主に対する忠を孝に優先させるイデオロギーを編み出したのである。上野千鶴子「近代家族の成立と終焉」72頁以下)。

(3)新民法への移行と妻から第三者に対する慰謝料請求
個人の尊厳を基本理念とし両性の平等を謳う日本国憲法の制定に伴い、いち早く家制度が廃止され、明治民法において著しかった男女の不平等が是正されたことは周知のとおりである(注釈民法旧第1巻27頁。但し、嫡出推定規定等、不合理を生む規定は改正されないまま現在に至った)。
夫の不貞行為の相手方たる女性に対する妻からの慰謝料請求が成立することを支持する中川善之助「愛情の自由と責任」判例評論52号(昭和37年)は、戦後、不貞行為の相手方に対する慰謝料請求について論じたほぼ初めての論考であり、その後しばらくはこの問題を詳しく論じた唯一の論文でもあった(水野紀子法協98巻2号157頁)。
我妻博士も昭和36年発行の教科書において、妻から不貞相手の女性に対する損害賠償請求権の成立を当然のこととして認めている(我妻「親族法」99頁)。
こうした偉大な先達の説が、戦前すでに指摘されて久しい夫婦の不平等を是正せんとするところにその意図があったことは明らかである。
しかしながら、妻から第三者に対する慰謝料請求を認める中川説、我妻説とも、戦前に当然であった夫権侵害に基づく第三者に対する慰謝料請求の論理を、そのよって立つ理念や基盤の変化を吟味することなく、いわば機械的に妻にも拡大したものであったといわざるを得ない。

(4)我妻博士の価値観の歴史的限界
我妻博士の業績の偉大さは自明であるが、その我妻博士ですら、自らが学究生活を開始した時代の制約からは自由ではなかった。
この限界は、戦後民法改正に際しての牧野英一博士と我妻博士の間 の論争に見ることができる。家制度を何らかの形で残そうとする牧野は夫婦の氏を合意によって決めるとなれば、自分の息子が親に相談もなく妻の氏に変えてしまうことになりかねないから、妻の氏にできる場合を法律上限定するように提案した。これに対し、家制度の廃止を主張する我妻は、「そういう法律をつくったからといって、牧野の息子が…おれは女房の名前になるから左様心得られたしとおやじに背くことになるのか、実際そういうふうに考えておられたものか」と牧野の不安をいぶかる。我妻は、夫の氏になるのが当然であり、夫が妻の氏を名乗るのは、妻の家を継承する場合であると考えていた。「しかし、それを法律に表さないでおく」とするのが我妻の立場だった。家制度の廃止はあくまで法律の世界のことに過ぎず、実質的な家制度が簡単になくなるはずはないと我妻は考えていた(我妻編「戦後における民法改正の経過」昭和31年。若尾前掲より重引)。
実質的な家制度の延長上に、不貞行為による第三者の不法行為責任の問題も考えられた。不貞行為による第三者の不法行為責任は、戦前天皇制国家の家制度の残滓に他ならないのである。

(5)現民法の解釈基準等と婚姻
両性の本質的平等と個人の尊厳を解釈の基準とする現行民法の解釈として(民法2条)、夫婦の合意のみによって成立し、夫婦の協力によって維持される婚姻(憲法24条)のあり方について、家制度の観念を引き継いだ理解は、なお婚姻の本質の把握について不十分であったといわざるを得ない。
以下では、民法の解釈基準、婚姻の本質をも踏まえながら、不貞行為による第三者の不法行為責任について検討する。

第2 否定説の正当性

1. 被侵害利益
(1)最高裁判決の転換
前記のとおり、昭和54年判決は「夫(又は妻)としての権利」の侵害を被侵害法益ととらえていた。
しかし、婚姻関係破綻後に肉体関係を持った第三者の不法行為責任を否定した最判平成8年3月26日(判例時報1563号72頁。以下、平成8年判決ともいう)は、昭和54年判決を変更するものではないとしつつも、被侵害利益について「婚姻共同生活の平和の維持という権利又は…利益」としており、端的に「夫(又は妻)権」を被侵害法益ととらえる立場から転換している。家 制度の残滓をひきずった「夫権」を被侵害利益とする立場がすでに成り立ち得ないことは明らかである。
その他、学説・判例で挙げられる被侵害利益は「守操要求権の侵害」、「守操義務違反に加担」、「夫としての人格的利益又は名誉の毀損」、「家庭の平和侵害」等が挙げられている(辻朗「不貞慰謝料請求事件をめぐる裁判例の軌跡」判タ1041号29頁)。
しかし、これらのとらえ方は、不貞行為には、配偶者自身の自由意 思による意思決定が決定的に重要な要素をなしていることを看過しているか(守操要求権を被侵害利益の基本とするとらえ方)、他方配偶者の人格の独立性を軽視するか(夫としての人格的利益・名誉を問題にするとらえ方)あるいは、政策的考慮を単に直截に表現するに過ぎないものであったりして(家庭の平和を被侵 害利益とするとらえ方)、法律論としては、いずれのとらえ方も、不十分であるといわざるを得ない。

(2)家庭ないし婚姻生活の平和維持
家庭の平和ないし「婚姻共同生活の平和の維持」(平成8年判決)は、一見すると被侵害利益と考え得るようでもあるが、「不法行為法では個人の権利侵害に対する救済が目的とされるものである点からして、夫婦関係自体あるいは家庭の平和に被侵害利益を見るのは正当ではない」(潮見佳男「不法行為法」63頁・平成11年)。
また、仮に家庭の平和を被侵害利益とするとしても、不貞行為に当該配偶者自身の自由意思による決定が介在していることを踏まえれば、これをもって直ちに不法行為の成立を論じることができないことは明らかであろう。すなわち夫婦の一方が家庭を捨てて何らかの選択をした場合(たとえば、家庭を捨てて、海外での仕事に終生を捧げようと決断した場合)に、それを知りながら、これに協力した者(たとえば海外の企業あるいは、NGO)が直ちに不法行為責任を負うとは考えがたい。これらの者が仮に家庭の平和侵害の責任を問われるとすれば、その勧誘方法が著しく不当であるか、あるいは、やりがいある仕事に藉口して、家庭破壊自体を意図する等、害意が明確な場合に限られるのは、容易に理解できるであろう(前記辻論文における「C:限定的否定説」に帰着する)。

