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カテゴリー「雑記」の11件の記事

2013年5月19日 (日)

「光州」に寄せて

昨日は、1980年韓国光州で、軍事独裁政権に対して民主化を求める民衆抗争が起きた日からちょうど33年目の日であった。
民衆抗争は、中国で言えば、天安門事件に匹敵する弾圧事件に発展した。
光州事件と呼ばれる。
この事件は、大学時代の僕に強い印象を与えた事件だった。

光州とは、仕事柄、深い縁がある。
今日は、光州事件に寄せて、光州市民に送った詩らしき文章を紹介しておこう。

--------------------------

おお光州よ

その名は私たちにとって

特別な響きを持っている。

 

おお光州よ

お前は何物も持たない

ただ人間の心を除いては。

そして

人間を包囲し

押しつぶそうとする巨大な力に

立ち向かった。

 

おお光州よ

お前は立ち上がり

軍靴に踏みにじられ

銃剣と砲弾に貫かれ

そして

戦車に踏みしかれ

お前は斃(たお)れた。

 

おお光州よ

しかし、お前はあきらめなかった。

お前は屈服したかのように見せながら

服従と屈辱にまみれた長い時間を耐え

待ち続けた。

なぜなら

お前は人間の真実と真理を知っているからだ。

 

そして

お前はよみがえる。

人間の歴史の

必然の力に押し戻されて。

 

おお光州よ

今、私たちは三菱重工本社の前に

無言で立ち続ける。

激しい日照りと雨と風にさらされながら

歯を食いしばって立ち続ける。

国家という名の

巨大な力に翻弄された、

ハルモニたちと苦難をともにするために。

私たちの

人間に対する信念を回復するために、

人間の尊厳に対する私たちの信念を確かめるために。

ただ黙って三菱重工の前に立ち続ける。

 

おお光州よ

今、お前が私たちに勇気を与える、

今、お前が私たちに信念と覚悟を与える、

そして希望を与える。

海を越えてお前の真理が私たちを揺さぶるのだ。

 

人間の、

人間としての誇りと、

人間としての尊厳が回復され、

人間としての社会が築かれるために、

歩み続ける勇気と信念と覚悟において、

お前の前に

国も民族も権力も無力だ。

 

そうして

お前は全ての

屈従し虐げられた者たちの心に灯りを灯し続ける。

 

おお光州よ

お前の名は

特別な響きを持っている。

人間の希望と、勇気と、信念と、覚悟において、

お前の名は

無限の響き合いを呼び寄せる。

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2013年4月29日 (月)

かっわいい~!!

ついでながら、これにも参った


個人が作ったんかしらん…すんげえ
もし趣味だとしたら、日本人は、分かち合って楽しむのが好きなんだなとマチベンはつくづく思うのである。

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アメリカの衰退 虚業の繁栄

マチベンは、経済にとことん疎い。
がために、台所は火の車になる。
そんなマチベンでもアメリカが衰退していることぐらいはわかる。


かつてアメリカは文化の中心であった。
文化の発信力は、国力を反映する、と思う。
ハリウッド映画、中流家庭の電化生活、自動車に日本人は憧れた。


今、アメリカ文化に見るべきものがあるだろうか。
せいぜいがマクドナルドである。
ジャンクフード食べ放題のために、アメリカの肥満率は世界一である。
ついでながら、TPP交渉参加国の大半はアメリカ傘下にあるためか肥満率が高いというデータがある。


どうしてアメリカが経済力1位でいられるのか。
マチベンでも、日常感覚でわかる部分がある。


まず、IT関連では、OSの独占がある。
マイクロソフトは、ウィンドウズと関連のソフトの抱き合わせ販売で、世界標準を獲得した余録でやっているだけだ。
ビジネス系でパソコンを使用している者には、無用にバージョンアップを重ねているとしか思えない。
ソフトが対応しなくなるから、仕方なくパソコンを買い換えさせられる。
大体、後に修正ソフトをダウンロードさせるなんて手口は、未完成品を市場に出すということに他ならない。
精密を旨とする、日本の文化では恥ずべきことである。


