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カテゴリー「相談」の13件の記事

2012年8月20日 (月)

日弁連を騙る詐欺にご注意を

ある相談者が持参した資料。

Nitibenrenwokatarussagi

児童ポルノ処罰法に違反しており、刑事告発するぞ。警察に捕まるぞ。但し、当団体に連絡して、反省の情を示したものは、告発を取り消すから連絡しなさいといった趣旨だ。


郵送で送られてきたというから、相談者にはポルノ通販で商品を買ったことがあるのだろう。ポルノ通販の顧客名簿を見て軒並み送られていると見られる。


告発通知書では、児童ポルノを所持しているだけで、処罰されるように書かれている。購入商品は、場合によっては児童ポルノに該当する場合もあるので、真面目に文章を読むと、自分が犯罪を行っているような気分にさせられる。


児童ポルノ処罰法は、単純な所持を罰するものではなく、販売目的の所持を罰する。
したがって、仮に相談者が購入した商品が児童ポルノに該当する物であったとしても、犯罪に該当する懸念は全くない。


不安につけ込んで、金を巻き上げようとする詐欺又は恐喝である。
よくあるケースである。


したがって、マチベンのアドバイスは、「放置してください、これ以上、先方に情報を提供しないように接触しないでください」とお決まりの言葉でものの5分で終わりである。
何を買ったか問うなんて野暮なことはしない。世の中適度にスケベな方がいいに決まっている。(^^)V


それにしても
footNPO法人 十字架と笑顔 少女の涙に報いる会foot
とは何とも仰々しい名前ではある。


見過ごせないのは、
impact協力団体 日本弁護士連合会impact
とあることだ。


気になったので、後日、日弁連宛に、ファックスして、善処を求めた。
日弁連の名を騙った詐欺なのだから、何か対応するものと思っていた。


さて、かれこれ、1ヶ月以上経ったが、日弁連からは何の連絡もない。
注意でも掲載しているかと、日弁連のHPを閲覧するが、少なくとも普通に目に付くところには、何も掲示されていない。


仕方がないので、マチベンが日弁連に代わって世の中を緩くするのに貢献されているH氏ら諸兄にご注意を促す次第である。


日弁連は最近変だ。民主的に決めるべき事は異様な速さで処理しようとするし、すぐ対処すべき事は、いつまでも放置している。


何だか、日弁連も官僚化してきたなあ、と思う今日この頃である。

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2011年6月12日 (日)

離婚後氏続用、旧姓への変更

数えてみると、木曜日と金曜日で10本近くの電話相談を受けた。

来客があれば、手短に終わるが、来客がなく興味を惹かれると、ついつい長話になってしまったりする。

かなり重たい裁判書面の作成に集中したいのに、これだけ電話相談が続くと、どうにも能率が悪い。

仕方なく土日出勤で起案。
さすがに電話がなくて集中できた。

尤も、電話相談に応じていると勉強になることもある。

こんな相談があった。
離婚したとき、夫の姓である枝野姓(別に大島姓でもいいんだけどね)を名乗る届け出をしたが、旧姓の野田姓(別に前田姓でもいいんだけどね)に戻したいと。

大抵の弁護士が反射的に頭に浮かぶのは、氏の変更は極めてむつかしいということだ。

戸籍法は、やむを得ない理由がなければ、氏を変更することはできないとしている。

名前の変更については、正当な理由があれば名前を変更できるとしており、氏の変更より容易だと言われている。
それでも、結構、狭き門だと言われている。

名前と比べて「やむを得ない理由(事由)」は極めてハードルが高い表現であり、実際上も、認められるのは極めて稀だと聞かされている。

相談者の場合、離婚に当たって、わざわざ夫の氏である枝野姓を選んだのだから、そんなに簡単な事情で野田姓に代えることはできないのが道理だ。

通称として野田姓を使ってきた実績はないか確認しても、それらしい実績はないという。

むつかしいかもしれないと思いながら、電話で聞かれていても間違いがあってはと思い、判例検索する。
と、出てきた。

離婚した夫の氏を11ヶ月間続用した後、旧姓に戻すことを認めた審判があった。
ポイントは、氏続用の期間が短いことにあるようである。

電話の主は、離婚から既に2年近く経っている。

すでに家庭裁判所に申立書を出してきたというので、
ひょっとしたら、それくらいの期間であれば、認められる可能性があるので、手続を進めたらと、答えた。

2週間ほど後、家庭裁判所から野田姓への変更を認める審判書が送られてきたと電話があった。
で、木曜日にあったその相談は、「枝野」の表札をいつ外せばいいのかという相談だった。

