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カテゴリー「司法改革」の78件の記事

2015年6月 4日 (木)

日弁連会長の安倍話法   だから刑事訴訟法一括改正には反対しなさいな

刑事訴訟法一括改正案の問題点を簡単にまとめておきます。


第1に、盗聴法の拡大強化。
全国の警察施設で警察官が立会人なしで盗聴できるようにします。
盗聴対象となる犯罪は、窃盗・傷害などを加え、飛躍的に拡大し、「犯罪予防」のあらゆる口実で、全市民社会の盗聴が可能になります。


第2に、司法取引の導入。
捜査機関が、被疑者や被告人に対し自分の刑を軽くする代わりに「他人の刑事事件に関する事実」を明かすよう「取引」する制度です。
他人を売り渡すことを奨励し、権力が狙った人物に犯罪をでっち上げることが自在に出来るようになり、弁護人も協力を求められます。


第3に、「匿名証人」を認めます、
被告人や弁護人に氏名や住所を明かさない証人を認めます。
警察署や検察庁からビデオリンクの証言が許され、”おとり捜査官”が身分を隠してウソの証言をすることが可能になります。


こうした刑事訴訟法一括改正に反対している弁護士会は22弁護士会と言われています。
速やかな成立を求める弁護士会は、さすがに多分、存在しないでしょう。


ところが、総本山の日弁連会長は、「速やかな成立を強く求める」を言うのです。
現在、各単位会は、戦後最悪の戦争法制反対の運動に力を注いでいます。
刑事訴訟法改正が戦争法制と一体をなす弾圧立法の不可欠なツールである(マチベンの立場では企業支配国家の確立のためにも不可欠です)ことは明らかですが、日弁連会長は、前者の反対の音頭はとるが、後者には賛成し、速やかに成立せよと言っているのです。
前後一貫性がないことに平気なのは、安倍総理にそっくりです。


日弁連会長は基本姿勢で、日弁連は「幅広い市民の理解に支えられ」るべきで、「井戸やコップの中の議論」ではいけない、と強調しています。
ほんのわずかな取り調べ可視化と引き替えに捜査機関に対して、強力な弾圧手段を認めようとするのは、「幅広い市民の理解」が得られない「井戸やコップの中の議論」に他ならないでしょう。
矛盾を矛盾とも思わないのも、安倍総理にそっくりです。


日弁連会長は、こうも言います、
「日弁連内には、様々な問題について異なる意見が存在します。
可能な限り情報と認識の共有化を図りながら、…丁寧な会内議論を行い、会内合意の形成を追求します。」
先に述べたとおり、すでに22の弁護士会が刑事訴訟法の一括「改正」に反対し、賛成している弁護士会は見当たりません。
「会内合意の形成を追求」するのであれば、刑事訴訟法の一括「改正」反対の方向に向けてなされるべきなのは明らかです。
ほとんど自己矛盾の言動を認識していないかのように行動できるのも、安倍総理そっくりです。
総理の場合は、善意かも知れませんが、日弁連会長は、とびきり優れた頭脳の持ち主なので、故意です。


また、会長は言います。
『相違や対立を克服し、「会内論争に終始しばらばらで相手にされない日弁連」ではな く、「社会に向けて一致して発信し行動する力強い日弁連」を目指します。日弁連として、ぶれない一貫性、ころころと変わらない継続性、そして責任感が必要 です。』
ここまで来ると、「沖縄県民の理解を得た」と言い張って、辺野古基地建設を強行する、安倍総理の専制性とウリ二つです。


つまり、安倍総理の場合は、わかっているのかいないのか一貫性のない言動を平気でしますが、日弁連会長は、一貫性のないことを承知の上で、多くの弁護士会の反対を押し切って、戦後史に残る悪法の「早期成立を求める」との声明を強行したわけです。
「丁寧な会内議論を行い、会内合意を形成し」、「井戸やコップの中の議論」に終始せず、多数会の反対を無視して、「社会に向けて一致して発言し行動する力強い日弁連」を目指すとする日弁連会長の、発言や言動は、今やほとんど意味不明です。
実に「ポチダヨ宣言」をして、「強い日本」を目指す安倍総理の安倍話法と、全く相似形です。


安倍総理の場合は、個々の言動は不一致ですが、戦前復帰を目指す、戦争中毒である点では、一貫しています。
日弁連会長は、日弁連の人権擁護委員会委員長、憲法委員会委員長など人権擁護の分野では他に並ぶ者がいない、スペシャリストでしたから、個々の言動が矛盾するだけでなく、全体の軌跡が矛盾撞着しているのです。


「18弁護士会の反対声明」

京都弁護士会

三重弁護士会

(愛知県弁護士会が見当たらないのは、一体、どうしたことだろう。)

「自由にできる盗聴法」と「たれ込み推進司法取引」や「匿名証人」制度が日弁連も反対している、共謀罪の不可欠のツールであることは、明らかです。

広島弁護士会

島根県弁護士会

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2015年5月31日 (日)

【続】道を踏み違えた日弁連  『盗聴法拡大強化・司法取引支持』の会長声明の撤回求める

専門分化が進み、かつ、資本の要求によって、何より迅速さな決断が求められる中で、、現代の組織は、どこも一部の者による決定が全体の名によって正当化されていく傾向がある。
端的に、これは、民主主義の危機である。


一部の者による専横の構造は、日弁連も確実にむしばんでいる。

会員弁護士の多くが決して望んでいなかった、司法試験合格者3000人とする弁護士大増員決議を組織動員によって、強行採決した2001年臨時総会を画期として、専横の体制は確実に強化されてきた。


そして今回、それは、ついに「盗聴法拡大強化」、「司法取引導入」という人権弾圧立法の早期成立を求める会長声明という、極めてグロテスクな形で、あらわになった。
民間の職業で、憲法に登場するのは、弁護士だけである。
それは、基本的人権の擁護者としてとくに重大な使命が弁護士に課されていることを端的に示す。
その使命に忠実であろうとする主張が、日弁連会長の『基本姿勢』にいう『井戸やコップの中のような議論に基づく自分たちだけの「正義」』であるというのであれば、なにをか況んやである。。
強制加入団体である日弁連が、人権弾圧立法のお先棒を担ぐ。
今回の声明に関与した日弁連執行部の汚名は、歴史に残るだろう。


弁護士会費は、月額5万円から10万円近くに及ぶ。
この高い会費は、確実に、多くの弁護士事務所の事務所経営を圧迫している。
大半の会員が、今や高すぎるという思いを抱きながらも、人権の擁護というお題目によって支払をやむなくされているものだ。


日弁連会長の『基本姿勢』がいう、『会内論争に終始しばらばらで相手にされない日弁連』ではなく、『社会に向けて一致して発信し行動する力強い日弁連』(3 日弁連と弁護士会の結束を大切にする)なるものが、武本夕香子氏が述べるような、異論を封殺し、『経緯と情勢そして現実を冷静に見極め、』
時局・官僚に迎合し、やすやすと人権を投げ捨てる会長声明を出すのを黙認せよとするのであれば、もはや日弁連の存在価値はないだろう。
日弁連が強制的に徴収する会費は、まるで「オレオレ詐欺」によるかっぱらい同然である。


刑事訴訟法改正に関する中日新聞の論調は、一貫して盗聴法の拡大強化や、司法取引導入に反対するものだったと記憶する。
『日弁連として、ぶれない一貫性』をいうのであれば、かくあるべきである。
念のため最近の『特報』記事を貼り付ける。
安全保障法制から盗聴法、マイナンバーまで一括法が孕む民主主義に関する問題を的確に指摘している。


Chuunichi150528


(刑事訴訟法制度改悪法案の)早期成立を求める日弁連会長声明がいう「有識者委員が参加した法制審議会…で約3年間の議論を経て全会一致で取りまとめられた答申…にも述べられているとおり、複数の制度が一体となって新たな刑事司法制度として作り上げられているものである。」などとする主張は、何の反論にもなっていない。
法制審議会が苦労してまとめ上げたから、「国権の最高機関」も、おとなしく言うことを聞けなどという論法は、まるきり官僚の言いぐさである。
安全保障法制の一括法案の反民主性も、この立場では批判できぬだろう。



確か、共産党の方々も刑事弁護委員会や理事者には少なからずおられ、議論をリードしてきた経緯がある。
裁判員裁判制度の導入をめぐっては、これに対して反対を表明したところ、裁判員裁判制度導入によって証拠開示手続という成果を得たことをどう考えるのかという、反論をしてきたのも共産党系の方であった。


刑事訴訟法制改正問題では一貫してぶれない主張を続けている、赤旗の報道も合わせて引用しておきたい。
共産党の見解にしたがって、悪法推進を謳う、会長声明を撤回させることこそ共産党系の方々の使命ではないか。
盗聴・たれ込みや「共犯者の自白」(司法取引)は、戦争に反対し続けてきた勢力にも用いられてきた卑劣なえん罪製造、弾圧法規だったではないか。



いうまでもないことであるが、安全保障法制と政治的弾圧手段の整備は、一体のものとして進められる。
安倍政権が、法制審議会での議論経過で官僚が約束した内容を遵守すると素朴に信頼するほどに、共産党の方々はバカなのですかと、言いたい。
弁護士増員論では、共産党の方々のおおかたが推進にまわったことは認識しているが、今回の件は国民の基本的人権に直接関係する重大な法改正であり、歴史をも左右しかねぬ法改正である。
日弁連執行部に対し、会長声明の撤回を求めて断固として闘うことを強く求める。


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2015年3月14日(土)

盗聴法拡大を閣議決定

「可視化」は2% 「司法取引」導入も

 政府は13日、他人の罪を証言すれば見返りを得られる「証言買収型司法取引」の導入や、警察による盗聴範囲の拡大と要件緩和を柱とした、刑事訴訟法などの改悪案を閣議決定しました。


 政府が導入を狙う「証言買収型司法取引」は、他人の犯罪を証言すれば不起訴や軽い求刑を行うことを、検察官が容疑者や被告との間で合意できる制度です。

 対象は、汚職や横領、組織的詐欺、独禁法違反などの財政経済事件と薬物・銃器犯罪としています。

 この制度は、刑事責任の免除をエサに“密告”を促すものであり、警察や検察に迎合した虚偽の証言が他人を陥れる危険をはらんでいます。「取引」を制度化することは、新たな冤罪(えんざい)の温床づくりになりかねません。

 盗聴法(通信傍受法)については、現行の薬物・銃器などの組織犯罪の4犯種に加え、窃盗や詐欺などの一般犯罪9種類を対象に加えました。

 現行では、通信事業者の立ち会い(監視)を必要としていますが、法案はこれを不要とし、警察施設内で警察だけの盗聴を認めるものとなっています。

 政府は、同法案について容疑者の取り調べ全過程の録音・録画を義務づける「可視化」を目玉にしています。しかし、実際には殺人や強盗致傷といった裁判員裁判対象事件と特捜部などの検察独自捜査に限られ、全事件の約2%でしかありません。

 わずかばかりの“可視化”を口実に、盗聴法拡大や冤罪の温床となる「証言買収型司法取引」の導入は認められません。


2015年5月16日(土)

通信の秘密侵害増す

仁比氏 「メール傍受は危険」

 
写真

(写真)質問する仁比聡平議員=14日、参院法務委

 日本共産党の仁比聡平議員は14日の参院法務委員会で、警察による電子メールの通信傍受の実態を問いただし、「犯罪と関係のない人のプライバシー情報も丸ごと蓄積されて、解析、漏洩されない保障はどこにもない」と指摘しました。

 仁比氏は、メールの傍受にあたって、通信事業者のサーバーなど伝送路からメールを捕捉する警察庁の方式は盗聴法案強行の際の政府答弁と異なること を指摘しました。当時、政府は「特定のメールボックスが受信したメールを自動的に転送するような設定を用いて傍受を実施することは技術的に十分可能」「傍 受の方法としては適当」(1999年、法務省刑事局長答弁)だとしていました。

 法務省の林眞琴刑事局長は「(当時の答弁は)その後の技術の発展により、法的に許される範囲で技術的に可能な方法が他にあれば、それを否定する趣旨ではない」と答弁。警察による開発次第で「通信の秘密」がいっそう侵される危険性が浮き彫りになりました。

 質疑のなかで警察庁の露木康浩審議官は、音声傍受装置について2000年度に62式、01年度8式、04年7式、09年度57式、15年度22式 を整備し、メール傍受装置に関しては01年度に16式、03年度2式を整備し、15年度に1式を整備予定だと明らかにしました。

2015年5月20日(水)
監視・密告で冤罪生む 刑事訴訟法等改定案審議入り
盗聴・司法取引は危険


 盗聴拡大と密告型「司法取引」を盛り込んだ刑事訴訟法等の改定案が19日の衆院本会議で審議入りしました。日本共産党の清水忠史議員が質問に立ち、「刑事司法改革の契機は次々と明らかになった冤罪(えんざい)事件の根絶だったはずだ。捜査機関の権限拡大は改革の目的とは正反対で、新たな冤罪を生み出す危険がある」と指摘しました。
写真