2. 債権侵害論
(1)不法行為の構造
冒頭において述べたとおり、法的に見る限り、不貞行為による第三者の不法行為責任は、貞操請求権の侵害の問題であり、債権侵害の一類型としてとらえられるべきものである。
わが国の婚姻制度が一夫一婦制をとり(重婚の禁止。民法732条、刑法184条)、不貞行為が離婚原因とされている(民法770条1項1号)ことから、明文はないものの、夫婦は相互に貞操義務を負い、また、他方に対して貞操を守るべきことを要求する権利があることについては、異論は少ないといえよう(なお後記松本克美論文は否定的)。
被侵害利益として明確に位置づけることができるのは、貞操請求権(守操要求権)に尽きると考えられる。

(2)加藤一郎説
早くから不貞行為の第三者責任の問題が債権侵害の類型に類似することに自覚的であった加藤一郎教授は、昭和54年判決を受けて、昭和55年には、「相手の女性に姦通の相手方として責任を負わせるべきか、それともそこは 愛情の自由競争にゆだねて夫だけの責任と考えるべきかは、男女関係についての価値観によって違ってくるであろう。筆者は前に、姦通の相手方に責任を認める判例の立場に疑問を呈しつつも、現状ではそれが『支配的なモラルの命ずるところなのであろうか』と述べたことがあるが、いまではそれを進めて相手方に責任を認めるのは適当でないと考えるようになった」とし、「この点では、債権侵害が通常は自由競争に委ねられて不法行為にならないが、侵害者が不法な手段を用いたときは不法行為になりうるというのと、似た考え方を取るべきではあるまいか」(家族法判例百選第3版14頁)と限定的否定説の立場を明確にしている。

(3)四宮和夫説
四宮和夫教授も、「貞操請求権の保護は配偶者間にとどめ、ただ、乙(第三者)が不貞行為を利用して丙(不貞相手の配偶者)を害しようとした場合にのみ、不法行為責任を負うことになる、と解すべきである」と限定的否定説の立場を明らかにし、それが「近時の学説の傾向でもある」と指摘している(四宮和夫「事務管理・不当利得・不法行為(下)」527頁・昭和60年)。

(4)前田達明説
前田達明教授は、昭和54年判決が、「子の慰謝料請求に対して、害意がある場合に限ったことは、非常に評価しうるのではないか」(昭和54年判決は、子から親の不貞行為の相手方たる第三者に対する慰謝料請求を害意がある場合に限るとしている)とした上、昭和54年判決が、子の慰謝料請求を否定したのは「第三者がかりに、故意はあった、すなわち認容としての故意はあったとしても、その第三者の行為は親の愛情行為という自由意思の行為の中に取り込まれているので、もし、第三者にそれを越えた害意がある場合には、それは親の自由な愛情行為を越えたもので、むしろそのような親の愛情行為を利用した行為として、第三者が子どもに対して、損害賠償をしなければならないとしたのである」と理解し、「子に対して害意を要求するのであるから、夫婦間においても害意を要求してしかるべきではなかろうか。なぜならば、752条も820条も同じ価値をもつ権利義務を定めたものとみなければならないからである」とまっとうな指摘をして限定的否定説の立場を述べる(前田達明「不貞にもとづく損害賠償」判タ397巻4頁・昭和54年)。

(5)島津一郎説
島津一郎教授も「判例のいう『夫または妻としての権利』とは何かである。近代法のもとでそれを物権類似の権利ということは言い難いであろう」とした上で、「暴力や詐欺・強迫など違法手段によって強制的・半強制的に不貞行為を実行させた第三者に対するときに限って損害賠償請求を認めるべきだと考える。守操請求権ないし貞操を要求する権利が対人的・相対的な権利であるとすれば、その侵害は第三者による債権侵害の場合に準じて考えれば足りると思う」としている(島津一郎「不貞行為と損害賠償」判タ385号123頁。沢井裕 「家族法判例百選第3版」53頁同旨)。
以上のとおり、この問題について、法論理的に考察する限り、債権侵害と同様の構造の問題として、第三者が違法な手段を用いたか、不貞に藉口して他方配偶者を害する意図を有していた場合に限って、不法行為の成立を認めるとする論理の真っ当さは明らかである。

3. 人格の独立性
(1)はじめに
かようにして、限定的否定説の債権侵害論が法論理的には正当であるかのようである。しかし、違法手段によるにせよ、あるいは、害意に基づくにせよ、果たして、不貞行為をなした第三者に不法行為責任が成立するかは、なお疑問の余地がある。
害意があるとしても、配偶者の自由意思の介在は否定できない。こ の自由意思に基づく決定は、私的かつ一身専属的なものであり、取引法と同様の債権侵害論で論じてよいかが問題になりうる。また、違法手段による場合についても、なお自由意思が介在する限りでは、その被害はやはり一身専属的なものであり、生命侵害に準じて、その配偶者に慰謝料請求権を認めることが果たして妥当かという問題が残るのである。
配偶者の自由意思を介した場合に、他方配偶者から第三者に対する 不法行為責任を認めることは、多かれ少なかれ、配偶者を自己の所有物として扱うことになり、根本的な意味での人格の独立性を認めていないことになる。違法手段によって貞操を害された場合についても、直接の被害者が加害者に対して不法行為責任を問いうる以上、それを超えて被害者本人の意思に反してでも配偶者に独自の慰謝料請求権を認めるとすれば、同じく配偶者を所有物として扱うことになるのではないだろうか。