あの~、表札の問題は、法律問題にはならないかと思いますが…。

ともかく希望していた旧姓に戻せてよかったですね。

それにしても、氏の変更は困難と、思いこんでいたが、家庭裁判所は、離婚復氏に関わる場合は、かなり緩やかに認めているんですね。

知らなかった。勉強になりました。


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2011年6月 3日 (金)

画期的! 妊娠中絶、男性に賠償命令

判例時報2108号57p  合意で性交渉をし、合意で妊娠中絶手術を行った男女間において、男性が女性の身体的、精神的苦痛や経済的負担の不利益を軽減し、解消するための行為をしないことが不法行為に該当するとされた事例】

事件番号 東京高等裁判所平成21年(ネ)第3440号

自由意思で性交渉した結果、妊娠したが、産む条件がないために中絶した。

これまで、ほぼ全ての弁護士は、こうしたケースは不法行為にはならないと考えていたはずだ。
弁護士に相談しても、
全てあなたの自由な意思による結果だから、相手の責任を法的に追及するのはむつかしい。
ただ道義的な意味での責任はあるから、手術費用程度を要求することは当然のことだと思う、などとお茶を濁すケースがほとんどだったはずだ。

僕自身、そんなつれない対応をしてきたことを白状する。
全てが被害者本人の意思決定の結果であるから、その結果に対する賠償を求めること、違法な権利侵害を認めることが法律的には極めてむかしいことだったからだ。

ただ、男は無責任ですまされ、女性だけに不当に過酷な負担を負わせる結果になることには、どうにも釈然としない強い違和感は感じていた。
しかし、裁判にしても勝ち目はない(と思っていた)。


東京高裁平成21年10月15日判決は、妊娠中絶させたこと自体を不法行為ととらえるのではなく、妊娠中絶に至った女性の精神的・肉体的苦痛や経済的負担を軽減する義務が男性にあるという法的構成をとり、男性がその義務に違反したとして損害賠償を認めた。

共同の性行為に由来するものであるから、男女は等しくその不利益を分担すべきであり、その不利益を分担しない男性の行為は、法律上保護された女性の利益を違法に侵害するとしたものである。


裁判所の論理も、直接、妊娠中絶に至らしめた行為を不法行為とするのではなく、事後的な対応をとらえて不法行為としている。

法的に言うと、一種の先行行為に基づく作為義務という特殊な構成を取っているように見える。

その意味で、かなり複雑な法的構成になっていることは否めない。

極めて常識的な結論を導くのに法律はかくも厄介な理屈をこねないといけないのである。



また、この判決は不利益を分担すべき義務を導き出すために「条理」を用いている。
「条理」は明確な法律上の根拠が見いだしがたいときに持ち出されるもので、これを根拠とする判決例もまた極めて珍しい。

条理 「民事裁判ニ於イテハ成文アルモノハ成文ニ依リ成文ナキトキハ慣習ニ依リ成文慣習共ニ存セサルトキハ条理ヲ推考シテ裁判スヘシ」

これは、明治8年太政官布告第103号裁判事務心得第3条である。現在も、裁判規範として効力を有している。



願わくは、この判決が、世の無責任な男どもに対する警鐘になることを強く望む。


女性側の代理人弁護士名を見たら、知っている女性弁護士だった。
弁護士100人に相談しても、多分、100人とも勝訴は無理だとして断るような類型の裁判だ。
なるほど、彼女なら、この難題に挑んで勝訴をもぎ取るのだなと感銘を受けた次第である。

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追記 6月7日

判決の認容額は114万2302円

女性の精神的苦痛 200万円
(いわゆる慰謝料部分)

