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カテゴリー「裁判」の15件の記事

2013年11月 1日 (金)

今日の中日新聞『特報』 民族と被害番外 光州地裁勤労挺身隊訴訟に関して

今日の中日新聞『特報』は、日韓の強制労働問題を採りあげている。
時機を得た企画だと思う。
しかし、今回ばかりは手放しで評価する訳にはいかない。


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枠で囲った箇所には(枠より少し前から引用する)、「韓国国内では、請求権を放棄した朴正煕大統領は経済復興を急ぐあまり、賠償を求める反対運動を弾圧して協定の締結を急いだ、という理解が一般的だ。実際、日本の提供資金は道路や港湾などインフラ整備に回され、多くの被害者は韓国政府から十分な補償を受けられなかった」とある。
僕は、ロースクールで学生の答案を見たこともあるが、こんなミスがあれば、法律を理解していないことが明白なので、一遍に評価を下げる。


この文章は、韓国政府が自らの選択と責任で、受け取ったお金を流用したように読める。


日韓請求権協定の文章を確認してみよう。

第一条

 

1 日本国は、大韓民国に対し、

 

(a)現在において千八十億円(一◯八、◯◯◯、◯◯◯、◯◯◯円)に換算される三億合衆国ドル(三◯◯、◯◯◯、◯◯◯ドル)に等しい円の価値を有する 日本国の生産物及び日本人の役務を、この協定の効力発生の日から十年の期間にわたつて無償で供与するものとする。各年における生産物及び役務の供与は、現 在において百八億円(一◯、八◯◯、◯◯◯、◯◯◯円)に換算される三千万合衆国ドル(三◯、◯◯◯、◯◯◯ドル)に等しい円の額を限度とし、各年におけ る供与がこの額に達しなかつたときは、その残額は、次年以降の供与額に加算されるものとする。ただし、各年の供与の限度額は、両締約国政府の合意により増 額されることができる。

 

(b)現在において七百二十億円(七二、◯◯◯、◯◯◯、◯◯◯円)に換算される二億合衆国ドル(二◯◯、◯◯◯、◯◯◯ドル)に等しい円の額に達するま での長期低利の貸付けで、大韓民国政府が要請し、かつ、3の規定に基づいて締結される取極に従つて決定される事業の実施に必要な日本国の生産物及び日本人 の役務の大韓民国による調達に充てられるものをこの協定の効力発生の日から十年の期間にわたつて行なうものとする。この貸付けは、日本国の海外経済協力基 金により行なわれるものとし、日本国政府は、同基金がこの貸付けを各年において均等に行ないうるために必要とする資金を確保することができるように、必要 な措置を執るものとする。

 

 前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない。

 

2 両締約国政府は、この条の規定の実施に関する事項について勧告を行なう権限を有する両政府間の協議機関として、両政府の代表者で構成される合同委員会を設置する。

 

3 両締約国政府は、この条の規定の実施のため、必要な取極を締結するものとする。


これが巷間言われる『5億ドル』である。
『特報』の記事は、韓国政府が自らの判断で、被害者への賠償にあてなければならない資金を流用してしまったように読める。
しかし、逆である。
5億ドルは「日本国の生産物及び役務」でならなけらばならなかったのであり、内2億ドルは、両国間の「取極にしたがって決定される事業の実施に必要な日本国の生産物及び役務」でならなければならず、「日本国の海外経済協力基金により行なわれる」のである。


そして、5億ドルは、「大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない」のである。


この供与及び貸付を実施するために、「両政府間の協議機関として、両政府の代表者で構成される合同委員会を設置する」とされている。


この記事に限ることではないが、これを日本のメディアが要約すると「実際、日本の提供資金は道路や港湾などインフラ整備に回され、多くの被害者は韓国政府から十分な補償を受けられなかった」となるのであるが、どう要約すると、韓国政府が勝手に補償を流用したようにしか読めない書き方になるのか、どうにも理解できない。


あえて、要約するとすれば、「日韓両国政府は、本来、被害者への賠償に充てられるべき資金を、韓国政府の経済成長のために使うことにした」となるのが素直ではないだろうか。


『特報』の取材記者は丹念に調べ取材して、今、発信しなければならないことを発信したつもりであろう。
しかし、韓国政府が5億ドルを流用したとする思い込みの呪縛から抜けることができなかった。
『特報』の記者だけではない。
マスコミの全ての記者が、「韓国政府が被害者への賠償金を流用した」とする『事実』に何の疑問も持たない。
かくして、虚偽の風説が、一般常識になる。


むろん、これは単純な誤解だとは思われない。
少なくとも政府が日韓請求権協定の内容を熟知していることは確実だからだ。
つまり、この誤解は、世論誘導であり世論操作の結果である。


この誤解によって、守られてきたものを考えてみる。

第一に日本政府だ。
「日韓請求権協定によって解決済みだ」論を繰り返すには、5億ドルも払ったのに、韓国政府が流用してしまったという誤解は極めて好都合だ。

第二に、おそらく韓国政府だ。
韓国国民の血と汗を経済発展にすり替えたことは知られている。
しかし、条約という法的で公式な形で経済協力資金にすり替えたという事実があからさまになれば、民族を売った屈辱・売国外交だの批判はいっそう高まり、政権基盤に影響する。
パク・クネ大統領にとっても、父親の行ったことだから、矛先が自分に向かうことは避けたい。

第三に、こうした経済協力資金方式にすり替えることによって、利益を挙げた者がいる。
この者にとっては、経済協力資金は、黙っていても転がり込む公共事業だ。
しかも、海外に提携先企業を作り、海外展開の足場を築くことが可能な公共事業だ。
こんなおいしい話はなかったろう。
これが、強制労働で利益を挙げた日本財閥だというのだから、この話は最初から歪んで見える。
3番目に挙げたが、本当は、この勢力が最も悪質なのかも知れない。

第4には、当然、韓国財界の意向がある。
被害者の血と汗を自らの利益にしようとする訳だから、売国もいいところだ。
韓国財界も当然、責任がある。


そして、最後に、最も重要なアクターはアメリカだ。
日韓会談はすでに1951年に始められ、難航に難航を重ねていた。
1965年(6月22日)に急速に日韓会談が妥結したことには理由がある。
アメリカは、1964年8月のトンキン湾事件(同事件が捏造であったのは歴史的事実である)を口実にベトナム戦争に全面的に介入することになった。
アメリカは韓国軍の全面的な協力を求めていた。
その見返りに韓国の政権基盤を強化するための日本の資金が必要であった。


きちんとものを見るならば、この経済協力方式は、日韓請求権協定で突然、出てきたものではなく、サンフランシスコ平和条約(1951年9月8日署名・1952年4月28日発効)までさかのぼることを確認しないわけにはいかない。
日本が主権を回復したサンフランシスコ平和条約の段階から、戦争賠償は「日本人の役務」によるとする原則は、確立されていた。


  第五章 請求権及び財産

 

   第十四条

 

 (a) 日本国は、戦争中に生じさせた損害及び苦痛に対して、連合国に賠償を支払うべきことが承認される。しかし、また、存立可能な経済を維持すべきも のとすれば、日本国の資源は、日本国がすべての前記の損害又は苦痛に対して完全な賠償を行い且つ同時に他の債務を履行するためには現在充分でないことが承 認される。

 

 よつて、

 

  1 日本国は、現在の領域が日本国軍隊によつて占領され、且つ、日本国によつて損害を与えられた連合国が希望するときは、生産、沈船引揚げその他の作 業における日本人の役務を当該連合国の利用に供することによつて、与えた損害を修復する費用をこれらの国に補償することに資するために、当該連合国とすみ やかに交渉を開始するものとする。その取極は、他の連合国に追加負担を課することを避けなければならない。また、原材料からの製造が必要とされる場合に は、外国為替上の負担を日本国に課さないために、原材料は、当該連合国が供給しなければならない。


