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カテゴリー「宮崎学の子分」の14件の記事

2013年2月11日 (月)

イソベン君デビュー 弁護士列伝インタビュー

無沙汰しておる。宮崎学の子分である。
僭称しているだけだから、誤解するな。


マチベンのところのイソベンは、マチベンが知らぬうちに、親ベンより有名になったぞ。


イソベンが「弁護士列伝」のインタビュー記事(弁護士ドットコム)にデビューしておる。


イソベンは、若い人材が不足しておる弁護士会の用務のために、面倒な会報原稿を押しつけられたりしていることは知っておったが、よもや営業の才覚があるなぞとは、思ってもおらなんだぞ。


これでしがない田舎マチベンの事務所もいっぺんに全国区である。
マチベンは有り難く思わねばならぬ。


間違っても、親ベンをさしおいて全国区になるのは、不届き千万であるなぞと思うのではないぞ。


Q1. なぜ、弁護士になろうと思われたのですか?

A1.もともと、企業など組織の中で働くよりも、弁護士のように自分が正しいと考えたことについて、自分で考え、行動に移せる自由な職業に憧れていました。


こういう自由と独立の精神、そしてその責任の引受を、昔は「在野」精神と呼んだもんだ。
このところ、とんと聞かなくなったが、つい10年数年前までは、弁護士たる者、在野であれというのは、当たり前のことだった。どうやらマチベンは、今どき珍しいタイプのイソベンに恵まれたようだな。


(Q弁護士になって初めて分かったことや、思い描いていたイメージとのギャップはありましたか)
思っていたよりもプレッシャーが大きいと実感しています。依頼者とうまく人間関係を築いていくという事は簡単なように見えて、簡単なことではありません。なる前は全く分からなかったのだが、実際に弁護士として働くと依頼者の方と信頼関係を築くことの難しさを痛感します。

わしは、そのくらいのプレッシャーを受けて当たり前だと思うぞ。何と言っても、マチベンタイプの弁護士が関わるのは市井の人の人生である。
今は偉そうにしておるが、俺は、マチベンも成り立ての頃に、責任の重圧で、げっそりやせて、同期の弁護士から「どこか悪いの」と心配されていたのを知っておる。マチベンがストレスでやせたのは、そのとき一回こっきりだったな。人一倍肝っ玉が小さいマチベンは、新人の頃、仕事に押しつぶされそうだったもんだ。


(Qそのような困難な事を前にしたときに意識することは)
諦めないことです。勝てないからと言って諦めてしまってはその時点で勝つ確率はゼロ%になってしまいますから。

これは、マチベンの受け売りであるな。
しかし、俺は知っておる。マチベンも受け売りである。
マチベンも、事件で協力してもらっているG建築士から「諦めたときが負け」だと散々教えられていたからな。


ま、俺のように踏ん張っておれば、いずれ受け売りも身に付くから、精々、頑張ることだな。


弁護士と同じで、ヤクザも凌ぎが細かく、忙しくなったので、この程度にしておく。各自、記事を参照されたい。


起死回生を狙った暴力発電は、残念ながら、いまだ成約がない。
排除された暴力団の暴力をエネルギーに変える究極のエコ発明であるにも拘わらず、だ。
興味は示しても、結局、みな、いざ契約となると、引くぞ。
どうも顧問弁護士が、反社会的勢力と契約してはならんと指導しておるらしい。
何もかも暴排条例のためである。


暴排条例には断固反対である。


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2013年1月 8日 (火)

宮崎学の子分から新年の挨拶である。

宮崎学の子分である。無沙汰しておる。


今年は、年末からばたばたがあった上、現在、締め切り遅延の執筆活動sign01に追われておる。このため、新年の挨拶をしておらんことに今、気づいた。


ここで新年の挨拶をしておく。


ここ守山は、抵抗の言論人、桐生悠々が晩年を過ごした地である。


『関東防空大演習を嗤う』との論陣を張って信濃毎日を追われた桐生悠々は、北朝鮮ミサイルのカケラ騒動で、沖縄の子どもたちが屋内避難を強いられている様を、どう思って見ておるであろうな。
日本人が戦前以上に幼稚化したと嘆いておろうか、呆れておろうか。


歴史は繰り返す、1度目は悲劇として、2度目は喜劇として。


末尾に桐生悠々の個人誌『他山の石』の廃刊の辞を引用しておく。
飛ばし読みしかできん奴のために、下線を引いておいたので、心して読まれよ。
言っておくが、『戦後の一大軍粛』を桐生が予言したのは、日米開戦前の1941年8月だ。
並の人間に吐ける言葉ではないぞ。
そういう大人が、この田舎におったのだ。


ワシは、これから親分にあやかって文筆家としてデビューしようとするくらいであるから、まだ辞世を述べるわけにはいかぬが、新年に当たり、桐生悠々が廃刊の辞に込めた烈々たる怒りと信念の爪の垢くらいにはあやかりたいと心を新たにしておるぞ。


 桐生悠々は「大阪毎日」「大阪朝日」「信濃毎日」「新愛知」等を歴任したジャーナリストである。昭和8年(1933)8月11日「防空演習を嗤う」論説 が『信毎』に載ってから、軍部はあらゆる手段を講じて「信毎」に圧力を加え、その結果悠々は「信毎」を退社、12月に長野を去り、「新愛知」時代に住んで いた守山町廿軒家の地に居を構えることになった。
 名古屋には、ジャーナリストとしての彼が活動できる場はもはやなく、個人雑誌『他山の石』を月2回発行、300~400名の購読者の会費収入によって生計の道を立てることにした。
 このささやかな個人雑誌に対しても治安当局の目はきびしく、記事の削除、発禁は終刊にいたるまで27回におよび、悠々の行動は絶えず勝川警察署の公安の監視の下におかれていた。
 昭和16年8月5日号の『他山の石』を差押さえた県特高課は、悠々に『他山の石』廃刊の勧告をつきつけ、それに抗して発行された8月20日号(第8年第16号)が最終号となった。
 その最終号に載った「廃刊の辞」の一節である。


 「さて小生『他山の石』を発行して以来ここに八個年超民族的超国家的に全人類の康福を祈願して孤軍奮闘又悪戦苦闘を重ねつゝ今日に到候が(中略)時たまたま小生痼疾咽喉カタル非常に悪化し流動物すら嚥下能はざるやうに相成りやがてこの世を去らねばならぬ危機に到達致し居り候う故小生は寧ろ喜ん でこの超畜生道に堕落しつつある地球の表面より消え失せることを歓迎致し居り候うも唯小生が理想したる戦後の一大軍粛を見ることなくして早くもこの世を去 ることは如何にも残念至極に御座候う」(原文に送り仮名などを挿入した)
 太平洋戦争の始まる3か月前、昭和16年(1941)9月10日、悠々は68歳の生涯をとじた。

         愛知県郷土資料刊行会 「守山区の歴史」より

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2012年5月18日 (金)