(2)潮見佳男説
潮見佳男教授は、こうした疑問に対して「夫婦それぞれは独立対等の人格的主体であって、相互に身分的・人格的支配を有しないのであるから、夫婦の一方が自らの意思決定に基づき、不貞行為に関わった以上、加担した第三者 に『配偶者としての地位』の侵害を理由として賠償責任を導くのは適切でない。否定説をもって正当と考える」とする(潮見佳男「不法行為」64頁)。尤も同教授は続けて、「加担した第三者の『害意』による不貞の誘発は、純粋の-すなわち、『配偶者としての』という形容詞を付さない-個人人格権の侵害もしくは名誉毀損を理由とする慰謝料請求権の成否に関する問題として処理すれば足りる」とするので、結果的には債権侵害構成に準じる説に近接するかのようである。しかし、人格の独立を前提として、直接の人格権侵害として不法行為責任を考えるのであるから、この種不法行為が成立する範囲は、極めて限定的になるものと考えられる。

(3)島津一郎説
島津一郎教授は、「夫も妻もお互いに身体の一部もしくは全部について物権類似の独占的排他的使用権を有する」とするカントの説を引用した上、「しかし、近代社会においては、人は本来自由な人格者として他人の物権の対象とすることは、ないはずである。カントの婚姻観はヘーゲルによって痛烈に批判された。それは人格を冒涜するものであり、恥ずべき思想だというのである」として、人格の独立の観念からも第三者の不法行為責任について、否定的である(島津「不貞行為と損害賠償」判タ385号122頁)。

(4)水野紀子説
水野紀子(現東北大学大学院教授)の昭和54年判決評釈(法協雑誌98巻2号)は、大審院判例にまで遡って問題の所在を明らかにした点で、この問題に関する最も網羅的な研究成果であるが、この種訴訟を認めることの実際上の意義を探求する立場から、第三者に対して慰謝料を請求するケースについて次のように述べている。
「理論的には、婚姻を尊重することと、夫婦間にお互いの人格に及ぶ 排他的支配権を認めることとは同義ではない。自己の身体について、なかんずく性機能についての決定権限は、当該個人の人格にしか属し得ないはずのものである。ただ、婚姻制度があるからには、相互に貞操を約しあった夫婦の間でのみ、その違約をとがめる権利を法が担保すると考えるべきである。
また、実際的にも、婚姻破綻において配偶者の不貞行為の相手方に 対する慰謝料請求を認めるとすると、離婚に至る婚姻破綻については多くの場合、表面に出るかどうかはともかくとして、このような問題が内包されていると思われるから、婚姻破綻の結果を救済するための離婚という制度の枠外で、新たに第三者を相手に不貞行為を争うことになり、法的紛争処理の方法として繁雑にすぎ性質上も妥当でないと思われる。(中略)婚姻制度を尊重するために法のできるおとは、婚姻費用分担の履行を確保し、離婚給付を厚くすることにつきるであろう。」(法協98巻2号309頁)

(5)松本克美説
松本克美教授は、性的自己決定の立場から、より根底的に、この種の慰謝料請求を否定する。
「性は各人にとって最もプライバシーにかかわる問題であり、自己決定権が最も尊重されるべき領域である。このような観点からすれば不貞を不法行為と評価する前提に位置づけられている『貞操義務』や『貞操を求める権利』或いはそこから派生する配偶者に『性交を要求する権利』は、その実現が法によって強制されたり、或いはその侵害を不法行為として不貞配偶者やその相手方に損害賠償請求したりすることができるという意味での法的な『権利』や『義務』はないと言える」とする。
そこでは、セクシャルハラスメントや夫婦間レイプ、DV等に取り組む角田由紀子弁護士の文献が参照されている。
この問題に対する理解を問うのは、女性の性的自己決定という個人の尊厳に関わる問題に対する理解を試すリトマス試験紙でもあるのである。

(6)結論
結局のところ、貞操請求権の侵害に関して第三者の不法行為責任を認める説は、配偶者の精神・身体に対する物権類似の何らかの支配を想定しない限り、成り立ち得ない。民法は解釈基準として個人の尊厳を挙げるが(民法2条)、人格の独立を前提としない解釈は、個人の尊厳の前提を欠くものであって、基本的な解釈において誤っている。

4. 肯定説の検証
(1)肯定説概観
肯定説は、①婚姻家庭における身分関係を基礎とする愛情的利益は、法的保護に値するので、侵害や破壊から保護しなければ、婚姻家族を維持することができない、②婚姻の安定のためには、不貞行為の相手方に法的責任を取 らせるのが支配的モラルであり、国民一般の法意識である等と説く(辻朗「不貞慰謝料請求事件をめぐる裁判例の軌跡」判タ1041号31頁・乙2)。
いずれにしろ、そこには、政策判断が優先しており、法理論らしきものを見出すのは困難である。

(2)政策判断の二重基準 価値観の歪み
しかし、仮に政策判断を優先するとしても、果たして婚姻家族を侵害し、破壊するのは、不貞行為の相手方しか存在しないのか疑問がある。
今日、大企業では、全国にわたる転勤命令が当然のこととしてまかり通っている。数年以上にわたる単身赴任等という例も少なくない。単身赴任が契機となって意思疎通を欠き、離婚に至る例も稀ではないであろう。婚姻家庭の 保護のために貞操請求権が対世効を有するのであれば、こうした転勤命令によって侵害される夫婦間の同居請求権について、配偶者は、企業に対して、賠償を求めることができるはずである。不貞と異なって、転勤命令には、配偶者の自由意思が介在する余地すらないのであるから、不貞行為の第三者が不法行為責任を問われるとすれば、有無をいわさぬ命令によって同居請求権を侵害した企業は当然、配偶者に対する不法行為責任を負うというべきである。しかし、寡聞にして、かかる賠償が認められたとの事例を知らない。
ここには夫婦間の義務の内、貞操請求権のみに対世効を認めて特別扱いする二重基準が見て取れる。第三者による婚姻家庭侵害の内、なぜ貞操請求権侵害のみを特別扱いするのであろうか。突き詰めれば、そうした価値観の根底には、実は「子の父の同定」という隠された目的があるのではないだろうか。妻の姦通のみを処罰した戦前の法意識が、男女平等の建前の下、夫にも貞操義務を認めることで、形式的整合性を整えながら、基本的には家父長的な家制度の残滓として、貞操請求権に特別の位置を与えていることが透けて見える。
対世的に貞操請求権のみを保護することによって、婚姻家庭を保護しようとする主張は、美名の陰に隠された家父長制意識の裏返しである。貞操請求権のみを特別扱いするのであれば、仮に男女に同等の権利を与えたように見えても、実際上は、妻たる女性に偏ってかかる抑圧として存在し続けるであろう。