そして日本の司法府は、日韓国交正常化も、日中国交正常化もすべてサンフランシスコ平和条約の枠組みに沿ってなされたとしている。
代表的なものとして、最高裁平成19年4月27日判決を挙げておこう。


むろん、サンフランシスコ平和条約の枠組みを作ったのは、アメリカである。
サンフランシスコ平和条約の枠組みは、日本政府にも、日本企業にとっても利益を約束する枠組みであった。
日韓請求権協定も当然のこととして、彼らにとって好都合な、サンフランシスコ平和条約の枠組みに従がった。


かくして、身も蓋もない結論が出てくる。
私たちが、今でも、ごまかされ、日韓国民が反目し合う根源には戦後の対米従属を決定づけたサンフランシスコ平和条約の枠組みがある。
対米従属で最も利益を受ける財界は一も二もなく、この枠組みに飛びついた。
アメリカと日本財界の癒着は、「主権回復」と称する対米従属が始まったときからの腐れ縁だ。
すべてを仕組んだのは、アメリカだ、という、何ともいやはや気が抜けたような古くさく、ありきたりな落ち着きどころに落ち着くのである。


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追記
この『特報』の記事には、他にもミスリーディングな論述が多いのですが、その話をしているときりがなくなりそうです。
日韓の感情的な対立はアメリカの掌の上にあるという本質だけは伝えたつもりですので、これくらいにいたします。

2012年11月13日 (火)

守られた「司法の独立」 小沢一郎高裁判決

昨11月12日、東京高等裁判所は、指定弁護士の控訴を棄却し、改めて小沢一郎に無罪を言い渡した。


僕の問題意識は、司法の独立が『民意』の名によって脅かされることがあってはならないというものであった。司法のよって立つ原理は民主主義原理とは相容れないとするのが僕の基本的立場である。


司法の危機 検察審査会という名の民主主義(2010年10月5日)


検察審査会の起訴議決は、極めて不可解で、最高裁事務総局の介在を指摘する議論まで出ていた。
純粋に法律的に見る限り、この裁判は無罪しかあり得なかったと思っていた。しかし、仮に、起訴議決に最高裁が関与しているとすれば、有罪判決がなされる可能性がないとは言えない。


司法の業界に身を置く者として、民主党の反小沢派の影響力が及ぶのは、せいぜい東京地裁の検察審査会止まりで、最高裁まで動かすことはできないだろうと考えていたが(アメリカに小沢排除の意図があるのは明らかだが、強制起訴は、アメリカの意向を踏まえた民主党反小沢派が独自に動いたものに見えてならない)、それでも、高裁判決が出るまで、一抹の不安が拭えなかった。


したがって、高裁判決によって、かろうじて「司法の独立」が守られたことに安堵している。


高裁判決は、小沢氏の秘書についても虚偽記載の故意を否定したと報道されている。


一審判決の要旨を検討した結果、僕は、6月21日付で「改めて小沢一郎の無罪判決を読み解く」で以下のとおり記した。


秘書の有罪判決でも、まさか8億円借りたとは思わなかったという言い分が通らなかっただけであろう。

しかし、僕に言わせれば、これは単純な記帳ミスで、過失なのだから、故意を前提とする政治資金規正法の虚偽記載罪には問えないと思う。


この考え方は高裁判決によって支持されたということだ。


かつて述べたように、一審判決は、起訴を強制された指定弁護士の立場にも気を遣って、起訴に関する責任問題が生じないように最大限の配慮をしていた。


最高裁によれば、

公訴提起の当時に検察官が現に収集した証拠および通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠を合理的に総合勘案し、有罪と認められる嫌疑

がない起訴は、違法であり、国家賠償の対象となる。


一方で起訴を強制されながら、他方で、国家賠償を問われかねないというのではあまりにも指定弁護士の立場は過酷だ。このため1審判決は、指定弁護士に最大限の配慮をしたのである。


しかし、指定弁護士は、その配慮を読み解くことができず、独自の判断で自発的に控訴した。指定弁護士は、自ら1審判決の配慮を無にしたのである。


今回の高裁判決では、指定弁護士の起訴が、明らかに裁量を逸脱した違法なもので国家賠償に値するものであることを明らかにしたといえよう。


小沢一郎側が指定弁護士に対して、国家賠償を請求することが適切とは思わないが、指定弁護士による上訴権濫用の問題の検証を欠いてはならないだろう。


被害者のないケースに関する強制起訴制度は、直ちに廃止すべきである。
被害者なきケースにおける強制起訴は、『民意』の名において司法に圧力をかけ、司法を利用して政治に介入しようとするもの以外思いつかない。


政治は政治の場で政治の原理(民主主義)によって決着すべきであり、司法は司法で独自の原理(法的正義・少数者保護)の原理によって、機能しなければ権力分立原理自体があやうくなる。


小沢一郎の強制起訴によって、日本国民がいかに政治の選択肢を奪われてきたかを見れば、司法の政治利用は断じて許されないというべきだろう。


一審無罪判決後、メディアは一転して、小沢を無視することに専念してきた。論調を見ていると、高裁無罪後は、改めて倫理的な「政治とカネ」の問題を持ち出そうとしているように見える。


メディアには、東京高裁が示したような、高い見識と独立の気概を持つことを改めて強く望む。


また、不可解な強制起訴に、如何に多くの弁護士や検察が関与してきたかを思うと、同業にある者として彼らの見識を改めて問いたい。

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2012年11月 9日 (金)

東電OL殺害事件 捜査に重大な問題があったことは明らか 検証の決定的な手がかりはある

先日(11月4日)、東電OL殺害冤罪事件の捜査検証記事において産経新聞は次のように報じていた。

 再審開始の決め手は、東京高検が行ったDNA型鑑定で、被害者の体内に残っていた体液が、マイナリさん(血液型B型)とは別人(同O型)のものであることが判明したことだった。

 だが、当時の取材メモによると、被害者の体内に別の男性の体液が残されていた事実は、捜査の過程で既に分かっていた。ただ、警視庁側は当時、「殺害の数日前から体内にあった古いもののようだ」などと説明。DNA型鑑定で、この人物を特定する捜査は行われていなかった。

下線部分が明らかな歪曲であることは、6日付のブログで指摘したとおりだ。


改めて昨8日付の産経新聞の検証記事『東電OL殺害 15年前から存在した“新証拠” 長期拘束、責任はどこに…』では、こう報じられている。

遺体内の体液のDNA型は鑑定されないまま捜査は終結したが、OBは断言する。「あれは事件前に被害者が性交渉した別の知人男性の体液と判断した。当時は弁護団だってそう思っていたと思うよ」

二つの記事の矛盾を敢えてあげつらうつもりはない。実質的に訂正されたのだから。
この記事は、当時、捜査側で鑑定を依頼された石山いく夫名誉教授(81)が、体内精液の存在すら知らされていなかったこと、事件当時にも爪のDNA鑑定をするべきだと意見したにも拘わらず、無視されたこと等注目すべき事実を報じている良心的な記事だ。
マチベンが問題にしたいのは、体内精液が「事件前に被害者が性交渉した別の知人男性の体液と判断した」とするOBの断言だ。


この点が、一審判決にも反映して、犯行時間とされる時間帯の2時間前に「コンドームを付けずに性交渉したなじみ客A氏の精液」と認定されてしまったのだ。


マチベンが風俗好きの体験者Q氏(断じてマチベン自身ではない)に取材したところ、「普通、そういうところでは、コンドームを付ける」ということだそうだ。そりゃそうである。性病感染を誰だって恐れる。