(写真)質問する清水忠史議員=19日、衆院本会議
衆院本会議で清水議員

 同法案は、盗聴対象を組織的犯罪から窃盗など一般の刑法犯罪にも拡大するとともに、通信傍受の際の通信事業者の常時立ち会いをなくし、「密告」することで自らの罪を軽くする日本版「司法取引」を導入することなどを柱にしています。清水氏は「わが国を監視、密告社会につくりかえることになり、断じて認められない」と厳しく批判しました。

 このなかで清水氏は、盗聴は「通信の秘密」を定めた憲法21条に反する人権侵害だと指摘。法案に関して「盗聴を日常的な捜査手法とし、大規模な盗聴に道を開くものだ」「政府は(盗聴対象を)拡大した犯罪についても『組織性』を要件にしているというが、法案では2人の共犯であっても、あらかじめ役割の分担について意思を通じるなら、盗聴対象になるのではないか」と問いただしました。

 これに対して上川陽子法相は「要件の上からは、2人の共犯事件が傍受(盗聴)の対象となることもありえる」と明言しました。

 清水氏は、日本共産党・緒方靖夫国際部長宅盗聴事件(1986年)で、謝罪どころか事実さえ認めない警察の姿勢をあらためて糾弾し、「これ以上の盗聴の自由を与えることは危険だ」と警鐘を鳴らしました。また密告型「司法取引」に関しても「自らの罪を軽くしたいとの心理から、無実の他人を引き込む危険が極めて大きく、新たな冤罪を引き起こす」と批判しました。


2015年5月25日(月)

可視化は骨抜きに 密室で盗聴し放題

刑訴法等改定案 捜査機関のお手盛り


 盗聴拡大と密告型「司法取引」を盛り込んだ刑事訴訟法等の改定案が、衆院法務委員会で審議入りしました。一部報道が「可視化義務づけ法案」と呼ぶ 同法案ですが、条文を読んでみると、可視化の“義務づけ”どころか、抜け穴だらけで骨抜き。さらに、警察の盗聴も野放しにするものとなっており、捜査機関 のお手盛りぶりが浮き彫りになっています。(矢野昌弘)


 同法案では取り調べの様子が録画・録音されるのは、裁判員裁判の対象事件や検察が独自に捜査する事件だけで、全事件のわずか2%でしかありません。

例外だらけ

 その2%すら、捜査機関の思惑で、録画したりしなかったりができる内容です。

 刑事訴訟法の改定案(301条の2)では、録画しなくてもよい“例外”を設けています。

 一つ目は、取り調べを録画すると、被疑者が“十分な”供述をしないと、警察・検察の取調官が判断した場合です。

 何をもって“十分な”供述をしないと見なすのか、判断するのは捜査機関。被疑者が否認することが予想される取り調べを、記録しない危険があります。

 二つ目は、被疑者の供述などが“明らかになった場合”、被疑者やその親族が困惑する恐れがあると、取調官が判断した場合としています。

 法案の提出経緯に詳しい小池振一郎弁護士は「“明らか”になると、困惑する恐れというが、録画したものを明らかにしなければいいだけの話。録画しないでいい理由にならない」と批判します。

 また、法案(322条の1)は、自白調書とセットで、その調書作成時の取り調べ映像を裁判に提出しなければならないとしています。

 小池弁護士は「裁判に出る映像は、自白した回の取り調べだけ。それまで脅しすかして、自白を迫る映像はなく、『観念しました』という自白映像だけ が使われるおそれがある。捜査機関のメリット、デメリットで可視化する、しないが決められる。法案が可視化を前進させるとはとても言えません」と指摘しま す。

 盗聴(通信傍受)法の拡大法案は、盗聴対象の大幅拡大と通信事業者の立ち会いがなくなることが大きな柱となっています。(図参照)

盗聴一般化

 盗聴法に詳しい岩田研二郎弁護士は「今までは通信事業者が立ち会うため、東京の施設でしか行えなかったものが、立ち会いをなくすために各道府県警本部でいつでも、容易に盗聴できるようになるので、盗聴が一般的な捜査手法になる」と強調します。

図


2015年5月28日 (木)

道を踏み違えた日弁連  『日弁連問題』の勃発

武本夕香子弁護士の論考で初めて日弁連会長の会務執行方針の「基本姿勢」を読んだ。
これほどひどいとは正直、思わなかった。
人権の砦であるべき日弁連は、すでに過去のものになりつつある。

 

「基本姿勢」中、とくに強い違和感を覚えるのは、

「すべての判断基準は、市民の利益に叶いその理解と信頼を得ることができるか否かにあります。」

「 日弁連の主張を最大限実現するためには、孤立を回避することが不可欠であり、独りよがりや原理主義と批判されるような言動は排さなければなりません。
司法と日弁連の歴史に思いをいたし、経緯と情勢そして現実を冷静に見極め、説得力のある最善の主張を展開することにより多くの人々の理解を得、力を合わせて改革を着実に前進させることが大切です。」

との部分であり、現実迎合の姿勢があらわである。
日弁連は、政党と異なって、政権獲得を目的とする団体ではないのであるから、かような遠慮が無用なことは武本夕香子弁護士の説くとおりである。

 

一体、ここにいう理解を得、利益を叶えるべき「市民」とはだれなのか。
「孤立を回避することが不可欠」で「独りよがりや原理主義」と批判されてはならない」相手は誰を想定しているのか。
刑事司法改革に関する会長声明をご覧いただきたい。

 

取調べの可視化の義務付け等を含む「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」の早期成立を求める会長声明

被疑者取調べの全過程の録音・録画の義務付けをはじめとする刑事訴訟法等の一部を改正する法律案は、2015年5月19日、衆議院で審議入りした。

有識者委員が参加した法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」で約3年間の議論を経て全会一致で取りまとめられた答申に基づく本法律案は、被疑者取調べの録画の対象範囲が裁判員裁判対象事件及び検察独自捜査事件に限定されているものの、対象事件については全過程の録画を義務付けるものである。さらに、本法律案には、被疑者国選弁護制度の勾留段階全件への拡大、証拠リストの交付等の証拠開示の拡大、裁量保釈の判断に当たっての考慮事情の明確化、犯罪被害者等及び証人の保護措置の創設等の改正が含まれている。

また、本法律案には、通信傍受の拡大捜査・公判協力型協議・合意制度のいわゆる司法取引制度の導入など、証拠収集手段の多様化も盛り込まれた。当連合会は、通信傍受制度の安易な拡大に反対してきたところであるが、補充性・組織性の要件が厳格に解釈運用されているかどうかを厳しく注視し、人権侵害や制度の濫用がないように対処していく。いわゆる司法取引についても、引き込みの危険等に留意しつつ、新たな制度が誤判原因とならないように慎重に対応する。

本法律案については、多くの制度がひとつの法案に盛り込まれていることに批判もあるが、答申にも述べられているとおり、複数の制度が一体となって新たな刑事司法制度として作り上げられているものである。

当連合会は、長年にわたり、刑事司法改革を訴え、全件全過程の被疑者取調べの可視化に取り組んできたが、この刑事訴訟法改正により、複数の重要な制度改正とともに供述調書に過度に依存せず、取調べの適正な実施に資する制度が本格的に導入されることで、全体として刑事司法改革が確実に一歩前進するものと評価している。本法律案が、充実した審議の上、国会の総意で早期に成立することを強く希望する。

えん罪を生まない刑事司法制度の確立は当連合会の真に求めるものである。その実現には、理念に則った弁護実践とともに、制度の適切な運用と不断の見直しが不可欠となる。当連合会は、市民・関係者、全ての弁護士、弁護士会とともに、改革をさらに前進させるために全力を尽くす決意である。

    2015年(平成27年)5月22日

日本弁護士連合会      

 会長 村 越   進 

 

盗聴範囲の拡大は公権力による国民の監視やプライバシー侵害の問題がある。
司法取引の導入はえん罪の温床となる危険が大きい。
目的の異なる制度改正を一本の法律で行うことは、民意を損ねる。
このブログに来られる方は、多分、今般の刑事訴訟法等の「改正案」に反対の方がほとんどであろう。

 

いやしくも日弁連様であるから、そんなことは百も承知の上で、
「すべての判断基準は、市民の利益に叶いその理解と信頼を得ることができるか否かにあります。」
「 日弁連の主張を最大限実現するためには、孤立を回避することが不可欠であり、独りよがりや原理主義と批判されるような言動は排さなければなりません。
司法と日弁連の歴史に思いをいたし、経緯と情勢そして現実を冷静に見極め、説得力のある最善の主張を展開することにより多くの人々の理解を得、力を合わせて改革を着実に前進させることが大切です。」
との基本姿勢を適用すると、猛毒を含んだ法改正の「早期成立を強く望みます」となるのだ。

野党の立場に立ってみる。
一括法を示されたにも関わらず、頼みの日弁連からは早期成立を希望される。
野党にしてみれば、法案成立に協力せよと言われたようなものである。
司法官僚にいいようにあしらわれる日弁連のさまは、米議会演説の栄光を得るためにポチダヨ宣言した総理より、さらに卑屈にすら見える。

 

この延長には、幅広く臣民の理解が得られるよう心がけ、孤立を恐れる、戦前の日弁連の姿が待っている(つうか、それまでに日弁連はつぶれますが)。

 

大日本辯護士會聯合會憲法改正案

天皇制ハ之ヲ存続シポツダム宣言ノ趣旨ニ従ヒ民意ヲ基礎トシテ大権ヲ行使セラルルカ為メ且天皇ト国民トヲ直結シ従来軍閥官僚等カ袞竜ノ袖ニ隠レ跋扈跳梁シタル弊習ヲ芟除セムカ為帝国憲法ノ条章ニ次ノ如キ改正ヲ行ハルルヲ適当ト認ム

第一 国民投票制ノ採用
最モ重要ナル国務ヲ決定スルカ為必要アリト認ムルトキハ天皇ノ発議ニ依り国民ノ直接投票(レフエレンダム)ニ諮フノ途ヲ啓クト共ニ議会モ亦第七十三条第二項及第三項ノ特別決議ニ依り之ヲ要請シ得ルモノトスルコト

第二 立法ニ対スル議会権限ノ拡張
法律ノ制定ハ裁可ヲ要セス帝国議会ノ議決ヲ以テ足ルコトトシテ天皇ノ裁可権ヲ拒否権ニ改ムル為第五条第六条及第三十七条ヲ改正シ猶憲法ノ改正ニ付テモ議会ニ発案権ヲ認ムルカ為第七十三条等ヲ改ムルコト

第三 天皇ノ大権ニ対スル制限
(イ)議会大権ニ関シ議会ノ両院ヨリモ臨時議会ノ召集ヲ要求シ得ル様第七条ニ規定スルコト
(ロ)命令大権ニ関シ第八条ノ緊急命令ハ之ヲ廃止スルト共ニ第九条中「及臣民ノ幸福ヲ増進スル為」ノ所謂助長命令モ之ヲ削除スルコト
(ハ)外交大権ニ付テハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ之ヲ行フヘク第十三条ヲ改正スルコト
(ニ)統帥大権及軍政大権ニ関スル第十一条及第十二条ヲ削除スルコト

第四 臣民ニ対スル保障
第十九条乃至第二十九条及第三十一条ノ規定ヲ整備シ日本臣民ハ社会上政治上及経済上平等ナル原則ヲ明記スルト共ニ総括的ニ臣民ノ自由ヲ制限スルニハ法律ノ規定ニ依ルヘキ旨ヲ定メ憲法ニハ法律ヲ以テモ仍制限スヘカラサル自由ニ付テノミ保障規定ヲ置クコト

第五 貴族院ノ改組
貴族院ノ名称ヲ改メ職域代表者及勲労ニ因り勅任セラレタル者(華族制度ヲ存置スル場合ニハ其ノ代表者ヲモ加フ)ヲ以テ之ヲ組織スルコトトシ其ノ選定方法ハ法律ヲ以テ之ヲ定ムル様第三十三条第三十四条等ヲ改正スルコト

第六 常置委員ノ設置
議会閉会中其ノ権限ヲ代行セシムルカ為議会ニ常置委員ヲ設置スルコト

第七 内閣制度ノ確立
内閣制度ニ付憲法ニ明定シ行政権ハ内閣総理大臣及各省大臣ヲ以テ組織スル内閣ニ於テ之ヲ掌理スルト共ニ内閣ハ議会ニ対シテモ責任ヲ負フヘキ旨ヲ定メ内閣総理大臣ノ任免ニ付テハ議会ヨリ推薦スルノ途ヲ啓キ更ニ内閣総理大臣及各省大臣ハ当然国務大臣タルコトヲ規定スルコト

