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カテゴリー「事件」の49件の記事

2013年8月 1日 (木)

だから私は嫌われる 韓国判決に関する日本世論に敢えて異論を立てる

戦時中、三菱重工業や新日鐵の旧会社に徴用されて、働かされた労働者に対する損害賠償を認める判決がソウル高裁、釜山高裁と相次いで出されたことが物議を醸している。


メディア報道を見ると、日韓請求権協定(1965年)で解決済みとされている、同一の事件は、日本で最高裁まで争われ敗訴が確定している、したがって、韓国の裁判所の判断は不当で、いたずらに外交関係を緊張させ不当だという論調だ。
不当判決とする論調一色だ。


へそ曲がりが性根に染みついているマチベンは、メディアの論調が一色になること自体が気に入らない。
敢えて異論を立ててみたくなる。
しょうがない性分である。
損な性分でもある。
領土問題でも、日韓併合無効論でも、メディアの主張が一色になり、異論を許さない雰囲気になるのは気に入らない。
双方国民とも相手の言い分には耳を貸さず、相手の主張に理解を示したりすると、売国奴呼ばわりされる。
こういう雰囲気がマチベンは嫌いなのである。


今回の韓国高裁判決に関わる問題は、人権に関わる。
そこで、少しこの問題を論じてみる。


日韓請求権協定で、両国及び両国民の間の権利や請求権の問題が全て完全かつ最終的に解決済みであることが確認されたのはその通りである。
これは国際法上、解決したということを意味する。
国際法上の解決とは、国家と国家の間では解決したことを意味する。
国家は、相手国に対して、国民個人の請求権問題も含めて、外交問題として蒸し返さないという約束をしたということである。
これは国家と国家の約束事である。


さて、当然のことながら、国家と国民個人は別の主体である。
だから、国民個人の持っていた請求権は国家間の合意で、どういう影響を受けるのかという問題が出てくる。
一つの考え方は、①国家は国民の有している請求権も実体法的に処分できるので、個人の請求権も消滅すると考える。
もう一つの考え方は、②国家には国民個人の請求権まで、消滅させる権限まではないという考え方がある。


実は日本政府や日本の最高裁の考え方は後者②である。
つまり国家間の合意でできるのは、外交問題として蒸し返すことはできないというに止まり、個人の請求権は処分できないという考え方である。
この考え方は、サンフランシスコ講和条約後まもなくから一貫している。
だから、注意深く見れば、
外務省も最高裁も、日韓請求権協定で、国民個人の請求権が消滅したと言ったことは一度もないのだ。
マスコミでは往々にして、個人の請求権は消滅したというフレーズを見かけるが、これは例によって、国民をごまかす誤報である。
このことは韓国人であろうが、日本人であろうが同じである。
国家間の合意で、個人の請求権を直接消滅させることはできないというのが、外務省、最高裁の一貫した考え方なのだ。
この考え方によれば、国家間の外交問題としては解決済みだが、個人の請求権は残り、未解決だということになる。


次に問題になるのが、この個人の請求権を行使する方法には、どのような方法があるのかである。
強制労働の被害者は、国際法上の主体として認められていないから、国際裁判所へ提訴するという手段はない。
ISD条項が特殊なのは、外国投資家に限って、国内の裁判所ではなく、国家と同様、ないしそれ以上の超越的な国際法上の主体として認めて国際裁判ができるということを認めている点にある。
しかも、国内ルールではなく、投資家有利に作られた国際ルールに基づく国際裁判を認め、特別に外国投資家を保護しようとする点が特殊なのだ。
人権侵害では、国際裁判は認められない。
しかし、外国投資家の期待利益が侵害された場合は国際裁判を認めるのがISD条項だ。
これは日本国憲法の基本的人権尊重主義を大きく歪め、毀損するものである。


話が脱線した。
次の論点に移ると、日韓どちらの裁判所に管轄があるかという問題である。
この点の説明はややこしいから、省くが、結論的に言えば、今回のケースは、トモダチ作戦に動員された米兵がカルフォルニアの連邦地裁に一人当たり最低1000万ドル(10億円!)の賠償裁判を起こす管轄が認められたのと同様、日本だけでなく、韓国にも裁判管轄がある。
したがって、韓国人被害者が韓国の裁判所に提訴することは可能である。


今回は、日韓両裁判所の判断が食い違ったことが問題にされている。
日本の最高裁で敗訴した被害者が、韓国では賠償が認められたことから、
韓国の裁判所は日韓請求権協定を守らないのかという論調が一般的だ。
しかし、この点も、注意深く見ておく必要がある。
こうした植民地支配や侵略に関する被害について、日本の裁判所が、最終的に被害者の請求を排斥する理由としたのは、
『被告側が日韓請求権協定によって解決済みだと抗弁する以上、裁判所としては、賠償を命じることはできない』とするものだ。
強制労働が争われた中には、当事者と関係者(日本政府)が任意で解決するのが望ましいと付言した最高裁判決も存在する(2007年4月27日最高裁西松建設事件)。
つまり、
被害者に実体的な請求権はあるが、裁判に訴えて解決を図るという手続的な権利が日韓請求権協定によって失われたとするのが日本の裁判所の判断の趨勢なのだ
極めて微妙な判断で、
権利はあるが裁判所では勝訴できないという特殊な請求権が残っているというのが日本の裁判所の判断の趨勢である。
極めてわかりにくい。
が、裁判所もわかりにくいことを承知で、こうした判断をしたのだ。