治療費等        68万4604円

合計268万4604円を双方平等に負担 134万2302円

134万2302円に弁護士費用10万円を加算して144万2302円。

男性が中絶費用として30万円を渡しているので、これを控除して、114万2302円の賠償を命じた。      

2011年3月28日 (月)

「相談は無料ですか」

電話口で、「相談は無料ですか」と聞かれる機会が増えた。

なんだかなぁと思う。
弁護士増員を主張してきた人たちは、

「それでこそ利用しやすい弁護士が実現できた!」

ということなのだろうか。
でも、やっぱり、なんだかなぁ、と思う。

一応は、弁護士は、専門職としての特別な研修と経験を積んで、
お仕事をしている訳である。
専門知識に基づいて、アドバイスする訳である。

その対価が相談料である。

その点で、今までは、医者の診察と同格と思ってきた。

相談無料ということは、
診察無料と同じではないか。

診察は無料、料金は治療することになってからいただきます、
という医者は聞いたことがない。

本当にお金に困っている人からは、相談料をもらうつもりもない。
でも、明らかに安定した生活をしている人が、無料ですかと聞いてきたりする。

きっと、相談料無料は、早晩、一般化するだろう。

弁護士は医者より、ぐっと使いやすくなって結構なことである。

弁護士大量増産体制のおかげである。

僕が偏狭なのかしら。

僕は、やっぱり、釈然としない。

ちなみに相談料は、通常30分で5250円が相場とされている。
僕は、おおむね一時間程度まで5250円の相談料である。
別に安売りをするつもりはない。
話すことで落ち着くという効果は確実にあるから
まずは、話してもらう。
対応に1時間近くは必要な場合が多い。
30分では適切な相談対応は僕には無理と考えたから
おおむね1時間までという目安にした。

しかし、弁護士の市場化に違和感のある僕にはやはり相談無料には抵抗がある。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

なお、弁護士の市場化を推進した、

僕の大嫌いな日弁連であるが、

東北各地の弁護士会とともに

震災被害の無料電話法律相談の窓口を開いている。

災害時には、平時の法律関係からは

想定されない法律問題が生じうる。

また、平時とは異なった法律が適用される法律関係もある(借地・借家など)。

事業の中断に伴う、労働者の雇用・賃金の問題も生じる。

むろん、この事態の無料相談には、僕にも何の違和感もない。

市場競争のために無料化されるということに違和感があるのである。

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2011年3月25日 (金)

ある離婚相談


大企業に勤め、定年も間近い冬、帰宅したら、妻は家を出ていた。

テーブルの上に、行方を捜すな、本人に連絡しようとするなと、仰々しく弁護士数名が名を連ねた通知書が1枚。

別れ話など、全く予兆はなかった。

やがて、一方的に届いた離婚調停の呼び出し状。



奥さん、それはないでしょう。

夫が、よほどの異常者だというなら別だ。

まがりなりにも定年までの30年を暮らせたのだから、異常者という訳でもあるまい。

定年離婚もいいだろう。

しかし、何の断りもなく、突然の蒸発で接触を断つのは、いくら何でも夫に失礼ではないですか。

あんな男と話すのは無駄。
これ以上、顔を見るのもイヤだというなら、せめて自分の言葉で、なぜ、夫のここが、あそこが、いやでいやでたまらなかった。
あるいは、あのとき、夫はこんなだった、あのときあんなだった、と夫の悪口を書き連ねた手紙でもいい。生の声を残さなかったのか。

男はそれでも、わからないだろう。
わかろうともしないかもしれない。

しかし、せめて、なぜ、自分は家を出るのか、自分の言葉で伝えるのが、長い年月を暮らした相手に対する礼儀ではないのか。

長年の配偶者としての責任ではないのか。

かく言う私は、離婚(した)弁護士である。

男の立場で、つい一言、言いたくなったので、書く。

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2011年2月24日 (木)

断片3 失われた母性とその子

子どもを愛することのできない、子どもを守る気持ちのない母親に育てられた子は、自分の子どもを愛することができるのだろうか。

子にとって、この不安は、実存を脅かすものだった。

自分の子どもを身を挺してでも守るに違いないことを確信できたとき、子は、救われた思いがした。

人を愛することによって、救われるのは自分だ。

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2010年12月 5日 (日)

士業のモラルハザード マッチポンプな司法書士

案の定、借地権と抵当権に関する記事は、特別な関心がある人を除いて、これまでで最も読まれない記事になった。

これが僕の本来の仕事である。

すべからく仕事とというものは、面白くないのである。

これは、その続編である。したがって、きっと面白くない・・かな?