(3)政策判断の妥当性
肯定説は、第三者の不法行為を認めることが、不貞行為を抑止するのに有効であると考えているようである。
しかし、果たしてそうだろうか。
かかる認識に対しては、まず婚姻観に対する正当性が問われなければならないであろう。不貞行為は、第一次的には、配偶者に対する義務違反に他ならない。基本的に夫婦間の問題であり、夫婦間の問題として処理するのが大原則である。夫婦関係の維持に対する努力を棚に上げて、他人に手出しをさせないようにバリアを張ることで、不貞行為を防止しようとする発想自体が「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」とする正当な婚姻観から外れていると思われる。
第2に、そもそも第三者に不法行為責任を認めることで、不貞行為を抑止する効果があるかも、疑問である。否定説は等しく、この点を疑問視している。そもそも不貞行為を行う配偶者自身は、義務違反であり、違法との評価を受けることを覚悟している。家事財産給付便覧所収の判例を概観しても、現代よりはるかに貞操観念が厳しかった時代から、人間のやることは変わらないという のが率直な感想である。姦通罪が存在した時代にすら、不貞行為が絶えなかったことは、当時の文学作品を読めば、十分に理解できる。第三者の責任を認めることが不貞行為を抑止する効果があることは、何ら実証されていないのである。諸外国の立法例や確立した判例も、第三者に対する損害賠償を認めない例が増加している。そこでは、等しく防止効果には意味がないとされている(前田達明「不貞にもとづく損害賠償」判タ397号3頁)。
第3に、かかる慰謝料請求を認めることの弊害も問われなければならないであろう。家事財産給付便覧550頁の481には、「慰謝料の額について、島津一郎教授は次のように注目すべき見解を述べている」として島津前掲が紹介され、慰謝料請求が脅しの材料になること、弁護士の関与が高額化を招くとの批判が紙幅を割いて取り上げられている。引用部分はいささか品位に欠ける文 章だと考えるので、敢えて要旨に止めたが、弁護士大増員時代を迎えて、島津の弁護士に対する偏見は、現実になる可能性を帯びてきたというべきかもしれない。四宮はより洗練された表現で「相姦者に対する慰謝料請求権を認めても金銭による満足的作用や予防的効果を期待することができない反面、恐喝のきっかけを作る恐れさえある」と弊害について触れている。諸外国の立法例でも、復讐訴訟の多発、脅迫の材料に使われる、賠償額の算定が極めて困難である、浮気をした者と第三者のプライバシーが侵害される等の弊害が挙げられている(前田達明前掲「不貞にもとづく損害賠償」判タ397号3頁等)。
政策判断としては、要するに、「夫婦が結婚生活に満足し、夫婦関係が生きているときに、誘惑者が現れたところで、こんなことにはならない。夫婦関係は、もっと複雑・多様な心的因子の働きによって破壊されるのであって、したがって、姦通の相手方や誘惑者に対して損害賠償を科したところで、婚姻の安定が確保されることにはならない」のであって(島津前掲122頁)、害あって益少なしということになるのである。

5. 結論
(1)裁判実務のあり方
水野紀子、松本克美、角田由紀子等の唱える全面否定説が最も正論である。性に対する価値観が多様化した現代にあっては、第三者慰謝料を否定することが女性の権利侵害につながるものではないことはフェミニズムに属する学者ほど、全面否定の立場に立つことからも明らかである。
しかし、長年定着した実務を尊重するならば、少なくとも第1に、債権侵害に準じた不法行為として把握すべきであり、加害者の害意、不法手段を要件とすべきこと、第2に、婚姻破綻確定前の慰謝料額は、名目額にとどめるべきである(島津前掲が繰り返し強調するところである)。夫婦関係には、波風があるのは当然であり、二人が嵐をどのようにして乗り越えるかという場面においてこそ夫婦関係の真価が試されるのであるから、婚姻破綻前に法廷の場にこれを持ち出すことは正当とは考えられない。しかも、法廷でこれを審理することは、プライバシーを暴き立てることになり(前田前掲)、婚姻関係の破綻を促進・定着させることにすらなりかねないのである。


(2)婚姻破綻後の被害配偶者の生活の問題
なお、辻朗の論考(前掲判タ1041号29頁)は、おそらくこれらの議論を踏まえた最も新しいものであり、近年の裁判実務において慰謝料が低額化する傾向にあることを明らかにした論考でもある。
そこで最終的な問題として指摘されているのは、婚姻破綻後の弱者の生活の問題である。辻は、否定説(限定否定説を含む)の人格の独立性や性的自己決定を重視する考え方を基本的には支持し、第三者に対する慰謝料請求を否定する欧米諸国の動向も踏まえ、不貞行為の問題は婚姻当事者間の問題として処理する方向性には基本的な賛意を示している。しかし、婚姻費用や離婚給付の支払確保のシステムが不十分な現状では、直ちに全面的に第三者の責任を否定するのは弱者(妻及び子)に犠牲を強いることになるので、妥当でないとし(前掲34頁)、否定説の趣旨は、「婚姻関係が維持されている場合の請求は、被侵害利益なしとの理由で正面から排斥する解釈がもっとも有効と思われる」と結論している。
そして今後の予測として、第三者に対する慰謝料請求事件の多発を挙げつつ、「とはいえ、婚姻をとりまく第三者の責任を強化する方向ではなく、自ら引き受けた配偶者に対する責任を重くみる考え方は、第三者の責任を副次的なものとしてとらえることにつながり、たとえ第三者に慰謝料を課すケースでもそれが少額に抑えられることになり、この種訴訟提起が割に合わないとの現実が定着し、漸次この種の慰謝料請求事件が減少していく」としている。そして最後に、婚姻破綻の場合の婚姻費用や離婚給付の支払確保システムの確立が最重要課題であると結んでいる(前掲35頁)。
この種訴訟を復讐の場としてはならないのであり、現実的な対応が求められているのである。