今回の韓国の裁判所の判断は、日韓請求権協定では、国民個人の請求権は消滅しないとする点で、日本の外務省や最高裁の考え方と同一である。
日本の裁判所は、その上で、裁判手続によって請求権を実現する手続的権利を否定するという極めて例外的な判断を下した。
これに対して、国家間の合意では国民個人の請求権まで失わせることはできないとするに止まっているのが今回の韓国の判決なのだ。
請求権は失われていないという前提に立つ限り、どちらかと言えば、韓国の裁判所の判断の方が、シンプルでわかりやすいのだ。


日本は、5億ドルも費やしたではないかという指摘は当然である。
ここにアメリカが介在している。
アメリカは、サンフランシスコ講和条約で、日本が国家間の交渉で戦争賠償を負担する場合でも、日本人の役務によって行われなければならないという枠組みを作っていた。
冷戦下で、日本経済を損なわずに、米軍の兵站基地として日本を利用しようとする目論見である。
日韓請求権協定も結局、現金ではなく、日本の物品あるいは日本人の役務で提供する約束になった。
5億ドル(最も2億ドルは貸金で、後に返済される)相当の物品・役務を受け取りながら、被害者にろくに賠償しなかった韓国政府に責任があるという指摘は当然である。
他方で、
日本政府も、物品・役務で提供する、しかも日本政府がその使途や計画に関与するという訳だから、5億ドルが直接、被害者に渡るはずがないことは十二分に承知していた。
5億ドルは、被害者を置き去りにして、「経済協力資金」として、支払われた訳だ。


5億ドルは、韓国のダムや高速道路、製鉄所を作るのに使われた。
そして、例えば、製鉄所を建造する工事を受注していたのが、新日鐵(旧会社?)だったというのだから、
新日鐵にしてみれば、戦争中は、強制労働と政府の補助金で潤い、戦後は、韓国での公共工事を受注してさらに潤うという関係にあったわけだ。
韓国の軍事独裁政権は、5億ドルの供与で政治基盤を固めることができたし、独占企業の海外進出を進めたい日本政府としても、海外での公共工事を展開させることができたのだから、多少、無理をする甲斐がある。
アメリカは、当時、韓国軍をヴェトナム戦争に動員するために、日本の韓国政府に対する経済協力を望んでいたから、アメリカにとっても満足のいく結果になった
要するに、加害企業も、日本政府も、韓国政府もみんな納得できる解決だったが、被害者は置き去りにされた。
この結果を正当だとするのが日韓請求権協定による解決済み論だ。


市井の事件を扱うマチベンは、変だと思う。
これでは、被害者は立つ瀬がないではないかと。
国が栄えたのだから満足せよと言われても、被害者が納得できるわけもなかろう。


マチベンから見ると、韓国の裁判所が出した結論は、決して突飛なものではない。
真っ当に被害者を救済しようとすると、自然な結論だということだ。


確かに、全面解決までには難しい問題が残されている。
しかし、知恵と工夫があれば、乗り越えられない問題ではないだろう。
この問題の解決は、韓国政府と、経済協力資金で潤った韓国の企業、日本の該当企業、そして日本政府が協力して解決に当たるべき性格の問題なのだ。

 

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2013年2月14日 (木)

インフラ一斉崩壊 先送りする宴資本主義の果てで

以下は、土木技術者向けの専門誌『日経コンストラクション』に掲載された投書の引用である。

“橋が一斉に壊れる日がくる”

近い将来、などの土木構築物が一斉に壊れ始める日がくるだろう。あたかも新婚家庭が購入した電化製品が、しばらくして一斉に壊れ始めるかのように……。こうした問題は、一部の専門家の間ではかなり認識されているようだが、より広く世間に知らせる必要があるのではないか。

大量の橋を、いっぺんに補修したり掛け替えたりするのはほとんど不可能だ。いまのうちに、古くなった橋から順に、延命措置などの対策を施しておかなければならない。


また、このような投書もある。


“一斉に道路の傷みが進む日がくる

『道路舗装や構造物の耐久性と、その維持管理のあり方といった趣旨の特集をぜひ組んでもらいたい。高度経済成長期に大量につくった道路において、一斉に痛みが進む時期がいよいよ到来すると思われるからだ。


いずれの投書も、1997年2月14日号に掲載されたものだ。
それからすでに20年近い年月が過ぎた。
今、高速道路トンネルの天井板崩落を初め、道路の陥没、上下水道管の破断等の問題が噴出している。
現場の少なくない技術者はすでに90年代に、将来を憂え、危機感を持っていたのにもかかわらずだ。


前者の投書には、次のような件もある。


高齢化社会の進展に伴い、社会資本に投資できる金額は減っていくことが予想される。それゆえ、出来るだけ早く対策を講じなければならない。新設する土木構造物についても、最初から維持管理やライフサイクルコストのことを考慮してつくっておくことが肝要だ。