前回の相談から10日ほど後、一郎さんから、朝、電話があって、今日中に相談したいと言う。

急患である可能性があるので、相談者や相談内容によっては、こういう急な申し入れに応じるのが地域に密着したマチベンの仕事である。どうぞ、お越しくださいな。

事務所を訪れた一郎さんは、いささか動揺した様子である。
昨晩、書面に判を押した。
何やら胸騒ぎがするという。

(先回、相談したとおり建物に担保を設定した訳だから、いいんじゃないのかなぁ)

数日後に地主への融資が実行される。一郎さんも立ち会ってもらいたいと言われているが、立ち会わなければならないのかと聞く。

司法書士にはすでに担保に入れる書類を渡したという。それなら何のための立ち会い?

いろいろ話を聞く内に、判を押した書面の中に家族構成と収入を記載する欄があったという。

今度は僕が青ざめた。

家を担保にだけ出すなら、本人の返済能力など関係ないはずだ。

本人の責任は提供した担保である家を失う範囲に限定される。残金が残っても支払う責任はない。

ところが、本人の返済能力に関する記載がある書面に判を押したとなれば、一郎さん自身が借主か保証人にされている可能性が高い。保証人になっていれば、家を失うだけではすまず、残金を完済するまで支払う責任を負う。その元本は2000万円だったはず。

確かに、融資と担保提供の場面では、多数の書類が入り乱れるので、本人が意味もわからず判を押すことはよくある。

しかし、裁判になれば、書面が、決定的だ。
いい年をした大人が意味もわからず判を押したなどという言い訳を裁判所が認めてくれる可能性は1割もない。

本当に保証する書面に判を押したのかどうか、一郎さんの話だけでは、確定的なことは言えない。

だが、もし書面が保証人になった書面なら、異議を言わずに、時間が経てば経つほど、一郎さんは不利になる。

一瞬でも早く、一郎さんには保証の意思がないことを伝えておく必要がある。

とにかく、保証の意思がないことを伝えるため、その場で僕は、貸金業者に電話をした。

「出られない」とのコールがあり、通じない。

大急ぎで、一郎さんには保証の意思がない、仮に保証の書面が作られているのであれば、一郎さんには保証の意思はないのだから、錯誤により無効だとの書面(急ぎなのだから誤字・脱字はあっても構わない。趣旨が明確ならばよいのだ)を作成して、業者のFAXに送る。