ITに触れたついでに、知的財産権について触れる。
TPPでは、知的財産権の強化が問題となっている。
アメリカの最低限の獲得目標は、知財保護をアメリカ並みに統一することだ。
論理的には、知財の保護は、貿易自由化の文脈に入らない。
知財保護の強化は、貿易の不自由をもたらすと考えるのが論理的だろう。
つまり、アメリカは知財で優位に立とうと考えている。
今や誇るべき産品がないから、知財を持ち出すと考えて良い。
そもそも、知的財産権をどの程度、保護するのが、人類の福祉に適うかは、バランスの問題である。
アメリカが求める水準は、多分、人類の福祉を損なうレベルだ。
仮にOSがオープン共有化されていれば(たとえば、Linuxが一般化するのを妨害されなかったら)、ソフト開発はいっそう進化した可能性がある。
90年代初頭の日本は、オープンソースの方向を目指していた記憶だ。
結局、マイクロソフトの抱き合わせ販売の市場戦略にやられただけで、とくにマイクロソフトが抜きん出てすぐれていたわけではないと思う。


で、そのIT戦略なるものは、未完成品でもなんでも一刻も早く市場に出すというものだ。
発売時のOSには、必ずバグがある。
後で直せばよいという金儲け主義である。
不必要に買換を強制されるのは、ソフトが対応しなくなるからで、果ては、サポートを打ち切るので、セキュリティが危ないとして、XPを無理矢理買い換えさせようという算段である。
10年前のOSでは、セキュリティに限界があるとして、マイクロソフトを擁護するセキュリティ専門家は、それをメシの種にしている以上、信用できない。
セキュリティ産業それ自体もうさんくさい。
ウィルスソフトを自作自演している可能性が排除できないからだ。


マチベンが見るに、スマートフォンも、未完成品である。
あれほど頻繁に充電が必要な商品を、日本人だったら、バッテリーの性能を上げてから発売しようとするだろう。
しかし、アップルは違う。
多分、未完成品をばらまいた上、バッテリーを開発すれば、買換させられるので、まずは未完成品をばらまいたというのが実情だろう。
まもなく、多分、充電性能のいいスマートフォンが発売されるだろう。
未完成品で儲けて、性能を上げながら儲けるのだから、何倍も儲かる仕組みだ。
スマホも知財の網で守られているだけで、これが、とくにすぐれているという保障はないとマチベンは思う。
大体が、「ガラパゴス携帯」で良かったのである。
多分、「ガラパゴス携帯」という卑下する言葉は、技術が追いつかなかったアメリカ筋から流された情報に、われわれが踊らされて技術開発を中止したというのが実情ではなかろうか。


アメリカが秀でている産業は、他には軍事産業、医療産業、食糧産業などではないか。
これはみな、虚業に見える。
命に関わるもので儲けるのは邪道だとマチベンは考える。
そもそも、食糧産業をなぜ工業化しなければならないのか。
どうして家畜に成長ホルモンと抗生物質を使わなければならないのか。
どうして単位面積当たりのコメの収量を上げなければならないのか。
そのためにどうして農薬漬けにしなければならないのか。
まして、農薬とセットになったタネになぜ特許が認められなければならないのか。
そもそも、植物や動物は、耕作地や放牧地で自然に成育させることが、地域環境を保護し、生態系を壊さないためには欠かせないのではないのか。


アメリカでは、命を値段で測ろうとする製薬企業、医療機器メーカー、病院が幅を利かせている。
マチベンは、知財は開発費用を回収できる程度であるのがバランスが取れていると考えるが、多少、儲けさせてあげてもいいとも思うが、彼らが要求する儲けは桁が違いすぎる。
命と引き換えなので、暴利販売、暴利治療がまかり通る。


軍事産業が、自国民の命と引き換えに栄えているのも異様な光景だ。
兵站活動や兵隊まで民営化されて企業が栄えている様は、グロテスクである。


アメリカ経済を支えているのはほとんどが虚業なのだ。


日本は、違う。
TPP、日米FTA交渉で、自動車がどこまでもやられてしまうのは、アメリカの自動車産業に力がないからである。


次世代の実業生産品としてはロボットではないだろうか。
ロボット技術では日本は、世界一とも言われている。

可愛い!!