第3 小括  被侵害利益を明確に意識した裁判実務の必要性

以上の通り、純粋に法理論の問題と考える限り、不貞行為の第三者責任を否定する学説の説くところは、全うであり、将来的には、判例も、この種事案について、少なくとも相手方の配偶者を害する意図をもってなされた性交渉に関してのみ、不法行為の成立を認める限定的な否定説に変更される可能性がある。
直ちにそうならないとしても、かつて「夫(妻)権」としてとらえられていた被侵害利益が「婚姻共同生活の平和の維持」に変更されたことの意味を正確に踏まえた裁判実務が行われるようになるのは、遠くないものと推測される。
前述のとおり島津一郎は「夫婦が結婚生活に満足し、夫婦関係が生きているときに、誘惑者が現れたところで、こんなことにはならない。夫婦関係は、もっと複雑・多様な心的因子の働きによって破壊されるのであって、したがって、姦通の相手方や誘惑者に対して損害賠償を科したところで、婚姻の安定が確保されることにはならない」(島津前掲122頁)とし、また、水野紀子は「婚姻破綻に至る過程には、夫婦間にさまざまな作用・反作用の積み重ねがあり、それを不法行為として法的に評価するとしても、他人間に働く一般不法行為の法理とは異なった基準や原理が働くはずである。」(法協98巻2号307頁)としているとおり、夫婦関係の破綻は様々な内的要因によってもたらされるのであり、内的要因なしに夫婦関係が破綻するということはあり得ない。つまり不貞行為が単一の原因となっているケースはあり得ないと言ってよい。第三者の関与が主因をなしているかのように見える場合ですら、第三者の関与は破綻の経過に現れる現象に過ぎない。
昭和54年判決のように、不法行為の被侵害利益を夫権・妻権のような家制度の延長上に位置づけられる特殊な絶対的権利としてとらえる場合は、不貞行為は、絶対的な権利侵害と構成されることになる。
しかし、婚姻共同生活の平和の維持を被侵害利益としてとらえる場合は、侵害された婚姻共同生活の平和の程度、第三者に対して慰謝料請求する配偶者の婚姻共同生活の平和維持のために尽くした努力、不貞行為が婚姻共同生活の平和に及ぼした影響の程度、さらに、婚姻共同生活が破綻した場合は、破綻に対する因果関係の有無及び寄与度などを不貞行為の態様等とともに相関的・総合的に考慮して、不法行為責任の存否や程度を決すべきである。

第4 慰謝料額について

1. 辻朗の分析
前記辻論文は最高裁昭和54年判決以降の裁判例を網羅的に列記しその傾向を分析している。
同論文は、判例を、「A 慰謝料請求に限定を加えない裁判例」と「B 慰謝料請求に限定を加える裁判例」の2つに分類し、さらに限定の手法を検討する構造で論を進めている。
A類型の裁判例について同論文は、「認められる慰謝料額が少額になる傾向を示している」と結論づけている。
また、B類型の裁判例の内、第三者の責任を副次的なものとする裁判例について、「これらの事例は、配偶者と第三者とでは婚姻関係の平穏を維持する責任が異なるとの立場を示したところが特徴的であり、婚姻に対する裁判所の考え方の変化をうかがわせるものである。換言すれば、最高裁昭和54年判決を前提としつつも、学説の限定的否定説や否定説が説く趣旨にも理解を示すものと解することができる。とくに、基本的に否定説に立ちながら、かりに損害賠償を認めるとしても、『名目額にとどめるべき』とする学説に結論的には接近するものである」ことを指摘している。
また、千葉県弁護士会「慰謝料算定の実務」も、低額化の傾向を指摘している(28頁)。

2. 家事財産給付便覧所収例中、高額事例の分析
ここでは、家事財産給付便覧(家事実務研究会)所収事例中、高額認容例を中心に高額が認容された要因を探るためその概要を分析する。金額は認容額であり、括弧内の金額は、便覧による平成15年物価指数換算額である。換算額が高額な事例から順に検討する。

① 140-172 浦和地判昭和59年3月5日   悪化破綻
500万円(581万2000円)
原告(夫)は、被告が原告の妻と肉体関係を持ったとして慰謝料を請求したところ、被告は肉体関係を否定、裁判所は詳細な間接事実を認定して被告が原告の妻としばしば肉体関係を持ったと推認し、被告に慰謝料の支払いを命じた。
被告が不貞関係を否定して裁判上、争い、裁判所に無用な負担をかけさせたこと以外に高額認定の理由が不明な事案であり、便覧も「500万円の認定額はかなり高額の部類に属する」と批判的である。
原告はトラック運転手で、妻は生計が苦しいことから共働きをし、妻の実家の援助を受けながら、暮らしており、原告は妻に暴力を振るい、妻が家計が苦しいことを訴えると「キャバレーかトルコに勤めろ、男を5、6人作って金を持ってこい、○○電機なんか安給料だからもっと金になるところへ行け」等と罵倒していた。
学説には、第三者に対する慰謝料を認めることは脅迫の材料になる、美人局を認めることになるなどと、批判するものがあるが、本件は、裁判所もこれに加担することがある危険性を如実に示すものである。