第八 枢密顧問ノ廃止
枢密顧問ヲ廃止スル為第五十六条ヲ削除スルコト

第九 司法裁判権ノ拡張
行政官庁ノ違法処分ニ因リ権利ヲ傷害セラレタル場合ニハ広ク行政訴訟ヲ提起シ得ルコトトスルト共ニ其ノ裁判権ヲ司法裁判所ノ管轄トシ行政裁判所ヲ廃止スヘク第六十一条ヲ改ムルコト
尚官吏ノ違法行為ニ因ル損害ニ付テハ国家ニ賠償責任アリトスルコト

第十 譲位ト華族
皇室典範ヲ改正シ譲位ノ途ヲ啓クト共ニ華族令ヲ廃止シ又ハ一代華族制度ニ改ムルコト

 

ポツダム宣言の受諾を受け、おそらく占領軍が憲法改正案を所望していることを聞きつけて、大日本弁護士会連合会は、臣民の理解を広く得るべく天皇大権は存続させて(結果、天皇は国会の制定した法律の拒否権を持つ)、臣民の自由は原則として、法律の範囲内についてのみ認めるのを原則とする改憲案を立案したのだ。
かかる微温的な改正しか提言する能力がなかったのが、時局迎合した戦前の大日本弁護士会連合会のなれの果てである。

 

日弁連は今、その道に踏み込んでいる。
マスコミや、大学の批判をしていて足下の日弁連がむちゃくちゃにされていることに気づかなかった。
日弁連問題が勃発していることに気づかなかった不明を恥じる。

 

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追記
日弁連会長が基本姿勢として「日弁連の歴史に思いをいたし、経緯と情勢そして現実を冷静に見極め」などとのたもうておられるのは、この大日本弁護士会連合会の現実的な姿勢であるのかもしれない。
だとすれば、日弁連執行部とは、戦前へ回帰しようとする現政権といくばくの違いもない。
「多くの人々の理解を得」というのも、現政権周辺の「多くの人々」ということのようにも見える。
日弁連会員の多く、日弁連は強制加入団体であるから、つまりは弁護士の多くは、「盗聴法の強化・拡大」や「司法取引」に反対のはずだ(と信じたい)。
会員の総意に背くなら、弁護士業を続ける限り強制的に徴収される、日弁連の高い会費は、まるで「オレオレ詐欺」並の、ぼったくりと言わざるを得ない。

日弁連の会務執行方針に対する兵庫県弁護士会武本夕香子氏による批判

長文になりますが、弁護士増員論の日弁連執行部と反執行部派の立ち位置の違いがよくわかると思いますので、推定的承諾のもと、転載させていただきます。
色づけは、マチベンによる。
青は日弁連会長のお言葉、赤は武本氏の意見で、マチベンが好みで色づけした。
文中、司法改革とは、弁護士の大増員を中核とし、法科大学院の創設や、司法修習の簡略化や貸し金修習制度の創設等の法曹養成制度を含む。

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週刊 法律新聞平成27(2015)年5月23日 第2094号

寄 稿 「日弁連の2015年会務執行方針に物申す」
武本 夕香子 弁護士(兵庫県弁護士会)

2015年の日弁連会務執行方針が日弁連のホームページで公表されています
   (マチベン注:末尾に同サイトの総論部分を貼り付けておきます)

 多くの人があまりの内容に驚いたことでしょう。
心ある人は、言わずとも分かっておられるでしょうが、私は、批判すべきは正面から批判することが会員の務めであり、3万6000名余りの日本弁護士会会員に対する理事としての誠意ある処し方であると考え、筆を執ることにしました。

 述べたいことは、たくさんありますが、「基本姿勢」の分に重点を置いて検討したいと思います。

第1 基本姿勢について

 まず、「基本姿勢」の導入部分は、「分け入っても分け入っても青い山(山頭火)」という、よく引用される名句で始まります。
謙虚な姿勢を示していると取れなくもありません。 

 ところが、次の段落「基本姿勢」の冒頭で「1万1676名もの会員の皆さんが投票用紙に「村越進」と記載してくださり、51弁護士会において最多得票を獲得させていただいたことの重みを、あらためてしっかりと受け止め」「山積する諸課題に全力で取り組む所存です。」と記載されています。 

 これは、村越会長の自慢と取られたり、「自分は最多得票数を取り、ほとんどの単位会で多くの票を獲得したのだから、自分のいうことに逆らうべからず」と取られたりしかねませんから、適切な表現ではなかったと思います。 

 この後者の解釈を、勘ぐり過ぎと言うことはできないでしょう。
 その後の「基本姿勢」も

「独りよがりや原理主義と批判されるような言動は排さなければなりません。」 

「日弁連として、ぶれない一貫性、ころころと変わらない継続性、そして責任
感が必要です。」

「会員と弁護士会の心と力を一つに合わせる必要があります。」

「誰かのせいにして嘆いたり批判ばかりするのではなく、力を合わせて」
などという、「執行部に反対するな」とも取れる文言に終始しているからです

 山頭火の句を冒頭に掲げ、謙虚な姿勢を打ち出されるおつもりであれば、前回の会長選挙の時点では、現在の全会員3万6000人余りから2000人会員が少なかったとしても3万4000人強の会員がおられましたから、村越会長の名を投票用紙に書いたのが会員の三分の一に過ぎないこと、投票率が最も低かったこと(46・62%)を強調すべきだったでしょう。

1「1 幅広い市民の理解と信頼を得ることを基本とする」について 

 「基本姿勢」第1項において
「日弁連は、井戸やコップの中のような議論に基づく自分たちだけの「正義」を、声高に主張すればそれでよいというものではありません。すべての判断基準は、市民の利益にかないその理解と信頼を得ることができるか否かにあります。」
と記載されています。

 この部分の問題点は、意味が不明確で、全体として誹謗中傷と変わらないものになっている点です。

 何が「井戸やコップの中のような議論」で、何が正しい議論でしょうか。
何が、『自分たちだけの「正義」』で何が真正の正義でしょうか。
議論や正義に、正邪を区別しようというのは、それほど簡単なことではありません。
その判断基準として「市民の利益にかないその理解と信頼を得ることができるか否か」が挙げられていますが、あまりよく考えられた基準とは言えないと思います。
「利益」の意味によっては「市民の利益」にかなわない正義もありそうですし、市民の「理解と信頼を得る」ことができない正義など、たくさんあるからです。

 そもそも弁護士の使命は、「基本的人権を擁護し、社会正義を実現」すること
です。
弁護士法第1条にそう書いてあるのです。

従って、弁護士は、「正義」を声高に主張しなければなりません。
その弁護士の団体である日弁連が、「市民の理解と信頼を得ることができそうもない」と他人の顔色を見て「正義」を引っ込めるのでしょうか。
日弁連は、当面は理解が得られなくとも、それが「正義」であるなら弁護士の先頭に立って市民を説得すべきだと思います。

 司法は、立法や行政といった多数決支配から零れ落ちたマイノリティの人権を擁護するためのシステムです。
その意味で司法は、多数決支配から最も遠い存在であるべきなのです。仮に、司法が「市民からの理解と信頼を得られない」と言って「正義」を声高に叫ぶことをやめてしまえば、司法が司法としての機能を果たすことはできません。
多数派の声は、もともと立法や行政により反映され得ます。
三権分立により、司法には、多数派支配の立法・行政に対して抑止的効果を働かせることが期待されています。
にもかかわらず、司法までもが市民からの批判を恐れて多数派支配の結論に迎合的になってしまえば、司法が司法機関としての役割と三権分立の機能を果たせなくなってしまいます。

 司法というのは、社会正義と基本的人権の擁護のみを声高に主張し、その結果、多数派支配から孤高する存在となったとしても、また、いかなる批判に晒されたとしても、社会正義の実現と基本的人権を擁護するための最後の砦としての役目を果たさねばなりません。

 仮に、努力しても「正義」と「市民の理解」の二兎をどうしても追えない場合、司法制度の役割からして、弁護士会にとっては、「正義」を追求することの方が大事です。
つまらない右顧左眄は、日弁連と弁護士の存在意義をなくしてしまうでしょう。

 このように第1項は、正面から議論しても、全く納得のできない方針なのですが、さらに問題と思われるのは、誹謗中傷とも受け取れる内容を同項が含意することです。

 議論の中に、「井戸やコップの中のような議論」と、そうでない正しい議論の区別を持ち込む。正義に、『自分たちだけの「正義」』とそうでない本当の正義の区別を持ち込む。
そうした場合、誰がこの区別をするのでしょうか。
1万1676名もの票数を獲得した人であれば、その区別ができると言いたげな内容です。
こういう曖昧な区別は、恣意的に使用して相手を指弾できる点で便利ではありますが、非常に危険な考えと言わざるを得ません。
「井戸やコップの中のような議論」や『自分たちだけの「正義」』という誹謗中傷のレッテル貼りに利用できるからです。

 また、そもそも、「井戸やコップの中のような議論」、『自分たちだけの「正義」』などということを日弁連の会長が書くことは適切ではないと思います。
それでは、村越会長が、どこかに「井戸やコップの中のような議論」をする会員や『自分たちだけの「正義」』を声高に叫ぶ会員がいると考えていると受け取られても仕方ないからです。

 私は、皆さん正当な議論であるとの信念を持って発言され、市民のためを思って「正義」を訴えておられると思います。
村越会長もこの考えにご賛同いただきたいと考えます。
弁護士会の会長が、「井戸やコップの中のような議論」と書くことは、当然議論の抑制につながり、この方針の「おわりに」第1項で書かれている理事会における議論の充実の妨げになります。
また、日弁連の会長が、『自分たちだけの「正義」』を声高に主張すればよいというものではないと書けば、それは日弁連の行動を越えて全ての弁護士の「正義」の主張に抑制的に働きかねないと思います。

2「2 現実を踏まえて着実な改革を進める」について

 会務執行方針「基本姿勢」第2項では、
「日弁連は数多くのプレイヤーの1人に過ぎません。
日弁連の見解が常に正しいものとして受け入れられるわけではありません。
少数意見にとどまることの方がはるかに多いのです。
そうした中で日弁連の主張を最大限実現するためには、孤立を回避することが不
可欠であり、独りよがりや原理主義と批判されるような言動は排さなければなり
ません。」

と記載されていますが、前述したとおり、この会務執行方針には賛同できません。

 また、
「日弁連は数多くのプレーヤーの1人に過ぎない」とのことですが、日弁連の発言力は大きいものがあります。
だからこそ司法改革により、弁護士自治と弁護士制度の弱体化があらゆる側面から画策されたのです。

日弁連の発言力が大きいからこそ、政府の審議会の委員に日弁連以外の委員をして多数を占めさせ、日弁連の発言を可能な限り封じようとしているのです。
日弁連の発言や行動に対し快く思っておらず、従って、日弁連の発言力を過小評価したい勢力が存在することは確かでしょう。
しかし、だからといって、日弁連自身が「常に正しいものとして受け入れられるわけではありません。」
などと卑屈になるべきではありません。

 また、日弁連の発言力が大きいか否かとは関係なく、日弁連は、「正義」に叶った日弁連の見解が正しいものとして受け入れられるように努力し続けるべきです。

 すでに論じたように、日弁連が主張する「正義」が、市民に受け入れられないことを理由に弁護士会が「正義」を叫ぶことを止めるわけにはいかないのです。
日弁連の見解が市民に受け入れられないからと言って間違った政策に一旦賛成してしまえば、なかなか反対の方向に舵を切ることができなくなってしまいます。
今の日弁連が過去の歴史にこだわり、司法改革を抜本的に是正することができなくなってしまっているようにです。

 弁護士会が弁護士としての社会的使命を果たすためには「独りよがりや原理主義と批判される」といった評価を恐れて弁護士が言うべきことを止めるのではなく、弁護士が「正義」と信じて主張している内容について「独りよがりや原理主義と批判」されないように市民の理解や信頼を獲得すべく、あるいは、誤解を正すべく努力し続けるのが本来あるべき姿なのではないでしょうか。

 第2項には、引き続いて
「司法と日弁連の歴史に思いをいたし、経緯と情勢そして現実を冷静に見極め、説得力のある最善の主張を展開することにより多くの人々の理解を得、力を合わせて改革を着実に前進させることが大切です。」
と記載されています。

 この部分にも賛同できません。
まず、「日弁連の歴史に思いをいたし、経緯と情勢そして現実を冷静に見極め」ていたのでは、過去の司法改革の失敗を上塗りすることになってしまうからです。
日弁連が司法改革を先頭に立って旗を振ってきた過去がある以上、日弁連の過去の歴史にとらわれていたのでは、抜本的な見直しなど実践できるはずがありません。
情勢と現実にとらわれていたのでは、日弁連が司法改悪を正すことに躊躇を覚えるだけで、とても見直しなどできません。