実業の世界では、日本は、アメリカなどに負けていないのだ。


アメリカが今も世界一のGDPを誇るのは、虚業によって支えられているところが大きい。
また、アメリカに有利なルールを押しつけているためであるところが極めて大きいと思う。


アメリカ発文化は、今、虚構の知的財産権に守られたIT以外に何があるだろう。
すぐには思いつかない。


日本発の文化はどうか。
コミケは、今や日本文化の中心地だろう。
ここではだれも知財などという野暮なことは言わない。


初音ミクなどのIT関連アイドルを生み出すのもすぐれた日本文化だ。
オープンソースでは、建築設計ソフトJwCadは、一時期、僕の趣味でもあった。
オープンソースの豊かさは日本にこそある。


日本が世界水準から措いていかれているかのように過剰に日本を卑下する言説がはびこっているが、虚業支配とマーケットのルールに支配されているからそう見えるだけの話だ。
サッカー選手が世界の舞台で当たり前のように活躍することを2000年頃に、誰が想定しただろう。
メジャー・スポーツのフィギュアスケート、水泳での日本選手の活躍を誰が予想しただろう。
音楽やバレーの世界、世界的にどれほどの若者が世界に進出しているだろう。
いつの時代にも世界的に活躍した日本人はいただろう。
しかし、層として、これほど世界の舞台で日本の若者が活躍しているのは、マチベンの人生の中では、初めてのことである。


文化の発信力は多分、国力を反映する。
凋落したアメリカ文化に比べ、日本文化の発信力は、現在は、非常に高いレベルにあるように見える。
ルールさえ、支配されなければ、日本は決して見捨てたものではないのである。

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追記 アメリカがすぐれているのは宇宙開発がありましたね。
冷戦時代の落とし子です。

追記2 書き殴ってみて思うのですが、日本人の自信喪失は、どうもアメリカ当たりのマインドコントロールにはまっているためではないか知らん。

2012年7月 4日 (水)

吉野屋さんゑ

あたしときどき思うの
吉野屋さんのこと、懐かしく思い出すの。
大学受験で初めて東京へ一人で出かけ
新橋駅前のお店で
吉野屋さんの牛丼を食べた
田舎から出てきた受験生は
東京には
こんなにおいしいものがあるんだと
びっくりしたの


あたしときどき思うの
吉野屋さんのこと、不思議に思うの。
今の吉野屋さんの牛丼
学生の頃ほどおいしくないと思うのは
あたしの舌が鈍くなったせい?
どうして安売りしなければならないの
カレーチェーンなんて
大しておいしくもないのに
ちょっとトッピングすると1000円くらいするの
どうして吉野屋さんは300円台にこだわるのかなぁ
500円、だけど昔のおいしさを味わってくださいと
どうしていえないのかしら。


あたしときどき思うの
安売り競争すればするほど
みんなの財布は細くなり
ますます安くしなければ売れなくなるのに
どうしてみんな安売りするのかなあ
みんなが貧乏になれば
贅沢品である弁護士は
庶民の手の届かない物になってしまい
マチベンは駆逐されるの
どうしたらいいのかなあって
あたしときどき思うの


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『狼になりたい』中島みゆき
   1979年アルバム「親愛なる者へ」収録

note夜明け間際の吉野屋では
化粧のはげかけたシティ・ガールと
ベイビー・フェイスの狼たち
肘をついて眠るnote

2012年6月14日 (木)

さよならモノカラーテレビ 何が省エネか?