② 140-175 浦和地判昭和60年12月25日  婚姻破綻
500万円(569万7000円)
被告(男)は原告(夫)の妻と一時同棲し、妻は被告の子を妊娠し、堕胎。その後、第三者の立会のもと、被告は関係を清算すると誓約したものの、すぐに交際を再開し、さらに、原告の家庭に頻繁に電話をし、原告方庭先で大声で原告の妻の名を叫ぶなど非常識な行為を繰り返して、家庭生活の平穏を乱した。その上、被告は原告とその妻の夫婦関係を悪化させる意図をもって、原告の勤務先に原告の妻との不倫関係を赤裸々に暴露する葉書(被告と原告の妻の写真を貼り付けたり、肉体関係を持った日に丸印を付したり、淫らな言葉を書き添えたりしてあった)を10回にわたり郵送し、原告の勤務先の同僚の目に触れさせる等、原告の名誉を著しく侵害した。
被告と原告の妻は本件訴訟が提起された後から同棲生活を始めている。
原告の妻と同棲するため、意図的に夫婦関係の悪化を図り、執拗に原告に対して、非常識かつ異常な嫌がらせを続けたことが特徴的である。

③ 140-173 浦和地判昭和60年1月30日 協議離婚
500万円(569万7000円)
被告(男)は原告の妻と不貞関係を続け、原告とその妻との婚姻関係を破綻させ協議離婚をやむなくさせた。
原告の妻は被告との交際の為に、原告に無断で土地を担保に200万借り受け、また原告を騙して原告に100万円の借金をさせた。さらに原告の姪や姉を騙して借金をし、また子供名義で20万円と42万円を借り受けたのみならず、原告に無断で、先祖伝来の刀、書画、骨董品を安価に売却した。その他にも多数のサラ金業者から600万円以上の借金をし、被告との享楽のため消費した。
そのため、原告は預金の300万円と親族から690万円、土地を担保に200万円借り、その債務を弁済し、多額の経済的負担を強いられた。
原告の妻と不貞関係を続けながら、原告に多大の財産的損害を与えているのが特徴である。むしろ実損害額で賠償を命じるべきではないかとも思料される。

④ 140-156 千葉地裁八日市支部判昭和32年11月12日 破綻別居中
100万円(547万円)
手広く呉服商を営んでいた原告(夫)の入院中に、被告(男)と原告の妻は店の商品、家財道具を処分し、また借金も作り、更に飲食店を開いて同棲。
子供3人は母を失い、呉服商も信用を失い廃業に追い込まれた。
原告は町の救助をうけて病気療養中。
不貞行為により、原告が社会的信用も財産も全て失ったことに特徴がある。

⑤ 140-218 高知地判昭和50年11月14日  破綻(同棲中死亡)
300万円(540万円)
被告(女・看護婦)は、原告の夫(医師)と再三にわたり同棲生活を続けたあげく、同棲生活中、夫を同乗させた車両で交通事故に遭い、夫は死亡。
被告は原告の亡夫の生命保険金200万円を取得し、また、原告の夫が死亡した交通事故によって350万円の損害保険金を取得した他、不貞関係を清算するための金銭を受け取っており、不貞関係によって多額の経済的利益を得ている。
被告は、自殺未遂を繰り返す等、原告の亡夫の気を引く行為を続けるなど、不貞行為を継続するのに積極的な行為をしている。
不貞関係に由来して、多額の経済的利益を得ていること、原告の夫の気をひくために自殺未遂など異常行動を繰り返していることが特徴である。

⑥ 240-166 神戸地判昭和53年7月14日   協議離婚
300万円(437万3000円)
原告(夫)の妻は、原告が神戸から東京へ単身赴任中、長男の中学校の担任であった被告(男)と親密になり、1週間の旅行に行くなどしていた。その後、妻は原告の赴任先の東京で同居するようになったが、家出し神戸市内の被告方近くにアパートを借りて関係を続けた。その間、被告は原告の照会があったにも拘わらず、妻の所在を知らせなかった。原告の妻はいったん自宅に戻ったが、結核で入院。入院中、原告は妻の持ち物を整理中に、被告から妻に対して贈られた詩集などから妻の不貞行為を知り、離婚を決意し、協議離婚が成立。
妻は、退院後、被告と同棲中。
裁判所は、「夫の妻に対する貞操期待を侵害し、婚姻生活を破壊」と評価。
昭和54年判決以前の事案で、学説の議論が明確になる以前の事案であり、先例的価値は乏しい。なお、貞操義務者である妻には賠償能力はない。

⑦ 240-228 東京地判昭和61年3月24日     婚姻破綻
300万円(339万8000円)
原告(妻)の夫は、被告(女)と一緒にいる姿を原告に目撃されたが、別れて欲しいとの原告の要求に応じるどころか、被告宅へ外泊するなど親密な交際をエスカレートさせていった。被告も半ば公然と原告の夫と接触し、原告を無視する態度にでるようになった為、夫婦関係がますます悪化した。
原告は夫婦関係円満調整調停を申立てたが、取り下げた。
その2年後に、原告は本件訴訟を提起したが、被告は肉体関係を否認して争っている。
夫は原告に対して離婚訴訟を提起したが、原告(妻)は、夫は有責配偶者であるとして、争っている。
原告の夫は宝石販売を目的とする会社を経営、原告は3000万円の借入について連帯保証をしている。判決時、原告は52歳。
原告は既に高齢であり、夫と離別後に独立生活する余地がなく、夫は自営業者であり、離婚給付の支払の確実性も乏しい上、原告は高額な連帯保証もしている。夫にしがみつくしか生計の目処がないのが特徴である。

⑧ 230-237 大阪地裁平成11年3月31日   破綻的別居中
300万円(292万3000円)
被告(女)と原告の夫との不貞関係は、20年近くの長期に及び、かねて夫から離婚を求められていた原告は、離婚に応じるから、被告と結婚しない旨の書面を作成するように求めたが、夫はこれに応じなかった。その直後、夫は家を出て別居し、原告には居所も教えていない。なお関係者は全て公立学校の教師である。