業者のFAXが通じてくれるのを祈るばかりだ。

やがて、FAX受信音がして、送付レポートが排出された。

よし、「ファックス送信良好」

すぐに業者に連絡が取れる状況でもなかったので、とりあえず、この件は全て弁護士に任せたことにして、一郎さんが直接、相手に関わらないように指導して、帰ってもらう。

その日、業者へ電話。
業者は、あくまでも物的担保だと主張(内心、ほっとする)。

担保だけなら、なぜ年収や家族構成を書くのかと食い下がる。

銀行でもどこでも年収や家族構成は書かせているだけだと業者はとぼける。

そんな馬鹿な話はない。

保証人にしたのではなく、家を担保に取っただけなら、それをはっきりさせるためにとにかく書類をファックスしろと粘る。

業者は業界所定の様式を使っているだけだから、見せる必要はないとか粘るが、結局、FAXを送ることを約束。

後日、送られたFAXを見て、唖然とした。

一郎さんは、保証人どころか借主にされようとしていたのだ。

一郎さんが署名させられたのは「借入申込書」が2通。

1通の借入申込書には地主が借入申込者欄に署名し、一郎さんは「保証人・物上保証人」欄に署名させられていた。

送られたFAXには保証人・物上保証人」と保証人に抹消線が引かれているが、予定通りに進めば、そのまま保証人にするつもりだったことが明白だ。

もう一通はさらに奇怪な書類だ。

同じく「借入申込書」だが、この申込書は一郎さんだけが申込者の欄に署名している。

この書面には手書きで「担保提供」と書き加えられ、「担保提供借入申込書」とされた書面の、「借入」に抹消線が引かれている。

どう見ても、貸金業者は、一郎さんが地主に同情する人情に厚い人であることに乗じて、一郎さんが建物を担保にい入れるのは止むなしと考えているのを利用して、一郎さんも借り主にしようとしていたとしか見えない。融資実行寸前で、ストップをかけたから、トラブルを避けて、敢えて、手書きで担保提供やら抹消やらを加えたとしか見えない。

愛知県登録の業者だったので、事前に愛知県に苦情が出ている業者ではないかと確認したが、苦情はないとのことだった。苦情がない業者でも当事者の油断に乗じてその程度の詐欺的なことは平然と犯すのが今の時世なようだ。

一郎さんがもしも、融資実行の場に立ち会うようにとの業者の要求に疑問を持たずに、立ち会っていたら、借入申込書の署名は決定的な意味を持った。申込書の効力を覆すのは容易ではなく、一郎さんは、みすみす2000万円の負債をおわされるところだったのだ。

急患扱いしなければならない相談者は、病院に限らず、弁護士の場合にもいるのである(但し、急患かどうかは弁護士が長年の勘で的確に判断するので悪しからず)

 

この話には後日談がある。

結局、地主は、この業者からの借入を止めた。だから、僕は、司法書士にも担保提供の意味がなくなったので、書面を返すように求めて、司法書士が一郎さんから交付を受けていた書面を返してもらった。

当然、僕は、一郎さんは建物に担保を設定した担保設定者になっているだけだと思っていた。

ところが、送られてきた書類には、一郎さんが地主と並んで「債務者」、つまり貸金業者から借入をした借り主となっていたのだ。

この司法書士は、一郎さんが書面に署名させれたとき、もともと業者と一緒に一郎さん方を訪れると言っていたが、道に迷ったとのことで遅刻して、書面を作るばかりのときに現れて、ろくに説明もせずに、書面に判を押させて、帰って行ったという。

傍から見れば、詐欺的な事態に直接関わる痕跡を残さないようにしながら、貸金業者の詐欺的融資に助けているように見えてならない。

その司法書士のホームページのキャッチコピーは

「過払い請求、借金返済、多重債務整理、自己破産の相談なら、司法書士○○○○○○○○○○○にお任せください。任意整理、自己破産、民事再生、特定調停など適切な解決方法で解決します。全国対応が可能……」

悪質貸金業者に手を貸しながら、他方で、サラ金からの救済を表看板に謳う。

司法書士のホームページには、600万円の過払金を回収したとか、800万円の過払金を回収したとか、派手な成功例が上げられている。

その昔、多重債務の事件は、悪質サラ金と対決しながら、債務者の生活の再建を図るためのものだった。表で多重債務救済を謳いながら、裏で悪質業者と提携するなどはとうてい考えられなかった。

すくなくとも、ほんの数年前までは、こんなマッチポンプ司法書士のようなモラルハザードは、士業の業界にはなかった。

士業の自由競争化がもたらした確実なものは、新たなモラルハザードである。

 
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2010年11月20日 (土)

借地権と抵当権の対抗問題

マチベンの仕事の大半は、普通の日常のトラブルである。
政治や、ご奉仕仕事である国選弁護だけをしているように思われても困る。
ときには、普通の仕事のことも書いておこう。
ただし、大抵の人にとっては、普通の仕事の話は面白くもないし、わかりにくい話になる。

借地の上に自宅を所有する一郎さんから相談。
借地には地主が銀行借入をするために根抵当権が設定されている。
地主の会社の経営が苦しくなり、銀行借入の返済が滞っている。