何をしておる!日弁連 宮崎学の子分

宮崎学の子分である。面識はまだない。

日弁連の話題なのだから、マチベンに書けと言ったが、怖くて書けん、暴力団は嫌いだとほざく。
仕方がないので、わしが書くことになった。

さて、日弁連の機関誌『自由と正義』5月号にこんな予告記事が掲載された。

Nitibenren6gatugou

 

6月号では、『反社会的勢力に対する日弁連・弁護士会の取組』を特集するという。


頭がくらくらしたぞ。
少数者の人権を擁護する日弁連の使命はどこに行ったのか。
先日は、東京弁護士会の機関誌が暴力団排除を特集しておった。


高い使命感をもって、身命を賭して、暴力団排除に取り組んでおるのであろうが、見識が狭い。


暴力団排除を高く掲げる弁護士は、コマーシャリズムに乗って過払金の客寄せを図った弁護士たちの姿に重なる。

俺の目には、弁護士が、暴力団排除を理由に企業法務に食い込もうとしているように見えてならん。

新法・新条例の制定は、企業法務の新分野を開拓する、弁護士のための新手の公共事業のようだ。


公共事業の割に金がかからん、なぞと見過ごすことはできん。


『反社会的勢力』と来た。
言っておくが、もともと、この言葉は、『平場の重さん』と同じように、警察業界の隠語だぞ。


ナチス政権下の牧師が残した言葉にこんなのがある。

「ナチ党が共産主義を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。
ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。
ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。
ナチ党はついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した―しかし、それは遅すぎた。」
    ― 『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』

共産主義を暴力団に置き換えれば、酷似しておる。

念のためにいえば、当時は、どこの国の共産主義者も暴力革命を唱えておったから、一般市民にとっては、得体の知れぬ怖い存在である点で、暴力団とさして変わりなかったとも言えるな。


わしが、警察庁長官であれば、次のような祝辞を送りたいところだ。


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      祝 辞

『反社会的勢力』とは、もともと、警察用語でしたが、このたび、日弁連でも機関誌で正式に採用され、日の目を見ることとなったのは、誠に喜ばしいところです。


私どもは、さしあたり、暴力団の排除に全力を尽くして来たわけでありますが、巧妙化する手口を踏まえ、暴力団を排除するためには、『反社会的勢力』全般を排除しなければならないことは言うまでもないところであります。


ちなみに、警察白書では、これまでも、暴力団はむろん、オウム真理教、右翼、過激派、共産党等、『反社会的勢力』の動向に注目してきたところです。近時の特徴としては、反グローバリズム運動、米軍基地再編、雇用問題等に関係した大衆運動にも『反社会的勢力』の浸透が見られるところであります。


このところ、顧問弁護士の企業法務技術の向上がめざましく、各企業で、競うようにして『反社会的勢力』の排除に向けての努力が重ねられていることは、警察庁としても、予想外の進展と受け止めております。


中でも、グーグルで「反社会的勢力 定義」で検索して1番上に出てくる水戸証券の定義はA4・1枚に『反社会的勢力』を網羅したものとして、秀逸で、顧問弁護士の力量が大きく寄与しているものと思われます。


この定義では、総会屋はむろんですが、「社会運動ゴロ」等も含んでおり、最終項では、「前各号に準ずる者のほか、暴力的または不当な要求行為等により市民社会の秩序や安全に脅威を及ぼす団体または個人等、当社で定める者」として、およそ反社会的と考えられるあらゆる者を排除することのできる応用性にすぐれた定義となっております。


この最終項は、自民党の憲法改正案の21条2項「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的とした結社をすることは認められない」とする表現の自由の制限規定と連動しており、大きく将来を見据えたものといえましょう。


また、企業の中には、定義の中に、「威力」を用いる行為者を「反社会的勢力」に包含して排除しようとするなど、行為者の属性でなく、行為の特性に着目した定義を用い、今後、企業や政府に対する示威活動、平たく言うとデモなどに対しても、柔軟かつ有効に対応できるよう工夫をこらした例もあります。
パレードもむろん主張内容如何によって、「威力」を用いているものであることはいうまでもなく、こうした広範囲な活動に『反社会的勢力』の定義を及ぼそうとする努力は心強い限りであります。


日弁連の会員各位の熱意と努力により、警察関係者の悲願とも言える『反社会的勢力』の駆逐に向けて、めざましい努力が重ねられていることには、往時の日弁連を知るものとして、誠に感慨深いものがあり、感謝に耐えないところであります。


今般、こうした成果を踏まえて、日弁連が、日弁連と単位会を挙げて、反社会的勢力と闘うことを機関誌において堂々と宣言・表明され、会員の結束を示されたことは、日弁連の長き歴史の中でも、画期をなす新たな頁を開くものとして誠に慶賀に堪えない次第であります。


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【マチベンの言い訳】
マチベンは、暴力団は嫌いである。
最初に入った法律事務所が、暴力団員からの依頼を禁止し、暴力団を排除していたので、爾来30年、マチベンは一度も暴力団員の依頼を受けたことがない。
暴力団関係者とわかれば、依頼を断ってきたし、依頼後に、暴力団関係者とわかれば、たとえ金目の事件でも、即刻、辞任してきた。
最も暴力団関係者の排除に努力してきた者として30年のキャリアには矜持がある。


しかし、『反社会的勢力』となると話は別だ。
いずれ、喫煙者である我が身に及ぶ可能性も、考えなければならない。社会通念次第で、タバコの煙は、「威力」に当たりかねない。


公然と『排除』を謳う社会が住みやすい筈がないのは、自称「宮崎学の子分」さんのおっしゃるとおりで、「『我々』と『敵』」という線引き問題は、課題が達成されそうになれば、次々に新たな線引きを繰り返すことになるのは、歴史が示すとおりだ。


つきましては、日弁連には猛省を求めたく、かと言って、公然と物を言う勇気もありませんので、子分さんにブログをお貸しした次第であります。
これも利益供与というのだろうか?

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2012年5月16日 (水)

宮崎学の子分 小沢一郎はなぜ8億円貸したことにされちゃったのか

宮崎学の子分である。まだ面識はない。


暴力発電は、まだ一件も成約がない。極めて優秀なシステムなのに、契約をすると、暴力団支援目的の利益供与に当たると要らぬ恐れを抱かれておる。


以下の文章を読む前に、5月15日付のブログも読んでおくように。


さて、小沢一郎が陸山会に貸したのが8億円だとされる理由は、どういうものだろうか。


この答えは、その後の経過を見るとわかる。


秘書は、翌平成17年と、平成18年にそれぞれ、担保に入れた陸山会名義の定期預金を2億円ずつ解約して、銀行に対する小沢一郎の借入金を返済した。小沢一郎が銀行から借りた4億円は、完済になった。
小沢一郎の4億円の借金を陸山会が肩代わりして返済したのだから、小沢一郎に4億円を返したことになる。
小沢が貸したのが4億円だけなら、これで、終わり、めでたしめでたしの筈だ。