⑨ 230-155 東京地判昭和32年11月11日  婚姻継続中
50万円(281万9000円)
原告(夫)は、旧制高校教授、師範学校教授を歴任した後、昭和25年東京学芸大学教授に着任、昭和27年4月から結核のため入院し、昭和30年病気のため辞職し、無職。原告は入院中、留守宅が女子どもだけになるため、旧制高校教授時代の教え子であった被告(男)を原告方に下宿させた。下宿期間中、2年ほど、被告と妻は肉体関係を続けた。被告は教職にあったが、原告の妻によって不貞関係にあったことが外部に発表されたため、辞職して父の世話を受けて生活している。
裁判所は、「本件不法行為によっていわば家庭と教育者の誇とを同時に破壊された」と認定した。
極めて古い事案であり、原告の社会的地位が認容額に影響を与える(その意味で第三者慰謝料の認定は不平等である)ことを示す事案である。貞操義務が厳格な社会では、原告自身が不貞関係の誘因を与えても、その軽率さは問題にされないことがわかる。

⑩ 230-170 東京高判昭和56年12月9日  協議離婚
200万円(249万円)
婚姻破綻以外に認容額を左右した特別な事情が見いだしがたい事案である。なお、被告は原告の妻から「夫とは10年前から別居して離婚同然の生活をし、現在離婚の手続をすすめているところであり、将来は被告と結婚してもよい」と言われて情交関係に入り真摯な交際をしていたとして、違法性を争ったが、裁判所は「有夫の婦と姦を通じる不義行為を反復継続していた」と断じ、離婚手続中であっても「夫としての権利を侵害することの違法性を十分認識したうえでの不義行為であることにかわりは」なく、「本件不義行為による犯情もまた軽しとしない」としている。
時代がかった表現は、昭和56年当時でも、高等裁判所レベルでは、事情如何を問わず、夫権侵害は「不義」「犯罪」とする姦通罪に通じる婚姻観が維持されていたことを示している。

⑪ 230-226 東京地判昭和58年10月3日  冷え切った関係
200万円(237万8000円)
被告(女)は、原告の夫と少なくとも数年間の不倫関係を継続して妊娠、原告の夫から中絶を求められたが、中絶せず、勤務先を退職して女児を出産。原告はこれを知りショックから自殺未遂を起こしたこともあった。女児は認知されているが、養育費など経済的な援助を受けていない。被告の親族が、原告方の玄関ドアに「甲野ご夫妻殿、認知の子より」と書いた大型茶封筒を張り付け、「パパ(3号棟305甲野さん)、ママを泣かさないで、パパを5年間も待っていたのよ、ママを欺さないでね、認知の子より」とするチラシ6枚を同封し、これを団地内や夫の勤務先の取引先に配布する旨の手紙を入れたこともあった。これらにより、原告夫婦は冷え切った関係になった。
被告(親族)の攻撃的な態度が極めて特徴的な事案であり、慰謝料額に反映されている。便覧所収事例中、婚姻破綻が明確にされていない例では、東京学芸大学教授に関する旧時代的な⑨を除けば、この例が最高額であると考えられる。

⑫ 230-174 東京高判昭和56年12月9日 婚姻破綻
200万円(227万9000円)
被告(男)は原告の妻に甘言を弄して接近して情交関係を持ち、妻は外泊を繰り返した後、実家に戻って別居した後、1ヶ月ほど被告と同棲し、同棲解消後も夫とは別居状態を続けており、近い将来婚姻関係が修復される目処はない。

⑬ 230-158 最判昭和34年11月26日 協議離婚
40万円(224万3000円)
上告人(男)は被上告人(原告)の妻を誘惑し不倫関係に至る。これを知った原告は神経衰弱となり、夫婦関係が破綻。幼い子供があるにもかかわらず協議離婚(以上、原審広島高判の認定による)。

⑭ 230-236 東京高判平成10年12月21日 裁判離婚
220万円(213万7000円)
原告の夫と被告(女)は不倫関係の後、昭和47年に家を出て被告と同棲した。昭和54年、被告は、原告の夫が実家(住職)を嗣ぐため実家へ戻ったのに伴い、夫の実家に再婚した妻であるとして同居し、近隣、親戚、関係者に対して、再婚した妻であるかのように振る舞った。実家に戻った後、原告の夫は原告に離婚を申し入れたが、原告から拒否され、連絡を絶った。昭和57年被告は原告の夫との間で女児をもうけ、原告の夫はこれを認知した。
平成6年、原告の夫は、原告に対して、離婚訴訟を提起し、平成10年、原告の上告が棄却されたことにより離婚が確定した(一方で住宅及び2500万円の財産分与も確定した)。
原告は慢性膵炎の持病を抱えながら、ノイローゼの長男の看護(離婚訴訟の進行により病状悪化)にもあたる生活を続けている。
このケースは、継続的な不貞行為自体に対する慰謝料は時効消滅しているとし、不貞行為によって離婚をやむなくされた精神的苦痛に対する離婚慰謝料を認めたものである。

⑮ 140-223 東京地判昭和55年4月24日   婚姻関係破綻
150万円(195万7000円)
原告の夫はもともと女性関係にだらしなく、被告(女)以外にも交際があり、原告と諍いが生じたことがあった。原告の夫は、独身を装って「結婚を前提として交際したい」と被告に申し向けて肉体関係を持った。被告は、その後同人に妻があることを知り、同人を問いただしたところ、離婚することになっていると述べたが、被告と家族は、疑念をぬぐえず、被告の家族は、被告に対して離婚手続が終了するまで交際を控えさせるとともに、同人に戸籍謄本を提出するように求めたが、同人は履行しないまま被告との交際を続けた。被告は同人との子を妊娠していることに気づき、同人に対して中絶する意向であると伝えたところ、同人は「離婚届はすませた、子どもは是非生んでくれ」と懇請したので、翻意して家族に無断で、同人方に4日間同居した。しかし、離婚届は、原告の夫が原告に無断で行ったものであった。被告は原告からの電話で、原告に離婚の意思がなく離婚届は偽造されたものであったことを知り、鋭く非難されたことから、衝撃を受け、妊娠中絶をしたが、その後も訴外人との交際を継続した。原告は両者の関係に失望し、離婚を決意し別府市の実家に帰ったが原告の出発直前、被告はおみやげ代と称して、5万円を原告に渡した。その際原告は被告に「いい人を見つけて出直しなさい。今後あなたに対し何もしません」と述べた。
愚かな男に妻も被告も振り回された事案であり、振り回された第三者に対する慰謝料請求権を認めることの意義をどこに見いだすか疑問を感じさせる事案である。