 弁護士会にとって重要なのは、監督官庁を持たない唯一の民間法律専門家集団として、基本的人権を擁護し、社会正義を実現する使命を負う法曹として、司法制度をあるべき姿にし、市民の利益や幸福を目指して発言し行動することです。
日弁連が他者から見てどのように見えるかとか、日弁連の過去の歴史などは、日弁連が行動を決める上では、最も劣後する価値基準なのです。

 もっとも村越会長は、この文章の結語に「力を合わせて(司法)改革を着実に前進させることが大切です」と記載しているのですから、この期に及んでも司法改革を進め、司法改革の見直しや是正など考えていないのかもしれません。

 つまり、第2項は、「司法と日弁連の歴史」や「経緯」があるし、多数派の顔色も見なければならないという「情勢」や「現実」もあるから、正しく議論して理論的・実証的に説得することはできないけれど、ともかく執行部の意見に賛成しろという意味にとられかねないと思います。
理論的・実証的に議論して勝てれば、歴史や経緯などは問題にならないからです。
このように受け取られる表現は避けるべきであったと思います。

 付言すれば、「司法と日弁連の歴史」や「経緯」などを斟酌するというのは、市民には全く関心の外であり、典型的な「井戸やコップの中のような議論」で『自分たちだけの「正義」』というべきものでしょう。

 更に、この部分にも、第1項と同じ含意として不適切な部分があります。
当然ですが、「独りよがりや原理主義と批判されるような言動は排さなければなりません。」の部分です。
批判としては、前項と全く同じ議論になりますが、同じ間違いを何度もするというのはそれだけ問題が根深いということでしょうから、私も繰り返し批判したと思います。

 まず、「独りよがりや原理主義と批判されるような言動は排さなければなりません。」が日弁連の行動原理として誤りであることは、既に述べたとおりです。
しかし、この部分は、村越会長が、「独りよがりな言動をする会員がいる」、「原理主義的な会員がいる」と考えていると取られるおそれがあります。
日弁連の会長が、このような発言をするのは不適切です。
会長がこのように考えるかもしれないと表明すれば、当然理事会の議論には抑制がかかるでしょう。

 そもそも、何らかの言動に対して、「独りよがり」だとか「原理主義的」だとかいうレッテル貼りをして、葬り去ろうというのは感心できません。
言動に対する評価は、あくまで論理性と実証性に照らして行うべきです。
それを「独りよがり」とか「原理主義的」とかいう、内容不明瞭な形容詞でレッテルを張るなど、あってはならないと思います。

 また、「排さなければなりません」という言い方も問題が多いでしょう。これほど、対話拒否、議論拒否の姿勢が明瞭な用語もありません。誰かが、「独りよがり」とか「原理主義的」とか判断すれば、「排される」のですから、会内民主主義の観点からして不適切な表現であると言わざるを得ません。

3 「3 日弁連と弁護士会の結束を大切にする」について

 第3項では、
「日弁連内には、様々な問題について異なる意見が存在します。」
「相違や対立を克服し、『会内論争に終始しばらばらで相手にされない日弁連』ではなく、『社会に向けて一致して発信し行動する力強い日弁連』を目指します。
日弁連としてぶれない一貫性、ころころと変わらない継続性、そして責任感が必要です。」
と記載されています。

 前段は、会内論争に終始しているわけにはいかない、会内の意見を一致させ、弁護士会が一丸となって発言し行動すべきとの主張で、それ自体は必ずしも間違っているわけではないと思います。
問題は、会内での議論が鋭く分かれる時、誰の意見を通し、誰の意見を譲歩させるべきかであると思います。

 この問いに対する村越会長の意見は、後段の「ぶれない一貫性、ころころと変わらない継続性」との記載に鮮明に表れています。
すなわち、村越会長は、司法改革を進めてきた日弁連が司法改革に対して立ち止まるべきではなく、従って、司法改革を進める人たちの意見を通すべきで、司法改革に反対する人たちの意見をこそ譲歩させるべきであるということが言いたいのでしょう。

 

 しかし、司法改革が始まってから15年が経ちます。その間、法曹志願者は激減し、法科大学院は学生募集停止校が相次いでいます。
弁護士の就職難は解消されるどころか悪くなる一方であり、弁護士の不祥事も多発し、増加傾向が見受けられます。
裁判所の新受事件数は、家事事件以外ほぼ右肩下がりで減少し続け、弁護士の登録抹消件数も増えており、弁護士登録してまもなく登録抹消する人の数も増えています。
弁護士の活動領域の拡大は遅々として進んでいません。
司法改革による社会的弊害は深刻になる一方です。

 

 このような現実を前にしてもなお、司法改革による社会的弊害に目をつぶり司法改革を進めると言うのは、市民の利益にならず、社会正義に反すると思います。

 にもかかわらず、司法改革を進めたのが日弁連だからといって日弁連としての「ぶれない一貫性、ころころと変わらない継続性」といった日弁連の体裁を取り繕うことに腐心するのは間違っています。
基本姿勢であるのに、同じことが何度も言われるので、私も同じことを繰り返します。
日弁連が「ぶれない一貫性」や「ころころと変わらない継続性」を誇ろうと、そんなことは市民の利益には無関係です。市民の関心の外です。
市民の目からは、典型的な「井戸やコップの中のような議論」で『自分たちだけの「正義」』というべきものでしょう。

 「責任感が必要です」とも書かれていますが、司法制度を担う法律専門家集団としての責任感は、体裁を取り繕うために「一貫性」や「継続性」を目指すのではなく、他者からどのように見られようとも司法改革による社会的弊害を是正すべく日弁連が立ち上がることで示されねばなりません。
その時が今なのです。
いや、今でさえ遅すぎると言えます。

4 「4 社会に向けた実践活動を」について

 第4項では、
「事態を一歩でも二歩でも前に進めたい、改善したいと本当に願うのであれば、社会の理解と支持獲得のための実践活動にこそ、日弁連と弁護士会の持てる全ての力を投入しなければなりません。
そのために、会員と弁護士会の心と力を一つに合わせる必要があります。」

と記載されています。

 この記載からは、自分たちは、「事態を一歩でも二歩でも前に進めたい、改善したいと本当に願う」が、自分とは異なる主張をする人たちは、「事態を一歩でも二歩でも前に進めたい、改善したい」とは望んでいないことが当然の前提とされているように読めます。
しかし、実際のところは、皆「事態を一歩でも二歩でも前に進めたい、改善したいと本当に願」っているのです。
だからこそ、引けないのです。
法曹のトップが、たとえ含意としてでも異なる意見の者を根拠なく「事態を前に進める気がない者」のように誹謗したととられかねない方針には、賛成できるものではありません。

 それに続く
「社会の理解と支持獲得のための実践活動にこそ、日弁連と弁護士会の持てる全ての力を投入しなければなりません。そのために、会員と弁護士会の心と力を一つに合わせる必要があります。」
の部分は、「会員と弁護士会の心と力を一つにして実践活動に全ての力を投入しなければならない」ということですので、「もう議論はするな、執行部の意見に賛成して実働だけしていればいいんだ」と読めます。
この基本姿勢で再三主張されてきた、つまりは、この基本姿勢の更に基本姿勢ともいうべき「議論の封殺」が、また主張されているようです。
「議論の封殺」を意図していると取れる文言が、こう頻出しては、それを曲解だとか、勘ぐりだとか、考え過ぎだとか言っても、それが説得力を持つことはないでしょう。
「理事会における議論の充実」を執行方針に掲げている村越会長の基本姿勢としては、不適切であると思います。

 また、最後の「会員と弁護士会の心と力を一つに合わせる必要があります」との部分ですが、総論的には正しいとしても、各論的には、司法改革を進める方向で「心と力を一つに合わせる」と言うのであれば、賛成できません。
これほどまでに司法改革の社会的弊害が出ているにもかかわらず、未だ司法改革を進めようとするのは、市民の利益には叶わないと考えるからです。

5 「5 司法と弁護士の未来を切り拓く」について

 表題は、前向きで明るいものになっています。

 しかし、第5項の内容は、
「司法の容量と役割を大きくすることを大命題とし、そのために、司法基盤の整備、司法アクセスの改善、活動領域の拡大、国際活動の強化、法曹養成制度改革」
(中略)「弁護士自治の強化に、一体のものとして総力で取り組みます。
下を向いてうなだれるのではなく、誰かのせいにして嘆いたり批判ばかりするのではなく、力を合わせて、私たちの手で司法と弁護士の未来を切り拓きましょう。」

と記載されています。

 前段は、司法制度改革審議会の意見書の焼き直しで、ここでも司法改革を進めることがあらためて確認されています。
しかし、司法改革を進めてきた結果、弁護士自治は弱体化させられています。
司法改革を進めつつ「弁護士自治の強化」を図ることは極めて困難であることが既に実証されています。

 

 また、市民の利益を第一に考えるのであれば、「司法の容量と役割」は小さく済むようにする方が良いというのは、私が年来主張してきたことです。無用に事件が多い社会、不必要な裁判が多い社会が、市民の利益にならないのは当然でしょう。
それだけではなく、必要性がないのに、どの場面でも弁護士が出てくる社会も、市民の利益にはなりません。
本来は、市民が司法にかかわる必要がなく、安心して暮らせる社会を目指すべきです。

この議論の詳細を説明することはしませんが、第1項に記載されている「市民の利益」は、私には非常に難しい概念に思われます。

 後段の「下を向いてうなだれるのではなく、誰かのせいにして嘆いたり批判ばかりするのではなく」との部分も、特定の第三者に対する誹謗中傷のように受け取られます。

 また、司法改革により弁護士の未来が失われ、活動領域の拡大は見込めず、就職先はなく、弁護士の経済的基盤が失われ、法曹志願者が激減し続けている現実を前にして、司法改革を進めながら、いかにして「司法と弁護士の未来を切り拓」いていけるというのでしょうか。
第5項は、表題と中身が合致していません。

第2 各論について

 各論については、「司法試験合格者の1500名への減員」の政策の取り扱われ方について指摘させていただきます。

 法曹人口問題は、司法制度、弁護士制度の根幹をなす政策です。

 法曹人口を何名とするかにより、その後の司法制度や弁護士制度のあり方が決まると言っても過言ではないでしょう。
法曹人口の数により法曹養成制度のあり方も異なってきます。

 

 ところが、この会務執行方針の各論では、法曹人口問題は法曹養成制度改革の中の1項目としてしか扱われていません。
前述したとおり、法曹人口問題の方が、むしろ法曹養成制度を包摂する関係に立つにもかかわらずです。
法曹養成制度改革の中に司法試験合格者数の政策が含まれるとの包摂関係には、一定の意図が含まれていると受け取られかねません。
なぜなら、司法試験合格者数が法曹養成制度改革の中で扱われる時、司法試験合格者数は、法科大学院存続のために何名が望ましいかとの文脈で語られることが多いからです。

 ちなみに、各項目の表題を並べると、いかに司法試験合格者数、法曹人口問題が極小化して扱われているかがわかります。

 会務執行方針は、
「第1 身近で使いやすい司法の実現」
「1 司法基盤の整備」
「2 司法アクセスの改善」
「3 広報活動の強化」とし、
「第2 活動領域の拡大」
「1 高齢者・障がい者のある人などへの支援及び福祉分野」
「2中小企業支援」
「3 海外展開の推進」
「4 行政連携の強化」
「5 組織内弁護士の採用拡大」
「6 隣接士業問題への的確な対応」とし、
「第3 法曹養成制度改革」
「1 法科大学院の改革」
「2 司法試験の改革」
「3 司法試験合格者の1500名への減員」
「4 司法修習の充実」といった具合に項目立てされています。

 この項目立てを一覧するだけでも2015年の日弁連の会務執行方針が司法改革による弊害を無視して司法改革を進める方向であるかがよくわかります。

 今日弁連に必要なことは、平成12年11月1日、日弁連臨時総会でいわゆる3000人決議が可決されて以降、この15年間、司法改革を進めてきた結果、司法と弁護士の未来が失われてきた結果を真摯に受け止めることです。
そして、法曹としての責任感を持ち、司法改革による社会的弊害を取り除くべく努力をし続けることだと思います。
司法改革を進めても社会的弊害が増大するばかりであること、日弁連が司法改革の抜本的な是正を始める以外に司法と弁護士の未来を切り拓く道はないことは既に実証されているのですから。

 論語で孔子も言っているではないですか。

 「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」

 一刻の猶予もありません。

 明日からでも、否、今日からでも180度舵を逆の方向に切り、日弁連が一丸となり司法と弁護士の未来を切り拓いていくべき時が来ています。

 「過ちては則ち改めるに憚ること勿れ」

 日弁連の会務執行方針を改めるに憚る必要はないと思います。

  以上

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日弁連サイトから

基本姿勢
「分け入っても分け入っても青い山」(山頭火)
会長に就任して2年目に入りました。2015年度は、私の任期の後半戦になります。

1万1676名もの会員の皆さんが投票用紙に「村越進」と記載してくださり、51弁護士会において最多得票を獲得させていただいたことの重みを、あらためてしっかりと受け止め、「社会と会員の期待に応える実現力のある日弁連を築く」という初心を忘れることなく、13名の新副会長と力を合わせ、山積する諸課題に全力で取り組む所存です。よろしくお願い申し上げます。