ところが、そうはならない。


小沢一郎が最初に秘書に手渡した4億円は、まだ小沢一郎の手元に返っておらんではないか。


仕方がないので、秘書(代がかわっておる)はやりくりして、3年後に、陸山会から小沢一郎に4億円を返した。


こんがらがるが、やはり小沢一郎は、陸山会に8億円を貸しておったのだ。


法律家でさえ、十分、こんがらがる。このからくりを、不案内な秘書(判決がそう認定しておる。確かに、経過を見ておると頼りなくてならん)がやったのであるから、秘書自体も訳がわからなくなっていたのではないかと思われる。


※ 当初、秘書は、小沢一郎から渡された4億円を、そのまま土地代金に充てるつもりだったが、先輩秘書から預金担保で銀行から借りたお金を土地取得に充てる方法を助言され、(よくわからないまま)銀行借入を使う方法に変更し、土地代金を決済する前日に銀行の内諾を得た。ところが、翌日の午前10時の代金決済時刻に融資が間に合わなかったため、結局、陸山会の他の預金をかき集めて、代金を決済した。結局、小沢一郎が4億円の定期預金を担保に借入手続をしたのは、代金を決済した後であった。とどのつまり、陸山会のお金で陸山会の土地を買ったのだから、何のために小沢一郎から4億円を借りたのやら、さっぱりわからない事態になったという訳である。


判決は、秘書は8億円を借りたことを認識しておったとしておる。
わしには、秘書に関する判決の認定は、合点がいかん。
判決で認定されている様々な経過での秘書の手際があまりに悪いからだ。
よう分かっておらんかったとしか、わしには思えん。


秘書は、大枠は小沢に報告していたが、よく分からん秘書から報告されても、小沢一郎は、的確な認識はできなかっただろう。


小沢一郎といえども法律は素人である。
不正確な秘書の報告で、正確な法的判断(すなわち俺は、手元資金4億円以外にさらに、さらに4億円を陸山会に貸したから、合計8億円を貸しておる)などできなかったに違いない。


違法性の意識がなかったなどという法律用語を使うから、わからなくなる。
要するに小沢一郎は、「俺は4億円しか貸しておらん」という認識であるから【8億円貸したのに、4億円しか収支報告書に記載していない】という犯罪事実を認識していなかったというのが、それこそ「市民」に対する、わかりやすい説明というものだろう。


小沢一郎は疑いもなく無罪だ。


これが世に言われておる「政治とカネ」の問題だ。普通に見れば、ただの経理書類の記載ミスに過ぎんことを空騒ぎのタネにしておる。


もう一度、町内会長の例に戻ろう。


町内会が緊急に50万円を必要とする事態が起きた。
とりあえず町内会長が立て替えることになり、町内会長は会計に50万円を渡した。【貸付金1】
その後、会計は、この50万円を銀行に預け、この預金を担保にして、町内会長が銀行から50万円を借りて、借入金を町内会長が町内会に貸すという処理をした。【貸付金2】
その際、会計は、銀行に預けるとき、預金を町内会名義にした。
会計は、貸付金2を帳簿に記載して、貸付金1は帳簿に記載しなかった。


小沢一郎の裁判は、会計が帳簿の虚偽記載の罪に問われるだけでなく、さらに町内会長も同罪だとするものだ。
こんなことで刑事責任を追及されては、町内会長としては、やっておられんではないか。


何をちゃちいことを、争っておる。
大事なのは「国民の生活」、「国民の命」だろう。


大山鳴動して、ネズミ一匹見つからんのだ。


こんなちゃちい裁判は、早くやめるのがよろしい。
政局がらみで引きずるのは、断じてならんとわしは思う。


おっと、暴力発電について聞きたいという連絡があった。
今日は、ここまでだ。
指定弁護士には、また気が向いたら、アドバイスしてやる。


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【マチベンの補足】
あれあれ、まだ途中なのに、自称「宮崎学の子分」は、あわてて、出て行ってしまった。


彼が説明していることは、大筋、正しいが、法律論としては、まだ不十分なんだなぁ。


実は、この場合でも、銀行から借りた4億円の返済方法次第では、小沢一郎(以下、小沢という)が貸したのは4億円に過ぎないという場合もあるというから、法律はややこしいのだ。


もし、秘書が、担保になった定期預金に手を付けずに、陸山会の他のお金で4億円を完済したとしてみよう。
そうすると、秘書は、完済した後、残った4億円の定期預金を解約して小沢一郎に返済すればよい。
銀行への完済と同時に全てが解決する。
3年後の秘書が、苦労して陸山会のお金をかき集めて、小沢に返す必要はなくなる。
やっぱり、小沢が陸山会に貸したのは4億円だったように見える。


ただ、この場合、定期預金の名義が、陸山会だったか小沢一郎だったかが問題になる。

陸山会の名前だったとすれば、4億円の小沢一郎の借入金を陸山会が肩代わりして返済した4億円と、陸山会名義の4億円を解約して小沢に渡す4億円と、結局、合計8億円を返済することになる。
8億円を返済するということは、やっぱり小沢が陸山会に貸していたのは8億円ということだ。


ところが、この場合、担保に入れた4億円が小沢一郎の名前で預金されていたとすると、どうなるだろう。
その場合、小沢は、銀行からの借入金が返済されれば、担保を解除された自分名義の預金を取り戻すだけだ。4億円は陸山会から受け取った訳ではないから、陸山会が小沢に返したことにはならない。

ややっこしいが、この場合は、陸山会は、小沢一郎の4億円を肩代わりした4億円を返済しただけで済み、後は小沢が自分の預金を取り戻しただけということになるから、陸山会の借入は4億円に過ぎない。


わかっていただけるだろうか。
要するに、銀行から借り入れた4億円を、どのようにして返済するかという事後的な事情や、担保に入れた定期預金が陸山会の名前か、小沢の名前かによって、陸山会が小沢から借りた金額が4億円なのか、8億円なのか左右されるという訳だ。


最後に最も初歩的なことに触れておきたい。
定期預金の名義が「陸山会」か「小沢一郎」なのかは、実は、一般の人には、すぐに判断がつかないことも少なくない。
ここは、マチベンの事務所でも、新人事務員さんに、いつも僕が教えている点だ。


「陸山会代表 小沢一郎」で預金をすると、預金者は小沢一郎ではなく、「陸山会」である。
「陸山会代表」との記載は、単に自分の肩書きを示しているのではなく、その後に続く個人名と一体となって「陸山会」という団体を示すことになる。


判決によれば、小沢一郎は、単に「小沢一郎」と署名しただけで、「陸山会代表」という記載は、署名欄から離れたところに小さく記載されていたようなのだ。
こうなると、小沢一郎が、自分のお金を自分名義で預金したものと理解しても、全然、おかしくない。


判決が、小沢が陸山会に貸した金額を4億円だったと誤解(「市民感覚」では、8億円を貸したという判決の方が非常識だ)していた可能性があるとしているのは、こうした法律の素人には極めてわかりにくい、しかも、事後的に銀行に対する返済がどのようになされるかも含めて、全体を判断できないと、貸したのが8億円だと認識することは極めてむつかしいということを言っているのだ