現在の危機は、とうに見越されていた。


ところが、政治はというか、社会はこの当然の事態から目を背け、今となっては無駄としか言いようのない大プロジェクトばかりを推進してきたのだ。


1999年には『コンクリートが危ない』(岩波新書)という書籍が出されている。
著者は小林一輔氏、東京大学名誉教授で千葉工業大学教授である。コンクリート工学の第一人者だと思われる。


この著書は、1983年に山陽新幹線の高架を調査した場面から始まる。完成からまだ10余年しか経ていない高架コンクリートのあちこちに大きなひび割れがあり、高架の床板からは、コンクリートが剥離して、鉄筋が露出しているという衝撃的な場面である。


著者は、山陽新幹線が惨憺たる有様である一方で、大正時代から昭和初期にかけて建設された橋梁が、コンクリートにとって、天敵とも言える潮風や豪雪にさらされても、メンテナンスなしで健全に保たれていることを紹介する。


著者の見立ては、1964年に完成した東海道新幹線の時代までは、健全な材料を用いたコンクリートを入念に施工してつくられていたとするものだ。ところが、高度経済成長時代に造られた山陽新幹線を初めとするコンクリート構造物は、劣悪なコンクリートの使用、手抜き工事の横行で劣化の速度が極めて速いとする。
日本が、活気にあふれ、生活が豊かになっていくと見えたその時期にすでに、日本の技術は劣化し始めていたのだ。


遠からず問題が生じるのはわかっていて、それでもその日限りの享楽を求める。ツケは後代に回す。赤字国債も発行された。
負担の先送りによって、高度経済成長は成立した。


コンクリート構造物の早期劣化に対する危機感が社会問題化した時期が、ごく短期間だが、あった。
小林氏の著書を見る限り、1983年には、NHKがこの問題を積極的に採り上げるなど、一定程度、社会問題化した。
しかし、急速に関心は失われた。


小林氏が一般向けの書物として、コンクリート構造物に対する対策の必要を世に問うたのは、1999年である。
しかし、小林氏の訴えはメディアに採り上げられることはなかったと思われる。少なくとも大きな世論にならなかったのは明らかだ。
そして、2004年には、小林氏の舞台は、一般には三流紙と呼ばれる「FLASH」になってしまったのだ(2011年5月18日ブログ)。


小林氏の著作には、次のような件がある。


「『半永久的に供用できるような頑丈なコンクリート構造物をつくろうと考えるのは、バカげたことだ。機能的耐用年数に達したらかんたんに壊れるような構造物をつくるべきだ』という主張がある。このような主張は、耐久性の観点からコンクリート構造物の使用材料の品質や施工方法を検討する場で、規制される側の利益代弁者となった研究者や学者によってなされる。(下線マチベン)


代弁される利益はいうまでもなく、ゼネコンの利益であろう。
小林氏の主張が世論とならず、三流紙までおとしめられた構造は、原子力ムラの構図と同じである。
良識ある技術者たちの声が埋もれてしまったのもこの構図のためである。
利益を享受するゼネコンがあり、そこから広告収入を得るメディア、研究費用を受ける学者、そして企業に依拠する官僚・政治家…。これら蝟集する集団が、危機を先送りし、後代にツケを回して、自らの利益を追求して恥じない。


宴をしながら、ツケを先送りにする資本主義の構造は、産官学メディア複合体として、あらゆる分野にある。


インフレターゲットが採用されて超金融緩和がなされ、公共事業に国家予算がばらまかれる(維持補修にどの程度の予算が割り振られているのか、その内訳がわからない。多分、補修のような地味な事業ではなく、派手で見栄えのいい構造物の新設ラッシュでいかにも景気がよくなったように演出されそうな気がする)。
犠牲になるのは、今の弱者だけではない。
将来生まれる世代、そして将来の日本が食い物にされ、壊されようとしているのだ。


天井板崩落や、上下水道の劣化、道路の陥没と相次いで現れる、高度成長のツケを目の当たりにしながら、なお、国の借金を増やしてでも、この刹那に利益を得ようとする社会は、どこか根本的なところで間違っている、と僕は思う。

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2013年1月22日 (火)

マチベンの寒中見舞い その5

【発行予定の書籍から】
ビル風害事件を問題にした裁判をテーマにした出版予定の本から、僕の目指す弁護士像を描いた部分を抜粋して紹介しよう。


N弁護士について


N弁護士とは、湾岸戦争(1991年~)の時に行われた市民平和訴訟の弁護団以来の付き合いだ。この訴訟は、イラクを攻撃する多国籍軍に対して日本政府が130億ドルに及ぶ戦費を支出をすることが、日本国憲法の平和主義及び憲法9条に反するとして、差止を求めた訴訟だ。


日本は戦費支出をしただけではなく、戦争終結後には、ペルシャ湾沿岸へ海上自衛隊の掃海艇を派遣した。このまま座視すれば、やがて自衛隊が戦争に駆り出されることになり、憲法の平和主義が蹂躙される時代が来る。この流れに歯止めをかけたい、非力でも何かしなければと声を上げた市民が集まった訴訟だった。訴訟が困難なことは最初からわかった話だった。