地上波デジタル対応テレビをようやく買った。

アナログテレビに対する視聴妨害にも耐えて、ケーブルテレビが提供するデジアナサービスで、アナログテレビを使い続けてきたが、ついにこのテレビにも寿命が来た。

数年前から僕のテレビは、赤の光が発光しなくなり、緑っぽい奇妙な色でしか映らなくなった。

こんな感じになる。

Monokara1

NHKだけでなく、民放もむろん、赤が出ないと変である。

いっそのこと白黒の方がましかも知れない奇妙な色合いである。

Monokara2

こうした症状は、何度か、スイッチをオンオフしていれば、そのうちに赤が発光するようになるので、数年前から騙し騙し、このテレビを使ってきた。

ところが、この1ヶ月ほど、赤が出るのは、週末のわずかな時間だけになった。

なんだかよくわからないが、やはり寿命と見るべきだと考え、ようやく今回、デジタルテレビを購入することになったのである。

Monokara3

94年上半期のサンヨー製品である。

離婚後最初に転がり込んだワンルームマンションの前住民が置いて行ったのをそのまま使ってきた。

地上波のデジタル化は、テレビの売り上げを伸ばすための公共事業だったと思っている。公共事業だけならまだしも、むりやり買換を迫る手口は、脅迫的である。

もったいないから、モノは長く使うべきだと僕は思っている。

使える限り使うのが、結局、今流行りのことでいえば、エコなのだと思う。それは許さない、他方で、省エネとかいいながら、高出力の製品に買換を迫られている。

今は、電力不足を補うために、白熱灯をLEDにだそうだ。

40年も持つような電灯がどうして必要なのか、家庭で白熱灯を使うのは、トイレとか、物置とか限られていて、そんな耐久性の高い電灯は無用だ。

これも結局、高いLED電灯を買わせるための公共事業(但し、今回は白熱灯を出荷自粛するきっかけを与えれば、よいので、元では要らないようである)なのだろう。

Monokara4

6月12日(火)に、デジタルテレビが搬入された。

その日だけ、僕のテレビは、久しぶりにカラーになった。

まことに健気で、捨てるには忍びないが、もう十分に使ったと思う。

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2012年5月14日 (月)

明るい不登校

先日、元依頼者であるAさんに3年振りにメールで連絡して、お願い事をした。


返事は、子どもが不登校になっていて、有給は全て児童相談所に通うために消化しているので、自分は協力できないが、代わりの友達を探してみるということだった。


お子さんのことが、少し心配だった。


打ち合わせのため、Aさんが紹介してくれたお友達と会い、Aさんのお子さんのことを聞くと、なぜだか突然、不登校になった、勉強はしているし、学校が終わると下校した友達と一緒に遊んでいて本人は不都合がないみたいにみえる、学校が嫌いというわけでもなさそうだし、友達も仲良くしているので、どうして行かないんだろうねということなのだそうだ。


いずれ行くようになるよと、言いながら、いつの間にか、1年以上になったという。


おじさんであるマチベンは、やはり少し心配だ。


そういえば、自分の身に照らすと、こんなことがあったことを思い出した。
日弁連のある委員会で、非主流派である愛知県弁護士会選出の副会長(愛知県弁護士会の会長は、日弁連の副会長になることが多い。副会長は、日弁連に多数ある委員会を分担して受け持つ)が、不得手な分野を担当させられた上、何とはなしに、委員会からシカトされるような、冷たい扱いを受けたのを目にしたことがある。
で、思い出したら、それ以来、僕はかれこれ2年以上、その委員会には出ていない。
委員のみんなはいい人だから、別に仲が悪い訳じゃないし、意図して委員会に出ていないわけでもなくて、無意識に足が向かなくなった。


そんなことを思い出して、Aさんにメールしてみた。


返ってきた答えは、娘も元気で活発だし、勉強も遅れていないし、別に心配していない、こんなこともあるのね、というものだった。


何と鷹揚な。
親としては、それなりに忍耐はしているのだろうけれど、「明るい不登校」というものがあるのだなと、思い知らされた。


近代学校システムは、国民国家を担う国民を形成するために作られた。
近代資本主義の祖アダム・スミスは、国家が担うべき最低限の役割として、国防、治安、司法と並んで教育を挙げている。
要するに、近代学校システムは、国軍と工場労働を担うための集団的訓練を経た均一な国民を作るためのシステムだったわけだ。


この要請は、現代日本では明らかに後退していることは事実だろう。
徴兵制などというものは、草食男子が増えている中で導入も困難だろうし、強引に実行しても、実力ある軍隊になるか、甚だ怪しい。


工場労働が経済の主要部分を占めるという時代も、何となくではあるが、終わりそうな気がする。


それが証拠に、これからの日本に必要なのは、勤勉さだけでなく、創造性だとか発想力、構想力だとか言われて、画一思考が批判されたりする。
近代学校システムは、均一で画一な国民の形成を目的とするわけだから、時代のニーズに合っていない。


という訳で、マチベンとしては、国民量産体制の近代学校システムが時代環境の中で、機能不全を起こしたのだと考えてしまう。
「明るい不登校」は生まれるべくして生まれたなんぞと考えてしまうのである。

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2011年6月21日 (火)