⑯ 140-229 横浜地判昭和61年12月25日    離婚調停不調
150万円(195万7000円)
原告(妻)の夫は同人の経営する会社の従業員である被告と情交関係を持つようになり、原告に詰問されたが、原告の夫は真剣に被告に接近していたためか、ますます被告に接近するようになった。2ヶ月ほど朝帰りに近い状態で被告方へ通った末、身の回り品を持って家を出て2週間ほど被告と過ごした。親族会議が開かれ、別居して冷却期間を置くこと、原告らが被告に会って被告の考えを聞くことになった。原告は被告と面会して、被告の考えを聞き、また、被告の姉や前夫の連絡先を探し出して同人らに解決を依頼したが、そうしたことがかえって原告の夫の気持ちを原告から遠ざけた。原告の夫はアパートを借りて別居し、以来別居状態にある。原告の夫は別居とともに離婚調停を申し立てたが、不調となった。結審時点では、原告の夫は、自身が借りたアパートで過ごすことはほとんどなく、被告の許で生活している。被告は原告の夫の接近に抵抗もせず、成り行きでこれに応じた。原告ら夫婦には、8歳と6歳の子供が二人いる。原告ら夫婦は、離婚の危機に瀕している。

⑰140-219 東京地判昭和51年6月10日  協議離婚無効
100万円(164万3000円)
被告は、原告(妻)の夫が経営する飲食店の従業員であるが、原告の夫と肉体関係を持ち、女児を出産し、原告の夫は認知した。その後、原告の夫は原告を遺棄し、夫婦同様の生活を続けている。原告の夫は原告に無断で離婚届を提出し、被告と再婚(重婚)したため、原告は、離婚無効訴訟を提起し、勝訴した。被告は、離婚届が原告に無断でなされたものであることを認識し、重婚関係にあることを十分に承知していた。

⑱140-177 東京地判平成10年5月29日  破綻(妻からの離婚調停不調)
150万円(145万7000円)
原告(夫)の妻が子ども2人を連れて、被告(男)と同棲中。

3. まとめ
(1)非破綻例
以上高額慰謝料例18件について、検討したが、⑨、⑪、⑯を除き、いずれも破綻例である。慰謝料額認定に当たっては、婚姻関係が破綻に至ったか否かが最も決定的な要因となっていることは明らかである。
例外3例の内、⑨は、昭和32年の判決であり、女性の貞操を絶対視する戦前の価値観から脱しておらず、かつ大学教授である原告の社会的地位を極端に重視したもので、先例とするのは不適当である。現代の目からは、自分の不在宅に若い男性を同居させる家長的な原告の行動自身に奇異の感を受ける。
⑪は、少なくとも数年の不倫関係を結び、女児をもうけていた例であり、かつ被告の親族が原告に対して離婚を求めて報復的な脅迫行為に及んでいる点で、被告側の加害意図が明確な例である。
⑯は、すでに原告の夫は、家を出て、被告の許で同棲するに至っている例である。

(2)破綻例
高額慰謝料を認めた例は、財産的損害が明確な事例(③、④)、被告が直接家庭破壊の行動に出ている事例(②、⑤)、不貞行為により被告が経済的利益を得ていることが明確な例(⑤)、被害配偶者の生活の困難が窺われる例(⑦)、配偶者からの慰謝料支払いが期待できない例(⑥)、不貞行為が長期間に及ぶ例(⑧、⑭)、裁判所の厳格な貞操観念が窺われる例(⑩)等がある。
また、大半が、すでに離婚したか、別居(所在を知らせない例も多い)ないし不貞相手と同棲状態にある(②、③、④、⑤、⑥、⑧、⑩、⑫、⑬、⑭、⑮、⑯、⑰、⑱)。
但し、高額慰謝料の上位3例が、ほぼ同時期の浦和地判であること、とくに最高額である①が、家計の苦しさを訴える妻に対して「キャバレーかトルコに勤めろ、男を5、6人作って金を持ってこい、○○電機なんか安給料だからもっと金になるところへ行け」と罵倒した原告の思い通りの結果になっていることは、美人局判決と呼ばれてもやむを得ないものであり、裁判官の個性によって、この種慰謝料の多寡が左右される危うさを如実に物語っている。
第三者慰謝料を認めない欧米諸国で、この種慰謝料を認めない理由の一つとして金額の算定の不可能性が挙げられているが、高額例の検討でも裏付けられたと言える。
(3)結論
高額例の分析によれば、実務的に考えても、婚姻破綻以前の慰謝料請求は、棄却するべきであるとする辻朗説、第三者慰謝料は名目額にとどめるべきであるとする島津一郎説が説得的である。肉体関係の有無をめぐって争われるケースの不毛な審理を考えると、婚姻破綻前の慰謝料請求は、同棲関係が生じた場合などに限定するのも一つの方法である。そうした段階に至るまでの不貞行為については、夫婦間の愛情に託すべきであろう。事例検討の結果でも、第三者に対する提訴が婚姻関係の回復に有益であった例は見あたらず、むしろ婚姻破綻を促進したと思われる例が少なくない。この種訴訟は、不毛であり、有害であることは、具体例の検討からも十分に窺うことができる。
破綻例についても、あまりにもばらつきが大きいので、類型化することが急務である。裁判官の個性や主観に大きく左右されるような慰謝料制度は、ルーレットのような不確実性を伴い、法的安定性を著しく害している。端的には破綻慰謝料のベース金額を100万円程度に設定し、交通事故の過失相殺例のように要因ごとに加減する手法を早急に確立する必要を痛感する。
また、いずれにしろ第三者慰謝料の低額化の傾向は避けられないのであるから、辻朗が主張するような弱者保護を第三者慰謝料に期待することも現実的ではない。かかる弱者保護は、離婚給付の支払確保システムの確立(養育費等は、国が立て替えて支払い、義務者から徴収する)、母子家庭をはじめとする一人親世帯に対する保護政策の充実によって、図られるべきである。

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