しかし、やむにやまれれず立ち上がった市民を見捨てることはできない。その後、N弁護士とは、PKO派兵差止訴訟、イラク派兵差止訴訟等の市民平和訴訟や日韓の戦後補償裁判である勤労挺身隊訴訟の弁護団をともにした。


N弁護士はこれらの訴訟の中心メンバーだった。N弁護士は、そこに不正義があると考えれば、どんなに困難な裁判でも立ち向かうことを信条にしている。風害という極めつけの困難な問題に立ち向かうこの事件で、そういうN弁護士から白羽の矢がたったのは、僕には光栄なことだった。


N弁護士は、不正義を見ると、断ることを知らない。不正義に立ち向かう事件のほとんどは、とても採算性が悪い。先に述べた一連の戦争と平和に関わる訴訟は、全部、持ち出しである。彼を一流の弁護士に育てたのはこうした事件の蓄積であるが、あまりに不正義が世の中に満ちると、彼が忙しくなり過ぎないか心配の種である。


事件が弁護士を育てる


僕に声がかかったのは、僕がマンション建設に反対する住民運動に数多く携わった実績が買われてのことと思う。とくに保育園の園庭が日影になり、子どもたちのお日様が奪われる事案での運動は、名古屋の弁護士では僕の独壇場だった。


子どもたちが育つ環境が奪われることを知った保護者の運動は、私心のないひたむきなものだった。園児の環境が奪われることに胸を痛める保母さん(現在の保育士)とも団結して、マンション建設反対のために、考えられる限りの知恵を絞った。裁判所は極端に過酷な日影被害しか被害者の訴えを認めてくれない。裁判に出しても敗けることがわかっていたので、どうしたら運動でマンション建築計画の変更を勝ち取ることができるか、そこに精力を集中した。


今では、考えにくいことだが、保護者は、深夜まで遊技室で保母さんと一緒に対策会議を繰り返した。保育園も保護者の熱意に押され、深夜までの園舎の使用を拒まなかった。部外者(僕やG建築士のことだ)の立入を禁止するなどという野暮なことは言わなかった、そういう時代だった。


僕は、運動に取り組む人たちのひたむきさに心を打たれた。弁護士という資格は、そうしたひたむきな人たちが集まる現場に飛び込むには格好の肩書きだった。法律家としてのアドバイスだけでなく、運動面でも一緒に知恵を絞って業者に対抗した。かれこれ10か園を超える保育園の日照運動に関わった。僕が、そこで学んだことは多い。


裁判所で争えば、敗訴することが明らかな例でも、運動は次々と成果を勝ち取った。多くの運動は建築計画が大幅に変更されるまで頑張った。計画の白紙撤回に至った例もあった、名古屋市が老人施設の用地として買収することで業者の損失も最低限に抑えられた例もあった。保護者の子どもを思う熱い気持ちは名古屋市も動かしたのだ。


僕が得た教訓は、単純な事実だった。正当な要求の下に、結束した、私心のないひたむきな運動は、必ず何らかの成果を挙げる。


諦めなければ、どんなときでも希望はある。

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マチベンの寒中見舞い その4

【『弁護士』へのレクイエム】

弁護士大増員
 弁護士経験30年を超えた。今だに自転車操業で走り続けている。
 とくに昨今の弁護士大増員で、弁護士業界はすっかり様変わりしてしまった。利に走る弁護士が増えた。その結果、効率よく多額を稼ぐことができる事件に弁護士が蝟集するようになった。


 

『ブラック士業』
 新卒の若者を使い捨てにする企業をブラック企業という。
 新卒者を大量に採用して、低賃金で最低限の睡眠時間も取れないほど酷使する。パワーハラスメントも当たり前の世界だ。耐えられない者が辞めていくのを待っている。
 この就職難の時代だ。大量に退職してくれれば、いくらでも低賃金の新卒者を採用し続けることができる。若者の代えは幾らでも利く。
 名前を知られたところでは、ユニクロや和民、ウェザーニュースなど、その典型である(文春新書「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」)。

  若者に働き先のないような世の中は、絶対的に歪んでいく。
 弁護士の業界も新人は最悪の就職難だ。
 ロースクール詐欺などという言葉も生まれている。
 弁護士業界も生き馬の目を抜く生存競争の時代に入った。昔だったら、問題にならなかったことが問題にされて、恥ずかしげもなく堂々と裁判にされる。ブラック企業の手先になって、効果的かつ安全に新卒者を使い捨てるための、違法すれすれの技能を売り物にする弁護士も現れている。「ブラック士業」と呼ばれる(上記「ブラック企業」)。