 

2015年度会務執行に臨む基本的な考え方は、以下のとおりです。

 

1 幅広い市民の理解と信頼を得ることを基本とする
日弁連のすべての活動そして弁護士自治は、幅広い市民の理解と信頼に支えられていることを、常に肝に銘じなければなりません。日弁連は、井戸やコップの中のような議論に基づく自分たちだけの「正義」を、声高に主張すればそれで良いというものではありません。すべての判断基準は、市民の利益に叶いその理解と信頼を得ることができるか否かにあります。

 

2 現実を踏まえ着実な改革を進める
社会には、異なる立場、異なる見解のプレイヤーがたくさんいることは当然であり、日弁連は数多くのプレイヤーの1人に過ぎません。日弁連の見解が常に正しいものとして受け入れられるわけではありません。少数意見にとどまることの方がはるかに多いのです。そうした中で日弁連の主張を最大限実現するためには、孤立を回避することが不可欠であり、独りよがりや原理主義と批判されるような言動は排さなければなりません。

司法と日弁連の歴史に思いをいたし、経緯と情勢そして現実を冷静に見極め、説得力のある最善の主張を展開することにより多くの人々の理解を得、力を合わせて改革を着実に前進させることが大切です。

 

3 日弁連と弁護士会の結束を大切にする
日弁連内には、様々な問題について異なる意見が存在します。可能な限り情報と認識の共有化を図りながら、全弁護士会の代表者で構成される理事会を中核として丁寧な会内議論を行い、会内合意の形成を追求します。相違や対立を克服し、「会内論争に終始しばらばらで相手にされない日弁連」ではなく、「社会に向けて一致して発信し行動する力強い日弁連」を目指します。日弁連として、ぶれない一貫性、ころころと変わらない継続性、そして責任感が必要です。

 

4 社会に向けた実践活動を
事態を一歩でも二歩でも前に進めたい、改善したいと本当に願うのであれば、社会の理解と支持獲得のための実践活動にこそ、日弁連と弁護士会の持てるすべての力を投入しなければなりません。そのために、会員と弁護士会の心と力を一つに合わせる必要があります。

 

5 司法と弁護士の未来を切り拓く
司法の容量と役割を大きくすることを大命題とし、そのために、司法基盤の整備、司法アクセスの改善、活動領域の拡大、国際活動の強化、法曹養成制度改革、若手会員の支援、人権擁護活動、東日本大震災・福島第一原子力発電所事故の被災者・被害者支援、民事・刑事の司法改革、弁護士自治の強化に、一体のものとして総力で取り組みます。下を向いてうなだれるのではなく、誰かのせいにして嘆いたり批判ばかりするのではなく、力を合わせて、私たちの手で司法と弁護士の未来を切り拓きましょう。

2015年5月26日 (火)

犯罪的ではないか日弁連執行部   「裁判官の独立」画餅化工作実行中

「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」 日本国憲法76条3項


弁護士大増員の弁護士窮乏化路線が、一業界だけの話で止まれば、商売の才覚のない弁護士は、ひっそりと消え去ればすむだけのことであるかもしれない。
しかし、弁護士の窮乏化は、司法の独立を侵す。


裁判官には、国民の適正な裁判を受ける権利(憲法32条)を実現するとともに、最高裁に収斂されるとはいえ、違憲立法審査権も付与されている(憲法81条)。
立法府や行政府が憲法に反する立法や政策・行政などを実行したとき、国民の立場から、これを憲法違反と断じて暴政を止めさせる憲法の番人としての権限が与えられている。


憲法が目指す理想通りにはいかないことは周知のところであり、日本の裁判所は憲法問題に踏み込むのを極端に嫌う。
お上の意向を窺う「ヒラメ裁判官」との謂いが一時期はやったゆえんである。


しかし、中には、国家の方針に反してでも、憲法を擁護しようとし、「裁判官の良心」に忠実であろうとする裁判官も少数ではあっても存在したし、現在も存在し続けている。
激変しているこの時代ほど、「裁判官の良心」や司法の独立が果たすべき役割は大きい。


しかし、日弁連執行部が進める、弁護士窮乏化路線は、確実に「司法の独立」を掘り崩す。


権力に抗して、勇気ある裁判をするとき、司法官僚制の中にある裁判官は、裁判官としての職を賭す覚悟をしている。
辞表を忍ばせて、違憲判決に望む裁判官もいたのだ。


その最後のよりどころを、弁護士窮乏化政策は、絶つ。


かつて、食えない弁護士というのは、想像もつかなかった。
裁判官が職を賭して良心を貫こうと決意する場合、裁判官を辞しても、弁護士として少なくとも最低限の安定した生活は保障されていた。


いかに良心的であろうとも、裁判官も人である以上、生活は先立つ。
裁判官を辞した後の生活の保障が何もないとしたら、勇気を振り絞った判決が書けるだろうか。
良心をかけて歴史に残る違憲判決を出した末、組織で冷遇され、昨今の政治情勢では、国会の弾劾裁判にかけられる可能性すら否定できないのである。


繰り返すが裁判官も人であり、家族もあり、子どももある。
裁判官を辞した後の長い人生が日々の生活にあえぐ、貧困弁護士でしかないとしたなら、どうやって「裁判官としての良心」に忠実であろうとする、勇気ある決断ができるというのか。


「司法の独立」あるいは「裁判官の独立」という理念は、実は、弁護士になれば少なくとも食べていくことはできるという、実に現世的な経済基盤に支えられていたのである。


今、日弁連執行部がやっているのは、政府と結託して「裁判官の独立」、「司法の独立」の現実的な基盤を掘り崩し、これを文字通り「画に描いた餅」にする策動である。


日弁連執行部が、基本的人権の擁護を弁護士の使命とし、憲法の擁護を叫ぶのであれば、直ちに、弁護士窮乏化路線を転換し、司法試験合格者1000人以下の目標を掲げなければならない。
司法試験合格者1000人以下としても、この10年余で倍増して全国3万5000人に及んだ弁護士人口は、なお当分の間、増加し続けるのである。


国民は、弁護士が事件を漁るような、トラブルが多発する社会は望んでいない。
基本的人権と平和を基本的価値とする憲法の実現をこそ望んでいるのだ。
はき違えてはいけない。

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バカじゃなかろか“弁護士急増”  対米隷属の法科大学院利権グループと結託して弁護士基盤掘り崩し作戦実行中の日弁連執行部

法律実務家(弁護士、裁判官、検察官)になるためには司法試験を受けなければならず、司法試験の受験資格を得るためには法科大学院(2年~3年)を卒業しなければならないとされている。
その法科大学院の受験資格を得るための最初の関門が法科大学院の適性試験である。
したがって、この数は、法律実務家を志す者の数の推移ということになる。

 

もともと、法律実務家になるためには、大学教養学部(2年生)修了の素養が認められれば、誰でも受けられる一発試験に合格すれば、良かった。
今から見れば、大変に公平で、合理的な制度である。
3万人から4万人程度の人数が受験して、500人程度が合格するという時代が長く続いた。

 

これに米国から横やりが入った(年次改革要望書)。
弁護士を大増員させろという横やりである。
日弁連執行部は早々と対日要求に従属する道を選択しようとした。
そんな頃、弁護士の大義を知っている弁護士グループは「弁護士を増やすと戦争になる」と、実にまあ、先見の明のある反対をしていた。
今から見れば、大当たりであるが、先見の明がありすぎて、ほとんど誰も真に受けないほどの、先見の明であった。

 

日弁連ではすったもんだが続いたが、キャスティングボートを握った(僕も加入している)某左翼グループが一斉に、大増員賛成に走り、日弁連臨時総会に大動員をかけた結果、司法試験合格者3000人を目指すという政府方針が決まった。
名古屋の某弁護士は、議事打ち切り動議を阻止すべく、壇上に駆け上がったが、動員された多数派に排除された上、その後、弁護士としての品位を欠くとして、懲戒請求まで受けるはめになった。

 

折から、弁護士大増員のタイミングを見計らったかのように、最高裁が、過払い金(『かっぱらい金』ともいう)回収マニュアルのような判決を連発し、過払い金ブーム(知能はあるから、弁護士は誰もがバブルだと知っていた。知っていたが、なれの果てがどれほど悲惨かは誰も予測できなかった)を起こし、弁護士業界は、しばらく麻酔状態に陥った。

 

気づいた果てが、末尾記事のごとき、悲惨な台所事情である。
若者よ、貧者になりたくなければ、弁護士を目指すなと、言いたいところだが、賢明にも弁護士を目指す若者は激減している。

 

繰り返すが、かつては、おおむね3万人から多い年には5万人もの人が法律実務家を目指し、司法試験に挑戦していたのである。
これが以下のとおりである。
2015年は速報値は出ているが、まだ公表されていないとのことだ。
2014年より、さらに減ったことだけは間違いない。


法科大学院全国統一適性試験の志願者延べ人数(全2回)の推移
2011年 13,332人(5,946+7,386)
2012年 11,152人(5,185+5,967)16.4%減
2013年  9,351人(4,387+4,964)16.1%減
2014年  7,669人(3,599+4,070)18.0%減

 

この人数は、延べ人数である。
2回受けられるから、同じ人が2回受験することもある。
したがって、実人数は、相当減少する。
この問題を追跡している弁護士は、計算の仕方を把握しているだろうが、僕は知らない。
この統計の最初の数字である2011年で実人数は1万人程度なのだろう。
もともと司法試験受験者は実数で少なくても3万人、多い年には5万人もいたのである。
(話がややこしくなるから、予備試験の話は省くが)
2011年で法科大学院を目指す志願者の実数が1万人、2014年は多分実数で6000人程度、おそらく今年の実数は5000人前後になるのではないだろうか。

 

志願者数5000人で、全国の法科大学院の入学定員は約3000人、政府の計画ではもともと司法試験合格者3000人を目指すという話だったから、法科大学院に入学できれば、全員合格となる。
結果より教育過程が大事という、触れ込みであったから、目標達成バンザイのはずだが、さすがにそれでは質が保てぬ、1500人まで合格者を「減らす」という。
『減らす』と言っているように見える。
しかし、3000人などという数字は、一度も達成したことがない架空の数字にしかすぎなかったのだ。
最高実績で合格者は、2000人プラスアルファなのである。
表面は、減らすと言っているが、自然現象に任せれば、志願者はどんどん減るから、自然に1000人割れが見えている。
それなのに、1500人というのである。
これは合格者を減らすように見せかけて、実は、最低限度の目標を設定して、1500人は確保すると言っているのだ。
増員派は、基本、市場主義者であるのに、ここでは俄然、管理主義になるのである。

誰のため? 法科大学院の利権のためである。
なんとささやかで、いじましい利権のために、われわれは犠牲になるのだろう。
かくして、米国が年次改革要求に込めた、弁護士攻撃の狙いは達成されていくのである。

先日、日弁連からお触れが回った。
過払い金ブームに乗ってコマーシャルを打ちまくって儲けたはずの某個人事務所(と思われる)の弁護士が破産申立をして弁護士資格を失ったので、某弁護士の全国に散らばっている依頼者から相談があった場合は、献身的に対応するようにとの全国3万5000人の弁護士に対する、お達しである。
実は、この種のお触れは以前から度々ある。
たいていは、不祥事で弁護士資格を失ったために、全国に散らばった依頼者に不便をかけないようにとの趣旨のお達しだ(早い話が、着手金や実費は取るなということである)。

 

しかし、全国に依頼者網を持った稼ぎ上手の弁護士が不祥事ではなく、破産で資格を失ったから献身せよとのお達しは、僕の知る限り、初めてである。

いまだに政府の弁護士激増政策に同調して、いまだに『法科大学院ステキ!!大好き!』で合格者1500人の旗を振っている、日弁連執行部は正真正銘のおバカさんグループだということである。
弱者の味方といいながら、僕のような弁護士弱者を救済する抜本的対策は掃き捨てる神経だから、TPPのような野放図な大企業優位のルールが日本国憲法を蹂躙しようとしているのに、日弁連は、国際室やらADR(裁判外紛争解決制度)部会やらに任せて、そっぽなのである。
弁護士増員対策のために日弁連が何をしているかというと、各地の自治体の任期付き公務員だとか、企業の法務部門だとかのおこぼれ仕事を乞いまくるという哀れである。
『在野の精神』などという崇高な言葉は今や、古語辞典入りである。

 