まして当時は、エイズ不安が社会問題になっていた。風俗嬢と性交渉するのに、コンドームなしではあまりに無防備だろう。

まして、被害者は風俗嬢の中でも最底辺に蠢く街娼である(敢えて街娼をしていたのも謎の一つである)。Q氏によれば、まともな風俗店では、定期的に嬢には性病検査をさせているそうだ。

街娼とコンドームを付けずに性交渉することなど、Q氏によれば、「あり得ない。仮にコンドームを付けたとしても、恐ろしくて、性交渉自体しない」。


精液の主と誤解されたなじみ客A氏は、ちゃんとしたホテルで性交渉し、3万円(だったかな)を払ったしかるべき身分の客である。そのような客が、コンドームを付けずに街娼と性交渉するだろうか。昨今の出会い系では、「妊娠した、中絶費用を寄こせ」等という詐欺も、よくある手口である。であるからして、世の紳士諸氏は風俗や出会い系で遊ぶのに、ゆめゆめ「コンドームを付けずに」性交渉しようなどとは思わない方がよろしい(by Q氏)。


したがって、今回の冤罪において、誰が考えても、まずもって明らかにされなければならないのは、「コンドームを付けずに性交渉した」とするA氏の証言がどのような経過を辿って作られたかの検証である。


捜査官が、ゴビンダ氏を犯人に仕立て上げるために、A氏に「コンドームを付けなかった」との供述をさせたのなら、極めて悪質なねつ造である。
逆にA氏から自発的に「コンドームを付けなかった」と供述したのなら、A氏は、体内精液に関する捜査を攪乱する意図があったのではないかという重大な疑問が浮かび上がる。


いずれにしろ、今回の冤罪の検証に関しては、この点の検証が絶対に欠かすことができない。
もし、後者であるなら、真犯人にたどり着く手がかりになる可能性がある。強盗殺人に見せかけて被害者を殺害したとおぼしき背景にも問題が結びつき兼ねない(現在、無期懲役になった受刑者の大半が獄死しており、仮釈放も30年を超えないとむつかしいが、当時は、10数年で出られるケースもあった。金額次第では殺人の実行犯に旨味はあったし、身代わり犯もあり得た)。


この事件には「背後がある」等というと、妄想と決めつけられかねないことは承知している。しかし、A氏の問題をタブー視しているとしか思われない報道が続くのはなぜなのかを考えると「妄想」にも、相応の根拠があるように思われならない。


脱原発を目指す閣議決定が、アメリカの圧力によって、棚上げにされたのは、公知の事実だ。
日本が原発依存から脱却できないのは、アメリカが日本を「潜在的な核抑止力国家」に仕立てて、外交に利用し、他方では、アメリカの原発輸出のために日本の核技術を必要とするためである(岩波書店:吉岡斉『脱原子力国家への道』)。


そう考えるとき、被害者が85年5月5日付の朝日新聞「声」欄に投稿した意見が、イランのアメリカ大使館人質事件についてアメリカが取った救出作戦を痛烈に批判していることも無関係とは言えないような気がしてくる。

「アメリカの無謀な人質救出作戦に、全世界があぜんとする中、当のアメリカ国民の中には、この強攻策を是認している人が多いという。そこには、国際法上から、また、成功の可能性から、作戦自体は愚挙とはみなさないという考え方があるともいわれる。」
「それにもかかわらず、各国に対して、今回の作戦を批判する資格はないというアメリカ国民は、もはや、いらだちから理性的判断を失っている、としかいえないのではないか。」

日本の原発依存の中核には対米従属構造がある。

そして、被害者は、東電社内にあって、少なからず、対米従属構造に反発を抱いていたことも、想像に難くない。

このことも闇の深さを窺わせる一因である。

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2012年11月 6日 (火)

東電OL殺害冤罪事件 体内精液の謎 歪曲は続く

産経新聞11月4日付
東電OL殺害 冤罪はなぜ起きたか 警視庁OB「“別人”をつぶす捜査できず」に以下のような記述がある。


 再審開始の決め手は、東京高検が行ったDNA型鑑定で、被害者の体内に残っていた体液が、マイナリさん(血液型B型)とは別人(同O型)のものであることが判明したことだった。

 だが、当時の取材メモによると、被害者の体内に別の男性の体液が残されていた事実は、捜査の過程で既に分かっていた。ただ、警視庁側は当時、「殺害の数日前から体内にあった古いもののようだ」などと説明。DNA型鑑定で、この人物を特定する捜査は行われていなかった。


この記事は判決さえ読まずに書かれた誤報だろう。
何度も繰り返し言うが、1審無罪判決は、体内精液は、被害者が、犯行の2時間前に性交したなじみ客が残したものだと認定している。高裁の逆転有罪判決もこの認定を前提にしている。


「まず、本件死体の膣内から、精子とO型の血液型物質が検出されており、精子の残留は微量であったと認め られるところ(甲五・一八二の鑑定書)、右微量の残留精子については、前記Aは被害者とコンドームを使用せずに性交しており、Aの血液型がO型であること からして(甲九の鑑定書)、膣内に残留した精子はAに由来するものと考えられる。」


「殺害の数日前から体内にあった古いもののようだ」等という話は、判決のどこからも窺われない。捜査側は、「捜査を行わなかった」のではなく、なじみ客Aが、「コンドームを使用せずに性交した」との供述を取って、体内精液はAのものだと主張していたはずだ。


過去の事実を歪曲してしまって、なぜ冤罪が起きたのかを検証することなど、できようはずもないだろう。


なぜ、メディアが、遡って事実の歪曲を行ってまで(記者ならば、判決を読んでいるのが当然の前提であろう)、真相を葬ろうとするのか、どうしても疑問が残る。
解けない闇がそこにある。

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2012年6月21日 (木)

改めて小沢一郎の無罪判決を読み解く

どうやら小沢一郎は腹を括ったように見える。
少なくとも、むざむざと生殺しにされるより、決起すべきだ。生殺しにされている日本国民のためでもあると僕は思う。


で、改めて小沢一郎無罪判決要旨を読んだ法律の専門家として、ごく骨の部分だけをわかりやすく説明したくなった(それでも相当にややこしいことになるが)。


少なくとも小沢一郎を「政治とカネ」の問題で追及することが見当はずれであり、この国の得体の知れない支配者グループの思うつぼであることだけでも、改めて説明しておきたいからだ。


自称宮崎学の子分さんにしたがい、町内会の例を改めて出す。


町内会の会長が、会計から緊急に50万円が必要だといわれた。
会長は、奥様に隠して貯めたタンス預金から50万円の現金を会計に渡した。
会計は、50万円を銀行に預金して、これを担保にして会長が銀行から50万円を借りて、これを町内会に貸せば奥さんにもへそくりがばれずに済むからと助言し、会長は、そのアドバイスにしたがった。
会計は、50万円を○○町内会会長大沢二郎の名義で預金し、これを担保に町内会長個人は50万円を借りて、会計に渡した。


さて、この50万円が一向に返されない。


町内会長は、弁護士に相談して、町内会に返済請求してもらうことにした。


弁護士は、いくらを町内会に請求するのが正解だろう。


まあ、間違いなく、大半の弁護士は50万円しか請求しないだろう。


しかし、法律に照らすと、この場合、会長は町内会に100万円貸したことになる。だから、100万円を請求せずに50万円しか請求しない弁護士は弁護過誤になる。
同様に、100万円借りたのに、会計が50万円の借り入れしか記帳していないのは虚偽記載だというのが、小沢一郎裁判の肝なのだ。