マチベンの覚悟
 一方で、人権や社会正義を守るという立場を貫いて生きようとする弁護士は、すっかり不足気味だ。とくに若手弁護士は、日々の銭に追われて、身動きがつかない。
 公安警察が足下を見て、市民運動や労働運動を弾圧しても、弁護士の集まりは甚だよろしくない。
 全てが、弁護士大増員の結果だ。もともと大増員は、労働者を使い捨てにするような財界が言い出し、日弁連の執行部が、多数の弁護士の反対を押し切って推進に転じて、その提灯持ちをした。
 推進した人たちが、ツケを持つなら筋が通るが、最初から反対していた僕のような稼ぎの下手なマチベンのところにツケがくる。そのため、僕は、弁護士31年目にして初めて借入をおこすことになった。
 自分だけは売れないのだ。売らないまま、やれるところまで、やる覚悟である。

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2013年1月19日 (土)

マチベンの寒中見舞い その3

【とある労働事件の和解】

書記官室にて

ある労働事件の和解調書を取りに書記官室を訪れたときのこと。いつものことだが、裁判所からはへき地で事務所を営む僕が裁判書類を取りに行くのは遅れがちになる。すぐには書記官も思い出せない、そして、「あー、あの事件ですね」と、ほほ笑む。なんか曰くありげだ。「そんな特殊でしたか」と尋ねると、「労働事件で、ああいう解決はありませんよ。」と書記官。「お世辞じゃないの」と聞いても「そんあことありませんよ」と他の書記官もほほえましそう。そうか。そんな珍しい解決だったんだと、今さら思う。


使用者側を担当して

労働事件なら、僕が代理したのは、当然、労働者側と思うだろうけど、はずれ。労働者に訴えられた使用者を初めて代理した。介護福祉施設で働く労働者から、懲戒処分が不当だと訴えられたものだ。強力な労働組合がバックにいて、毎回、傍聴に来ていた。僕も、いつもの事件は、支援の傍聴者に来てもらう口である。しかし、相手方の傍聴者が多いということがこれほど、イヤなものだとは、初めて知った。何か、悪くもないのに、非難されているような気がする。


和解の理由

この事件では、福祉施設も、労働者や労働組合も介護労働では、介護施設の利用者の人権の尊重が最も重要だという価値観に一致があった。そのことを察知した裁判官は、2回ほど準備書面(当事者の主張を書いた書面)を交換したら、さっそく和解期日を指定して、和解による解決に乗り出した。裁判官の熱意は、半端じゃなかった。隔たっていた双方の主張を何回かの和解期日で詰めていくと、最後は、2時間ぶっとおしで、双方を説得に当たるという熱心さだ。そうして和解は成立した。この和解には、前文がある。内容は次の通り。

「原告と被告は、被告の運営する介護施設の運営及び業務について、施設利用者の個性を理解し、その尊厳を尊重する介護が求められるとの認識において一致し、施設利用者の人権に、十分配慮した施設の運営・業務の重要性並びに職場環境を改善し、労働者を処分するに当たっては、関係者及び処分対象者の意見を聴取することなどの重要性を確認し、以下のとおり合意する」


通常の事件もそうだが、労働事件は、いっそう根本的に利害が対立していることが多い。いったん、裁判になると、泥沼の争いになるのが普通だ。ところが、この件は、入り口で、双方の価値観を一致させ、円満に和解した。職場環境を考えても、労働組合と使用者が厳しい裁判を抱えている状態と比べれば、和解によって解決した方がよいに決まっている。価値観の一致に気づいた裁判官が熱心に説得したのも、そのためだ。途中、双方の提案の隔たりが縮まらないときは、裁判官は「こんな事件はないのだから、この事件で和解できないのはもったいない」とまで言って、双方に柔軟な対応を求めた。裁判官と双方当事者・弁護士が揃うと、一番重要なことは何かを軸にして、調整ができるわけ。


マチベンがお得

そんな経過だったから、裁判官の感慨は深いだろうなと思っていたが、まさか、書記官室でまで話題になるとはね。この福祉施設は、経費に占める人件費の割合が他の施設よりも高い。乏しい福祉予算の中でのやりくりなので、限界はあるが、それだけ、施設で働く職員を尊重している。職場が円滑に回ることは、施設利用者にとっても、施設にとっても、利益なのだ。


良識的な使用者は、労働事件でも、ビジネスロイヤーではなくて、僕のようなマチベンに任せた方がお得なのである。

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2013年1月18日 (金)

マチベンの寒中見舞い その2

【マチベンの足跡】

既済事件記録保管庫から

昨年、新人のD弁護士(28歳、若~い!)を迎えるに当たり、スペース確保のため、倉庫を整理しました。と言っても、ほんの少しですけど。昔の記録が保管してあるロッカーを片付けていると、いろいろ思い出しました。一番意外だったのは、僕の勝率は案外と高いということでした。勝訴判決の方が、敗訴事案よりずっと多いことに気づきました。僕の中では、いつも負けた事件のことが頭を占めています。負けてはならないと取り組んだ末、負けた事件ほど、絶対に忘れられないのです。


ところが、振り返れば、勝った事件方がずっと多いんです。「なんで、これ勝ったのかなあ」なんて思ったりするわけで。


和解で解決した事件でも、そのときは当事者に申し訳ないなあなんて思いながら、和解したのに、改めて振り返ると、6000万円請求された被告事件で、150万円で和解してるのは、勝ったのも同然ですよね。法律論では、まず勝つのは無理に見えるんで、「なかなかやるじゃん、僕も」なんて思ったりするわけで。やってるときは、「相手はひどい」、「腐ってる」、「許せん」なんて攻め続けてるから、いざ、和解となると当事者に申し訳なくなる訳ですけど。