退屈な説明になったし、わかりやすく説明しようとしても、やはりわかりにくい。
判決は、小沢一郎が8億円を貸したと認識するためには、①預金を担保に入れるための契約書に署名するときに、離れた場所に小さく記載されている「陸山会代表」という文字に気づいていたこと、②銀行からの4億円の借入金が、担保預金から返されることはあり得ないと、借入のときに、認識していたことが必要だとしているのだ。

さらに、判決は明記はしていないものの「違法性の認識」に触れているところからすれば、これに加えて、③上記の事実を認識した結果、収支報告書の記載に関して秘書から報告を受けた翌年3月頃の時点において『俺は8億円を陸山会に貸している』という法的な認識を持たなくてもやむを得ない事情があるとはいえない場合でないと「違法性の認識」を含む「故意」は成立しないことを示唆している。


今、マチベンは、司法試験クラスのむつかしい法律論をしている。


したがって、わからなくても、当たり前だと思う。
これは、弁護士も十分に惑わすことが可能な、極めて高等な法律パズルと呼ぶべきものなんだ。


あら、もう子分さんが帰ってきた。
彼もわかっていないことを書いてやった。


ありがたく思ってくれるかなぁ。


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【再び、宮崎学の子分である。】

結局、さっきの連絡は、冷やかしだった。

わしに、小沢一郎判決の内容を暴露させないための策略だったかも知れん。


マチベンが偉そうに書いておるな。
マチベンが書いた内容くらい、わしはとうに知っておる。
知っておるが、マチベンのような話にすると、訳がわからなくなるから、敢えて書かなかっただけだ。
それくらいマチベンなら知っておけ。


まぁ、それにしても、マチベンが高等法律パズルだと言っていることは正しい。


指定弁護士は、争点になっていない論点で判断されたと、不服を述べておる。
これは、高等法律パズルに気づいていなかった自分が無能だったと自白するに等しい。


想定外の争点だのと騒ぐのは、自分が何を立証すべきかを検察官役である指定弁護士が認識していなかったこと、自らの法律の無知を晒しておる。
この点、指定弁護士のレベルも、一般市民と、あまり違わなかったということだ。
「民意」による起訴なのだから、指定弁護士も「市民」並みの認識で、公判に臨んでおった。
めでたいことではないか。


裁判所の方が、「市民代表」の指定弁護士より、数段、頭がよかったというに過ぎん。


裁判所は、しばしば、当事者が争点としていないところに、論点が伏在していることを見つけて、判断する。
そういう場合、裁判所は、大抵、当事者を小馬鹿にしたように「上から目線」の文章を書く。


しかし、今回の判決文は違うぞ。
極めて、謙虚だ。
指定弁護士のプライドを害さないように最大限の配慮をしておる。


何だか、わしには、指定弁護士は裁判所のありがたい配慮にも気づかぬまま、混乱したまま控訴を決めたように思えてならん。
一審無罪判決の論理が盤石だということを指定弁護士は、まだ気づいていないのではないかな。
補充捜査云々などと言っているのが、その証拠だ。
何を補充すべきだというのか。
高裁で提出できる証拠は、地裁で提出できなかったことに理由がある証拠に限られておる。


指定弁護士の法律の無知は、地裁で証拠を提出できなかった理由にはならん。


一審判決を見る限り、高裁でこれを覆すのは、法律的には、不可能だろう。


指定弁護士の控訴には、違う力が働いたという説も流布されておる。
もし、指定弁護士が一審判決の法律的な盤石さを理解しているのであれば、ただ、裁判を長引かせるためだけの控訴だという説には、相応の根拠があるようにみえる。

いずれにしろ、小沢一郎の刑事裁判で争われているのは、何も本質的な部分のない、法律パズルのマニアに任せておくような、些末な話と言わざるを得ん。


メディアも、市民も、政治家も、本来、何をすべきか、その原点に戻るべきときだ。
つまらん世論調査などやめて、小沢の復権を認めんかい。


復権した上で、だめならだめと諦めも付こう。
だが、これでは、小沢は、生殺しだ。


言っておくが、こうしたことが起きるのは、民意重視の司法制度改革が原因だ。
司法に民主主義原理なぞを引き込むのは、邪道である。

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2012年5月15日 (火)

宮崎学の子分 小沢一郎の4億円とは何だったのか

宮崎学の子分である。面識はまだない。


わしは今、暴力発電の売り込みでで忙しい。
暴力団排除条例のおかげで凌ぎは益々細かくなった。何とか事態打開の切り札に暴力発電を考案した。電力会社を救ってやろうというものだ。実用化されれば、一発逆転も夢ではない。


何と言っても、暴排条例で社会から排除された暴力団を有効活用して、社会貢献させようというのだ。廃物利用である。窮極のエコである。素晴らしいではないか。


だから、小沢一郎の判決の紹介も、指定弁護士へのアドバイスもできなかった。
それもこれも暴排条例のためである。


マチベンがうるさいので書くことにした。


今さらではあるが、判決全文(要旨)が公開されたので、小沢一郎の事件がいかに馬鹿馬鹿しいか、ようやくわかった。


政治資金だとか、4億円だとかいうと、幻惑されるので、身近な町内会に置き換えると、問題の真相は、こうだ。


町内会が緊急に50万円を必要とする事態が起きた。
とりあえず町内会長が立て替えることになり、町内会長は会計に50万円を渡した。【貸付金1】
その後、会計は、この50万円を銀行に預け、この預金を担保にして、町内会長が銀行から50万円を借りて、借入金を町内会長が町内会に貸すという処理をした。【貸付金2】
その際、会計は、銀行に預けるとき、定期預金を町内会名義にした。
会計は、貸付金2を帳簿に記載して、貸付金1は帳簿に記載しなかった。


町内会長は、勤務先から、振込の給与とは別口で、現金で支給される給与があり、これを小遣いにしておった。
恐ろしい妻に知られると、現金支給分まで絞り上げられる。会計は、町内会長に配慮して町内会長が借入を起こして、町内会に貸した形にしたという訳だ。


さて、ここで法律問題だ。
町内会長は、町内会にいくら貸したことになるか。


町内会長は手元の50万円を融通しただけだから、50万円と考えるのが常識的ではないか。
ところが、法律は、50万円を2回貸しているから、100万円貸したことになるとするのである。


50万円を2回借りたのに、最初に町内会長から受け取った50万円を帳簿に記載していない会計は、帳簿に虚偽を記載したことになるというわけだ。


「市民感覚」で、おかしくないか。


しかし、これが小沢一郎や秘書の裁判の実態だ。


何しろ大物政治家だから、動く金も桁外れになるのは当然だ。
手元の融通資金が4億円だったというだけのことだ。


小沢一郎は、土地購入資金として、平成16年10月12日、秘書に4億円を渡した。【貸付金1】
秘書は、平成16年10月29日、陸山会代表小沢一郎の名義で4億円の定期預金を組み、これを担保に小沢一郎が4億円を借りて、陸山会に貸した。【貸付金2】
したがって、貸付金は4億円2回、合計8億円になるという理屈だ。
秘書は、陸山会の収支報告書に貸付金2だけを記載して、貸付金1を記載しなかった。
小沢一郎から出たお金は4億円なのだから借入は4億円だと思っていたのだ。
陸山会は、2回に分けて合計8億円を借りたのに、1回目の4億円を収支報告書に記載しなかったことが、収支報告書に対する虚偽記載とされたのである。