地主から、競売にかけられないようにするため、別の金融業者から2000万円を長期分割で借りて、銀行の借金を返済したいので、協力してほしいと求められた。

さて、前提問題は、地主が返済不能になり、銀行が担保権に基づく競売をかけた場合に、一郎さんは土地を明け渡さなければならないか、である。

銀行が土地を競売にかけても明け渡す必要がないのであれば、一郎さんは協力する必要はない。逆に銀行が土地を競売にかけたら、明け渡さなければならないようであれば、新規借入で地主が急場をしのげるのであれば、地主に協力するメリットがないわけではない。

そこで、一郎さんの借地と、銀行の担保の前後関係が問題になる。

一郎さんが土地を賃借して自宅を建てたのは、地主が土地に根抵
当権を設定して、銀行借入をする前。

本来、この順番どおりに考えれば、銀行が地主の土地を担保に取ったときには、すでに一郎さんが土地を賃借していたのだから、銀行は、建物所有目的の借地権が設定された土地を担保に取ったことになる。地主が返済に行き詰まって、銀行が根抵当権を実行して土地を競売にかけて土地が人手にわたっても落札した人は借地権が付いた土地を手に入れたに過ぎないから、一郎さんは立ち退く必要はない。
銀行が土地を担保に取った後に借地した場合は、銀行が土地の担保権を実行すれば、借地人は立ち退かなければならない。銀行は借地権のついていないまっさらな土地に担保を設定したからである。

担保設定が先か、借地が先かの順番で、同じ担保権に基づく競売でも、借地人の立場は、全く違うことになる。

特定の土地をめぐる銀行と借地人の関係は「対抗問題」と呼ばれる権利関係の一種だ。前者の場合は、借地人は銀行に対して借地権を対抗することができると言い、後者の場合は、借地人は銀行に対して借地権を対応することができないという言い方をする。

この「対抗問題」を決する「順番」は、事実経過にそのまましたがう訳ではない。
「対抗要件」を備えた順で決まる。

不動産をめぐる「対抗問題」は、登記の順序で決めることになっている。
一郎さんの場合、銀行の根抵当権の登記と一郎さんの建物の保存登記の先後で一郎さんが立ち退かなければならないかどうかが決まる。

一郎さん(正確には一郎さんの先代に当たる一郎さんの父親)は、建物は建てたけれども、建物の登記はなぜかしないままだった。一郎さんがそのことに気がついて、建物の保存登記をしたのは、地主が銀行から借入をして土地に根抵当権設定登記をした後だった。
したがって、一郎さんは、銀行に対して、借地権を「対抗」できない。

一郎さんは、協力しようがしまいが、地主が銀行からの借金を返済できなくなれば、競売により立ち退かざるを得ない立場にある。

一方で、地主が新たな借入先から借入をして返済をしようとする場合、新たな借入先は当然、土地に担保を設定することになる。
ところが、新しい貸主は、すでに一郎さんの建物の保存登記がなされた後に担保を設定することになるので、そのままでは、借地権の制限の付いた土地を担保に取ったことにしかならない。地主の支払が滞って、競売にかけても、一郎さんの建物の賃借権が存続したままの競売しかできない。
こうなると、担保価値が半減するので、地主は新しい融資を得ることができない。
結局、新しい貸主から借入をして返済が滞った銀行借入を清算する地主の計画は挫折する。

だから、この場合は、新たな貸主は、借地人の所有建物も担保に入れることを地主に要求することになる。これによって、借地権制限付きの土地という制約を回避することができるからだ。
そうすれば、貸主は、返済が滞れば、土地建物を一体で競売にかけて、売却金額から貸付金を回収することができる。
したがって、借地人が借地上の建物に担保権を設定すれば、これが実行されたとき、借地人は土地を明け渡さなければならない。

(あ~、ようやく前提問題の説明が終わった。書いていても、面倒だ。しかし、こういうことをお答えするのが僕らの本来の仕事だ)