わけがわからないと思う。書いている僕も訳がわからない。


仮に100万円の借入を計上すべきだったとしても、動いたお金は、50万円であることは間違いないのだから、ただの記帳ミスである。


小沢一郎の場合、動いたお金が4億円で、会計の代わりに秘書が処理に当たったというに過ぎない。

秘書もまさか、陸山会代表小沢一郎が個人である小沢一郎から借りたお金が8億円になるとは夢にも思っていなかったに違いない。


これをきちんと理解するには、少なくとも簿記の基礎的知識があり、かつ法律の専門知識が必要だ。


ところで、裁判所はさらに頭が良い。実は、この場合でも、果たしてすべての場合に8億円貸したことになるのかどうかを裁判所は、考えた。
その結果、8億円を貸したことにならない場合があることを発見した。

刑事事件であるから、立証責任は、全て、起訴した指定弁護士にある。
指定弁護士は、本件が8億円を貸したケースに該当することを合理的な疑いを容れない程度に立証しなければならない。
ところが、指定弁護士は、そのような立証をしていないというのが無罪判決の理由だ。


無罪判決に対して、指定弁護士が不意打ちだと愚痴ったのも、この法律論があまりにもややこしく、起訴していた彼ら自体が法的構造を理解していなかったためだ。
しかし、それだけ無罪判決の法律論は精緻だということだ。法律論も事実認定も、盤石だと言える。


世論が気にしている4億円は、純粋に小沢一郎の私財で、不正な点も何もない。末尾のとおり判決は、明確にお金の潔白性を認定し、指定弁護士も争っていないようだ。


世に言われる水谷建設の5000万円は、それ自体が、いかがわしいでっち上げの可能性が高い上、検察が描いたストーリーが本件の4億円が動いた後の出来事だというのだから、全く無関係である。


たとえは悪いが、知らずにスピード違反を犯したようなものだ。僕は、30年近い運転歴があるが、昨年初めてスピード違反で反則金を払わされた。
片側3車線の広々とした道路で、どう考えても、50キロ規制としかみえないのに40キロ規制だった。僕は57キロで走行していたと言われた。
この場合、40キロ規制だったとは知らなかったというのは、言い訳にならない。


秘書の有罪判決でも、まさか8億円借りたとは思わなかったという言い分が通らなかっただけであろう。
しかし、僕に言わせれば、これは単純な記帳ミスで、過失なのだから、故意を前提とする政治資金規正法の虚偽記載罪には問えないと思う。


まして、いわば秘書の運転する車に同乗していただけの小沢一郎に虚偽記載の共謀共同正犯だなどというのは濡れ衣もいいところである。
当たり前の無罪判決だし、極めて謙虚で丹念な判決である。控訴審で覆るようなことがあれば、それこそ司法の独立が侵されたことになる。

いかに、ちまちました裁判であることか。
これが、あれだけの強制捜査を尽くした挙げ句に出た小沢一郎の「政治とカネ」の問題の全容である。

これで、小沢一郎がカネに汚いという世論は、本当にどうかしている。

政治家には、政治への志を求めるのが筋だろう。
ちまちました会計処理に堪能なことを求めるのはおよそ筋違いだ。


小沢排除で一致しているマスコミはともかくとして、国民は、そろそろ小沢一郎の排除が何をもたらしたかに気づいてもいい頃だ。小沢一郎の排除以来、市場原理主義はいっそうスピードを増し、貧困問題が深刻になり、対米従属は屈辱的なほど深まった。違う選択肢があることを小沢一郎という、もはや日本に唯一といって良いような政治家が体現していることに気づくべきだろう。

遅すぎたかも知れないが、まだ間に合うことを信じたいものだ。


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以上の詳細は、宮崎学の子分さんが「小沢一郎の4億円とは何だったのか」「小沢一郎はなぜ8億円を貸したことにされちゃったのか」で詳しく論じております。興味のある方は、こちらもどうぞ。但し、極めてややこしいので、頭がこんがらがります。


判決

「被告人は、(秘書に交付した)本件4億円の原資について『かなり以前から、元赤坂タワーズの金庫で現金として保管していた個人資産である。その原資は、親から相続した不動産を処分して、現在の自宅を取得したときの差額である約2億円、家族名義の預金を払い戻した約3億円、議員歳費や印税等が貯まったものを払い戻した1億六,7千万円であり、手持ちの現金として保管していた』旨、公判で供述している。この供述は、細部において、あいまいな点や捜査段階における供述との変遷がうかがわれるが、大筋においては、この供述の信用性を否定するに足りる証拠はない。」

2012年6月12日 (火)

東電OL事件の闇 この国を覆う途方もない力 大飯原発再稼働

【強く拡散希望】
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東電OL事件には、こだわる。
この事件は、原発事故後から振り返れば、およそ見え方が違う。
桐野夏生「グロテスク」は切り口が全く見当はずれだった可能性がある。そのことを桐野氏本人も嘆いているようにも思われる。
ネットで広く流通している、この事件が、どこかの「ムラ」と関係しているという見方を否定する材料が見当たらないからだ。
「ムラ」退治の手がかりを、この事件が残していてもおかしくない気が益々強くなってきている。
以下、本文である。
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何に対して、怒りを向ければいいのか。


検察(警察を含む)なのか、政府なのか、メディアなのか、東電なのか、さらに大きな誰かなのか、それともこの社会の、あるいはこの世界の構造なのか。
今の僕には、「東電OL殺害事件」と呼ばれてきたこの事件に、一体誰が、このような力を加えているのか、不明だ。
それを“マフィア”と呼ぶのは容易だろうが、その実体が何なのか、とにかく、僕には、わからない。
そしてひたすら恐ろしい。


大飯原発の敷地内には、活断層があることが明らかになった。
その大飯原発について、一国の総理が「安全だ」と断言して、再稼働を表明した。
あの誠実な印象の強い嘉田由紀子滋賀県知事まで、再稼働(一時稼働)に同意させられたのは、僕には、信じられないできごとだった。
何か途方もない力が、そうさせている。
東電OL事件を、どこまでも歪ませようとする力は、この力の周辺から発されている。


朝日新聞が、6月8日から10日まで3回に分けて、『15年の叫び 東電社員殺害』と題する検証記事を掲載した。


ゴビンダさんの友人や、2審無期懲役判決の根拠とされた供述をしたとされる、現場アパートの大家にも取材したすぐれた記事だ。


だが、この記事は、この事件に触れれば触れるほど、あからさまになる決定的な矛盾について、寸前まで接近しながら、敢えて避けている。


被害者の体内に残された精液が誰の物かが、まともに問題とされてこなかった経緯について、第3回に当たる6月10日の記事には、このような記載がある。


“別の捜査関係者は「(体内精液の)鑑定をそれほど重要視しない警察の姿勢もあった」と認める。「事件当日の夕方に被害女性と性交し、事件発生時刻にはアリバイがあった男性と同じO型だったことから、証拠として重要視されてこなかった」”


体内精液は、この「アリバイのある男性」(以下、Aという)が、コンドームを使用せずに、性交に及んで残した物になっていた。ポイントは、Aが「コンドームを装着せずに性交した」と供述していなければ、そのようなストーリーにはならないことだ。


Aは、被害者と約束の上、ホテルで、買春に適切なだけの対価を払った(むろんホテル代は客持ちである)。正規のなじみ客だ。
被害者が、将来を嘱望される俊才であったことは公知(社会に広く知られた事実)であり、Aは、被害者の知性に惹かれた客だと想像される。肉体の関係を伴う売春にあっても、人気のある女性は、何かしら人間的な魅力があるという。被害者の場合、固定客にとっての魅力は、何よりも、売春にはふさわしくないほどの、すぐれた知性だったろう。
そうした被害者のなじみ客であったAが、ゴビンダさんとは、ほど遠い裕福な階層の日本人男性であったことは容易に推測可能だ。