法科大学院のせいだけではないだろうが、公法学者(憲法、行政法、国際公法など)の劣化はすさまじい(と思われる)。
いまだに公法系の学者から、TPPに対する批判的な法的見解が出ないのはどうしたことだろう。
ロースクール詐欺商法に利権を見いだした法学部と、TPPの利権形成システムは相性がいいのかもしれないと思わせるほど、公法学者は無言である。
利権、利権で何が悪い、と開き直るのが、まさにグローバル経済法の構造そのものなのである。

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追記 ちなみに、民法系学者は、尊敬に値する。
トップリーダーはあっち系に行ってしまったようだが、被害者の立場に立とうとする学者が層として、存在し続けていることはすばらしいことだ。

福島原発事故賠償の研究

福島原発事故賠償の研究
淡路 剛久(編)/ 吉村 良一(編)/ 除本 理史(編)

追記2 
ここに断言しておこう。
日弁連執行部が、このまま利権グループや米国に隷属する日本完了と結託して、弁護士窮乏化計画を推進し続けるなら、5年以内には、日弁連組織全体を揺るがす事態が生じる。
日弁連執行部は、自ら日弁連解体作業を行っていることを自覚すべきである。
一方で、地方単位会からは、せめて司法試験合格者を1000人以下にするよう提言する活動が活発化している。
このせめぎ合いで、日本弁護士の歴史が決まる。
地方単位会の声に向き合おうとしなければ、現在の日弁連執行部は、多少なりとも権力に抗する勢力であった弁護士を壊滅させた戦犯として、後世の歴史に汚名を残すことになるだろう。

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Business Journal
ブラック企業アナリスト・新田龍「あの企業の裏側」(5月25日)
年収百万円台…食えない弁護士急増 借金&高額費用かけ超難関試験合格も仕事なし


「ブラック企業アナリスト」として、テレビ番組『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)、「週刊SPA!」(扶桑社)などでもお馴染みの新田龍氏。計100社以上の人事/採用戦略に携わり、数多くの企業の裏側を知り尽くした新田氏が、ほかでは書けない「あの企業の裏側」を暴きます。

 「弁護士」という職業について、どんなイメージを思い浮かべるだろうか。
 高学歴で高収入のエリート――という印象は根強い。実際、「合コンしたい憧れの職業TOP10」(2014年「R25」調べ)では5位、「女子が食いついちゃうのは? 合コンにきたら『ちょっとテンションが上がる男性の職業10』」(14年「マイナビウーマン」調べ)では2位、また「子どもになってほしい職業ランキング」(07年「gooランキング」調べ)では3位、「今からでもなれるとしたらなってみたい職業ランキング」(06年「gooランキング」調べ)では3位と、常に医師と並んで人気の職業であることがうかがえる。
 また、収入も確かに高い印象を受ける。日本弁護士連合会(日弁連)が10年に一度実施している「弁護士業務の経済的基盤に関する実態調査」によると、10年度の弁護士収入・所得の平均(全体の総合計金額を有効回答数で割った値)は3264万円に上る。一般サラリーマンの平均年収が413万円(14年度)であることを考えると、約8倍にもなるリッチな職業のようだ。
 しかし昨今、その様子が明らかに変わってきている。きっかけは、06年からスタートした「新司法試験」である。これまでのように誰でも受けられるわけではなくなり、法科大学院(ロースクール)修了が受験の前提条件となった。合格者も急増した結果、若手弁護士が就職先探しに苦労する事態となっているのだ。
 内容が異なるため一概に比較することはできないが、旧司法試験の合格率は昭和40年代以降、ほぼ1~3%台という難関であったことと比べると、新司法試験の平均合格率は約30%。合格者数でみても、旧試験ではほぼ3ケタだったものが、新試験では毎年のように2000人を超えている。14年4月1日時点で弁護士総数は3万5109人だが、00年の1万7126人から倍になっており、急激な勢いで増えているのだ。

二極化進む弁護士業界

 一方で、彼らの主な仕事である裁判の件数をみてみよう。00年の新受件数(すべての裁判所で新たに受理された訴訟件数)が553万7154件だったものが、13年には361万4242件と、なんと200万件も減少している。仕事が減れば就職も厳しくなり、それは当然収入にも跳ね返ってくることになる。
 イソ弁、ノキ弁、タク弁、さらにはケー弁といった言葉をご存じだろうか。司法試験合格後、弁護士事務所に就職できた新人はイソ弁(居候弁護士)と呼ばれ、給料をもらいながらキャリアを積むことができる。昨今、このイソ弁の労働条件はどの事務所でも悪化していると聞くが、まだ固定収入があるだけ恵まれているほうなのだ。
 固定給はなく、ボスとなる弁護士(ボス弁)の事務所スペースを借りて開業し、おこぼれ仕事にあずかる弁護士がノキ弁(軒先弁護士)で、軒先を貸してくれる事務所すら見つからない弁護士はやむを得ず自宅で開業することになり、タク弁(自宅弁護士)と呼ばれる。さらには、その事務所を借りるお金すらない弁護士は、携帯電話だけで仕事をするケー弁(携帯弁護士)となるわけだ。弁護士業界も格差社会なのである。
 実際、弁護士の収入分布は広がりを見せており、平均値が高いのは一部の超高額収入者の存在によって押し上げられているからと見る向きがある。
 国税庁の12年度の調査によると、年収100~150万円の弁護士は585人、150~200万円が594人、200~250万円が651人、250~300万円が708人、300~400万円が1619人という具合に、サラリーマンの平均年収を下回る水準の弁護士も非常に多いことがわかる。また、所得が1000万円以上だった弁護士は5年前から15%減少。逆に200~600万円の人が20%ほど増加しているのだ。

収入は減り、支出は増える一方

 弁護士は、なるまでにも、なった後にもお金がかかる。まず、法科大学院の平均的な初年度学費は100~140万円。しかし、そこでは司法試験の要である論文試験対策は行われない。「予備校的だから」という理由で、法科大学院で教えることはご法度とされているためだ。したがって、論文対策として別途予備校に通う人もいる。大手法曹予備校の授業料もまた、年間100万円を超える高額なものだ。
 しかも、司法試験合格者が受ける司法修習の期間に支給されていた毎月20万円の給与が11年以降はなくなり、無給状態で1年間すごさなければならなくなった。法科大学院卒業までの多額の授業料を借金や貸付奨学金などでまかなっている人も多く、その費用返済と相まって、司法修習生の7割が経済的な不安を抱えているという調査結果もある。
 また弁護士登録後は、所属する地方の弁護士会へ会費を毎月支払わなければならない。金額は地域によって異なるが、年額で50~100万円といわれており、いずれにしても高額である。
 難関試験を突破するために多くの時間とお金を費やしたにもかかわらず、仕事は減り収入は安定せず、逆に出費はかさむ一方。そのような状態では、さらなる出費を要する営業活動にいそしむこともできず、経験や人脈がないまま仕事を進めていかざるを得ない。必然的に、弁護士の質の低下という事象になって現れることになる。
 司法制度の改革は、国民生活の向上に資することを目的としていたはずだが、それが実現できているかは疑問である。
(文=新田 龍/株式会社ヴィベアータ代表取締役、ブラック企業アナリスト)

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2013年10月23日 (水)

【再掲】夕日新聞社説 『コンビニが足りない! 大胆なコンビニ改革を』

下記は、2012年4月27日付の拙ブログ記事である。
当時、日弁連会長選挙が異例の再選挙にもつれこみ、市民派と執行部派(日弁連官僚派)の会長候補が激戦を展開していた。
そんな中、某新聞は、市民派会長の2年間を司法改革の停滞として、厳しく論難し、さらなる弁護士増員を主張する社説を掲げていた。


これをおちょくったのが下記ブログである。
先見の明があったというべきか、当然というべきか、「移動するコンビニ」が登場しているという記事に先ほど気がついた。
関西テレビ放送2013年10月14日「限界集落走る 移動コンビニ」
但し、大手コンビニチェーンが進出したという話題ではないようである。


某新聞は、それみたことか、弁護士もコンビニを見習えという社説を書きそうである。
先手を打って言っておこう。
限界集落を目指して、移動していく弁護士はすでに実現しておりますので、ご心配なく。
マチベン所在地の近隣情報では、名古屋市内から多治見市(岐阜県西濃地方)へ、多治見市でも仕事にあぶれて瑞浪、恵那、中津川さらに山奥へと、チャレンジ精神あふれる若き弁護士が縄張りを転々と移動させております。
コンビニは毎日でも必要だが、それでも限界集落での経営は苦しいと記事には書いてある。
弁護士は一生に1回あるかどうかの買い物である。
彼らの献身的な努力が実を結ぶか否かは、予断を許さない。
某新聞論説委員はちゃんと現実を認識して社説を書くように、念のため釘を刺しておく。


某新聞では、大型所得隠し(自称『申告漏れ』)事件が発覚したが、今に至るも、大量生産された弁護士から社内弁護士を採用して綱紀粛正を図ったという話は聞いたことがない。


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離島や僻地にはコンビニがないため、住民が不便を強いられている所が少なくない。今やコンビニは、生活のためになくてはならないインフラだ。特に独り暮らしの多い地方の高齢者には宅配もしてくれるコンビニは、ときに高齢者の生死にすら関わる。

地方にコンビニが少ないのはコンビニの絶対数が少ないからだ。コンビニ協会はコンビニを大幅に増やさなければならない。採算割れなどは理由にならない。

地方にはまだまだコンビニを必要とする人たちが無数にいる。採算を主張するのは業界エゴである。コンビニ業界は既得権にあぐらをかくのではなく、大胆な需要の掘り起こしをしなければならない。

客を待つだけのコンビニから、宅配はむろん、物だけでなくサービスにも目を広げるべきだ。地方のお年寄りの要望に応えて、犬の散歩や、掃除、炊事や洗濯などの家事、簡単な修理や雪かきなど、コンビニならではの安価で安定的なサービスが必要とされている分野も少なくない。

最近、相次いで発覚し言論機関の名を貶めた大手新聞社の巨額の申告漏れも、社内にコンビニが少なかったからだとも聞く。

視野を広げれば無限の需要があると言っても過言ではない。

そうしてこそ、国民の期待に応え、コンビニの使命を果たすことになるのである。


残念ながら、コンビニ業界は内向きな議論に終始しているように見える。大胆な改革によってコンビニ倍増を実現しなければ、やがてコンビニは国民に見放されるだろう。
-------
全国のコンビニ数 約45000軒
全国の弁護士数 約32000名

追記 コンビニを、弁護士あるいは法律事務所と読み替えていただくと、どこかの大手新聞の社説とそっくりになるしかけです。(^^)V

2013年8月 7日 (水)

ネット監視?? 嫌がらせは止めてね 「1234-567-890-12..uqwimax.jp」さん

昨晩午前2時台に、訪問者数が、50件を数えるという異常事態があった。
同一の人物が、他のページをめくるアクセス数が夜中に50件になることは珍しくないが、訪問者数がこの時間に50件になるのは異様だ。


孫崎さんのメールを転載した記事がようやく「阿修羅」掲示板に久しぶりに掲載されたりした直後だっただけに、嫌な感じである。


同一のリモートホストからだ。
アクセスの仕方も、カテゴリーや、月別に一挙にページを開いている。
午前0時台に3件ほど探りらしきアクセスをした後、午前2時53分から55分までのわずか2分ほどの間に46件一気にアクセスしている。
ユニークログが、毎秒2件の瞬間もあるし、40秒の間に29件もあるというときもある。
リモートホストは同じだが、IDは別々なのだ。
IT音痴の僕には、同じインターネット端末にある複数台のコンピュータを使っているらしいことしかわからない。
個人のアクセスなのか。
団体のアクセスなのかもわからない。


だれなんでしょう。
そして、何の目的で??
すでに僕のブログ記事の内、一つは、WEBから消されていますが、解禁になった阿修羅掲示板への転載もまた禁止されるのでしょうか。
意地悪はなしにしてね。


ネットの世界での点検活動や検閲作業は、全く客観性も合理性もなく行われています。
プロバイダ規制の仕方が多分、間違っているし、規制を変えても、政府が管掌するのだから、政府側はスノーデン氏の事件と同様に情報の取り放題になるだけだから、結局は、同じことになるんでしょうね。
国家秘密法(運動の皆さん、「秘密保全法」なんて政府の土俵に乗った呼び方はやめましょう。この間、何も知らない人から個人の秘密の法律だと思ってたと言われてしまいました)の上程も間近いし、急速にきな臭くなるこの頃です。


以下、アクセスの模様を時間を逆順にしてPDFファイルにしたものを貼り付けます。

「機械的集中アクセス」pdf




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追記
標題からリモートホスト名が消えてしまいました。
投稿文の標題には残ってるんですけど…
ネットは不思議すぎてよくわからん
 (;;;´Д`)
入れ直したら、今度は掲示された (;´д`)トホホ…