一郎さんは、地主とは旧知で地主もいい人なので、協力してあげたいという。
今のままでも、地主の銀行借入の返済が止まれば、一郎さんは明渡を迫られる立場である。
新たな貸主から長期分割の借入をして、返済が滞っている銀行借入を返済してもらえば、毎月の返済額が減るので、場合によっては競売を回避できて一郎さんも明渡を回避できるかもしれない。

世の中には義理も人情もある。人助けである。

僕の回答は、一郎さんが協力してあげたければ、協力してあげればいいと思う、である。

そのことで、一郎さんが今以上に損な立場になることはないし、義理も人情も立つのだから言い解決だと思うよ。

という訳で、この相談は一件落着した筈だった。(続く

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2010年11月16日 (火)

リストラ・悪徳商法と闘う  その場で決断を迫られている人へのアドバイス

リストラや悪徳商法に直面している前線兵士諸君へ。


なかんずく、その場で決断を迫られようとしている前線兵員へ告ぐ。

                       第1司令本部より

  • Ⅰ その場で結論を出すように迫るほど、相手には弱みと思惑があることを知るべし。
  • Ⅱ 絶対にその場では結論を出さないこと。
  • Ⅲ 必ず、○(家族、友人、(当てがなくても)弁護士など、だれでもよい)と相談してからでなければ返事はできないと突っぱねること。
  • Ⅳ 場合によっては、その場から○に電話する。必要ならば、○が直接、相手と話す。
  • Ⅴ 相手との面談は、確実に録音すること。隠し録音でも証拠として有効である。録音は失敗することが多いので、練習を重ねて、失敗しないように熟練しておくこと。
  • Ⅵ この場でないと、もう有利な条件は撤回すると言われるが、そう言われて撤回された試しはない。その場で結論を出さないという方針を揺るがしてはならない。動揺を見せるな。毅然と対処すれば、相手も諦める。

リストラなどの局面ではあなた自身が、すでに精神的に落ち込んで、自信をなくしているかもしれません。
相手はあなたの弱みを突いてくるかも知れません。
あなたは、自分のことも状況も客観的に見ることができなくなっています。
だからこそ、その場で結論を出してはいけません。
不当なのは、相手であって、あなたではありません。
もし相手が正当ならば、決して、その場で決断を迫ったりしません。
その場で決断を迫るのは、相手の弱みが大きいからです。
確信をもって闘いなさい。

とりあえず、思いついた範囲で指令した。
また気がついたら書く。
前線の諸君、健闘を祈る。

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2009年7月 1日 (水)

その人のこと

その人の抱える負い目は、あまりに重く、優しく、豊かだった。
だから、僕はいっとき、言葉を失った。
言葉を失った後に無理にはき出す言葉は、ありきたりの常識話になった。

少し後悔している。
僕に助言を求めたのは、その人の中で、決着をつけたかったからだったのではないか、と。
明快に断じてあげればよかったのかもしれない、と。
あなたは、もう十分に負い目を償ったのではないですか、と。

しかし、また、思い返してみる。
僕などに人の人生に関わる助言ができるなどと思うのは、所詮、思い上がりでしかない、と。

全てはありのままの流れに任せるしかないはずなのだ、と。

人の抱えられる悩みと苦しみに、あれとこれとを比較できるような物差しはない。
人の抱える悩みや苦しみの全ては等しい。
なぜなら、それがどれほど重いものであろうが、人は、抱えられる苦しみと悩みの限度でしか、抱えることができないからだ。

僕は、また、思う。
その人は、ご自身で選択されるだろう。
きっと自ら途を見い出すに違いない。

無駄に見えるときが、いたずらに過ぎていったとしても、
悔やむことは何もないし、
断ち切ることは、いつでもできるだろう。
いつ、どこで持ちきれない苦しみが負い目に釣り合うようになり、
負い目を断ち切るのか。
その過程を生きること自体が人生なのだ。

適切な対応ができたとは思えない、
その人に、気持ちを寄せること。
今の僕にできるのは、そんなことでしかあり得ない。
実存の問題に向き合うとき、
僕は粛とする。

帰り際、もっと楽しいことでお会いしたい、とその人は微笑まれた。
ありがとう。
そう、僕も、楽しく再会できることを願っている。

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