そのAが、コンドームを使用せずに性交したと供述しない限り、朝日新聞のこの記載は成り立たない。


Aの供述は、それ自体として極めて不自然だ。
一定の社会的地位があれば、性病の感染がどれほどのダメージになるか、容易に想像できる。
まして被害者は、風俗嬢の中でも最底辺を蠢く街娼をしており、性病検査を定期的に受けていた形跡も窺えない(性病罹患を恐れるから、旧日本軍は、日本兵にコンドームを支給していたのだ)。


コンドームを使用せずに性交した(そして、被害者体内に精液を残した)という供述自体が極めて不自然なのだ。


そして、ゴビンダさんの再審開始の決め手となった鑑定によれば、被害者の体内精液はAのものではない。
むろん、Aの精液が別に検出された訳ではない。第三者の精液だけが被害者の体内にあったのだ。


すなわち、Aが、コンドームを装着せずに、性交して、射精した事実は、ない。


Aは、意図的に、虚偽を供述している。


ゴビンダさんを犯人とした捜査・判決は、全てAの虚偽供述を大前提としている。


あまりにも明らかなのは、Aが虚偽の供述をして、検察の捜査を誤らせ(?・合作の可能性も?)、無実のゴビンダさんの15年にわたる取り返しの付かない人生を奪ったことだ。


ところが、記事は、このあまりにも当然の疑問に封印してしまう。
一連の検証記事では、関係者に取材し、公判の模様も取材しながら、この当たり前の疑問をスルーしてしまうのだ。


この検証記事によれば、

“弁護団の一人も「B型の元被告に不利な証拠ではなく、鑑定の必要は感じなかった」と語る。”

とするに止まっている。


はるか遠方から、この事件を見ているだけでも、Aは、捜査関係者と、2審の裁判官、そして有罪判決を確定させた最高裁を除けば、今回の冤罪事件の最大の責任者である。このことは、普通に考えれば、誰にも明らかだ。
ゴビンダさんの代理人弁護士であれば、国家賠償とともに当然にAに対する損害賠償を考えるだろう。


しかし、Aの虚偽供述については、ゴビンダさんの無実を晴らすために、献身的に弁護に当たった勇敢な弁護団ですら、触れることができない。Aの責任に触れることは許されないのだ。


さらに付け加えれば、僕が、この事件に関心を持った傑出した著作の著者である佐野眞一氏すら、この疑問に対して何らの示唆も示さない。


「アリバイのある」Aは誰なのか、Aはなぜ虚偽供述をしたのか、この疑問が解かれるまで、そして、真犯人が明らかにされるまで、この事件は終わらない。


この事件の真犯人を明らかにすることは、その社会的地位からはおよそ考えられない街娼という心身を賭した奇矯な行為に及んでまで何かを訴えたかったと思われる、被害者があの世から望んでるいるような気がしてならない。


これからも、恐怖に怯えながら、この事件には拘りそうだ。
いつまで拘るつもりかと言われれば、地球の表面から消除されるまで、と答えれば超格好いいし、お守りになるかもしれないので、そうしておこう。

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追記(参考)

僕の抱える問題は単純で、以下の判決認定事実に関する説明を、メディアは全くしようとしないし、触れようともしない。このことの不思議に対する合理的な説明がほしいだけなのだ。

2000年4月14日東京地裁判決

まず、本件死体の膣内から、精子とO型の血液型物質が検出されており、精子の残留は微量であったと認められるところ、右微量の残留精子については、前記甲野は被害者とコンドームを使用せずに性交しており、甲野の血液型がO型であることからして、膣内に残留した精子は甲野に由来するものと考えられる。そして、その後に被害者が本件売春客と性交したと認められるから、本件売春客は性交時にコンドームを用いた可能性が高いと考えられる。

そして、犯行現場である101号室内には本件コンドーム以外に使用されたコンドームは発見されておらず、被害者が携行していた前記コンドームの1つと本件コンドームとが同種の製品であることも併せ考えると、本件コンドームが本件売春客の使用したコンドームであると考えるのが自然である。さらに、前記死体発見の状況等、死因等、被害者の身上及びその失踪状況(3月8日の被害者の行動、翌9日からの失踪)等を総合すると、被害者は、3月8日深夜、101号室において、本件売春客と性交した後、身支度を整えたところ、本件売春客から頸部を圧迫されて窒息死させられたと推認され、さらに、前記被害者の所持金の紛失を考慮すると、被害者が所持していた少なくとも現金4万円は、被害者を殺害した犯人である本件売春客が奪い去ったと認められる。

2000年12月22日東京高裁判決

被害者は、3月8日(土曜)の正午過ぎから午後5時30分ころまで前記SMクラブに勤務したが、その間に遊客の申込みはなかった。その後、あらかじめ約束してあった常連客と、午後7時ころJR渋谷駅前で待ち合わせて円山町のホテルで売春し(コンドームは使用しなかった。料金3万5000円を要求し、1万円札4枚を受け取り、前記2つ折り財布に仕舞い、釣り銭として1000円札5枚を返した。ちなみに、右常連客のABO式血液型は、O型である)、午後10時16分ころホテルを出て同人と別れた。

2012年6月 8日 (金)

東電OL殺人事件の謎 なぜ体内精液のDNA鑑定がなされなかったのか

東電OL殺害事件の元被告ゴビンダ・マイナリ氏に対する再審開始が決定され、そして、釈放まで一気に進行した。
わずか1,2歳で故郷に置いて出た娘たちがもうすでに20歳になる。
この間の失われた時間は取り返しがつかない。
この事件が日本人のアジア人(日本人もアジア人のくせに)に対する抜きがたい差別によって作られたものであるだけに、われわれ一人一人が自らの差別意識のもたらす人権の蹂躙に今一度向き合うべきだろう。

東電OL事件の照らす闇 発展途上国を見る目


さて、どうしても疑問が拭えないのが、なぜ検察(警察も含む)は、トイレに捨てられたコンドーム(もしも、ゴビンダさんが犯人なのであれば、流さなかったことが却って不思議だ)内の精液のDNA鑑定をしながら、被害者体内の精液というより直接的な物証に対するDNA鑑定を行わなかったのかという根本的な疑問だ。

 

この問題については、過去のブログで2回にわたって、「妄想」を展開した。

東電OL事件の照らす闇 捜査の奇妙

東電OL事件の照らす闇 誘導された?虚偽供述


ざっと見る限り、メディアの取り上げ方は、最初に犯人(ゴビンダ)ありきの捜査によって、基礎的な物証固めを怠ったというお決まりの構図で説明しようとしている。


しかし、この事件に限っては、そのような説明が無効なことは上記ブログをお読みいただければ、おわかりと思う。


この疑問について、主任弁護人に聞いてみようかと思ったら、何と、一昨日の記事で上げた太郎代言人の昔の親友の花井代言人事務所のパートーナー弁護士だった。さすが花井君、立派な弁護士を育てたと思うが、太郎としては、現在、花井代言人とは敵対関係にあるので、直接、お尋ねするのは、やめてほしいという。


この事件には、確実にもっと巨大な闇が存在すると思う。
その手がかりが、なぜ体内精液のDNA鑑定がなされなかったのかという根本的な疑問だ。
弁護団からもこの疑問を解く、積極的な説明がなされていない。


是非、弁護団には、ゴビンダ被告の無罪を勝ち取るだけでなく、検察・警察の腐敗に対して、徹底的に切り込む活動を望みたい。
そうでなければ、この種の闇に包まれた事件は、必ず繰り返されるだろう。
弁護団まで、検察・警察の闇を覆い隠す手助けをするはずがないと固く信じている。