初心を思う


で、改めて、31年前、新人で入った事務所のことを思い出します。ここでは、「不正義だと思ったら、まず闘え」と教えられました。そんなこと言ったって法律的に無理じゃん、などと泣き言を言うと、ボス頭の弁護士から、よく怒鳴られました。thunderthunder


「不正義だと思うなら、まず行動しろ、理屈なんか後でついてくる」と。完全に体育会系ですよね。およそ僕の柄ではありませんでしたが、やっぱり最初が肝心ですね。僕は、今でも、利よりも、義、情優先で、理は何とか後でこしらえるけどけど、利が伴わないために、事務所は恒常的に経営危機です。


ま、こんなんで、一生行くんでしょうけど。

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2013年1月17日 (木)

マチベンの寒中見舞い その1

昨年の仕事納めの日の終業間際、二人の若者が事務所を訪れた。
人の顔を覚えるのが超苦手な僕は、すぐには誰かわからなかった。
一年近く前に、離婚事件が終結した男性だった。
分割で受け取っていた報酬の残金を一括で支払に来てくれたのだった。


彼は、「ありがとうございました」と、明るい声で頭を下げる。
一緒に来たのは、むろん、新しい彼女。二人は仲良く、とても幸せそうで微笑ましい。


人生、なにごとも失敗はある。そして、なにごともやり直しはある (^^)V
そう、やり直す気さえあれば、幾つになろうと…。
本年もよろしくお願い申し上げます。

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2012年12月29日 (土)

財界へのアドバイス -- 東電に対する被曝米兵の損害賠償訴訟をめぐって

東電がアメリカで訴えられた。
請求額は1億1000万ドルという報道もあるので、情報は錯綜しているようだ。

米空母乗組員8人、東電提訴=誤情報で被ばく、120億円請求

時事通信2012年12月27日(木)23:27

 米メディアなどによると、東日本大震災を受けて被災地沖合に派遣された米原子力空母ロナルド・レーガンの乗組員8人が27日までに、東京電力が福島第1原発事故について誤った情報を伝え、危険なレベルまで被ばくさせたとして、同社を相手に損害賠償など計1億4000万ドル(約120億円)の支払いを求める訴えを、米サンディエゴの連邦地裁に起こした。

 「トモダチ作戦」として救援活動に当たった乗組員側は「米海軍が東電による健康と安全に関する偽りの情報を信頼し、安全だと誤解させられた」と主 張。「東電だけが入手できた当時のデータによると、原告が活動していた地域における放射線被ばく量は、チェルノブイリ原発から同距離に住み、がんを発症し た人々の被ばく量にすでに達していたことになる」と指摘した。

 また日本政府についても、「ロナルド・レーガンや乗組員への放射能汚染の危険はないと主張し続けていた」とし、意図的なミスリードだったと非難した。 

[時事通信社]

原告にしてみれば、日本国も当然、被告にしたいところだ。
しかし、アメリカで日本国を訴えることはできない。
主権免責(主権免除)と呼ばれる法理があるからだ。
国際法上、国家主権は絶対的な権利であり、侵犯されてはならない。
例外的に、契約責任等を追及される場合を除けば、国家は、他国の司法で裁かれることはない。


しかし、東電は別だ。
東電は、一民間企業に過ぎない。
裁判所の管轄は、被告の住所地だけではなく、不法行為地にもある。
トモダチ作戦の活動は日本で行われたが、今後生じる可能性のある健康被害は、アメリカで発生している。
そして、不法行為地は、被害の発生した地を含む。
したがって、アメリカの裁判所に管轄はある(アメリカの裁判所には、この件で東電を裁く権限がある)。


訴訟の行方を見通すことはむろん困難だが、被曝リスクの上昇が認められれば、アメリカの裁判所は容赦なく東電の責任を認める可能性がある。
東電が正確な情報を発信していなかったことは、火を見るより明らかだからだ。


東電といえども日本国民を蹂躙し、見殺しにできても、米兵を踏みつけにすることは不可能だということだ。


但し、トモダチ作戦の実相には、よくわからないことが多い。
2011年5月2日付の中日新聞の社説「大震災と米軍支援 日米を真のトモダチに」によれば、

 日本政府から十分な情報が得られないと分かると、米政府は希望を募って在日米軍の家族七千五百人を帰還させ、福島第一原発の周囲八十キロを避難地域に指定した。これを受けて「トモダチ作戦」は八十キロ圏外で行われている。フクシマを米国に波及させないことに関して、米政府は徹底している。

とされている。活動が80キロ圏外で行われていたとする場合に、それでも、アメリカの裁判所が被曝リスクの上昇による健康被害を認めるか。注目されるところだ。


仮に、被曝リスクの上昇による健康被害が認められる可能性があれば、今回、訴訟を提起した8名だけではなく、トモダチ作戦に動員された多数の米兵から次々と訴訟が提起される可能性がある。