町内会長の例と同じだ。


「市民感覚」では、小沢一郎が陸山会に貸したのは4億円に過ぎないではないか。


ところが、法律というのは厄介なもので、この場合、8億円を貸したと言い張るのだ。
4億円の土地を買うのに、なぜ8億円を貸したと言わなければならんのか。
さっぱりわからん。


この点は、小沢一郎も一市民に過ぎん。
法的にどうであれ、自分では4億円を貸したという認識しかないのではないかな。
法廷での証言を見る限り、秘書も、4億円を借りたという認識しかなかったようだ。


しかし、法的にそうでなかったというのが、この小沢事件の肝である。


いや、4億円でも手元に置いた資金としては巨額過ぎ、これがいかがわしいという向きがある。
しかし、判決は、これは小沢一郎個人が、相続などを通じて取得した個人資産であると認定しており、争点にもなっておらんのだ。


判決は、

「被告人は、(上記貸付1に充てた)本件4億円の原資について『かなり以前から、元赤坂タワーズの金庫で現金として保管していた個人資産である。その原資は、親から相続した不動産を処分して、現在の自宅を取得したときの差額である約2億円、家族名義の預金を払い戻した約3億円、議員歳費や印税等が貯まったものを払い戻した1億六,7千万円であり、手持ちの現金として保管していた』旨、公判で供述している。この供述は、細部において、あいまいな点や捜査段階における供述との変遷がうかがわれるが、大筋においては、この供述の信用性を否定するに足りる証拠はない。」

と一蹴しており、指定弁護士もとくに争っておらん。


タンス預金に、7億円なぞ、けしからん等とやっかむではない。
私財を投じて、よい政治をする用意があるなら、褒められこそすれ、非難される謂われはなかろう。
問題は、小沢一郎が、やろうとしていた政治が真っ当だったかどうかにあるはずだ。


世には、水谷建設からの5000万円が含まれているという邪推がいまだにまかり通っておる。
むろん、特捜部もそうにらんだのであろうが、そもそも水谷建設の5000万円自体が特捜部が小沢一郎を陥れるために描いたストーリーとしか思われん上、小沢一郎が秘書に4億円を渡した後の事件にしかできなかったという間抜けた代物で、およそ信用性はない。


未だに、「政治とカネ」などと騒いでおるメディアは、揣摩憶測、流言飛語を広めているとしか言えんのだ。
証人喚問などと騒いでいる野党も野党である(社民党を除く)。
しっかり政治をせんかい。


ところで、判決は、どうして、小沢一郎は、陸山会に8億円を貸したなどと、非常識なことを言うのか。


最初の例では、町内会長は、50万円ではなく、100万円を町内会に貸したことになるという理由は何かという問題である。


おっと、凌ぎの催促があった。
今日は、ここまでだ。
答えは、また気が向いたら教えてやろう。

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2012年4月 6日 (金)

宮崎学の子分 暴排条例実態報告編

宮崎学の子分である。
改めていうまでもないが、親分とは面識はない。

親分が暴排条例(暴力団排除条例)に猛烈に反対しておるのは知っておるだろうな。

いうまでもないが、「排除」なぞという言葉を堂々と使う社会は非寛容だ。生きやすい訳がない。



ところで、警察はけしからんことをしておる。
「暴排」を口実に堅気をいじめておる。
知り合いの風俗店の店主が嘆いておったわ。


それによると、警察は名古屋の錦・栄の歓楽街の風俗店に一斉にローラー作戦をかけているそうだ。
みかじめ料を払っていないか、軒並み聞きに回っておるそうだ。

風俗店の店主は、皆、暴力団に嫌がらせをされるのが怖いから、みかじめ料を払っておる。そんなのは歓楽街の常識である。

みかじめ料を払っているだろうと、尋ねられる。
「払っていない」と答えても、他の店と違うのかと尋ねられる。
「違う」と言えば、「どうして違うのだ(そうか、この店は暴力団直営なのだな)」と迫られる。
苦しくなって「他の店と同じにしている」なぞと答えれば、即、営業停止にされるそうだ。

とくにキャバクラとホストクラブがねらい打ちにされて、次々と営業停止を食らっておるそうだ。



高級クラブはOKで、ホストクラブがNGなど、ワシは断じて許さん。
こう見えても、ワシはフェミニストである。
男が遊ぶのは良くて、女が遊ぶのがいかんなどと、あってはならんことだ。


たださえ、苦しいご時世だ。
営業停止を食らって、閉鎖に追い込まれる店も相次いでおる。
ホストクラブに至っては、半減したそうだ。



ビルオーナーへの攻勢もすさまじいらしい。
暴力団関係者を入居させていないか、厳しく追及しておるそうだ。

店の閉鎖で空きテナントができても、オーナーは警察が怖くて、及び腰になっているそうだ。



風俗店経営者の感想は、警察が本気で、暴力団から店を守ってくれるなら、みかじめ料など払いたくない。守ってくれないから、暴力団が怖くて払っている。
こんな理不尽な仕打ちを受けるくらいなら、暴力団の方が警察よりましだというものだ。

尤もである。
警察が堅気をいじめてはいかん。
やくざの風上にも置けぬ。


経営者は、東京や大阪の警察はもっとひどいと聞いたという。
歌舞伎町なぞはもう、悲惨な有様だという。
愛知県警は、東京や大阪に先を越されて、功を焦っているのではないかと言う。

風俗営業法に基づいて許可を受けるから、営業停止なぞを食らうのである。
経営者は、結局、こんなことをすれば、もぐりの風俗店が増えるだけで、安心して入れる店が減り、治安は悪化するばかりだという。

尤もな話ではないか。



大体が、暴排条例は、目的犯だ。
「暴力団の威力を借りる目的で」金銭を授受してはならないと定めておる。
実態は、暴力団から暗に、みかじめ料を払わなければ、営業を妨害してやると示唆されるから、暴力団の営業妨害がこわいから、みかじめ料を払っておるのだ。
「威力を借りる」目的などはない。

いやがらせをやめてくれというお願いで払っておるに過ぎぬ。
警察が、そんなことを知らぬ訳はない。

構成要件に該当しないことを理由にして、営業停止をかけるなぞは、違法である。

暴力団に代わって、警察がのさばろうとしておる。

心ある暴力団は、堅気をいじめるのをやめろ。
義によって、結束しろ。
堅気をこれ以上、泣かすな。


秘密保全法が通れば、警察の動きに関する情報は、秘密情報になり、こんな話もしておれんくなる。

弱い者は、みな分断されるのである。

つくづく恐ろしい世の中になろうとしておると思う。

さすが親分である。
憲法のメルトダウン」とは、よく言ってくれた。

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追記 愛国者鈴木邦夫氏もなかなか、いいことを言っておる。

    リンクしておく。

    「鈴木邦夫の愛国問答 第84回」

2012年2月28日 (火)