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追記 端的に書く。

一審判決には、以下引用の記載がある。

「まず、本件死体の膣内から、精子とO型の血液型物質が検出されており、精子の残留は微量であったと認め られるところ(甲五・一八二の鑑定書)、右微量の残留精子については、前記Aは被害者とコンドームを使用せずに性交しており、Aの血液型がO型であること からして(甲九の鑑定書)、膣内に残留した精子はAに由来するものと考えられる。」


このAは本件犯行時刻とされた時刻の2時間前に、コンドームを使用せずに体内に射精したと供述しているに違いない。この虚偽供述が、真犯人に向けた捜査を妨げ、ゴビンダさんの人生から貴重な時間を奪い去る理由の一つとなっているのだ。

Aにはなぜそうした虚偽を供述したか、覆面でいいから、公に明確にする責任がある。

弁護団には、どうしてそうした虚偽供述がなされたのかを追及し、この事件の背後にある大きな闇に立ち向かう責任がある。それが弁護士というものだと僕は思う。

2012年5月16日 (水)

宮崎学の子分 小沢一郎はなぜ8億円貸したことにされちゃったのか

宮崎学の子分である。まだ面識はない。


暴力発電は、まだ一件も成約がない。極めて優秀なシステムなのに、契約をすると、暴力団支援目的の利益供与に当たると要らぬ恐れを抱かれておる。


以下の文章を読む前に、5月15日付のブログも読んでおくように。


さて、小沢一郎が陸山会に貸したのが8億円だとされる理由は、どういうものだろうか。


この答えは、その後の経過を見るとわかる。


秘書は、翌平成17年と、平成18年にそれぞれ、担保に入れた陸山会名義の定期預金を2億円ずつ解約して、銀行に対する小沢一郎の借入金を返済した。小沢一郎が銀行から借りた4億円は、完済になった。
小沢一郎の4億円の借金を陸山会が肩代わりして返済したのだから、小沢一郎に4億円を返したことになる。
小沢が貸したのが4億円だけなら、これで、終わり、めでたしめでたしの筈だ。


ところが、そうはならない。


小沢一郎が最初に秘書に手渡した4億円は、まだ小沢一郎の手元に返っておらんではないか。


仕方がないので、秘書(代がかわっておる)はやりくりして、3年後に、陸山会から小沢一郎に4億円を返した。


こんがらがるが、やはり小沢一郎は、陸山会に8億円を貸しておったのだ。


法律家でさえ、十分、こんがらがる。このからくりを、不案内な秘書(判決がそう認定しておる。確かに、経過を見ておると頼りなくてならん)がやったのであるから、秘書自体も訳がわからなくなっていたのではないかと思われる。


※ 当初、秘書は、小沢一郎から渡された4億円を、そのまま土地代金に充てるつもりだったが、先輩秘書から預金担保で銀行から借りたお金を土地取得に充てる方法を助言され、(よくわからないまま)銀行借入を使う方法に変更し、土地代金を決済する前日に銀行の内諾を得た。ところが、翌日の午前10時の代金決済時刻に融資が間に合わなかったため、結局、陸山会の他の預金をかき集めて、代金を決済した。結局、小沢一郎が4億円の定期預金を担保に借入手続をしたのは、代金を決済した後であった。とどのつまり、陸山会のお金で陸山会の土地を買ったのだから、何のために小沢一郎から4億円を借りたのやら、さっぱりわからない事態になったという訳である。


判決は、秘書は8億円を借りたことを認識しておったとしておる。
わしには、秘書に関する判決の認定は、合点がいかん。
判決で認定されている様々な経過での秘書の手際があまりに悪いからだ。
よう分かっておらんかったとしか、わしには思えん。


秘書は、大枠は小沢に報告していたが、よく分からん秘書から報告されても、小沢一郎は、的確な認識はできなかっただろう。


小沢一郎といえども法律は素人である。
不正確な秘書の報告で、正確な法的判断(すなわち俺は、手元資金4億円以外にさらに、さらに4億円を陸山会に貸したから、合計8億円を貸しておる)などできなかったに違いない。


違法性の意識がなかったなどという法律用語を使うから、わからなくなる。
要するに小沢一郎は、「俺は4億円しか貸しておらん」という認識であるから【8億円貸したのに、4億円しか収支報告書に記載していない】という犯罪事実を認識していなかったというのが、それこそ「市民」に対する、わかりやすい説明というものだろう。


小沢一郎は疑いもなく無罪だ。


これが世に言われておる「政治とカネ」の問題だ。普通に見れば、ただの経理書類の記載ミスに過ぎんことを空騒ぎのタネにしておる。


もう一度、町内会長の例に戻ろう。


町内会が緊急に50万円を必要とする事態が起きた。
とりあえず町内会長が立て替えることになり、町内会長は会計に50万円を渡した。【貸付金1】
その後、会計は、この50万円を銀行に預け、この預金を担保にして、町内会長が銀行から50万円を借りて、借入金を町内会長が町内会に貸すという処理をした。【貸付金2】
その際、会計は、銀行に預けるとき、預金を町内会名義にした。
会計は、貸付金2を帳簿に記載して、貸付金1は帳簿に記載しなかった。


小沢一郎の裁判は、会計が帳簿の虚偽記載の罪に問われるだけでなく、さらに町内会長も同罪だとするものだ。
こんなことで刑事責任を追及されては、町内会長としては、やっておられんではないか。


何をちゃちいことを、争っておる。
大事なのは「国民の生活」、「国民の命」だろう。


大山鳴動して、ネズミ一匹見つからんのだ。


こんなちゃちい裁判は、早くやめるのがよろしい。
政局がらみで引きずるのは、断じてならんとわしは思う。


おっと、暴力発電について聞きたいという連絡があった。
今日は、ここまでだ。
指定弁護士には、また気が向いたら、アドバイスしてやる。


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【マチベンの補足】
あれあれ、まだ途中なのに、自称「宮崎学の子分」は、あわてて、出て行ってしまった。


彼が説明していることは、大筋、正しいが、法律論としては、まだ不十分なんだなぁ。


実は、この場合でも、銀行から借りた4億円の返済方法次第では、小沢一郎(以下、小沢という)が貸したのは4億円に過ぎないという場合もあるというから、法律はややこしいのだ。


もし、秘書が、担保になった定期預金に手を付けずに、陸山会の他のお金で4億円を完済したとしてみよう。
そうすると、秘書は、完済した後、残った4億円の定期預金を解約して小沢一郎に返済すればよい。
銀行への完済と同時に全てが解決する。
3年後の秘書が、苦労して陸山会のお金をかき集めて、小沢に返す必要はなくなる。
やっぱり、小沢が陸山会に貸したのは4億円だったように見える。


ただ、この場合、定期預金の名義が、陸山会だったか小沢一郎だったかが問題になる。

陸山会の名前だったとすれば、4億円の小沢一郎の借入金を陸山会が肩代わりして返済した4億円と、陸山会名義の4億円を解約して小沢に渡す4億円と、結局、合計8億円を返済することになる。
8億円を返済するということは、やっぱり小沢が陸山会に貸していたのは8億円ということだ。


ところが、この場合、担保に入れた4億円が小沢一郎の名前で預金されていたとすると、どうなるだろう。
その場合、小沢は、銀行からの借入金が返済されれば、担保を解除された自分名義の預金を取り戻すだけだ。4億円は陸山会から受け取った訳ではないから、陸山会が小沢に返したことにはならない。

ややっこしいが、この場合は、陸山会は、小沢一郎の4億円を肩代わりした4億円を返済しただけで済み、後は小沢が自分の預金を取り戻しただけということになるから、陸山会の借入は4億円に過ぎない。