追記 8月8日
よくわからないところですが、コメント欄にある指摘がありましたので、とりあえずリモートホストを架空のものに書き換えておきました。
アクセスが著しく不自然で、機械的なものであることは、一覧表でご理解いただけるものと思います。




2013年5月14日 (火)

『阿呆ムラ』球団  [ 需要あるある詐欺]の汚い手口

さるメーリスから、投稿者に無断で後記に転載しておきます。

業務改革委員会というのは、平たくいえば、弁護士の業務分野を広げ、あるいは、業務内容のレベルアップを図ることを任務とする委員会です。
ここで、「弁護士増員に見合うような新規分野などないじゃないないですか」、と率直に事実を述べた弁護士が該当の委員会から外されたということです。
弁護士会や日弁連の仕事はボランティアですから、「やりたい」と言い、「やってきた」実績のある弁護士を排除することは普通、あり得ないことです。


もともと法曹人口増員は、弁護士会内の異論を排除・封殺して始められましたが、今や『阿呆ムラ』になった増員派は、本来的に必要な有能な人材を切り捨ててまで、異 論を排除・封殺しているということになります。異論を排除した仲間内できっと『家庭内のもめ事を家庭内で解決する悪習を止めさせて、法の支配を及ぼせば、やまほど弁護士の仕事がある、ある』と盛り上がっているんでしょう。


しかし、この手口はあまりに汚い。
社会的正義の実現を使命とする弁護士のやることだろうか。
醜すぎる。


なお、ここで出てくる正副というのが、日弁連の常務の執行機関で、通常執行部と呼ぶものです。
執行部の事務方には、さらに日弁連事務局というのがあり、事実上、結構な権限があるようです。
だから、日弁連がTPPに口封じをしているのも、事務局の力も有力である可能性もあります(最高裁事務総局みたいですね)。


市民の皆さんも一度、日弁連事務局長とか事務局次長とかを呼び出して、どうしてTPPに反対しないのか、お問い合わせなさるといいかと思います。
『正確な情報が得られるまで検討しない』というより前進した回答が得られましたら、どこかでご報告ください。


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-------転載開始-------

私事ですが、昨日の○○○弁護士会弁護士業務改革委員会で、○○○弁護士会連合会から推薦する日弁連弁護士業務改革委員会の委員から私が外されたことを知りました。

そこで「委員を続けたいとの意見を申し上げていたのになぜ外されるのか。希望しているのに退任させる例など聞いたことがない。誰が外せと言ったのか理由と併せて教えてもらいたい」と申し上げましたが、委員長は「正副一任で決まったことだから手続的に問題はない」というだけで、まったく理由を教えていただけませんでした(+o+)。

私も(T先生ほどではありませんが)、○○○業革副委員長をX年、日弁連業革委員をY年以上務め、遺言相続センター、中小企業支援センター、ひまわりサーチなどの設立に関与し、日弁連では新分野開拓PT、対外業務広告ではPT座長を務め、出席率も高いはずです。

とすると思い当るのはただひとつ。

日弁連業革委員会で「どの分野でどれだけの経済規模のマーケットがあるのか教えてもらいたい」「ニーズがないならニーズがないと世間に率直に申し上げるべきではないのか」「ろくに成果もないのにシンポジウムを開いて自画自賛するのは会費(2000~3000万円)の無駄遣いではないか」と発言していたことくらいです。

私の推測が当たっているなら、日弁連業革委員会はひたすら「まだ開拓できる分野がある」と同執行部に意見を具申するためだけに存在し、反対意見や少数説などいらないと言っているのに等しいのではないでしょうか。あ、○○○弁護士会の弁護士業務改革委員会も同じですねえ(-_-;)。



以上の私の経験からすると、執行部は、司法改革&法科大学院マンセーの根拠を作るためだけに、何も知らない若手の委員をおだて上げ、アンケートやらレポートを作らせているようにしか思えません。で『潜在的ニーズ』に疑問を持つようになればお払い箱なんでつね…(T_T)。

でも、かといって委員会活動を忌避していると、「改革反対派は公益活動をしない」とレッテルを張られるのですから要注意。したがって、やはりT先生がおっしゃるように、他力本願に頼らず、自ら常議員や委員になってがんがん発言していくしかないと思います。



というわけで、腹立ちまぎれに、拙文ですが小職のパブコメも公開とさせていただきます。

各位にはご協力のほどよろしくお願い申し上げます<(_ _)>。




---転載終わり---

---さらに、同氏のパブリックコメントを転載----

 

法務省大臣官房司法法制部司法法制課 御 中

FAX0355117205

 

 

パブリックコメント

(「法曹養成制度検討会議・中間的取りまとめ」について)

 

 


 標記件につき、要点を絞って、意見を差し上げます。

 

「はじめに」について

〔意見〕

1 「法曹に対する需要がますます多様化・高度化されることが予想され、法曹が社会の隅々に駿出することが期待された」との出発点が誤りである。

2 ワーキングチーム・フォーラム・法曹養成検討会議の委員の大半は特定の思想や利害関係者で構成されているので、ただちに委員の入れ替えを求める。

〔理由〕

1 上記1の見解は、大学、法学者、法務省、文部科学省、一部弁護士、マスコミなどの妄想である。それは現に法曹に対する需要がないからである。どのような改革であれ負の側面が予想され、その場合の対応策が用意されなければならないが、わざわざ後戻りできない制度を作った責任がどの機関あるいは誰にあるのか、責任の所在を明確にされたい。

2 各機関の委員は、各省の推薦による大学(法科大学院)関係者ら司法制度改革推進論者によって占められている。なるほど構成員の経歴・社会的地位は申し分ないが、市井の事案を扱ったこともない方々であり、中には「今の世の中で経済的事情で大学院進学をあきらめる者などいない」と放言する委員もいたほどであって、委員の構成は著しく公正を欠く。ただちに委員を入れ替えるべきである。

 

1 「法曹有資格者の活動領域の在り方」について

〔意見〕

1 法曹有資格者の活動領域の更なる拡大を図る必要はなく、かつ、不可能である。

2 企業、国家公務員、地方自治体、法テラスなどでの活動領域の拡大は、小手先の弁明にすぎず、根本的な解決策とならない。

〔理由〕

1 利用者が必要と感じる時に生まれるのが需要であって、これに応じた供給が本来の姿である。司法制度改革も需要があるとして始められたものだから、それがないのであれば撤回すべきは必然である。実需があるなら、司法修習修了者の約半数が就職できないという状況が生じるはずはない(日弁連の恣意的な調査結果は、ノキ弁、即独、宅弁、ブラック事務所への就職、任期付就職をすべて含めて就職先があったと評するものであって、実質的な就職率ではないことには注意されたい)。また、小職は、10年にわたり日弁連等で少なからず活動領域の拡大に奔走してきたが、有意に拡大できる領域は存在しなかった。

2 上記2については、いずれも弥縫策にとどまる。日弁連が行った調査によれば、上場企業の95%、地方公共団体の97%が弁護士の採用に消極だったから、法曹有資格者が企業から求められる人材でないことは自明である。「取りまとめ」がこれを指して「急増した」と説くのは、意図的に誤導を招くものであって、詭弁の誹りを免れない。公務員採用も法テラスも終身採用ではなく、弁護士が不安定な身分に置かれることは明らかであって、問題の解決にはほど遠い。

 

2 「今後の法曹人口の在り方」について

〔意見〕

1 「法曹に対する需要は今後も増加していくと予想され」との意見は見当はずれである。それでも了とするなら具体的根拠を明示すべきである。

2 「全体としての法曹人口を引き続き増加させる必要があることに変わりはない」との意見に反対する。

3 「現状においては、司法試験の年間合格者数の数値目標は設けない」との意見は首肯できない。500人程度を目安にすると銘記すべきである。

〔理由〕

1 上記1につき、「とりまとめ」では法曹需要の増加についての論証がまったくない。訴訟件数が漸減し、企業や公共団体にも需要がないことが明らかであるのに、いまだ、夢のような抽象的な論理を振り回すことは正気とは思われない。

2 需要がないのに膨大な量の法曹を供給することは、法科大学院とその関係者にのみ利益をもたらしながら、高学歴失業者の増産を招き、訴訟社会を招き、情報の少ない国民に弁護過誤のリスクを押しつける政策であって、到底許されない。なお、法曹有資格者の自然減は毎年500人程度であるから、たとえ毎年700800人程度の合格者としても、法曹人口が増加する。

3 司法試験の年間合格者数は、毎年500人と明記すべきである。

  検討会議が3000人の旗を降ろしながら目標を設定せず(先延ばしし)、あまつさえ「将来、3000人程度とすべきことについて再び現実性が出てくることはあり得る」などと付記しているのは、一方で法科大学院・大学関係者とそれに大きな権益を持つ文部科学省(露骨に天下り受入れを求めると聞く)に配慮しながら、他方では、数年かけて、法科大学院入学者を2000名程度、司法試験合格者を1500名程度に落ち着かせ、「結局、法科大学院制度は失敗ではなかった」と口を拭って、司法制度改革に関与した責任者への批判をかわそうという見え透いた工作にほかならない。

   とくに、この点に関して、すでに本年度の法科大学院入学者数の集計が完了し、全体で2800人程度と予想されているのに、ことさらこれを発表せず、本パブコメが出そろうまで入学者数を明らかにしない文部科学省や各大学の態度は、本パブコメの意見募集にあたっても、必要な情報を隠し、世論操作を誘導しようとするものである。

   そして、現在の法曹有資格者の数を見れば、少なくとも弁護士が過剰であり、その3割ないし4割が年間所得100万円以下の生活保護レベルにあえいでいることは国税庁の業種別統計によって明らかであるから、これ以上の増員はまったく不要というべきである。

  かりに、今後も法科大学院に投与する予算があるなら、すでに法曹有資格者となった弁護士たちに再教育を受けさせ、あるいはまったく増えない裁判官と検察官に採用すべきであろう。

よって、司法試験の年間合格者数は、毎年500人とすべきである。

 

3 「法曹養成制度の在り方」について

1 「法曹養成制度の理念と現状」について

⑴ プロセスとしての法曹養成

〔意見〕

1 「プロセス」教育論や「ソクラテス」は詭弁である。

2 法科大学院修了を司法試験の受験資格とする制度は即刻廃止すべきである。

〔理由〕

1 法科大学院創設期において、「点」による選抜から「プロセス」としての法曹養成と喧伝されたが、具体的中身はない。そもそも大学教員は、本来特定分野の研究が主業務であるうえ、多くは司法試験に合格したこともなく、安定雇用に胡坐をかき、上から目線でサービス業的発想は皆無であり、法曹教育(とくに実務教育)できる知識も経験も能力もない。したがって、実務法曹を目指す学生が予備校等に通うのは当然だし、旧試験でも2年間の司法修習によって濃密なOJT(プロセス)を得られたから、旧試験による法曹養成が法科大学院に劣るとの論証は成立しない。そこで登場するのが、苦し紛れの「プロセス教育」や「ソクラテスメソッド」であって、これらが、大学人による大学のための「下駄」、「言い訳」にすぎないことは明らかである。

2 とすれば、司法試験受験資格を得るために法科大学院に進むことは、法科大学院及びその関係者の既得権益保持のために、法曹志望者に無用の経済的負担と時間的浪費を強いるものであるから、即刻、司法試験受験資格から法科大学院終了を外すべきである。

 

⑵ 法曹志望者の減少、法曹の多様性の確保

〔意見〕

1 法曹志願者者の減少の理由は、弁護士の大量増員による就職難と所得低下にあり、司法試験合格率に求めるのは誤りである。

2 多様なバックグラウンドを有する人材を確保するためなら、法科大学院卒業を受験資格とする参入障壁を撤廃し、いつでもだれでも司法試験を受けられるように変更すべきである。

〔理由〕

1 司法試験合格率が低くても、旧司法試験の時代には約50倍の志願者を確保できていたから、法曹志願者の減少の原因をそれに求めるのは明らかな誤りである。

2 法科大学院卒業のためには、新卒として就職できる期間を法科大学院に費やし(社会人であれば収入とキャリアアップをどぶに捨て)、多額の学費と生活費を負担し、受験指導禁止を盾にとって学部同様の授業を延々と続ける学者教員の顔色を窺い、ダブルスクールに通う必要がある。これを参入障壁以外の何と呼べばいいのか教えてもらいたい。

  法科大学院の創設とともに増えた「多様な法曹志願者」がいるとすれば、それは、弁護士の2世・3世、社会貢献など考えたこともなかったがプラチナチケットが簡単に手に入ると思った者、両親に資産があって多少のことでは経済的負担を感じない者、公務員試験に落ちた者や就職活動に失敗した者、たんにモラトリアムを求める者などが挙げられる。たしかに、従前と比べれば多様だが、一方で、高学歴を持ちほかにいくらでも就職先がある者、弱者救済の仕事を希求しながら経済的負担に耐えられない者、家族のために安定した就労を捨てることができない者などは姿を消した。