宮崎学の子分より 無沙汰編

宮崎学の子分である。
いまだ親分と面識はない。

誤解せんよう言っておく。

凌ぎは半端でなく忙しい。
したがって、
無沙汰した。

さて小沢一郎は
親分の「ヤメ検はやめておけ」という
アドバイスに従って
正解だったな。

さすが鍛え上げられた
在野の弁護士だ。
法廷戦術は完璧だった。
普通なら無罪を確信してよいやろ。

だが、裁判所が検察に成り代わり、
事実を邪推する判決が
先に出たばかりや。

ここで油断するわけにはいかぬな。

親分が弁護人なら
こうアドバイスするやろな。

「敵の狙いはあくまでも
小沢一郎という政治家の
政治生命を絶つことにある。

メディアが一貫して、
有罪前提の報道を繰り返したのも
この狙いのためだ。

検事調書が却下され、
検察(指定弁護士)側の立証手段が
失われた今が絶好のチャンスだ。

どんどんメディアに出て
支持を広げろ。

小沢一郎の復権を求める
世論を作れ。

裁判所も世論を見ている。

世論が小沢一郎を葬ることを望んでいると
見れば、容赦なく邪推判決をするだろう。
世論が小沢という政治家を待っていると
見れば、証拠通りに無罪だ。

これから判決までの僅かな期間が
本当の勝負だ。

弁護人としては
やれるだけのことはやった。

後は、政治家小沢一郎の
力が本物かどうかが問われている」

小沢の弁護人も同じアドバイスを
したとみえる。
小沢は、そのとおり
動いているようだな。

親分のアドバイスの
ありがたさが身に沁みるだろう。


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それにしても、
検察は汚い。

公判では、
検察が
検察審査会に
ねつ造した捜査報告書を
持ち込んで、
起訴議決させたことが
判明しよった。

プロの検察が有罪にできないと確信し、
起訴を断念しておいて、
偽の証拠を素人に見せて
騙して起訴議決させたちゅうわけや。

検察は傷を負わず
小沢の政治生命を
葬ろうとする。

検察は何という醜さだ。

検察審査会は
検察の不起訴権力の濫用を
戒めるために存在するものやろ。

検察は、権力中の権力だ。
不当起訴と不当不起訴の
どちらでも権力を濫用し、
社会に不公正をもたらし
世論を誘導することができる。

検察の、この権力の濫用を制限することに
検察審査会の存在意義があるんや。
そんなもん、常識だろうが。

指定弁護士は、
検察審査会に持ち込まれた証拠の内、
ほとんどを不開示としたそうだな。

その大半が、偽りの証拠だったと
疑われてもやむを得まい。

審理が終わってしまってから
しぶしぶ副部長の捜査報告書を
弁護側に開示したそうだな。

報道では、
検察審査会に持ち込まれた
全ての証拠が開示されたとは
伝えられておらん。

指定弁護士は、
就任するに当たって
公正に職務に当たると
記者会見をしていた
とは違ったかな。

検察と一体になって
検察に都合の悪い証拠を
隠して、小出しにする

検察の不正に手を貸す。

何が公正や。

検察審査会の起訴議決が
検察が持ち込んだ
虚偽の証拠によって
もたらされたことが
判明したんや。

起訴手続に重大な違法があれば、
起訴自体を棄却しなければならぬ。
門前払いや。
「公訴棄却」という。

今回の検察審査会の議決は
検察の手の内で
操られた素人が
間違ってしたことが
はっきりしよった。

裁判所に
そんだけの度胸があるとは
思わんが、
公訴棄却こそが
あるべき真っ当な判決やろ。

検察の権力濫用を
戒めるべき検察審査会が
検察の権力濫用の
道具となった。

歴史の教訓としろ。

今の政治屋に
求めるのも愚かだが
検察審査会法は
抜本的に見直さんとあかん。

2011年4月12日 (火)

宮崎学の子分から「専門家」へのアドバイス

久しぶりである。宮崎学の子分である。親分との面識はない。

保安院が、福島第一原発の事故をついに
レベル7と認めたそうだな。

3月15日頃には、
すでにレベル7に相当する
放射能がまき散らされとったちゅう訳だ。

テレビに出演した仰山おった「専門家」は、
当時、皆、口を揃えてレベル4だとか、レベル5だとか
言っとったな。

うまいこと、国民をだまして、
丸め込もうと、しとったわけだ。

あんたらこそ、流言飛語の源やないか。

あんたら、理科系の専門家やろ。
理科系の専門家は、事実が立脚点やろ。
何しとんねん。
何で、事実をおろそかにしとんのに、
テレビに出られるようなエライ学者になれるねん。

我慢しとったけど、
やっぱり我慢できんわ。
言わせてもらう。
一度、謝ってくれ。
視聴者国民を騙し続けてきたこと、
謝ってもらう。

わしら、悪いことしたら、頭、丸めるで。

あんたらも、できれば、頭丸めて出てきてほしいわ。

科学を志した初心に戻って、
やり直して欲しいねん。

そうせんと、これから
あんたらが、本当に安全だなどと
力説しても、だれも信じんくなる。

農家も漁師もええ迷惑や。

あんたらがせっせとご奉仕したのが政府だか東電だか知らんが
これから国民は政府も専門家も信じんくなる。
だれを信じたらいいかわからんが。
このツケ、どうやって払ってくれるねん。

気が向いたら、また書いてやるかもしれん。

追伸

弁護士も専門家だわな。
だが、客あっての専門家なんで、
お客様に対する忠実義務があるねん。
お客様の利益のために
法律論として成り立つ限り、
もろに価値判断を主張したりするのは
プロとして許されるねん。

原子力を扱うあんたらはあかんで。
客商売になったら、あかんで。
金くれる電力会社や政府官庁を
客だと思ったらあかんで。

あんたらの客は事実やねん。
事実に対して忠実義務を負うのが
理系の学者というもんやねん。
どっかでお客を取り違えたんと違うんか。
あかんで。
ホントにやめてぇな。

あんたらが襟を正して反省せんと、
日本の科学は、ここでぽっきり、終わってまう。

日本の年輩の学者は、偉かったで。

物理学でノーベル賞を仰山とったで。

あんたらと違うて
みんな実直な印象の学者だったもんな。

彼らの後の学者は、みんなあかんかもしれん。
お金をどうやってかき集めて
どうやって金主様の意向に沿った結果を出すかで
学者の偉さが決まっとるもんな。

京都大学の小出裕章なんぞ
原発に反対し続けたために
40年経っても助手だそうだな。
今回の事態で彼こそが事実に忠実な学者だったことが証明された。

京大の誇りやで。
京大は恥ずかしくないんかい。
はよ、彼を教授にしてやらんかい。


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2010年12月10日 (金)

指定弁護士への激励  宮崎学の子分編

宮崎学の子分である。何度も言うが、僭称しているだけだから誤解するな。

小沢一郎へのアドバイス8を書いてから、宮崎親分は、すっかり仕事に没頭してしまったようだ。
弘中弁護団が結成されたので、安心してしまったのか。
子分としては甚だ寂しい。