わかっていただけるだろうか。
要するに、銀行から借り入れた4億円を、どのようにして返済するかという事後的な事情や、担保に入れた定期預金が陸山会の名前か、小沢の名前かによって、陸山会が小沢から借りた金額が4億円なのか、8億円なのか左右されるという訳だ。


最後に最も初歩的なことに触れておきたい。
定期預金の名義が「陸山会」か「小沢一郎」なのかは、実は、一般の人には、すぐに判断がつかないことも少なくない。
ここは、マチベンの事務所でも、新人事務員さんに、いつも僕が教えている点だ。


「陸山会代表 小沢一郎」で預金をすると、預金者は小沢一郎ではなく、「陸山会」である。
「陸山会代表」との記載は、単に自分の肩書きを示しているのではなく、その後に続く個人名と一体となって「陸山会」という団体を示すことになる。


判決によれば、小沢一郎は、単に「小沢一郎」と署名しただけで、「陸山会代表」という記載は、署名欄から離れたところに小さく記載されていたようなのだ。
こうなると、小沢一郎が、自分のお金を自分名義で預金したものと理解しても、全然、おかしくない。


判決が、小沢が陸山会に貸した金額を4億円だったと誤解(「市民感覚」では、8億円を貸したという判決の方が非常識だ)していた可能性があるとしているのは、こうした法律の素人には極めてわかりにくい、しかも、事後的に銀行に対する返済がどのようになされるかも含めて、全体を判断できないと、貸したのが8億円だと認識することは極めてむつかしいということを言っているのだ


退屈な説明になったし、わかりやすく説明しようとしても、やはりわかりにくい。
判決は、小沢一郎が8億円を貸したと認識するためには、①預金を担保に入れるための契約書に署名するときに、離れた場所に小さく記載されている「陸山会代表」という文字に気づいていたこと、②銀行からの4億円の借入金が、担保預金から返されることはあり得ないと、借入のときに、認識していたことが必要だとしているのだ。

さらに、判決は明記はしていないものの「違法性の認識」に触れているところからすれば、これに加えて、③上記の事実を認識した結果、収支報告書の記載に関して秘書から報告を受けた翌年3月頃の時点において『俺は8億円を陸山会に貸している』という法的な認識を持たなくてもやむを得ない事情があるとはいえない場合でないと「違法性の認識」を含む「故意」は成立しないことを示唆している。


今、マチベンは、司法試験クラスのむつかしい法律論をしている。


したがって、わからなくても、当たり前だと思う。
これは、弁護士も十分に惑わすことが可能な、極めて高等な法律パズルと呼ぶべきものなんだ。


あら、もう子分さんが帰ってきた。
彼もわかっていないことを書いてやった。


ありがたく思ってくれるかなぁ。


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【再び、宮崎学の子分である。】

結局、さっきの連絡は、冷やかしだった。

わしに、小沢一郎判決の内容を暴露させないための策略だったかも知れん。


マチベンが偉そうに書いておるな。
マチベンが書いた内容くらい、わしはとうに知っておる。
知っておるが、マチベンのような話にすると、訳がわからなくなるから、敢えて書かなかっただけだ。
それくらいマチベンなら知っておけ。


まぁ、それにしても、マチベンが高等法律パズルだと言っていることは正しい。


指定弁護士は、争点になっていない論点で判断されたと、不服を述べておる。
これは、高等法律パズルに気づいていなかった自分が無能だったと自白するに等しい。


想定外の争点だのと騒ぐのは、自分が何を立証すべきかを検察官役である指定弁護士が認識していなかったこと、自らの法律の無知を晒しておる。
この点、指定弁護士のレベルも、一般市民と、あまり違わなかったということだ。
「民意」による起訴なのだから、指定弁護士も「市民」並みの認識で、公判に臨んでおった。
めでたいことではないか。


裁判所の方が、「市民代表」の指定弁護士より、数段、頭がよかったというに過ぎん。


裁判所は、しばしば、当事者が争点としていないところに、論点が伏在していることを見つけて、判断する。
そういう場合、裁判所は、大抵、当事者を小馬鹿にしたように「上から目線」の文章を書く。


しかし、今回の判決文は違うぞ。
極めて、謙虚だ。
指定弁護士のプライドを害さないように最大限の配慮をしておる。


何だか、わしには、指定弁護士は裁判所のありがたい配慮にも気づかぬまま、混乱したまま控訴を決めたように思えてならん。
一審無罪判決の論理が盤石だということを指定弁護士は、まだ気づいていないのではないかな。
補充捜査云々などと言っているのが、その証拠だ。
何を補充すべきだというのか。
高裁で提出できる証拠は、地裁で提出できなかったことに理由がある証拠に限られておる。


指定弁護士の法律の無知は、地裁で証拠を提出できなかった理由にはならん。


一審判決を見る限り、高裁でこれを覆すのは、法律的には、不可能だろう。


指定弁護士の控訴には、違う力が働いたという説も流布されておる。
もし、指定弁護士が一審判決の法律的な盤石さを理解しているのであれば、ただ、裁判を長引かせるためだけの控訴だという説には、相応の根拠があるようにみえる。

いずれにしろ、小沢一郎の刑事裁判で争われているのは、何も本質的な部分のない、法律パズルのマニアに任せておくような、些末な話と言わざるを得ん。


メディアも、市民も、政治家も、本来、何をすべきか、その原点に戻るべきときだ。
つまらん世論調査などやめて、小沢の復権を認めんかい。


復権した上で、だめならだめと諦めも付こう。
だが、これでは、小沢は、生殺しだ。


言っておくが、こうしたことが起きるのは、民意重視の司法制度改革が原因だ。
司法に民主主義原理なぞを引き込むのは、邪道である。

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2012年5月15日 (火)

宮崎学の子分 小沢一郎の4億円とは何だったのか

宮崎学の子分である。面識はまだない。


わしは今、暴力発電の売り込みでで忙しい。
暴力団排除条例のおかげで凌ぎは益々細かくなった。何とか事態打開の切り札に暴力発電を考案した。電力会社を救ってやろうというものだ。実用化されれば、一発逆転も夢ではない。


何と言っても、暴排条例で社会から排除された暴力団を有効活用して、社会貢献させようというのだ。廃物利用である。窮極のエコである。素晴らしいではないか。


だから、小沢一郎の判決の紹介も、指定弁護士へのアドバイスもできなかった。
それもこれも暴排条例のためである。


マチベンがうるさいので書くことにした。


今さらではあるが、判決全文(要旨)が公開されたので、小沢一郎の事件がいかに馬鹿馬鹿しいか、ようやくわかった。


政治資金だとか、4億円だとかいうと、幻惑されるので、身近な町内会に置き換えると、問題の真相は、こうだ。


町内会が緊急に50万円を必要とする事態が起きた。
とりあえず町内会長が立て替えることになり、町内会長は会計に50万円を渡した。【貸付金1】
その後、会計は、この50万円を銀行に預け、この預金を担保にして、町内会長が銀行から50万円を借りて、借入金を町内会長が町内会に貸すという処理をした。【貸付金2】
その際、会計は、銀行に預けるとき、定期預金を町内会名義にした。
会計は、貸付金2を帳簿に記載して、貸付金1は帳簿に記載しなかった。


町内会長は、勤務先から、振込の給与とは別口で、現金で支給される給与があり、これを小遣いにしておった。
恐ろしい妻に知られると、現金支給分まで絞り上げられる。会計は、町内会長に配慮して町内会長が借入を起こして、町内会に貸した形にしたという訳だ。


さて、ここで法律問題だ。
町内会長は、町内会にいくら貸したことになるか。


町内会長は手元の50万円を融通しただけだから、50万円と考えるのが常識的ではないか。
ところが、法律は、50万円を2回貸しているから、100万円貸したことになるとするのである。