この時代を自由に生きるということ2

6月17日の拙ブログで、3人の子どもの生活がいまだに安定しない一件に触れた。

なんだかんだ言って、結局、
「何になっても、安定が約束されない時代だからこそ、自由に自分の信じる道を生きることが大切なんだろう。」

と結論した。



自分のことになると客観的に見えないが、実は、この時代の閉塞感に多少なりともひびを入れるとしたら、安定を志向しないこうした層が一定程度出てくる必要があるのではないかと思うようになった。


僕がしばしばコングロマリットと呼んでいるのは、経済的な意味の企業結合ではなく、政府・官僚・財界・マスコミ・アメリカ、そしてときに学会が固く結束して一定の方向を志向し、問題を歪ませてしまうがゆえの閉塞感を指している。


脱原発の問題を考えればわかるように、あらゆる問題の解決が、このコングロマリットのために阻まれてしまうのだ。
裁判員裁判を含む司法改革に一貫して反対してきた僕に言わせれば、司法改革と称する弁護士ばらまき増員政策もそうだ。


有能で心ある若者が、仮に官僚や大企業やマスコミを志向するとすれば、結果として、このコングロマリットを強化し、延命に力を貸すことになるだろう。



うちの子どもたちを有能とは言わないが、そこそこの能力を持って志ある生き方を目指した方が、社会全体としては、コングロマリットから離脱した生き方の選択肢が増えていくだろう。


正面からコングロマリットに挑まないにしても、コングロマリットの弱体化の一助には確実になる。


あえて「不安定志向」と呼ぶならば、この「不安定志向」な若者の一群は、時代の必然が生んだグループなのかもしれない。



10年先になるか、20年先になるか、その頃、彼らの苦闘が何かしらの意味をもたらす時代がくるのかもしれない。


親としての心配には目をつむり、子どもらの選択を、見守り、応援していきたい気分になった。

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2011年6月17日 (金)

この時代を自由に生きるということ

離婚弁護士の僕には、3人の子がある。
いずれも成人している。

まだ、養育費を支払っているのは一番下の子だけだが、3人が3人そろって、自分のやりたいことに忠実であろうとして、安定した生活に入ろうとしてくれないのが心配の種だ。



ほぼ口を揃えて言われるのは、
「お母さんとお父さんの子だから」とか
「遺伝だから、仕方がないわ」
である。

確かに、母親も父親も好きなことをして生きてきた。
とくに安定ということを求めた覚えもない。



よくぞ言ってくれた、親の姿を見て育ってくれたという嬉しい思いと、
食べていくだけならどうでもなった時代と
リーマンショック後、東日本大震災後の今は違うぞという身勝手な思いが交錯する。



先日、親しい同年配の女性弁護士と裁判所で出会った。すれ違いざまの会話で僕が不満をこぼしたら、彼女の子どもも、自分探しのさすらい状態だそうな。
うん、子どもがそうなることは、母親を見れば、納得できる。


それにしてもと、僕が「食っていくだけならどうにもなった時代とは違うから」とこぼすと、
彼女は「何になれば、安定しているという時代でもないから」と返してきた。


彼女の言い方の方が同じ事を言っていても前向きなのだろうな。
何になっても、安定が約束されない時代だからこそ、自由に自分の信じる道を生きることが大切なんだろう。



親の心配はつきないが、できるだけの応援はするから、せめて健康でたくましくあれ、よ。

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2011年2月24日 (木)

断片3 失われた母性とその子

子どもを愛することのできない、子どもを守る気持ちのない母親に育てられた子は、自分の子どもを愛することができるのだろうか。

子にとって、この不安は、実存を脅かすものだった。

自分の子どもを身を挺してでも守るに違いないことを確信できたとき、子は、救われた思いがした。

人を愛することによって、救われるのは自分だ。

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2011年2月23日 (水)

断片2 「I Love You,答えてくれ」と「なんくるない」

中島みゆきの「I Love You,答えてくれ」が発表され、

よしもとばななの「なんくるない」が文庫化された年の夏、

僕は、中島みゆきに騙され、

あのひとは、よしもとばななに騙された。

はたから見れば、見慣れた顛末、愚かな暴走に過ぎなかろう。

でも、僕の中には、今でも確実に「I Love You,答えてくれ」が刻まれきえていない。

そのことを今、幸せと思う。

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