親分の頭越しに小沢一郎へアドバイスするのも僭越だから、今日は、起訴議決を受けて小沢一郎を起訴する栄光を担う指定弁護士を激励してやる。

東京第2弁護士会が選任した指定弁護士は3人、会員数3800名を超える中から選ばれたのだから、弘中に負けず劣らず凄腕の精鋭であるはずだ。

ところが、指定弁護士に選任された10月22日からすでに2か月近くも経ったが音沙汰がない。検察審査会法では指定弁護士は速やかに起訴議決にかかる公訴を提起するものとなっているのにだ。
指定弁護士は、検察庁に専用の部屋を借り、検察事務官も使う。至れり尽くせりの待遇だ。
なぜ、そう時間をかけねばならん。

検察審査会の審査委員は、1週間(9月7日、審査補助員に吉田弁護士選任、9月14日起訴議決)で起訴議決したぞ。最長で考えても、1か月半(8月に二回会議を持ち、9月に入ってからは頻繁に会議を持った)で、起訴議決しておる。

検察審査員は、検察庁に専用部屋を借りたわけでもなければ、検察事務官の助けを借りた訳でもないぞ。
素人が11人で、今回の3人の指定弁護士に比べれば、経験も少ない吉田弁護士一人の指導で、短期間で、検察官の弁明も克服して、起訴議決したではないか。

凄腕の精鋭が雁首揃えて何をもたもたしておる。

あまりにも遅くないか。
すぐに起訴して白黒つけてくれというのが、世間の期待だぞ。

毎日のようにマスコミがいつになるか、聞きに来ておろう。待ちきれないという声も、弁護士会に届いておるのではないか。

何と言っても国民の期待を一身に背負っておるのだからな。

報道では年明け起訴などとされているが、またぞろ、統一地方選挙に絡めた日程に起訴を設定するとすれば、いくら何でも検察権力の政治利用が見え透いているぞ。止めた方がよろしい。

小沢一郎再聴取かなどという報道も流れておるが、政治的影響が大きいだけで、検察官役として得る物が何もないようなことはしないのがよろしい。政治利用との批判が一段とヒートアップするだけだぞ。

審査員は小沢一郎を起訴するのに足りる十分な証拠がすでにあると断定しておるだから、とにかく、はよ、起訴せんかい。

もたもたしているものだから、弁護士より素人の方が有能なのではないかと意見が強まっておる。いっそ指定弁護士なんぞという制度はやめにして指定市民が起訴するようにした方がよほどましだという声も高まっておるぞ。

 

なぜ、それほど迷う。

最高裁は起訴が違法にならぬための要件を決めておるわな。これを満たさぬ起訴は、国家賠償の対象になる。

だから、下手な起訴をすれば、指定弁護士が責任を負わねばならん。
そんなことが気になって決断できんのか。
起訴すべしとされた起訴議決の内容にしたがって、起訴してみたら、後で国家賠償の対象にされたのではまあ浮かばれないことは確かだわな。

最高裁によれば、検察官の公訴が適法であるためには、

公訴提起の当時に検察官が現に収集した証拠および通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠を合理的に総合勘案し、有罪と認められる嫌疑

がない起訴は、国家賠償の対象となる

新証拠を収集できるかもしれんから小沢一郎をもう一度、聴取しようというのか。やめとけ。アンフェア何でもありの特捜ができなかったことがフェアな弁護士にできるわけがなかろう。

この最高裁判例は吉田弁護士は審査員に教えなかったろう。

何と言っても、「裁判所で白黒つけるのが国民の権利だ」等という暴論で、起訴議決を起案した弁護士だからな。

合理的に有罪と認められる嫌疑があるかどうかなんて、知らんということだろう。

だが指定弁護士は、困るだろうな。
合理的な嫌疑もないのに起訴して、後で国家賠償など食らいたくないからな。
現に、検察官は検察審査会で合理的な嫌疑がないと主張しておった。
捜査を担当した検察官が合理的な嫌疑がないとした事案を起訴しなければならん。何としても合理的な嫌疑がある起訴にしなければならん。

 

しかも本丸である小沢一郎本人の故意の立証の前にすでに幾重もの壁がある。

残念なことに、起訴議決の後に、前田検事のフロッピー改竄事件が発覚するわ、特捜検事による供述調書が筋立てに合わせるための強引な作文の山であることが一般常識になるわで、検察調書の信頼は地に墜ちた。
いずれ供述調書の任意性や信用性が争われるが、信用性を裏付けるための取り調べメモは、最高検察庁が組織的に廃棄するように支持していたこともわかった。

弁護人は、供述調書の信用性を争う。取り調べ検察官が証人に立つ。検察官は、一応は、殊勝に信用性があると証言してみせるが、取り調べメモを出せと言われて、廃棄しましたと証言する。一方、証人は被疑者ノートに日々の無理な取り調べの実情を事細かに記録しておる。特捜の無理な取り調べの実体があからさまになる。これでは村木裁判の再現ではないか。

その上で、最大の課題は小沢一郎関与である。共謀共同正犯としても問う合理的嫌疑はないと担当検察官は説明した。

もはや小沢一郎の嫌疑の立証は、客観的に絶望的だ。

もう一度繰り返すぞ。
最高裁は、

公訴提起の当時に検察官が現に収集した証拠および通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠を合理的に総合勘案し、有罪と認められる嫌疑

がなければ、公訴提起は違法であるとしておる。

精鋭弁護士であればあるほど、事態が深刻なことはわかるわな。
一方では、起訴議決通り起訴しろと言われ、
一方では、その通り起訴すれば、国家賠償の責任を負いかねない。

ま、せいぜい頑張ってくれや。
村木裁判のように、ドラマチックで面白い裁判をまた見せてくれることを期待しているぞ。

指定弁護士への激励である。



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2010年11月 8日 (月)

小沢一郎へのアドバイス 子分編3

宮崎学の子分である。
今さら言うまでもないが、自称であるから、誤解せぬよう。

さて、特別抗告されてから裁判所の動きがさっぱり止まってしまった。
最高裁は忙しいからな。
なかなか小沢一郎までは手が回らないのであろう。

暇だから、思いついたことを書く。

まず、注文がある。
裁判書面は、全てネットで公開しろ。
行政法は極めて特殊だ。
常識では理解できない法律である。
そもそも弁護団がどれほど行政法に通じているかも不明だ。

その上、行政法は極めて特殊な法分野だという認識のない記者が記事を書いているのである。

TBSが「裁判所が破産と言うと借金が棒引きになります」と報じたことがあるそうだ
まぁ、おおざっぱに言えば、そうだが、そんなことを裁判所で言おうものなら、大目玉を食うぞ。

破産決定だけではことは済まず、免責決定が必要なことくらい、今どき一般の相談者でもよく知っておる。

行政法はさらに難しい。

破産法の比ではない。

弁護団が行政法の難しさを理解していたとしても、それを伝える記者は、TBSと同じほど知らないかもしれぬ。

生半可な話を、生半可に理解して書く。

一体、どのような裁判が行われているのか、傍から見てもさっぱりわからぬ。

記者を責めてるのではないぞ。
弁護士だって、行政法は100人に1人も理解しておらんのだから、記者が困惑するのも当然だ。

だから、
裁判書面をネットで公開しろ。

訴状、執行停止申立書、執行停止申立理由補充書、意見書、執行停止に対する国側の答弁書・反論書、地方裁判所の却下決定書、即時抗告状、即時抗告理由補充書、即時抗告に対する国側の答弁書・反論書、高等裁判所の棄却決定書、特別抗告状、特別抗告理由補充書、その他、証拠書類諸々。