そうなると、問題は賠償額である。
単純に数字を見れば、一人当たり10億円を遙かに超える賠償を求められている。
アメリカには制裁的(懲罰的)慰謝料の法理があるから、億を超える賠償が認められても不思議ではない。


アメリカの弁護士にとって、東電訴訟は、日本の過払金訴訟のように旨味のある裁判になる可能性がある。


アメリカでは毎年4万人だったかの弁護士が生まれており、すでに弁護士人口は100万人を遙かに超えている。
利益が上がると見れば、ハイエナのように群がって、東電を食いつぶすだろう。
東電に投入された税金は、瞬く間にアメリカの弁護士に吸い取られる可能性がある。


フクシマの被災者は、恣意的で不当な線引きによって、苦しんでいる。
避難地域外だとされれば、汚染しているにも拘わらず、避難することは認められない。被曝リスクを覚悟して地元に止まるか、補償らしい補償もなく、「自主的に」避難生活を送ることを余儀なくされている。
不当な線引きを超えて「避難する権利」が認められていないのだ。
アメリカ国民と日本国民の、この落差を、どう説明したらよいのか、言葉がない。


司法改革が目指した弁護士の自由競争による「法の支配」が、すでに十分に実現された国がアメリカである。
弁護士激増政策に歯止めをかけなければ、一般市民がブラック士業に巻き込まれるだけではない。
回収が確実な大企業が狙い打ちにされる可能性が高い。
そうなってから、財界が司法改革を推進したことを悔やんでも、もはや手遅れである。


また、財界が政府に対して強力な推進圧力をかけているTPPでは、アメリカの弁護士資格を有するアメリカ弁護士と日本の弁護士による日本の法律事務所の共同経営が目論まれている。アメリカの弁護士は、居ながらにして、日本の弁護士を支配下に置くことができるようになるのだ。
そうなったとき、アメリカのローファームの豊富な資金力を利用して、共同経営とは名ばかりの、飢えた雇われ日本弁護士が、次々と日本企業に襲いかかる。
過払金訴訟の負担に耐えかねて倒産した武富士の二の舞が起きるだろう。
そのことがわかっていて、その覚悟があって、財界はTPPに前のめりになっているのか。
増やしすぎた弁護士の報いは、必ず、財界にも向けられる。
日本企業の衰退を狙う勢力の先兵として、日本の飢えた弁護士が雇われるのだ。


財界は、弁護士大増員も、TPPも直ちに止めるべきだ。
市場圧力に圧迫されたハイエナ弁護士ほど怖いものはない。
今なら、間に合う。
貧困マチベンから、財界に対するアドバイスである。

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2012年11月30日 (金)

関西電力は卑劣なでっち上げによる脱原発運動の弾圧をやめよ

関西電力名古屋支店前における大飯原発再稼働反対行動の参加者に対して、愛知県東警察署が不当捜査を行っていることは11月16日に既報である。


本来的に出入り自由な普通のオフィスビルに警備員の了解を得て入っただけで、「建造物侵入」の容疑がかけられている。
こんなことをされては、日常生活も、いつしょっぴかれるか、怖くておちおち出かけることもできない。


さて、フタを開けたら、やっぱり公安筋の事件は仕組みが違う。
「被疑者2名は、共謀の上、『警備員の制止を振り切って』、ビルに侵入した」との容疑だった。
弁護団は何度も本人たちに確認している。
そんなことは、絶対にあり得ない。
完全なでっち上げである。
そもそも当時の模様は、関西電力の監視ビデオに映っているはずであるから、制止を振り切ったという客観的事実があれば、本人の事情聴取など必要ないはずだ。
公安筋の手口であれば、事情聴取をすっとばして、逮捕できたはずだ。

客観的証拠がないから、無理にでも「制止を振り切った」と言わせて、事件をでっち上げようとする。

原子力ムラのやることはどこまでも醜い。

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週刊金曜日(2012年12月19日)

JANJAN Blog(2012年12月18日)

2012年11月20日 (火)

弁護士が足りない! 司法改革の成功

僕が弁護士になったばかりの、今から30年前、中川民商弾圧事件という事件があった。
「民商」という組織があるということは、憲法判例がいくつも残っているから、司法試験受験生なら、必ず知っている。
憲法判例になったのは、各地で何度も弾圧され、ぎりぎりの憲法論・法律論を闘わせた歴史があるからだ。


民商に対する弾圧の手口は、いつも同じで、納税者(自営業者)に対して、挑発的で高圧的な税務調査を実施する。
納税者が、挑発に乗ってしまって感情的になったときに、些細な行動を「公務執行妨害、傷害」にでっち上げて、突然、二十名規模で自宅へ押しかけて、逮捕・捜索する。
事件とは何の関係もない民商の名簿やビラを押収していく。