つまり、「多様性」という耳触りの良い言葉も、法科大学院及びその関係者の権益維持のための小道具である。

 

⑶ 法曹養成課程における経済的支援

〔意見〕

1 法科大学院生に対する経済的支援(公金投入)は不要である。

2 司法修習生に対する経済的支援は十分に行うべきであり、貸与制は即刻廃止し、給費制を復活するべきである。

〔理由〕

1 法科大学院出身者の累計でも、法曹資格を得たのは20%台しかいない。すなわち、それ以外の者は法曹とは関係のない進路を辿るのであって(進路があればだが)、公金を投入して育成することに合理性がない。なお、「充実した支援」がなされているかは、検討会議の委員ではなく、直接利用者である法科大学院在籍者、卒業生に聞くべきである。近年、学部から奨学金に頼るケースも約半数に及ぶうえ、法科大学院、修習貸与により順調にいっても総額1000万円の借財ができる。要するに、法科大学院は無用なのである。

2 これに対して、司法修習生は、おおむね法曹として司法権の一翼を担う立場にあるうえ、修習専念義務によって生活の糧を得ることができないのだから、給費制を復活させるべきは当然である。

 

2 「法科大学院」について

⑴ 教育の質の向上、定員・設置数、認証評価

〔意見〕

1 法科大学院が「法曹養成のための専門職大学院」というなら、司法試験対策を行わせないという方針は理解できない。

2 「資質のある多くの者が法科大学院を志願するようになる」との記載は誤記であろう。

3 「法科大学院が全体としてこれまで司法試験合格者を相当数輩出してきた事実を踏まえて」との意味が不明である。

4 法科大学院が法曹養成の中核としての使命を果たすとの考え方自体が誤っている。

〔理由〕

 1 法科大学院の教育の質の向上といっても、本来、司法試験に合格したこともなく、安定した身分で研究に没頭していた学者教員が、実務法曹に役立つ教育を提供することはできない。しかるに、省利省益をたくらむ文部科学省は実務家教員にまで研究論文の要件を課し、学者教員を優遇しようとしている。このような態度で、教育の質の向上が図れるはずがない。

 2 上記のとおり、現在の法曹志願者のレベルが落ちていることは明らかである。法曹(弁護士)そのものに魅力がない(というより生きていけない)のに、優秀な層が法科大学院を目指すとは考えられないから、この種文書にあるまじき誤記と考えるほかない。

 3 「相当数輩出」とはお手盛りも甚だしい。法科大学院を作り、それを受験資格としたのだから、予備試験経由者以外法科大学院の出身であることは当然である。その当然の事実をわざわざ指摘して、「その事実を踏まえて」とは、法科大学院とその関係者を優遇し、存続させることが「取りまとめ」の目的であると言わんばかりである。

 4 以上のように、司法試験と法科大学院を切り離すことがもっとも根本的な第一選択の改革であるから、法科大学院に法曹養成の使命があるかの表現は誤解を招く。

 

⑵ 法学未修者の教育

〔意見〕

  「共通到達後確認試験(仮称)」そのものが不要である。

〔理由〕

  「取りまとめ」では、未修者の1年終了時、2年終了時に試験を課し進級を判断するということだが、その時点で基準で到達していない未修者は留年を余儀なくされ、それ自体が法科大学院生の高齢無職化を招く。もとより、現在の就職状況では、法科大学院で留年しただけでも就職先がなくなることを理解しているのか疑問が残る。

 

3 「司法試験」について

⑴ 受験回数制限

〔意見〕

 受験回数の制限には合理性がないから、撤廃されるべきである。

〔理由〕

 受験回数にかかわらず、司法試験に合格できる能力があるなら、実務法曹に進んでどこが悪いのか。受験回数制限は、一見受験生の将来のことを考えているように見せながら、長期滞留者を司法試験受験生の枠から放逐し、その結果、法科大学院修了者の合格率をあげようとするものにほかならない。しかも、三振後でも、もう一度法科大学院に入学すれば司法試験を受けられるのだから、本当に受験生のことを考えているわけでもない。つまり、受験回数制限は、法科大学院の利益のみを図る巧妙な罠であるから、ただちに撤廃されるべきである。

 

⑵ 方式・内容、合格基準・合格者決定

〔意見〕

1 科目数の削減という考えは基本科目で能力が未達であることを示している。

2 科目数を削減するのなら、法科大学院の教員数も大幅に削減すべきである。

〔理由〕

1 科目数を削減すべきというのは、それだけ法科大学院における基本科目の履修が不十分であることを示している。

2 実務法曹になるのに不要な科目があるのなら、それに応じて、法科大学院の教員も削減し、かつ補助金も削減すべきである。仄聞するところ、島根大学、新潟大学、鹿児島大学法科大学院などの今年の入学者は数人であり、累計の合格率も10%前後でありながら、2030人の教員を用意している。このように社会に還元できない法科大学院が、地方における教育の重要性など説いて補助金を懇願するのは、ひとえに教員全員の給料を税金から出せと言っているのに等しく、見苦しいというほかない。これらの法科大学院は、即刻、退場させるべきである。

 

⑶ 予備試験制度

〔意見〕

1 予備試験枠を拡大すべきである。

2 導入の趣旨から予備試験を制限しようとの考え方は、法科大学院の権益を守れというに等しい。

〔理由〕

 1 予備試験に法曹志願者が集中し、かつ、予備試験組がすべての法科大学院を上まわる司法試験合格率を示したことからすると、予備試験を制限する合理的根拠はない。

 2 これに対して導入の趣旨を重視する立場は、法科大学院(と教員、関係者、天下り権益を持つ者)を守れというだけのことである。その根拠は法科大学院の教育が素晴らしいというしかないが、そうであれば、社会的認知を得て受験資格を外しても入学者が殺到してしかるべきであろう。

 

4 「司法修習」について

⑴ 法科大学院教育との連携

〔意見〕

1 法科大学院が実務への導入教育ができると考えることが笑止である。

2 「法科大学院との連携に関する取組が相当程度効果を上げている」というのは、事実に反する。

〔理由〕

1 法科大学院では書面の書き方も交渉の仕方も、何もできていない。法科大学院出身者の弁護士を雇ってみても実務能力は皆無に等しく、書面も交渉もすべて一からやり直しである。事件は現場で起こっているのであり、大学の中で教えられることはきわめて少ないことを大学人は自覚しなければならない。

2 それを一顧だにせず、「相当程度効果を上げている」という感覚がおよそ信じられない。そもそも上から一方的に信念を開陳するのではなく、たまには謙虚に、利用者である法科大学院出身者の声をきいてみればどうか。教員を生徒が評価するシステムの導入も一考であろう。インターネット上でも、法科大学院の教育に対する不満が渦巻いていることは実感できるはずである。

 

⑵ 司法修習の内容

〔意見〕

  司法修習の重要性を看過している。修習の短縮化は撤回されるべきである。

〔理由〕

   どのように工夫しようと、わずか1年の修習期間で、実務法曹としてのOJTができるわけではない。司法修習期間を、最低でも2年間に伸長すべきである。そのための予算は法科大学院への補助金から振替えるべきである。

 

5 「継続教育」について

〔意見〕

少なくとも、法科大学院が継続教育に協力することは不可能である。

〔理由〕

  法科大学院に、実務を教える能力はない。

 

4 最後に

  上述のとおり、「取りまとめ」の内容は、あまりにも現実とかけ離れた不合理なものというほかない。

未だに法科大学院を「法曹養成の中核」などと礼賛する筆致を見れば、このばかげた法科大学院の制度設計を行った者、法科大学院の利益を守ることに汲々とする委員、法科大学院の崩壊は必至と認識しつつ責任を回避しようとする各省関係者等への配慮が透けて見える。

  もとより中間的「取りまとめ」の起案者も小職が指摘したことなど先刻ご承知であろうが、これは司法権の未来に関することであり、一般国民の利害に直結する法曹養成に関することであるから、右顧左眄するのではなく、矜持を示していただきたい。

以上


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2013年5月11日 (土)

ハイエナ弁護士入門

弁護士に対する実需が減少しているのに、司法改革と称して弁護士数だけを激増させた。
勢い弁護士は、あらゆる紛争をメシのタネにする。
とりあえずは、不貞行為の取締りが弁護士の新たな任務になった。
弁護士はせっせと不貞行為狩りに取り組んでいる。
しかし、これだけで弁護士のメシのタネは足りない。
いずれハイエナ化しなければ弁護士はやっていけないことが明らかだ。
そこで、以下の場合に、どのように対応するのがハイエナ弁護士として正しい対応か、考えてもらいたい。


A  依頼人は倉庫泥棒

倉庫へ忍び込もうとして、天窓から落下して怪我をした泥棒から依頼を受けた弁護士がやるべきことは。

B 依頼人は交通事故被害者

フォード車に乗車中、居眠り運転の車にぶつけられた被害者から依頼を受けた弁護士は、加害者に対する賠償請求の他に何をすべきか。


以下、回答である。


A 倉庫泥棒事件

倉庫を訴え、治療費を初め負傷が治癒するまでの生活費と将来の生活費もあわせて損害賠償を要求する。
理由は、
「真夜中に天窓をあけていた倉庫の管理不十分が落下の責任であり、倉庫は賠償責任を果たすべきだ」からだ。
天窓の大きさと位置が設計ミスに該当するとして、倉庫を設計した建築設計士も訴える。

B 交通事故

フォード社の製造物責任を問うために、加害者の加入する保険会社の持っている別のフォード社の車を用いて衝突実験をやらせる。
断られれば、「弁護士の要請にもかかわらず衝突実験を断った支配人は、フォード社との訴訟に敗けた場合、その費用と責任を負う」との書面に署名を求める。
さらに断られれば、第三者を同伴して再び署名を迫り、再び断ると、第三者である弁護士仲間に向かって、支配人の言動を記録させる。そして、実験を拒否したという文書に署名を要求する。


いずれも元日本火災会長の品川正治氏が語る実話である(雑誌『世界』2012年12月号)。
しかも、これは50年も前、1960年代の話である。


この事態を経験した品川氏は、

「このどちらの事例においても、弁護士自身が諍いを煽り、訴訟へ発展せしめることで、自らの収入を確保しようとする気配が濃厚であった。


実は私はその時まで、日本においても弁護士はもっと増やしていいのではないか、せめて地方の簡易裁判所のある地域には必ず弁護士がいるということろまで増やすべきではないか、と考えていたが、弁護士社会、訴訟社会の恐ろしさを目の当たりに見て、ふっつりとその考えを捨てた。」

と語っている。


当時、米国の弁護士数は70万人、現在は130万人を超えているであろう。
ハイエナ弁護士の先進国では、事態はいっそう油断ならないものになっている。
『被曝』米兵が東電を訴えたトモダチ訴訟は、すでに原告数120名を超えたようだ。一人最低限の損害賠償として1000万ドルを請求しているから、すでに12億ドル(1200億円)を超えている。この他に懲罰的慰謝料も請求されている。
いずれ、これはトモダチ作戦に従事したことが判明している米兵全員をクラスとするクラスアクションに発展するものと思われる。
そうなると、2万を超える米兵×1000万ドル=2000億ドル(20兆円)規模の訴訟になる。
そして、彼らのルールでは、報酬は33%とされ、さらに、一流の医学者の協力費用等諸経費を引くということになるから、認められる金額のおおむね50%は弁護士のものになる。仮に譲歩して1割の200億ドル(2兆円)で和解したとしても、100億ドル(1兆円)が弁護士のものになる。
アメリカでは弁護士は一大産業化しているのだ。


アメリカ弁護士協会が2002年に行ったアンケート調査によれば、『大半の弁護士が依頼者の利益より自分の利益を優先している』、『弁護士は少ない方がよい』とする意見が過半数に及んでいる。
また、50%の人が医者を信頼しているのに対して、弁護士に対する信頼度は2割を切っている。しかも裁判所に対する信頼も30%程度に下がっている。
弁護士を増やすとは、そういう社会を目指すということなのだ。


消費者訴訟制度に経済界は異議を唱えているが、異議を唱えて止められるのも今の内である。
過剰弁護士はいつでもハイエナ化するし、TPPという後ろ盾を得ることになれば、米国の法律産業界が子飼いの日本法弁護士に、旨い汁を吸わせなければならないから、必ずクラスアクションの整備を求めてくるに違いない。
アメリカの弁護士(彼らも外国投資家になりうる)にとっては、閉鎖的な日本の裁判は、期待利益を阻害するものに他ならないから、クラスアクションが存在しないことを理由として、国際裁判所へ日本政府を提訴することが可能である。
過剰な弁護士にとっては、アメリカの後ろ盾を得て、大企業を狙い打ちにできるクラスアクション制度は、またとない慈雨ともなろうというものである。


財界がそこのところを理解してTPPを推進しているのか、甚だ心許ないと言わざるを得ない。

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