今では、少し気の利いた裁判は、みんな書類をネットにアップして、世論の支持を求めておるぞ。

正確なソースがないから、ネットの読者も、アドバイスのしようがなくて困っておるではないかな。
俺もどこまで俺の指摘が当たっておるか、確かめようもないので困惑しておる。
書面を公開してネット市民の力を借りろ。

強者ならば、書類の公開なぞ必要がない。
強者の闘いは、初めから分がよい。検察なんぞは、どんなミスをしても裁判所に守ってもらえるからな。

小沢よ、まだ、強者のつもりでおるのか。
今回ばかりは、分の悪い出入りだぞ。
なりふり構っている場合か。

暇なので、最高裁はどう決定するか想像してみる。
主に3つのケースが考えられる。

第1は、完全門前払いのケースだ。

最高裁で審理すべき案件ではないという判断だ。
実務ではこれが、圧倒的に多い。
最高裁にはくずのような事件がごまんと持ち込まれる。
マチベンもよくくずを持ち込んでおる。
いちいち審理しておっては、大事な事件を審理するのに100年かかってしまう。

そこで、門前払いで最高裁の入り口にも入れてあげないというのがこのパターンの決定だ。
最高裁まで行った例の圧倒的多数を占める。

この場合、最高裁はこういう。
小沢側弁護団の主張は、憲法違反を云々するがとってつけた話であり、相手にしてやらない。
また、重要な法律的論点があるなぞとも主張しているが、そんなものは見当たらないから、受理してやらない。

マチベンがもらう最高裁決定は、ほとんど全てといっていいくらい、これだ。
それでも、マチベンは、懲りずに闘っておるがな。

次の場合は、もう少しましかもしれない。
小沢は、指定弁護士選任の仮の差止及びこれに伴う執行停止を求めていたところ、指定弁護士の選任はすでになされたので、訴えの利益は失われており、起訴議決が行政処分に当たるか否かは判断する必要がない。とするものだ。

ま、これなど、なんだかわからないにしても、一応理由を示してくれるので、ありがたいと思わなければならんぞ。

しかし、これでは、何のために超スピード審理を求めて、地裁や高裁の裁判官に迷惑をかけたのか、全く意味がないことになるがな。

詳しくは、「小沢一郎へのアドバイス 幻となった子分編」参照

要するに、刑事事件で起訴議決の違法を争おうとしたら、刑事の裁判所では、起訴議決は行政処分に当たるので、行政事件で争うべきだとされて、起訴議決の違法性を争う途が閉ざされる危険が残るのだ。

手間隙かけて争った甲斐はまったくない。

弁護団は、指定弁護士選任の効力停止を新たに申立ているので、訴えの利益は失われないとするかのようであるが、甘いな。

最高裁まで至って、突然、新たな申立を許すような構造になっているとは到底、思えんが俺が間違っているか。

弁護団が指定弁護士選任の効力停止を求めたいのであれば、理屈上、指定弁護士選任取消請求を地裁に提訴し、それとともに、選任の効力の停止を求めるのが筋だ。
これが普通の考え方だ。
小沢弁護団は、何かウルトラな手段でも持っているのか。
疑問だな。

さらに可能性は低くなるが、起訴議決が行政訴訟の対象となる行政処分に当たるか否かを最高裁が実質的に判断する可能性があるだろうか。

小沢にとっては、残念だが、その可能性はほとんどない。

可能性はないながらも、そうした例がなくはない。

本来、他の形式的な理由で決着が付けられたにも拘わらず、敢えて最高裁が実質に踏み込んで判断することが極めて希にある。
そして、大抵の場合、それは国民にとって不利益な結果をもたらす。

だから俺は、内実にわたる判断は、国民のためにしてほしくないと思う。
判断するとすれば、この世論の状況では、行政訴訟の対象に当たらないとする可能性がはるかに高い。
敢えて、最高裁が小沢持ちになる理由が思い当たらぬ。

これは、小沢にとっては難論点の早期決着という次善の意味でよいとは言えても、国民にとっては、大変な迷惑だ。

今後、検察審査会の起訴議決を行政訴訟で争うという途が閉ざされてしまうからだ。

どう見ても、弁護団の争い方は、検察審査会による強制起訴そのものが憲法違反であることを主張しているようには、見えない。

強制起訴の手続が、検察審査員が実はユーレイであっても、成り立ってしまう杜撰な手続であることを主張立証しているようには、到底みえない。

こんな拙劣な訴訟で、国民が権利救済を受ける手段を奪われてはたまらん。

しかし、小沢にとっては、行政事件では起訴議決の効力を争うことができないとの判断が得られれば、刑事訴訟で起訴議決の効力を争うことができることが確定するのであるから、弁護団としては、早期決着が可能になり、次善とはいえ作戦成功ということになるのだろうな。

それでも、俺は、民衆から迫害されておるが故に、小沢を見捨てるのが忍びない。

小沢よ、覆面弁護団は辞めさせろ、堂々と記者会見をして、訴えの正当性を力強く、説得的に語る弁護団に変えろ。

マチベンの周りの連中は、どんな勝ち目のない出入りでも義のある出入りのときは、まずは、記者会見を開いて、堂々と主張を展開しておるぞ。

もとより、小沢の裁判も、弱者の裁判だ。

司法界は、顔が利くという世界ではない。
ヤメ検もヤメ判も無効だ。
田中角栄の裁判のとき、思い知ったろうが。

行政訴訟はまだ第1回は開かれていないようだな。

まだ、出直しは利くはずだ。

環境派、情報公開派の出入りの好きな奴に弁護団を代えろ。
憲法訴訟を得意とする奴もいいぞ。
みんな負けなれておるから、途中で折れることはない。

今の訴えは取り下げて、新しい弁護団で、審査会が認定した犯罪事実が被疑事実を超えている等というちゃっちい理屈ではなく、検察審査会違憲論を中心にした、新たな訴訟を起こせ。

そこで、記者会見をして、これまでに判明している、審査会のいかがわしさ、そうしたいかがわしさを防ぐ手だてのない法律が憲法31条に違反することを堂々と主張するがいい。

それでこそ、いったん貴様から離れた民心も返ってくるかもしれん。

但し、何度もいうが、自衛隊を政治家のおもちゃにするな。
自衛隊の恒常的海外展開などという馬鹿な夢想はやめろ。
貴様を民衆の迫害から救ってくれる可能性があるのは唯一憲法なのだ。
だから、憲法の遵守を心から誓え。
心を入れ替えて臨め。
今、この時代に苦しんでいる者とともに受難し、苦悩しろ。
そして憲法を光と心得よ。
さすれば途は自ずから開かれよう。

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