この手口の事件が、名古屋でも30年前(82年)のちょうど今頃、初めて起きた。
新人だった僕が10名ほどの弁護団の事務局長にされた。


僕が入った事務所は弁護士10人くらいの規模の名古屋ではそこそこ大きな事務所だった。


逮捕当日午前10時頃、民商の事務局や家族が相談に訪れた。
たまたま事務所に残っていた、当時経験5年目のM2弁護士と、弁護士経験半年ほどの僕が、相談を受けていた。


そこへ、事務所創設者・所長格で、現在は過労死弁護団で全国的に知られているM1弁護士が事務所に戻った。
相談室に入るや、突然、彼は怒鳴った。
「何をやってるんだ、すぐ接見に行かんか!」thunder


M1弁護士はスーパーマンと呼ばれ、恐れられていた。
彼に怒鳴られると、ああもこうもない事務所だった。
その日の昼頃には、Aさんが逮捕された警察署へ事務所の弁護士数名が集まっていた。
接見をさせろ、させないの押し問答が延々と続く。


弁護団は、取調室のあるとおぼしき刑事部屋まで入って、「すぐAさんと会わせろ」と要求する。それでも警察は、絶対に会わせようとはしない。


執拗な接見拒否は、調書を作るための時間稼ぎだと気づいた弁護団は、Aさんの捜索に入った。
今は有名な再審事件の弁護団長になっているS弁護士らが、刑事部屋や廊下を動き回って「Aさん、どこにいる」と大声を張り上げる。
警察は苦り切っている。
そこへ「ここです」とAさんの声。
間をおかず、動物的な勘に秀でたM2弁護士は「Aさん、署名するな」と声を張り上げる。「はい!」とAさんの返事が聞こえる。
この騒動の後、ようやく接見できた。Aさんは、調書はすでに作成され、署名寸前だったと語った。
すんでのところで、調書の作成を止めることができたのだ。


この手の事件は、警察側には、真相究明の意思はなく、ただ被疑者を巧みに陥れるという悪意・害意があるだけなので、説得しても無駄である。
素直に聴取に応じれば、筋書きにしたがった調書を巧みに作って、署名させられるのが落ちである。
調書のねつ造や、証拠の作為は、特捜に限ったことではない。
公安関係の警察のやることは、昔も今もねつ造、こじつけ、誇張、歪曲に満ちている。


弁護団は、警察は税務署の味方であって、Aさんが分かってもらおうと思って話しても絶対に受け付けないことを説明して、Aさんに黙秘するように勧めた。
Aさんは、起訴されるまで20日間の勾留期間、黙秘を貫いた。


連日、手練手管を尽くした取り調べが続くことを考えれば、黙秘を続けることは実際は、容易なことではない。
よほど強い覚悟が必要である。
弁護団は、勾留中、検察や警察の取り調べが開始される前の時間である午前8時30分と午後に分担して連日、接見し続けた。
夕方には、警察署や拘置所の前で、民商の人たちが集まってAさんに声が届くように「Aさん、頑張れ」とシュプレヒコールを挙げて、Aさんを励ました。
検察や警察の取り調べは巧みだ。
黙秘を貫くには、弁護士や運動団体が、Aさんを励まし続けることが必要なのだ。


黙秘をしたAさんは、起訴後も釈放されることなく、保釈まで、33日間、勾留された。
自白しなければ、裁判所は第1回期日前に保釈を認めることはまずない。
人質司法と言われる所以である。


Aさんが勾留されていた33日間、毎日の接見は続いた。
事務所一丸となって闘った事件だった。
そして、事務所一丸となって闘ったといえる最後の事件だった。


弁護団は、Aさんが、釈放されるまで、土日もなく、連日、事件のために動き回り、日常の事件もこなしていたので、弁護団会議は、いつも深夜10時や12時に始まるのが常だった。
そんな時代だった。


確かにこの頃、基本的人権と社会正義の実現が弁護士の共通目標だった。
少なくとも建前としては、それが最も重要なことを誰も否定しなかった。


時代の流れもあるだろう。


大飯原発再稼働反対関西電力名古屋支店弾圧事件では、中心になっているのは、ほぼ30年以上のキャリア組が実働部隊の大半を占める。
おじさんおばさん弁護団である。


名古屋の弁護士の数は、30年前のほぼ3倍になった。
10年未満の経験の若手弁護士がほぼ半数を占める。


しかし、不正義に対して、声を上げた市民を守るために、立ち上がる若手弁護士は足りない。


弁護士は数だけ増やせばいいのか、もっと増やせば、どんどん若手が手弁当の弁護団に加わるのか。
そんな訳はないだろう。


脱原発に立ち上がる市民の少なくない部分が若い人なのだから、時代のためだけでは説明できない。
司法改革は、営利追求に走らざるを得ないように弁護士を変質させた。
生存をかけた利益追求に晒されるとき、そうした経験のなかった者にかかるストレスはすさまじい。強い者に縋り、寄りかかりたくなる。
実際、僕は、リーマンショックに端を発する経営難に直面して鬱になったとき、何物にも逆らうことなく、大樹に寄ることを本気で考えたし、強い者に反発する生き方をしてきたことを心底、後悔した。
僕がかろうじて自分を保ったのは、そうでない生き方が僕にはできないということを確認せざるを得なかったからに過ぎない。


原子力ムラに代表されるような利権集団にとって、司法改革は、狙い通りに成功したのだ。

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