50万円を2回借りたのに、最初に町内会長から受け取った50万円を帳簿に記載していない会計は、帳簿に虚偽を記載したことになるというわけだ。


「市民感覚」で、おかしくないか。


しかし、これが小沢一郎や秘書の裁判の実態だ。


何しろ大物政治家だから、動く金も桁外れになるのは当然だ。
手元の融通資金が4億円だったというだけのことだ。


小沢一郎は、土地購入資金として、平成16年10月12日、秘書に4億円を渡した。【貸付金1】
秘書は、平成16年10月29日、陸山会代表小沢一郎の名義で4億円の定期預金を組み、これを担保に小沢一郎が4億円を借りて、陸山会に貸した。【貸付金2】
したがって、貸付金は4億円2回、合計8億円になるという理屈だ。
秘書は、陸山会の収支報告書に貸付金2だけを記載して、貸付金1を記載しなかった。
小沢一郎から出たお金は4億円なのだから借入は4億円だと思っていたのだ。
陸山会は、2回に分けて合計8億円を借りたのに、1回目の4億円を収支報告書に記載しなかったことが、収支報告書に対する虚偽記載とされたのである。


町内会長の例と同じだ。


「市民感覚」では、小沢一郎が陸山会に貸したのは4億円に過ぎないではないか。


ところが、法律というのは厄介なもので、この場合、8億円を貸したと言い張るのだ。
4億円の土地を買うのに、なぜ8億円を貸したと言わなければならんのか。
さっぱりわからん。


この点は、小沢一郎も一市民に過ぎん。
法的にどうであれ、自分では4億円を貸したという認識しかないのではないかな。
法廷での証言を見る限り、秘書も、4億円を借りたという認識しかなかったようだ。


しかし、法的にそうでなかったというのが、この小沢事件の肝である。


いや、4億円でも手元に置いた資金としては巨額過ぎ、これがいかがわしいという向きがある。
しかし、判決は、これは小沢一郎個人が、相続などを通じて取得した個人資産であると認定しており、争点にもなっておらんのだ。


判決は、

「被告人は、(上記貸付1に充てた)本件4億円の原資について『かなり以前から、元赤坂タワーズの金庫で現金として保管していた個人資産である。その原資は、親から相続した不動産を処分して、現在の自宅を取得したときの差額である約2億円、家族名義の預金を払い戻した約3億円、議員歳費や印税等が貯まったものを払い戻した1億六,7千万円であり、手持ちの現金として保管していた』旨、公判で供述している。この供述は、細部において、あいまいな点や捜査段階における供述との変遷がうかがわれるが、大筋においては、この供述の信用性を否定するに足りる証拠はない。」

と一蹴しており、指定弁護士もとくに争っておらん。


タンス預金に、7億円なぞ、けしからん等とやっかむではない。
私財を投じて、よい政治をする用意があるなら、褒められこそすれ、非難される謂われはなかろう。
問題は、小沢一郎が、やろうとしていた政治が真っ当だったかどうかにあるはずだ。


世には、水谷建設からの5000万円が含まれているという邪推がいまだにまかり通っておる。
むろん、特捜部もそうにらんだのであろうが、そもそも水谷建設の5000万円自体が特捜部が小沢一郎を陥れるために描いたストーリーとしか思われん上、小沢一郎が秘書に4億円を渡した後の事件にしかできなかったという間抜けた代物で、およそ信用性はない。


未だに、「政治とカネ」などと騒いでおるメディアは、揣摩憶測、流言飛語を広めているとしか言えんのだ。
証人喚問などと騒いでいる野党も野党である(社民党を除く)。
しっかり政治をせんかい。


ところで、判決は、どうして、小沢一郎は、陸山会に8億円を貸したなどと、非常識なことを言うのか。


最初の例では、町内会長は、50万円ではなく、100万円を町内会に貸したことになるという理由は何かという問題である。


おっと、凌ぎの催促があった。
今日は、ここまでだ。
答えは、また気が向いたら教えてやろう。

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2012年2月28日 (火)

宮崎学の子分より 無沙汰編

宮崎学の子分である。
いまだ親分と面識はない。

誤解せんよう言っておく。

凌ぎは半端でなく忙しい。
したがって、
無沙汰した。

さて小沢一郎は
親分の「ヤメ検はやめておけ」という
アドバイスに従って
正解だったな。

さすが鍛え上げられた
在野の弁護士だ。
法廷戦術は完璧だった。
普通なら無罪を確信してよいやろ。

だが、裁判所が検察に成り代わり、
事実を邪推する判決が
先に出たばかりや。

ここで油断するわけにはいかぬな。

親分が弁護人なら
こうアドバイスするやろな。

「敵の狙いはあくまでも
小沢一郎という政治家の
政治生命を絶つことにある。

メディアが一貫して、
有罪前提の報道を繰り返したのも
この狙いのためだ。

検事調書が却下され、
検察(指定弁護士)側の立証手段が
失われた今が絶好のチャンスだ。

どんどんメディアに出て
支持を広げろ。

小沢一郎の復権を求める
世論を作れ。

裁判所も世論を見ている。

世論が小沢一郎を葬ることを望んでいると
見れば、容赦なく邪推判決をするだろう。
世論が小沢という政治家を待っていると
見れば、証拠通りに無罪だ。

これから判決までの僅かな期間が
本当の勝負だ。

弁護人としては
やれるだけのことはやった。

後は、政治家小沢一郎の
力が本物かどうかが問われている」

小沢の弁護人も同じアドバイスを
したとみえる。
小沢は、そのとおり
動いているようだな。

親分のアドバイスの
ありがたさが身に沁みるだろう。


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それにしても、
検察は汚い。

公判では、
検察が
検察審査会に
ねつ造した捜査報告書を
持ち込んで、
起訴議決させたことが
判明しよった。

プロの検察が有罪にできないと確信し、
起訴を断念しておいて、
偽の証拠を素人に見せて
騙して起訴議決させたちゅうわけや。

検察は傷を負わず
小沢の政治生命を
葬ろうとする。

検察は何という醜さだ。

検察審査会は
検察の不起訴権力の濫用を
戒めるために存在するものやろ。

検察は、権力中の権力だ。
不当起訴と不当不起訴の
どちらでも権力を濫用し、
社会に不公正をもたらし
世論を誘導することができる。

検察の、この権力の濫用を制限することに
検察審査会の存在意義があるんや。
そんなもん、常識だろうが。

指定弁護士は、
検察審査会に持ち込まれた証拠の内、
ほとんどを不開示としたそうだな。

その大半が、偽りの証拠だったと
疑われてもやむを得まい。

審理が終わってしまってから
しぶしぶ副部長の捜査報告書を
弁護側に開示したそうだな。

報道では、
検察審査会に持ち込まれた
全ての証拠が開示されたとは
伝えられておらん。

指定弁護士は、
就任するに当たって
公正に職務に当たると
記者会見をしていた
とは違ったかな。

検察と一体になって
検察に都合の悪い証拠を
隠して、小出しにする

検察の不正に手を貸す。

何が公正や。

検察審査会の起訴議決が
検察が持ち込んだ
虚偽の証拠によって
もたらされたことが
判明したんや。

起訴手続に重大な違法があれば、
起訴自体を棄却しなければならぬ。
門前払いや。
「公訴棄却」という。

今回の検察審査会の議決は
検察の手の内で
操られた素人が
間違ってしたことが
はっきりしよった。

裁判所に
そんだけの度胸があるとは
思わんが、
公訴棄却こそが
あるべき真っ当な判決やろ。

検察の権力濫用を
戒めるべき検察審査会が
検察の権力濫用の
道具となった。

歴史の教訓としろ。

今の政治屋に
求めるのも愚かだが
検察審査会法は
抜本的に見直さんとあかん。